晩餐会の招待客は、わたしが指定しない限り同派閥の者を中心に選ばれる。
ただ、マレディウム大公領内ではわたしの派閥を形成中なので、現時点ではこちら側に引き込めそうな者と有能と思われる者を積極的に招待するようにしていた。その選定はケイルム様を中心に執務官さんたちがメインで行うので、わたしは最終チェックをするだけではあるけれど。
いくら前世の記憶があるとはいえ、日本の社会と貴族社会では為人の見方も異なる。そういったことに対する教育を受けてはいるけれど、実践経験はまだまだ浅い。何事もやってみなければ分からないが、一つの失敗が命取りになりかねない今、変にしゃしゃり出るのは悪手だろう。
それに、お母様——上王陛下も「上に立つ者に求められるのは、己の有能さではない。如何に有能な者を上手く使うかなのよ」と仰っていた。わたしは特別頭が回るわけでも、天才的な発想ができるわけでもないから、この言葉を忠実に守る方が良い。
アンナルデクス王国では、晩餐会であっても食事中に会話をすることは良しとされていない。マレディウムでも同じで、ひたすら出された料理を半分ずつ食べ進めるから、晩餐室にはカトラリーを扱う微かな音と衣擦れの音くらいしかしない。
だからこそ、カトラリーの扱いが物凄く見られる。大きな音を立てようものなら、マナーのなっていない者という烙印を押されてしまうくらいに。正直、あまり食べた気がしないんだよね。
お皿に半分残った料理は、使用人さんたちの夕飯の一部になる。これも最初は自分の食べ残しを他人が食べるということに抵抗があったが、今では随分と慣れたと思う。少なくとも、嫌悪感はだいぶ減った。
今夜の晩餐会の料理は、アンナルデクス王国の郷土料理。やっぱり食べ慣れた味は良いね、緊張が少しだけ解れるような気がする。
マレディウムの料理は、リオングランデ王国のものよりアンナルデクス王国のものに近いから、招待客たちもあまり抵抗感なく食べているように思う。
美味しいご飯は正義。食に煩い国に生まれることができて本当に良かった!
晩餐会は恙無く進み、テーブルの上からお皿が全て下げられ、各々の席の前に飲み物を残すのみとなった。
招待客にはりんご酒を振る舞い、わたしはりんご酒っぽく見せかけたりんごジュースを手元に置く。食事は終わったけれど、わたしにとっての本番はこれから——彼らの腹のうちを探り、派閥に引き入れることができるか否かを見極めなければならない。
晩餐室には給仕担当の使用人さんたちはいても、執務官さんたちは誰一人として同席していない。これはあくまでも領主の仕事であり、執務官さんの仕事ではないから。
「今宵はわたくしの招待に応じていただいたこと、嬉しく思います」
「とんでもないことでございます。麗しき白百合の君にご招待いただけたのです、何を置いても参ろうと心に決めておりました」
「ええ、ええ。素晴らしいもてなしをいただきましたよ」
「ふふ、そうかしら。料理は皆の口に合いまして?」
「とても美味でしたわ。アンナルデクス王国の料理を味わったのは初めてのことでしたけれど、噂に違わぬお味でした」
晩餐会後、最初に口を開くのは最も位の高い者と決まっている。つまり、わたしだ。
招待客は三人——男性が二人、女性が一人。何れもわたしより二十歳以上年上の、貴族社会に慣れた人たち。皆微笑んではいるが、その腹の中では何を考えているのか読み取るのが難しい。
一人目はマレディウムに古くからある名家、リブラン家の当主グレイシオ・レインムーア・ド・リブラン。穏やかな眼差しと柔らかな言葉遣いをしているけれど、彼の目はよく知っている——老獪な貴族のものだ。一度気を抜いてしまえば、上に立つ資格なしと扱われるかもしれない、常に緊張させてくるタイプ。
二人目はリブラン家に並ぶ名家、ヴァロラブルーム家の当主ヘイゼル・アイヴァントム・ド・ヴァロラブルーム。つり上がった目尻とは対照的に、好々爺のような笑い方をする人。事前情報では、前領主家に対して良い感情を抱いてはいなかったようだとのことだけれど、だからといってわたしに対してもそうとは限らない。今まさに、値踏みされているのだろう。
