葬送フリーレン~アフターオレオール~   作:rvr75_raiden

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アフターオレオール番外編
英雄と鋼~Fathers and Sons~


■湖畔の森に響く剣戟


 

中央諸国 クレ地方

 

森林奥にある少し人里からは離れた普段は静かな湖畔の近く、周囲は開けた草原があり冒険者が旅の途中でテントを張って一休みしやすそうな場所だが今は少々そんな雰囲気ではない。金属がぶつかり合う剣戟の音がこだまし、少々騒がしい様相だ。

 

そんな騒がしい状況の中で湖の近くにあった手頃なサイズの岩に腰掛けている燃えるように赤い髪と引き込まれそうな真紅の瞳をした少女は自身の師でもある母から受け取っていた魔法史の分厚い本に目を落としながら、ため息を漏らした。

 

「父様も兄様も、どうかしています……」

 

少女が父と兄と言っている者達は当然、今湖畔の静けさを荒らしている犯人である。

 

「それには同意しますが、ティア様が同行する必要なかったのでは?

 お陰で私まで同行することになってしまいました。今日中に片付けておきたい事案もありましたのに」

 

ティアと呼ばれた少女、これは愛称であり実際の名前はティアフォートという。

名付け親のエルフが彼女の深紅の瞳を見て付けた名だ。

 

ティアの言葉に反応したのは長い黒髪でローブ姿の若い女性、マントの中は年頃の娘が好みそうな小洒落た服装だが黒い分厚いローブをつけることで古式ゆかしき魔法使いといった風体である。

2人とも表情から感情が読みにくいのは普段から彼女たちの指導をしている師匠達に似てしまったからなのか。

 

「昏倒した兄様を介抱する人は必要です」

「その程度はシュタルク様がされるでしょう」

 

当人が聞くとちょっと泣きそうな事を平然と述べた後、

回答を聞いた少女はぷくっとほっぺたを膨らませる。

 

「ルーエは意地悪ですね」

「まぁ、一人で残ればフェルン先生から集中指導を受ける可能性があることは否定しませんが」

 

そう言いながら、ルーエと呼ばれた魔法使いは打ち合い始めてから30分程ぶつかり合い続けている青紫の剣士と赤い戦士に視線を向けた。

 

「いつもの一本取れれば合格、というやつですか……」

 

■親と子の闘い


 

激しい金属音を立てながら火花が散る。少年が振るうのは幼い頃から世話になっているドワーフに作ってもらったフルオーダーの剣。

対して赤い戦士が振るっているのは両端が布地で覆われた練習用の金属棍。本来の彼の愛用武器とは全く異なるが、おおよそ長さがあっているという理由のチョイスだ。

 

少年が懸命にフェイントも交えながら様々な角度から斬りかかるが、赤い戦士は金属棍の防御と紙一重の回避を織り交ぜて一撃すら当たることを許容しない。

 

少年は足元を狙った一撃を囮に逆側から蹴りで頭を狙う。

しかし棍で剣の一撃は弾かれ、蹴りは首をそらして躱された。そのまま身をひるがえして反撃を放ってきたため、少年は後退しながら舌打ちを打つ。

 

(これも駄目か!?)

 

撃ち合い始めて30分程。一般的な兵士であれば疲労困憊で倒れててもおかしくない頃合い。

懸命に打ち続けてきたが有効と思える一撃は一度すらない。良いようにあしらわれ続けられて彼我の実力差を否が応にも実感させられる。

 

距離を取り、少年の正面に捉えるのは半身で構える赤い戦士。

彼の父親であり、現在の大陸において勇者なき時代の最強の戦士と名高い、英雄シュタルク。

対峙する少年の体と震える腕は「眼の前にいる相手には絶対に勝てない」と全力で訴えている。

 

(落ち着け、とまれ……)

腹の奥底からじわじわと湧いて出る冷たい恐怖感を気持ちで抑え込む。

 

正攻法で切り崩せないのは正直なところ想定の範囲内ではある。今はそれぐらいの実力差がある。

ここ数日、特訓として付き合ってもらった兄弟子に教わった格上に相手に一撃を与える方法を思い起こす。

 

(一瞬でも良い、一撃で良い、相手の想像と想定を上回る!)

 

ここまで、真っ向勝負を仕掛けてきた。

正面にいる歴戦の戦士でもおそらくおおよその実力がどのようなものかを把握した気でいるはず。

一方でシュタルクは肩で呼吸をしている様子の我が子を見て棍を肩に乗せて心配そうに声を掛ける。

 

「どうした? 体力切れか? そろそろ休憩にするか?」

 

シュタルク本人は相手の調子を気遣った一言だったのだがそうは受け取られなかった。

 

「舐めるなぁぁぁ!!」

 

表向きは激昂したように見せながらも、内心は冷静に状況を捉えて、剣を魔法で虚空にしまいながら両手に魔力を込めた光球を作り、走り出す。

 

「おっ!?」

 

我が子の反応が意外だったのか、面持ちを変えた様子で構え直すシュタルク。

 

