葬送フリーレン~アフターオレオール~   作:rvr75_raiden

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■前回までのあらすじ(不要な場合は次ページへ)


かつて魔族に滅ぼされたクレ地方の戦士の村を建て直し、定住生活を始めるフリーレン一行。
探索を頼んでいた僧侶のザインを確保し、ようやくシュタルクのプロポーズの結果も最終局面を迎えることとなった。
準備は整い、あとは式を決行するのみだ。

その一方、北側諸国のオイサーストでは誰が来賓の代表で行くのかという話になりゼーリエからはゲナウとメトーデに声がかかった。



望郷の地、比翼連理の二人

■一級魔法使いたち


 

北側諸国 魔法都市オイサースト

 

魔法協会本部の本丸の宮殿。その最奥の玉座には大陸最古の魔法使いである生きた魔導書ゼーリエが座っている。

それが普段の姿だが現在は空席状態になっている。ここ最近はもっぱら空席状態になっていることが多い。

どうやらゼーリエが自室に籠もっている時間がいつもより長いというのが理由になる。

 

「ゼーリエ様は自室だ」

「今日もか」

 

というやり取りは、互いに一級魔法使いのゼンゼとゲナウ。

ゼンゼは長い髪を魔法で動かし、ゼーリエの自室の方を指している。

 

方向を指差すぐらいのことは手を使え……と思わなくもないが

彼女の魔法の有り様に影響しても厄介なのでゲナウは「そうか」とだけ答える。

 

「ここ最近多いな。何か研究でもなさっているのか?」

ゼーリエが思いつきで魔法を習得したり開発する事自体は稀にある。

そこはもう、エルフばりにタイミングもかける時間も気まぐれだ。

ゲナウ達としても、メインの仕事だけはなんだかんだと何とかしてくれるので特に言えることはない。

 

「先日フリーレンから手紙を受け取っていただろう?」

「ああ」

自分も無関係ではなくなった。シュタルクとフェルン一級魔法使いを祝ってやれという話が書いていたはずだ。

 

「その手紙に、ゼーリエ様向けの挑戦状のようなものが入っていた」

「挑戦状?」

 

この2人はフリーレンが受験した一級試験以来絶縁状態だ。

100年間という、人からすると途方もない時間を言い渡しているが、エルフ感覚では本気の絶縁なのかは理解に苦しむところだ。

表面上の性格に反して人嫌いが出来ないゼーリエ的には対エルフ流の叱りつけなのだろうと思うことにしている。

 

「転移魔法だ」

「転移魔法?」

「先日、送られてきた手紙に添付で転移魔法の基礎理論が書かれていた。

 手紙より分量的にはそちらのほうが多かったが」

 

ゼンゼはあまり興味なさそうに語るがとんでもないことだ。

 

「人類史ではまだ存在しない魔法だ。本当にそんな物が送られてきたのか?」

「ゼーリエ様曰く、荒いが発動しうる、ということだ。

 それ以来部屋にこもることが多くなった」

 

ゲナウはやれやれという具合に頭を抑える。

 

「つまり、フリーレンが開発したらしい転移魔法に影響されて分析されているのか」

「フリーレンが送ってきた内容より洗練されないと終わらないだろうね」

 

まったく……困った人だと嘆息するゲナウにゼンゼはところでと話題を変えてきた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「その手紙の内容はフェルン一級魔法使いが結婚するという内容だったそうだね」

「そうらしいな」

 

なるほどと他人事のように相槌を打つゼンゼにゲナウが問う「なにが言いたいと?」

 

「ゼーリエ様が先日面白がっていた。ゲナウの気にしっぷりが人間臭くて面白かったと」

「なにを言っているんだあの御方は」

 

直接にも言われているが私になにを求めているのだとゲナウは思う。

 

「行ってきたまえよ。相手のシュタルクは私も任務で会ったことがある。

 フリーレンが手放さずに連れていただけのことはある人材だ。神技のレヴォルテ撃破以降のゲナウが妙に気にしていた事も理解できる」

 

「というか、相手の話はお前も知っていたのか」

「いや、他の可能性が思いつかなかっただけだ。フェルン一級魔法使いの2人のやり取りも見ているしな。

 で、行くのだろう?」

 

何もかも見透かされているような言い方をされてちょっと腹立たしく答える

 

「何故か、そうなった」

「行ってくるといい。メトーデと一緒に行くのだろう?

 これから幸せになる2人の幸福を分けてもらうのは良い事だ」

 

こいつもか、とゲナウは思う。ここ最近、自分が四六時中いつもメトーデと一緒にいるという人間が増えてる。

あくまで仕事の上で必要な時に同行しているだけだ。

 

と、本人は思っているが、ゲナウが人前に出る時がほぼ仕事なため、ほとんどメトーデと同行しているのは事実だ。

古馴染みの一級魔法使い以外は、見た目に華やかなメトーデといつも一緒にいる地味な男として見てくるのは致し方ない。

 

「メトーデ "と” 一緒に行く訳じゃない。

 メトーデ ”も” 別途、フリーレンから招待されているから行くらしい」

 

ゼンゼは天井を見上げながらやれやれとばかりにため息をつく。 

 

「……存外に、しぶといな」

「なにがだ」

「見ていて、なかなかにもどかしいからさっさと決めたまえ」

 

なにがもどかしいのか。

徹頭徹尾仕事の関係だ。と、ゲナウは考えているのだがなかなか仲間内での理解が得られない。

 

「その話はもう聞き飽きている。ゼーリエ様が出てくる頃合いにまた来る」

 

そう言って部屋を去るゲナウに

「少々直球に過ぎたかな?」とゼンゼはぼやいた。

 

■それは熟年の


 

そんな出来事から数日が過ぎ、いよいよ出発の日となった朝。

集合場所でゲナウは眼の前の光景に頭を抱えていた。

 

「メトーデ」

「はい、なんでしょうゲナウさん」

 

答えるのは結局、当たり前の様に同行が決まっていたメトーデ。

 

「いやー、久しぶりにフリーレン達に会えるの楽しみだねぇ」

「直接会うのは結構久しぶりだからな」

 

そして、試験でフリーレンとチームを組んでから交流のあるというカンネとラヴィーネ。

 

「ラオフェン、儂は行けんがその分も祝ってやってくれ。ヴァイゼの代表から送られた祝いの品しっかり送り届けるのだぞ」

「わかったって。爺さん、もうそれ昨日から何回目だよ」

 

見送りに来たデンケンと代わりに現地に向かうラオフェン。

なお、デンケンは仕事と、一級魔法使いが任務も関係なくオイサースト外で大勢一箇所に集中する訳にも行かないという理由で参加見送り。

代わりにラオフェンが試験受験仲間ということで代理参加という形。

 

「……私は引率の教師ではないぞ」

 

まさか他の者の同行も任されると思っていなかったのでうんざりした顔でぼやく。

メトーデはそんなゲナウの泣き言も慣れた様子で受け流す。

 

「そうですか。

 ―― 3人共、道中はゲナウさんの魔力で高速移動を行いますのでくれぐれも彼の言うことを聞く様にお願いしますね」

 

と、引率の先生の如く説明をするメトーデに同行メンバーは口々に応答する。

 

「はーい」

「子供じゃねえんだからわかってるよ」

「了解」

 

と、なんとなくスルーされたゲナウは空見上げて「どうしてこうなった」と訴えるしかなかった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

荷馬車に揺られて進む――様に見えるのは従来のままだが過ぎゆく風景は通常のそれではなく流れていく。

これは高速運搬魔法の効果によるものだ。この魔法は物体の重量の軽量化魔法や浮遊魔法、防護魔法その他諸々の少々複雑な複合魔法となっている。

 

近年は移動や運搬絡みの魔法に関しては急速に発展が進んでいる。

魔族が減ったからこそ戦闘ではなく、生活の質を向上させる方向にようやく目が向いた結果生まれたものではあるが……

実際移動や運搬の高速化は戦時下でも有用なので遅かれ早かれといったところかゲナウは考えている。

 

大きな物体が高速で移動するという特性上、開けた街道限定で利用しているが、

歩きで数ヶ月かかる道のりも大きな街道沿いであればこれでまとめてかなりの時間短縮ができる。

シュヴェア山脈も道の舗装はかなり進んだので一気に超えてしまえばそれほど時間はかからないだろう。

とはいえ、中央諸国の比較的東側にあるクレ地方まではやはり時間はかかるが。

 

