仮称:やる夫スレ的世界でオカルトやってくー   作:水野芽生

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011.5.1 短編集2

 

短編その1:図書室の開かずの扉と、黒歴史のアーカイブ

 

 6月。

 境港市は、日本海側特有の重たい梅雨空に覆われていた。連日の雨でグラウンドは沼のようになり、外遊びができない生徒たちは校舎内で退屈を持て余していた。

 

 放課後の図書室。

 湿った空気と、古本の匂いが充満する静かな空間。

 僕、佐藤蓮は、窓際の席で『少年探偵団』シリーズを読んでいた。

 

「……影。光あるところ、影あり」

 

 向かいの席で、小鳥遊六花がぽつりと呟いた。

 彼女が読んでいるのは、ハードカバーの『ゲド戦記』だ。量子力学の本かと思えば、今日はファンタジーの名作か。彼女の守備範囲は広い。

 

「どうしたの、急に」

 

「ん、この本の一節。……『ろうそくをともせば、影ができる』。真理だなと思って」

 

 六花は本を閉じ、ふと視線を部屋の奥へと向けた。

 そこには、「第二資料室」と書かれた重厚な木の扉がある。現在は使われていない物置で、生徒の間では「開かずの扉」として七不思議の一つに数えられている場所だ。

 

「……あの中から、『影』の気配がする」

 

「影?」

 

「うん。……苦しそうな、悶えるような、でも誰かに見てほしいような……すごく面倒くさい声が聞こえる」

 

 六花の「六眼(の因子)」が捉えたなら間違いない。

 また怪異か。僕は本を閉じた。

 

「……壊す?」

 

「まさか。器物損壊で怒られるよ」

 

 六花は首を横に振り、席を立った。彼女は意外と常識人だ。まずは正規の手順を踏む。

 

 数分後。

 僕たちは職員室から、担任の鵺野鳴介(ぬ〜べ〜)先生を連れて戻ってきた。

 

「図書室の奥から妖気だと? ……ふむ、確かに感じるな」

 

 先生は眉をひそめ、ジャラジャラと鍵束を取り出した。管理者用のマスターキーだ。それを「第二資料室」の鍵穴に差し込む。

 

 ガチン。

 

 硬い音がして、鍵が止まった。

 回らない。

 

「……ダメだ。錆びついているのか、あるいは内側から『念』でロックされているのか。ビクともしない」

 

 先生は額に脂汗を浮かべ、さらに力を込めるが、鍵はピクリとも動かない。

 

「仕方ない。……『鬼の手』で強制解錠するか」

 

「待って先生」

 

 六花が先生の左手を制した。

 

「中で『紙』が大量に擦れる音がする。……先生が力任せにドアを吹っ飛ばしたら、中の本が衝撃波でバラバラになるかも」

 

「む……確かに。貴重な資料があるかもしれんしな」

 

 霊能教師と最強の少女が、扉の前で腕を組んで悩み込んでしまった。

 物理(パワー)で解決できないなら、どうする?

 

 僕はため息をつき、そっと手を挙げた。

 

「……あの、先生。僕にやらせてもらえませんか?」

 

「佐藤? お前に鍵が開けられるのか?」

 

「まあ、ちょっと興味があって。……六花ちゃん、ヘアピン貸して」

 

 僕は六花の前髪を留めていた黒いヘアピンを2本借りた。それを指先で曲げ、即席のピックとテンションレンチを作る。前世で読んだミステリー小説や、スパイ映画の知識。そして、現世で培った「手先の器用さ」。

 

(……大丈夫。僕はモブだ。モブは背景に溶け込む。無機物である『鍵』に対しても、警戒心を抱かせない)

 

 カチ、カチ……。鍵穴の中のピンを探る。錆び付いているが、構造自体は単純なディスクシリンダーだ。

 

 ……カチャリ。

 

 小さな音がして、シリンダーが回った。

 

「開きました」

 

「……お、おおっ!?」

 

 ぬ〜べ〜先生が目を丸くした。

 

「凄いな佐藤! まるでルパンだ! ……将来は鍵師にでもなるか?」

 

「いや、ただの趣味です」

 

 僕は苦笑いしながら、ヘアピンを六花に返した。

 

 