三人目はマレディウム一の女傑と名高い、ジャドムーラン家当主ヴァンネージュ・ジヴレカルム・ド・ジャドムーラン。真っ赤な口紅と紫色のアイシャドウがよく似合う、気の強そうな人だ。三人の中で最も若いのに、その迫力は二人に遅れを取らない。
三人しかいないのに、三人とも癖が強い。正直一人ずつ相手にするのだって腰が引けるのに、同時に腹の探り合いをしなければならないんだよね。それも、誰一人として蔑ろにされていると感じさせないように。
「アンナルデクス王国では、食を楽しむことを良しとしておりますの。それはこのマレディウムでも同じであると、聞き及んでおりますわ。その通り、マレディウムの郷土料理はどれも美味しゅうございますね」
「それはそれは、白百合の君にお喜びいただけましたこと、誇りに思います。以前の領主は、あまり好まれなかったようでしてなぁ」
「リブラン卿の仰る通り。あの方は本国の料理ばかり好まれていたようで……何とも、悲しいものでした。ですから、大公殿下のお口に合いましたことは、まさに喜びでございます」
「まあ……そうでしたの。ヴァンネージュ、貴方が治める土地は小麦の栽培が盛んだと聞き及んでいます。次の収穫は、そろそろかしら」
「左様にございます、殿下。初物の収穫が終わり次第、城に届けるよう言い含めておりますわ。そういえば、作物に関して面白いことをなさろうとしているとか」
「私も耳にしました。何でも、人糞を——おっと、うら若き大公殿下の御前で口にすべきことではありませんな」
「構いませんことよ、ヘイゼル。立案者はわたくしですから、忌避感などありません。そうね、折角だもの、その話でもしましょうか」
最初からそれが目的だったんだろう、ヘイゼルさんは——いや、他の二人もか。
三人はマレディウムの農作地の大半を握っている。だからそれに関わることには特に敏感なのだろう。今回の晩餐会に参加したのも人糞を堆肥として利用する案について、詳しく知りたかったからだと推測できる。
堆肥の件については、既に作り始めてはいるものの、まだ実験段階の域を出ない。土壌を調べてからそれに合った堆肥を作らねばならないから、その専門家の到着を待っている段階だと聞いている。こればかりは、急いでできるものではない。
しかし、堆肥の効率的な作り方自体を探ることは可能だ。土壌との相性は棚上げしつつ、そちらに注力してもらっている段階である——ということは、伝えても良いだろう。
生憎と晩餐室に該当資料を持ち込んではいないので、口頭での説明に留まる。それでも三人ともある程度は理解できているのか、時折質問が飛んできた。
主に堆肥の作り方についてと、それを導入した場合どのようなメリットとデメリットがあるのか、どうしてそれをしようと考えたのか——作り方については、流石に詳しく漏らすことはできない。だから簡単に答えることに留めたが、彼らの興味をより深く引くには十分だったようだ。
農作物の収穫量は、己の力とも呼べる。そして人糞を堆肥として利用することができれば、作物の収穫量が増える可能性が高い——彼らにとってはまだ理解し難いだろうが、衛生環境の改善も見込める。少なくとも、河川に糞尿を垂れ流すことで水が汚染されてしまうことは減るだろう。
「——なるほど。牛や馬の糞を畑に撒くと作物がよく実る、という話は知っていましたが……人の糞も使えるのですか」
「出したものをそのまま撒くことはできませんし、そんなことをすれば病の原因にもなりますから、取り扱いには気をつけねばなりませんけれど。ええ、この施策が上手くいけば、マレディウム大公領内で採れる作物が増える見込みです」
グレイシオさんが感心したように頷いてくれたのは良い。でも、先走って適切な処理をしていないものを撒くようなことをしないように、釘は刺しておかないとね。
