葬送フリーレン~アフターオレオール~   作:rvr75_raiden

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■前回までのあらすじ(不要な場合は次ページへ)


かつて魔族に滅ぼされたクレ地方の戦士の村を建て直し、定住生活を始めるフリーレン一行。
シュタルクのプロポーズ後から生活の基盤作りと指輪、僧侶のザインを探したりと紆余曲折を経てようやく挙式の準備が整ったシュタルクとフェルン。
一方でオイサーストではゲナウがかつて共闘をしたシュタルクの結婚を知り、ゼーリエの名もありオイサーストの協会一級魔法使い代表としてメトーデ共に参加を決める。
ゲナウはシュタルクにお祝いの言葉を考える一方で、故郷を取り戻そうとする彼の姿に、かつて故郷を救えなかった自分の有り様について悩む。
そんなゲナウはメトーデからの後押しやシュタルクからの答えを聞き自分なりに生きていくことの意義を見出すのだった。

様々な人達に囲まれて式を終えたシュタルクとフェルンはそのまま二人きりで夜を迎える。
ようやく結ばれた後、フェルンが目を覚ました時に見たのは見慣れぬ空間とそこに佇むシュタルクの兄シュトルツの姿だった。


巡る命は天より来まし、世界は全てこともなし

■白き剣士との邂逅


 

「はじめまして。弟のシュタルクが世話になっている」

 

昨晩のシュタルクとの逢瀬の末、眠りに落ちてしまったフェルンが目覚めた時、

彼女が目にしたのは何もない見慣れぬ空間といつかシュタルクから聞かされた白い剣士がそこに居た。

 

「俺の名はシュトルツという」

 

フェルンがその存在に気づいた瞬間、周りの風景が一気に広がる。

何処かの村の中央の広場と思しき場所、シュトルツとよく似た服装の兵士たちが往来している。

 

「ここは……?」

 

見覚えのない場所のようで何処かに似ている、そんな風景。

疑問に思っていると答えはシュトルツから帰ってきた。

 

「今君たちが住んでいる場所だよ。ただ、20年近く前の在りし日の風景かな?」

「……現実、では無いようですね」

 

風景はともかく、肌に感じる空気は現実のそれではない。

 

「シュタルク様のお兄様、とおっしゃいましたが既に故人と聞いています、あなたは本物ですか?」

「正確には、本物ではない……と言えるかな」

 

そう答えるシュトルツにフェルンは警戒感を高めて杖を握る。

 

「そんなに警戒しないでもいいよ、俺には君に干渉できるような力はないし……」

 

小さく両手を挙げて参ったのポーズで応えるシュトルツ。

 

「そうだな、俺は……シュタルクがオレオールから連れ帰ってきた、記憶の残滓……のようなものかな」

「記憶の残滓……?」

 

目の前の人物に敵意らしいものは感じないためフェルンはひとまず構えを解いた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「本来君と俺に何の縁もない。だから当然オレオールで会うこともなかった。

 でも今こうやって話せているのは、俺の記憶と魂と縁といった条件が今この場で揃ったからだ」

「縁がない……のに条件が揃ったのですか?」

 

前後の話の食い違いに疑問を覚えたフェルンは問いかける。

 

「そう。君に俺との縁が繋がったんだ。つい先程」

 

つい先程、シュタルクの兄であるシュトルツと縁がつながる事……があったかと言えば……心当たりは、ある。

どう考えても1つしかない。式の後の夜に一晩中シュタルクと一緒に居たのだ、繋がったどころの話じゃない。

 

「……その発言はもう、セクハラではないですか?」

ムスッとした顔で再度杖を構える。

 

「いやいや、待ってくれ、他意はない。それにあまり時間もないんだ、余計な話はよそうか」

 

差し出された杖を遮る様に手で制止のポーズを取りながらシュトルツが答える。

 

「……どういう意味ですか?」

「言っただろう、シュタルクの連れてきた魂の記憶の残滓だ。俺はもうじきにシュタルクの中に魔力として溶けて消える。今回の一回限りの会話だ」

 

■赤い髪の少年の在りし日の光景


 

シュトルツは自身の右隣へと手をかざす。

不意に、立っていた場所が真っ白になり、訓練用のかかしが立っている風景に切り替わる。

そこには、赤い髪の小さな少年が木刀を構えてカカシに向かって切りかかっている姿が見えた。

 

「あれは、シュタルク様……?」

「村の当主の跡継ぎの候補として生まれたシュタルクはああしていつもずっと稽古に励むよう父から厳命されていた」

 

少しの間、その姿を眺めていると、記憶の中のシュトルツがシュタルクの元にやってきて

頭を撫でた後、屈みながらシュタルクの構えを正しながら練習に付き添い始める。

 

「仲が……良かったのですね」

「シュタルクから聞かされていないか?」

「断片的な情報は聞かされていますが、シュタルク様はあまり当時のことを細かくは語りたがりません

 ただ、優しいお兄様がいたことはその話の中から推察はできました」

「……そうか」

 

嬉しさと寂しさの混ざる複雑な表情のシュトルツの顔はどことなく見覚えがある気がした。

 

「まあ、俺たちの別れはあまり他人に言い聞かせる程面白い話ではないか……」

 

それでもフェルンはシュタルクについて知れることは何でも知りたいとは思う。

だが、フェルンも戦火の炎で失った両親との思い出についてうまく説明できる気がしない。

この村に訪れた日にシュタルクが見せた嗚咽こそがその全てであり、自分たちにできるのは傷があることを理解して寄り添ってあげることなのだろうとフェルンは考える。

 

シュトルツが眼の前のシュタルクとシュトルツの像に手をかざすと、場面が切り替わる。

ハンバーグをシュトルツから振舞われる様子や、討伐に向かうシュトルツ達を村の門で寂しげに見つめる様子。

そして、また切り替わり、黒いマントの男に木刀で飛びかかり……、そのまま木刀を掴まれてそのまま柄で打たれる様子……

記憶の映像だと判っていても子供が打たれる姿があまりに痛々しく、「あっ……」っと思わず声が出た。

 

「……父は厳しい人でね。ああして時々シュタルクの実力を確かめることあったが、結局シュタルクが認められることはなかったな」

「……」

 

実力が期待に届くことが遅かったのか、その後にいなくなるのが早かった事か複雑そうな言い方だ。

 

「あまり勘違いをしてほしくはないのだけど、父もこの村を支えるため必死だったんだ。

 少し、可哀想な人だったと思うよ。もちろん、シュタルクへの対応が父親として正しいものではなかったけど……」

 