荷台のスペースでは、女性陣が楽しげに会話しているのを脳から極力シャットアウトして魔法の効果を維持しつつ外の風景を眺めるゲナウに背後からメトーデが声をかけてきた。

 

「そう言えば、ゼーリエ様からの手土産というのはなんだったのですか?」

「書簡だ。中身は開けてないのでわからん。フリーレンに渡しておけとのことだ。

 あとは、『一級魔法使いとしての責務をこれからも果たせ。それ以外はどう生きるもお前の自由だ。幸福を掴みたいなら全力でそうしろ』という言伝か」

 

その言葉を聞いたメトーデはくすくすと笑う。

 

「あの方らしいですね。 本当は誰よりも弟子たちの幸せと安寧を願っているのに」

 

ゲナウは隣で上品に笑うメトーデを見て「ああ、そうだな……」とだけ言葉を残した。

我らが師は比類なき、そして誇り高き孤高の魔法使いであり、それに比例するかの如く人付き合いが本当に不器用な人だ。

そして、自分も人のことを言えない。

 

眼の前で自らの故郷を滅ぼされ、口には出さずとも沈んでいた自分を肯定したあの青年に、

その状態から前に進もうとする彼に掛ける言葉が自分にあるのだろうか?

 

「久しぶりに会うシュタルクさんに、何と言うべきか悩んでいる……と言ったところですか?」

 

いちいち痛い所を突いてくるメトーデの言葉にゲナウは憮然とした表情になる。

 

「お前に私のなにがわかるんだ」

「さあ?なにも。

 ただ、ここ数日そのことでずっと悩んであるであろう事ぐらいですか」

 

返す言葉も思いつかず、黙り込んでしまったゲナウにただ静かにその御者台の隣に座るメトーデ。

メトーデとのやり取りや距離感はいつもこんな簡素な物だ。ゲナウとしてはどうして仲間内でも妙な勘ぐりをされるのか理解に苦しむ。

 

そう思いながらゲナウがため息をついた後ろで、ラヴィーネが「熟年の夫婦かよ」とツッコミを入れていたがゲナウの耳には届いていなかった。

 

■剣の塚にて隻眼の騎士は祈る


 

中央諸国クレ地方、戦士の村跡地

 

シュタルクとフェルンが結婚をするという報告を旅で知り合った親しい人達に連絡してから数日、式もいよいよ目前となった日。

剣塚の前で膝をついて死者の魂に祈りを捧げているのは赤みがかかった髪色と隻眼が特徴的な壮年の男。

祈り終わり、立ち上がったところで背後から声がかかった。

 

「オルデン卿、この度はシュタルクとフェルンのため、尽力いただいたと聞いた。

 俺からも礼を言わせてくれ」

 

そう言って、頭を下げているのはシュタルクの親代わりであるドワーフのアイゼンだ。

 

「この村は私達の祖先の故郷でもある。協力は当然のことだ。

 礼ならこちらが言うべきだろう。一族最後の希望を繋いでくれた貴方に感謝しなければならない」

「希望を繋いだのは目の前で眠る者達だ」

「そうか……そうだな、ではやはりこの地にある者全員に礼を尽くすべきだろう」

 

そんな、人の親の二人のやり取りの後ろで会話に入っていいものかと

悩ましげにしている赤色の髪の少年は、背後から忍び寄る気配に気づき、身をひるがえす。

 

「おっと……、俺じゃシュタルクの背中を小突くことすら無理なのか」

「ザイン……」

 

ザインの主な仕事は式の下準備だが、設備回りはドワーフの職人たちがあらかた済ませたし

衣装に関しては最早なにもすることがなく、手持ち無沙汰になった……というのもあるが、なんとなく気になってオルデン卿とアイゼンとで剣塚に向かっていたシュタルクの様子を見に来ていた。

 

「わかっちゃいるとは思うが、お前のために動いてたんだ。お前も礼を言うべきだと思うぜ」

というザインの言葉にシュタルクは頭に手を当てて「だよなぁ……」とつぶやく。

 

親代表のアイゼンに先にああ言われてはシュタルクはどう出たものか悩む気持ちもザインにはわかるがこれも人生訓練だろう。

「行って来い」とザインに背中を叩かれたシュタルクは「ありがとう」とザインに言いながら二人の元へ歩いていった。

 

少しばかり申し訳なさそうに会話に入り込み、礼儀正しく感謝を伝えるシュタルクの姿に

表情にこそ出ないが、オルデン卿の様子は複雑そうな心境が見え隠れしていた。

 

子供が大人になり、自らの庇護下にいた存在ではなくなるというのはいつの時代も嬉しくもあり寂しくもある。

我が子を失い、生き写しのような少年が今そのステージに上がる姿を見るオルデン卿の心境が如何ほどのものかはザインには想像が出来ない。

ただ、決して今の彼の姿を見て不幸になるものはそう居ないだろう。

 

「本当に大したやつだよ、お前は……」

 

シュタルクにとっては比較的身近な人物達かもしれないが、かつての勇者パーティーの一員である伝説の戦士とも言えるアイゼンと

北側諸国の三大騎士の一角の当主であるオルデン卿を相手取り笑って会話をするシュタルク。

そして、ここに居ないだけで大勢の傑物たちが彼を慕い、手を差し伸べようとしている。

 

初めて会った時は注意したと言うのに蛇に噛まれて毒で死にかけていた少年が今では大陸を代表する戦士と言って差し支えない。

男子三日会わざれば、刮目して見よ。とはよく言ったものだ。まあ、3日ではないのだが……

 

「さて、俺も置いていかれないようにしっかり仕事しますかねぇ」

 

なんとなくシュタルクの様子を確認できたザインはやれやれといった様子でその場を後にした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

元戦士の村は明日と迫った結婚式の準備に追われている。

エンデを目指して旅をしていた都合かフリーレンの交友関係的に北側諸国の人間が多いため中央諸国までの南下は結構距離があるのだが

案外、当日までに来てくれるという面子も多く、そう言われると準備側も手を抜く訳にも行かない。

 

さっきまで話していたアイゼンやオルデン卿は何なら準備側にまで手を出してくれる親馬鹿達だ。

シュタルクとの関係性を考えると出来ることは何でもやってやりたいのだろう。止めはすまい。

 

ザインをここまで運んでくれたオルデン家の遣いの騎馬兵のレインもオルデン卿から言われていたのかザインと共に到着した翌日から真っ先に準備の手伝いをしてくれている。

貴重な女性の人手なのでフェルンのドレスの採寸などは大変助かる。

 

「あと、俺がサボるとよく怒ってくれる……」

 

タバコ休憩ぐらい許して……と思わなくもないけど、言っていることは毎度正論なので逆らえない。

 

女神像も完成してドワーフの爺さん達の設営が最終段階に入るのでそろそろザインが最終確認に行かねばと穂を進めようとしたその時、村の入口の方に新しい来客の気配がした。

 

■新たな来訪者


 

ゲナウ達がオイサーストを出発してからおおよそ2日半といったところ。目的地である村の塀が見えた。

 

「おー、ここがフリーレン達の建て直し中の村かー」とカンネが身を乗り出そうとするが

まだ止まっていないため「危ないですよ」とメトーデに首根っこを掴まれ「ぐへっ」と尻餅をつく。

 

高速移動中に身を乗り出して結界から顔を出せば風圧で吹っ飛ぶのは想像に難くないのだが

なぜそんな馬鹿な事をとゲナウは一人眉間に手を当てて呆れている内に門の前に到着したため荷馬車を止める。

 

「降りていいぞ」

 

魔法の効果を止めて面々に声をかけると

 

「お疲れ様でした。帰りは私の方で対応します」

 

という慰労の言葉がメトーデからでてきたが、発案の方は正直勘弁いただきたい。あの中に入るのは無理だ。

「いや、いい。帰りも私の方で運ぶ」と伝えると、意味を解したのか「そうですか」と笑われた。

 

「同行させてくれて礼を言うよ。フリーレンから誘われたはいいものの正直どうやってここまで来たものか悩んでいたから」

 

と地面に降りたラヴィーネは伸びをしながら礼をいう。

 

「最悪、飛行魔法と歩きを繰り返すつもりでいたからねー」

「でも長距時間移動には向かないよね。飛行魔法」

「いや、普通に無理だろって私は反対したぞ。何にしても助かったよ。ありがとう」

 

