仮称:やる夫スレ的世界でオカルトやってくー   作:水野芽生

22 / 59
011.5 短編集1

 

短編その1:『PLANT-5の週末、貧乏神と地獄先生』

 

 週末のPLANT-5境港店。

 境港市民の生活を支えるこの巨大ショッピングセンターの食品売り場で、博麗霊夢は鋭い眼光を放っていた。

 

「……へえ。今日のもやしは太いな」

 

 彼女は前世において、神職の階位である「明階(めいかい)」を持ち、一級神職として大きな神社を取り仕切っていた経験がある。祭事の段取りから神饌(お供え物)の調達まで完璧にこなしていた彼女にとって、PLANT-5の特売品選びなど、祝詞(のりと)を奏上するより容易い。

 

(……だが、今の私は貧乏巫女。質と価格のバランス、ここが勝負所ね)

 

 カゴには業務用の大袋煎餅と、半額シールの貼られた油揚げ。

 彼女は冷静だ。たとえこの世界に「五条悟」がいようが「宇宙戦艦ヤマト」がいようが、彼女の精神は揺らがない。……揺るがないったら揺るがない!神職とは、常に泰然自若であるべきだからだ。

 

 その時。

 彼女の「プロの勘」が、ある異質な気配を捉えた。

 

「……ん?」

 

 精肉コーナーの「おつとめ品(消費期限間近)」ワゴンの前。

 そこに、一人の男が立ち尽くしていた。

 

 白いシャツに黒いネクタイ。そして、左手には季節外れの黒い皮手袋。

 

 

 男――鵺野鳴介は、脂汗を流していた。

 彼の視線の先にあるのは、半額シールが貼られた「国産牛のステーキ肉」だ。

 

「……くっ、半額でも1200円か……! 今月の残金からすると痛い……痛すぎる……!」

 

 聞こえてくる独り言が、あまりにも切実だった。霊夢は冷静に彼を観察する。

 

(……あの太い眉毛。黒手袋。間違いない、『地獄先生ぬ〜べ〜』ね)

 

 彼女の内なる「オタク知識」が、即座に彼の正体を特定する。

 だが、彼女は叫んだりしない。前世で数々の修羅場(神事トラブルやクレーマー対応)を潜り抜けてきた彼女の精神力は、ジャンプの主人公が目の前にいた程度では動じない。ん?五条悟と小鳥遊ホシノには動揺していたって?はて何のことやら。

 

(霊力は……凄まじいわね。鬼の気を制御しつつ、人間としての器も大きい。……だけど)

 

 霊夢は、彼の手にある財布の中身を透視(霊視)した。千円札が数枚と、小銭。そして大量のポイントカード。

 

(……金運が死んでる。私と同類、あるいはそれ以下の『貧乏相』が出てるわ)

 

 同情と親近感。霊夢は静かに彼に近づいた。

 

 

 

「……迷ってるなら、買った方がいいわよ」

 

 霊夢が声をかけると、鵺野はビクッとして振り返った。

 

「え、あ、いや……君は?」

 

「ただの通りすがりの巫女よ。……その肉、奥さんが喜ぶんじゃない?」

 

 霊夢はさりげなく言った。

 鵺野はハッとした顔をする。

 

「……そうだな。律子くん、最近忙しくて疲れてるみたいだしな……」

 

「栄養つけさせてあげなさいよ。……金なんて、天下の回りものよ(回ってこないけど)」

 

「だよな! よーし、買ったぁ!」

 

 鵺野は決意を固め、ステーキ肉をカゴに入れた。

 その瞬間、彼の顔がパァッと明るくなる。自分はカップラーメンで済ませても、愛する人のためには金を使う。それが鵺野鳴介という男だ。

 

 その時、ワゴンの影から黒い霧が湧き上がった。

 半額シールを求めて殺到した主婦たちの殺気(怨念)が凝縮し、小さな「貧乏神」のような低級霊が実体化しようとしていたのだ。

 

「……おっと」

 

 鵺野が左手に手をかける。

 だが、霊夢の方が早かった。

 

 パァン!

