仮称:やる夫スレ的世界でオカルトやってくー   作:水野芽生

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016 大山の鬼、清めの音

 

 2014年8月22日。

 お盆が過ぎ、夏休みも残りわずかとなった頃。

 鳥取県西部、大山(だいせん)。

 「伯耆富士(ほうきふじ)」とも称されるこの雄大な山は、古来より修験道の聖地であり、神仏が宿る場所として崇められてきた。

 

 その中腹にあるキャンプ場で、境第2小学校5年3組の林間学校が行われていた。

 

「いいかお前ら! 山を舐めるなよ! 決して単独行動はしないこと!」

 

 ジャージ姿の担任・鵺野鳴介《ぬ〜べ〜》が、飯盒炊爨《はんごうすいさん》の準備をする生徒たちに声を張り上げていた。

 彼の左手には、黒い手袋が嵌められている。

 鵺野は、山に入ってからずっと眉間に皺を寄せていた。

 

(……空気が、張り詰めている)

 

 大山の霊気は澄んでいる。だが、その清浄さの裏側に、何やら重く、粘り気のある「土の匂い」が混じっている気がした。それは幽霊や悪霊の類ではない。もっと原始的で、荒々しい自然の力。

 

「……先生、怖い顔してる」

 

 カレーの野菜を切っていた佐藤蓮が、ボソリと呟いた。その横で、小鳥遊六花が玉ねぎの皮を剥いている。彼女はサングラスをかけたままだ。

 

「先生が警戒するのも無理ないよ。……この山、なんか『濃い』もん」

 

「濃い?」

 

「うん。呪力じゃない。もっと別の……『命の音』みたいなのが、ガンガン響いてる」

 

 六花の「六眼」は、呪力の流れを視る目だ。

 しかし、今彼女が見ているのは、呪術的な穢れではなく、山そのものが発する強烈なバイタルサインだった。

 

 昼食後。

 蓮は、川の水汲み係を任され、一人でキャンプ場近くの渓流へと降りていった。

 本来なら「二人一組」がルールだが、蓮の影が薄すぎて、ペアを組むはずのクラスメイトが「あれ? 蓮どこ行った?」と気づかぬまま行ってしまったのだ。

 

(……まあいいか。一人の方が気楽だし)

 

 蓮は冷たい水に手を浸した。蝉の声と、せせらぎの音だけが響く。

 その時。

 

 シュッ……

 

 風を切るような、鋭い音が聞こえた。蓮が顔を上げると、少し上流の岩場に、一人の男が立っていた。

 

 30代前半くらいだろうか。短髪で、精悍な顔つき。ラフな登山服を着ているが、その立ち姿は隙がなく、まるで武道家のようだ。

 男は、何も持っていない手を空に向かって振っていた。

 

「……シュッ」

 

 不思議な動きだった。

 気功のようでもあり、楽器の演奏のようでもある。

 

(……見なかったことにしよう)

 

 蓮は「関わってはいけない人種(怪しい修行者)」だと判断し、そっと気配を消して立ち去ろうとした。蓮のステルス能力は、プロの暗殺者ですら欺くレベルだ。

 しかし。

 

「――やあ、少年」

 

 男が、クルリとこちらを向いた。

 目が合った。

 

「……え?」

 

「挨拶、大事だよね。こんにちは」

 

 男は屈託のない、爽やかな笑顔を浮かべていた。

 蓮は驚いた。自分の気配に気づく人間がいるなんて。

 

「あ、こんにちは……。よく気づきましたね」

 

「ん? ああ、君の足音、いいリズムだったからね」

 

 男は岩から軽やかに飛び降り、蓮のそばに来た。

 不思議な人だ。威圧感はないのに、そこにいるだけで空気が澄んでいくような感覚がある。

 

「俺はヒビキ。……君は?」

 

「……佐藤蓮です。林間学校で来てて」

 