「よしっ、こい!!」

 

正面から走ってくる相手に向けて初撃の音速薙ぎ払い。彼の愛用の戦斧ではないため速度は落ちるが大抵の者はこの時点で対応が出来ない。

当たるか当たらないか、そのぐらいの距離まで迫った瞬間。シュタルクと少年の間の空間で爆発が起きて土煙が上がる。

その煙を横向きにシュタルクの攻撃が一刀両断するがその場に少年の体はなく、攻撃は空を凪いでいた。

 

「!?」

 

シュタルクの上空。体を反転させた少年は光球を放って自由になった利き手の右手で再び取り出した剣の取っ手に手をかける。

 

「――っ、そこか!」

 

上空からシュタルクの背後を取るように飛んでいた少年の位置に棍の突きが迫ってくる。

当たり前のように察知された追撃。背後が取れたらそれで良しのつもりだったが、そんなに甘い条件であればもう数年前に決着がついている。

 

「ッッ!! あたるかぁ!」

 

制御の効かない上空で左手にあった魔力の光球を掌で破裂させた。衝撃と光で相手の目をくらませつつ体の軌道をそらして攻撃を躱す。

そのまま、勢いで回転しながら剣で斬りかかった。

 

一瞬、父の驚いた表情が見えた気がしたが、いつの間にか余裕ある笑みに変わっており、紙一重で攻撃は躱されていた。

 

(駄目か……)

 

舌打ちしつつ、体を反転させて地面を横ずさりしながら着地する。

 

「今のは惜しかったな」

「余裕で躱しながら言うなッッ!」

 

着地した所を回し蹴りで追撃してた来たシュタルクの攻撃に対処する余裕がなく大きく後退しながら叫ぶ。

 

■いつか届く手


 

二人の対峙の様子を見ていたルーエはため息をつく。

 

「駄目ですね。到底届くものではありません」

「そうでしょうか。先月に比べればずいぶん食い下がっています」

 

その辛辣な言いようにティアは反論する。

 

「シュタルク様は手加減の下手な方ですが、それでもずいぶん反撃は控えていらっしゃいます。

 今の状態で一撃すら叶わないのであれば純粋なる実力不足です」

 

ルーエは魔法使いであるため、シュタルクの直系の教え子という訳ではないが、恩人である夫婦の技はずっと見てきたつもりだ。

彼女の眼前で魔族を両断したシュタルクの力もスピードも今の比ではなく、そもそも10代半ばにも入らぬ子供の辿り着ける域ではない。

最初から無謀な訓練試合だ。

 

読んでいた魔法史の本をパタンと閉じながら、未だ対峙を続ける父と兄を真紅の瞳でまっすぐに見つめて少女は言う。

 

「けれど、今は届かないからと、手を伸ばすことすらしないなら、いつか届く可能性にすらたどり着けません」

「……フェルン先生のようなことをいいますね」

 

ルーエの方を見た少女はにこりと笑いながら

「母様の受け売りですから」と答えた。

 

二人を見ると丁度、上空からの攻撃を回避されて着地したところだった。

 

「……いずれにしろ、このままではあなたの兄君は合格点も取れずに負けますよ」

「きっと今日は負けるでしょうね。でも兄様は無様でもまた立ち上がり、手を伸ばす人です。

 たとえ今は届かないのだとしても」

 

赤い眼差しで少年の姿を追う少女は、その姿を見て何を思うのか。

『積み重ねた努力は決して裏切らない』それは彼女達の師匠が常々言い聞かせてきたことだ。

 

「……判りました。見守りましょう」

 

■鉄を超える鋼を冠する少年


 

シュタルクの正面に構えるのは、彼の実子の長男シュタアル。

名は彼の師匠のアイゼンが贈ってくれた「(アイゼン)を超える鋼」を冠している。

自分に似て少し臆病だが、妻のフェルンに似て強情で決めたことを頑として譲らない真っ直ぐな子だ。

 

『俺はいつか父さんを超える英雄になって父さんと母さんとフリーレンを助けるよ』

 

いつだったか彼がそう告げたある日から時間を作れるタイミングをみて挑んでくる。

そしてシュタルクは、そうなってから今に至るまで彼に合格を出してやれずにいる。

 

(父親失格なのかなぁ……)

 

我が子の上達と成果をうまく褒めてやれない。

目指すものへの道は遠く、気休めに褒めても利口な彼はすぐに気を使われていると察してしまう。

それでも日に日に力をつけて手強くなる我が子は自身の力と相対しているシュタルクの力の圧倒的な差を自覚している。

 

本来10代の子供がそこに至れること自体が規格外ではあるのだが、その早熟さ故に難しい。

 

『もういい。お前の実力はわかった、下がれ』

 

シュタルクが少年だった頃、父との練習試合の末に言われた言葉。

 

師匠であるアイゼンも厳しい人ではあったが、シュタルクの実父は更に厳しい人物だった。

思い起こす限りシュタルクが言われて嬉しかった言葉を投げかけられた記憶はない。

ただただ、うっすらとした記憶の端の思い出の姿。どんな面持ちで、どんな感情で、自分に言い聞かせていたのか最早の自分の記憶以外にそれを証明するものはない。

 

(親父は、どういう気持ちで俺に剣を教えていたんだろうな……?)