 ギギギ……と、重い扉が開く。

 瞬間。

 中から猛烈な湿気と、カビ臭さ、そして「恥ずかしい気配」が吹き出した。

 

「うわっ、なんだこの空気は!?」

 

 先生が鼻をつまむ。

 部屋の中は、埃まみれの本棚と、散乱した段ボール箱で埋め尽くされていた。

 そして、その箱の中身は――。

 

「……『僕が考えた最強のドラゴン』?」

 

「……『呪われた左腕を持つ転校生(設定ノート)』?」

 

「……『〇〇ちゃんへのラブレター(未投函)』?」

 

 歴代の卒業生たちが残した、文集の没原稿、授業中に回した手紙、自作の漫画ノート。

 いわゆる「黒歴史」の山だった。

 

「……なるほど。これは『付喪神(つくもがみ)』の一種だな」

 

 先生が納得したように言った。

 

「子供たちの『誰にも見られたくないけど捨てられない』という、思春期特有の情念(黒歴史)。……それが梅雨の湿気でカビと共に増殖し、一つの『意識』を持ってしまったんだ」

 

 部屋の奥で、インクとカビで出来た不定形の「黒い影」が、恥ずかしそうに身をよじっていた。

 

『……見ないで……読んで……いや読まないで……!』

 

『……僕の魂の叫びを……いややっぱ燃やして……!』

 

 矛盾する悲鳴。

 切ない。あまりにも切ない怪異だ。

 

 

「……除霊するか?」

 

 先生が左手を構える。

 しかし、その顔には迷いがあった。

 

「いや、待ってください先生」

 

 僕は止めた。

 

「これを消し去るのは忍びないです。……誰にでもある『過程』ですから」

 

「佐藤……」

 

「僕が片付けます。……見ないように、整理だけしますから」

 

 僕は部屋に入り、散乱していたノートを丁寧に拾い集めた。中身は読まない。表紙も見ない。ただ、淡々と箱に戻していく。六花も手伝ってくれた。彼女もまた、他人の痛みが分かる子だ。

 

「大丈夫だよ。誰も笑わないし、誰も晒さない。……ここは『秘密の場所』だから」

 

 僕がそう呟くと、黒い影は安心したように震えを止め、スゥッと箱の中へ戻っていった。部屋の空気が、少しだけ澄んだ気がした。

 

 先生が静かにお経を上げ、湿気(邪気)を払う。これで、彼らも安らかに眠れるだろう。

 

 

 帰り際。

 最後の箱を閉めようとした時、一冊の古いジャポニカ学習帳が目に入った。表紙に、大きくマジックでこう書かれていた。

 

『世界最強の呪術師を目指す!』

 

『必殺技研究ノート 作:五条(仮)』

 

「……え?」

 

 僕は思わず手にとってしまった。ページをめくると、そこには拙い絵と文字で、見覚えのある技名が並んでいた。

 

術式反転「赫(あか)」! → 指パッチンで衝撃波を出す!

 

虚式「茈(むらさき)」! → 全てを消し去る最強の技! いつか習得する!

 

領域展開「無量空処」! → 相手を情報量でパンクさせる! 今日のテスト勉強で使った!

 

「……これ」

 六花が覗き込み、絶句した。

 

 日付は1990年代初頭。

 明らかに、本物の五条悟ではない。この世界に転生した「誰か」が、自分が五条悟(あるいはその親戚)だと信じ込み、必死に術式を練習しようとしていた痕跡だ。

 しかし、呪力がなかったのか、それともただの「ごっこ遊び」で終わったのか。ノートの最後は、『中学入ったらサッカー部に入る』という現実的な目標で終わっていた。

 

「……悲しい。悲しすぎるよ、この転生者」

 

 僕は涙が出そうになった。

 転生したからといって、みんながチート能力を持てるわけじゃない。現実に負けた「自称・五条悟」の墓標が、ここにあったのだ。

 

「……見なかったことにしよう」

 

 六花が静かにノートを閉じ、箱の底へ沈めた。

 

「うん。それが武士の情けだ」

 

 僕たちは固い握手を交わし、第二資料室の扉を閉めた。

 カチャリ、と鍵をかける。

 

