仮称:やる夫スレ的世界でオカルトやってくー   作:水野芽生

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012 激闘!灼熱のビーチと微酔いの特級美少女

 

 7月下旬。

 鳥取県米子市から境港市にかけて広がる、白砂青松の美しい海岸線──弓ヶ浜海水浴場。

 日本海とは思えないほど穏やかな波と、どこまでも続く白い砂浜。

 夏真っ盛りのこの日、ビーチは極彩色のパラソルと、溢れんばかりの海水浴客で埋め尽くされていた。

 

 その喧騒を見下ろす、一基の監視塔。そこに、真っ赤なライフセーバーパンツ一丁で仁王立ちする男がいた。

 境第2小学校5年3組担任、鵺野鳴介である。

 

「……暑い。そして、腹が減った」

 

 鵺野は双眼鏡を覗きながら、乾いた唇を舐めた。彼の懐事情は、この夏の猛暑と同様に過酷だった。給食のない夏休みは、独身貧乏教師にとって食費との戦いである。

 さらに、妻であり同僚の高橋律子先生を「境港みなと祭り」の花火大会に誘うための軍資金も必要だった。

 ゆえに、彼はこの炎天下、日当8000円の監視員のアルバイトに精を出しているのだ。

 

「だが……悪いことばかりでもないな」

 

 鵺野の視線が、双眼鏡越しに波打ち際へ向けられる。そこには、色とりどりの水着に身を包んだ女性客たちの姿があった。

 

「おおっ、今年のトレンドはフリル付きか……! むっ、あちらの大胆なカットも捨てがたい……! いかんいかん! 俺は教師だ! 聖職者だ! ……だが、男としての本能がぁっ!」

 

 煩悩と倫理観、そして空腹。三つの業火に焼かれながら、地獄先生は今日も海を守っていた。

 

 その時だった。ビーチの一角が、ざわめき始めた。

 

「……おい、見ろよあの子」

 

「うわ、すっげぇ美人……」

 

「モデルか? それとも海外の女優?」

 

 視線の集中砲火を浴びながら、波打ち際を歩いてくる二人組がいた。いや、周囲の目には「一人」しか映っていなかったかもしれない。

 

 小鳥遊六花。

 彼女の出で立ちは、小学5年生という枠を遥かに逸脱していた。

 漆黒のホルターネックビキニ。五条家の遺伝子を継ぐ彼女の四肢は、驚くほど長く、そして陶器のように白い。引き締まったウエスト、成長期を先取りしたような発育の良いプロポーション。濡れた銀髪をアップにまとめ、白いうなじを露わにし、顔半分を大きなサングラスで隠しているその姿は、どこからどう見ても「クールなモデル系女子高生」にしか見えなかった。

 

「……暑い。蓮くん、カキ氷買ってきて」

「はいはい。いちごでいい?」

 

 その隣には、佐藤蓮がいた。

 量販店で買った、無地で特徴のない紺色の海パン姿。彼は六花のすぐ横を歩いているのだが、あまりにも周囲の風景──白い砂浜や背景の松林──に溶け込みすぎており、誰からも認識されていない。

 まるで、六花が独り言を喋っているかのように見えていた。

 

「……ねえ六ちゃん。僕、また『透明人間』扱いされてるんだけど」

 

「便利でいいじゃん。……あ、あそこの監視塔。先生がいる」

 

 六花はサングラスを少しずらし、蒼い瞳で塔の上の鵺野を見上げた。

 その圧倒的なオーラに、監視塔の鵺野も思わず双眼鏡を落としそうになった。

 

「……なっ、なんだあの超絶美女は!? 外国人モデルか!? ……って、よく見たらウチのクラスの小鳥遊じゃないか──っ!?」

 

 鵺野は絶叫した。

 小学生があの水着は刺激が強すぎる。教育的指導が必要か、それとも拝むべきか。彼の脳内会議は紛糾した。

 

 ◇

 

 六花たちは、監視塔から少し離れた場所にパラソルを広げた。蓮が海の家へ買い出しに行っている間、六花はデッキチェアに寝そべり、優雅に文庫本(内容は量子物理学)を読んでいた。

 

 当然、そんな「極上の獲物」を、夏の獣たちが放っておくはずがない。

 

「ねー、お姉さん。一人?」

 

 声をかけてきたのは、チャラついた大学生風の男三人組だった。日焼けした肌に、派手なサーフパンツ。典型的なナンパ師だ。

 

「……」

 

 六花は無視してページをめくる。

 

「つれないなぁ。俺ら車で来てるんだよね。この後、ドライブ行かない? 米子の方に美味い店あるんだよ」

 

