銀河英雄伝説GQuuuuuuX   作:銅大

1 / 3
アスターテ会戦前の銀河宇宙と設定を画像にしました。
【挿絵表示】

この宇宙での艦隊戦の様子を画像にしました。
【挿絵表示】



第1話

 宇宙暦七九六年(帝国暦四八七年)。帝国軍は自由惑星同盟へ侵攻を開始した。艦艇数は一万。イゼルローン回廊を抜けた帝国艦隊は同盟の薄いが幾重(いくえ)にもめぐらされた哨戒線を突破して同盟領の奥深くへ迅速に進む。

 守る側である同盟軍の反応も早かった。帝国軍の倍近い一万八〇〇〇の艦艇が六〇〇〇ずつ三つの梯団(ていだん)に分かれて帝国軍を迎撃に向かう。

 両者の激突はもう間もなく。場所はアスターテ星域北方(Coreward)

 

「三方から我が艦隊を包囲するつもりか。小癪(こしゃく)な」

 

 ラインハルト・フォン・ローエングラム大将は星図に浮かび上がる敵の陣容をみて(ひょう)する。言葉とは裏腹にラインハルトの口調が楽しげであることを副官のキルヒアイスは感じ取る。

 

「これは一五六年前に我が帝国軍が苦杯(くはい)()めさせられた“ダゴンの殲滅(せんめつ)戦”と同じ動きですね」

「現在の戦力不足を補うため過去の栄光にあやかるか。洒落(しゃら)くさい」

「現在が未来であっても包囲(かこんで)戦術(なぐる)の有効性は明らかです。ここで我が軍がうかつに動けば側背(そくはい)を突かれることになるでしょう」

「そうだな。連携もよくとれてる。少し時間を戻すぞ。ほら、ここだ」

 

 中央の同盟軍(中)に帝国軍の偵察艦隊が近づくと同盟軍(中)の動きが遅くなる。それからしばらくして両翼の同盟軍(右)同盟軍(左)が時間差で動きを早める。

 偵察艦隊が退(しりぞ)くと、三梯団(ていだん)の動きと位置関係は元に戻った。

 

「想定していたより反応が機敏ですね。どうやって互いの進退を確認してるのでしょう」

「色だ」

「色?」

「やつらは推進剤に工夫して戦隊ごとに違う色の噴射ガスを出せるようにしてある。能動(アクティブ)探知(スキャン)が届かない距離でも常に望遠鏡を向けて受動(パッシブ)探知(スキャン)を継続すれば味方の動きは追える」

「理屈はわかりますが実施にはかなりの困難が予想されます。どうめ……叛徒(かれら)にそれができるのでしょうか」

「本番直前に慌てて決めたところでうまくはいくまい。演習で経験を重ねた成果だろう。前の戦いでも実感したことだが反乱軍の奴らはしぶとい」

 

 ラインハルトは胸の勲章を指ではじく。

 半年前の戦いで得た新しい勲章だ。

 あの戦いで、ティアマト星域に侵攻したミュッケンベルガー元帥率いる帝国軍に対して同盟軍は終始劣勢であった。それでも同盟軍は粘り強く戦い、帝国軍に付け入る隙を与えなかった。同盟軍が先に撤退したおかげで帝国軍は勝利を宣言できたが帝国軍に余力は残っておらず、イゼルローン要塞に引き上げることになった。

 この戦いでラインハルトは帝国軍の中では際立(きわだ)った武功をあげている。しかしそれは彼が内心で欲していた上級大将への昇進をもたらすものではなかった。

 帝都に帰還したラインハルトは各所にはたらきかけ、新たな出征を求めた。だが反応は悪く借りを増やす羽目になった。

 

「戦場では負けてばかりのくせに星域は必ず奪い返す。逃亡者の末裔(まつえい)どもが二世紀以上生き延びているのも道理だな」

「はい。我が帝国は艦隊戦での勝率こそ八割ですが、占領星域の維持には失敗を続けてます。負けて奪われるのではなく、赤字なので放棄する形ですね」

「せっかく姉さんのため軍人になったのに、反乱軍との戦いは武功をあげにくくて困る」

二〇才(はたち)で大将に昇進なされたのです。ご立派ですよ」

 

 キルヒアイスが(なだ)めるとラインハルトは蒼氷色(アイスブルー)の鋭い瞳で赤毛で長身の親友を見上げ、続いて視線をそらし頬杖をつき小声で(つぶや)いた。

 

二〇才(はたち)の誕生日には元帥(じょう)を握って姉さんに会いにいくつもりだったんだ。予定が台無しだ……おい、何を笑ってる」

「笑ってなどいませんよ」

 

 あなたを微笑(ほほえ)ましく思ったのは事実ですが、とキルヒアイスは胸の内で(つぶや)く。ラインハルトの姉アンネローゼは皇帝の寵姫(ちょうき)だ。心優しい女性で弟の階級が元帥であろうが一兵卒であろうが変わりなく愛するだろう。

 

「帝国全体としてみれば戦いで武功をあげにくいことにはよい側面もあります」

 

 キルヒアイスが曖昧な言い回しをした意図を察し、ラインハルトは顔を引き締めた。

 立ち上がり顔を近づけ小声で返す。唇を読まれないためだ。周囲の空間は遮音(しゃおん)力場(りきば)に包まれているが、ここは軍艦の中だ。バス・トイレを含めたあらゆる場所が常時録画されている。録画内容は事故(インシデント)傾向・原因の確認にのみ使われ諜報や監視には使わない建前だが、しばしば横流しされる。後から門閥貴族に付け入られる隙は与えたくない。

 

「そうだな。門閥貴族どもが狩猟祭(ワイルドハント)のノリでイゼルローンから出征することがなくなってきた。これはよい変化だ」

「はい。わたしもそうですが平民出身の兵卒(へいそつ)にとって無名(むめい)()で命を落とすことほど無念(むねん)なことはありません」

 

 ラインハルトが元帥(じょう)を欲したのは己ひとりの栄達(えいたつ)を求めてのことではない。元帥の地位があれば不遇(ふぐう)を囲う平民や下級貴族出身の有能だが貧乏な将帥(しょうすい)を己の幕下(ばくか)に引き込むことができると考えたからだ。

 集めた力で何をなすのか。

 (アンネローゼ)を取り戻す──だけではとうてい足りない。

 かつての姉と自分(ラインハルト)、そしてキルヒアイスのような者たちが理不尽(りふじん)に運命を歪められることなき社会を作りだす。己の(いのち)(さい)は新たな社会を切り開くためにある、ラインハルトはそう考えている。

 目標は遠く、今はまだ力が足りない。

 だからこその、こたびの遠征だ。

 

「いくぞ、キルヒアイス。おれたちで銀河を手に入れるんだ」

「はい。どこまでもお供いたしますラインハルトさま」

 

+++++++++++

 

 ここで時間を三月(みつき)ばかりさかのぼる。

 宇宙暦七九五年(帝国暦四八六年)末。帝国軍が同盟領への大規模な侵攻を意図しているという情報は複数の経路(ルート)から自由惑星同盟に伝わった。

 この(ほう)を自由惑星同盟は驚愕とともに受け取った。同盟軍が総力をあげたティアマト星域の戦いから一〇〇日とたっていない。星域の失陥は防げたものの同盟軍に余力はない。

 ハイネセンにある統合作戦本部に集まった将校グループは、取りまとめ役にムライ中佐をあて帝国軍の新たな攻勢への対策を検討した。

 

「帝国軍は一万の艦隊でほぼ確定のようだ」

「先週の時点では敵艦隊には五〇〇〇~三万五〇〇〇くらい幅があった。追加情報があったのか?」

「フェザーン経由で。艦艇のバイオ排泄物のリサイクルを請け負う企業に大口の注文があったそうだ。それが一万隻相当」

「バイオ排泄物って……大便や小便のことか」

「残飯などの生ゴミを含むから分類上そうなるらしい」

 

 宇宙における生ゴミや排泄物は、かつては貴重な資源であった。原始的な反動推進系で重力井戸の底から持ち上げる質量はなんであれコストがかかるからだ。

 慣性駆動系が普及した現代は貴重さこそ薄れているが、投棄するくらいならリサイクル処理するのが常識だ。

 リサイクルにはそれなりの空間と時間が必要なため艦船の中では脱水圧縮のみを行い、残りの処理は宇宙港や宇宙要塞にある施設で行う。

 長期航宙などで保管タンクが満杯になる場合は、輸送船や再処理システムを専らとするリサイクル・シップにうつす。

 帝国軍と契約したフェザーンの企業はリサイクル・シップを保有しており、辺境を巡回する形でバイオ排泄物を集めて回っている。

 

「リサイクルするだけなら行き帰りにイゼルローン要塞に寄ったときできるだろ」

「通常ならな。何か理由はあると思うが、そこまでは(つか)めていない」

「考えられることとしては……貴族閥の嫌がらせか?」

「ありえる話だ。今回の出征は一年前に掴んだ帝国軍のスケジュールにはなかった。ティアマト星域の戦いの結果に不満な皇帝の寵姫(ちょうき)の弟がねじ込んだもので間違いない」

「寵姫の弟というとミューゼル大将か」

「今はローエングラム大将だ。ティアマトの時もミュッケンベルガーの本隊から離れて孤軍でふらふら動いてたし帝国軍側でも持て余してる感じはあったな」

「戦いの後でミューゼル艦隊の動きについて分析したレポートがあったはずだ。戦闘詳報の下位フォルダを検索してみろ」

 

 数人で手分けしてティアマト星域の戦いでの帝国軍の動きを確認しようとしたとき、それまで議論を黙って聞いていた男が手をあげた。

 ぴたり、と。喧騒(けんそう)が止まる。

 

「そのレポートならラップから聞いてる。難解な言い回しを多用しててくどいけど、内容は正確で面白いよ」

HQ(ヘッドクォーター)リーダー。よろしければ概要をお願いします」

 

 ムライ中佐が促すと、ここに集まったHQ(ヘッドクォーター)一三(サーティン)リーダーのヤン大佐は静かに語りはじめる。

 

「ミューゼル提督。今はローエングラム伯だから呼び名はこっちで統一するけど、皇帝の寵姫グリューネワルト伯爵夫人の弟だ。統合作戦本部の情報分析課のプロファイリングによれば若く有能で情熱的な野心家だ。出世が早く、敵も多い。ティアマト星域でのローエングラム艦隊の不可思議な動きは彼と敵対する貴族閥による嫌がらせが原因にあると考えれば矛盾が少ない」

 

 続いてヤン大佐は貴族閥の仕掛けた罠と、それを逆手にとって武功につなげたローエングラム艦隊の巧みな用兵について語った。その語り口調は世人(せじん)のイメージする軍人より学者に近い。だが、それをいうのであればここにいるメンバー全員がそうだ。

 HQ(ヘッドクォーター)一三(サーティン)。従来の序数(ナンバード)宇宙艦隊を戦艦や空母などの艦種別のTS(タイプスコードロン)と、司令部の基幹要員からなるHQ(ヘッドクォーター)チームに分割したものだ。

 

「……とまあ、こういう感じかな。このように戦場で味方を後ろから刺すかのような裏工作は同盟軍ではまず起きない。不確定要素が多すぎるからね。陰謀としてみると敵の行動に頼りすぎる。恨みがあるなら自分たちだけで片付ける方が労が少なく益も多い。それができないのはローエングラム伯がいる帝国軍正規艦隊はそれだけで独立した政治勢力になっているからだ。これは銀河帝国の軍事力が貴族の私的な艦隊と正規艦隊との混淆(こんこう)であることで生じる制度的な特徴ともいえるだろう。ルドルフ帝の時代には──ああ、ありがとうグリーンヒル中尉」

 

 女性士官が絶妙なタイミングで紅茶をだしヤンの講義を止めた。若いころに歴史家を夢みて挫折した反動か、自身が興味を持つ分野が絡むとヤンの話はすぐに脱線する。

 他のメンバーも心得たもので、ヤンが紅茶を飲んでいる間に残ったスタッフで同盟軍側の出師(すいし)準備について検討をはじめる。

 

「これが現時点でのTS(タイプスコードロン)の修理と補充の状態です」

 

 リストを受け取った全員がうめき声をあげる。

 文字のほとんどが赤い字で書かれ、ティアマト星域の戦いでの消耗がいかに深刻であったかを誤解の余地なく表していた。

 

「前回出撃した二万四〇〇〇の艦艇のうち八割が中破以上の損傷か……沈んだ艦は一〇〇〇未満で死傷者数を抑えることには成功したが、艦の被害が大きいな」

「五〇〇〇は廃艦だ。スクラップにしかならん」

「九〇〇〇は大規模な修理が必要でドックが足りない。ひとまずは繋留したまま放置だ」

「残る五〇〇〇の修理に集中すれば来年中に一〇〇〇は復帰できる」

「現時点で出撃可能な艦艇と合わせても帝国軍の半分にしかならんぞ」

「今のうちに凍結(モスボール)艦隊を引っ張り出す申請をするか?」

「ダメだ! 動かせるようにするだけで今年度の予備費が全部ふっとぶ」

「なんとかならないのか」

「キャゼルヌ先輩がいてくれたらなんとかしてくれたかも……」

「もういない人間に頼るのはよせ」

 

 紅茶の湯気で顎を湿らせながら、ヤンは思案に沈む。

 半分閉ざした(まぶた)の裏で、灰色の脳細胞が活発に動く。

 脳細胞は線香花火のようにシナプスを化学的に燃やして活動するが、浮かぶのは彼が住む官舎の中のように無造作にとっ散らかった、とりとめのない考えばかりだ。

 

(こうした議論が自由闊達(かったつ)にできるのも、宇宙艦隊をTS(タイプスコードロン)HQ(ヘッドクォーター)に分割した軍事制度改革のおかげだな)

 

 戦いがない時でも宇宙艦隊には日々さまざまな業務が発生する。それらを整理して分割し、艦の維持や艦隊行動に関する内容はTS(タイプスコードロン)(もっぱ)らとし、次の戦いへの備えや作戦の検討はHQ(ヘッドクォーター)が行う。

 帝国軍が攻めてきた時には相手の規模に合わせてTS(タイプスコードロン)群が編成され、そこにHQ(ヘッドクォーター)が参加して指揮を取る。

 たとえば今回。帝国軍の新たな攻勢の情報に対しては五、一〇、一三の三つのHQ(ヘッドクォーター)が担当グループとして割当られ、それぞれに迎撃計画を検討している。 もしHQ(ヘッドクォーター)一三(サーティン)が実際に防衛担当となればヤンは大佐の階級のまま艦隊司令を拝命(はいめい)して指揮をとる。HQ(ヘッドクォーター)一三(サーティン)を軸に据えた指揮系統が組まれ、人員が足りないところには他のHQ(ヘッドクォーター)のメンバーが臨時で組み込まれる。その時には情報参謀であるグリーンヒル中尉の下に、佐官クラスがつくこともある。たとえばHQ(ヘッドクォーター)(ファイブ)ではヤンと同期のラップ少佐が情報参謀を担っているが、彼が組み込まれる場合は中尉の指揮下にはいる。

