仮称:やる夫スレ的世界でオカルトやってくー   作:水野芽生

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002 箱庭の均衡(テンセグリティ)

 

 翌朝。骨董店『界』の二階にあるリビングは、甘い匂いと磯の香りが混ざり合っていた。

 食卓に並んでいるのは、境港で水揚げされたばかりの松葉ガニの味噌汁と、パパがお取り寄せした東京の有名ホテルのパンケーキ。相変わらず、情報の密度が高すぎる朝食だ。

 

「……んー、このシロップいまいち。もっとドバッといきたいね」

「うへぇ……パパ、朝から元気だねぇ……おじさんはもう動けないよ……」

 

 テーブルの向かい側では、サングラスをずらしてスマホを見ている白髪の巨人と、コタツから上半身だけ這い出して、パンケーキを齧りながら半分寝ているピンク髪の小柄な女性(母)がいた。五条悟と、小鳥遊ホシノ。私の両親であり、この歪な境港市における「最強」の二人。

 

 私は無言でカニの味噌汁を啜りながら、彼らを観察する。昨日の夜、ネット検索でここが「創作物の継ぎ接ぎ世界」であることは確定した。

 けれど、まだ一番重要なことが確認できていない。──彼らの「中身」だ。彼らは、私と同じ「転生者」なのか? それとも、別の世界(原作)からやってきた「本人」なのか? あるいは……。

 私はパンケーキにフォークを刺しながら、何気ない世間話を装って切り出した。

 

「ねえ、ママ」

「ん〜?」

 

 ホシノが眠そうな目を向けてくる。私は、前世の知識にある「キーワード」を投下した。

 

「『ブルーアーカイブ』とか『アビドス』とか『キヴォトス』って知ってる?」

 

 一瞬の沈黙。私は彼女の表情の変化を見逃さないように凝視する。

 

 もし彼女が「キヴォトスのホシノ」としての記憶を持っていれば、特に『アビドス』という単語には過敏に反応するはずだ。あるいは転生者なら、「なんで知ってるの!?」と動揺するはず。

 

 けれど。ホシノは欠伸を噛み殺しながら、きょとんとしていた。

 

「ブルーアーカイブ? キヴォトス? なにそれ、漫画の話? おじさんよくわからないな〜」

 

 その反応に、演技の色はない。完全に「聞き覚えのない単語」に対する反応だ。

 

「……そっか」

 

 やっぱり、そうなのか。じゃあ、アビドスについては?

 

「あっ、でもアビドスは聞いたことがあるよ」

 

 ホシノがパンケーキの端を摘みながら言った。

 

「確か、古代エジプトの土地の名前だよね。テレビで見たことある」

 

 私は心の中で大きく息を吐いた。……なるほど。彼女にとって「アビドス」は、かつて守った砂漠の学園ではなく、単なる一般教養としての地名でしかないのだ。つまり、彼女は「原作のホシノ」ではない。ブルアカの本人でも、転生者でもない。

 

 私はターゲットを変える。スマホでニュースを眺めているパパの方へ。

 

「じゃあパパは、『芥見下々(あくたみげげ)』とか『虎杖悠仁(いたどりゆうじ)』とか『理子(りこ)』ちゃんって知ってる?」

 

 作者の名前。主人公の名前。そして、過去編の重要人物の名前。

 

 五条悟なら、転生者なら絶対に無視できない単語たちだ。

 

 けれどパパは、スマホの画面から目を離さず、つまらなそうに答えた。

 

「なにが『じゃあ』か分からないけど……だれそれ? アニメかなんかの登場人物?」

「うん、そんなところ」

 

 私は静かに相槌を打った。……確定だ。こっちも転生者じゃない。そして、「呪術廻戦」という物語を生きてきた記憶もない。

 

 結論が出た。彼らは、私が知っている「キャラクター」の外見と能力を持っているけれど、「原作のシナリオ」を持っていない。この「架空の境港市」世界で生まれ、育ち、たまたま最強になっただけの、この世界の住人(オリジナル)だ。

 

(……参ったな)

 