「……興味ない。邪魔(ど)いて」

 

 六花は冷たく言い放つ。その拒絶さえも魅力的で、男たちはさらに食いついた。

 

「まあまあ、そう言わずにさ! ほら、喉渇いてるっしょ? これあげるよ!」

 

 リーダー格の男が、クーラーボックスからキンキンに冷えたボトルを取り出した。

『トロピカル・ピーチ・スパークリング』

 見た目は可愛らしいジュースだが、その実態はアルコール度数5%の甘いカクテルだった。

 

「これ、めっちゃ美味いから! 奢るって!」

「……」

 

 六花はサングラス越しにボトルを見た。喉は渇いている。蓮はまだ戻ってこない。鼻を近づけると、人工的な桃の香りがした。

 

(……フルーツの匂い。ジュースか)

 

 前世の記憶を持っていても、頭(脳)はまだまだ未熟な小学生。

 そして何より、彼女には父親譲りの「致命的な弱点」があった。

 

「……じゃあ、一口だけ」

 

 六花はストローを口にくわえ、その液体を吸い上げた。甘い炭酸が喉を潤す。

 しかしその直後、食道を灼くような違和感が奔った。

 

「……ん?」

 

 異変は、即座に現れた。

 ほんの数口飲んだだけで、六花の白い肌が、みるみるうちに桜色に染まっていく。視界が揺らぐ。世界がフワフワと浮遊し、思考の輪郭が曖昧になる。

 

(……あれ? なんか、地球の自転、速くなってない?)

 

 彼女は下戸だった。それも、匂いで酔うレベルではないが、コップ一杯で前後不覚になるタイプの、質の悪い下戸だ。

 

「お、顔赤くない? 酔っちゃった?」

 

「かーわいー! チャンスじゃん」

 

 男たちがニヤリと笑い、六花の左右に座り込んだ。一人が六花の二の腕に、もう一人が腰に手を伸ばす。

 

「ねー、ちょっとあっち行こうよー。静かなとこでさー」

 

 その手が、六花の肌に触れようとした、その時。

 

 ピタリ。

 

 男たちの指先が、肌の数センチ手前で静止した。

 いや、止まったのではない。進んでいるのに、届かないのだ。

 

「……え?」

「は? なんだこれ」

 

 男たちは力を込めた。しかし、そこには見えない「壁」があるかのように、指が進まない。

 どれだけ近づこうとしても、その距離が無限に分割され、永遠に到達しない。

『無限』。

 アキレスと亀のパラドックスが、現実空間に具現化していた。

 

「……んぅ?」

 

 六花が、トロンとした瞳で男たちを見上げた。

 彼女はケラケラと笑い出した。

 

「……あはは。君たち、遅いねぇ」

 

「な、なんだよこれ!?」

 

「止まって見えるよ。……もっと速く動いてみなよ。ほら、ほら」

 

 酔った六花は、無意識に「無下限呪術」を展開していた。

 普段は制御している自動防御が、アルコールの影響で暴走し、周囲の空間を歪め始めていたのだ。

 

 さらに悪いことに、酔った六花から漏れ出る強大な呪力は、甘く濃厚な香りを放っていた。

 それは、海の底に潜む「何か」を呼び寄せるには十分すぎた。

 

 ゴゴゴゴゴゴ……

 

 突如、波打ち際が隆起した。

 悲鳴が上がる。海面から姿を現したのは、バスほどもある巨大な赤黒い影。無数の吸盤を持つ、太い触手。

 

「ギョエエエエッ!? バケモノだーッ!!」

 

「タ、タコ!? イカ!?」

 

 大王イカの妖怪(クラーケン)の出現である。

 男たちの邪な欲望と、六花の呪力に引き寄せられた怪物は、その長い触手を唸らせ、砂浜を襲撃した。

 

 ビタンッ!! 

 

 触手が砂浜を叩き、水着の女性客を追いかけ回す。ヌルヌルとした足がパラソルをなぎ倒し、逃げ惑う人々の足に絡みつく。

 まさに阿鼻叫喚、そして(少年誌的にギリギリの)パニック絵図。

 

「六ちゃん! 大変だ!」

 

 カキ氷を持って戻ってきた蓮が、その惨状を見て叫んだ。しかし、酔っ払った六花の反応は斜め上だった。

 

「……あ」

 

 六花はふらりと立ち上がり、巨大なイカを指差した。

 その瞳は、キラキラと輝いている。

 

「……焼きイカだ。おっきい」

 

「えっ」

 

「……こっちおいでー。焼いてあげるー」

 

 六花が右手を前に突き出す。

 その指先に、蒼い光が収束していく。

 

「術式順転・『蒼(あお)』」

 

 瞬間。

 空間に「負の引力」が発生した。掃除機どころではない。ブラックホールのような吸引力が、一点に向かって全てを引きずり込む。

 

 ズゴオオオオッ!! 