「そっか。大山はいい所だよね。……でも、今日はちょっと『音が悪い』かな」

 

 ヒビキと名乗った男は、空を見上げた。

 

「音が悪い?」

 

「うん。山の深呼吸が、ちょっと詰まってる感じ。……君には聞こえないかな?」

 

 ヒビキは蓮の顔をじっと見た。その視線は、蓮の「影の薄さ」を見ているのではない。もっと奥底にある、魂の響きを聞いているようだった。

 

「……君、すごく静かだね。雑音がなくて、透明な音だ」

 

「はあ……よく『影が薄い』とは言われますけど」

 

「いや、いい意味だよ。濁りがないってことだから」

 

 ヒビキはニッと笑い、ポンと蓮の肩を叩いた。

 

「気をつけてね。山は今、少しご機嫌斜めだから」

 

 彼は手を振って、上流の方へと歩いていった。

 シュッ、という足音を残して。

 

 

 夕方。

 蓮がキャンプ場に戻ると、鵺野先生が双眼鏡で山肌を監視していた。蓮は、さっきの男のことを話してみた。

 

「……不思議な男?」

 

「はい。ヒビキって名乗ってました。なんか、空気を切るような動きをしてて」

 

 鵺野の表情が変わった。

 

「ヒビキ……。そして、空気を切る動き……」

 

「先生、知ってるんですか?」

 

「いや、まさかな……」

 

 鵺野は顎に手を当て、独り言のように呟いた。

 

「霊能者の間で囁かれる話だ。……日本には古来より、妖怪退治を専門とする『鬼』の一族がいるという」

 

「鬼?」

 

「ああ。彼らは霊力や呪術ではなく、『清めの音』を使って魔を祓う。組織の名は『猛士《たけし》』、そしてその筆頭戦士の名がヒビキ……。だが、彼は関東を拠点にしていると聞く。なぜ鳥取に?」

 

 鵺野は首を傾げた。

 呪術師(五条家など)が「都市の穢れ」を祓う者なら、猛士は「山の穢れ」を鎮める者。

 テリトリーが違うため、鵺野のようなフリーの霊能教師が彼らと接触することは稀だ。

 

「……もし本物なら、心強い味方だが。……だが、彼らが動いているということは、それだけの『何か』がいるということだ」

 

 鵺野の懸念は的中した。日が暮れ、キャンプファイヤーの火が灯された頃。大山の地響きと共に、「それ」は現れた。

 

 

 ズズズズズ……ッ!

 地面が隆起した。

 楽しいキャンプファイヤーが一転、悲鳴に包まれる。

 

「キャアアアアッ!?」

 

「な、なんだあれ!?」

 

 砕けた地面の下から現れたのは、巨大な蜘蛛《クモ》だった。

 だが、ただの蜘蛛ではない。岩石と土塊、そして樹木が複雑に絡み合って形成された、体長10メートルを超える怪物。

 妖怪「土蜘蛛《つちぐも》」の亜種――いや、この世界での分類名は「魔化魍《まかもう》」。

 

「落ち着け! 生徒たちはバンガローへ避難!」

 

 鵺野が叫び、左手の手袋を引き裂いた。真紅に輝く「鬼の手」が露出する。

 

「この鵺野鳴介が相手だ! ……ハァッ!」

 

 鵺野が跳躍し、鬼の手で土蜘蛛の足を切り裂く。

 ギャアイン!