礼をいう3人娘だったが、ゲナウは表情も変えずに事もなげに返す。

 

「礼は要らん。ゼーリエ様からの指示だ。お前たちはメトーデと先に行っていろ、私は荷馬車を止めてくる」

 

そう言って、ゲナウは荷馬車を引いて止められそうな場所へと移動を始める。

相変わらず言葉だけそっけないが、面倒事は率先して対応するゲナウに「素直じゃないですね」と嘆息しつつ、メトーデは残った3人に声をかけた。

 

「では、フリーレンさんに挨拶しに行きましょうか」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

丁度その頃、複数の魔力が門を通ったことを探知したフリーレンとフェルンは入り口方向へと向かっていた。

門の方から歩いて来る面々には見覚えのある顔が並んでいる。

 

「おーい、フリーレーーン!!」

 

と、2人の顔を見て満面の笑顔になったカンネが声を上げて手を振って走ってくる。

残りの面々も仕方ないという顔をしながら少し急ぎ足になってフリーレン達のもとまでやってきた。

 

「お久しぶりですね、フリーレンさんにフェルンさん」

「メトーデも変わりないようで安心したよ。ラヴィーネとカンネ、ラオフェンも元気だった?」

「元気!元気ー! フェルンもおめでとうーー! 試験のない日いつも一緒にいた赤い戦士くんだよね、相手のシュタルクって人」

 

そう言ってカンネはいつものノリでフェルンの両手を取ってブンブン振る。

勢いに押されながら「はいその人です」と答えるフェルン。

カンネの言い様にフェルンはあれ?と思いながらラヴィーネとラオフェンを見ると

 

「お菓子買う時に悩んでたあいつだよな?」

「街で見かけるといつも一緒にいた男の子だよね?」

 

という反応。そういえば一度もシュタルクのことちゃんと紹介してなかったなと思い出す。

 

『だって、シュタルク様が自分から自己紹介しないし……自分から同年代の娘にシュタルク様を紹介する義理なんてないし……すぐに旅立つし……』

などと僅かながらにも思っていた当時の自分の狭量さを思い出して、ちょっと自己嫌悪する。

考えてみれば、ああいう時は知り合いのフェルンかフリーレンが切り出さなければ名乗りにくいのは当然だ。

 

フリーレンはそんなフェルン達を尻目に

「そういえば、多分もう一人来ているよね?」

と魔力感知で感じた人数が足りないことをメトーデに確認する。

 

「はい、ゲナウさんが同行しています」

「へえ、意外な人選だね……」

 

というフリーレンの言葉にメトーデは「そうでもありませんよ」と苦笑して答える。

 

「ゲナウさんは、ああ見えてシュタルクさんに随分と恩義を感じているようでしたから」

 

そういえば、とフリーレンは神技のレヴォルテと争った際、シュタルクとゲナウは共闘していたことを思い出した。

 

「なるほどね、そのゲナウは?」

「おそらく、もうすぐ来ると思います」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

程よい場所に荷馬車を止め、村の中央の方までゆっくりと歩く。

目に入る光景はところどころに見える家の基礎土台があったであろう地面と雑木林と自然。

遠方にいくつかの建物……おそらくフリーレン達が住んでいる家や今回用の設備だろう。

素直に評すれば、これからの発展を期待させる静かでのどかな場所だ。

 

クレ地方の戦士の村は十年以上前に魔族の手によって滅んだ村だ。

魔族の手によって滅んだ村は今の時代に珍しくもない。魔族が1人いれば、そいつは食事や愉悦目的に結界も貼ってない村なんて簡単に滅ぼしてしまう。

ゲナウの故郷も例外なく滅んでしまった。任務で駆けつけた際には既に瓦礫と死体の山となって彼の目の前で現実を突きつけてきた。

 

「故郷の復興か……」

 

考えもしなかった。失くしたものはもう手に入らない。

守れなかった事実を受け入れ背負っていくのが役目だと思っていたがあの少年は違った結論を出したようだ。

 

ゲナウは神技のレヴォルテを撃破した後に一度だけ故郷の村の様子を見に行ったことがあったが、

ノルム商会の手で瓦礫は片付けられており、いまのこの地のようにまっさらな風景が広がっていた。

 

再建を他者に委ねてしまった以上、次に立ち寄ったときには以前の自分の見知った故郷とは違う風景となっていくのだろう。

人の暮らしが成り立つのならそれが悪いことだとは思わないが……哀愁の念は捨て切らなければならない。

新たにその地に根ざす人々はその人々にとっての生活があり、ゲナウの故郷への想いは全くの無関係なのだから。

 

そんな考えに耽りながら歩いていると、見覚えのある集団が見えた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「実は私もフリーレン達としばらく旅を同行したことがありまして」

「はあ、あなたがフリーレンさんの仰っていた僧侶の方でしたか……」

 

さてどうしたものか。と悩むメトーデの前には僧侶のザインが満面の笑顔で立っている。

 

フリーレン達と同様に来客の様子を遠巻きにでもと見にきたザインはメトーデを見た瞬間に咥えていたタバコを落とすほどの衝撃を受けたという。

彼が少年時代から夢を見たパーティーには必ず一人は居るという「大人の色っぽいお姉さん」を正に体現した人物が目の前にいたのである。

 

まあ、実際はザインより多少年下なのだが……

 

脇目もふらずにフリーレン達の元に駆けつけて、俺も俺も!と自己紹介して握手の手を差し伸べて今に至る。

フェルンの「こいつやっぱりか」という刺すような視線が痛いがそんな事は些細なことだ。

 

一方でメトーデはこの手の下心が見える男のあしらいかたは割と手慣れていたのだが、

今回はフリーレン達の親しい知り合いということで、下手に事を荒立てるわけにも行かず困惑していた。

 

「こんな道端でなにをたむろしている?」

不意に聞こえた聞き覚えのある抑揚の薄い平坦な声。

 

救いの手を求めるように振り返るとゲナウが馬車を止めた後に追いついたようだ。

やってくるゲナウの顔を見た瞬間メトーデは簡単にこの場を丸く収める方法を閃いた。

視線で意志が伝わる訳もなく、ゲナウに貸しとなるが背に腹は代えられない。

 

ザインとの握手の手を優雅に解いたメトーデはしなやかな足取りでゲナウの隣に位置取り

ゲナウの腕に自分の腕を絡めながらザインに告げた。

 

「こちらは夫のゲナウです」

 

特大の落雷が、クレ地方の復興中の村の真ん中に落ち、衝撃がほとばしった……とその様子を傍から見ていたラオフェンは後に語ったという。

 

■それはいつか誰かを救う想い


 

「まったく……、何が『ここにいる間は今の設定でお願いします』だ」

 

せっかく、合流したのに逃げ出すようにその場を後にしたゲナウは頭を抱える

 

当然のように、先の場は大騒ぎになった。

件のザインという僧侶は「人……妻……」とぼやきながら膝から崩れ落ち、

ラヴィーネとラオフェンは口を開けたまま言葉を失い、

カンネは「えらいこっちゃ……大ニュースだ……早くみんなに知らせなきゃ」とかとんでもない事を口走っていた。

 

フリーレンとフェルンは「そうだったんだ」という顔で言葉を額面通り受け取っているふうだ。驚きすらしないのか。

メトーデに責任を持ってフォローを任せたが――後で手回ししないとオオイサーストに帰ってからとんでもないことになる気しかしない。

 

とにかく、座り込んでいても仕方ないと立ち上がった時

2人の男と歩くシュタルクの顔が見えた。

 

「ゲナウ!」

 

こちらに気づいたシュタルクは手を振った後、後ろの2人に声をかけてからこちらに走ってくる。

 

連れていた2名はこちらに会釈をしてきた。

遠目だが見覚えがある。ドワーフは勇者一行の戦士アイゼンだ。各地に建てられた銅像でよく見る姿だ。

となると、もう一人は報告にあったオルデン卿であろう。簡易の礼で済ませてくるのは今日は私用で無礼講……といったところか。

ゲナウもその場で礼をすると、2人はそれを見てからオルデン家の馬車が複数止まっている方向へ歩いていった。

 

「ゲナウ、来てくれてたのか」

 

いつかあった時より少し背丈が伸び、大人らしい顔つきとなったが裏表のない真っ直ぐな表情は変わらない。

 

「ああ、オイサーストから何人か同行してな」

「そうか、遠いところから来てくれてありがとう、久しぶりに会えて嬉しいよ」

 