 逆にHQ(ヘッドクォーター)(ファイブ)が迎撃担当となり、HQ(ヘッドクォーター)一三(サーティン)から基幹要員を補う場合は、大佐のヤンがラップ少佐の下につくこともある。

 

(さて、今ごろローエングラム伯の側でも(つむり)をめぐらせているだろうな)

 

 ヤンは銀河の反対側──政治的な意味で──で攻勢計画をたてているであろう帝国軍に思いを()せる。

 同盟軍が頭脳(ヘッドクォーター)肉体(タイプスコードロン)に分ける軍制改革を行ったように、帝国軍もまた軍の改革を行っている。だが、歴史上の軍制改革の常として余裕のある側は改革が進みにくい。劣勢な同盟軍は常に危機感をもって改革を行っているが、帝国軍にそこまで切迫した動きはない。

 

(といって、帝国軍も昔のままではない。ローエングラム伯の率いる艦隊であればなおのことだ)

 

 すでに予兆はある。帝国軍のワインだ。

 従来の帝国軍の攻勢では同盟側はフェザーン商人を通して帝国艦隊にワインがいつどれだけ納入されるかを調べることで艦隊の規模や動向を正確に予測できた。

 貴族は自分のために高級なワインを取り寄せる。上位の門閥貴族であればワインの品種にもこだわるから特定がたやすい。ティアマト星域での戦いでも貴族艦隊については事前に調べあげることができたし、帝国正規艦隊についてもミュッケンベルガー元帥ら幹部クラスの数から陣容は丸わかりとなった。

 

(たぶん……ミュッケンベルガー元帥は自分が日々飲むワインを部下が手配していることに気づいてない。プロファイリングによれば古武士の風格をもつ有能な将だ。わざわざ自分が飲むワインの調達を部下に指示するような人物とは思えない。気づいていれば防諜の面からも止めていたろう)

 

 帝国における貴族とはそういう存在だ。悪辣(あくらつ)で欲深な貴族もいるがそれは例外で、ほとんどの貴族は資産と身分を除けば善良で平凡な人間だ。

 ただ──気にとめない。

 自分の生活が誰に支えられているのか。

 自分の意識の外で誰がどのように働いているのか。

 貴族は気にとめない。知らないから罪悪感もない。それが貴族制度の弊害であり限界だ。

 

(そこに隙があった。だが、ローエングラム伯にはその隙がない)

 

 ラインハルトが出撃準備を整えている艦隊からは、高級ワインの一本すら外部への発注がない。

 嗜好品は艦隊の誰もが使える酒保(しゅほ)で揃えられるものだけで(まかな)うよう艦隊司令部から通達がでているのだろう。もちろん何人かの貴族将校は己の好むワインを私物として持ち込んでいるだろうが、その程度だ。

 

「ダメだ。年度内はどうあっても動員できる艦艇は六〇〇〇が限界だ」

「帝国軍にお願いするか? 来年度予算が使えるようになるまで半年ほど攻勢を遅らせてくださいって」

「帝国軍が聞いたら、即座に攻め込んでくるぞ。大喜びでな」

 

 冗談まじりの会話が耳から入ってきて、ヤンは顔の前で両手を拝むように合わせて唇に浮かんだ笑みを隠す。

 笑みとともに、ひとつの思案が形になる。

 

「そうだな。それがいいかもしれない」

「は?」

「諸君。わたしに考えがある。賭けではあるが、ノってみないかい?」

 

+++++++++++

 

 前哨戦はアスターテ宙域北方(Coreward)をたゆたう星雲ガスの中で始まった。

 電磁波乱れ飛ぶ星雲ガスは探知可能距離(レンジ)が短い。自分は見つからず敵は見つけたい艦隊前衛の偵察部隊にとっては絶好の隠れ家である。

 偵察部隊は星雲ガスの濃いエリアに母艦を潜ませ、周囲に探査(プローブ)ブイを飛ばして敵情を探ろうとする。

 両軍の偵察部隊がほぼ同時に、そして同じ星雲ガスを利用しようとしたのは偶然であったが必然でもあった。同時に相手に気づいたときはすでに互いが至近距離にあった。ほとんどの艦が自衛用の小口径砲しか装備しておらず、火力に乏しい。

 帝国軍の偵察部隊は平民出身の経験豊富な古強者(ベテラン)を揃えていたから、このような時にどうすればいいかを心得ていた。

 

探査(プローブ)の先端に炸薬を詰めろ! 最大加速で敵に射出するんだ! 時限信管にして当たらなかったときに自爆させるのを忘れるなよ!」

 

 海胆(ウニ)のように探査(プローブ)ブイをまとった帝国軍のドローン母艦が爆装(ばくそう)した探査(プローブ)ブイを回転しながら射出する。命中率はお世辞にも高いとはいえないが、一定時間で自爆して周囲の星雲ガスを派手にかき乱す。できた渦を煙幕のように使い、帝国軍の偵察部隊は距離をあけて逃げようと加速する。

 

「なるほど探査(プローブ)ブイにあのような使い方があるとはね」

「感心している場合ですか。逃げられてしまいますよ」

 

 同盟軍の偵察部隊にはHQ(ヘッドクォーター)(ファイブ)から応援としてラップ少佐が乗り込んでいた。落ち着いた、長閑(のどか)といってもよい口調のラップにこちらは母艦乗員である若い当番兵が緊張に青ざめた顔で文句をつける。

 

「わたしが焦ったところでどうにもなるまい。こういうのは役割分担だ」

「ですが」

「まあ見ていたまえ。不期(ふき)遭遇戦(そうぐうせん)での偵察部隊の火力不足については事例研究を元に対策が組まれている」

 

 同盟軍の偵察部隊には輸送船改造空母が一隻、組み込まれている。空母と名はついているが搭載機は単座式戦闘艇スパルタニアンの改造型が四機のみ。

 

甲板(こうはん)長。全員エアロックに避難しました!」

「よし。外部装甲板、分離!」

 

 改造空母の船腹に並んだボルトが一斉に破裂する。減圧された空気中の水蒸気が氷の粒を(きらめ)めかせ、すぐに消える。分離した装甲板が遠ざかり、格納庫の骨組みが露出する。

 四機のスパルタニアン(マトリョーシカ)型単座式戦闘艇は出港前に空母の竜骨(キール)四方(しほう)に格納庫ごと取り付けられたまま、外から装甲板を貼り付けて入れ子状態(マトリョーシカ)になっていたのだ。

 自由になったスパルタニアンMは、猛然(もうぜん)と帝国軍の偵察部隊に襲いかかる。ドローン母艦が必死に探査(プローブ)ブイを投射するが当たるものではない。くるりくるりと機体を(ひるがえ)して肉薄するや、大口径の対艦用ビーム砲ですれ違いざまに撃ち抜く。

 広がるプラズマ火球を背に新たな目標へと向かいながら、スパルタニアンのパイロットは心の内で独白(どくはく)する。

 

(なんだこりゃ。(かも)打ちじゃないか。いや海胆(ウニ)拾いか。護衛にワルキューレの一機もついてない鈍重な敵を(みなごろし)にして撃墜数を稼ぐなんてのは、このポプランさまの趣味じゃないんだがな)

 

 スパルタニアンのパイロット、オリビエ・ポプラン中尉は撃墜王(げきついおう)だ。周囲からは行きずりの女とも浮名(うきな)をながす軽薄(けいはく)な男と認識されているが矜持(きょうじ)も人一倍に持ち合わせている。趣味ではないと内心で(うそぶ)きつつもポプランは敵の動きを見定め、油断なく容赦なく確実に(ほふ)る。戦場にいる敵に情けをかける無礼を彼は決してしない。

 やがて帝国軍の偵察部隊は最後の一隻となり、詰将棋(つめしょうぎ)のように敵部隊を追い詰めたスパルタニアン隊によって沈められる。

 

(今の敵の動きはよかった。こちらが肉薄するのを待ってから探査(プローブ)ブイを一斉に発射して即座に爆発させた。あの撹乱(かくらん)で攻撃が失敗したら航続距離の限界でこちらは帰投せざるをえず、敵は逃げることができた。最後まで諦観(ていかん)と無縁の見事な闘魂(ストロングスピリット)だった)

 

 ポプランは敵偵察部隊の指揮官に惜しみない賞賛を送る。スパルタニアンMは改造空母からの発進方式をみればわかるように一度出撃すれば整備や補給は不可能に近い。敵指揮官は特性を見抜いてなんとか逃走して偵察情報を持ち帰ろうとしたのだ。

 最後に沈められた敵旗艦が探査(プローブ)ブイの一斉爆発にまぎれるようにして通信カプセルを射出していたことを知れば、ポプランはさらに満足すると同時に強く舌打ちしただろう。

 

+++++++++++

 

 全滅と引き換えに偵察部隊が届けた同盟軍の情報は驚くべきものだった。

 

「囮が含まれているのは予測の範疇(はんちゅう)ではあるが……まさか、ここまで割り切った編成だったとはな」

 

 ラインハルトは呆れと感心のない混ざったつぶやきをもらす。キルヒアイスが新たな偵察情報を元に戦況図を組み直す。

 

「はい。敵艦隊の三梯団一万八〇〇〇のうち一万三〇〇〇がダミーで、戦闘力を保有しているのは右翼六〇〇〇のうちの五〇〇〇というのは驚きました」

「このままいけば最初にぶつかる中央すら囮だったか」

「囮といっても旧式艦や損傷が大きく廃艦予定の艦です。ガワは戦闘艦ですから何か罠が仕掛けてあるかもしれません」

「囮部隊を無人で動かすのなら自殺(スーサイド)突撃(アタック)もゼッフル粒子を撒き散らしての誘爆も自由(じゆう)気儘(きまま)だ。罠でこちらを混乱させたタイミングで右翼部隊が側面から……」

 

 そこまで口にしてラインハルトは押し黙る。頬の輪郭がわずかに膨らんでいる。どこか納得がいってないのだ。

 ラインハルトの感情の(あや)を読み取り、赤毛の親友が意見を口にする。

 

「側面から攻撃を仕掛けるにしては五〇〇〇という数は少なすぎる気がします」

「おれもそう思う。ここまでの手間をかけた連中なら、もう少し成算(せいさん)のある策をうって(しか)るべきだ。いくら側面から奇襲をかけたところで、半分の戦力でおれに勝てるなど烏滸(おこ)がましいにもほどがある。不愉快だ」

 

 烏滸(おこ)がましく不愉快──ラインハルトらしい自信であり稚気(ちき)である。

 キルヒアイスは両軍の激突までもう間がないこの場で唇がほころびそうになるのを首をねじってこらえた。

 

「どうしたキルヒアイス。寝違えたか」

 

 ラインハルトがキルヒアイスの顔をのぞきこんで心配そうにいう。さらにねじる。

 

「いえ。それよりもラインハルトさま。ここは敵の意図を探るより、我が軍の攻勢計画を再確認してはいかがかと思います」

「そうだな。敵の動きに右往左往しては思わぬ不覚をとるかもしれない。()く戦う者は(いた)して(いた)されずだ」

 

 ラインハルトは現在の戦況図に重ねるように三ヶ月前に作り上げた攻勢計画を投影する。

 親友と一緒に知恵を絞った攻勢計画を見つめる蒼氷色(アイスブルー)の瞳が落ち着きを取り戻す。

 ラインハルトは決断し命令を発した。

 

+++++++++++

 

 帝国軍一万は前方に火力を集中できる紡錘(ぼうすい)陣形を組み、全軍で同盟軍の右翼に襲いかかった。

 同盟軍右翼は六〇〇〇。そのうち一〇〇〇は退役間近の旧式艦である。戦力比は一対二であり、いかな戦術を駆使しようが勝ち目はない。

 

「これがダゴンの包囲戦であれば右翼が支えている間に中央と左翼が()わる()わる帝国軍の側背に喰らいついて消耗させるところだけど……」

 

 HQ(ヘッドクォーター)一三(サーティン)リーダーにしてアスターテ星域での迎撃任務艦隊司令官であるヤンは指揮卓の上にあぐらをかいて帝国軍の攻撃を待ち受けた。

 謹厳実直(きんげんじっちょく)なムライはヤンのだらしない姿勢に咳払いをすると、お義理のようにあいの手(ツッコミ)を入れた。

 

「我が艦隊の中央と左翼はハリボテです。そのような働きを期待されても困ります」

「うん。ここまで誤魔化せただけでも期待以上だ。さすがは艦隊運動の名人フィッシャー中佐だ。わたしだったらもっと早く見抜かれていただろう」

 

 側面や背後を気にする様子がまったくない帝国軍の猛攻をみれば、右翼をのぞく中央と左翼が(ハリボテ)だと見抜かれていることに間違いはない。

 ヤンとムライの周囲では、HQ(ヘッドクォーター)(ファイブ)一〇(テン)から組み込まれたメンバーがTS(タイプスコードロン)へ指示を出している。

 

戦艦(BB)戦隊(スコードロン)は奇数番と偶数番で隊列を交互に入れ替えて戦列を維持せよ。防御力場(シールド)三〇%以下(オレンジ)になった艦は後退し防御力場(シールド)回復を優先。防御力場(シールド)五〇%(グリーン)に回復するまでは最前列に戻ることを禁ずる」

砲艦(GS)戦隊(スコードロン)は旧式艦の艦列の隙間から敵先鋒に砲撃せよ。砲撃後は戦果確認はせず速やかに陣地転換。常に動き続けるんだ」

「本日の空母(CV)戦隊(スコードロン)戦艦(BB)砲艦(GS)航宙燃料(エネルギー)結晶体(セル)反物質(アンチマター)磁法瓶(ポッド)を配達するのがお仕事です。馴れない作業で大変だとは思いますが働きアリのようにキリキリ走り回ってくださいね」

 

 ヤンの中に独楽鼠(こまねずみ)のごとく忙しく働く彼らをうらやましいという感情が浮かばなかったかというとウソになる。

 戦況が前線での殴り合いにまで進行してしまえば任務艦隊司令官であるヤンにできることはほとんどない。いや、ひとつしかない。これ以上は味方が持ちこたえられないというタイミングを見極め、戦線が崩壊する前に全軍撤退を命令するのだ。この決断だけは司令官以外の誰にもできない。だからヤンは何もせずその時を待つ。一秒ごとに敵と味方の命がすり潰されるのを見つめながら。