柄で打たれた顔を抑える指の隙間からポタポタと血が滴る。おそらく衝撃で鼻血が出てきたのだろう。

シュタルクの父は何かをシュタルクに向かって叫んでいる。「どうした、立て」といったものだろうか。

過去の記憶だと判っていても手を差し伸べてくれない父を絶望的な目で見るシュタルクのもとに駆けつけて抱きとめてあげたくなる衝動に駆られる。

 

「この時代の思い出が何もかもこうではないのだけどね、村の戦士達はなんだかんだとシュタルクのことを可愛がってくれていた」

 

場面が切り替わり大人達に肩車をされて笑っている姿や、準備中の戦士に武器を手渡した後に頭を撫でられて嬉しそうにする姿が映る。

 

「……さて、この辺にしておこうか」

 

シュトルツがそういうと回りの風景が消えて元の何もない空間に戻る。

 

「おそらく、アイゼン殿や多くの人からシュタルクのことを頼むという風に言われ飽きているだろう。

 いまさら故人で、しかも記憶の断片の俺がシュタルクのことを頼むもなにもないだろう」

「そんな事は……」

 

と否定しようとしたが、シュトルツは構わないよとばかりに制止の手をふる。

 

「いいよ、そもそも君の覚悟を疑っていないんだ。こうして会話できていることが何よりの証だ。

 だから消えてしまう前にできるお礼をしようと思ってね。君にコレを送ろう」

 

シュトルツの手の平から光球が現れ、フェルンの胸元に移動する。

 

「これは?」

「この村で過ごしたシュタルクの記憶だよ。俺視点になるから全てではないけれど」

 

以前、大魔族マハト討伐の際にエーデルが抜き取った記憶の授受をデンケンが行っていたことを思い出す。

おそらく、あのようなものなのだろう。しかし……

 

「……良いのですか?」

 

シュタルクが語ろうとしない物をこんな形で受け取って良いのだろうか?

 

「記憶を見るのは君の意志次第だ。魔力の扱いに長ける君ならそう難しくはないだろう。少し寂しいが見ず消すことすら可能だ。

 勝手に覗き見るのがためらわれるならシュタルクに説明して了承を取ると良い」

 

シュトルツは小さく笑みを浮かべながら「きっと君には駄目とは言わないだろうな」とつぶやく。

死者の心の有り様や精神がどのようなものなのかフェルンには判らない。だがこれで消えてしまうという彼が託すものを拒否することが正しいとも思えない……

 

そうであるならば

 

「……わかりましたお受け取りします」

「そうか、ではそれに触れて……」

 

そういうシュトルツの説明に

 

「――ただし」

 

割って入る様にフェルンは告げる。

 

「これはあなたの家族への想いそのものなのでしょう?」

 

フェルンの言葉にシュトルツは大きく目を見開いた。

 

「そう……なるかな……」

 

肯定するシュトルツには僅かながらの逡巡が見えた気がした。

 

「これは、いつかシュタルク様にお返しするべきものです。だからそれまで私がお預かりします。

 私は……シュタルク様のことはシュタルク様の口から聞かされた話だけが聞きたいのです」

 

そう言って記憶の光球を受け取りつつ宣言したフェルンの言葉を聞いたシュトルツは今までにないぐらい驚いたように目を見開き。そして、笑い始めた。

 

「そうか、そうなんだな……君はそういう子か。ははは……」

 

そう言ったシュトルツは両手の掌を目に当てて俯いた。

すこし、声に嗚咽が混じっているような気がする。

 

「シュタルクがずっと側に居たがる気持ちがわかる気がするよ。

 君と話せてよかった。ありがとう、弟に寄り添ってくれて。家族になってくれて……ありがとう……弟は、きっと幸せになれたのだな」

 

何も残すことが敵わないと思うような絶望の中で、たった1つ願った。

幼い弟だけは、母を幼い頃に失くし、父に厳しくあたられ、家族の温もりすら知らぬまま育った弟だけは未だ見ぬ幸せを掴んでほしいと。

命を賭してすら、ただひたすらに願ったのだ……

 

フェルンに礼を言うシュトルツの体から少しずつ光の粒子が天にむかって流れ出ていく。

少しずつ薄くなっていく消えるとはこういう事か。

 

「最後に話すのは私で良かったのでしょうか? シュタルク様と話すべきだったのではないですか?」

「いや、君が良かった。シュタルクとはオレオールで話したしね」

「そう、ですか……」

 

それでも兄弟で会話すべきだったのでは?という想いが消えず、

暗い表情を見せるフェルンにシュトルツは冗談めかした口調で

 

「正直に言えば、これから二人に生まれ落ちてくるであろう命に会えないことが残念でならないよ

 きっと、可愛いのだろう。叔父として、幼かったのシュタルクの様に抱き上げるぐらいはしてあげたかったかな」

 

暗い顔で見送るべきではないと気づいたフェルンも

「気が早いですよ……」

と言って笑った。

 

「そうでもないさ……

 いつか魂が巡って再び出会うことがあったら今度はゆっくりと君たちの幸せな話を聞かせてくれ」

 

そういいながら、消えかけのシュトルツはふと思い出したように言う

 

「そうだ、君がオレオールで出会った人物のゆかりの地にシュタルクを連れて行ってやるといい。

 きっとそのほうがフェアだろう?」

 

薄っすらと消えかかる視界の中伝えられたその言葉に返事をする事は叶わず、フェルンの意識はその場から離れていった。

 

■式の翌朝


 

「――ン、フェルン!」

 

聞き慣れた声が、自分を呼ぶ声が聞こえて目を覚ますと眼前には心配そうなシュタルクの顔があった。

 

「シュタルク……様?」

 

徐々に覚醒していく頭で周りの状況を把握していく。

 

そう、昨日はシュタルクと結婚式を挙げて大勢の人に祝われて……

その後はシュタルクと……

 

目の前で自分を見つめるシュタルクの上半身が裸で、

ついペタペタ触りたくなるような靭やかな筋肉が露呈している事に気づいたフェルンは自分も裸であったことを把握した。

 

昨晩の行為を考えると今更隠す意味のある部位なんてほぼないのだが

まあ、恥ずかしいものは恥ずかしいので手元の毛布で隠す。

 

「良かった。急に魔法か何かで体が光ったからびっくりしたけど……特に何もないみたいだな」

「光った……のですか?」

「そう、寝顔見てたら急に魔法か何かで光って、今までそんな事なかったからびっくりしたんだけど」

 

光ったのはおそらく、記憶の光球を受け取ったためであろう。

心配してくれたのは大変良いことだ。だが、それはさておき……

 

