竜魔戦争   作:デュアン

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終焉の開幕

 その日、ミリシエント大陸より遥か西方、ラウム諸島沖を帝国軍第六艦隊は進んでいた。本土から前線への増援である。

 

 開戦から既に一か月が経ち、ラヴァーナル帝国はかつてない程に劣勢を強いられている。ここまでの戦闘で海軍は序盤の戦争での喪失も含め五個艦隊を喪失、陸軍も八個師団を喪失した。

 それに対して、インフィドラグーンに与えられた戦果といえば下位神竜を幾らか墜とした程度。上位神竜は未だ一柱も墜ちてはいない……

 

 

 第六艦隊旗艦であるパルカオン級機動要塞の艦橋にて艦隊司令の男はうかない顔をしていた。

 かつてであれば見る者総てに圧倒的な威圧感、敵対する者には恐怖を、そして味方には安堵を与えていたであろうその巨体も、今や限りなく小さく頼りなく見えた。何しろ既に三隻が海の藻屑と化しているのだから。

 彼はただ、前線部隊と合流する前に敵と遭遇しない事を祈るのみであり──

 

 

「射程圏外に機影多数! 種別確認……インフィドラグーン!!」

「クソッ、全艦戦闘準備!!」

 

 

──その祈りは空しくも届かず、彼は顔を顰めながら指示を飛ばす。

 

 今、彼らの前方300kmの海域に多数の竜が飛んでいた。これほどの距離ではパルカオン自慢の80cm魔導砲も届きはしない。なので、彼らにできる事は航空隊を飛ばす事だけだ……

 

「てッ、敵に高魔力反応!!」

「なんだと!? あちらも射程外の筈だ……全艦回避運動! 急げェ!!」

「間に合いません!!」

 

 観測士の悲痛な叫びが木霊する中、彼らの視界が赤紫色の光に包まれていく。

 

「馬鹿な、蜥蜴共にこんな力が──」

 

 彼の最期の言葉は、フェルニゲスの放った魔力の濁流に呑み込まれ消えていった。

 

 

──────

 

 

「いやあいつ見ても壮観ですねー! この距離であのパルカオン(デカブツ)をぶっ飛ばしちゃうんだから」

 

 私の隣でケツァルコアトルが上機嫌に言う。

 今回の私達の相手は敵の一個艦隊だった。

 

 やる事といえば単純である。ステルス型のヴェティル=ドレーキから送られてきた情報をもとに私の遠距離狙撃で旗艦を潰し、混乱している所に一斉攻撃をかけただけである。

 私達の部隊はこれまで何度もこの方法で敵を殲滅してきた。単純だが故に効果的。これに敵が対応してくる前に戦争を終わらせたいものである。

 

 

 そんな事を考えていたある日、私宛に一つの指令が届く。

 

「敵の……大規模攻勢?」

『そうだ。まあ起死回生の一手ってトコだろうなァ』

「膠着状態に痺れを切らしたんでしょうね……これさえ勝てば」

『あァ、俺達の勝ちだ』

 

 魔信の裏で、アジ・ダハーカが笑う。私の表情も自然と緩んでいた。

 

 発端は情報部──アイトヴァラスから送られてきた二つの情報だった。

 

 一つは敵の大規模攻勢が予定されているというもの。この膠着状態に痺れを切らしたのであろうラヴァーナル帝国は、なんと六個艦隊を動員し東部戦線から襲撃をかける心積もりらしい。

 六個艦隊とは膨大な数である。恐らく敵に残っている正規艦隊のほぼ全てではないのだろうか。

 推定艦艇数は約600。パルカオンや戦艦も相当数出張ってくるだろう。これほどの数となると東部戦線を守る第一軍と国境警備軍だけでは心もとない。

 そこでアジ・ダハーカは私を呼び寄せる事にしたらしい。確かにそちらに六個艦隊が行くとなると西部戦線は手薄になる筈、私が抜けても問題はないだろう。

 

 そしてもう一つは、西部戦線のとある島に竜人族が囚われているというものであった。

 革バッグ事件の生き残りであろう。これまでも解放した地域に囚われていた所を救出した事があったのだ。

 どうやらその島は一個艦隊が守っているらしく、リヴァイアサンが直接赴く事になった。

 

 状況をまとめると、こうだ。

 

 

・フェルニゲス麾下第三軍第九師団

 ⇒第一軍の増援として東部戦線へ移動。

 

・リヴァイアサン麾下第二軍第四師団

 ⇒竜人族救出作戦へ。

 

・第三軍第七、第八師団

 ⇒ニーズヘッグ指揮のもと、第二軍と共に西部戦線の維持に努める。

 

・第一軍、国境警備軍

 ⇒我々と共に敵大規模攻勢に備える。

 

 

 以上である。

 如何に600隻以上の艦艇が相手とはいえ、アジ・ダハーカがいれば大丈夫だろう。今回はそこにククルカンや微力ながら私も入ってくる訳である。

 そして、これさえ凌いでしまえば敵にはもうマトモな戦力は残されない。今度はこちらが攻勢を仕掛ける番になるという訳だ。

 