 それに比べれば目の前の戦況を逐次読み解いて指示をだし、一秒でも長く戦列を維持する作業のなんと気楽なことか。頭は使うが心はすり減らない。

 目が(よど)んできたヤンの前に紅茶が差し出された。受け取って一口すする。カップも茶葉も再生品(リサイクル)だが、気分転換にはなった。

 

「ピュロスの勝利という言葉がある。勝ちはしたが犠牲が多く得られるものが少ない勝利という意味だ」

 

 ヤンはHQ(ヘッドクォーター)一三(サーティン)のメンバー以外であれば艦隊司令官の精神が壊れたと疑いかねないほどの平板な声で虚空に向かってつぶやく。

 どうせ戦況が変化するまで待つしかないのだ。これくらいの心理的な逃避は許してもらいたい。

 

「同盟は帝国にピュロスの勝利を強いてきた。戦場で勝利するのは常に帝国軍。だがそれは、その後の出血を帝国に強いるためでもあった」

 

 戦場で勝利すれば、その星域は勝者のものとなる。

 しかしそれは獲得した星からただちに利益があがることを意味しない。資源であれ税収であれ占領地からの回収にはそれなりに手間がかかる。特に大事なのが治安と物流だ。

 同盟の狙いはそこにあった。

 帝国に明け渡した星域と帝国本領との間隙を狙った通商破壊を繰り返すことで、新領の運営が赤字になるようにしたのだ。

 帝国は勝利して星域を獲得するが、しばらくして赤字のため手放す。その繰り返しだ。

 

「一〇年ほど前から帝国軍の戦い方が変わってきた。勝利しても占領せず撤退する。その代わり撤退前に戦場となった星域のインフラを徹底的に破壊する」

「エル・ファシルがそうであったように、ですね」

 

 ヤンの背後から女性の声。情報参謀のフレデリカ・グリーンヒル中尉だ。

 ヤンは振り返ることなく、おさまりの悪い黒髪をかいてうなずく。

 

「エル・ファシルの戦いは同盟にとって完全な不意打ちだった。帝国軍はこちらの通商破壊部隊を真似た数十~数百隻規模の襲撃隊(レイダー)を使い複数の星系を同時に襲撃してきた。そしていったんは引いたとみせかけ、集結した襲撃隊(レイダー)を再編して二〇〇〇の艦艇で戦略的価値が高いと判断したエル・ファシル星系に迫った」

 

 エル・ファシル星系の第四惑星には同盟軍の補給(ほきゅう)(しょう)があった。原始惑星に設置された軌道エレベーター群を使い溶岩で覆われた根源(こんげん)泥海(でいかい)からSP(ショゴスプライム)混合液を吸い上げ、衛星軌道プラットフォームにある工業コンビナート群が航宙燃料(エネルギー)結晶(セル)を精製する。最盛期には同盟全体の航宙燃料の一割がエル・ファシル星系で生産されたほどの重要拠点だ。帝国との国境に近い星系にもかかわらず三〇〇万人の民間人が暮らしていたことからもその重要性はわかるだろう。

 だが、いかに重要拠点とはいえ五〇〇に満たない星系守備隊で襲撃(レイダー)隊二〇〇〇から守り切れるはずもない。

 エル・ファシル星系守備隊指揮官のリンチ大佐は出撃前に士官学校を出たばかりの若い中尉に補給(ほきゅう)(しょう)の防衛と民間人保護を命じた。

 

「わかりました。全力を尽くします」

 

 中尉は茫洋(ぼうよう)とした顔に緊張の色ひとつみせず、命令を受けた。

 そして作戦案のファイルをリンチ大佐にさしだした。

 

「つきましては、この作戦案に承認をお願いします」

 

 リンチはこの事態を予期してたかのような中尉の行動にまず唖然(あぜん)とし、続いて作戦案に目を通して愕然(がくぜん)とした。

 そこにはリンチと星系守備隊がいかに行動し、どのような結末を迎えるべきかまで詳細に書かれていたからだ。

 

「この案に従って行動すると、わたしと守備隊は逃げ回るだけで最後は敵に追い詰められて全滅することになるのだが」

「はい。ですが、星系中を逃げ回ることで時間を稼げます。その時間をいただければ、ここに書かれたとおり作戦は成功します」

「成功……か。これを成功といっていいのか? この作戦案では我らが守るべき第四惑星のエル・ファシル補給廠は失われる」

「そこはまあ優先順位の問題です。抵抗したところで帝国軍は我らを全滅させ、この星の補給廠を破壊して悠然(ゆうぜん)と撤退します。その結末はもう避けられません」

 

 他人事のような中尉の言葉に、リンチは思わず激昂(げっこう)して怒鳴りつけるところだった。しかし中尉の茫洋(ぼうよう)とした顔に浮かぶ強い意志と覚悟がリンチを止めた。

 

「だからこそ、救えるものをひとつでも多く救うべきです。わたしたちが軍に服務(ふくむ)したときに誓った言葉のとおりに」

「……我らは事に(のぞ)んでは危険を(かえり)みることなく全力で責務(せきむ)を果たし、もって同盟国民の負託(ふたく)にこたえることを誓う──ああ、そうだな。たしかに誓った」

 

 ()き物が落ちた顔でリンチは作戦案を承認し出撃した。そして還ることはなかった。エル・ファシル守備隊は星系中をできるだけ見苦しく騒々しく逃げ回り、ついには原始伴星近傍で帝国軍に補足され全滅した。彼らが生意気な中尉の作戦案の二倍近い時間を稼げたのは恒星のプロミネンスを利用した罠を帝国軍にかけようとした──そうみえるようにした──からだった。罠を見抜いた──つもりになった──帝国軍は恒星には近づかず慎重に間合いをとり、恒星に近づきすぎたエル・ファシル守備隊が猛烈な輻射熱に(あぶ)られ一隻、また一隻と恒星に飲み込まれるのを安全な軌道から見守った。

 守備隊の最後の一隻が恒星に呑まれるとき“勝利”を意味する旗旒(バースト)信号(シグナル)を放った。この事実は帝国軍襲撃(レイダー)隊の戦闘(アクション)詳報(レポート)として提出され、記録されている。

 守備隊が全滅したのち帝国軍がエル・ファシル星系でみたのは同盟軍自身の手で破壊された補給廠の破片をリングとしてまとう第四惑星だった。補給廠と共にあった民間人の居住コロニーも解体されており三〇〇万人の民間人の姿はどこにもなかった。

 衛星軌道に到達した帝国軍が第四惑星をスキャンしたところ、はたして高熱溶岩で覆われた根源(こんげん)泥海(でいかい)にいくつかの低温帯域がみつかった。三〇〇万人の民間人は居住コロニーを解体して作った即席のシェルターに避難していたのだ。

 地表と宇宙をつなぐ軌道エレベーターは残されていたが、小癪なことに宇宙側の低軌道駅を利用するには、まず補給廠の破片からなるデブリを掃宙する必要があった。

 エル・ファシルを制圧した帝国軍に時間と選択肢はあまり残されてなかった。

 時間をかければ同盟軍の救援部隊がやってくる。二〇〇〇の襲撃(レイダー)隊は小・中型艦ばかりであるから大型艦を含む正規艦隊に対しては勝ち目がない。

 撤退する前に軌道エレベーターを完全に破壊し、ついでに大きめのデブリのいくつかを隕石爆弾として地上に落とし三〇〇万人の“叛徒ども”を鏖殺(みなごろし)にする選択肢もあったが帝国軍の指揮官はそれを選ばなかった。本来の目的であるエル・ファシル補給廠の破壊は完遂してる。これ以上の殺戮には意味がない。速やかに撤退すべきであると。

 この決断をした襲撃(レイダー)作戦の指揮官は名をウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツといった。

 

「わたしは運に頼るのは嫌いだが、あのとき軌道上にいた帝国軍の指揮官がメルカッツ提督だったのは本当に幸運だったよ。地表爆撃はともかく軌道エレベーターを破壊するだけで民間人三〇〇万人を地表から脱出させるのはそうとうな時間と困難を伴ったからね」

 

 八年前には中尉だった男はかつてエル・ファシルの恒星に呑まれて作戦中行方不明(MIA)となったリンチと同じ階級となり、今はアスターテ星域を防衛すべく指揮を取っている。

 

「ですがメルカッツ提督はエル・ファシルの後すぐに退役しました」

 

 八年前にエル・ファシル星域にいた三〇〇万人の民間人のひとりだった少女はかつて自分を救ってくれた中尉と同じ階級となり、アスターテ星域での戦いの指揮を取る男の背を見つめている。

 

「退役というより失脚だね。メルカッツの勝利は帝国軍にとっても貴族たちにとってもありがたくないものだった。だけどもし帝国軍がエル・ファシルの戦いのような襲撃(レイダー)作戦を繰り返していたら同盟の戦争経済はいまごろ破綻していただろう」

 

 メルカッツの不運は彼が考案した襲撃(レイダー)作戦を最初のエル・ファシルでいきなり完成に近い形で成功させてしまったことにある。大軍を必要とせず、敵を討ち果たす栄誉もない襲撃(レイダー)作戦は、貴族にとって得るもののない戦いだ。

 

「帝国貴族にとって同盟に勝利することは手段であって目的ではない。名声を手に宮廷内の序列を上げることが目的だ。宇宙海賊まがいの襲撃(レイダー)作戦で苦労するくらいなら、その分を宮廷政治に注ぐさ」

 

 帝国軍にとって不幸なことに本領防衛の要として築いたイゼルローン要塞の存在も自由惑星同盟という“小癪な叛徒ども”への危機感を減じていた。帝国軍が莫大な予算と資源を投入して作り上げた鉄壁の要塞に、同盟軍はただの一度も挑まなかったのだ。文字通りの意味で“無敵の要塞”である。主砲開発計画が凍結されたのも(むべ)なるかな。

 

「半年前のティアマト星域の戦いは帝国軍にとって従来型の攻勢作戦の(すい)を凝らしたものだった。ミュッケンベルガー元帥は帝国軍の強さと栄光を喧伝(けんでん)することで、軍に対する貴族社会の支持を取り戻そうとした。結果はまだわからないが、わたしは完全な失敗に終わったと考えている」

「それはなぜです?」

「ローエングラム伯がこたびの遠征に単独で挑んでいるからだよ。門閥貴族は出費ばかりが(かさ)む同盟との戦いに興味を失っている。でなければ“生意気な金髪の孺子(こぞう)”──これは門閥貴族がつけた悪口のひとつだけどね──ひとりに名をなさしめる戦いを許可するはずもない」

「それは言い換えてみれば、帝国貴族にとって“叛徒ども”との戦いは勝って当然になっているわけですよね」

「不服かい?」

「いえ。この現状こそ同盟が建国以来二百六十九年の時をかけて求めたものであると思います」

 

 同盟という蟻が帝国という巨象と戦うには、敵を分断する必要があった。

 分断の対象は何か。貴族と平民か? 違う。その両者では力に差がありすぎる。

 分断するのは帝国という国家体制と貴族だ。中央と地方と言い換えてもいい。

 帝国には反乱討伐の建前があり、貴族には損だから関わりたくない本音がある。

 どちらも相手の理屈を否定しにくい現状こそが同盟にとってもっとも望ましい。

 

「わたしもそう思う。だからこそ、ローエングラム伯はここで止める。止めたい。……止められるといいな、と思ってる」

 

 ジリジリと押されまくる戦況を確認するヤンの口調が自信を失っていく。

 甘かったかもしれない。ここまでローエングラム伯が戦上手(いくさじょうず)だとは。

 戦線を支える同盟軍六〇〇〇のうち三〇〇〇は防御力場(シールド)を喪失して後方に下がっている。この戦いで回復できる見込みはない。残る三〇〇〇のうち一〇〇〇は無人の旧式艦で防御力場(シールド)など最初からもっていない案山子(かかし)の群れだ。大型艦なので物理的な壁にはなるが、戦艦の主砲が何発か命中すれば砕けてしまう脆弱な壁だ。

 防御力場(シールド)を展開する艦の数が減少するごとに、帝国軍の砲撃は残った艦に集中する。そして集中砲撃で防御力場(シールド)を急激に減衰させられた艦の中には、後方に下がる余裕のないまま撃沈に追い込まれるものが出る。

 ギリギリまで耐えられる陣形だからこそ、限界を越えた瞬間に一気に崩壊する。

 ヤンは(まぶた)を閉じる。眉間に縦皺が刻まれる。

 その時ヤンが、そして全員が待ち望んでいた報告が届いた。

 

+++++++++++

 

 帝国軍は勝利しつつあった。おおむね予定通りに。

 数で勝っている上に前方に火力を集中する陣形で戦っているのだ。勝利は当然だ。

 予定外だったのは今になっても同盟軍の防御陣を突破できていないことだ。

 

「楽しませてくれるではないか」

 

 ラインハルトは蒼氷色(アイスブルー)の瞳を輝かせて(つぶや)く。

 

「敵は後退の動きが滑らかですね。これだけ艦列を押し下げられてるのに隊列の組み換えに(よど)みがありません。加えて、無人と思われる旧式艦の動きにも遅滞がみられません」

「そうだな。そして無人艦の動きに遅滞がないということは、この戦況は敵にとって事前の想定通りということだ。こちらの手の内を読み切ってるからこそできる動きだ」

 

 ラインハルトはくつくつと笑う。

 

「つまり我が方は勝利しつつあるにもかかわらず、いまだ敵の手のひらの中で踊っているということだ。これはもう一波乱あるぞ、キルヒアイス」

 

 艦橋にいるキルヒアイスをのぞく参謀やオペレーターたちは、上機嫌な司令官(ラインハルト)の様子に安堵する一方、敵艦隊の動きによっては一波乱きそうなことの何が楽しみなのかわからないという風情(ふぜい)だ。

 もちろん、キルヒアイスはわかっている。ラインハルトの上機嫌な素振(そぶり)は本音であると同時に演技でもあると。自分と互角な敵(ライバル)の予感にラインハルトは(たかぶ)ってる。それは間違いない。同時にその敵が自分には読みきれない手札を伏せていることには苛立(いらだ)っている。この苛立(いらだ)ちは半ば以上が己の力量不足に対するものだ。(アンネローゼ)を奪われたあの日から、ラインハルトは常に高みを目指して生きてきた。それでも研鑽(けんさん)が足りなかったのかという苛立(いらだ)ち。

