仮称:やる夫スレ的世界でオカルトやってくー   作:水野芽生

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20+2.1 成り変わり

 

 2014年11月

 日本海の冷たい潮風が、妖怪の町・鳥取県境港市のメインストリートを吹き抜ける。観光客で賑わう水木しげるロードから一本路地裏に入った薄暗い空き地に、紫色の怪しげなテントがポツンと建っていた。入り口には『陰陽道宗家末裔・御堂幻道 霊視・手相・人生相談』と書かれた、墨汁の滴るようなおどろおどろしい看板が出ている。

 そのテントの中で、アロハシャツに安物の羽織を引っかけた無精髭の男――御堂幻道《みどう げんどう》は、あくびを噛み殺しながらパイプ椅子にふんぞり返っていた。色付きの丸眼鏡の奥にある彼の瞳は、ただの詐欺師のものではない。万物の『魂の形』や『霊的な波長』を色彩として視認できる、本物の霊眼だった。

 

「……あーあ。暇だなァ。観光客のチャンネーでも手相見せに来ねえかな」

 

 御堂は懐から百円ライターを取り出し、くわえタバコに火をつけた。彼が本物の霊能力を持ちながら、なぜこんな路地裏でコールドリーディングまがいのインチキ占い師をやっているのか。それは単に、本物の怪異に関わると命がいくつあっても足りないからだ。

 特にこの境港という土地は、霊的力場が異常に強い。普段なら、日本の呪術界の頂点に君臨する『五条悟』や、対怪異のプロフェッショナルである『J-GOC』境港支部が睨みを効かせているため、大物悪霊は寄り付かない。だが、今はタイミングが悪かった。

 五条悟は中華大陸の道士コミュニティとの親善交流(という名の接待旅行)で出張中。J-GOCの主力部隊も、他県での大規模な異常事態に対応するためごっそりと出払っている。さらに言えば、五条の身内であり、規格外の呪力を持つ小学生の小鳥遊六花も、今は広島へ修学旅行中だ。つまり現在の境港は、霊的な『力の空白地帯』となっていた。

 

「……おじさん。ねえ、占いのおじさん」

 

 ふと、テントの入り口からか細い声が聞こえた。御堂が面倒くさそうに顔を上げると、そこに立っていたのは、セーラー服を着た中学生くらいの少女だった。いや、「立っていた」というのは正確ではない。彼女の足元は透けており、地面から数センチ浮いていた。そして何より、御堂の霊眼には、彼女の肉体が存在せず、純粋な『魂』だけの半透明な姿として視えていた。

 

「……悪いな、お嬢ちゃん。ウチは生きてる人間の悩みしか聞かねえ主義なんだ。成仏したいなら、海沿いのお寺さんにでも行きな」

 

 御堂はタバコの煙をふぅっと吐き出し、シッシッと手で追い払う仕草をした。

 

「ち、違うの! 私、死んでないもん!」

 

 少女の霊は、涙目で御堂の小さなテーブルにすがりついた(物理的な実体がないため、手はテーブルをすり抜けたが)。

 

「今朝起きたら、急に体が動かなくなって……気がついたら、天井から自分を見下ろしてたの。そしたら、布団で寝てた『私』がガバッて起きて、ニヤァって笑って……そのまま学校に行っちゃったの!」

 

「……はァ?」

 

 御堂は眉をひそめた。

 

「私、自分の体から追い出されちゃったの! お願い、おじさん霊能者なんでしょ? 私の体を取り返して!」

 

「おいおい、ちょっと待て。ドッペルゲンガーか幽体離脱か知らねえが、タダ働きはしねえぞ。俺はボランティアじゃねえ」

 

「お、お金ならある! お年玉貯金が五万円くらい机の引き出しに入ってるから! それに、お母さんの財布からも少しなら……ッ!」

 

「……五万か。まあ、話くらいは聞いてやらんこともない」

 

 御堂はゲンキンに態度を変え、パイプ椅子から身を乗り出した。

 

「それで? お前さんを追い出した『偽物』は、何か言ってなかったか?」

 

 少女は怯えたように身を震わせた。

 

「……『これでまた一つ、あのお方への供物が揃った』って。それと、『この街は今、あの目障りな白髪もいなくて空っぽだ。今のうちに質の高い肉体(うつわ)をたくさん集める』って……。あいつの顔、私と同じだったけど、中身は絶対におじさんだった! 気持ち悪い声で笑ってたもん!」

 

 御堂は舌打ちをした。(質の高い器を集める、だと……? 最近裏社会で噂になってる『成り代わり』の連中か)

