仮称:やる夫スレ的世界でオカルトやってくー   作:水野芽生

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サイエンス()()()()()()


008.5 事象の地平線と、観測者たちの狂宴

 

J-GOC 第0研究室

 

 境港市の地下深くに位置する、対アノマリー組織(J-GOC)技術開発局。その最奥にある、通称「ゼロ研」。ここは、物理法則が通用しない事象を、無理やり数式に落とし込むための場所である。

 

 部屋の中央には、例の「羊皮紙」が鎮座し、周囲をホログラムモニターが取り囲んでいる。その周りで、白衣を着た三人の男たちが、それぞれの流儀でデータを睨みつけていた。

 

「……実におもしろい」

 

 最初に口を開いたのは、帝都大学理工学部物理学科の准教授、湯川学だ。彼は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、電子顕微鏡の画像を指し示した。

 

「炭素年代測定の結果は紀元前3000年。だが、文字部分はナノレベルで炭化されている。……インクではない。パルスの幅がピコ秒単位の『超短パルスレーザー』、あるいはそれに類する高エネルギー体による刻印だ」

 

「つまり、過去の紙に未来の技術で焼き付けた。……そう言いたいのかい、ガリレオ先生?」

 

 モニターの向こうから、J-GOC特別顧問・真田志郎が問いかける。

 

「現象には必ず理由がある。……この羊皮紙は、時間の矢が逆転した環境下で生成された物質だ。エントロピーが増大せず、減少している痕跡がある」

 

 湯川は論理的に結論づけた。

 

「これは『逆行物質』だ。……我々の宇宙の物理法則とは、真逆のベクトルで作られている」

 

 

「逆行物質か……。ワクワクするねぇ!」

 

 次に声を上げたのは、髪の一部が跳ねた若い物理学者、桐生戦兎だ。

 彼は空中に投影された数式(羊皮紙に書かれた理論)を、指でスワイプしながら猛烈な速度で検算していた。

 

「見てよこれ。この『位相幾何学的閉鎖(Topological Closure)』の数式。……ヤバいよ。既存の『超弦理論』をベースにしてるけど、余剰次元の扱い方が天才的だ」

 

 桐生は興奮気味にホワイトボードへ数式を書き写していく。

 

「通常、空間を湾曲させるには太陽質量レベルのエネルギーが必要だ。でも、この式は違う。……『黒山』自体が持っている負のエネルギーを利用して、空間を内側から畳み込む計算になってる」

 

「毒をもって毒を制す、か」

 

 真田が呟く。

 

「そう! 『勝利の法則は決まった』って感じだね。……ただし、この計算式を起動するには、特異点(シンギュラリティ)となる『観測者』が必要になる。……シュレーディンガーの猫が入った箱を、外から開ける人間がね」

 

 桐生は、羊皮紙の裏面に書かれたメモ(六花の筆跡)を見た。

 

「『記憶にある虚構を現実にコンバートしろ』……か。物理学というよりは、認知科学のアプローチだね。面白い」

 

「フゥーハハハハ! 甘い! 甘いぞ貴様ら!」

 

 部屋の隅、薄暗い一角から、白衣を翻して一人の男が現れた。

 東京電機大学の院生にして、未来ガジェット研究所の創設者(という設定の)、岡部倫太郎だ。

 

「貴様らは『物質』と『数式』しか見ていない! この羊皮紙が孕む、真の恐怖に気づいていないのか!?」

 

「……恐怖?」

 湯川が怪訝な顔をする。

 

「そうだ。いいか、この羊皮紙は『207X年』に書かれたものだ。……だが、その未来が存在するためには、我々が今、この羊皮紙を見て『黒山』を消去しなければならない」

 

 岡部は携帯電話を取り出し、誰かと話すフリをしながら(電源は入っていない)、真剣な眼差しで語り続けた。

 

「これは『ブートストラップ・パラドックス(因果の輪)』だ。この情報のオリジン(起源)はどこにもない。……未来の誰かが、確定した過去を変えるためにねじ込んだ『異物』なのだよ」

 

「……つまり、この羊皮紙自体が、タイムマシンのようなものだと?」

 真田が問う。

 

「その通りだ。……これは、失敗した世界線(β世界線)からの『Dメール』だ。我々が黒山の処理に失敗し、日本が崩壊した未来からの、血の滲むような警告なのだッ!」

 

 岡部の言葉に、室内の空気が張り詰めた。オカルトじみた発言だが、ここにいる全員が理解していた。 

 時間は、一本道ではない。この羊皮紙は、破滅の未来を回避するための、唯一の「分岐点(フラグ)」なのだ。

 

 

「……議論は出尽くしたようだな」

 

 真田志郎が、三人の天才たちを見渡した。

 

物質的証明(湯川学):

 この羊皮紙は、時間逆行を経て届いた「本物」である。

 

理論的証明(桐生戦兎):

 空間を隔離する数式は正しく、実行可能である。

 

因果的証明(岡部倫太郎):

 これは失敗した未来からの警告であり、実行せねば破滅が待っている。

 

「結論は一つだ。……我々は、この『狂気の数式』を実用化する」

 

 真田はタブレットを操作し、巨大な設計図をモニターに表示させた。

 

「作戦名は『オペレーション・アルカディア』。……黒山を物理的に消去するのではなく、その座標を『虚数空間』へと弾き飛ばす」

 

「そのためのデバイスがこれか」

 桐生が設計図を覗き込む。

 

「『空間位相観測機・改』……いや、これはもはや『兵器』だね。エネルギー充填にどれくらいかかる?」

 

「私の試算では、境港市の全電力を一ヶ月回しても足りない」

 真田は首を振った。

 

「だからこそ、最後のピースが必要になる。……『転生者たちの記憶』という、物理法則外のエネルギーだ」

 

「……非科学的だが、現象として観測される以上、認めざるを得ないな」

 

 湯川がため息をつきつつも、口元を緩めた。

 

「人間の意識が素粒子に影響を与える。量子力学の究極系だ」

 

「エル・プサイ・コングルゥ……。世界を騙す準備はできているぞ」

 

 岡部が不敵に笑う。

 

「よし。では各員、担当分野の設計にかかれ」

 

 真田の号令とともに、天才たちが動き出した。

 

 湯川はエネルギー変換効率の計算を。

 桐生は空間歪曲フィールドの発生装置の設計を。

 岡部は因果律の変動予測と、観測データの解析を。

 

 そして真田は、その全てを統括する「波動エンジン(仮)」の概念設計へ。

 

 J-GOCの地下深く。

 科学と狂気が交錯するこの部屋で、日本の、いや世界の命運をかけた「神殺しの数式」が組み上げられようとしていた。

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