 キルヒアイスは不安を(かか)えている。己を磨き続けるラインハルトがいつか限界を越えて摩耗し折れてしまわないかと。

 キルヒアイスは希望を(いだ)いている。アンネローゼ以外に、ラインハルトの純粋で気高い魂を包んでくれる誰かが現れてはくれないものかと。

 もしかしたらそれはラインハルトの味方ではなく。敵として現れるのかもしれない。

 

「そうだ。敵の指揮官の名前はわかるか? 同盟はHQ(ヘッドクオーター)制度を採ってチームを分けて作戦を検討していると聞いたが」

「はい。今回の我らの攻勢に対しては、三つのチームが担当しています」

「チームリーダーは誰だ」

「ビュコック。ウランフ。そしてヤン。この三人のうちの誰が指揮官になったかはまだわかりません」

「前のふたりは知ってる。ビュコックは老練で手堅く、ウランフは猛将だ。ヤンという男は聞いたことが……いやまて。最近、誰かと話したことが……」

 

 ラインハルトは唇に指をあてて思い出そうとした。

 その時。

 

「敵艦隊に動きあり!」

「敵の旧式艦が前進を……いや、突進を始めました!」

 

 オペレーターの声とともに戦況が急激に動きはじめる。

 同盟軍六〇〇〇のうち一〇〇〇をしめる無人の旧式艦は、それまで鈍重な盾として同盟艦隊の戦列を構成していた。その盾を補う矛が砲艦(ガンシップ)だ。

 防御力場(シールド)の薄い砲艦(ガンシップ)は、旧式艦の戦列の後方から砲撃を繰り返すことで帝国軍にとって無視できぬ脅威となった。完全充足(ホワイト)防御力場(シールド)であっても一定確率ですり抜ける対消滅(ついしょうめつ)弾の威力は大きく、直撃すれば戦艦(バトルシップ)すら轟沈させうる。なので帝国軍は最前列の戦艦(バトルシップ)の艦首に“竹束”と呼ぶ増設装甲を取り付けて亜光速で撃ち込まれる反物質(アンチマター)磁法瓶(ポッド)を防いだ。

 帝国軍にとって同盟軍の砲艦(ガンシップ)は小うるさい存在だが旧式艦を排除しなくては手がだせない。そんな手間を無人の盾にかけるくらいなら、防御力場(シールド)に集中して飽和させた方が早い。

 そういうわけで戦列を突破寸前の戦況にあっても旧式艦のほとんどは無事だった。

 帝国軍は旧式艦を無視するように意識を誘導されていた、ともいえる。

 

「どうやら旧式艦は、こちらには見えない背面側に使い捨てのブースターを増設していたようです」

「センサー画面が乱れているぞ」

「ブースターの推進剤ガスを煙幕の代わりに使ってるのでしょう。旧式艦という盾を失った敵砲艦の狙撃も止まりました」

「いちいち小細工が好きなことだ。そういえばヤンという男には“エル・ファシルの手品師”という異名があったな」

 

 記憶から出てきた“手品師”は帝国側から敵将への評価だ。蔑称(べっしょう)としての意味合いが強いが、この言葉と共にヤンの戦い方をラインハルトに話してくれた元軍人は、“手品師”に肯定的な口調であったことを合わせて思い出す。

 

「思い切りのよい男だ。旧式艦を使い捨てにかかったからといって自棄(ヤケ)とは思えぬ。油断せず、一隻ずつ確実に沈めよ!」

 

 帝国軍の砲撃が飛び出してきた旧式艦に集中する。

 防御力場(シールド)の守りをもたない旧式艦は巨体を穴だらけにしながら突進を続けるも、やがては慣性駆動機関が停止して止まる。爆発はしない。元の役割が味方艦隊の盾だ。爆薬のような危険物を搭載してるはずはなかった。

 それでも帝国軍は油断せず、ラインハルトの命じた通り突撃を続ける旧式艦を仕留め続ける。

 半数の五〇〇隻が打ち砕かれた時点で、ラインハルトの手が肘掛けを強く握った。

 

「クソっ、してやられた」

 

 すぐにキルヒアイスも気づく。

 ラインハルトと視線をかわし、後方の味方に命令をだす。

 

「ドローン母艦を前進させてください。探査(プローブ)ブイを敵艦隊に向かって打ち込みます」

 

 海胆(ウニ)のようなドローン母艦が紡錘陣形の先端に進出して探査(プローブ)ブイを放つ。探査(プローブ)ブイはなおも前進を続ける旧式艦の艦列をすり抜け、打ち砕かれて宙に浮かぶ残骸の群れを横切り、増設ブースターが拡散させた煙幕を突破し、同盟艦隊のいる宙域へ──いたはずの宙域へ──至る。

 そこには何もなかった。

 正確にいえば、この宙域に同盟艦隊がまだいるようにみせかける欺瞞工作用の作業船がちらほらと残っていたが、反応からみてこちらも無人艦の群れだ。

 

「逃げた、か」

 

 同盟軍の鮮やかにすぎる撤退をみて、ラインハルトの頭の中に警報が鳴り響く。

 

(自分は何を見落としている──いや、何から目を逸らされている?)

 

 同盟軍の目的は、帝国の侵攻をここで止めることだ。

 そこに間違いはない。ラインハルトが間違っていたのは、同盟軍は戦場で自分を止めるつもりでいる、と考えたことだ。

 

(考えてもみよ。その前提がそもそもおかしい。敵艦隊は我が方の半数しかいないのだ。もしこの艦隊を指揮しているのが門閥貴族の凡庸な提督であったとしても艦隊戦で止められるはずがない。なのにおれは今この瞬間まで、同盟軍は戦場で雌雄を決するつもりだと疑うことなく思い込んでいた)

 

 なぜか。理由ははっきりしている。

 

(同盟軍がダゴンの包囲戦──分進合撃(ぶんしんごうげき)の動きをみせたからだ)

 

 最初はこちらの倍近い艦隊で包囲しようとしているのだと考えた。

 偵察でその多くが囮であると気づいてからも考えは変わらなかった。

 

(囮を使って大軍で包囲しているようにみせることで、我が方を戦わずして撤退させる。それが同盟軍の作戦だと考えた)

 

 だが間違っていた。

 先に撤退したのは同盟軍の方だった。

 その意味することはひとつ。

 同盟軍が狙っていたのは、最初からラインハルトではなかったのだ。

 ラインハルトと艦隊を足止めして時間を稼ぐ。それためだけの分進合撃であり、旧式艦の突進だった。

 ではその時間で、逃げた同盟軍は何をなそうというのか。

 

「後方の補給船団に退避するよう命令をだせ。また、我が艦隊から高速艦のみを編成して向かわせろ。急げ!」

 

 ラインハルトは命じる。

 だがその命令は、わずかに遅かった。

 

+++++++++++

 

 再び時を三ヶ月前に戻す。

 

「諸君。わたしに考えがある。賭けではあるが、ノってみないかい?」

 

 ハイネセンにある統合作戦本部の会議室で、HQ(ヘッドクォーター)一三(サーティン)のリーダーであるヤン大佐はいたずらっぽい顔で提案した。

 

「どのような賭けでしょうか」

 

 チームを代表してムライが仏頂面で聞く。

 同時に賭けにノる気満々の若い将校たちを睨みつける。

 

「そうだね。まずは現状の戦力でローエングラム伯に勝つ方法はない。その認識では皆が一致しているとみていいだろう」

 

 ヤンは会議においては基本的に聞き役だ。

 議論の内容はおおむね把握している。それは他のHQ(ヘッドクォーター)チームの議論についても同じである。

 

HQ(ヘッドクォーター)(ファイブ)のビュコック大佐もHQ(ヘッドクォーター)一〇(テン)のウランフ大佐もその解釈では同じだ。議論の対象となっているのは、どのように抵抗して星域を明け渡すか、という点だ」

 

 (ファイブ)のビュコックは宿将(しゅくしょう)らしい手堅い案を出している。

 帝国軍が侵攻する星域内に防備を固めた拠点を複数作り、数の不利を補おうというのだ。

 問題はどの星域が帝国軍に狙われるかが現時点ではわからない点にある。予測はたてられるが露骨に強化すれば攻勢直前に帝国軍が防備の弱い星域に攻め口を変える可能性もあった。そこでビュコックのチームでは旧式艦を改造した移動可能なトーチカの建造を検討している。帝国軍の侵攻まで一週間ほどの時間があれば、トーチカを異なる星域に再配置することも可能だからだ。

 一〇(テン)のウランフのチームは、旧式艦を使う点ではビュコック案と同じだが、より積極的な運用方法を検討している。旧式艦改造空母を航路上に隠蔽しておき、本隊は素通りさせ、偵察部隊や補給部隊などの勝てそうな相手だけを襲撃するのだ。

 こちらもどの星域が狙われるかは不明であるが、旧式艦改造空母の隠蔽と擬装だけであればトーチカと比べて資材は必要ない。時間も帝国軍の侵攻直前に人員と戦闘機隊だけを送り込むので素早く展開できる。

 ただし一戦すれば帝国軍に存在が露呈するので、改造空母も戦闘機隊も使い捨てとなる。人員だけ脱出して回収だ。

 

「どちらもよい案だとは思うが、懸念(けねん)がある。それは帝国軍が勝利のあと星域を占領せず、すみやかに撤退することを前提にしている点だ」

 

 ヤンの指摘に、全員が無言のまま頭に「?」(はてな)を浮かべた。

 しばらくして、全員を代表してムライが問いかける。

 

「帝国軍が勝利のあとで星域を占領するのは我が方としては願ったりではありませんか。国境沿いにある低開発星域はどこも人口が希薄で産業もありません。帝国にとっては占領する旨味が少なく、同盟にとっては通商破壊で帝国の力を削り取るよい機会です」

 

 ムライの言葉に、今度は全員が無言のまま「!」(うん、そう)を浮かべた。

 帝国が占領し、同盟が奪還する。最初の衝突以来、同盟と帝国の戦いは長くこの繰り返しだった。初期には新星域を占領するたび、功のあった提督に星域の名を冠した爵位を授けたほどである。この時期の帝国の浮かれぶりがうかがえる逸話だ。

 近年になり、あまりに占領の旨味がないことに(ごう)を煮やした帝国軍は占領政策を捨てインフラ破壊に専念するようになったが、それも八年前のエル・ファシルの戦いで出鼻を(くじ)かれた形になり、おざなりなものとなっている。

 先のティアマト星域の戦いにおいても勝利した帝国軍はデモンストレーションのように星域を一巡し、目についた同盟の武装ステーションを破壊して去っていった。同盟側も心得たもので近年は破壊されることを前提に無人で中身は簡素だが外見は派手な武装ステーションを作っている。帝国軍(ゆうしゃ)に退治される“ボスキャラ”として。

 

「うん。その通商破壊だ。我が同盟軍は通商破壊戦に力を注いだ編成になっている。帝国に国力で劣る以上、正面から艦隊決戦しても勝てないからね。我々にとって通商破壊でなら帝国に勝てずとも負けないのは疑問の余地がない大前提となっている」

 

 ヤンは制御卓を操作して星図を投影した。

 帝国本領と同盟領の間には大きな間隙がある。

 “長征一万光年”。帝国の脅威を流刑囚として文字通り身をもって知っていたからこそ、自由惑星同盟は帝国領から遠く離れた辺境の、さらに無人の星域の彼方(かなた)に建国した。

 その判断が正しかったことは最初の接触から現在に至るまで二〇〇年近く同盟の主要星系が帝国軍に占領されていないことからもわかるだろう。

 

「通商破壊重視戦略を支えてくれたのがイゼルローン回廊の存在だ。帝国本領からは長距離ワープで超えることができない銀河系の隘路(あいろ)だ。こことフェザーン回廊はどちらも超光速航行を阻害しており、長距離ワープによる艦船の往来を妨害している」

 

 ヤンは同盟領とイゼルローン回廊との間にある星域を黄色のエリアで示してみせた。

 ティアマト星域や、アスターテ星域、アルレスハイム星域、エル・ファシル星域などの星域が散らばっている。

 これらは一応は自由惑星同盟の領土という形をとっているが、居住星系はまばらで、産業はなきに等しく、取られてもさほど害はない。特殊な資源を産出するがゆえに補給廠が建設されていたエル・ファシル星域は数少ない例外だったが、八年前の襲撃以降はエル・ファシルも補給廠は再建せず無人工場群のみが稼働する採掘中心の施設になっている。

 

「黄色で色付けした狭間にある星域群には超光速航行を阻害する障害はない。わたしたちがこれらの星域をあえて利用しないのは、帝国軍に占領させて通商破壊戦を行うためだ。天然の焦土作戦(しょうどさくせん)といってもいい。さて、ここで視点を変えてみよう」

 

 同盟領が青、帝国領が赤で表示されていた星図の色が反転する。

 

「今のわたしたちを帝国軍のローエングラム伯の作戦参謀だと仮定しよう。この状態で、帝国軍はどう作戦をたてるべきだろうか」

 

 ヤンが言葉を切るが、意見を口にするものはいなかった。

 しばらくして、フレデリカ・グリーンヒル中尉が手をあげる。

 

「その場合、ローエングラム伯の目的はなんでしょう?」

「うん。よい質問だ。ティアマト星域の戦いで武功をあげたミューゼル提督は階級は大将のままローエングラム伯の名跡(みょうせき)を継いだものの領土を得たわけではない。これが彼にとっては不満であったと仮定する」

「つまりティアマト星域の戦いを上回る規模の、誰の目にも明らかな勝利が必要なわけですね」

「それは……」

「けっこうな無理難題ですね」

 

 アッテンボローが手をあげた。

 

「ハイネセンです。首都を狙いましょう」

「はあっ?!」

「無理すぎる」

「帝国でも同盟でも無理だと考えているからこその狙い目ですよ。別に占領しようってわけじゃないんです。通りすがりに爆弾の一発でも落として帰ればいいだけです」

「だけってなんだよ。そんな無茶な遠征じゃ、そもそも補給が続かない」

「それに我が同盟だってハイネセンの守りには力をいれてる。アルテミスの首飾り計画は予算の都合でなくなったが旧式の要塞群があって……いや、なくなったのか」

「最後の一基が解体されてティアマト星域に運ばれ、帝国軍に破壊された」

「代わりの防衛計画がこのファイルに……こいつは指針だけだな。こっちは……検討中か」

 

 ヤンがぱちぱちと拍手する。

 

「アッテンボロー少佐の意見には、いかにもローエングラム伯らしい外連味(けれんみ)がある。兵は詭道(きどう)なりともいうしね」

「どうも」

「だけど作戦としては失格だ。同盟軍が判断を間違い続ける前提に頼りすぎる。狙いがハイネセンだと見抜かれた瞬間に帝国軍は手詰まりになる」

 