 

 砂、パラソル、ナンパ男たち、そして巨大イカまでもが、六花の掌に向かって猛烈な勢いで吸い寄せられた。

 

「わーっ! 六ちゃんバカ! 吸引力が強すぎる! ビーチごと吸い込む気!?」

 

 蓮が必死にパラソルにしがみつく。

 このままでは、怪物どころか海水浴場が消滅してしまう! 

 

「生徒に何をするッ! 鬼の手ッ!!」

 

 その時、赤い閃光が走った。

 監視塔から飛び降りた鵺野が、空中で左手の黒手袋を噛み千切る。顕現した「鬼の手」が、巨大イカの眉間(?)めがけて炸裂した。

 

 ドゴォォォォンッ!! 

 

 強烈な霊撃を受け、イカの妖怪は白目を剥いた。

 同時に、六花の『蒼』の吸引によってバランスを崩し、沖の方へと吹き飛んでいった。

 

「……ふぅ。間一髪だったな」

 

 着地した鵺野は、鬼の手を戻しながら息を吐いた。そして、吸い寄せられて転がっているナンパ男たちの元へ歩み寄る。

 

「……おい」

 

 地獄の底から響くような声。鵺野の背後には、まだ鬼のオーラが揺らめいている。

 

「未成年の生徒に、酒を飲ませたのは貴様らか?」

 

「ひ、ひぃぃッ! ごめんなさいぃぃッ!」

 

 男たちは腰を抜かし、脱兎のごとく逃げ出した。彼らが落としていった財布が、砂の上に寂しく残された。

 

 

「……くっ、この財布の中に、焼肉数回分の金が……」

 

 鵺野は財布を拾い上げ、プルプルと震えていた。悪人から巻き上げた金だ。ネコババしてもバチは当たらないのではないか? 

 いや、しかし。

 

「……俺は教師だ! 生徒の手本にならねばならん!」

 

 彼は血の涙を流しながら、財布を持って最寄りの交番(臨時の監視所)へと走った。

 

 数分後。

 正直に財布を届けた鵺野の姿に、浜茶屋のおばちゃんが感動していた。

 

「あんた、立派だねぇ! 今どき珍しいよ!」

 

「いえ、当然のことをしたまでです(お腹空いた……)」

 

「これ、持っていきな! 売れ残りの焼きそばとフランクフルト! 全部あげるよ!」

 

「えっ、いいんですか!? ありがとうございます!!」

 

 神は見ていた。

 あるいは、地獄の鬼もたまには情けをかけるのかもしれない。鵺野は山盛りの食料を抱え、生徒たちの元へ戻った。

 

 ◇

 

 夕暮れ時。

 茜色に染まる弓ヶ浜の波打ち際で、三人は並んで焼きそばを食べていた。

 

 六花は頭を押さえ、うずくまっている。

 

「……うぅ。頭痛い。気持ち悪い。世界が回る」

 

「自業自得だよ。……はい、水」

 

 蓮がペットボトルの水を渡す。酔いは覚めたようだが、二日酔いが彼女を襲っていた。

 

「……二度とお酒飲まない。ジュースも疑って飲む」

 

「それがいい。……しかし小鳥遊」

 

 鵺野はフランクフルトを齧りながら、困ったような顔で六花を見た。

 

「お前、その水着……小学生にしては刺激が強すぎるぞ。先生、目のやり場に困るんだが」

「……」

 

 六花はジロリと鵺野を睨んだ。

 

「……先生。それセクハラ。パパに言いつける」

 

「ひええっ! それだけは勘弁してくれぇ!!」

 

 最強の術師・五条悟に睨まれたら、妖怪退治どころではない。鵺野は砂下座(砂の上での土下座)の勢いで謝った。

 

「ま、大事にならなくてよかったですよ」

 

 蓮は笑いながら、溶けかけたカキ氷を口に運んだ。

 

「僕の『存在感のなさ』も、通報係としては役に立ちましたしね」

 

「……お前、いたのか佐藤」

 

「ずっといましたよ!」

 

 波音が静かに響く。

 妖怪騒ぎも、ナンパ騒動も、全ては海に流されていく。

 金欠教師と、最強少女と、モブ少年の夏休みは、まだ始まったばかりだった。

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