 硬い岩石がバターのように切断される。さすがは地獄の鬼の力だ。

 

 しかし。

 ボコッ、ボコッ……

 切断された足が、周囲の土を吸収し、瞬時に再生してしまった。

 

「なっ!? 再生だと!?」

 

「先生! あれは霊体じゃない!」

 

 避難誘導をしていた六花が叫んだ。

 

「あれは『自然現象』そのものだよ! 呪力で構成されてないから、祓っても土に戻るだけ!」

 

「くっ……物理的な質量攻撃か! ならば!」

 

 鵺野は必死に応戦するが、相性が悪すぎる。鬼の手は「霊的干渉」には最強だが、魔化魍のような「自然界のエネルギーの暴走」に対しては、決定打に欠けるのだ。

 しかも、相手はデカい。再生する岩の塊を、延々と砕き続ける消耗戦。

 

「(マズい……。このままではジリ貧だ。それに、俺の鬼の手が……共鳴している?)」

 

 鵺野は焦りを感じていた。土蜘蛛が発する荒々しい妖気に当てられ、封印していた左手の「覇鬼《ばき》」が凶暴化し始めていたのだ。

 

 『ククク……いいぞ鵺野! その力を解放しろ! 俺が全部食ってやる!』

 

「黙れ! (覇鬼が暴れれば生徒たちにも被害がでかねん)……ぐ、うっ!」

 

 鵺野が膝をつく。

 そこへ、土蜘蛛の巨大な前足が振り下ろされた。

 

 ――その時。

 

 カァーーーン!!

 

 澄み渡る金属音が、夜の山に響き渡った。

 それは単なる音ではなく、空間そのものを震わせる波動となって広がった。

 その音色が触れた瞬間、再生しようとしていた土蜘蛛の足が、ビクリと痙攣して動きを止めた。

 

「……なんだ? 痛みが……引いた?」

 

 鵺野鳴介は、自らの左手を押さえた。暴走しかけていた「覇鬼」の怨念が、今の音によって鎮静化され、急速に大人しくなっていく。

 まるで、冷水を浴びせられたかのように。

 

「……やあ。間に合ったかな」

 

 岩場の上に、一人の男が立っていた。昼間、蓮が出会った男――ヒビキだ。彼は右手に、奇妙な形をした音叉《おんさ》のような道具を持っていた。それを岩に叩きつけ、耳元にかざしている。

 

「君は……!」

 

「先生、下がってて。そいつはちょっと、相性が悪いみたいだから」

 

 ヒビキは軽く手を振ると、土蜘蛛を見据えた。その表情から笑顔が消え、戦士の瞳になる。

 

「……大山の深部で育ったか。随分と『溜め込んで』るね」

 

 ヒビキは音叉を額の前にかざした。音叉が共鳴し、紫色の鬼の面が浮かび上がる。

 

「ハッ!」

 

 気合一閃。

 ヒビキの全身を、紫色の炎が包み込んだ。業火ではない。不浄を焼き尽くす、聖なる浄化の炎だ。炎が晴れると、そこには異形の戦士が立っていた。隈取(くまどり)のような面。紫のボディ。そして、鎧ではなく、鍛え抜かれた肉体そのものが変化したかのような、生物的なフォルム。

 

 仮面ライダー響鬼《ヒビキ》。

 古来より日本を守り続けてきた、正真正銘の「鬼」である。

 

「変身……!? いや、あれは……」

 

 鵺野は息を呑んだ。

 霊能者として、本能が告げている。

 あれは妖怪や悪霊ではない。山神《やまがみ》の眷属に近い、神聖な精霊の力だ。自分の左手に宿る「地獄の鬼」とは、対極に位置する存在。

 

 

音撃(おんげき)の理

 

 響鬼は腰から二本のバチ――音撃棒・烈火《れっか》を取り出した。先端に鬼の顔が彫られたそのバチに、紅蓮の炎が灯る。

 

「ハァッ!!」

 

 響鬼が跳躍した。

 人間離れした跳躍力で、10メートル級の土蜘蛛の頭上へ躍り出る。そのまま落下しながら、バチを振り下ろす。

 

 ドォン!!