 その後もいくつかの案が出されたが、いずれも論破されて終わる。

 

「では、わたしの考えをいおう」

 

 頃はよしとみて、ヤンが自分も手をあげる。ムライが指名するのを待ってから口を開く。

 

「わたしは帝国軍は恒久的な同盟領の占領を狙うと思う。そのためにはこちらの通商破壊を無力化する必要がある。なので帝国軍は艦隊戦に勝利したあと、星域内にゲートを敷設しようとするだろう」

 

 ヤンはイゼルローン回廊から同盟領の中心へ伸びる航路に、ゲートのマークを置いた。

 ゲートには複数の種類がある。もっとも高性能な転移ゲートであればワープ能力をもたない船や船ですらないコンテナや小惑星の類であっても超光速(Faster Than Light)で転移させることができる。

 ヤンがマークで示したゲートは周囲の空間歪曲率を下げて転移座標を整えるワープ専用の宇宙灯台のような施設だ。似たものは同盟側も使っており、帝国軍の侵攻があるたびに同盟軍が長距離ワープで素早く進出するために使っている。

 

「これまではイゼルローン要塞が帝国にとっての策源だった。同盟領に攻め込む艦隊はすべてイゼルローン要塞で補給を整えて出撃した。だからイゼルローン回廊周辺の星域でしか戦いは発生しなかった。同盟もそれらの星域を低開発に留め、民間施設に被害がでないようにしてきた」

 

 ゲートのマークをもつ星域を点滅させて強調する。

 

「ゲートの設置はその前提を覆す。帝国軍はここを新たな策源として出撃できるようになる。周辺星域はすべて危険エリアだ。民間施設は疎開をよぎなくされる。さらにこれを放置すれば、帝国軍は新たなゲートを敷設して前進を繰り返すだろう」

 

 ひとつ。ふたつ。みっつ。

 イゼルローン回廊からみっつのゲートを敷設した先にある表示をみて皆が絶句する。

 ハイネセン。自由惑星同盟の首都惑星があるバーラト星系が指呼(しこ)の距離にあった。

 ヤンがくつくつと笑う。

 

「もったいぶってすまなかったね。アッテンボロー少佐がハイネセン強襲案をだしたので見抜かれたかなと思ったんだけど、そうじゃなかった時には少しホッとしたよ」

「もったいぶって当然ですよ。まさかこんな手があるとは……これ一箇所ゲートを設置するだけで、わたしが出したハイネセン強襲案の成功確率がぐっとあがりますよね」

 

 それまで議長役として沈黙を守っていたムライが強い口調で割ってはいった。

 

「それどころではないぞ。ゲートの敷設がひとたび成功すれば帝国軍は投機的な作戦にでる必要がなくなる。ゲート先の星域を前進拠点に帝国軍が通商破壊に力を入れれば今度こそ同盟経済は破綻する。すべての民間船に長距離ワープ能力をもたせることも、主要航路のすべてに転移ゲートを設置することも現実的ではない」

 

 ムライが青ざめた顔をヤンにむける。

 

「ヤン大佐。これは同盟の最高評議会にかけるべき議題です。今後も帝国軍の攻勢が続くかぎり、ゲートはいつか設置されます。もし来たるローエングラム伯の攻勢がゲート敷設狙いでなかった場合でも、何か手を打たねば同盟存亡の危機です」

「うん。そのとおりだ。でもまずは目の前の攻勢をしのごう」

 

 ヤンはムライをなだめるとアッテンボローに向き直る。

 

「アッテンボロー。君に一〇〇〇隻をあずけ、分艦隊の指揮を任せる」

 

+++++++++++

 

 HQ(ヘッドクォーター)一三(サーティン)のアッテンボロー少佐は分艦隊指揮官として六〇〇〇隻の艦艇のうち一〇〇〇隻を預けられることとなった。しかも、その一〇〇〇隻は自分の好きに選んでよいというのだ。尊敬するヤン“先輩”からの厚い信任にアッテンボローは奮い立つ。だが天高く舞い上がったアッテンボローの士気は副官にビュコック大佐をつけられたことで一息に崩落(ほうらく)した。

 

「大佐が分艦隊指揮官で、小官がその補佐になるという手も……」

「それはいかん。HQ(ヘッドクォーター)制度を台無しにする気か。独立行動する分艦隊指揮官は不測の事態があったときには他のメンバーに頼ることなく自分ひとりで決断せねばならん。さらには、おぬしのその決断をチームの他のメンバーが些細な変化から読み取れる必要もある。ここで重要なのはグループで培った阿吽の呼吸(チームワーク)だ。こればかりは経験や才覚で補えるものではないぞ」

 

 ビュコックは声を荒げることなく静かな口調でアッテンボローを(さと)した。

 アッテンボローの背がしゃん、とのびる。

 

「はっ、申し訳ありません。小官が甘えておりました」

「もちろん出撃前であれば、わしに頼るのもよかろう。どれ、編成案をみせてみい」

 

 アッテンボローが(うやうや)しく差し出したリストをビュコックは眼鏡をかけると図上演習における試験官のように慎重にチェックする。

 

「ふむ。戦艦(BB)戦隊(スコードロン)はなし。足の長い巡航艦(CL)戦隊(スコードロン)が主力だな。駆逐艦(DD)戦隊(スコードロン)は機雷除去モジュールや対宙砲モジュールを装備可能な護衛型。空母(CV)が四個戦隊(スコードロン)含まれるが、戦闘機隊を搭載するのは一個のみで残り三個は工作艇を搭載し機雷敷設艦や工作艦として運用する。そして最新鋭の潜宙艦(SS)が二個戦隊(スコードロン)……なるほど。この分艦隊の狙いと戦い方がみえてくる編成じゃな」

「偏りすぎましたかね」

「なに。分艦隊に求められる役割を考えれば、このくらい偏って当然だとわしは思う」

 

 帝国軍の大規模な艦隊が同盟領に侵入。

 イゼルローン回廊の同盟側を哨戒する部隊から通報が入るや、準備を整えていた分艦隊はヤンの本隊よりも先に出撃した。長距離ワープを繰り返して前進するうちに帝国軍の数は一万隻、目標がアスターテ星域だと伝わる。

 

「アスターテ星域か。資源もなく無人の星域だ。前進拠点としてのゲート敷設にはうってつけじゃな」

「放浪惑星がたくさんありますからね。大規模な補給船団を隠すにはよい場所です」

 

 本隊に先駆けてアスターテ星域に到達したアッテンボローの分艦隊がまず始めたのは、自軍の潜伏である。所在だけでなく、存在そのものを隠蔽する。

 一〇〇〇隻規模の分艦隊の存在が露呈した瞬間、作戦のすべてが破綻するからだ。

 ヤンの本隊がやたらと派手に分進合撃の動きをみせたことも、分艦隊から帝国軍の意識を逸らさせる役目を果たした。

 

「ここからは時間との競争じゃな」

「はい。こちらが帝国軍の補給船団を見つけるのが早いか。ヤン先輩が帝国軍を支えきれずに撤退するのが早いか」

 

 分進合撃する三梯団は、帝国軍に位置を知らせる目的もあって積極的に偵察を行った。これらが偵察したエリアに帝国軍の補給船団が見つかるはずもないが、分艦隊にしてみれば、手持ちの偵察部隊を「送らなくていい」エリアが広がる意味でも助かった。

 

「ヤン大佐は打ち手が多彩というだけでなく一手にこめられた意図が多いのも特徴じゃな」

「そうなんです。ヤン先輩はすごいんですよ。これは士官学校時代の話なんですけどね……」

 

 藪蛇(やぶへび)である。熱く語りはじめるアッテンボローにビュコックは苦笑いする。だが決して見つかってはならない分艦隊では待つのも仕事だ。

 やがて分艦隊の偵察部隊から、怪しい放浪惑星をみつけたという報告が届く。

 周囲を機雷群に囲まれているのだ。

 

「機雷群に囲まれた放浪惑星か……どう思います? 補給船団がいるか、いないか」

「わからん。こちらを釣り出す撒き餌という可能性もあるな」

「疑おうと思えばきりがないか……よし、やります。分艦隊、出動せよ」

 

 思い切りのよいアッテンボローの決心に、ビュコックは彼を分艦隊指揮官に選んだヤンの狙いを読む思いだった。機雷群が引っ掛けだとしても有力な同盟分艦隊の出現は必ずや帝国軍を動かす。ヤンという男は相手を積極的に揺さぶりできた隙を狙う戦い方を得意とする。裏も表もなくただ手堅いだけの指し手より、策が多い指し手の方を好むのだ。

 ビュコックは自分が「ただ手堅いだけの指し手」である自覚がある。アッテンボローの副官にビュコックが選ばれたのもバランスを取るためとみて間違いない。

 

(どこまでも用意周到。たいした男じゃ“ヤン先輩”は)

 

 同盟分艦隊は放浪惑星の機雷群を除去する前に周囲に自分たちの機雷群を撒いた。

 同盟分艦隊の存在を知った帝国軍の本隊が輸送船団を救出するためやってくるのは確定である。機雷群で足を止め、あるいは迂回させて時間を稼ぐのだ。

 機雷群を除去しつつ、同盟分艦隊は放浪惑星が浮かぶ宙域(エリア)へと入っていく。

 

「見つけました。放浪惑星WXC二一二七です」

 

 一般に惑星は恒星の周囲を公転する軌道をもつ。

 恒星が複数ある場合や恒星の軌道に大きな惑星が複数ある場合は万有引力による綱引きが繰り広げられる。そしてたまさか綱引きのあげく勢いあまって(はじ)かれた惑星が恒星の公転軌道から離脱し、そのまま恒星間宇宙へと飛び出すことがある。恒星をもたない惑星を放浪惑星と呼ぶ。

 放浪惑星WXC二一二七もそうやって誕生した。

 二〇億年ほど前に原始恒星系を包むガス雲の中で生まれ周囲を漂う微小惑星を吸い込みながらすくすくと育った岩石惑星は、もしもハビタブルゾーンという一等宙(いっとうち)を占めることができたならば生命が誕生する惑星となれたかもしれない。しかし、惑星の公転周期のすぐ外には質量が恒星にも匹敵しようかという巨大ガス惑星がいた。伴星の地位を求めて貪食(どんしょく)する巨大ガス惑星との不幸な接近遭遇が何度かあり、惑星の軌道はすっかり楕円に歪められてしまう。

 そこからは天文学的な必然であった。何億年もの間、何度も巨大ガス惑星や巨大氷結惑星に引っぱられた岩石惑星は、とうとう恒星の周囲をめぐる軌道から弾き出されて漆黒の恒星間宇宙へと漂いだすことになる。放浪惑星WXC二一二七の誕生である。

 それからの八億年を放浪惑星は黒体輻射の凍てついた銀河空間を旅して過ごした。恒星系から旅立つ前に中心核をもつサイズまで成長できたのが幸いであった。恒星からの電磁輻射という恵みを受けられなくなった放浪惑星は自重で押しつぶされた中心核からもたらされる熱エネルギーでわずかな暖をとる。八億年の間に惑星表面は冷えて分厚い氷に覆われたが、氷の下には地熱で溶けた水を(たた)えた惑星内海が広がっている。

 

「帝国の輸送船を見つけました。高度一キロメートル」

「一といったか?」

「はい。一〇〇〇メートルです」

「一隻単位で惑星表面を飛んでます」

「観測範囲にある輸送船だけで八〇〇隻。惑星の裏側も含めると一〇〇〇隻はこえているもよう」

 

 放浪惑星WXC二一二七に大気はない。かつてはあったが今はすべて凍りついて地表に積もっている。それゆえ第一脱出速度さえあれば空気抵抗で惑星に落ちることなく高度を維持できる。

 それでも多少の起伏や割れ目はある。鈍重で角ばった輸送船の巨体が秒速一〇キロメートルを超える速度で高度一キロメートルを舐めるように飛びかう姿にはだまし絵めいたものがあった。

 

「帝国艦の中にゲート敷設用の工作船はいるか?」

「見える範囲にはいません。放浪惑星WXC二一二七の表面に走っている裂溝(クレバス)のどこかに潜んでいるものと思われます」

「そして護衛艦もみあたらず、か。敵はよほどの手練れじゃな」

 

 これまでの戦争で同盟軍が通商破壊戦の経験を積んだように、帝国軍もまた護衛戦のプロフェッショナルである。船団護衛という裏方仕事を好む貴族はいないから平民出身の指揮官が限られた予算と装備をやりくりしてなんとかしてきたのだ。

 アッテンボローは赤毛の髪をくしゃくしゃにして苛立ちを抑えると、分艦隊の全艦に通じる通信を開いた。

 

「分艦隊指揮官アッテンボローだ。放浪惑星WXC二一二七の表面をこれみよがしに飛んでいる輸送船は低価値(Low Value)目標(Target)だ。ゲート敷設用工作船のような高価値(High Value)目標(Target)は惑星のどこかに隠れている。護衛艦の姿もみえないが、こちらも潜んで不意打ちの機会をうかがっていると考えられる。時間をかけていいなら遠距離からちまちま砲撃して輸送船をすべて沈めたあと、近づいて惑星表面をスキャンして隠れている敵を見つけたいところだが、我々にはその時間がない。よって敵の罠を力ずくで突破する。危険ではあるが諸君の奮闘を期待する」

 

 副次的(コラテラル)損害(ダメージ)はアッテンボローが一番嫌いな言葉だ。この世に「失われてもしかたない生命(いのち)」があってたまるかと思う。生命に貴賤(きせん)はない。高価値(High Value)目標(Target)低価値(Low Value)目標(Target)という言い回しも不愉快だ。虫唾(むしず)が走る。

 それでも今は時間が惜しい。帝国軍の策で被害が出ることを許容しても勝利をめざさねばならない。嫌でたまらないことなのに、なぜ自分は自信満々なそぶりをしてまで部下に命じているのか。味方の命は惜しいが敵の命はどうでもいい偽善者だからか。それはそうだ。でもそれだけではない。

 

(この役をおれがやらなければ、おれの代わりを誰かにやらせることになるからだ)

 

 指揮権とはババ抜きのババだ。己で選んで引いたカードだ。望んだものとは違っても、誰かが自分の手札から引いてくれるまで、持ち続けるしかない。

 

「ビュコック大佐。巡航艦(CL)による地上砲撃の指揮をお願いします。わたしは長楕円軌道にある氷衛星群に向かいます」

「どの群れだ? ふむ、どれも軌道が若いな……隕石爆弾に使うか」

「はい。氷塊を切り出し、ある程度の目星をつけた場所に落とします」

「わかった。こちらは任せろ」

 