「シュタルク様……、私の寝顔を見ていたのですか」

「ん!?」

「今まで……というのは?」

「えーーと……」

 

ちょっと焦ったような顔を見せるシュタルク。

 

「いや、最近いつもフリーレンから熟睡する魔法かけられてたじゃん……」

「そうですね」

「いつも早めに寝てたから、起きる時間もちょっと早くてさ」

 

シュタルクはこう見えて朝の行動は早い。野営の時代からフェルンより早いことのほうが多い。

そんなシュタルクが早めに目覚めた状態というとフェルンも起きているはずはない。

 

「……そんなシュタルク様は、早起きしてなにをされていたのですか」

「言わないとだめですか……」

「ダメです」

 

「ダメかーー」と言いながら目を瞑って熟考するように悩むシュタルク

 

「……眼の前で寝息を立てるフェルンが可愛すぎたので起きるまでずっと眺めてました」

「それだけですか?」

 

正直な所、フェルンも就寝時に魔法で熟睡してしまっているシュタルクの寝顔を眺めたり、

その他諸々、魔法の影響とはいえ呑気に眠る姿にちょっと業腹になり、悪戯は割とやっていたのであまり人のことは言えないのだが……

当人は気づいていないのでこの際黙っておく。

 

「……時々寒そうにしてたんで、寒くないように温めようかと」

「……具体的に」

「……だ、抱きしめてたら寒くないかなって」

 

そんな事されてたのか……と思いつつも、どう反応していいのか判らなくなったので

布団の中でシュタルクの胸をポカポカ叩く。

 

「いたい、いたい。ごめんて、叩かないで」

といつもの調子で反応したのを確認してからフェルンは手を止める

 

「今朝も寒いんですけど」

「まぁ、今日はなにも着てないからね……」

 

シュタルクは会話の一貫と思ったのか普通に答えてしまったが

その言葉にちょっとむっすーとした表情を見せたフェルンに「あ、これ違うな」と痛感する。

 

「……寒いんですけど」

 

もう一度、チャンスをくれるらしい。

「ごめん」といいながらシュタルクは毛布の中のフェルンの背中に手を回して抱き寄せる。

お互い裸で抱き合っているのだが何故か落ち着く。フェルンは暖かな体温と聞こえてくる鼓動の音に安心したようにシュタルクの胸に顔を埋めた。

 

フェルンはそのままの姿勢でシュタルクに語りかける

 

「シュタルク様」

「なに?」

「夢でシュタルク様のお義兄様に会いました……」

 

姿勢的にシュタルクの顔は見えないが、息遣いだけが聞こえる。

少しだけ驚いたような反応をしてからすぐに落ち着いて

 

「なんか言ってた?」

 

と言ってきた。

 

「疑わないのですか?」

 

思ったよりあっさりとした反応をのシュタルクに思わず聞いてしまう。

胸元に抱き寄せられていてもなんとなくシュタルクが笑っている事が判る

 

「そういうこともあるかなって」

 

シュトルツとたくさん話しをしたようで、伝えられた気持ちはシンプルだったように思う

 

「……シュタルク様に寄り添ってくれてありがとうって、言っていたと思います」

 

その言葉を聞いたシュタルクは僅かに呼吸を止めたあと

フェルンの背に回った腕がさっきより強く抱き寄せてきた。

 

「兄貴らしい……、あとそれには俺もありがとうかな」

 

フェルンもそれに応えて、シュタルクの体に顔を押し付ける

 

「……はい、どういたしまして」

 

そろそろ起きて、朝の準備も検討しなければと思う一方で

ずっとこの時間が続けばいいのにと思いながらフェルンはシュタルクの胸の中で目を閉じた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

と、そんな事をしていた二人がその朝活動を始めた頃にはそこそこ日も昇った時間となっており

昨晩出来心で二人の様子を覗き見ようとしたフリーレンはというと

 

「ふたりとも遅い……」

 

その謝罪とゼーリエからの提案についてどう話すか考えながら待ちぼうけを食らうことになっていた。

 

■僧侶は二人の空間にまだ慣れない


 

大慌てで身仕度を整えたシュタルクとフェルンは来客してくれていたメンバーの見送りに出ていた。

 

「ではな、シュタルク、フェルン、フリーレン。また会おう」

「ああ、師匠も元気でな。また落ち着いたら遊びに行くよ」

「アイゼン殿は我々の方で送り届けよう。シュタルク、復興の支援の件はまた使者を送ろう」

「自治領化の方も徐々に話を詰めていく。領地としての体を保てる形にできるようにはこちらでもまた連絡しよう」

「オルデン卿もグラナト伯爵もありがとう、ムートにもよろしく伝えてくれ」

 

簡単な挨拶のあと、アイゼン、オルデン卿、グラナト卿はそれぞれ帰っていた。

 

「ゲナウたちは?」

「オイサーストは結構遠いからね。割と朝早めに出ていったよ。

 二人が朝から寝室でなにかしてて起きてこないから……」

「フリーレン様っ!!」

 

フリーレンのあまりの言いように苦情を挙げるフェルン。

とは言え、なにかしてて寝坊する結果となったのは事実だ。

 

「いや、寝坊したのは悪かったって……

 みんな、なんか言ってた?」

「落ち着いたら夫婦揃ってオイサーストにも時々こいってさ。

 まぁ、直弟子にならなかったけど一応フェルンも一級魔法使いだしね」

 

そう言われるとシュタルクはちょっと照れくさそうに鼻先をかきながら

 

「夫婦か……なんかそういう言われ方まだ慣れないな」

「覚悟はできてたんじゃないんですか?」

 

フェルンはそんなシュタルクをからかうように笑う。

 

「いや、覚悟は昨日の夜見せた通りなんだけど……

 他の人から見た時に夫婦って言われるの照れない?」

「……えっち」

「……もう、そんな言葉には負けないぞ。フェルンに対してなら俺はえっちでいい」

 

そんな二人のやり取りに呆れながら口を挟んできた僧侶が一人

 

「おまえら、そういう話は家の中かもしくは夜の寝室でやれ」

「ザイン、まだいたんだ」

「居るよ!というか冷たくない? 今回は俺、結構頑張ったよね?」

 

フリーレンの忘れてたとばかりの言い方に苦情を挙げるザイン。

たしかにここ最近の功労者であることは間違いない。昨日も式の進行だけはなく事前の準備や後片付けもかなり頑張ってくれている。

無論、オルデン家やドワーフ達からの多くの支援があったから実現できたものではあったのだが。

 