 

少なくとも今の自分は、眼の前の我が子の覚悟に妥協ができない。

こちらの攻撃を怪我をしない程度に緩めることはしても、わざと一本を与える気にはなれない。

仮に加減をしたとして、生半可な実力を認めたところで、我が子の命を危険に晒す結果になるだけなのだ。

 

(なあ、親父……)

 

覚悟が決まった様子でこちらに向かってくるシュタアル。

シュタルクはそれを迎撃するために構える。

 

父が自分を認めなかったのには親としての事情があったのか、それともなかったのか。

我が子から今の自分はどう見えているのか。

 

(俺はどうすればいい、どうすれば伝わるんだろう)

 

幼かったあの頃、何一つ判ることが出来なった父という存在。

惨劇のあの日までいつも家族を、一族を、村を守り、常に正しい決断をすると思っていた大人という存在。

月日が流れ、今こうして自分が大人となって我が子を持ち、判ったことは、大人となっても親となっても少年時代と何ら変わらず、迷い、悩み続けるしかないのだ。

 

まさかこんな歳にもなって、いまだ悩みも尽きないだなんてな、としみじみ思う。

 

■曲芸の領域


 

正面に構えた父シュタルクをみてシュタアルは考える

一度距離を取ってしまうと次の手を考えるのが難しい。

まず、間合いの境界線に入る瞬間の初撃が普通に厄介だ。

 

相手の獲物は訓練用の棍なので防御すれば防げなくはない。

最初はそれで対応していたが、防御が入ると1手遅れてしまう。

そもそも、これが刃の付いた愛用の戦斧だったならば、は想像したくない。ほぼ一撃必殺だろう。

 

距離をはかりながら、シュタルクの周囲を回転する。

近くの木々を利用しつつ、魔法で時々脚力を強化して加速と減速によりタイミングを掴ませないように飛び回る。

背後に回った瞬間、シュタルクの反応が僅かに遅れた事を感じ、勢い良く飛び込み一気に距離を詰める。

 

射程範囲まで近接すると見せかけて間合いの直前で急ブレーキで止まる。

空振りを誘うが、シュタルクの動体視力をごまかせず、構えたままピクリとも動かなかった。

 

しかし、ここまでは予想通り。次の動きに合わせて剣を消して代わりに投擲ナイフを両手に2本取り出し、そのまま右手の一本をシュタルクに投げつける。

最小の動きで躱されたが、姿勢が崩れたのなら初撃封じとしては十分。立て直して振り抜かれないうちに、左手のもう一本をアンダースローで投げつつ、剣を右手に逆手持ちで取り出す。

 

この手は次は使えないだろう。おそらく、間合いを目測で測られて今回の手を使ってくると理解された時点で移動を加えた攻撃で間合いを広げてくる。

 

シュタルクとの訓練の前に技の相手をしてもらっていた兄弟子の言葉を思い出す。

『曲芸の域だな。だが、シュタルク先生から一本獲るという一手においては、有効かもしれん。使うなら一回で決めろ』

 

剣を逆手に持ったまま、体を反転させて一気に距離を詰めてシュタルクの右顎を狙う。これはそのまま棍で弾かれた。

相手に背を向けた状態になっているのでそのまま頭をめがけて攻撃を仕掛けてくるため、そのまま一気に姿勢を低くして躱しながら足払いを放つ。

シュタルクは狙われた足を上げて足払いは空を切った。

 

(ここだッッ!)

 

シュタルクから見ると背を向けかがんだ状態。躱された足払いでシュタルクの真下に位置した足と全身のバネを活かして跳ね上げる。

かがんだ状態から踵を跳ね上げる逆向きのサマーソルトキック。飛び跳ねて、振り上げた片足のブーツの踵で下を向いていたシュタルクの顎元を狙う。

かなり不自然な態勢からの攻撃ではあるため、実際には当たっても昏倒させることは叶わないだろう。それ故に曲芸の域の業。

が、これもシュタルクはギリギリで回避する。少し頬に触れたのかかすり傷が付いたのが見えた。

 

(一本とは言えないか、だが!)