 

 彼女は柏手を一つ打った。

 ただそれだけで、清浄な神気が波紋のように広がり、低級霊は「あ、すんません」という感じで霧散した。

 

「……祓い清め、完了」

 

 霊夢は何事もなかったようにカゴを持ち直した。

 鵺野が目を丸くしている。

 

「……凄いな。今の柏手、ただ者じゃないな? 君、どこの神社の……」

 

「博麗神社よ。……賽銭箱に余裕があったら、入れに来てね」

 

 霊夢はそれだけ言い残し、クールに背を向けた。

 

 

 

 レジを済ませ、サッカー台(袋詰め場所)で二人は隣り合った。

 鵺野はカゴの中身(ステーキ肉と、自分用の激安カップ麺)を見ながら、苦笑いして話しかけてきた。

 

「さっきは助かったよ、巫女さん。……俺、つい霊を見ると手が出そうになっちまってな」

 

「公衆の面前で『鬼の手』はマズいでしょ。……ここは現実(リアル)なんだから、コンプライアンス的にね」

 

 霊夢は淡々と返す。

 鵺野はその言葉に、妙な説得力を感じたようだ。

 

「ははっ、違いない。……君、若いのに肝が据わってるな。まるでベテランの神主みたいだ」

 

「……まあ、前世でそれなりにね」

 

 霊夢は鳴介に聞き取れないほどの小声で呟き、袋詰めを終えた。

 

「じゃあね、先生。……奥さんを大事に」

 

「ああ! 君も、神社の経営頑張れよ!」

 

 鵺野は爽やかに笑い、重そうな(でも中身は軽い)買い物袋を提げて去っていった。

 その背中には、世界の平和を守るヒーローの風格と、来月の生活費を案じる庶民の哀愁が同居していた。

 

「……ふっ。悪くない男ね」

 

 霊夢は小さく笑った。

 漫画の中のヒーローは、現実でもやっぱりヒーローだった。ただし、金がないという点を除けば。

 

「さて、私も帰って『もやし炒め』でも作るか……」

 

 元・一級神職、現・貧乏巫女。博麗霊夢は、夕暮れのPLANT-5を後にした。

 その足取りは、少しだけ軽かった。

 

 

 

 

短編その2:『最強の家庭訪問 〜地獄先生、五条家に挑む〜』

 

 4月下旬。

 境港市内の桜も散り、新緑が眩しい季節。5年3組の担任となった鵺野鳴介(ぬ〜べ〜)は、家庭訪問のため市内を自転車で爆走していた。

 

「ふぅ……次は佐藤蓮くんの家か」

 

 地図を確認し、彼は一軒の酒屋の前で止まった。

 『佐藤酒店』。

 ごく普通の、どこにでもある商店だ。だが、鵺野の「霊視」には、店のガラス戸にうっすらと残る「無数の泥の手形」が見えていた。

 

(……ほう。綺麗に掃除されているが、霊的な痕跡は残っているな。この家、そしてあの子は……『招きやすい』体質か)

 

 鵺野は眉をひそめ、襟を正してから引き戸を開けた。

 

「ごめんください! 担任の鵺野です!」

 

 店番をしていた蓮の両親が、満面の笑みで迎えてくれた。

 

「あらー! 先生、よくいらっしゃいました!」

 

「いやぁ、噂通りの個性的な先生だ! その手袋、ロックだねぇ!」

 

 一般人の両親には、鵺野の「鬼の手」もファッションに見えるらしい。

 奥の居間でお茶を出され、面談が始まる。二階の階段では、蓮が心配そうに聞き耳を立てていた。

 

「佐藤くんは、非常に真面目で、クラスの調和を保ついい子ですよ」

 

「そうですかぁ? 家だと地味で、漫画ばっかり読んでて……もっとこう、主人公みたいに活発になってほしいんですけどねぇ」

 

 母親の言葉に、鵺野は首を振った。

 

「いえ、お母さん。……彼は『生き残る才能』に長けています。どんな状況でも冷静に、自分の役割(モブとしての立ち回り)を見極める力がある。……これは、現代社会で最も重要なスキルですよ」

 

 二階で盗み聞きしていた蓮は、胸を撫で下ろした。

 

 (ぬ〜べ〜先生……! 分かってるじゃないか!)

 

 帰り際、鵺野は店の商品棚に目を輝かせた。

 

「おっ、この地酒……美味そうですねぇ」

 

「ああ、先生イケる口? よかったらこれ、見切り品だけど持ってってよ!」

 

「えっ、いいんですか!? ……あ、ありがとうございます!!」

 

 鵺野は賞味期限ギリギリの高級日本酒をゲットし、ホクホク顔で店を後にした。

 これがあるだけで、今夜の晩酌(カップ麺のつまみ)が豪華になる。彼は上機嫌でペダルを漕いだ。

 

 次は、問題の家だ。

 小鳥遊六花。

 クラスで一番の霊感を持ち、身体能力も異常に高い謎の少女。住所を頼りに向かうと、そこは古民家を改装した骨董店『界』……の裏手にある、立派な日本家屋だった。

 

「……なんだ、これは」

 

 鵺野は門の前で立ち止まった。彼の霊的アンテナが、警報を鳴らしている。

 

 家全体が、見えない「膜」で覆われている。物理的な結界ではない。空間そのものが歪められ、外部からの干渉を拒絶している。

 

(……無限? 近づくほどに遠くなる、アキレスと亀のパラドックスか?)