「おれは、凄く感謝しているよ。ザインはこれからどうするんだ?」

「ゴリラがこっちに向かってるらしいから、到着するまでここに居させてもらうかな

 お前たちにも紹介したいし」

「そっか、じゃあもう少し一緒だな」

 

シュタルクの質問にザインは顎に手を当てて考えるようなポーズで

 

「その後は、ゴリラと相談しながら中央諸国を周遊して北に戻るか、南部を見に行くかのどちらだな」

「……南部は、まだ情勢が落ち着いていない地域もありますよ」

 

少し心配そうに声をかけるフェルンは南側諸国の出身でもとはその地の戦災孤児だ。

 

「まあ、流石にあぶねえところには近寄らねぇよ

 ただ、僧侶としてはできることはあるかもしれないからな。何にしてもゴリラと相談だ」

 

南側諸国の話をしたフェルンの表情が暗かったのでシュタルクはフェルンの肩に手を回して体を引き寄せる。

「シュタルク様……」

「そういう顔するなって。少し状況が落ちついてフェルンの気持ちの整理がついた時、俺たちも見に行こう」

「……はい」

そう言ってフェルンはシュタルクの肩に頭を傾ける。

 

「なあ、フリーレン」

 

なんとなく、二人の空間を展開し始めたシュタルクとフェルンを尻目にザインはうんざりした表情でフリーレンに話しかける。

 

「なに?」

「こいつら、ずっとこうなの?」

「暫く前からこんなもんだよ」

「お前よく耐えられるな……」

「喧嘩してピリピリしている時よりは結構楽かな」

 

なにか開き直ったようなフリーレンの言いようにザインはため息をついた後、空を仰ぎながら

「メトーデさんみたいな人、何処かにまだ居るかなぁ……」と虚空につぶやく。

まだ諦めてなかったんだとフリーレンは思ったが口にはしないことにした。

 

■実家に帰ろうと思います。


 

それから数日後、ティシュレーを代表するドワーフ達やオルデン家が数名残してくれた使用人達と協力して後片付けもほぼ終わったある日の朝。

フェルンが思いついたように言葉を発した。

 

「シュタルク様、フリーレン様、実家に帰ろうと思うのですが」

 

その言葉にシュタルクはスープを飲むために持っていたスプーンを落とす。

 

「えっ……、な……

 待ってくれ!フェルン!何でいきなり!?

 昨日の夜ダメだった!?俺なりにフェルンの負担にならないようにって色々工夫したつもりで――」

 

朝の食卓で妙なことを言い出すシュタルクにフェルンは咳払いをする。若干顔が赤い。

 

「――落ち着いてください。シュタルク様」

 

特に反応することなく話を聞いていたフリーレンはティーカップをソーサーの上に置く。

 

「実家って、聖都の郊外のハイターの家のこと?」

「はい。状況の確認や、荷物の整理と……ハイター様のお墓参りをしても良いかなと」

 

なるほど……といった具合にフリーレンは考え込む。

 

「そうだね、行ってくるといい。

 旅に出る前に魔法で施錠して状態保護もかけたし、この前に寄った時に荒らされてないことも確認はしたけど……中は見てないからね」

 

二人の会話になんだそういう事か、とシュタルクは胸を撫でおろす。

何に焦ったのかは口にはしづらいが……なにかフェルンの嫌がる粗相をしてしまったのかだいぶ焦った。

シュタルクの都合でここに居着いてしまったが、フェルンも中央諸国の聖都近くにある種の故郷のようなものがあったのだ。

彼女の親代わりであるハイターの墓もそこにあるのだ。

 

「本当はもっと早めに行くべきでしたね。日用品やハイター様の収集した蔵書もありますので」

「そう言えばあの蔵書って、ハイター個人のものなの?」

「はい、そのはずです。いまは……養女である私の資産……となるのでしょうか?」

 

それを聞いたフリーレンの目が輝く

 

「それ、私達で引き取ってもいい?」

「はあ……、まあ、あのままにしておいても仕方ないですしね」

「シュタルク!お金はなんとかするから、ティシュレー達に蔵書庫の作成発注してもいい!?家の隣とかに!」

 

珍しくグイグイ来るフリーレンに押され気味になりつつ

 

「お、おう、好きにしていいよ?」と答える。

「もう……、フリーレン様。本当に予算あるんですか?

 個人的な目的でオルデン卿やグラナト伯爵に泣きつくのは無しですよ」

 

下手をすると、あの人たちは返事1つで本当に用意しかねないのだ。

厚意を無下にする必要はないが、甘えるのは少々違う。

 

「う……まぁ、そこは何とするよ」

 

それまでなにか考える仕草をしていたシュタルクは意を決したようにフェルンに声をかける。

 

「そのお墓参り、俺も行っていいかな?」

 

それを聞いたフェルンは満足げに頷く。

 

「はい、私からお願いするつもりでいました」

「そうだね、行ってくるといい。シュタルクもハイターに挨拶しないと。

 なんせハイターから愛娘を貰ったんだからね」

 

フリーレンの言葉を聞いたシュタルクはウッっと苦しげな表情をする。

 

「後先になったけど……ちゃんとしないとなと」

 

■主なき家


 

聖都までは近くの街まで出て乗り合いの馬車に揺られて移動することになる。

フリーレン曰く、もっと早く着く方法はあるんだけど……ということだったが言葉を濁されたので言及しないことにした。

 

何にしても、中央諸国最大級の都市である聖都シュトラールまでの街道は年々整備が進んでいるため近年では通常の移動手段でもそう困ることはなく到着はできる。

 

ちなみに、先日ラヴィーネたちから聞いた話によると協会からの許可と1級魔法使いクラスの同行があると魔法で馬車の加速ができるということを知ったのだが、フェルン曰く

「基本的にフリーレン様と一緒にいる以上、流行りの魔法とは無縁ですので」

だそうだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

ハイターの家はシュトラールの城門の外にある森の奥にある。

城門前に到着してからは野良道を突き進む。

 

「結構、奥地にあったんだな」

「そうですね。あまり人が訪れる場所ではありませんでした」

「……フェルンを守りたかったのかもな」

「そうかもしれません、ハイター様に拾われたばかりの頃の何の力もなかった私は酷く人を恐れていたから」

 

シュタルクはフェルンの過去については薄っすらとしか知らない。

南部で起きた戦争の被害にあい戦災孤児としてハイターに救われたこと。

ハイターの死後、フリーレンの弟子として旅をしていた事実ぐらいだ。

少なくとも、フェルンとフリーレンが思い出話として話せる範囲の事だけを聞いている。

 