 手早く打ち合わせをすませ、ふたりは別れた。

 ビュコックは巡航艦(CL)戦隊(スコードロン)を集中して高度一万キロメートルの中軌道に配置した。惑星表面を飛び交う輸送船に向けた射程一万キロメートルの砲撃は巡航艦(CL)の主砲にとっては近距離だ。

 戦隊(スコードロン)ごとに八箇所に分散して惑星のどこに標的がいても砲撃可能な方が効率的ではないかという案が砲術科からだされたが、ビュコックは却下した。

 

「分散は効率的だが脆弱だ。今は敵の護衛隊がどこに潜んでいるかがわからん。面倒でも集中して一隻ずつ沈めていく」

 

 中軌道から見下ろす惑星表面は可視光でみると闇の中に沈んでいる。

 闇の中に小さな光が(またた)いた。巡航艦(CL)の砲撃のうち外れたものが地表を覆う氷に命中したのだ。

 大きな光が生まれ、線香花火のように散った。飛び散る電磁放射を巡航艦(CL)のアンテナが拾いスペクトル分析される。

 

「輸送船一隻撃沈! 爆発には窒素や炭素が多く含まれていました。糧食を運んでいたようです」

 

 ビュコックは最初に撃沈された輸送船の端末で再生し、動きを確認した。回避行動はしているが主機関を使ったものではない。無人だとビュコックは判断し、戦術AIも同意する。主機関を動かし続けるには人の手が必要だ。プログラムだけで回避行動するには主機関を使わずに動かせる姿勢制御用スラスターに頼る他ない。輸送船を高度一〇〇〇メートルに軌道にのせたあと、乗員は脱出したのだ。

 沈んだ敵艦が無人であったことに安堵してしまう自分を(いまし)めるように、ビュコックは鼻を鳴らした。敵兵を無為に殺さなかったことに安堵していいのは勝った後だけ。今はひたすら勝利を目指すのみ。

 同時に、自分が食いつかされているのが疑似餌(ぎじえ)であることを再認識する。

 

「こちらが気づいていることを見抜かれてはならん。砲撃の手を緩めるな。容赦なく沈めよ!」

 

 宇宙を孤独に漂う放浪惑星WXC二一二七だが、今は共に旅する家族が増えている。小さな氷の衛星の群れだ。これらは地熱の力で時に発生する巨大噴火で吹き上げられた水や岩石が宇宙空間で冷えて固まったものだ。ほとんどは百万年と経たずに再び母なる放浪惑星に落下するが、いくつかは衛星として軌道にのっている。

 同盟軍の空母(CV)駆逐艦(DD)を護衛に氷衛星群に近づくと、氷の中に仕込まれていた機雷が一斉に起爆。周囲に拡散する水蒸気が広がった。

 

「来るぞ!」

 

 アッテンボローの言葉と共に、一瞬で消えゆく水蒸気を煙幕に、帝国軍の護衛艦が飛び出してきた。ありったけのミサイルが同盟軍の空母(CV)に集中する。

 同盟軍の駆逐艦(DD)が前進し、ミサイルを迎撃する。

 

「敵の数に比してミサイルの数が多いな」

「自分たちが運んでた補給物資に手を出したんでしょう。護衛艦の表面に剥き出しのランチャーが外付けされてます。危険だろうに勇敢なヤツらですよ」

「だが無謀だ」

 

 同盟軍駆逐艦(DD)の攻撃でランチャーが誘爆し、一瞬で火球に変わる帝国軍の護衛艦をみてアッテンボローがいう。

 

(ここまでは読み通り……だが、本当にそうか? 何か見落としてないか?)

 

 ゲート敷設工作艦を放浪惑星WXC二一二七の裂溝(クレバス)に隠すほど用意周到な帝国軍の護衛隊指揮官が同盟軍が愚直に裂溝(クレバス)ひとつひとつを探して回ると考えたとは思えない。目星をつけた後は氷衛星群の軌道を動かして隕石爆弾に使い、裂溝(クレバス)ごと埋めてしまおうとするのは予測の範疇であったろう。

 だから伏兵を隠すのであれば、氷衛星群の中だ。

 では、その伏兵で帝国軍は何を狙うか。それを破壊すれば隕石爆弾を作れなくなる艦だ。工作艦か工作艦の代わりができる空母(CV)だ。それを裏付けるかのように伏兵が放ったミサイルが集中したのは空母(CV)だった。

 

(では、あのミサイルは本当に帝国側の切り札か? あれで空母(CV)を沈めることができると帝国軍の指揮官は考えたのか?)

 

 否。

 こちらに護衛の駆逐艦(DD)の数がもっと少なければ可能性はあったが、それは同盟軍指揮官、ここではアッテンボローが空母(CV)に十分な護衛をつけない粗忽(そこつ)者である前提が必要となる。敵が、そんな希望的観測に頼った伏兵を仕込むはずがなかった。

 

(敵の本命の伏兵はまだ出ていない。どうやれば使わせることができる?)

 

 アッテンボローは考え、迷い、決心する。

 

+++++++++++

 

「敵の空母(CV)が氷衛星γ(ガンマ)に接近しています!」

 

 できたばかりの臨時戦闘指揮所に動揺が走る。

 氷衛星γ(ガンマ)こそ、彼らがいる場所だからだ。

 

「落ち着け諸君。我々が見つかったわけではない」

 

 眠そうな眼の指揮官の言葉に、皆が落ち着きを取り戻す。

 

「彼らの狙いは我々ではない。我々と同じくγ(ガンマ)の氷を使いたいのだ。切り出して軌道を変え、隕石爆弾として放浪惑星WXC二一二七に落とすつもりだ」

 

 再び司令部がざわつきはじめる。

 

「隕石爆弾を落とされたら裂溝(クレバス)に隠れてる味方はどうなるんだ?」

裂溝(クレバス)が崩れたら全滅だ」

「それだけじゃない。沸騰した惑星内海から高温高圧の蒸気が裂溝(クレバス)の底から噴き出すぞ」

「そんな! みんな死んじゃうよ!」

 

 緊張と不安で作業の手が止まった者たちを、今度はくすんだ金髪の副官が元気づける。

 

「大丈夫。まだ時間はある。我々は我々にできることをしよう。準備作業を進めるんだ」

 

 副官が作業進捗表をもって指揮官に近づく。副官の緑色の“軍服っぽい”服装をみて、指揮官は自分に付き合ってくれた青年士官への感謝の思いを新たにする。

 

「シュナイダー……くん。動揺を静めてくれてありがとう」

「みな技量は高いのですが、覚悟というか度胸が足りていません」

「仕方があるまい。この作業は戦いが終わって占領した後にやることだったからな。それに本来彼らは帝国軍人ではないのだ……いや、それをいうならわたしもか」

 

 指揮官も着ている緑色の“軍服っぽい”服は翠森(グリューネワルト)警備保障という民間()軍事()会社()のものだ。銀河帝国の会社ではなくフェザーン自治領(ラント)にある私企業である。

 

「階級など関係ありません! メルカッツ提督は今も栄光ある帝国軍人です!」

 

 シュナイダー元少佐は力強く、そして誇らしく宣言する。

 

「ありがとう」

 

 面映ゆい思いで細い両眼をさらに細め、メルカッツ元大将は礼をいう。

 エル・ファシル星域の戦いの後、メルカッツは帝国軍を退役した。それが奇妙な運命のめぐり合わせのもと、ふたたび戦場に立っている。

 天井から低い振動が伝わってきた。衛星γ(ガンマ)の表面に隠れていたワルキューレ単座式戦闘艇が飛び立ったのだ。一機。また一機。切り出した氷の板にワルキューレをのせ、ありあわせの炸薬で打ち出す。すべて補給物資を流用しての間に合わせだ。不意打ちにはなったが相対速度は小さく空母(CV)までの距離は遠い。ワルキューレ隊は護衛のスパルタニアン単座式戦闘艇に迎撃され、奮戦むなしく全滅する。

 メルカッツは瞑目(めいもく)して貴重な時間を稼いでくれた勇敢な魂がヴァルハラに迎えられることを祈る。

 

「作業完了しました! “七人の小人”(Sieben Zwerge)、全艦出撃できます!」

 

 退役したメルカッツがいつの間にか社長にされていた翠森(グリューネワルト)警備保障は計画だけ残して消えた帝国軍と同盟軍のプロジェクトを買い取り、工夫を凝らして実用化した会社だ。

 

「よし、砲撃陣形を組め」

 

 氷衛星α(アルファ)β(ベータ)γ(ガンマ)δ(デルタ)ε(イプシロン)ζ(ゼータ)η(イータ)の七つの氷衛星が一斉に動き出す。

 “七人の小人”(Sieben Zwerge)は同盟軍の“アルテミスの首飾り”が原型となった戦闘衛星だ。工期短縮を優先した結果“アルテミスの首飾り”計画にあった武装のほぼすべてがなくなり、コストカットを優先した結果“アルテミスの首飾り”計画にあった装甲は氷衛星の氷に置き換えられた。表面に反射コーティングは塗ってあるが気休めだ。

 それでも直径一〇キロメートルになる氷の塊だ。四八〇〇万トンになんなんとする巨体を止めるのは容易なことではない。

 同盟軍が手をこまねいている間に、巨大な氷の塊は砲撃陣形を組む。β(ベータ)からη(イータ)までの戦闘衛星が六角形を作り、その中心に戦闘衛星α(アルファ)を置いたものだ。

 

“氷界の槍”(ニブルヘイムシュペア)を投射せよ」

 

 六基の戦闘衛星からのエネルギーが中心にいるα(アルファ)へ集まる。エネルギーをチャージした戦闘衛星α(アルファ)は戦艦の主砲を何百本も束ねた強烈な光の塊を発射した。

 光が直撃した同盟軍の空母(CV)が溶け崩れ、轟沈する。同じ戦隊(スコードロン)の他の空母(CV)も無傷ではすまない。溶けた格納庫を切り離して誘爆を避け、漂いつつ去っていく。

 “氷界の槍”(ニブルヘイムシュペア)は帝国軍がイゼルローン要塞の主砲として考案した“雷神の槌”(トールハンマー)が原型となった兵器だ。こちらも工期短縮とコストカットを優先した結果、六基の戦闘衛星からのエネルギーを集約して発射する要塞砲となった。

 

「やりました! 空母(CV)一隻を撃沈! 空母(CV)三隻を無力化しました!」

「よし、次の空母(CV)戦隊(スコードロン)を狙え」

α(アルファ)はもう使えません。陣形を変更しβ(ベータ)と配置を換えます」

 

 要塞砲を発射した引き換えに自重の半分の氷を失った戦闘衛星α(アルファ)が内部構造をむき出しにしてβ(ベータ)の位置へ移動する。

 威力と工期短縮とコストカットのすべてを満たすため“氷界の槍”(ニブルヘイムシュペア)は排熱機能を持たない。余剰熱はすべて砲身となった戦闘衛星側で引き受ける。発射は戦闘衛星一基につき一発が限界だ。

 二発めの“氷界の槍”(ニブルヘイムシュペア)が放たれ、空母(CV)戦隊(スコードロン)を吹き飛ばした。

 

「これでふたつ。残りふたつの空母(CV)戦隊(スコードロン)を沈めれば敵軍に隕石爆弾を作る(すべ)はなくなります」

 

 シュナイダーが意気込む。

 厳密にいえば空母(CV)搭載の工作艇がなくとも隕石爆弾は作れる。しかし、作業時間は何倍もかかる。隕石爆弾が作られる前にラインハルト率いる本隊が戻ってくれば帝国の勝利だ。それも、この場かぎりの戦術的勝利ではない。ゲートが完成すればアスターテ星域を恒常的に帝国領にできる。ここが同盟領の喉元に刺さった骨になる。これまで銀河帝国をさんざん悩ませてきた通商破壊戦に、攻守ところをかえて自由惑星同盟が苦しめられることになる。

 八年前のエル・ファシルでは実現できなかった戦略的勝利に手が届いた。

 メルカッツがそう思ったとき。

 連続した爆発が戦闘衛星α(アルファ)の表面で炸裂した。

 

+++++++++++

 

 戦闘衛星α(アルファ)が対消滅の(ほむら)に包まれる。“氷界の槍”(ニブルヘイムシュペア)を使った代償に不死性を失った霜の巨人(ヨトゥン)はあっさりと陥落した。

 戦闘衛星α(アルファ)を落としたのはアッテンボローが座乗する潜宙艦(SS)の青No.(ナンバー)戦隊(スコードロン)所属、青〇七だ。一戦隊(スコードロン)七隻で編成される。

 

「やったぞ!」

「ざまあみろ! おまえらに沈められた空母(CV)の仇だ!」

 

 潜宙艦(SS)は特殊なステルスフィールドを展開することで電磁波や重力波などのあらゆる波を吸収し、敵に探知されない。そのかわりステルスモードでは自由に動くことができず慣性の法則に従う。

 それゆえ潜宙艦(SS)戦隊(スコードロン)は味方の空母(CV)戦隊(スコードロン)から離れた位置に潜んでいた。

 アッテンボローが潜宙艦(SS)を動かしたのは帝国軍が“七人の小人”(Sieben Zwerge)で砲撃陣形を組んだのを観測した後だ。陣形を組んでいるなら未来位置も特定できる。ステルスフィールドを切って加速。必要なベクトルを獲得して再びステルスモード。肉薄して大型対消滅弾を発射、即、ステルスモードで離脱。潜宙艦(SS)はステルスに特化しているため性能は他の艦種に劣る。火力もそうだ。砲塔にエネルギーを回す余裕がないから、攻撃手段はミサイルなどの投射兵器に限られる。

 

「赤No.(ナンバー)戦隊(スコードロン)の動きはどうだ?」

「もうすぐです。こちらより目標の位置が遠かったのでその分だけ時間がかかります。ご存知のとおりステルスモード中に加減速や軌道変更はできませんので」

「赤No.(ナンバー)が狙っているのは陣形の中心にいる敵だったな」

 

 じりじりと焦燥(しょうそう)の時が流れる。

 やがて戦闘衛星β(ベータ)の近くで爆発が起きた。

 

「やったか?!」

「違う! ガンマ線は観測されてない! 対消滅弾の爆発じゃない!」

 

 戦闘衛星α(アルファ)の破壊が確認されてすぐメルカッツは砲撃陣形の解除を“七人の小人”(Sieben Zwerge)に命じた。戦闘衛星はいずれも鈍重だがそれでも動けば動いた分だけ未来位置はずれていく。