 

 打撃音と共に、土蜘蛛の岩の装甲が爆ぜた。鵺野の「鬼の手」が鋭利な刃物で切り裂くような斬撃だとすれば、響鬼の攻撃は「内部破壊」だ。打撃の瞬間に「清めの音」を叩き込み、魔化魍を構成する妖気を内側から散らしているのだ。

 

「……すごい」

 

 避難していた蓮が、木陰からその光景を見つめていた。

 その横で、六花がサングラスをずらして凝視している。

 

「……呪力じゃない。あれは『波長』だね」

 

「波長?」

 

「うん。あの蜘蛛、大地のエネルギーが暴走して固まってるんだけど、あの鬼の人は、逆位相の音をぶつけて相殺してる。……すごい技術だよ。呪術師の『反転術式』に近いけど、もっと原始的で、優しい」

 

 六花の解説通り、響鬼の攻撃を受けた箇所は、再生することなくサラサラと普通の土に戻っていく。土蜘蛛が悲鳴を上げ、巨大な前足で響鬼を薙ぎ払おうとする。

 

「っと!」

 

 響鬼は軽やかにバックステップで回避し、森の木々を蹴って立体的に動き回る。

 その動きに無駄がない。長年の修行によって培われた、身体能力の極致。

 

「鍛えてますから」

 

 響鬼は短く呟き、再び懐へと飛び込んだ。

 

 

混ざり合わない二つの鬼

 

「加勢する!」

 

 鵺野も黙って見ているわけにはいかなかった。彼は生徒を守るため、痛む左手を抱えて走り出した。響鬼が正面から注意を引きつけている隙に、側面から土蜘蛛の急所を狙う。

 

「鬼の手よ! 奴の核を抉り出せ!」

 

 鵺野が跳びかかり、土蜘蛛の脇腹に爪を突き立てようとした。

 だが、その瞬間。

 

「先生! ストップ!」

 

 響鬼が鋭い声で制止した。

 しかし遅かった。響鬼が放つ「清めの音」の余波が、接近した鵺野の左手に干渉したのだ。

 

「ぐ、うわあああああっ!!」

 

 鵺野が激痛に叫び声を上げ、吹き飛ばされた。

 土蜘蛛の攻撃ではない。響鬼の清浄な気が、鵺野の左手の「邪悪な気」を、敵とみなして浄化しようとしたのだ。

 

「くっ……! な、なんだ今の衝撃は……!?」

 

「ごめんね。俺の音、ちょっと『効きすぎちゃう』んだ」

 

 響鬼が土蜘蛛を蹴り飛ばし、鵺野の前に着地して庇った。

 

「先生のその手……強いけど、中身は『呪い』だよね。俺の音撃は、そういうのを祓うための力だから。……近づくと、先生の鬼まで消し飛ばしちゃうよ」

 

「……!」

 

 鵺野は愕然とした。

 同じ「鬼」の名を持ちながら、これほどまでに相容れない力なのか。地獄の業《カルマ》を背負う自分と、自然の祈りを体現する彼。

 

「ここは任せて。……ちょっと『大太鼓』じゃないと無理そうだしね」

 

 響鬼はそう言うと、ベルトのバックルを外した。バックルが巨大化し、円盤状の装備――音撃鼓《おんげきこ》へと変化する。

 

 

猛士の流儀

 

 土蜘蛛が咆哮した。全身の岩石を隆起させ、山ごとのみ込むような勢いで迫ってくる。その巨体は、まさに動く災害。

 

「……さて。一丁、響かせますか」

 

 響鬼は音撃鼓を構え、深く腰を落とした。その背中を見て、蓮は思った。

 

 (……すごい。怖い怪物なのに、あの人がいるだけで『お祭り』みたいに見える)

 

 恐怖がない。悲壮感がない。ただ、やるべきことをやる、職人のような背中。それが「猛士」の流儀。

 

「ハァッ!!」

 

 響鬼が跳んだ。土蜘蛛の振り下ろされる巨腕を駆け上がり、垂直に走り、その眉間へと肉薄する。

 そして、巨大化した音撃鼓を、土蜘蛛の額にガシリとセットした。

 

「音撃打!!」

 

 響鬼は空中で体勢を整え、二本のバチを振り上げた。大山の夜空に、紫の炎が軌跡を描く。祭りの始まりだ。

 

 ドンドコ、ドンドコ、ドンドコ……!