それ以上のことは、必要がある時にいずれ知ることだろうとシュタルクは考えている。

フェルンやフリーレンが語らないのであれば、自分から聞くべきことではないのだと。

きっとそれは思い出して語ることすらも当人にとっては悲しく心の痛いことであろう。

自分自身がそうであったように。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ここか」

 

日が落ちる前になんとか到着したその場所には古い木造の家が建っていた。

今はフリーレンが出かける際にかけた魔法の効果で、認識阻害と施錠がされている。

フェルンは、事前にフリーレンから手渡されていた魔法の解除呪文を唱える。

 

「帰り際にはまた私がかけ直しておきます」

 

そう言ってフェルンは家のドアを開ける。

フリーレンのかけた施錠の魔法は家の中にある物ごと位置を固定するため、この家から出る前の比較的綺麗な状態で保たれていた。

とはいえ、木材そのものも時間を止めるわけではないので、十数年ぶりに帰るなりにところどころ傷んでいるようではあった。

 

「……ずっと、永久にこのままにはしてはおけないかもしれませんね」

「……」

 

そうつぶやくフェルンは少し寂しげであったが、それはもう仕方ないのかもしれないとシュタルクも感じていた。

あまり考えたくはないことだが、何れ自分の師がこの世からいなくなった時に自分も考えねばならないことだ。

もう、ここに人はいないのだから。

 

「それほど汚れてはいませんが、今日は少しだけ掃除をして持って帰れる物の整理をしましょう。

 明日は教会の共同墓地にあるハイター様のお墓に行きたいです」

「そうだな。もう日もくれちまうし、この家の中でできることに集中したほうがいいか。

 寝床はどうしようか?」

「……えっち」

 

まあまあ真面目に話していたつもりだったのに突然会話のはしごを外されシュタルクはつんのめる。

 

「いやいやいや……そういう意味じゃなくて、俺がハイター様のベッド使っていいのかって意味ね」

「一緒に寝てはくれないのですか?」

「いや流石にそういう場所じゃないでしょ……、寂しかったらフェルンの部屋の床で寝るから」

 

というと、フェルンは「冗談です」と言って薄く笑った。

夫婦になっても新妻から弄られる運命にあるのかと苦笑いするしかないが……

笑うフェルンが可愛いので許してしまうのはもう尻に敷かれてしまっている証拠なのかと痛感する。

 

「では、シュタルク様はハイター様のベッドを使ってください」

「了解だ」

「大丈夫ですか?一人で寝れますか?ハイター様が化けて出ないか怖くありませんか?」

 

まだやるんかいと、思いつつ

 

「……俺はこの期に及んでまだ自らの夫を弄り倒す気まんまんのフェルンさんが怖いです」

 

シュタルクはそう応えながら、フリーレンから借りたカバンの中から掃除道具を取り出すのだった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

翌朝、目が覚めたシュタルクはここ最近はいつも目の前で小さく寝息を立てるフェルンがいないことに僅かな寂しさを感じながら起き上がる。

居間に出ると、奥の台所で朝食の準備をしているフェルンの姿が見えた。どうやら今日はフェルンのほうが早く起きていたらしい。

 

「おはよう」

「おはようございます。シュタルク様」

「今日は朝飯を食べたら、準備して教会に行くんだよな」

 

と、フェルンに声をかけると「はい……」という生返事が帰ってきたが、台所を気にして心ここにあらずといった風だった。

 

「台所、何かあった?」

「いえ、昔ここに居た頃は踏み台の上に乗ってお料理をしていたなと」

「……そう言えば、以前フリーレンが『出会った頃のフェルンは自分よりも小さな女の子だった』って、フリーレンの腰ぐらいの高さ示してたな」

という言葉を聞いたフェルンはちょっとだけムッとしながら

「……そこまで小さくありませんでした」と拗ねる。

 

「俺はその頃のフェルンを知らないからわからないけど、その台所のテーブルに届かない頃のフェルンがフリーレンにとってすごく可愛かったんだよ」

そういいながら、「俺も見たかったよ」と言って笑うシュタルクに、ふくれ顔から照れ笑いに変わったフェルンは「もう……」といいつつ

出来上がった朝食をテーブルに運び始めた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

朝食を終えた後、また森を経由してシュトラールの街に入り、添える花を途中で買ってから教会へと向かう。

 

「フリーレン様は墓標にお酒をかけていました」

なんとなしにフェルンから出た言葉に

「ハイター様は若い頃はザインに負けないぐらい酒が好きだったんだっけ?」

とシュタルクが返すと

「ザイン様と一緒にしないでください」

とちょっとむくれる。

ザインは相応に頼りにされている筈なのにフェルンの中ではいつもハイターと対比でコテンパンにされるの悲惨だなぁと思わず苦笑いしてしまう。

 

各地に像が立てられるほどの偉業を果たした勇者一行であるハイターの墓は、共同墓地の中で異彩を放つ大きな墓石……

というわけでもなく、周りの墓と同じ簡素なものだった。

 

しかし、晩年を家族と過ごし看取られた英雄の墓はこれでいいのかもしれない。

英雄譚は人々に語り継がれてもその魂は静かに眠るべきなのだろう。その墓標は家族と関係者が知っていればそれでいい。

 

シュタルクは華を添えて祈ったフェルンに続いて、墓標の前で片膝をついて祈る。

自分はこの人と話したことはないけれど、たくさん話すべきことはあるのだろう。

 

「事後報告になっちゃいましたけど、あなたの娘、俺が頂きます。必ず幸せにするって約束します」

と声に出した辺りで、シュタルクの肩に手が置かれた。

 

きっとフェルンだろうと、立ち上がって背後の相手の顔を確認する。

 

「どうも、こんにちは、はじめましてと言うべきかな?」

「え?ええぇ!! 爺さん誰ぇ!?」

 

■人はそれを『英雄』と呼んだ


 

「爺さんとは随分なご挨拶ですね。と言っても仕方ないですか、フェルンの認識では私の姿は晩年の老人にみえるでしょうからね」

 

はっはっは……と快活に笑う老人を呆然と見ながらも、この顔はどこかで……と考える。

 

「そうだ、勇者一行の像のハイター様……でも死んだんじゃ!?