シュタルクの顔を見て、ふとここに来た目的を思い出したゲナウはかけるべき言葉を探すがあまりいい言葉が出てこない。

 

「おめでとう」

 

口をついて出てきたのは至極シンプルな言葉だった。

急な祝いにキョトンとするシュタルクに少し失敗してしまったなと思いつつもゲナウは続ける。

 

「フェルン一級魔法使いと結婚するのだろう。お前たちと関わったオイサーストの魔法使い達を代表して祝わせてもらおう」

「そっか、ありがとう」

 

今回、ゼーリエからは参加する一級魔法使いの数は制限されている。

実際にヴィアベルとは揉めた。

 

――その気がないなら俺に譲れ

 

という彼は、北壁の防備を一時的に開けてでも向かいたいと言っていたの覚えている。

それでも押し切ってここに自分が来たのは、きっと見たかったのだろう。

この少年が向かおうとしている未来と作り上げようとしている物を。

 

「ここが、お前の言っていた故郷の村か」

「ああ」

「そうか、いい場所だな。これから建て直すのか」

「ああ。でも、まだまだこれからだ」

 

まだ全然住人もいないしなと笑うシュタルク。

 

――頑張れ、応援している、きっとうまくいくさ。

 

掛けたい言葉は多くあれどどれも違う気がしてうまく出てこない。

今迄うまく生きて来たつもりだったがコレほどまでに不器用だったのかと辟易する。

言葉を選び迷っていると先にシュタルクのほうが口を開いた。

 

「ここに来てから、ゲナウにもずっとお礼を言いたいと思っててさ」

「礼?なぜだ」

 

心当たりもないゲナウはシュタルクに問い返す。

 

「俺は村から逃げて師匠に拾われてからずっと故郷のこと忘れてたんだよ。

 魔族との戦いから逃げだした俺はもうこの村とは関係ない人間だと思って」

「……」

「それでも、初めて故郷のことをちゃんと考えたのは……確かフェルンに誕生日の話をしたときかな

 誰もが、俺を疎んでいたわけじゃないって。大事にしていた人がいたんだって思い出した」

「……そうか」

「その次が、ゲナウの故郷を見たときだよ」

「……跡形もなく、瓦礫しかなかったがな」

「それでも、守りたかったんだろ?

 あの時話を聞いててわかったよ。故郷って凄く大切な場所だったんだ。

 誰もいなくても、何も残っていなくても、命がけになれる場所だったんだって、

 故郷はそういう場所なんだって考えさせられた」

 

――でもあんたはこの村を捨てて逃げられない

 

「そんな風に、見えたか」

 

――シュタルク。ここにあるのは死体だ。

 

「見えたよ。だから、協力したかった。

 死んでほしくなかったし、ゲナウの守りたかったものも見極めたいと思ったから」

 

――それを守るためにあんたはここに残るんだろ。

 

「それを見たかったのなら、お前が死にかけたら意味がないだろ」

そう答えるとシュタルクは「そのとおりだな」苦笑する。

 

「今でもフェルンに時々釘を刺されるよ。あんな命がけの無茶をするなって。

 レヴォルテの時とリヴァーレと戦った時の事、自分でも無茶だったなと思うから言い返せないんだよな……」

 

と、まいった様子で頭を掻きながら、答えるシュタルク。

 

「あの時のフェルン一級魔法使いの様子を見ると、そうなるだろうな」

 

やり取りを思えばシュタルクがフェルンの尻に敷かれている姿がありありと目に浮かぶ。

 

ゲナウが目覚めた時、二人とも治療が終わった後だったので倒れたシュタルクとゲナウを見た時の状況はゲナウにもわからないが

なかなか目覚めないシュタルクをただひたすらに看病し続けるフェルンの姿は今でも覚えている。

思えば、こうなるのも必然だったのかもしれないなとこの手の話に縁遠いと思っているゲナウでも感じる。

 

「まあでも、ゲナウに教えられたんだ。

 誰もいなくなっても、何もなくなっても、それでも守りたい物はあるんだって。

 だから、ここに帰ってきたくなった」

 

まっすぐに言葉をぶつけてくるシュタルクにゲナウはどうしても向き合えない気持ちがある。

シュタルクが言う程立派なものではない。ゼーリエが言うまで故郷が襲われていることに気付きもしなかった。

守れる力があったはずなのにそれすらも叶わなかった。その後のことすら他人に任せてしまった。

 

「……シュタルク。俺は何も救えていない。失ったものに向き合えてすらいない」

 

――シュタルク。お前はいいやつだな。きっと長生きできない。

 

「お前は凄いやつだ。失った故郷を自分の手で取り戻そうとするなんて普通にできることではない」

 

――俺にはあんたがいいやつに見えるよ

 こんなになっちまった村をまだ守ろうとしている。俺には出来なかったことだ。

 

「ゲナウ、やっぱりあんたはいいやつだよ。

 そうやって思い悩んでいるだけきっと助けたかったんだ。守りたかったんだ。ずっと背負っているんだ。

 俺はここに返ってくるまでそれも出来てなかった」

 

「……」

 

「それに、頑張って戦って何も救えてないなんてことはないさ。少なくとも今俺がこうしていることがその証拠だ」

「どういう意味だ?」

 

「ゲナウも俺も、失った物を完全には取り戻すなんて出来ない。死んだ人達は生き返ることはない。

 ゲナウが守った村は生まれ育った故郷じゃなくなるし、ここも戦士の村にはきっと戻らないと思う。

 それでも何かが新しく産まれるなら、そこが誰かの新しい故郷になるかもしれない。

 明日につながる何かが残ってそれが誰かの拠り所になって救いになるなら、やっぱり誰も救われていないなんてことはないさ」

 

そう言って笑う赤い髪の青年はやはり真っ直ぐで、捻くれた嫌な大人になってしまった自分には眩しい。

 

「都合のいい……無茶苦茶な屁理屈だ……」

 

今誰も救えなくても、いつか誰かが救われる可能性なんて無茶苦茶で荒唐無稽な話だ。……だが、それでも

 

「だが、お前らしくて、悪くない」

 

誰よりもまず自身を救うには、必要なことなのだろう。

 

「だろ」

 

笑って相槌を打ったシュタルクの顔を見てからゲナウは空を見上げる。

 

それもよいのかと……力及ばずに取りこぼしたものをだけ見てを嘆かず、戦いの末にその手に残った物を誇っても良いのだと。

あの日、滅んでしまった故郷にも救えたものはあったのだと、少なくともゲナウ自身はそう思っても良いのかもしれない。

そうでなくては、自分自身に赦しがなくては、今を生きている自分自身すら未来に歩いていけなくなってしまう。

 

ゲナウがこの村に来てから感じていた重圧が少し軽くなったような、そんな気がした。

 

■今日一日を振り返る


 

結局この日は来客対応や明日の準備に追われ回っていたシュタルクとフェルンは夜になってようやくお互いの顔を合わせた。

 

「……ここ最近で一番忙しい日だったかもしれない」

 

結局日が沈むまで走り回っていたシュタルクは最後に仮設の宿泊設備の準備にも追われることとなったためフェルンが家に戻ってきた頃には机の上で突っ伏す状態となっていた。

 

フェルンはそんなシュタルクの首根っこの襟を掴み、猫のように持ち上げる。

「ちょっ、フェルンさん!?」

こういう時のフェルンは魔法でシュタルクの体を少し浮かせてくるので、そうされると抵抗ができない。

正確には抵抗できなくもないけど、暴れても仕方ないので諦めてしまう。

 

ソファーの端に座り込んだフェルンの太ももの上にシュタルクの頭が乗るように降ろされる。

 

「催し事のホスト側に回るってものすごく大変なんですね」

 

そのままシュタルクの頭を指先で撫でながら、何事もなかったかのように会話を続けるフェルン。

疲れたから愛玩ペットを撫でて癒やされるみたいな扱いになっている。

男としてのプライドと現状の心地よさを天秤にかけつつ抗議の声を上げるべきかどうか悩ましい。

 

そんな折に、「ただいまー」と戻ってきたフリーレンは二人の姿を見て一瞬固まってから、

やっぱり何事もなかったかのようにカウンターの近くにある最近の定位置の椅子に座る。

ここに座っているとフェルンが紅茶を出してくれるから?だろうか。

しかし、あいにくフェルンはシュタルクを撫で回すのに夢中の状態である。

 