 嗚呼、ようやくこの戦争が終わる。

 たった一か月程度の出来事ではあったが、私の生の中で最も長い一か月だった。

 

 

「と、いう訳なのでニーズヘッグさん、私の居ない間を頼みます」

「分かりました」

 

 先ほども言った通り、私がいない間こちらに残された第三軍の指揮は彼が執る。

 無論、何も心配などしていない。寧ろこちらの方が論理的に正しいのだから。本来であればこうなるべきだったのだ。

 

 だが、どこか彼の顔が不安そうである。

 

「もしかして、私の事を心配してくれてるんですか? 大丈夫ですよ、アジ・ダハーカさんやククルカンさんがいますから」

「そうでは……いえ、そうですね。あの方達の力をかり、速やかに殲滅してきてください」

「了解です! では!」

 

 そうして、私達は西部戦線から飛び去った。

 

 

「お前なァ……張り切り過ぎだ」

 

 私がアジ・ダハーカのもとに辿り着いたのはそれから三日後の事である。

 通常であれば五日かかる所を二日縮めての強行軍であり、彼が呆れた様に言う。

 

「へ、へへ……もうすぐ終わると思うと居ても立っても居られなくて」

「お前はいいかもしれねェがな、お前の部下はどうなんだって話だよ。見てみろ、ヘロヘロじゃねェか」

「あっ……す、すみません……」

「はァ……まあいい、まだ敵は動きを見せてねェ。第三軍は暫く休め。偵察はこっちでやる」

 

 それだけ言うと、彼は踵を返して何処かへ行ってしまった。

 

 ああ、やってしまった。心が沈む。

 見回してみると、確かに私についてきてくれた者達は皆肩で息をしている。あのケツァルコアトルまでしんどそうにしているのだから相当である。

 

「まあ、気を急いてしまうのも分かるよ」

 

 私が落ち込んでいると、背後から声がかけられる。

 すらりとした銀髪の女性──国境警備軍団長、ククルカンである。

 

「少なくない数の仲間が死んだ……きっと、今回の戦いでも死ぬだろう」

「うう……」

「それらが無駄じゃなかったという事を私達が証明するんだ。そのための戦いだ。そりゃあ、駆け付けたくなるさ」

 

 彼女がポン、と肩をたたく。

 

「失敗は誰にでもあるよ。大事なのはこれからさ」

 

 そう言ってウインクし、その場から立ち去って行った。

 その立ち居振る舞いに惚れ惚れしつつ、私は拳を固く握りしめる。

 そうだ、大切なのはこれから。今日の失敗は結果をもってして償うのだ。

 思えば、アジ・ダハーカだってその機会を作るよう動いてくれている。疲労困憊の私の部隊を休め、本番に向けた準備をさせてくれているのだから。

 

「──よし、やるぞ」

 

 私は決意を新たにする──

 

 

──そして訪れた、決戦の日。

 

「……パルカオンが、いない? それは、本当なんですか」

『はい! 敵の規模は二個艦隊程度、それも恐らくは旧式艦が大半を占めております!』

「斥候……?」

 

 偵察に出かけたヴェティル=ドレーキよりもたらされたその情報は、私達が身構えていたそれとはかけ離れていて。

 旧式艦が多いのは戦力を搔き集めてきた、で説明できるが、艦艇数が事前情報の半分以下なのは一体どういう事なのだろう。

 敵の前衛艦隊なのか、それとも……

 

「……とにかく、今は目の前の敵に集中しましょう。第三、四小隊は私と共に敵艦隊へ攻撃、それ以外は敵攻撃隊の迎撃を!」

『『了解!』』

 

 そうして私は高く飛び上がり、口内に魔力を溜めていく。

 距離は350km、少し遠いが偵察騎の情報があれば多少はダメージを与えられるだろう。私達の役割は後方の第一軍の射程に入るまでにできる限り敵戦力を減らす事。全滅させる必要はないのだ。

 

「発射まで5、4、さ──ッ!?」

 

 そんな時だった。

 

「な、なに……突然、体が重く……?」

『おい、フェル』

「あ、アジ・ダハーカさん。すみません、今攻撃を……」

『中止だ。今すぐ本陣まで後退しろ』

「え、な、何故ですか」

 

 原因不明の疲労に苦しめられている中の彼のその言葉は、余計に私の焦燥を駆り立てる。

 

 だが、次に彼が放った言葉でそれはすぐに吹き飛んだ。

 

 

『俺達は嵌められたンだよ』

 

 

 その日、世界が揺れた。

 

 

『司令部と連絡が繋がらねェ』

「それって……?」

 

 

 歴史上初めて、その兵器が使用されたのだ。

 

 

『恐らくだが──』

 

 

 その兵器の名は『コア魔法』。

 

 

 

──竜都ドラグスマキラが、陥落した。

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