 待って、フェルンは?」

「様は不要ですよ。フェルンはあちらです」

 

と言われて指さされた方向を見るとフェルンと……自分が祈った姿勢のまま固まっていた。

 

「俺もいる!今の一瞬で幽体離脱とかしちゃったの?」

「まあ、幽体離脱は当たらずも遠からずといった感じですな。死んではいないので安心なさい」

 

慌てふためいたシュタルクをハイターは落ち着きなさいと制する。

 

「いや……でもこれ……一体どういう?」

「これと似た感覚、あなたは一度経験しているのではないですか、オレオールで」

 

……そう言えば、あの時も時間と空間が希薄な場所だった気がする。だがここはオレオールではない。

 

「これはフェルンが連れ帰ってきたオレオールでのハイターという人間の魂と記憶の欠片が見せている幻だとでも理解していれば十分でしょう」

「結構、驚くべき事態だと思いますけど」

「そうですね、偶然的な状況が揃って初めて起こる奇跡ですとも」

 

フェルンはいつもハイターの事を真面目な人間だと言って説明していたのでそういう人なのだろうかと思い込んでいたが、

案外、フリーレンの言ってたようにもっと面白明るい人なのかもしれないなとシュタルクは思う。

 

「それで、一体何故そんな奇跡のようなことを起こして俺を?」

「もうすぐ消えてしまうので、せっかく条件が揃ったから、娘の旦那と顔を合わせるのも一興かと思いましてな」

「う゛っ……」

 

墓の前で宣言するのでも結構覚悟を決めてきたのにまさか本人とこんな形で1対1で対峙することになるとは

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ちょっと場所を移しましょうか」

 

そう言われた瞬間、今朝まで居た郊外のハイターの家に辺りの風景が切り替わった。

 

「場所が……」

「話をするのに墓地は落ち着かないでしょう。もっとも、あなたの体は墓地に居ますが……さて、何から話しましょうかね」

 

そういいながらテーブルの横に備え付けてある椅子にハイターは腰掛ける。

 

「さっき条件と言っていたけど……どういう意味……ですか?」

「敬語で話しにくければタメ口でも構いませんよ」

「あー、やめておきます……バレたらフェルンに怒られます」

 

むぅーっとした顔で「ダメですよ!」と叱りつけてくるフェルンが容易に想像できる。

 

「条件はまあ、細かい話を除けば貴方が私の墓参りをしたことでしょうか」

「いや、細かい話は省いちゃダメでしょ……」

 

ちょっと納得ができてない様子のシュタルクだったが、意を決したように「あの!」と言って話を切り替える。

「どうかしましたか?」

 

「挨拶に来るのが遅くなってすいません。後先になってしまって本当に申し訳なく思ってます。

 俺は、フリーレンとの旅でフェルンを知って……彼女しかいないと、フェルンがいいと、フェルンとずっと一緒にいたいと思って……だから!」

 

いつかみたいなヘマはしない。ちゃんと言う。

 

「あなたの大切な一人娘を……俺にください……」

 

真剣な表情でそう話すシュタルクの言葉を一字一句聞き逃さないようにまっすぐにこちらを向いて聞いてくれるハイターは

やはり、フェルンの言葉に違わぬ偉大で優しい人物の様にシュタルクには思えた。

 

シュタルクの言葉を聞いた、ハイターは深く頷き、笑顔を見せながら

 

「――ダメです。こんなどこの馬の骨とも知れぬ男にフェルンは任せられません」

「……えええっ!酷い!!」

 

まさかここでそんな事言われるとはと想定外の反応に泣きそうな顔になったシュタルク。

ションボリするシュタルクを見てはっはっはと笑って「冗談ですよ」というハイター。

前言撤回。この人はやはりフリーレンの言ってた通りの人物でもあるのだろう。

 

「人の親たるもの、そういう事一度は言ってみたくはありません?お約束のセリフ。いやはや、死んだ後から1つ夢が叶いました」

「すげぇ心臓に悪いんですけど……」

 

朗らかに笑うハイターに毒気は抜けられるが、同時に脱力もさせられる。

結構、シュタルクとしては真剣に向き合ったつもりだったのだが。

 

「故人の私に止める権利なんてありませんし、当然ダメなはずありません。それに、私はあなたのことを知っていますので、何処の馬の骨とも知れぬ人物ではありません」

「……俺は、ハイターさんとは初対面だとは思いますが」

「知っていましたよ。あなたの養父のアイゼンとは親友なのですよ。ずっと手紙のやり取りもしていました」

「師匠が……?」

 

そういうとハイターは部屋の隅にあった鍵の付いた戸棚を指さした。

 

「あの鍵の付いた戸棚、鍵はベッドの裏に貼り付けてあります。あの中にアイゼンやヒンメルとやり取りした手紙が入っています。

 まぁ、もしアイゼンがいいというのであれば、開けて読んでみてください。アイゼンは幼い頃のあなたの成長を誰よりも喜んで居たように思います」

「……そう……ですか」

 

確かにアイゼンは自室で何かを書くことがしばしば合ったが……そういうことだったのかと納得する。

ただ、ちょっと素直じゃない人ではあるので、勝手に見たら殴られるかも知れないなと苦笑した。

 

「私もアイゼンとあなたの有り様に励まされていました。このような老人になるまで一人暮らしでしたし、フェルンとの生活は本当にわからないことだらけから始まりましたからね。

 私にとっても、フェルンにとっても試行錯誤の日々でした」

 

そう言って、台所の方を見たハイターの視線を追うと、赤いリボンを付けた紫の髪の女の子がお茶を入れている姿が見えた。

 

「あれは……」

「私の記憶の中の幼い頃のフェルンです。見たかったのでしょう?丁度私から料理やお茶の入れ方を習っている姿です」

「聞いていたんですか……」

 

シュタルクから見える幼いフェルンは、踏み台の上に乗りながら幼い手で野菜を切り、料理の下ごしらえをしている。

隣りにいるハイターから何かを聞いて、それを静かに聞いては頷いては実践する。

幼い頃からこういう眼の前にあることに真面目に取り組む姿勢は変わらないのだなと感じた。

 

「なんとなくです。

 そして、ここに呼んだのは消える前に私の知るフェルンの話をあなたに知ってもらおうと思ったからです。きっとあなたが知るべきでしょう。

 それに、フェアじゃありませんしね」

「どういう意味ですか?」

「いつか私と対話したということをフェルンと話し合ってみてください。きっとあの子にも思い当たることがあると思いますよ。

 ただ、私が話せるのは私と出会ってからのことなので、更に昔の話はフェルンと共に然るべき時に向き合ってあげてください」

 

部屋の椅子に座った状態だったハイターが立ち上がると、シーンが切り替わるようにシュタルクとハイターを包む風景が変わった。

どこか寒々しい崖を見つめていた少女に話しかける老いた僧侶の出会いの光景。

 