「二人ともご苦労さま。

 みんな長距離移動でつかれていたのか、わりとすぐに休んじゃったよ。

 ザインは前夜祭やりたそうにしてたけど……まあ、今日の様子じゃ無理かな。

 後は明日を待つばかりだね」

 

フリーレンの言葉にザインの一件を見ていないシュタルクは

「ザインに何かあったの?」

と疑問を投げかける

 

「あー、それは……」

「メトーデ様にアプローチ仕掛けようとして秒で振られました」

 

言いにくそうに言葉を選ぶフリーレンに被せてスッパリと答えるフェルン

 

「何やってんだよザイン……」

 

確かに、メトーデはザイン好みしそうな女性だなとは思ったが、本当に食いつくとは……

 

「ザインは変に格好つけずに普段通りしていれば、引く手数多思うんだけどねぇ

 まぁ、どっちにしても今回は相手が悪かったね」

 

「どちらかと言うと、面倒見がいい人なので本人の希望とは逆にメトーデ様のような方とは相性が悪いかもしれませんね」

 

まぁ、確かに……と思う一方、女性陣2人の冷静なザイン評を聞いたシュタルクは

普段口にしないけど、そんな風に評されちゃうんだと自分の考えを述べるのをやめた。

 

■本日晴天なり


 

翌日、カーテンを上げた窓の外を見ると雲ひとつない晴天に恵まれていた。

ダメそうなら結界でも貼ってしまおうかと考えてたフリーレンは胸を撫でおろす。

愛すべき愛弟子の魔法使いと、その相手の戦士の門出は、やはり晴れているのが相応しい。

 

珍しくフェルンやシュタルクより早く目が覚めた事に自分でも驚きながら、

なんやかんやと自分が一番楽しみにしているのかもしれないなと考えつつティーカップに紅茶を注ぐ。

 

「今日はいい日になりそうだ」

 

紅茶を飲み終えたら、自分がフェルンとシュタルクを起こして脅かしてやろう。

そう、心に決めたフリーレンは小さな楽しみを見つけた子供のように笑った

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

準備期間的に本当は青空祭壇に椅子を並べた簡易のもので済ませれば上々と思っていたザインだったが

思いの外凝り性なドワーフ達と妥協を許そうとしないシュタルクの保護者達の協力の下、案外ガッツリとした会場が出来上がった。

 

教会のような建造物とはいかないが、床と屋根がある設備にまでなるとは驚いたと昨日完成した設備を見上げるザイン。

 

「これで、ひとまずの義理は果たせたと思うか?」

 

ザインの背後から聞こえたのは凛々しい壮年の騎士の声。

オルデン卿だ、結構な早朝なのだが礼装もバッチリという具合に決めているので案外年甲斐もなくこの人なりにはしゃいでいるのかもしれない。

 

「義理でここまでやったら、本命はどこまでやるおつもりですか?」

「ふむ、難しい事を聞く。ムートの時は考えておこう」

 

ザインから見てもシュタルクとオルデン卿との関係は少し複雑だ。

アイゼンという親同然の人物がいるシュタルクにとっては遠い親戚のような、親しい叔父のようなそんな人物なのだろう。

オルデン卿からしてみれば、今は亡き息子と瓜二つの青年であり、その真っ直ぐな彼の有り様に希望を感じている複雑な感情は見てわかる。

それ以上踏み入れることはなくとも、どう思われても自分のやれることはやってやりたい、そんなところだろうか。

 

なんにせよ、独り身のザインには測り知れぬ感情があり、自分がそこにとやかく言うのはそれこそ野暮というものだろう。

 

「まぁ、今日という日が二人のいい思い出になるなら。俺たちも頑張った甲斐があったってものでしょう。

 終わった後にはいい酒が飲めると思いますよ」

「そうだな、今日はゆっくり見物させてもらおう」

 

そういったオルデン卿は、満足したのか自分の馬車に戻っていった。

 

■控室にて


Case 新婦

 

新婦の控室。こちらはフェルン達の新居の中を使っている。なお、新郎の控室はドワーフ達の酒場兼事務所の中だ。

 

なかなかに時間がかかったが、数名のオルデン家のメイドによるフェルンの着付けが完了した。

普段ゆったりとした服装を好むフェルンとしてはやっぱりドレス用のインナーとしてつけるコルセットがちょっと苦手だ。

とはいえ、今日ばっかりは自分とシュタルクのためなので妥協は許されない。

様々な人の協力のもと、精一杯頑張ったつもりだがシュタルクはなんと言ってくれるだろうか……と鏡を見ながら考えていると

控室にフリーレンが入ってきた。

 

フリーレンも華美になりすぎない程度ではあるが普段とは異なる服装をしている。

 

「フェルン、着付けは終わった?」

「はい、フリーレン様。如何でしょうか?」

「……うん、やっぱり綺麗だ。フェルンは髪の色が濃いから白が際だって似合うね」

「ありがとうございます」

 

我が事の様に嬉しそうなフリーレンの様子に思わずフェルンも笑みが溢れる。

 

「今でも、初めて会った頃のフェルンの事よく思い出すよ。

 こんなに小さかったのにね」

 

そう言ってフリーレンの腰より少し高いぐらいの位置に手をかざす。

 

「もう……、何年前の話ですか?」

「そうだね、すごく前のような少し前のような不思議な感じだ。

 あんなに人見知りだった女の子が、大きくなって、恋をして、大人になって、家族を作ろうとしている。

 本当にあっという間だったようにも思うけど、思い出してみれば長い時間をかけている気がする」

 

そう語るフリーレンの目に涙が溜まっていることにフェルンは気づいた。

 

「……あれ?おかしいな……こんな事で泣くなんて、今までなかったんだけどね」

 

どんなときも冷静な師が、フェルンにとって親同然のフリーレンがポロポロと涙を溢している。

 

しかし、それは、それだけフリーレンが自分の事を、今まで一緒にいた思い出を大切に想っていてくれている証拠なのだろうとフェルンは思う。

 

「……フリーレン様。私とシュタルク様はこれからもここにいます。命尽きるその日までフリーレン様と一緒にいます。

 きっと、この先産まれくる命たちはフリーレン様を一人ぼっちにすることなく側にいてくれると思います。

 だから、今日は笑顔でいてくださいますか。私とシュタルク様だけじゃなく、ここに集まってくれたみんなも楽しそうに笑うフリーレン様が大好きなんです」

 

フリーレンの涙をハンカチで拭きながらフェルンは今の気持ちをフリーレンに伝える。

少しするとフリーレンも落ち着いたのか笑顔を取り戻した。

 

「ありがとうフェルン。そうだね……

 でもみんな笑ってる私じゃなくて、幸せそうなフェルンとシュタルクを見に来たんだと思うよ」

 

といいながらフリーレンはフェルンの手を握る。

 

「だから、見せてくれるかな?

 1000年の間も家族と故郷を知ることなく過ごした不器用なエルフに、幸せを掴むってどういうことなのかを」

「わかりました。だったら今日は目を離さず見ていてください、フリーレン様」

 

「もちろん。……でも美味しそうなケーキがでてきたらちょっと目移りしちゃうかな」

 

そう言って笑い合う2人。

 

なお、控室の外では耳を当ててドアに張り付くラヴィーネとカンネ、ちょっと距離をおいてラオフェンがいた。

 

「ねえ、ラヴィーネ……」

「なんだ?」

「今入っていいと思う?」

「わからん……」

「いや、もう時間ないし入ろうよ。ダメでも謝ったら許してくれるって」

 

と、ゲストの女性陣は入室タイミングの議論をしていたという。

 

■控室にて


Case 新郎

 

一方、こちらは新郎控室。シュタルクの準備は比較的あっさりと終わっていた。

――のは、いいのだが部屋にいるのがアイゼン、オルデン卿、ゲナウという物静かな3人が揃っている。

ちなみに、グラナト伯爵も公務が終わるとお忍びで駆けつけてくれるらしいが、この場には来ないだろう。

 

それはさておき、ザインがこの場に居ればもう少し賑やかだったのだろうが、現在会場で準備中だ。

いかんせん会話が少ない。ちなみにアイゼンは今なにか話すと年甲斐もなく泣いちゃいそうで黙っている。

オルデン卿は親代わりであるアイゼンが何も言わないなら自分が先んじることを是としない。

どちらかいえば賑やかし枠のティシュレー達ドワーフ勢も割り込むわけに行かず「なにを黙りこくっとるんじゃコイツラは」という顔である。

 

「あの、スーツ……似合います?」

沈黙に耐えかねたシュタルクが恐る恐る聞くと、アイゼンは「ああ」と言って目をそらした。

アイゼンは今下手に動くと感動でむせび泣いてしまう可能性がある。

オルデン卿は「うむ、良い仕立てだ」と言って目をつむる。

 

(いや、どういう感情?!)