他の二人も思うところがあるのだろう、少々考え込む仕草をしている。
わたしにとっては、人糞を扱うということに生理的嫌悪を示されなかったということが良い結果だ。試す以前から拒絶されてしまえば、強権を以て命令するしかなくなる。
そうなってしまえば、例えどれだけ良い結果が出たとしても、彼らの中にはしこりが残るだろう。それが後々わたしにとっての災いになる可能性がある。だからこそ、できるだけ強権を使いたくはない。
グラスの中にあるりんごジュースを軽く揺らしてみる。前世の記憶にあるものよりも酸味の強いこれも、品種改良と土壌改良が進めば甘みが増していくだろうか。それとも、今とは全く異なる進化をするかもしれない。
食は人間の心を落ち着かせるために、とても有効な手段だ。飢えれば心が荒む。お腹を満たすために、否応なく犯罪へ手を染める者も出てくる——死ぬくらいなら、と。
今のマレディウムの食糧事情は、余裕があるとは言い難いものだ。少なくとも、他領へ輸出する余裕はない。領民が食べられるくらいはあるけれど、飢饉が訪れた時の蓄えは全く足りていない。
自然災害に対して、備えすぎということはない。それが食糧であれば、なおのこと。実際、過去に何度かマレディウムも飢饉に晒されている。何れも早期解消ができたようだけれど、次もそうだとは限らない。
「マレディウムがアンナルデクス王国有数の穀倉地帯になることは、難しいでしょう。本土にはこの土地よりも広い平野がありますから。けれど、量で勝負できないのなら、質ですれば良い——そうでしょう?」
「質で、ですか。恐れながら、殿下。マレディウムの特産品についてご存じでしょうか」
「勿論よ、ヴァンネージュ。現状、マレディウムには領を象徴するものはありません。しかし、今は、というだけのこと。ないのならば、作れば良い。そうではなくて?」
これは作物に限ったことではないけれど、でも、一番広めやすいのは食べ物だろう。料理は味を受け入れてもらうという壁が存在するけれど、食材ならばそのハードルも比較的低い。そして幸いなことに、マレディウムにはアンナルデクス王国本土ではあまり育たない果樹や作物がある。
王城で暮らしていた間滅多に口にできなかったものが、ここに来てからは当たり前のように食べることができていた。前世では南国フルーツと呼ばれていたものがそうだ。
それなのに、小麦やりんごも収穫できているのだけれど、世界が異なれば生育条件も違うというだけの話。わたしにとっては良いことなので、一々深く考えたりはしないことにしている。
アンナルデクス王国本土では育たない作物、更に品質も良ければ少量でも高値で売ることができるだろう。最初はわたしの身分と人脈を活かして直接お兄様たちに献上し、その後は王都と港を持つ領を中心に取引をする。
希少かつ高価なことを全面に売り出し、貴族たちの購買意欲を刺激すればいい。彼らには見栄というものがあり、特に希少なものを手にできる財力と人脈があるということがステータスの一つなのだ。それを利用しない手はない。
まあ、こんなことを口にはしないけれど。今はまだ、計算高いと思われない方がいい。彼らがわたしを値踏みするのと同じように、わたしも彼らを値踏みする段階だからね。手の内を明かすには、まだ早いから。
結局、この後は政治的な話をすることはなかったから、ちょっと意気込みすぎたかもしれない。でも、ある程度はこちらの思惑を伝えることはできたと思う。
次に彼らと顔を合わせるのは、来年度の予算会議の時かな。その前にまた晩餐会へ招待することになるかもしれないけれど、その時は一人ずつがいい。三人同時は疲労感が半端ないからね。
ああでも、仮に晩餐会へ招待するとしたら、ヴァンネージュが先になるかな。
「殿下、ヴァントフォール卿にはお気をつけて。あれは、前領主の犬でございます」
そう囁いた彼女の目は、一切笑っていなかった。