 赤No.(ナンバー)潜宙艦(SS)七隻が戦闘衛星β(ベータ)を襲撃すべくステルスモードを解除したときには、β(ベータ)は対消滅弾の射程の外に離脱していた。

 潜宙艦(SS)は加速性能でこそ戦闘衛星を上回るが防御力はなきに等しい。

 防御力のなさでいえば氷の守りを失った戦闘衛星β(ベータ)もそうだ。動かせる火砲のすべてを使って追いすがってくる潜宙艦(SS)を食い止めようとする。

 双方が必死に追いかけっこをする中で戦闘衛星の外部ハッチが開き、三人の作業員が外骨格型作業用宇宙服を着て外に出てきた。向かう先は“氷界の槍”(ニブルヘイムシュペア)発射の反動で歪んだ構造体だ。構造体の一部が砲塔に覆いかぶさっている。邪魔な構造体を取り除いて砲塔を動かそうというのだ。三人は工具を使って作業するが肝心なところに届かない。ひとりがワイヤーを外して外骨格側のアームで力任せに構造体を取り除く。次の瞬間、飛び交う破片が当たった作業員の体がくるくると回転して虚空へと消えていった。残った二人のうちひとりが、放り出された仲間を助けようとするもうひとりを引きずって外部ハッチから中へと戻る。発射可能になった砲塔からは力場型の銃身が宙に伸び、砲弾が次々と発射される。そのうちの一発が潜宙艦(SS)赤〇三に命中した。

 アッテンボローがいる青No.(ナンバー)戦隊(スコードロン)から観測されたのは、潜宙艦(SS)赤〇三が爆発する光だった。

 六隻となった赤No.(ナンバー)潜宙艦(SS)は単縦陣を組んで戦闘衛星β(ベータ)を追いかける。前方の艦が後方の艦の盾になるのだ。

 先頭の赤〇二に砲撃が集中する。穴だらけになって漂流する。二番艦の赤〇一が前にでる。こちらも長くはもたない。動けなくなり爆発する。三番艦。赤〇六は先頭に立つや二発の艦首対消滅弾を発射する。まだ射程外だが撃たれた戦闘衛星は無視できない。対消滅弾の迎撃に砲撃が分散する。赤〇六が爆発して火球となった時には、残りの三隻の潜宙艦(SS)が戦闘衛星を射程にとらえていた。

 発射された六発の艦首対消滅弾のうち四発が命中した。氷の守りを失った戦闘衛星β(ベータ)を沈めるには十分すぎる威力だ。

 残り五基で砲撃陣形は組めない。そして“氷界の槍”(ニブルヘイムシュペア)を撃てなくなった“七人の小人”(Sieben Zwerge)に同盟軍空母(CV)が隕石爆弾を落とすのを止める力はなかった。

 

+++++++++++

 ラインハルト率いる帝国軍本隊が補給部隊と合流したときには、すでに同盟軍は去った後だった。

 

「手ひどくやられたものだな」

 

 ラインハルトが苦い口調でつぶやく。

 戦艦ブリュンヒルトから見下ろす放浪惑星WXC二一二七は大荒れの天気だった。地表に落下した四発の隕石爆弾は運動エネルギーを熱量に転換し、凍って地表に降り積もっていた二酸化炭素や窒素を気化させ八億年ぶりの大気を復活させていた。

 裂溝(クレバス)もほとんどが崩落し、崩落しなかったものも惑星内海から噴出した水で埋まってこちらも八億年ぶりの海を復活させている。

 そしてこれらの天変地異に呑み込まれ裂溝(クレバス)に隠れていた補給部隊の三隻のゲート敷設艦は全艦が失われている。

 

「申し訳ありません。ゲート敷設艦を守り切ることができませんでした。いかなる処罰でも甘んじて受ける所存です」

 

 メルカッツが頭を下げる。

 

「よい。貴卿(きけい)が提出した戦闘詳報には目をとおした。優勢な敵を相手に最小限の損害で切り抜けた手腕は見事である。何より“七人の小人”(Sieben Zwerge)五基を守り抜いた功は大きい」

 

 同盟軍アッテンボロー分艦隊は戦闘衛星α(アルファ)β(ベータ)を沈めたあとは、潜宙艦(SS)を温存した。

 陸戦隊を投入しての白兵戦(ボーディング)に訴える手もあったが、アッテンボローは隕石爆弾投下後は撤収作業を急いだ。ラインハルトが本隊に先駆けて送り込んだ高機動支隊がワープアウトしたのは、アッテンボロー分艦隊が退却した四時間後だった。

 

「私の功ではありません。敵がゲート敷設艦の破壊後すぐに撤退したからです。敵が残っていればワープできない“七人の小人”(Sieben Zwerge)はすべて破壊されるか、奪われるかしたでしょう」

「やはりゲート敷設阻止が“手品師”の狙いだったか」

 

 ラインハルトの言葉に、メルカッツが細い目を見開いた。

 

「“手品師”……閣下が戦った相手はヤン・ウェンリーでしたか」

「驚かないようだな」

「八年前のエル・ファシルの時から彼の手腕には卓越したものがあります。あのヤン・ウェンリーであれば閣下の狙いを見抜いても不思議ではありません」

「まったくだ。ヤン・ウェンリーという男。(おのれ)はわずかな戦力でおれを食い止めることに専念し、その間に部下を後方に回り込ませていた。最初からこちらの狙いをすべて見抜いておらねばできぬ芸当だ。自分の手のひらで踊るおれを眺めて(えつ)(ひた)っていたのだろうよ」

 

 損害を調査していたキルヒアイスが端末(スレート)を手に戻ってきた。

 (うつむ)いて端末(スレート)に表示されたデータを淡々と読み上げる。

 

「輸送船一七〇〇隻のうち残存艦艇は三〇〇隻。積荷も無事な輸送船は一〇〇隻です」

 

 輸送隊の損害の大きさにメルカッツが青ざめる。

 積荷が無事な輸送船はほとんどが囮として放浪惑星WXC二一二七を走り回っていた無人船で、無事な積荷というのは糧食などの消耗品がほとんどだ。航宙燃料(エネルギー)結晶体(セル)反物質(アンチマター)磁法瓶(ポッド)のような継戦能力に直結する物資はすべて失われたと考えていい。ラインハルト艦隊一万に補給するには不足で、余裕のあるうち(すみ)やかにイゼルローンに撤退する他はない。

 せめてもの救いは、輸送隊の人員のうち退避させた二万人が長楕円軌道にある氷衛星群で無事だったことだ。

 

「それで? 残る五基の“七人の小人”(Sieben Zwerge)はどうだ?」

 

 ラインハルトの性急な問いかけをメルカッツは(いぶか)しく思う。

 輸送隊を失い、ゲート敷設艦を破壊された今、ワープできない“七人の小人”(Sieben Zwerge)が残っていても意味はない。七基すべてそろっていれば火力としての“氷界の槍”(ニブルヘイムシュペア)が使えたが、五基に減った今はそれすらも望めない。

 キルヒアイスが端末(スレート)から顔を上げる。

 

「大丈夫です。五基あれば灯台方式のゲートとして使用できます」

「よしっ!」

 

 ラインハルトが拳を強く握りしめる。それだけでは抑えがきかなかったのか、握った拳を力強くふりあげてガッツポーズまでしてしまう。黄金色(こがねいろ)の頭髪がはねてキラキラと輝く。

 

「みたかヤン・ウェンリー! おれの勝ちだ!」

 

 あっけに取られるメルカッツに、キルヒアイスが説明する。

 

「申し訳ありません。“七人の小人”(Sieben Zwerge)のエネルギー伝送システムにはゲートとして流用できる装備が組み込まれていたのです」

 

 原型となったアルテミスの首飾り計画にも基本戦術として宇宙艦隊との連携があり、短距離ワープに必須の高精度の座標固定機能があった。役割からいえば“氷界の槍”(ニブルヘイムシュペア)のためのエネルギー伝送の方がゲート機能の流用といえる。

 

「フェザーン経由で情報が流れないよう民間()軍事()会社()には伏せてあったのだ。そなたに含むところがあったわけではない」

 

 ラインハルトの方は喜色を隠しきれない顔で言い訳する。

 

「いえ、よいのです」

 

 ラインハルトの悪口である“生意気な金髪の孺子(こぞう)”をメルカッツは思い出し、頭の中で訂正する。

 これは“生意気な金髪の悪童(わるガキ)”だと。

 自身でもはしゃいでいた自覚があったのか、メルカッツが去った後ラインハルトは照れくさそうに鼻の頭をかいた。

 

「ラインハルト様。イゼルローン回廊港の外部埠頭から連絡です。翠森(グリューネワルト)警備保障の全艦が長距離ワープ準備を完了したそうです」

「姉上には助けられてばかりだな。早く恩返しできるようになりたいものだ」

 

 ラインハルトのこたびの遠征は翠森(グリューネワルト)警備保障の助けなしではそもそも実現しなかった。

 帝国軍は貴重なゲート敷設艦を同盟領への遠征に用いることを認めてない。フェザーンを通してゲート敷設艦が三隻も貸与(たいよ)されるよう取り計らい、民間()軍事()会社()翠森(グリューネワルト)警備保障とメルカッツ元提督をラインハルトに引き合わせたのはすべて姉のアンネローゼの働きかけによるものだ。

 伝統的に帝国の軍部や官僚は皇帝の愛妾(あいしょう)が出しゃばるのを嫌う。アンネローゼの積極的な関わりへの反発から、今回の遠征軍は補給や整備の面でイゼルローン要塞の支援を受けることができなかった。同盟軍が察知したフェザーン経由でのリサイクル・シップのレンタルがあったのはこのためである。

 

「幼年学校のころアンネローゼ様にお会いしたとき、ご自分の境遇を古い童話でたとえられていたのを覚えておられますか」

「もちろんだ。同じ場所にとどまるためには全力で走り続ける必要がある、という話だったな」

 

 皇帝の寵姫という地位は、争いを避けるため何もせずおとなしくしているという選択肢すらアンネローゼから奪っていた。

 

「宮廷内にはマリーンドルフ伯のご令嬢のようにアンネローゼ様のお人柄を慕い味方される方も増えてます」

「ヒルデガルド嬢か。そういえばキルヒアイス。今回の遠征前に彼女とずいぶん熱心に話し込んでいたじゃないか」

「仕事の話だけですよ」

「本当か? 隠さなくてもいいんだぞ?」

「本当ですよ。プライベートなことは何も……」

 

 キルヒアイスが指を唇にあてて考える仕草をみせたので、冗談のつもりだったラインハルトの方が焦ってしまう。

 

「なんだ。本当に何かあったのか。おまえまさかあんな少年っぽい感じの──」

「それはありません。ただアンネローゼ様にお仕えする侍女の中に少し毛色のかわった娘が混ざっていると教えてくれたのです」

「ベーネミュンデ侯つながりの者か?」

 

 蒼氷色(アイスブルー)の瞳が凍てついた光を放つ。

 

「貴族ではありません。平民出身で朴訥(ぼくとつ)な……朴訥(ぼくとつ)にすぎるというか、宮廷の作法になれてない様子の娘がいるのです」

「なんだそれは。姉上は知ってるのか」

「侍女の中では最古参のひとりで、孤児です。聞けばアンネローゼ様ご自身が運営されている孤児院の出身だとか。ヒルデガルド様の見立てではアンネローゼ様への忠誠に疑いはないそうです。ただ気になることがひとつ。その侍女は誰もいないところで──」

 

 それは庭にある四阿(あずまや)(たたず)むアンネローゼをみかけたヒルダが声をかけようとしたときだった。

 

「アンネローゼ様を“聖女様”と呼んでいたそうです」

 

+++++++++++

「聖女様」

「こら、違うでしょ」

 

 アンネローゼは、短い癖っ毛でくりくりとした愛らしい瞳をもつ侍女を叱った。

 

女主人(おんなあるじ)様」

 

 侍女は素直に呼び方を変える。

 

「はい、どうしたの」

「報告。昨夜、“好ましからざる来客”があった。庭師と一緒に片付けておいた」

「そう。怪我はなかった?」

「大丈夫」

 

 侍女が包帯を巻いた右手を後ろに隠しながらいう。アンネローゼはため息をついて侍女に近づき、キョロキョロと挙動不審になった少女を優しく抱きしめる。

 

「わたしのために危険をおかすのはしかたないけど、怪我をしたらちゃんと教えて。これは庭師にも伝えてね」

「……うん」

 

 アンネローゼの腕の中で癖っ毛の侍女は幸せそうに目を閉じる。

 侍女は貧民街にある孤児院で暗殺者として育てられた。八年前“聖女様”が現れて皆を解放してくれた。

 今では孤児院は名前のとおりの慈善事業となっている。その頃の仲間は多くが市井で穏やかに暮らしている。暗殺者としてとりわけ優秀だった侍女と庭師と他数名は“聖女様”の元で働く道を選んだ。

 

「ごめんなさい。本当はあなたたちも解放してあげたいのだけれど、わたしの力不足で働かせてしまって。許してね」

「これはわたしの望み。先に母なる星に(かえ)った兄弟たちの願い。聖……女主人(おんなあるじ)様は誰にも傷つけさせない」

 

 アンネローゼの腕に、わずかに力がはいる。

 

「では……今だけは聖女として命じます。死んではダメですよ。あなたも。庭師も。これ以上は誰ひとりとして死んではダメです」

「うん。わかってる。死んだら母なる星に(かえ)れるんだけど、急いじゃダメなんだよね。わたし賢いからわかってる」

 

 アンネローゼは目をきつく閉じた。侍女の顔を“最初”にみたときの記憶が蘇る。炎上する(シュテッヒパルム)(シュロス)。全身を真っ赤に染め花の中に仰向けに倒れていた暗殺者の少女。眠るように穏やかな死に顔。

 許さない。あんな(いびつ)な結末は絶対に許さない。

 

「聖女様の命令だから死ぬのは禁止(ダメ)。庭師にはわたしからいっとく。あいつよくわかってない。バカだから。でも庭師だって聖女様を悲しませることはしない。だから聖女さま。泣かないで」

 

 (いびつ)さはすでにあって変えられなかった。なら自分が乗っ取る。

 (いびつ)な形をさらに(ゆが)めて、ぐるりまっすぐ進ませる。

 地球教の。聖女となって。

 

+++++++++++

 アスターテの戦いから一ヶ月後。同盟首都の惑星ハイネセン。

 ヤン・ウェンリー大佐が暮らす官舎はひとり暮らしには大きすぎる一戸建てだが、足の踏み場がないほど床に本が積み上げられている。

 その日、ヤンの家に来客があった。

 