 

喜んでくれていそうなのはなんとなくわかるのだが……もうちょっと会話させて欲しい。

 

そんな、なんとなく微妙な空気を割ってくれたのはゲナウだった。

 

「シュタルク、これから式を挙げる直前には少し不躾な話かもしれないが」、今のうちに言っておこう。この後は伝える暇もないだろう」

「うん」

「昔、レヴォルテと戦う前に、お前はいいやつだから長生きが出来ないといったな」

「あー、そんなこと言ってたっけ」

 

そういえば、ゲナウは戦いにおいて優しさが仇になると言っていた気がする。

その主張自体は考え方として一理あるため、シュタルクは否定はしなかった。

 

「あの言葉、謝罪しよう。あの後もお前はあらゆる逆境に立ち向かい、生き残り、それでもその生き様を変えることなく進み続けている」

「うーん、そうかな……フェルンにはよく危なっかしいって怒られるけどね」

「それでもお前は今でも五体満足で帰っているだろう。だから、私が間違っていた

 勝つために生き残るために、常に非情であるべきだなんてないことをお前は証明し続けている」

「……そっか、ゲナウが言うならそうかもな」

 

思ったよりあっさりと受け入れるシュタルクに若干の拍子抜け感はある。

今日というめでたい場でこんな無粋な話をしているのに、オルデン卿と戦士アイゼンも満足気に聞いているのは何度も死線をくぐり抜けた英傑故か

 

「お前のようないいやつが幸せになれないなら、一級魔法使いの私たちに戦い甲斐がない。

 だから……お前が証明してくれ。この世界は優しくても幸せを掴むことが出来るのだと」

 

そう言ってシュタルクの肩に手をおいた後、ゲナウはそのまま手を振りながら部屋を出ていった。

立ち去るゲナウの見ていたシュタルクの背中をアイゼンが叩いた。

 

「師匠……」

「いい仲間に出会ったのだな。

 かの御仁の言う通りだ。お前が選んだ道は他者の幸せを守る道だ。そのためにはお前とフェルン自身がそれを知らなければならない。

 だからまぁ……、今日はまずお前とフェルンがこの世界で誰よりも幸せだと証明してみせろ。俺が生きているうちは骨は拾ってやる」

「なんだよ、その武闘派な幸せ家族計画。でも了解だ、師匠、それにオルデン卿。やるだけやってみるよ」

 

シュタルクに会場に入るように連絡が来たのは、そう二人に告げてまもなくのことだった。

 

■式は厳かに……


 

ザインやオルデン家から来ている者達の協力も合って二人の式は順当に進行した。

両親のいないフェルンは親代わりのフリーレンがその腕を引きシュタルクの元へ。

 

ドレス姿のフェルンが横に並んだシュタルクは彼女の姿に少し呆けてしまい

フェルンから耳打ちされて慌てて姿勢を直す姿が見られたがそれ以外は、厳かに、華やかに式は進行する。

 

そして神父代行のザインの進行の下、女神様への誓いの言葉と指輪交換とここまでは予定に狂いなく完了した。

 

だが――

 

「――さて、皆さん。お硬いのはここまでだ」

 

予定にない言葉がザインから聞こえて

「え、なに?何事?」と顔を上げるシュタルクとフェルン

横からスススと出てきたフリーレンが拡声用の魔法を形成してザインへと手渡す。

 

「えー、魔法に心得のある皆さま、案内状に差し込んでおいたお願いのお手紙をお読みでしょうか?

 で、あればきっと習得してきているでしょう!写真撮影の民間魔法!」

 

「「おおー!」」と答えるオイサーストの女子組。

「抜かりはない」というオルデン卿の下にザっと構える十数名のオルデン家で魔法行使可能な者達。

 

「え、なにそれ知らない?!怖いんだけど!」

唐突に始まった事にビビり散らかすシュタルク。差し込まれたお願いの手紙も全然知らなかった。

 

「さあ、皆様!これよりご待望のぉぉぉぉ!新郎新婦による女神様への誓いのベェェェェゼタイムだ!

 好きな角度からお好みの写真を好きなだけ撮っていただきたい!映写媒体と飾りつけのアクセサリはペンダント型でも、写真立て型でもあちらのティシュレー老が格安で販売しております」

 

受付席近くに控えていたティシュレーは任せておけ!とばかりにテーブルの下からドン!と思い出の写真セットのようなものを出してきて物販コーナーが出来上がった。

 

「ねえ、聞いてないよ!」というシュタルクのツッコミはもはや誰の耳にも入らない。

 

「ザイン様……これはどういうことですか?」

「いやほら、俺達なりのサプライズってやつ?どうせみんなの前でやるだろ、誓いのキス」

「それは、しますけど……!フリーレン様!?」

 

と言って保護者勢を見てみると

「アイゼンの分は私が撮ってあげるね」「頼んだ」というやり取りをしており

どちらかと言うとサプライズに一枚噛んでいる模様。そういえばさっき拡声魔法渡してたなと思い出す。

 

「来れなかったエーデルとか、ヴィアベル達からもお願いされてからね~、いい感じの写真とってこいって」「爺さんからも頼まれてる」というのはカンネとラオフェン

「寝室に飾る分と……そうだな、後で並んでいるだけのものも撮って飾っておこう」と良さげな写真立てを物色しているのはオルデン卿。

 

既に退路は絶たれている。ここで拒否はもう絶対にできない。

 

「ザイン様、今回は乗りますが、この借りは必ず返しますよ……」

「まあまあ、絶対いい思い出になるって。ほらフリーレンとアイゼンも嬉しそう!」

 

たしかに、ワイワイいいながら写真を飾るフレームを選んでいる……

フェルンはフリーレンに幸せとは何なのかを見せると控室で誓った事を思い出す

 

「くっ、仕方ありません。シュタルク様!!」

「ええ……、そういうノリ!?」

 

こういう時ってどうして女の子の方が肝が座っているんだろう漠然と考えるシュタルク。

そして、ふとこの会場に入る直前で言われた言葉を思い出す。

 

――今日はまずお前とフェルンがこの世界で誰よりも幸せだと証明してみせろ

 

さては知っていたな、師匠!!とアイゼンの方を見るとサムズアップされた。

 

「……いいんだな、フェルン」

「この場に立ったときから大抵のことは覚悟済みです」

「よし……じゃあ、やるぞ!」

 

■油断と失態と彼の嫉妬


 

「お前は行かなくていいのか?」

 

ゲナウは隣で座ったままのメトーデに問う

 

「私は先日フリーレンさんに面白い魔法を魔導書と交換頂きまして、昨晩大急ぎで習得しましたので問題ありません」

 

というメトーデは「はやくしろー」とか若干のやじが飛んでいる集団を瞬きもせずに凝視している。

視線の先を追うと本日用に着飾ったラヴィーネ・カンネ・ラオフェンの背中が見え、その向こうではキス待ち顔で待ち構えているフェルンが見える。

凝視してるメトーデの顔が、真剣な真顔過ぎてちょっと怖い。

 

「ゲナウさんは、シュタルクさんと話はできたのですか?