 

 大山の夜空に、腹の底に響くような重低音が轟き始めた。仮面ライダー響鬼が、土蜘蛛の額に設置した音撃鼓を、二本のバチで激しく叩き続ける。

 それは単なる攻撃ではない。一定のリズム、計算された強弱、そして込められた「気」の波動。それは、神楽(かぐら)のような、あるいは祭り囃子のような、根源的な「祈り」の儀式だった。

 

「ハァッ!!」

 

 響鬼が雄叫びを上げ、バチを振るう速度を上げる。

 音撃打・火炎連打(かえんれんだ)。一打ごとに、真紅の炎が弾け、清めの音が土蜘蛛の巨体へと浸透していく。

 

 ギャアアアアッ……!?

 

 土蜘蛛が絶叫した。

 岩石で構成された身体が、内部から赤く発光し始める。呪いや妖気が「清め」られ、その存在を維持する結合力が破壊されていくのだ。

 

「……う、ぐ……!」

 

 地上で見守る鵺野鳴介もまた、左手を押さえて脂汗を流していた。

 響鬼の放つ音波が、鵺野の「鬼の手」に宿る地獄の悪鬼をも浄化しようとしている。

 激痛が走る。だが、それは不思議と不快な痛みではなかった。長年、鵺野を蝕んできた覇鬼《バキ》の邪念が、洗い流されていくような爽快感すらあった。

 

「(これが……猛士《たけし》の鬼の力か……!)」

 

 鵺野は震える目で見上げた。地獄の闇を纏う自分とは違う。太陽のような、大地の怒りと慈愛を纏う、正真正銘の「正義の鬼」。

 

 響鬼が最後の一撃を振りかぶった。

 

「ハァッ!!」

 

 ドォォォォン!!

 

 決定的な一打。土蜘蛛の額の音撃鼓が最大共鳴を起こし、純粋なエネルギーの波紋となって巨体を貫いた。

 

 シュウウウウウウ……

 

 断末魔すら上げられず、土蜘蛛の身体が崩壊した。爆発ではない。

 岩はただの岩へ、土はただの土へ。邪悪な意志を抜かれ、あるべき自然の姿へと還っていく。

 

 土煙が晴れると、そこには静寂を取り戻した大山の森と、バチを収める響鬼の姿だけがあった。

 

 

 響鬼が岩場から軽やかに飛び降り、鵺野の前に着地した。その全身を包んでいた紫の炎が霧散し、変身が解かれる。そこには、登山服(呪術で保護されており無事)姿の男――ヒビキが、何事もなかったかのように立っていた。

 息一つ乱れていない。

 

「……大丈夫? 先生」

 

 ヒビキが手を差し伸べた。鵺野はその手を掴み、立ち上がった。

 左手の痛みは引いていた。鬼の手は再び封印され、静まり返っている。

 

「……ああ。助かった。礼を言う」

 

「いーえ。こっちこそ、足止めしてくれて助かったよ。あれだけデカいと、準備に時間がかかるからさ」

 

 ヒビキはニッと笑い、自分の額を指先で弾いた。

 

「あなたは……『猛士』の方ですね?」

 

 鵺野の問いに、ヒビキは少しだけ悪戯っぽく笑った。

 

「んー、まあね。俺たちはただの『人助け』のサークルみたいなもんだよ。……先生こそ、大変だね。その左手、随分とヤンチャなのを飼ってるみたいだし」

 

「……これは、生徒を守るための力だ」

 

「うん、見ててわかったよ。……いい『覚悟』の音だった」

 

 ヒビキは鵺野の肩をポンと叩いた。

 それは、同じく人ならざる力を使い、人を守る者同士の、静かな連帯の証だった。

 