 私は味噌汁の最後の一口を飲み干す。原作知識が通じないということは、これから彼らに降りかかるかもしれない悲劇──封印とか、過去のトラウマの発露とか──が、「いつ」「どうやって」来るのか、私には予測できないということだ。あるいは、そんなイベント自体、この世界には存在しないのかもしれないけれど。

 

「……ま、平和ならそれでいっか」

 

 私が独り言を呟いて、食器を片付けようと立ち上がった時だった。

 

 ふと、パパがサングラスの奥から私を見た。その視線が、私の全身を舐めるように走る。

 

「そういえば六花」

 

「……なに?」

 

 心臓が跳ねる。パパはニヤリと口角を上げた。それは父親の顔ではなく、捕食者のような笑みだった。

 

「お前、昨日……なんか『質の悪いゴミ』でも触った?」

 

「えっ」

 

「なんかお前から、この辺にいる雑魚とは違う、『嫌な臭い』の残り香がすんだけど。……あと、ちょっと『雰囲気』変わった?」

 

 専門用語は使われなかった。けれど、その言葉は核心を突いていた。

 

 昨日のタワーでの一件。私が半ば無意識に力を使って、あの「白い踊り手」を消したこと。その残滓(ざんし)を、この人は感覚だけで嗅ぎ取っているのだ。

 

 私が言葉に詰まっていると、コタツのママがのんびりと口を挟んだ。

 

「うへぇ、パパったら過保護〜。六花ちゃんもお年頃なんだから、変な虫の一匹や二匹、自分で追い払うでしょ〜」

 

 ママは眠そうに目を細めているが、その瞳の奥は笑っていない。

 

 彼女も気づいている。けれど、「自分の身を守れたのなら問題ない」と判断して流したのだ。

 

「……うん。ちょっと目のゴミが入ったから、洗って流しただけだよ」

 

 私は努めて冷静に答えた。パパは「ふーん」と鼻を鳴らし、興味を失ったようにまたスマホに視線を戻した。

 

「ま、いいけど。自分の周りの掃除くらいは、自分でやりなよ。僕の娘なんだからさ」

 

 ……教育に悪い。倫理観どうなってるの、この夫婦。私は「行ってきます」と早口で言い残し、逃げるようにリビングを出た。

 

 冬の朝の空気は冷たい。私はマフラーに顔を埋めながら、通学路を歩く。とりあえず分かったこと。一、両親は転生者ではない。二、原作のシナリオも知らない。三、でも実力と勘は、原作並か以上に鋭い。

 

「……厳しいな。これ、攻略サイトなしの高難易度ゲームみたいなものじゃん」

 

 この歪んだ魔都で、私は実質的に一人で「シナリオのない物語」を進めなきゃいけないってこと? 溜息をついて顔を上げると、前方にランドナップを背負った少年の背中が見えた。佐藤蓮(さとう れん)くん。昨日、一緒にタワーで「あれ」を見た、唯一の目撃者。そしておそらく、唯一の「こちらの事情(転生者)」を察してくれそうな相手……何となくだけどそんな気がする。

 

「あ、蓮くーん! おはよー!」

 

 私は救世主を見つけた気分で声をかけた。蓮くんがビクッとして振り返る。そして、私の顔を見た瞬間、

 

「……げっ」

 

 あからさまに「魔王の娘が来た」という顔をして、数歩後ずさりした。

 

「……あはは」

 

 私は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 唯一の「理解者(候補)」への道も、どうやら前途多難らしい。

 

 

 

【緊急事案報告書:未確認高位干渉による対象消滅】

 

文書番号: JGSDF-SK-2013-1106-XR

作成部署: 陸上自衛隊 境港駐屯地 特別防衛研究局・第4観測班

機密等級: ■■■■(黒山・特級)

配信先: 中央即応集団司令部、および「■■家」監視チーム

 