 梅雨の雨音だけが、図書室に響いていた。

 僕たちの「黒歴史」もいつか、こんな風に誰かに優しく封印されることを祈りながら。

 

 

 

 

短編その2:呪いの前略プロフと、顔のない同級生

 

 2014年7月。

 1学期も終わりに近づいた5年3組の教室で、奇妙な現象が起きていた。

 

「ねえ、私の『リアル』見た?」

 

「見た見た! 足跡つけといてよ〜」

 

「質問コーナー更新したから、キリ番報告よろしく!」

 

 休み時間の女子グループ。彼女たちが手にしているのは、親のお下がりのガラケーや、買ってもらったばかりのスマホだ。

 だが、画面に表示されているのは、LINEでもTwitterでもない。

 極彩色の文字、点滅する装飾ライン、そして縦に長い質問項目。

 

「……ねえ六花ちゃん。今は2014年だよね? スマホでパズドラやる時代だよね?」

 

「うん。なんで今更『前略プロフィール』なの? ここだけ2005年にタイムスリップした?」

 

 僕、佐藤蓮と、隣の席の小鳥遊六花は、顔を見合わせて首を傾げていた。

 クラスの女子の間で、なぜか「プロフサイト」が爆発的に流行しているのだ。『H.N(ハンドルネーム)』『100の質問』『絡み募集』……。

 黒歴史の博物館のようなサイトが、令和(まだ平成だが)に蘇っている。

 

「一周回ってレトロブームなのかな。……境港の時空が歪んでるんじゃない?」

 

「ありえる。妖怪の街だし、電子の妖怪も古いのが住み着いてそう」

 

 六花は呆れ顔で、分厚い洋書(『ゲド戦記』の原書)を開いた。彼女はプロフなんて持っていないし、興味もない。

 それが、悲劇の始まりだった。

 

 

 

 5時間目。学活の時間。

 担任の鵺野鳴介(ぬ〜べ〜)先生が、デジカメを持って教壇に立った。

 

「よーし、今日は学級通信用の写真を撮るぞー! みんな、いい顔しろよ!」

 

 先生は張り切ってシャッターを切った。

 カシャッ。

 プレビュー画面を確認した先生の顔色が、サッと青ざめる。

 

「……おい、小鳥遊。動いたか?」

 

「ううん。止まってたよ」

 

 先生は僕たちに画面を見せた。クラス全員が笑顔で写っている中、中央にいる六花の顔だけが、「テレビの砂嵐」のような激しいノイズで塗りつぶされていたのだ。

 心霊写真のようなブレ方ではない。

 まるで、画像データそのものが「そこだけ読み込みエラー」を起こしているような。

 

「……チッ。効いてないじゃん」

 

「もっと書き込まないとダメなんじゃない?」

 

 教室の隅で、女子グループのリーダー格・A子が舌打ちをしたのが聞こえた。

 彼女たちは六花を睨みつけ、手元のスマホを猛烈な勢いで連打し始めた。

 

「……重い」

 

 六花が眉間を押さえた。

 

「呪い? ……いや、DDoS攻撃みたい。大量の『悪意』が私の座標にスパムみたいに送られてくる。……私の霊力(ファイアウォール)で弾いてるけど、処理落ちして存在がブレそう」

 

 さすが最強の遺伝子。呪いを「スパムメール」扱いして耐えている。

 だが、物理的に顔が認識されなくなるのは不便だ。

 

 

 放課後。

 A子たちが帰った後の教室で、僕と六花、そしてぬ〜べ〜先生による緊急会議が開かれた。

 

「これは『ネット妖怪』……いや、子供たちの嫉妬心が生み出した『電子的な生霊』だな」

 

 先生は深刻な顔で言った。

 

「以前、童守町でも『学校裏サイト』が流行ってな。そこでも似たような怪異があった。……だが、今回は質が悪い。古い呪術(プロフ)と新しい嫉妬が混ざっている」

 

 先生はガラケーを取り出し、ボタンをポチポチと押したが、すぐに投げ出した。

 

「くそっ、文字が小さすぎて読めん! どこを押せば除霊できるんだ!?」

 

「先生、物理(霊力)でサーバーを叩くのは最終手段です」

 

 僕はため息をつき、自分のキッズスマホを取り出した。

 