 

天地が逆さ向きに宙に浮いた一瞬。剣の柄を両手でかざす。彼の特注の剣は剣の柄の先に魔法使いの杖のような装飾を仕込んでいる。

もちろん通常の杖ほどの効力は持たない。魔法のイメージを高めるだけの仕掛け。

フリーレンや母のフェルンには遠く及ばず、何なら妹にすら軽くあしらわれる精度の魔法、それでも使えるものは全てを使う。

 

「穿てぇ!」

 

ゾルトラーク(一般攻撃魔法)

フリーレンや母、妹や姉弟子の使うゾルトラーク(魔族を殺す魔法)の威力には到底及ばないがそれで撃てて当たればそれで良し。

今の手札の奥の手中の奥の手。この至近距離と虚を突いた一撃で回避など不可能であろう必殺の一撃。

 

――コンマ数秒もない魔力の収束する瞬間。

 シュタルクの右手に棍が握られてないことに気づいた。

 

(いったい、どこへ……父さんは魔法で武器の出し入れなどは出来ないはず)

 

と思った瞬間。シュタルクの大きな右の掌が眼前に迫ってきた。

 

握り潰されるッッ!と体が警戒音を鳴らす。

しかし、巨大な掌はなど無く当然迫ってきたのはただの人の手。

握られたのは剣の柄を構えて魔法が発動しかかっていた両手だ。

しかし、勢いで魔法の発動イメージが吹き飛んで霧散してしまった。

こうなってしまってはもう再発動は不可能。

 

「しまっ!」

 

ガクンと体が揺れたと思ったら両手を掴まれたまま引っ張り上げられた。それと同時に空中から回転して落ちてきた棍をシュタルクは左手で受け取る。

 

「よっ!っと」

 

そんな掛け声と供に手を掴まれたままシュタルクは回転し始める。

 

■約束された敗北


 

「……惜しかったですね」

 

最後のは正直でたらめな体術だ……と思ったが、あの状態からゾルトラーク(一般攻撃魔法)はかなり虚を突いた一撃で遠目に見ても惜しかった。

が、シュタルクの反射神経と経験則がそれを上回ってしまったのが運の尽き。

 

あんな形であれを回避できる人間は大陸内でもそうはいないだろう。

 

「あー、あれは……」

 

片手持ちのまま持ち上げたシュタルクは手を繋いだ親子式ジャイアントスイングでぐるぐる回し始めた。

無論、かなり馬鹿げた速度で回転されているためそんな微笑ましい光景ではないが。

 

「うあああぁぁぁぁぁッッ!」

 

遠くでは振り回されているシュタアルの叫び声がこだましている。もうこうなっては逆転は叶わないだろう。

 

「勝負アリですか」

 

ティアがそう言った瞬間、静かだった湖に大きな水音と供に巨大な水柱が上がった。

雨のようにパラパラと舞い落ちてくる水しぶきがかからぬよう自分とティアの上空を防御障壁で囲う。

 

「……兄様」

水しぶきが収まったと同時に少女は座っていた岩から立ち上がって赤い髪をひるがえしながら湖の方に走り出した。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「――しまった……やりすぎた……」

 

フルスイングで我が子を湖に放り投げたフォームのまま、シュタルクはつぶやいた。

最後の一撃はかなりギリギリだったため、つい全力で投げ飛ばしてしまった。

 

「無力化した段階で止めても良かったのでは?」

声がした方を向くと、娘のお目付け役として同行していたルーエがふわっと上空から降りてきた。

「うっ……、申し訳ない、つい」

「謝罪は湖に放り投げられたシュタアル様御本人へどうぞ」

「……ごもっとも」

 

二人の間を脇目も振らずに通り過ぎていったティアは水辺で杖を取り出し、湖の方に向ける。

目をつむりながらしばらく集中したかと思うと、目を見開いて「……掴んだ」と言いながら杖を上空に向けた。

 

ドパァと水が持ち上がる音と供に脱力した様子のシュタアルが空中に釣り上げられたように持ち上げられる。

気を失っているようだが、地面に横たえられた段階でゲホゲホと咳き込んでいたので別状はなさそうだ。

 

「……ルーエ、悪いんだけどフェルンに知らせてくれる?」

「十中八九怒られると思いますが。いいのですか?」

「……はい……覚悟の上です」

 

恩師夫婦の小競り合いは夫婦生活のちょっとしたアクセントになっている節はあるので身近な者からすると見慣れた光景なのだが……攻め立てられる当人はそれなりに苦労はあるようだ。

とは言え、今回はシュタルクが悪い。

 

ふと、妹弟子の方を見ると何か口元に握った片手を当てて悩んでいるようだったが、突然意を決したようにシュタアルの顔を掴み、顎をくいっと上げて気道を確保した姿勢にしつつ、大きく息を吸い込んでから、勢い良く唇を――

 

「ティアフォート!……ティア様、

 な に を し よ う と い う の で す」

 

ガシッと魔力で構成した紐をティアの頭と体にくくりつけながら動きを封じる。

唐突な奇行に思わずフルネームが出てきた。

 

「……こういうときは人工呼吸をしろと、書籍で読みました」

「さきほどゲホゲホいいながら水を吐いて、今も呼吸しているので不要です!

 判ってやっていませんか?」

「……残念です」

「そう言いながら、抵抗して続きをしようとするのは辞めなさい」

 

言ってもわからないようなのでルーエは魔力の紐で頭をキツめに締める。

 

「いたたた……もう!いたいです、ルーエ!」

 

シュタルクはなんとなくいたたまれなくなって申し訳なさそうに間に入って二人を止める。

 

「……とりあえず服を乾かしてあげてくれる?風邪引いちゃうし」

 

■在りし日の誓い


 

奥の手すら届かず、放り投げられた後に視界いっぱいに広がったのは少し雲が浮かぶ青い空。

次の瞬間見えたのは湖面の水。光が反射してとてもきれいな湖。

シュタアルがそんな事を思ったときには水中に頭から突っ込んだ。

 

薄れゆく意識の中でぼんやりと感じたのは

 

(俺、なんでこんなに頑張ってるんだっけ……?)