そうして、ハイターはゆっくりとフェルンとどのような境遇で出会い、どの様にしてフリーレンと旅を始めるに至ったのかを語り始めた。

出会った時自殺をしようとしていた事、不器用ながらにハイターの庇護下で生きる事を決断した事、

自ら何かをできるようになりたいと魔法使いの道を歩み始めた事、

そして、ハイターの余命が短いことをに気付き、一人でも立派に生きていけるのだと証明するためにがむしゃらに修行に明け暮れていた日の事を……

 

「……フェルンはフリーレンと出会うまで、親が先立つことを事を受け入れて……生きていたのか……」

 

子供の頃はどうしたって拠り所となる存在は必要だ。

それが目に見えて有限であることを知り、一人で生きていけると証明するように生きることは幼い子にとってどれほど覚悟なのか。

アイゼンが健在であったシュタルクには想像が難しい。

 

「私が不甲斐ないばかりに、幼いあの子に随分と苦しみや悲しみを背負わせてしまいました。

 フリーレンが現れなかったと思うと今でもゾッとします」

 

しかし、ハイターの言葉に反してシュタルクはこうも思う。

ハイターのことを語るフェルンはいつも温かい物に触れるかのようにほほえみながら語る。

一度たりとも悲しそうな顔を見せたことはない。それは彼女の純粋な心の強さだと思っていた。

 

「……フェルンは苦しみなんて背負ってないと、思います」

 

ハイターの語る話、そして記憶から再生される彼女の姿を見て思う。

多分強さだけではない。自分がそうであったようにいずれ別れると判っていても見守ってくれる存在と共に過ごした日々がとても嬉しく、そして楽しかったのだ。

 

「ずっと一緒にいるからわかります。フェルンは一度だってハイターさんの事を寂しげに語ったことはありません。

 彼女はいつだって嬉しそうに、誇らしげにあなたの名前を俺やフリーレンに語ってくれる。きっとそこには何も苦しい事もつらい事もなかったはずです」

 

その話を聞いたハイターは、目を見開くように驚いた表情をしてからと優しげに表情を崩す。

 

「フェルンが迷うことなく選んだ理由がわかった気がします。シュタルク、君は強く優しい青年だ。本当にアイゼンにそっくりです」

「……俺はただの臆病者ですよ」

 

シュタルクは自嘲気味に目をそらして答える

褒めても素直に受け取らない所は育ての親によく似ていて懐かしさを覚える

 

「そうですね、あなたはいつも失う事を恐れ、敵を前に震えている」

「………」

「ですが、例え力届かずとも、あなたは仲間を信じて倒れず一歩も退かない。その姿に人は誰しも希望を見出します」

 

ハイターは、僧侶として戦っていた自分を守る二人の友の背中を思い出す。

きっとフェルンにとっても同じなのだろう。

 

「誇りなさい。人はそれを『英雄』と呼びます。

 あなたは、伝説の魔法使いフリーレンとその弟子のフェルンを守り続けた真の戦士であり、これからもフェルンと共に歩み続けられるただ一人の人間です」

 

本来娘をもらいますという話をしたら小言の一つは言われるものだと思っていたが

フェルンの親とも言うべき人物からもこうやって背中を押されるとは思っていなかった。

自分の周りの人達はどうしてこうも厳しく、そして優しい人達ばかりなのだろうとシュタルクは思う。

 

「……フェルンやフリーレン、師匠からも似たような事、いつも言われます」

「おや、余計なお世話でしたか」

 

からかうように笑っているハイターを真っ直ぐみてシュタルクは答える

 

「いえ、少し勇気をもらいました」

「少しですか、謙虚なことです」

 

謙虚か……と思いながらシュタルクは苦笑いをする

 

「なにせ、褒められ慣れてないもので」

 

■縁は連なる


 

そんな話をしているとハイターの体から光の粒子が漏れ出すように上がり始め

体の色が徐々に薄くなってきた。

 

「おや、そろそろ時間切れですね。よかった。言いたいことは一通り言えました」

「どういうことですか? フェルンには合わなくてもいいんですか?」

 

「いいんですよ。最初にも言いましたが、私自身はフェルンの連れ帰ってきた記憶の残滓です。

 それがこの地に残った私の魂の断片と反応して、姿を成し、私との縁が繋がったことで初めてあなたと会話ができた」

 

最後に、シュタルクは疑問に思っていた質問を投げかける。

 

「結局、その縁ってなんだったんですか?師匠との関係で俺を知っていても、俺はやっぱりハイターさんを知りません」

「フェルンですよ」

「夫婦になった、からですか?」

「うーん、もっと肉体と精神に関わる話なのですが……1つヒントを差し上げましょう」

「ヒント?」

 

咳払いを1つしたハイターは人差し指を立てながら笑顔で答える

 

「そう遠くないうちに、フェルンが体調と魔力の不調を訴えてくると思います」

「……ええっ!? 病気?」

「いいえ、フェルンは健康そのものですよ」

 

というハイターの言葉にシュタルクは胸を撫でおろすが「じゃあ何故?」と切り返す

やれやれと言う様子でハイターは

 

「その時になればフリーレンの知っているような聖典の魔法でも調べられるはずです」

 

そう言った後、これはもう、ほぼ答えですけどねと朗らかに笑いながらハイターの姿は光となって消えていった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

あたりの風景が元の墓地に戻り、突然の視界の切り替わりに、かがんでいた姿勢がすこしぐらついた。

 

「大丈夫ですか?」

とよろけた側の肩口に支えようと添えられた手はいつも見覚えと触り覚えのある手。

 

「大丈夫」と答えたシュタルクはその手を取って立ち上がり、

フェルンの手の指と指のあいだに自分の指を挟んで彼女より大きな手で包むように優しく握り

 

「大丈夫だよ」と笑顔で再度答えた。

 

「シュ、シュタルク様!?」

こんなところで、いわゆる恋人繋ぎ的な手の握られ方を突然されたためにフェルンが珍しくうろたえる。

 

「どうかしたんですか?」

「ハイターさんと話していたよ」

「ハイター様と……?」と驚いたような顔を一瞬見せたが、何か納得するものがあったのかすぐに笑顔に戻り

「何か仰っていましたか?」と聞き返す。

 

「『どこの馬の骨とも知れない男に娘はやれない!』ってとりあえず一度言ってみたかったって」

 

そう言うと、シュタルクの声真似か、それともハイターらしさが面白かったのかフェルンはクスクスと笑い出した。

 

「なんです?それ?」

「面白くて、すごく優しい人だったんだな。フェルンがいつも誇らしげに話す理由わかった気がする」

 

シュタルクがそう言うとフェルンはそうでしょうともという様子で笑顔を見せてくれた。

 

「さて、そろそろ戻って荷物を詰めてから俺たちの家に戻ろうか。夕方出発の便なら明日の午前中には着くだろう」

 

墓地から退出の手続きを終え、シュタルクは伸びをしつつフェルンに告げた。

フェルンも「そうですね」と答え、そしてまた二人で郊外にあるハイターの家まで歩き出す。

 

「そう言えばさ、ハイターさんが

 もうじき、フェルンが健康なんだけど体調と魔力の不調を訴えるだろうって」

「???