 ここに来たばかり時から比べると昨晩から随分と落ち着いたように見えます」

 

突然メトーデは視線も変えず、ゲナウに語りかけてきた。

 

「目ざといな」

「私達のように、魔族や魔物との戦いに身を置くものは多かれ少なかれ、何かを失って生きています。

 生き残るためにはやむを得ず割り切りと切り捨ての判断をせざるを得ないことも少なくはありません。

 ですが私の見る限り、ゲナウさんはシュタルクさんに負けないぐらいに諦めの悪い人だと思いましたよ」

 

戦いに身を置くことは、常に何かを失うリスクと覚悟を要する。

それでも戦うのはそれでも守りたい物、勝ち取りたい物があるからだ。譲れない心とは一種の意志の強さだ。

今迄ゲナウは心の何処かで、この感情を壊してしまっていたのだと思っていた。ただ淡々と対象を駆除する意志無き人形。

だが彼女はそうではないという。

 

「慰めのつもりか?」

「彼と比べてどちらが良い悪いと卑下する必要なんて何一つなかったんじゃないですかという提案です。

 ここでは一応ゲナウさんの妻ですから」

「……その設定はいつまで生きているんだ」

 

と嘆息しつつ問うゲナウにメトーデは事も無げに答える

 

「最初に言った通りです。何ならわかりやすくクレ地方に居る間という条件にしましょうか?」

 

いや待て、クレ地方に居る間だと、帰り道の結構な時間も続くだろう。

 

「……広すぎだ。

 だいたい、あの男に言い寄られたのはお前の油断と失態だろう……」

 

うんざりした表情で、メトーデから顔をそらしながらゲナウがぼやいた。

その瞬間、メトーデが目を見開いてこちらを見ていた事に気づいた同時に致命的に失言だったことを自覚した。

 

しまった、この場で今の言い方ではまるで……

 

「珍しい……ゲナウさん、拗ねているのですね」

 

相変わらず目ざとい、と慌てつつ「違う。客観的事実だ」と否定するも

クスクスと笑いながら「わかりましたそういうことにしておきましょう」と受け流される。

 

「お前は嫌なヤツだな……」

「そうなれと言ったのはゲナウさんですよ」

「早死にしないようにいいヤツになるなだ。いや、もうその話は撤回でいい……」

「そうですか、ではここにいる間はいい妻であるようにしましょう」

 

ああ言えばこう言う相棒にゲナウは根負けする

 

「ああ、もうそれでいい。

 シュタルクとは会話できた。私の悩んでいた事にも私なりの答えは出た」

「であればよかった」

 

もう、どちらのことに良かったと言っているのかわからないが

うろたえるほど面白そうに笑うメトーデにはどうしたって勝てそうなイメージが湧かない。

そんな事を考えていると、メトーデは突然話を切り替えてきた。

 

「ところで、ゲナウさんは果実酒は好きですか?」

「突然何の話だ?好きといえば好きだが」

「私の一族のいくつかある隠れ里の一つでは隠蔽も兼ねて農園と果実酒を作っている村がありまして」

「それがどうした」

「今回のお礼の話です。そろそろ収穫祭も近い季節です、一緒にいかがですか?」

「旨いんだろうな?」

「もちろん。北部高原の近辺の街ではそれなりの銘柄で売っているはずですよ」

 

やはり、どうしたって勝てる気がしない。

そんなことを考えていると、舞台の方から嬌声が上がった。

 

「あちらもようやく、根負けしたらしいぞ」

「そのようですね、もう少し眺めのいい場所に移動しましょうか」

 

そう言って立ち上がるメトーデの後ろ姿を見ながらゲナウはため息を付きつつ後を追うのだった。

後々に、この時のやり取りがきっかけで何もかもが変わってしまうとはゲナウも思いもしないことだったという。

 

■大事な事なので2回する


 

いい加減、進めてくれねぇかな~とザインが思った頃、状況を動かしたのはフェルンの方だった。

 

全員から至近距離で囲まれ、緊張のあまり硬直してしまったシュタルクに対して

目を瞑ったまま顔を上げて待っていたフェルンはいい加減待ちくたびれたため、シュタルクの首に腕を回しつつ背伸びをして引き寄せるように重ねた一回目。

 

「ンンッッ!?」

 

その衝撃で我に返ったシュタルクは 「それでいいのか新郎シュタルクー!男を見せろー!」というザインからのあおりで状況を理解する。

シュタルクは慌ててフェルンを見ると、色々思うところもあったように目をつむり顔を上げてくれたため

「ごめん!」という言葉とともに、いつかの舞踏会の時のようにフェルンの腰を引き寄せ、背に手を添えて覆いかぶさるように唇を重ねた二回目。

 

そんな2セットの写真が思い思いの角度から写されたという。

 

「もう絶対に人前ではやらない」というシュタルクの宣言に若干のブーイングが飛んだがひとまずイベントはつつがなく完了した。

 

その後、一旦式は締めて、後夜祭的なパーティーの時間となり、式用ドレスを脱いでコルセットも外したラフめの衣装に着替えてきたフェルンが見たのは、

参加者から「余分に撮ったから記念にどうぞ」とばかりに並べ立てられた写真の中央で「もうやめて……勘弁して……」とうち震えながら羞恥のあまり顔を伏せていたシュタルクの姿だった。

 

やれやれといった具合で苦笑しながらシュタルクの隣に座り、彼の頭を撫でる。

フェルンが戻ってきた事に気づいたシュタルクはその姿勢のまま「不甲斐なくてごめんよ、フェルーン」とシクシクと泣いている。

どうやら、若干アルコールも入っているようだ。

 

「2回目は男らしくて素敵だったと思いますよ。最初硬直した時はビンタで目覚めさせたほうがいいのか少し迷いましたが」

「ごめんよぉぉぉぉ」

 

シュタルクはこれぐらいのほうがらしいのかもしれないなと思いつつ、フェルンは頭を撫で続けながら祝いの挨拶に来る面々に笑顔で答えるのだった。

 

■頑張ると約束したこと


 

全員の挨拶も終え、後夜祭も終わり。飲み足りないやつはドワーフの酒場に集まれとなった頃。

ようやく解放され、アルコールからも冷めたシュタルクは風呂場で1人緊張していた。

 

ふと家が完成した直後の夜、フェルンとのやり取りを思い出す。

 

――今日はお客様が家に来ている。だから……何もしない!良いよな!

――そういうのは、式が終わったら頑張るから!

 

「そうだった……、今日までフェルンに待たせていたんだった」

 

そう、式本番が終われば一段落ではない。

 

シュタルクにとってはある意味ここからが本番と言えるような言えないような。

互いの気持ちを確認し合ったのは結構前にもなるんだが、なんやかんやで先送りにし続けた禊とも言える。

 

使命感や義務感でするわけではない、なんなら随分前からめちゃくちゃしたい

だがそれでも、緊張するものは緊張するのだ。だって失敗したら立ち直れないじゃないか。

 

念入りに体を洗い、長くならない程度湯船に浸かり、風呂から出て、タオルだけ巻いた姿で寝室に……は流石になんか違う気がしたので、いつも通りの格好で寝室に入る。

フェルンはベッドの上で正座で待っていた。フェルンはフェルンで緊張している様子だった。

 

「あの、お風呂……空いたから」と伝えるとフェルンは覚悟を決めたように顔を上げて「はい、行ってきます」と言ってお風呂場に向かった。

 

ここからはもうザインもアイゼンも助け舟は出してくれない。なぜならおそらく酒場で徹夜で飲み明かしているだろうから。

最終的になにをすればいいのか、そんな物は流石にわかっている。だが、そこに至るスタートがなにが正解なのかわからないのだ。

会話と行為のフローチャートを頭の中で考えては壊し、考えては壊しを繰り返す事30分程。

 

フェルンが神妙な面持ちで帰ってきた。着ている服と下着も、普段の寝る時に着ているものと違い、上着はなんだか薄く透けている生地のものだ。

そう言えば、レインと勝負何とかがどうこうという話をしていたなと思い出す。

 

シュタルクの隣にフェルンが座るとその時のベッド揺れがシュタルクの体に直接響いてくる。すぐ隣に人がいる暖かさを感じる。

 

「シュタルク様、その……今更当たり前なんですけど」

「お、おう……」

「お互い初めてだと思うので――」

と言った辺りで、これを流石にフェルンに先に言わせるのは駄目だと思ったシュタルクは

「待った」

とフェルンに手をかざして静止をかける。

 

「ごめん、フェルン。俺が言う。

 散々待たせたけど、俺がこんな事するのはフェルンが初めてだし、フェルンだけでいい。

 だから、今日は……今日こそフェルンをもらうぞ……」

 

やっぱりこういう時に何ていうのが正解なのかはシュタルクにはわからない。

歯の浮くような甘いセリフも思いつかないし、格好いい言葉も出てこない。ならばもう今は好きだという気持ちの直球勝負しか残されていない。

 

「……はい、私も初めてですから優しく、優しくしてください」

 

フェルンもシュタルクがそんな風にしか言えない事がわかってて、受け入れる覚悟が出来てて側にいてくれてるんだと信じるしか無い。

大事なのは言葉と態度にして伝えることだ。

 

「……善処します」

 