 

という疑問だった。

ここ数年何度も挑戦して、基礎を積み重ね、方法を見直し、戦略を練り直し、それでも未だに届かない。

それでも挑み続けるのはなにがキッカケだったのだろうと考えながら意識は闇の中に落ちていった。

 

――幼い日のシュタアルにとって父と母は、自慢の両親だった。

 人々から好かれている様子も、時折悪い魔族を討伐して誰かを救いに行く姿も、何もかもが誇らしかった。

 

大陸でも屈指、時代を代表するの英雄。それが自分の父と母だなんてなんて凄いことなんだろう。

 

そして、やがては……その言葉がそんなに軽いものでは……綺麗事だけではないと知った。

 

傷だらけで、ボロボロになってなった父と母、同じ様にぼろぼろになった少女と青年を連れて。

シュタアルが見た時は笑ってくれていたけれど。それでもいつもと違う事は感じ取れた。

 

「フリーレン、……父さんは元気がなかったよ

 先日のオイサーストから依頼された任務の遠征から帰ってきて、街のみんなも喜んでいたのに……」

 

そう言って彼が声をかけたのは隣彼の手を引いて歩く銀髪のエルフのフリーレン。

フリーレンは顎に空いた方の手を当て、どう答えたものか?という様子でこちらを見ていた。

 

「そうだね、シュタルクとフェルンは依頼にあったターゲットの魔族を倒してきた。

 でもね、その裏では相手が狡猾で間に合わなかったり、助けの手が届かなかったり、沢山の事情でどうしても救えない人も出てくる。

 そして、そういった失敗は小さな失望を産み何処かで心無い言葉に代わり、彼らに投げかけられる」

「どういうこと……?」

「君のお父さんもお母さんも英雄である前に普通の人間ってことさ。

 力及ばず、助けられなかったときはやっぱり辛い。特にシュタルクは性格的に割り切ってしまうことが出来ないからね。」

「うーん……」

 

家に帰り着いてから、椅子に座り力なくうなだれてしまった父と少し心配そうに隣に寄り添い座る母のことを思い出す。

父も母も、シュタアルから見れば言葉で表せないぐらいに強い。それでも世界は誰に対しても等しく過酷であり、残酷で、無慈悲だ。

 

「昔と比べて有名になった2人に求められる事は大きくなった。

 期待も、要望も容易ではない事がたくさん増えてくる。本来はもっと多くの手助けが必要なのかもね」

 

英雄であることを求められる父と母はおそらくこの先も多くの困難がふりかかるのだろう。

 

――そうか……

 

「判ったよ、ありがとうフリーレン!」

 

フリーレンの言葉を聞いたシュタアルは意を決したように父と母の元へと駆け出す。

 

奪われないように、壊れないように、大切な人たちがいつまでも変わらず笑顔でいられるように自分にもできることがあるかも知れない。

 

もっと強くなれば……

 

いまよりずっと強くなれたなら……

 

父さん、母さん、俺はいつか、いつか――

 

――俺は、2人の力に成りたかったんだ……

 

■英雄の妻


 

気を失った我が子を家まで背負って帰り着き、ベッドで寝かせてから居間に戻った時

待っていたのは、ことのあらましを聞いたフェルンだった。

 

(怒ってるよなぁ……)

 

訓練とは言え、息子をぶっ飛ばして帰ってきたのである。

相当怒られてしまうのは覚悟してきたことだ。

 

「あなた……、いえ、シュタルク様」

 

フェルンは子どもたちの前では「あなた」や「お父さん」呼びをしてくるが2人のときや大事な話をするときは以前と変わらぬ呼び方をする。

 

「おおよその話は聞いています。なにか言い分はありますか?」

「……ありません」

「指導者として訓練のことに、あまりとやかく言うつもりはありません。

 ただ、母親として言わせていただきます」

「……はい」

 

この辺のパワーバランスはいつまで経っても変わらない。

いつも彼女が正しいことだけを言ってるかと言われると案外そうでもないが、それでもシュタルクはフェルンに勝てる気がしない。

 

「あの子は確かに聡く、努力家で、とても強い子です。

 でも、未だ身体も出来上がっていない子供です。あまり無茶はさせないで」

「ごめん……」

「判っていただけてるならいいです。それでは夕飯の準備を始めましょうか」

「……そんだけ?」

「はい」

 

もっといろいろ言われるかと思っていたシュタルクは拍子抜けした表情でフェルンを見る。

視線に気づいたフェルンは苦笑しながら

 

「いつもみたいに叩きに行けばいいですか?それとも平手打ちがお好みですか?」

「それなら、前者のほうが……いえ、どっちも嫌です」

 