「さっき、A子たちの会話を盗み聞きしました。……原因はこれです」

 

 僕は画面を見せた。

 『裏・前略プロフィール(通称:ウラ略)』。

 表向きは普通のプロフサイトだが、隠しコマンドを入力すると、「呪いの掲示板」が現れる。

 そこには、六花の名前がびっしりと書き込まれていた。

 

『小鳥遊六花 調子乗ってる』

『顔だけいいよね 消えちゃえ』

『五条のコネ ウザい』

 

「……なるほど。名前を書くことで、対象の『個(顔)』を認識し、サーバーから削除するように現実世界へ干渉しているのか」

 

 先生が分析する。

 

「ここまで呪いが積み重ねられているとは……小鳥遊は霊力が高いから耐えているが、普通の人間ならとっくに存在ごと消滅しているぞ」

 

 

「どうする? 私がA子たちのスマホを物理的に破壊する?」

 

 六花が物騒なことを言う。

 

「いや、それじゃ根本的な解決にならない。……サイトの大元を潰そう」

 

 僕は提案した。

 

「先生は、A子たちに取り憑いている『嫉妬の黒い雲』を祓ってください。……デジタルの方は僕がやります」

 

 僕は『ウラ略』のトップページを開いた。

 この呪いは、ターゲットを「特定(ロックオン)」することで発動する。

 逆に言えば、「特定できない存在」に対しては無力だ。僕はID入力欄に『Guest』と入力し、自分の「気配」を極限まで消した。

 モブスキル・隠密(ステルス)。

 現実世界で培った「背景に溶け込む力」を、ネット空間にも応用する。

 

(……僕はモブだ。システムにとっての『その他大勢』。エラーとしても検知されないノイズだ)

 

 通常なら弾かれる管理者ページへのアクセス。

 しかし、呪いのシステムは僕を「脅威」とも「対象」とも認識しなかった。まるで空気が通り抜けるように、僕はセキュリティホールをすり抜けた。

 

「……入れた」

 

「すげえな佐藤! お前、ハッカーの才能もあるのか!?」

 

「いえ、ただ『認識されなかった』だけです」

 

 少し悲しい才能だが、今は役に立つ。

 僕は管理者権限で、書き込まれた呪いのデータを全て選択した。

 

「……六花ちゃんへの悪口、全部消去(デリート)!」

 

 エンターキーッ!

 

 

 その頃。

 下校中のA子たちのスマホが、異常な熱を発し始めた。

 

「きゃっ!? 熱い!」

 

 A子がスマホを落とす。

 画面から黒い煙――いや、嫉妬の怨念が逆流して噴き出した。呪いの行き場がなくなり、発信元へ戻ってきたのだ。

 A子の顔が、のっぺらぼうのように消えかける。

 

「ひっ……私の顔が!?」

 

 そこに、曲がり角から鵺野先生が飛び出した。

 

「そこだぁッ!!」

 

 バリバリバリッ!!

 

 左手の黒手袋が外され、赤く輝く「鬼の手」が一閃。

 A子たちの背後に凝り固まっていた黒いモヤを、物理的に引き剥がし、握り潰した。

 

「……ネットの海へお帰り!!」

 

 シュゥゥゥ……

 

 黒い煙は霧散し、A子の顔が元に戻る。

 同時に、僕の手元のスマホ画面には『404 Not Found』の文字が表示された。サイトそのものが、存在意義を失って消滅したのだ。

 

 

 翌日。

 教室のブームは、嘘のように去っていた。

 

「……あれ? 私、なんであんなサイトやってたんだろ?」

「ダサくない? やっぱLINEだよねー」

 

 A子たちは、何事もなかったように新しいアプリの話をしている。

 記憶が曖昧になっているようだ。

 六花の顔も、写真にちゃんと写るようになっていた。

 

「……助かったよ、蓮くん。あと先生も」

 

 六花が僕の机に来て、小声で礼を言った。

 

「いいよ。……有名税も大変だね」

 

「ま、主人公の宿命ってやつ? ……でも、蓮くんの『影の薄さ』も、使いようによっては最強だね」

 

 褒められているのか貶されているのか分からないが、悪い気はしなかった。

 教壇では、鵺野先生が満足げに頷いている。

 