そう言ったシュタルクは、昼間の2回目のようにフェルンの体を引き寄せて唇を重ねた。。

引き寄せされた腰から体が密着し、絶対に離さないという力強さにシュタルクの背に回した腕以外は上半身から力が抜けて体を預けてしまう。

どれぐらいその状態でいたのかあやふやになる様に感じる中、息継ぎをするように顔が一度離れる。

 

「続き、いい?」とシュタルクが確認するとフェルンは部屋の片隅を見てから

「少しだけ……」と言ってから何故か視線の先に向かって指を鳴らした。

 

「どうしたの?」フェルンの謎の行動に疑問を投げかけるが

クスッと笑った彼女に「何でもありません……」とごまかされた。

 

「それよりシュタルク様……」

そういいながらフェルンはゆっくりとシュタルクの首に手を回し

 

「もう一度…………」

と、甘えるような囁きと共に今度はフェルンから再度口づけを交すとベッドへと誘うようにシュタルクと共に倒れ込んだ。

 

■保護者としてはちゃんと出来るか心配だった


 

二人の寝室から少し離れた一人用の寝室にて

 

「ぃッッつ~~~~!」

 

と額を抑えながら、全力でデコピンを食らったような痛みに耐えるエルフが1人部屋の中で悶えていた。

フリーレンはいててててと言いながら額を撫でて近くにあった手鏡を見る。

 

「フェルンもやるなぁ……杖を媒介せずに魔力のパスを追いかけて術者に直接攻撃するなんて」

 

要するに心配になったので、魔法で覗き見を仕掛けて様子を見ようとしたところ見つかって反撃にあったのだ。

仕掛けた魔法のパスを通して額に微量の魔力による衝撃を食らった形だ。

 

「そろそろ引き上げようとしていたのに、判断誤ったなぁ」

 

確実にバレているので、たぶん明日怒られる。

 

いやいや、流石に行為自体を見るつもりはなかった。

単純に大丈夫かなぁ……って保護者として気になっただけで……

ただ、シュタルクからガバッといった時は流石に「おおっ!」と思って見入ってしまったが

まぁ、違うんだよ……と今更しても仕方ない言い訳を考え始める。

 

うーん、どうしようと考え始めたところで窓ガラスを叩く音が聞こえた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

フリーレンがカーテンを開けるとそこにいたのは一匹のシードラットだった。

ただ、見覚えのある魔力を帯びている。

 

窓を開けると、わかりやすく魔力を放出したまま外に飛び降りて走り去っていった。

 

「ついて来いってことね……」

 

手早く外着に着替えて飛行魔法で飛び、シードラットを追跡した先にはフリーレンの予想した通りの人物が浮かんでいた

 

「珍しいね、こんなところまで出てくるなんて」

「呼んだのはお前だろう、こんなものまで寄越して」

 

紙束を手の上に浮かせて見せるのは、オイサーストの協会本部の最奥にいるはずの大魔法使いゼーリエだった。

ゼーリエが取り出したのは以前フリーレンがゼーリエに渡した転移の魔法について書いた手紙。

 

「それか……、どうだった?」

「荒すぎる。消費する魔力が人の使うそれではないだろう」

「まぁ、見様見真似で発動するところまでって感じだからね

 私でしばらく研究は続けるけど、扱いはゼーリエに任せるよ。一般魔法としての利用には結構な問題がありそうだし」

 

ふん、と言いながらフリーレンの手紙をしまう。

バラバラにして燃やさない辺りは丸くなったのかもしれない。

 

「それで、お祝いしに来てくれたの?」

「ゲナウに持たせた書簡は読んだか?」

「これね……、資金は全面的に協会持ちで魔法学校と寮の設立と、何なら私とフェルンを臨時講師として雇用ね。

 確かにこの辺りは聖都の支部に通うには遠いし、立地条件はちょうどいいかもね。人が居ないこと以外は」

「返答は?」

「シュタルクとフェルンがいいって言うなら良いよ。私も設備内に予定されてる図書館には興味があるかな。

 受け入れ条件に書いてある私の協会立ち入り禁止の解除はどっちでもいいよ、協会に入れないなら寄らないだけだし」

 

こともなさげに言うフリーレンに小さな舌打ちをしながらゼーリエは小声で「生意気な孫弟子め」とぼやく

 

実際ありがたい話ではある。こういう施設が建てば村に人が集まり賑わう。本当にゼーリエなりに考えたプレゼントなのかもしれない。

もっとも、戦士の村の跡地は魔法使いの村になってしまうかもしれないが、そこらへんはシュタルクの意志を尊重したい。

 

「まぁ、よくよく2人と相談してから返事をするよ。それでいい?」

「それでいい。あとは……、時々お前も顔を見せろ」

 

突然頑固者な田舎の親みたいなセリフがゼーリエから出てきてフリーレンもキョトンとする。

 

「魔法使い協会出禁にしたのゼーリエじゃないか」

「だからそれは……、いや、もういい。

 とにかくだ、フェルン一級魔法使いにも言っておけ。体質によっては妊娠中や出産後は魔力の変質が起こる者もいる。そういう時は――」

 

当人がわざわざ来たので何事かと思ったが本当に色々世話を焼きに来ただけのようだとフリーレンは理解した。

親となる際の魔法使いの心得のようなものをくどくど説明しているが、正直気が早い。何なら今さっきチャレンジ開始したばかりだ。

 

「いずれ産まれる子供の顔が見たいなら、素直にそういえばいいのに……」

「誰がそんな事を言った」

「言ったも何も、まあ協会の施設が出来ればいくらかは大義名分が立つからね。

 でもフェルンはそんな事しなくても、普通に顔を見せてくれって言ったら拒否はしないでしょ

 もちろん小さい頃はオイサーストまで連れていけないから、ゼーリエがお忍びで遊びに来る前提になるけど。そのための魔法でしょ」

「ふん……」

 

ここで、「え?いいの?」と言わない辺りはゼーリエらしいが、息苦しい生き方をしているなぁとも思う。

 

「まぁ、とにかくだ。いつの時代も優れた魔法使いの子どもたちは我々の希望だ。

 これから先も魔族も魔物も何なら人間同士の脅威すら世界からは絶対に無くならない。だから、お前が守れフリーレン」

「そんな事、フェルンを預かった時から承知しているよ」

 

フリーレンの返答に満足したのかゼーリエは、「違えるなよ」といいながらサラサラと形が崩れて虚空へ消えていった。

 

「分身体を転移させてきていたのか。膨大な魔力を持つゼーリエならではの訪問方法だね」

 

尊大なくせに不器用で心配性で、冷たく反応するくせに誰よりも人の営みを大切にする大魔法使いは

結局いつも弟子のことが心配なのだ。それが彼女の愛なのか、寂しさを埋める足掻きなのかはフリーレンには未だわからない。

 

「まあ、きっと大丈夫だよゼーリエ。フェルンとシュタルクはそんなに弱くない。私もずっと側にいる

 未来は今よりきっと良くなるよ」

 

フリーレンはゼーリエの消えた虚空の先の星空を見上げてそう呟いた。

 

■虚ろなる夢の邂逅


 

気がついたらフェルンは何もない空間に立っていた。格好はいつものローブを着ている。

 

「今さっきまで、シュタルク様と一緒に……」

 

重ね合った肌の感覚と、溶け合うような心地よさは覚えているが、具体的なことは途中から記憶が曖昧だ。

とにかく、フェルンとシュタルクの間に相当な体力差があるのはよくわかった。

今後はフェルンもそれなりに頑張らないといけない……ような気はする。

 

それはさておき現在の状況。現実ではありえないような暗くも明るくもないまっさらな場所。

明晰夢……なのだろうか?

 

「少し違うかな?」

 

という声がかかりフェルンは声の元を探しつつ、杖を構える。

 

「誰ですか?」

「そんなに警戒しなくてもいい。こちらからは会話以上の干渉ができないからね」

 

背後から聞こえた声に従い振り返った先には、見覚えのある赤い髪色で、白を基調とした格好の戦士が座っていた。

 

「こんにちは。君がフェルンだね。ようやく話ができる」

 

見覚えはない顔だ、だが誰に似ているのかは言うまでもない。

 

「あなたは――」

「はじめまして。弟のシュタルクが世話になっている」

 

いつかシュタルクから聞かされた白い剣士がそこに居た。

「私は名はシュトルツという」

 

~ fin & to be continued ~

 

 




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