すっと、フェルンが胸元で両手を握りながら構えたので慌てて否定する。

 

「もっと怒るかと思ってた」

「怒ってほしいんですか?」

「いえ、それも結構です……」

 

しょんぼりしたシュタルクに対してフェルンはクスクス笑い出した。

 

「シュタルク様は褒めるのが苦手ですか?」

「……わかるの?」

「何年一緒にいると思ってるんですか?」

 

そういって笑うフェルンを見ると毒気が抜けたような気持ちになり脱力する。

椅子にもたれかかりながら「判っちゃうかー」とつぶやきながらシュタルクは大きく息を吐いた。

 

背もたれに体を預けながら天井を眺める夫をみてフェルンは言葉を続ける。

 

「昔からシュタルク様は褒められ慣れていないですからね」

「うっ……」

「普段は良いお父さんなのに」

 

父親としてのシュタルクはどちらかと言えば怒ることの少ない、子どもたちのお願いを何でも聞いてくれる優しい父親だ。

フェルンとしてはもう少し毅然と振る舞ってほしいシーンはあるが、その部分は自分がフォローすればいい部分だと思っている。

そんなシュタルクが事修行においてそれを苦手とするのは、子供の頃からの経験からくるものなのか。

 

幼い頃、夫にどんな事があったのかは、フェルンも薄っすらとは知っている。

だが、彼の父が何を想い、シュタルクが何を感じたのか。

そして、逆の立場になったシュタルクがシュタアルを前に何を想うのか。

それは当人にしか判らない事だ。

 

ただ、そうだとしても――

 

「……それで、いいのではないでしょうか」

「そうかな?」

「シュタルク様のお父様も、アイゼン様も、シュタルク様を育てた方々はどなたも素直じゃなかった……

 それでも、シュタルク様は今こうして私達を護る戦士としてここにいる。それは嘘ではないはずです」

「……そういえば、師匠にも禄に褒めれられたことがなかったな」

 

苦笑いをしつつシュタルクは腕組をしながら考える。

 

「方法が合う合わないはあるにしても、あの子はあなたの血を引いているのです。

 あの子が望み、進み続ける限り、いつか然るべき時期に至るべき所にたどり着きます。

 シュタルク様は認めるべきときに認めてあげたらいいと思います」

 

そう言って笑顔でシュタルクを見つめるフェルンは現状維持で問題ないという。

しかし、実際に打ち合っているときにシュタルクの感じる我が子との噛み合わなさはどこからくるのか。

 

「最近のシュタアルは成果を焦っているようにも見えてさ。

 俺がうまく言ってやれてないせいかなって」

 

フェルンは奥の部屋で眠っている我が子を横目で見る。

 

「きっと、そうではないと思います。

 あの子は少々行き急ぎすぎている所はありますからね……

 自ら望む力に未だ体が付いてこないことに焦っているのかも知れません」

 

「望む力か……」

 

シュタルクはフェルンやフリーレンと供に旅をしたことで自身が戦士としてどうあるべきかを知った。

どんな困難からも二人の魔法使いを守れることを、逃げずに向き合える戦士であることをただひたすらに目指した。

シュタアルが目指しているものは……

 

「シュタアルは聡い子ですが、まだ成長途中の子供です。

 今は届かなくても、いずれ身体はあの子の研鑽に追いつくでしょう。

 そこに達したときに、よくやったと褒められるのが、いい師匠なのではないですか?」

 

ここまで言われるともうシュタルクは降参だとしか言いようがない。

母でもあり、シュタルク同様に指導者でもあるフェルンは迷いなく答える。

 

「……さすがフェルンだ。いい師匠に恵まれたんだな」

というとフェルンは「自慢の師匠ですから」と笑ってみせた。

 

「アイゼン様のようなやり方も、小さい成果でも褒めるやり方も、教える人それぞれです。

 大事なのはお互いに理解していることだと思いますよ。もやもやするのであればお互い話し合ってみてはどうですか?」

 

そういいながらフェルンはシュタルクの手を取った。

 

「想いは言葉にしないと伝わりません。それにあなたたちは親子なのですから」

 

シュタルクは目を閉じ、言葉を反芻しながらも「違いない」と呟く。

 

「ありがとうフェルン。もっと話してみるよ」

 

とやっと晴れやかになった夫の顔を見てフェルンは「はい」と答えて華やぐ。

 

「さて、今度こそ、お夕飯の準備を始めましょう。

 あ、そうです。一品彩りが欲しいと思っていたので大きなお魚を獲ってきてもらってよいですか?」

「判った!期待しててくれ!」

 

明るくなった様子のシュタルクは玄関近くに立てかけてある釣り竿を持って川の方へ出かけていった。

 

「何歳になってもこういう所は変わりませんね、さて……」

 

シュタアルが眠っている部屋にノックなしで入るフェルン。

本来はマナー違反なのだが、一応寝ている相手なので致し方ない……ということになる。

そのまま部屋に入ったフェルンはベッド近くの椅子に座る。

 