「読んだ本をもとあった本棚に戻すだけでお前さんの暮らしは劇的に改善すると思うんだがな」

「この家では有史以来読んだ本は平積みする決まりです。先輩にも守ってもらいます」

 

 アレックス・キャゼルヌ。士官学校時代のヤンの先輩である。軍を退役した後もこうして三次元チェスを打ちにやってくる。

 

「アスターテにゲートが敷設されたのは確実のようだ。こちらでも確認した」

「そうですか」

 

 アスターテの戦いのあと同盟軍はヤンの任務艦隊と入れ替わりに通商破壊部隊をアスターテ星域とイゼルローン回廊とを結ぶ宙域に配置した。

 この一ヶ月。戦果らしい戦果はない。

 

「同盟からみると戦いに勝って勝負に負けた形ですね。いや撤退したのはこっちが先だから、戦いに負けて勝負にも負けたのか」

「あまり残念そうじゃないな」

「ひとりの人間にできることには限界があります。だから群れを作って助け合うんです」

「問題はその群れの維持と管理の仕組みが同盟と帝国とでは大きく違うことだな」

「独裁国家は固いですが脆いですよ。いい加減、なんとかするべきです」

「ずいぶんと帝国に厳しいな」

「なにをいってるんです」

 

 ヤンはきょとん、とした顔でいう。

 

「独裁国家というのは、今の自由惑星同盟のことですよ」

斬新(ざんしん)すぎる意見だな。公的な場では口にするんじゃないぞ」

「否定はしないんですね」

「そりゃまあな」

 

 キャゼルヌが苦笑する。

 国力で帝国に劣る自由惑星同盟が今も戦いを続けられるのは、あらゆることが最適化されているおかげだ。すべてにおいて最善手を打つことでなんとか延命を続けている。

 金も、資源も、時間も。無駄にできる自由(ゆとり)がどこにもない自由の国だ。

 

「対して銀河帝国は無駄の塊です。多数の貴族が好き勝手に治める領邦国家です。もし帝国に有能な独裁者が誕生して効率よく戦争をはじめたら同盟に勝ち目はありません」

「そうなりつつある」

「ローエングラム伯ですね。アスターテの戦いで思い知らされました。彼が帝国において然るべき地位につけば同盟は終わりです。全面降伏に追い込まれる前に和を結ぶべきです。今ならまだこちらにも条件を提示できる余地がある」

 

 目の前の後輩には、どこまで先が見えているのだろうとキャゼルヌは思う。

 

「そうはいうがなヤン。ひとたび平和がきて現在の総動員体制が解除されれば、再び有事となっても同盟は二度と今のように効率よく戦えないぞ」

「それでいいんですよ。いや、そうあるべきです。グダグダしないで何が民主主義ですか。民主主義というのは迷走して非効率なものです。効率を求めるから独裁になるんです」

 

 ヤンは力説する。

 民主主義は無謬(むびゅう)ではない。革命の熱狂が暴走して流血の惨事を繰り返すこともしばしばだ。

 だからこそ憲法という枠を用意して暴走を食い止め、議論しながら法律を定める手間をかけることで熱狂をさましつつ進路を定める。

 戦争はそのすべてをおかしくする。勝ち負けという基準があるせいで正解とそれ以外がはっきりしてしまう。戦い続けるうちに社会から非効率が排除されていく。今の自由惑星同盟がそうであるように。

 

「民主主義とはひとりひとりが自分の生き方を自由に決められる社会です。うまくいくとは限らない。間違ってやり直すことも増えてくる。だからこそ社会には愚かさや汚さを受け入れる余裕が必要なんです」

「お前さんのこの部屋のようにか」

 

 キャゼルヌは冗談めかしていう。

 

「はい。わたしにはこの部屋が必要なんです」

「ざっと見渡しただけで同じ本が三冊あるんだが」

「四冊までは誤差です」

 

 ヤンは大真面目に答える。

 ヤン・ウェンリーという男は戦場において(ソウル)効率(パフォーマンス)の権化となる。味方の損害を最小限に、敵の損害を最大限にする方法を常に考えている。ヤンが理想とする価値観からは真逆(まぎゃく)の行為だ。この汚部屋はそのストレスの反動だろうとキャゼルヌは思う。

 

「お前に必要なのは生活改善してくれる嫁さん(パートナー)だよ」

「余計なお世話です」

「おっと思い出した。ラップの結婚のことだが。延期になるかもしれん。ジェシカの方に長期出張がはいってな」

 

 キャゼルヌはこの家を訪れた本来の目的を口にする。

 ヤンの同期で親友のジャン・ロベール・ラップはキャゼルヌにとっての後輩だ。

 そしてその婚約者のジェシカ・エドワーズはキャゼルヌにとっての秘書となる。

 

「ジェシカが長期出張……フェザーンですか」

「そうだ。今はそれ以上はいえんぞ」

「もちろんです。軍人と政治家には適切な距離というものがあります。癒着してよいことはありません。それにしても軍を退役した先輩が議員の道を選んでくれて本当によかった。後輩一同みな応援してます。選挙にもいきます。これで第二のルドルフも狙えますよ」

「狙わない! お前、それ公的な場では絶対に口にするんじゃないぞ」

 

 自分が何をしているかすべてヤンに見抜かれていることを承知の上で、アレックス・キャゼルヌ議員はしかつめらしい顔でいった。

 

+++++++++++

 銀河帝国と自由惑星同盟の中間に位置するフェザーン自治領(ラント)

 第四代フェザーン自治領主(ランデスヘル)ワレンコフの筆頭補佐官アドリアン・ルビンスキーは同盟からの非公式なゲストを迎えていた。

 

「フェザーンへようこそジェシカ・エドワーズ嬢。かくも美しい方をお迎えできて光栄です」

 

 ルビンスキーは舞台役者のように大仰(おおぎょう)に両手を広げ、来客を歓迎する。

 

「ありがとうございます、ルビンスキー補佐官」

 

 ジェシカ・エドワーズは婚約指輪をつけた手を胸にあてて挨拶する。

 

「こちらが同盟政府の銀河帝国との和平案です」

「拝見いたします」

 

 目を通しながら、これは長くかかりそうだとルビンスキーはあたりをつける。

 銀河帝国はそもそも自由惑星同盟を国と認めていない。三〇〇年前に流刑星を脱走した犯罪者の子孫だ。今でも公式文書では自由惑星同盟のことを「叛乱軍」と記している。

 自由惑星同盟を国家として認めるまでに帝国内でひと悶着。

 公式な交渉のテーブルを作るまでに同盟と帝国の双方でふた悶着。

 具体的な和平に向けての議論が始まるのはそれからだ。

 

「同盟としては時間がかかるのは覚悟の上です。それに──」

 

 ジェシカは婚約指輪をなでて微笑む。

 

「プライベートでも婚約者にはわたしを待つよう申し渡してあります」

「それはそれは」

 

 覚悟の決まったジェシカの目をみてルビンスキーは手強そうだと感じる。

 

(“聖女”と似た空気をまとっている。もしかすると何かつながりがあるかもしれんな)

 

 フェザーン自治領(ラント)は建国当初から地球教という宗教組織と深いつながりがある。その地球教の中でクーデターに近い騒動があったのは八年前のことだ。

 それまでの地球教は地球に座す総大主教(グランド・ビショップ)の支配下にあったが、八年前に帝国に突如として“聖女”が誕生した。

 当代のフェザーン自治領主(ランデスヘル)ワレンコフは地球教と距離を置く方針であったから、この分裂を歓迎した。

 首席補佐官であるルビンスキーはそこまで楽観的にはなれない。名前しか知られていない地球の、名前すら知られていないローカルな宗教が一部の人間にだけこれほど強い影響力を維持できていることがおかしいのだ。そこには信仰とは異なるからくりが潜んでいるとルビンスキーはあたりをつけている。

 ジェシカ・エドワーズという女の背景を調べるにあたっては、地球教との関係もチェックするようルビンスキーは心にとめておいた。

 

+++++++++++

 フェザーンにある同盟の外交事務所が用意した宿泊施設は湖に面した別荘だった。

 帝国の大富豪が(つい)住処(すみか)として建てたものを、その死後に同盟の企業が税逃れの意味もあって購入し、フェザーンでの非公式な折衝に使うために同盟政府が入手して、あちこち手を入れて改造したものである。

 ルビンスキーとの対面を終えたジェシカは別荘で食事をとり、湖がみえる疑似露天風呂──特殊ガラスで覆われていて外からはみえない──をひとりで堪能したあと、介護機能満載の自動ベッドで眠りについた。

 

(ジェシカ)

 

 声が聞こえた。“聖女”の声だ。姿はみえない。

 

「アンネローゼさん……ですよね? こちらで感じ取れるのは声だけですが」

(わたしもそうです。どうやら少しずつ距離が離れているようです)

 

 物理的な距離でいえばジェシカはハイネセンからフェザーンにきているわけでアンネローゼとは近づいている。

 

「離れているのは心の……いえ、歴史の距離でしょうか」

(そうです。わたしたちが体験した歴史と、今いる歴史との分岐が広がっているのだと思います。これからはこうしてお話をすることも難しくなるでしょう)

 

 ふたりが最初に出会った一〇年前はまるで目の前にいるかのように互いを感じられた。

 眠るたびに会うことができたので、本来の目的とは違うおしゃべりもたくさんした。今では互いを姉妹のように感じている。

 

「さみしいことですが喜ばしくもありますね。そうそう、わたしのジャンが。ラップがアスターテから生きて還ってきたんですよ」

(おめでとうございます。あなたをわたしの都合に巻き込んでしまったことは今も申し訳なく思いますが、そのことを聞けてよかったです)

「よしてください。そもそも事故のようなものなのですから」

 

 ジェシカが“最後”に見たものは、自分に振り下ろされる銃床だ。死ぬほど痛かった。いや死んだのだが。

 目覚めたのは実家のベッドだった。体のどこにも怪我はなく、それどころか若くなっていた。混乱しながら一日を乗り切ったころにはこれが空想物語でよくみる「過去転生」であると見当(けんとう)がついたが、なぜ自分の身にそのようなことが起きたのかはわからなかった。無念の死を遂げたものには全員がこのような周回ボーナスが得られるのかとも考えたが、それならばかつての自分の周りにも何かそれらしい振る舞いをしていた者がいていいはずだ。

 よくわからないまま眠り、そしてアンネローゼと出会った。

 

「わたしの死後の歴史もだいたいは──アンネローゼさんが生きていた時代のことは──教えていただけましたし、とても助かりました」

 

 ラインハルトの死後、アンネローゼは国政にはかかわらずラインハルトとキルヒアイスの菩提(ぼだい)(とむら)って生涯を終えた。

 ふたりの死は(いた)ましかったし、かつての自分の振る舞いが周囲にもたらした影響への後悔も多かったが、それについては諦めていた。けれども地球教については疑問が多かったのでヒルダや、後に皇帝となった甥を通して調べてもらった。

 そして地球教の根源へとたどり着いた。

 八〇〇年前。地球統一政府はその末期にふたつの超技術を獲得していた。実用化に成功したのはそのうちのひとつ、完全でお手軽な洗脳技術だ。これは人格や記憶を根こそぎ書き換える力をもっていた。恐るべきことに、この洗脳技術を地球の権力者たちは自分たちに使っていた。己の人格を強化した権力者はどのような非道を行っても後悔することはなくなり、それがかえって地球統一政府を滅びへと導いた。

 地球教はこの洗脳技術を受け継いでいた。自分たちの人格を強化し、他者を洗脳し、それらを使って帝国やフェザーンで暗躍した。(シュテッヒパルム)(シュロス)炎上事件も、自分が洗脳されていることに気づかない内通者を使ったから成功したのだ。

 この事実を知ったアンネローゼは強い憤りを覚えた。そして懸念も抱いた。地球教はもしかしたら、もうひとつの超技術の実用化にも成功したのではないかと。

 杞憂(きゆう)ではなかった。

 半世紀後にアンネローゼがたどり着いたとき、その超技術は実行される直前だった。

 

「それがこの過去への精神転移による歴史改変技術ですよね」

(そうです)

 

 地球教が組織として壊滅するまで、そして壊滅したあとも自信満々で破滅的な活動を続けられたのは、歴史改変技術があったからこそだ。

 何もかもをなかったことにできる力。

 

(わたしのキルヒアイスやラインハルト、そしてあなたのジャンさんやヤンさんたちが血と後悔で積み上げたすべてを、後だしで台無しにできる力です。そのようなことを許してはなりません)

「まあ、わたしたちが現在進行形でやっちゃってるんですが」

(それはいわない約束です)

 

 過去転生した当初は、ふたりでさんざん議論を重ねたことだ。

 今のように自分たちでやれる範囲ならやってしまっていいのではという結論がでたのは、過去転生したこの世界がどうも元の世界とは違うと気づいてからだ。

 この世界の同盟にはアルテミスの首飾りがそもそもない。

 この世界の帝国にはイゼルローン要塞はあるが、一度も戦っていない。

 ひょっとしたら並行宇宙概念もあって、過去転生した自分たちが好き放題に歴史を捻じ曲げても、元の世界はそのままの歴史を重ねているのかもしれない。

 

「これからわたしはフェザーンで同盟と帝国の和平への道を探ります」

「わたしはラインハルトの手助けをしながら帝国が同盟と対話できるよう働きかけます」

 

 二度とこのように夢で出会う機会はないかもしれない。

 これまでのこと。そしてこれからのこと。ふたりはいつまでも話し合った。

 どちらも生涯を独身で過ごしたので、結婚と子育てについては不安も語り合った。

 やがて、終わりがきた。

 

「あ──」

(感じました。どうやら本当にお別れのようですね)

「アンネローゼさん。何度もいったし、何度もいうけど、ありがとう。感謝してます。未来がどうなるかもうわからなくなったし、これから失敗することもたくさんあるだろうけど、でもありがとう。だってわたしは、失敗すらできなくなってたんだから」

(わたしも感謝してます。あなたに会えなかったら、わたしはここでも同じ歴史を繰り返していたでしょう。たとえ無謀であろうと、戦うべき時に戦う勇気。あなたにはそれを教えられました。もう会うことはないでしょうが、どうかお(すこ)やかに)

 

 目覚めたとき、ジェシカは泣いていた。

 涙をぬぐい、立ち上がる。窓辺にたち、特殊ガラス越しにフェザーンの湖をみる。

 そして微笑みと決意をこめてつぶやく。

 

「もう会えない? そんなことはない──いつか会いに行ってみせる。ジャンと一緒に」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。