 

少年への問いかけ

 

 ヒビキは、木陰にいた生徒たちの方へ歩み寄った。六花がサングラス越しに彼を見つめている。

 

「……おじさん、すごかったね」

 

「おじさん!? ……まあ、おじさんか。君もすごいね。目が『鳴ってる』よ」

 

 ヒビキは六花の「六眼」を見ても動じず、軽く手を振った。

 そして、その隣にいた蓮の前に立った。

 

「……やあ、少年」

 

「……ヒビキさん」

 

 蓮は緊張して立ち尽くした。

 目の前にいるのは、仮面ライダーだ。しかも、自分が知っているテレビの中のヒーローよりも、遥かに生々しく、圧倒的な実存感を持った本物の鬼。

 

「怖かったかい?」

 

「……いえ。なんか、太鼓の音が心地よくて。お祭りみたいでした」

 

 蓮の言葉に、ヒビキは嬉しそうに目を細めた。

 

「そっか。……君、やっぱりいい感性してるよ」

 

 ヒビキは腰を落とし、蓮と目線の高さを合わせた。

 

「君の中には、余計な雑音がない。静かで、透明だ。……そういう人はね、いい太鼓の叩き手になれるんだよ」

 

「え?」

 

「どう? 俺の弟子……とまではいかないけど、少し『鍛えて』みない? 太鼓、教えるよ」

 

 それは、かつて彼が別の少年(明日夢)に向けたものと同じ、純粋な勧誘だった。

 自分の生き様を、次世代に少しでも伝えたいという親心。

 

 蓮は少しだけ迷った。この人の下で修行すれば、自分も何者かになれるかもしれない。モブではなく、物語の登場人物に。

 だが。

 

「……ありがとうございます。でも」

 

 蓮は首を横に振った。

 

「僕は、見るだけで十分です。……太鼓を叩くより、叩いてる人を応援する方が、僕には合ってる気がします」

 

 それが、転生者である佐藤蓮の選んだスタンスだ。彼はプレイヤーではない。観測者であり、モブだ。ヒビキのような眩しい「主役」の隣に立つ器ではないと、知っていた。

 

 ヒビキは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに納得したように頷いた。

 

「そっか。……うん、それもまた『生き方』だね」

 

 ヒビキは立ち上がり、右手を軽く挙げた。

 あの独特の敬礼(シュッ)。

 

「君のその静かな音、大事にしてね。……じゃあ、またどこかで」

 

 ヒビキは鵺野に会釈をし、六花に手を振り、夜の森へと消えていった。

 足音一つ立てずに。

 まるで、風のように。

 

 

 翌朝。

 林間学校の最終日。

 大山の朝は、昨夜の激闘が嘘のように清々しかった。

 

 鵺野は、バンガローの前でコーヒーを飲みながら、山を見上げていた。

 

「……世界は広いな」

 

 自分以外にも、この国を守っている「鬼」がいる。その事実は、鵺野の背負っていた重荷を、少しだけ軽くしてくれた気がした。

 

 帰りのバスの中。

 六花は爆睡していたが、蓮は窓の外を眺めていた。自分の膝の上で、指先をトントンと動かす。昨夜の太鼓のリズムを、無意識になぞっていた。

 

(……鍛える、か)

 

 自分はモブだ。ヒーローにはなれない。

 けれど、「いいモブ」になるために、心を鍛えることはできるかもしれない。どんな怪異が来ても動じない、静かで強い心。

 

「……シュッ」

 

 蓮は誰にも聞こえない声で小さく呟き、窓ガラスに映る自分の顔に向かって、不器用に敬礼を真似てみた。

 その影の薄い顔には、少しだけ自信のようなものが宿っていた。

 

 バスは山を下り、日常へと戻っていく。

 大山の頂には、今日も変わらぬ神々の風が吹いていた。

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