「さて、シュタアル。先程までの話は聞いていましたか?」

「ぐ、ぐぅ……」

「フリーレン様と書斎で待っているティアフォートを呼びましょうか……、起こすためならどんな手段を使っても許すと」

「起きました!」

 

身の危険を感じて勢いよく起き上がった瞬間、頭をコツンと小突かれた。

 

「ごまかせると思ったんですか? それで、何処から聞いていました?」

「褒めるの苦手とかなんとか言う話の辺りから……」

 

殆ど聞いているじゃないかとフェルンは嘆息する。しかし、それならもう話は早い。

 

「聞いてのとおりです。お父さんは、とても心配していますよ」

「そりゃ、湖の底に沈められたし……いてっ」

「茶化さない!」

「はい……」

 

再び小突かれた頭をさする。ごまかしは効かないようだ。

 

「魔法のゆらぎと同様、あなたの迷いや不安はおそらく剣筋にもでているのでしょう

 なにをそんなに焦っているのですか」

「あまり、言いたくない……」

 

母に詰められるがバツが悪くて思わず視線をそらして下を向く。

昔大見得をついて啖呵を切った夢は未だ遠く、果たすべき約束には遠い。

 

「まぁ、おおよそ予想はつくのでよしとします」

「……」

 

シュタルク&フェルン一家の男女パワーバランスが圧倒的に女性優位なのは人数比率もさることながらこういうところなんだろうなぁとシュタアルはしみじみ感じる。

シュタルクにしても自分にしても母に理解されすぎている……

 

「成果がでないことに焦る気持ちは理解します。

 しかし、あなたの目標としている事、そんな簡単な事だと思いますか?

 あなたの目指す到達点はあなたが重ねた修行の期間の何倍も研鑽の末に手にした力です」

「……判ってるよ」

 

頭の上に温かな人の熱を感じる。母が頭をなでてくれているからだとすぐに気づいた。

 

「お父さんの助けになり、私や妹達やフリーレン様を守りたいのなら、今は沢山のことを学びなさい。多くのことを経験しなさい。

 あなたは未だ成長途中の子供なのですから。それに――」

 

その言葉に子供扱いをするなと、そう言い返せばきっとそれこそ子供である証なのだろうとシュタアルは母の言葉を受け止める。

 

「あなたのお父さんは……、

 戦士シュタルクはあなたから逃げません。そういう人でしょう?」

 

そう言われて、母を見ると「やっとこっちを向いてくれた」と優しげな笑顔を見せてくれたので恥ずかしくなってまた顔をそらしてしまう。

耳まで赤くしている我が子を見てフェルンは吹き出してしまった。

 

「笑うなよぉ……」

 

「世話の焼ける所と素直な所は本当にお父さんそっくり」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

――父さんと話してくるよ

 

そう言って、シュタルクを追って川辺に向かったシュタアルに手を振っていると後ろから声がかかった。

 

「大丈夫そう?」

 

そう言って現れたのはフリーレンと妹のティアフォートだった。

 

「親子喧嘩してるわけでもないですし、二人共悩んでて、ちょっとしたボタンの掛け違いがあっただけです。少し話せば大丈夫だと思いますよ」

「父様も兄様も、普段普通にしてても結構いろいろ悩み抱え込んで我慢しているのちょっと面倒ですよね」

「あなたは違うのですか?」

「私は怒るべきときにはその場で怒ります。拗ねるべきときはその場で拗ねます」

 

その言葉にフリーレンは「うんうん、自己の要求には素直に生きるのが合理的だね」と頷いている。

妙なことを教え込まないで欲しいと言おうと思ったが、思い返せばフェルンもそういう反射で感情を返すことは多いので内心冷や汗をかく。

我が娘ながら油断ならないほどによく見ている。

 

■父と子


 

川辺に座って釣り竿を構えている父を見つけたのは家の近くの川辺から5分ほど上流に向かったあたりだった。

トレードマークの赤い上着は遠目からでもよく目立つのですぐに分かる。

 

「――悪かったな」

 

こちらに気づいたシュタルクが声をかけてきた第一声は謝罪の言葉だった。

 

「なんのこと?」

「湖にぶん投げたこと」

「あー、空がひっくり返って結構びっくりしたよ」

「ごめんて」

 

少しぎこちなくも、いつも通りな会話が何故か嬉しくて少し笑ってしまう。

 

「……別にさ」

「ん?」

「……別に父さんが、俺の実力をまだ認めてないとか、そういう事を気にしてる訳じゃないんだ」

「……聞いてたのか」

「……ごめん」

「いや、責めてるわけじゃなくて。格好悪いところ見せたなって」

「――父さんが母さんの前で格好つかないと所なんて飽きるほど見てるからそうでもないよ」

 

普段そう姿勢を乱さないシュタルクの竿がわずかに揺れる

 

「……あれぇ?そういう感じ?」

「むしろ父さんには感謝しているよ。高い壁であってくれないと、きっと困る。」

「……あ、うん。続けるのね」

 

ちょっとしょんぼりした表情のまま。シュタルクは頷く。

「フェルンの前でそんな格好ついてないかなぁ」と小声でぼやいているがそこに言及しだすと面倒くさいので無視する。

 