 どういうことでしょう?」

「さぁ? フリーレンも使えるような聖典の魔法ですぐに判るって」

「では、一度戻ってから相談してみましょう」

「だな!」

 

そう言って、笑い合いながら二人で進む。

きっとこれからもそうして歩き続けるのだろう。シュタルクは晴れた空を見上げながらなんとなくそう思った。

 

 

――もうすぐ、中央諸国の一帯に恵みの春はやってくる

 さあ、帰ろう。我が家に。みんなが、フリーレンも待っている。

 

■時と季節は巡る


 

来る季節はめぐり、芽吹いた花の芽は咲き誇り

花枯れて種を作り、また新しい芽が花を咲かせる事を繰り返して

少しばかり時は経過する。

 

北側諸国、北部戦線の本拠地となる北の果の城壁の街

 

「じゃあ、二人とも依頼の後の件、よろしく頼んだよ。私は一足先に戻るから」

 

そこにはフリーレンの姿があった。

 

「フリーレン、くれぐれも……くれぐれも、寄り道をせずに真っ直ぐに帰ってくれよ」

 

やや紫がかった蒼い髪の少年は真面目な顔でフリーレンに訴えるが

ちょっとうんざりした表情で彼女は答える。

 

「判ってるって……信用ないなぁ」

 

その少年の隣には真紅の髪と瞳の少女が立っており、半眼でフリーレンを見つめている。

 

「行きがけ、『魔導書の臭いがする』って気まぐれで入った洞窟で迷ったせいで

 集合時間に遅れてヴィアベル先生にご迷惑かけた件、忘れたとでも?

 あやうく捜索隊まで編成されかけて……帰ったらその件で父さんと母さんから説教食らうのほぼ俺なんだから」と愚痴るのは少年で

「理不尽です。母様はフリーレン様には甘すぎます……」とボソッと呟いたのは少女の方。

 

まぁ、こういう場合、なんやかんや裏でフリーレンもきっちり怒られることにはなるのだが

 

「そうだね、私が二人の監督役なのにごめんね……」

 

と申し訳なさげに素直に謝られると「う゛っ……」と二人も強くは出られない。

 

「よぉ、準備はできたか?こちらも、送迎準備は終わってるぞ」

 

というのは、この場の責任者でもあり、滞在中は少年と少女の教師代行という立場になっているヴィアベルだ。

 

「ありがとう、ヴィアベル。すぐ行くよ」

 

と、彼のほうを振り向いて答えるフリーレン。

 

「しかし悪いな。依頼がそっちの収穫祭のタイミングと被っちまって。

 フリーレンが先に戻れば大丈夫なのか?」

「まぁ、戻ったら私も手伝うけど、あっちには村や街の人達もいるからダメってことはないよ」

「そうか」と言って笑うヴィアベルは年をとっても強面な見た目からは想像できないほどの気遣いの男だ。

 

「お前らも、依頼した件が終わったらすぐに戻るんだよな?」

「はい。戻りはゼーリエ様が転移ゲート利用許可を出してくれたので行きに比べると早そうです」

 

その言葉を聞き、苦労した元凶のエルフは表情も変えずに

「……悪かったね」とつぶやく

 

「せっかくだし、うちの娘も連れて行って収穫祭を見せてやってくれるか?

 ゲートの利用申請は俺で手を回しておくし戻りもこちらで迎えに行く」

 

ヴィアベルの言葉に少年は笑顔で答える。

 

「ああ、そう言えば、母のファンだと言っていましたね。

 もちろん歓迎しま――ぐふっ!ちょ、何!?」

 

ヴィアベルの言葉に快諾しようとした少年の横腹には少女の肘が突き刺さっていた。

 

「ヴィアベル先生、すこしだけ失礼しますー」

 

と、そのまま腕を取り少年を壁際につれていく。

ヴィアベルから少し距離をおいて背を向けた後、少女は少年に畳みかける。

 

「兄様!本気ですか、あの茶髪天パを一緒に家に連れて帰るつもりですか!」

「お前と同い年の同じ魔法使い友達でしょ……茶髪天パって」

「……友達ではありません。わたしの敵です」

「何と戦ってるの……?先生の前だしお願いだからもうちょっと仲良くしてよ」

「来たら絶対に母様と仲良くして外堀から埋めに来ます。わたしには判るのです」

「なんの外堀を埋めるんだよ」

「……兄様が何食わぬ顔でそういう事言うのが更に腹立たしいですね」

「痛い!痛い!痛い!やめて、たたかないで!」

 

そう言って、少女が少年をぽこぽこと叩く姿は何処かの誰か達の姿を少し思い出させる。

それを見て何を言っているかはおおよそ予想はついていそうな顔でニヤニヤ笑うヴィアベルにフリーレンは問いかける。

 

「なんだか、嬉しそうだねヴィアベル」

「いやいや、迷える若い奴連中がはしゃぐ姿はいつ見てもおもしれぇなと。お前もそう思わねえか、フリーレン」

「……私が年寄りみたいな言い方やめてよ」

「そこそこの歳になった俺よりはるかに歳上なのに何言ってやがる」

 

フリーレンはヴィアベルの言葉に腕を組んでうーむと悩みつつ

「でも私はエルフ的にはまだピチピチの若人なんだから」

と答えると、ヴィアベルは「はっ、言ってろ」と言って愉快そうに笑った。

 

そんな帰り際のドタバタを経てようやく帰路につくフリーレン。

 

――見守る女神は天にいまし、全て世は事もなし。

 今年も実りの季節がやってくる。

 あの日荒れ放題だったクレ地方は今や実りの日が来ると一面が金色絨毯が敷き詰められたきれいな田畑が広がっている。

 一度は疎開していたが帰郷した人々、協会設置の魔法学校にやってきた若い魔法使い達、伝説の戦士に憧れてやってきた戦士見習い。

 様々な人達が集ってシュタルク達のいた村跡の近くに住居と商店からなる小さな交易街も出来て人も増えた。

 きっとにぎやかで楽しい収穫祭になるであろう。

 

――さぁ、帰ろう。私達の家に。

 

~ fin & to be continued ~

 

 

 




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