 

 チャイムを押そうとする指が、ボタンの数ミリ手前で止まる。押せない。届かない。

 

「はーい、どうぞー。鍵は開いてますよー」

 

 インターホン越しではなく、直接中から声がした。結界がふっと緩む。門がひとりでに開いた。

 

 玄関で出迎えたのは、目隠しをした長身の白髪男だった。黒い服に、リラックスしたスウェット姿。

 だが、その全身から立ち昇るオーラは、鵺野がこれまで出会ったどんな妖怪よりも濃密で、鋭利だった。

 

「……初めまして。担任の鵺野です」

 

「どうもー。保護者代わりの五条悟でーす」

 

 五条悟。

 その名を聞いた瞬間、鵺野の記憶がリンクした。

 

(五条悟……! 噂には聞いている。呪術界の御三家・五条家の当主にして、現代最強の術師。……超常界隈の『改革派』の筆頭か!)

 

 鵺野のような霊能力者(フリーランスや寺社勢力)と、呪術師(呪術高専などの組織)は管轄が違うが、彼の悪名は轟いている。

 まさか、こんな田舎で隠居生活を送っているとは。

 

 通された客間には、見たこともない高級そうな調度品が並んでいた。

 出されたお茶菓子は、一粒千円はしそうな高級チョコレート。鵺野の左手(鬼の手)が、五条の「六眼」に反応してドクンと脈打つ。

 

「先生、その手袋カッコいいね。僕も目隠ししてるし、なんかお揃いって感じ?」

 

「は、はは……。貴方のような大物が保護者とは、六花さんも只者ではないわけです」

 

 鵺野は冷や汗を拭いながら、単刀直入に切り出した。

 

「……六花さんは、非常に強い『霊感』を持っていますね。それも、制御できないほど強大な」

 

「あー、バレちゃった? さすがプロだね」

 

 五条はあっけらかんと笑い、チョコを放り込んだ。

 

「ま、ウチの子は『フィジカルギフテッド』なんで。肉体的にも呪術的にも、才能の塊だよ」

 

 フィジカルギフテッド。

 超常界隈では本来は天与呪縛(呪力がない代わりに身体能力が高い)を指す言葉だが、五条はあえて「肉体的才能(フィジカル)もギフトされている」という意味で使ったようだ。

 

「先生。もし学校に『変なモノ』が出たらさ、遠慮なく実戦経験積ませていいよ?」

 

「……は?」

 

「あの子、座学より実技向きだから。先生のサポートがあれば、特級呪霊くらいなら祓えるでしょ」

 

 教育実習のノリで「除霊」を提案する五条。

 鵺野はガタンと茶碗を置いた。

 

「……お父さん。それは違います」

 

 彼の太い眉が吊り上がった。

 

「子供を守るのは、大人の役目です。……ましてや学校内であれば、教師である私が守ります。生徒を戦わせるような真似はさせません!」

 

 貧乏教師の、精一杯の啖呵。

 五条は目隠しの下で目を丸くし、それから面白そうに口角を上げた。

 

「……へえ。熱血だねぇ」

 

「教育方針の違いです。……ですが、私のクラスにいる以上、私のやり方に従ってもらいます」

 

「ま、いっか。六花が楽しそうならそれで」

 

 五条はあっさりと引き下がった。

 そして、帰り際。

 

「あ、これ。お土産です。仙台銘菓『喜久福』。……生クリーム大福、好きでしょ?」

 

 五条が差し出したのは、冷凍された高級大福の箱だった。

 ずっしりと重い。鵺野の喉が鳴る。これ、ネット通販で数ヶ月待ちのやつだ。自分の給料じゃ手が出ないやつだ。

 

「……くっ、教師が生徒の親から物品を受け取るわけには……!」

 

「いいじゃん、余り物だし。賞味期限近いから、捨てちゃうよ?」

 

「……捨てちゃう!? それはいかん! 食べ物を粗末にするのは教育上よろしくない!!」

 

 鵺野は素早い手つきで箱を受け取った。プライドと食欲の戦いは、0.1秒で食欲が勝利した。

 

「……ありがたく頂戴します。妻(リツコ)への土産にします」

 

「はいはい、お幸せに〜」

 

 五条に見送られ、鵺野は五条家(要塞)を後にした。カゴには日本酒と喜久福。

 

「……ふぅ。どっと疲れた」

 

 鵺野は夕日を見上げた。

 最強の術師・五条悟。彼がバックにいるなら、妖怪の脅威など些細なことかもしれない。

 だが、鵺野は思う。

 

「力があるから幸せとは限らない。……あの子(六花)に必要なのは、最強の力じゃなく、普通の小学生としての日常かもしれないな」

 

 地獄先生はペダルを漕ぐ。

 愛する妻の待つ、安アパートへと帰るために。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。