■ 事案概要

 2013年11月6日 14:35頃、鳥取県境港市「夢みなとタワー」沖合にて、第3種・精神感応型変異体(コード:白無垢の踊り子)の出現を確認。

 対象はタワー内部の民間人に対し、深度IVの認識災害(視認による精神汚染)を開始しようとしたが、14:38に突如として「完全消滅」した。

 自衛隊側の介入事実はなく、現地の特定監視対象者による無許可の「行使」と推測される。

 

■ 観測対象(脅威)データ

 

対象識別名: 海洋性広域認識災害・甲種

 

通称: 『■■■■』(※民間伝承における「くねくね」の亜種と推測)

 

構造分類: 非ユークリッド型・ブラヴァツキーモデル型霊素生命体

 

推定脅威度: ■級(災害級)

 

物理的攻撃無効。

 

 視認した者の精神を液状化させ、自身の構成要素として取り込む性質を持つ。

 

 出現時、周辺海域の霊的粘度が急上昇し、テンセグリティ構造物(タワー)への物理的干渉(振動)も観測された。

 

■ 時系列ログ(観測班データより抜粋)

 

14:30 夢みなとタワー展望室周辺の「空間あわい」に異常数値を検知。

 海上の■■km地点に、白色の不定形構造体が出現。

 

14:35 対象が「舞踏」を開始。タワー内の民間人数名(感受性の高い児童)が違和感を訴える。

 駐屯地より対アノマリー特殊部隊(J-GOC)のスクランブル待機命令発令。

 避難誘導の準備開始。被害想定は民間人約■■名の精神崩壊および失踪。

 

14:37 タワー展望室に滞在中の特定監視対象者:T・R(10代女性)が対象を視認したことを確認。直後、対象者T・Rの周囲にて、計測不能な「位相・絶対拒絶反応」を検知。

 

※呪力波形でも神秘波形でもない、複合混成型(ハイブリッド)の極めて特異なエネルギー反応。

 

※観測モニターには一瞬、「六角形の氷晶構造」のノイズが発生。

 

14:38 海上の対象が、「空間ごと圧搾」されたかのように瞬時に霧散。残存穢れ(残留思念)すら残さず、構成霊子レベルで消滅した。衝撃波、熱源反応なし。純粋な「概念的排除」と見られる。

 

14:40 事態収束。タワー周辺の霊的数値が正常値へ戻る。

 対象者T・Rは、何事もなかったかのように社会科見学を続行。

 

 ■ 分析および考察

 

1. 消滅現象について

 本来、今回出現した「ブラヴァツキーモデル型霊素生命体」の駆除には、専門の術師部隊による大規模儀式、もしくは■■■■クラスの概念兵器の使用が必須とされる。

 しかし、本件ではわずか数秒、かつ「動作予備動作なし」で処理が完了している。これは第1種・物理干渉や第2種・呪術干渉の枠を超えた、第0種・事象改変(現実歪曲)に近い現象である。

 

2. 監視対象者 T・R について

 当該人物は、本市の「最重要監視対象」である五条■および小鳥遊■■■の実子である。

 これまで特筆すべき能力発現は確認されていなかったが、本件により両親の特性(不可侵・神秘)を複合的に継承している可能性が極めて高い。

 特筆すべきは、その出力規模よりも「躊躇のなさ」である。特級クラスの脅威に対し、生理的嫌悪感(ゴミを見るような感情)だけで排除を行った精神性は、ある意味で両親以上に危険である。

 

■ 今後の対応指針

 

現状維持(静観): 対象者T・Rへの直接接触は、両親(特に父親側)の逆鱗に触れるリスクが高いため、厳に慎むこと。

 

情報操作: タワーで観測された振動および異音については、「突風による共振現象」としてカバーストーリーを流布済み。

 

区分変更申請: 対象者T・Rの危険度ランクを「一般(要観察)」から「特A級・潜在的災害要因」へ引き上げを提案する。

 

担当官メモ: あの一家、「魔王」が2人で上がりだと思っていたが……まさか「3人目」が生まれるとは。この街の均衡(テンセグリティ)が崩れるのも、時間の問題かもしれない。

 

 以上





この世界の日本は選択的夫婦別姓を採用しています。苗字変えなくなかったんや。
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