「……絶対に追いついてみせるからさ。だからそれまで……みんなが言うように最強の戦士でいてよ」

 

隣で釣り竿のから垂れる糸の先を見つめながらそう言ってくる我が子の顔をシュタルクはまじまじとみてからその頭に手を置いてちょっと粗めにガシガシ撫でる。

 

「ああっ!任せろっ!」

 

シュタルクは自分が最強だなんて思ったことは一度たりともない。未だ勝てる気がしない相手などゴロゴロいる。ただ、手が届く限り大事なものを守れる強さが欲しいと願い、そうあろうとしてきたから今がある。

だが、それでもこの子が望むのであれば、この子が誇れる強い父であらねばならないのだろう。

 

シュタアルは笑う父に安堵しつつ「髪型荒れるからやめろよ……」と大きな掌を押しのける。

 

「もともと、外跳ねしているじゃん。朝方頑張って整えてるみたいだけど

 そういや勇者ヒンメルみたいな髪型にしようとしてた時期あったよな」

「……」

「今使ってる剣と剣術もそうだが、誰の影響……いや言うまでもないか」

「関係ない……」

「まぁ、お前の自由だ。理想像のイメージがあることは悪いことじゃない。俺や師匠じゃないのはさみしい限りだけどな」

 

「俺の力だと、戦斧は手に余るよ」

魔法で剣を取り出しつつ片手でもってその刃を見つめながら言う。

 

「俺も小さい頃からあれを振り回してたわけじゃないけどな。体ができあがった頃に師匠からもらった。

 お前ももう2,3年もすれば一気に背が伸びて、体の作りが変わる。そういう時期だ。その時に一番合うやり方を選べばいいさ」

「そっか……」

「お前は器用だし、魔法も幾つか使えるし、状況によって色々使い分けるやり方も良いかもな。相手も予想ができなくなる」

 

それはいい考えだと思った。魔力で武器を生成する方法は魔族の将軍が好んで使ったり等々、存在はする。

あまり人類側でメジャーではないのは魔法使いが重い武器を振り回すより、杖を使って魔法が攻撃するほうが合理的だからの一点に尽きる。

だが、そうではない自分には習得価値はあるかも知れない。何より、投擲武器のストックを気にしなくて良くなるのは助かる。

 

そんな事を考えていると、釣り糸が引かれ釣り竿の先が曲がり始めたことに気付いた。

 

「お、かかった!」

「えっと、俺どうしたら良いの?」

「そこの網を構えといてくれる」

「判った!」

「こいつが今日の晩飯だ」

 

夕日差す川辺には意気揚々と釣り竿を引く父と少々おっかなびっくりで網を構える子、といった親子の姿がそこにはあった。

 

■変わりゆく時代


 

「問題なさそうだね」

 

少し高い木の上の太めの枝に腰掛けながらそうつぶやいたのは銀髪のエルフのフリーレン。

 

「母様も結局心配性ですよね」

 

夕飯の支度はしておくから2人の様子を見てきてくれと言われて遠巻きで眺めている。

きっと特別なこともなく、何ということもない親子の風景がそこにあり。父と母はまた明日から慌ただしく働き、兄はまた父の休みを見つけては挑戦して、完膚なきまでに叩きのめされて、そうしてこうやって仲直りをする日々をしばらくは過ごすのだろう。

 

「変わらないでほしいと思う?」

 

考えていたことを見抜いてか知らずか、フリーレンはそう聞いてくる。

 

「いえ、無理でしょう。父様はしばらくは現役でしょうけど、兄様はいつか追いすがり、きっと超える」

 

いずれそういう時が来て、また一つの時代が変わる。時代の移り変わりに後悔が残らぬよう2人はこれからもぶつかりあうのだろう。

 

「ティアの気持ちとしては?」

「娘のわがままを何でも聞いてくれる父様と、妹のお願いを何でも聞いてくれる兄様のままでいて欲しいとは思ってますよ」

 

少女は少し苦笑いをしながら答える。

 

「それはティアの努力次第だね」

「わかってますよ」

 

そうやってぷくっと頬をふくらませる少女は年相応に可愛いのだけど。

兄も妹も妙な所は聡く、そして気も心も強い子達で出会った頃のフェルンやシュタルクに負けないくらい本当に難物だ。

 

――今度は俺にも釣り教えてよ

――シュタアルもやるか? じゃあ新しい釣り竿も作ろうか

 

遠くの方では今日の夕餉の大きな魚を捕まえた親子が満足そうに家路につきながら会話をしている。

 

「手がかかる子ほど愛おしいとはよく言ったものだよね……」

「なにか言いましたか?フリーレン様」

「いいや、なにも……。それよりも急いで静かに帰ろう。覗いてたのがバレたら面倒だ。これ以上近づいた状態で移動するとシュタルクは気づく」

「はあい」

 

こうしてフェルンの待つ自宅に戻りつつ、何気ないドタバタとした休日は幕を下ろすのだった。

 

~ fin ~




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