「やれやれ。……妖怪よりも、人間の心の闇と、時代の歪みの方がよっぽどホラーだな」

 

 先生はガラケーを閉じ、チョークを手に取った。

 2014年の夏。少しだけ時代錯誤な怪奇事件は、アナログとデジタルの連携によって幕を閉じた。

 

 ……ちなみに、僕がハッキングした時、管理者ページの端っこに『管理人:Y.K(死神)』というふざけたハンドルネームがあったことは、誰にも言わないでおこうと思った。

 

 

その2のエピローグ:放課後の生徒指導『小鳥遊六花について』

 

 事件の翌日。放課後の生徒指導室。

 A子を含む女子グループの数名が、長椅子に座らされていた。彼女たちの表情は不満げだ。

 

「先生ぇ、なんで呼び出し? 私たち、何もしてないし」

 

「そうだよ。ただスマホ見てただけじゃん」

 

 彼女たちの記憶から『ウラ略』のことは消えている。

 自分たちが六花を呪おうとしていたことも、顔が消えかけた恐怖も、すべて「なかったこと」になっている。

 

 だが、鵺野鳴介は誤魔化さなかった。彼はパイプ椅子に逆向きに座り、太い眉を吊り上げて彼女たちを真っ直ぐに見据えた。

 

「……用件は一つだ。『小鳥遊六花について』」

 

 その名前が出た瞬間、A子たちの顔が少し曇った。無意識下の罪悪感か、それとも消えない嫉妬心か。

 

「別に……あの子のことなんて、興味ないし」

 

「そうか? お前たちの心の奥底に、黒いモヤがかかっているのが俺には見えるぞ」

 

 鵺野は左手の黒手袋を、ゆっくりと撫でた。

 

「いいか。今回の件、お前たちは覚えていないかもしれない。……だが、『言葉』は消えない」

 

「え?」

 

「ネットに書こうが、陰で言おうが、吐き出した悪意は必ず自分に返ってくる。……今回は俺が払い除けたが、次はないぞ」

 

 教室の空気が、ピリリと張り詰める。

 霊能力者としての威圧感ではない。一人の大人として、子供の未熟な心に釘を刺す「本気の説教」の空気だ。

 

「小鳥遊は、確かにお前たちとは違う世界を持ってる。恵まれているように見えるかもしれない」

 

「……だって、実際そうじゃん。顔もいいし、親も有名だし」

 

 A子がポツリと本音を漏らした。

 鵺野は頷いた。

 

「ああ、そうだ。羨ましいよな。妬ましいよな。……それは人間として当たり前の感情だ。俺だって金持ちを見れば羨ましいと思う」

 

 鵺野はふっと表情を緩めた。

 

「だがな。その感情を『攻撃』に変えた瞬間、お前たちは『妖怪』に変わるんだ」

 

「……妖怪?」

 

「人間の心を食い物にする、醜い化け物にな。……鏡を見てみろ。嫉妬で歪んだ顔は、可愛くないぞ?」

 

 A子たちはハッとして、お互いの顔を見合わせた。

 昨日の「のっぺらぼうになりかけた感覚」が、背筋を撫でた気がした。

 

「仲良くしろとは言わん。無理に好きになる必要もない。……だが、『干渉しない』というルールだけは守れ」

 

 鵺野は立ち上がり、彼女たちの頭をポンポンと軽く叩いた。その手つきは、除霊の時とは違い、優しかった。

 

「それさえ守れば、俺はお前たちの味方だ。……何かあったら守ってやる。分かったな?」

 

「……はーい」

「……わかりました」

 

 A子たちはバツが悪そうに返事をし、逃げるように生徒指導室を出て行った。

 廊下から「ぬ〜べ〜、説教くさーい」という軽口が聞こえてくるが、その声には以前のような陰湿な響きはなかった。

 

「……やれやれ。妖怪退治より、こっちの方が骨が折れるぜ」

 

 鵺野は大きく息を吐き、窓の外を見た。校庭では、六花がサッカーボールを蹴り、蓮がそれを遠くから眺めている。

 

 嫉妬も、悪意も、簡単には消えない。

 だが、それを御する「理性」を育てるのもまた、地獄先生の仕事なのだ。

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