 御堂の脳裏に、同業者から聞いた不穏な噂がよぎる。全国各地で、霊能力の高い人間や、特定の条件を満たした人間が、中身だけを別の悪霊にすり替えられる事件が頻発しているらしい。彼らは『神』と呼ばれる上位存在(太歳星君や空亡といった特級の呪い)のために、優秀な肉体をコレクションしているというカルト的な悪霊集団だ。

 

「……なるほどな。主(あるじ)が留守の隙を突いて、この霊的力場の強い境港に狩りに来たってわけか。タチの悪い空き巣泥棒だぜ」

 

 御堂はタバコを携帯灰皿に揉み消し、よっこらせと立ち上がった。

 

「お嬢ちゃん、お前さんの通ってる学校は?」

 

「さ、境港第三小学校だけど……」

 

「よし。とりあえず、その五万円の依頼、引き受けてやる。だがその前に、ちょっと仕入れに行かねえとな。この手の『乗っ取り野郎』を肉体から引っぺがすには、少々荒っぽい手段がいる」

 

 御堂はテントの奥から、使い込まれた鞄を引っ張り出した。中には、まやかしの占い道具ではなく、裏ルートで仕入れた本物の呪符や法具が詰まっている。

 

「ついてきな。行くぞ、黒山へ」

 

 

 境港の市街地から少し離れた、小高い山――通称『黒山』。その中腹付近に、数年前から忽然と姿を現した古びた神社がある。長野県から島根半島を経て、この地に漂着したという異常な経歴を持つ『博麗神社』だ。

 

「たのもー。生臭坊主……じゃなくて、守銭奴巫女、いるかー?」

 

 御堂が鳥居をくぐりながら声を上げると、境内の掃除をしていた紅白の巫女装束の少女が、露骨に嫌そうな顔で振り返った。

 博麗霊夢。年齢不詳だが外見は十代後半。その正体は、博麗の巫女であり、前世の記憶を持つ転生者だ。五条悟に次ぐ規格外の霊力を持つ彼女は、この街の裏の顔役の一人でもある。

 

「ちょっと、あんた。賽銭も入れないでデカい声出さないでよ。ただでさえ今日はイライラしてるんだから」

 

 霊夢は竹箒をドンと地面に突き立てた。

 

「イライラ? おお、なるほど。こりゃあ壮観だな」

 

 御堂は色付き眼鏡を少しずらし、境内を見回した。一般人の目には見えないが、御堂の霊眼を通すと、神社の境内のあちこちに、半透明の『浮遊霊』たちが数十体もウロウロしているのが見えた。老若男女、様々な年齢層の霊たち。彼らは皆、一様に怯え、不安そうな顔で霊夢の張った結界の内側に身を寄せている。

 

「……これ、全部『追い出された』連中か?」

 

 御堂が連れてきた女子中学生の霊も、その集団を見て「あ、近所のおばちゃんがいる……」と呟いた。

 

「そうよ。昨日あたりから急に増え始めたの。肉体を乗っ取られて、行き場を失った生霊のホームレスたち」

 

 霊夢はため息をついた。

 

「五条が海外出張で、J-GOCが留守にしてる隙を狙って、県外からタチの悪い悪霊の集団が入り込んでるみたいね。『太歳(たいさい)』だの何だのって、時代錯誤な神様を信仰してるカルト系の悪霊よ。……全く、賽銭も落とさない浮遊霊がこんなにウロウロしてたら、神社の景観が損なわれて営業妨害もいいとこよ」

 

「相変わらず金にがめつい巫女だぜ。……で、霊夢さんよ。あんたほどの力があれば、あいつらの肉体を取り返すことくらい簡単だろ?」

 

 御堂が探りを入れると、霊夢はチッと舌打ちをした。

 

「バカ言わないで。乗っ取られた肉体は生きてる『人間』なのよ。私が『夢想封印』なんかで物理ごと悪霊を吹き飛ばしたら、肉体まで木っ端微塵になるでしょ。……それに、私は神社の結界を維持するのと、この迷子たちの魂が消滅しないように保護するだけで手一杯よ」

 

 霊夢は竹箒を脇に抱え、御堂をジロリと睨んだ。

 

「あんた、まさかこの件に関わる気? 普段は小銭稼ぎしかしないインチキ占い師のくせに」

 

「まあ、五万で引き受けちまったからな。それに、俺のシマ(水木しげるロード)でデカい顔されるのは気に食わねえ。……で、相談なんだが」

 

 御堂は揉み手をして、へらへらと笑った。

 

「肉体を傷つけずに、悪霊の魂だけを強制的に『剥がす』札、在庫あるかい?」

 

 霊夢の目がキラーンと光った。

 

「……あるわよ。私特製の『魂魄分離符(こんぱくぶんりふ)』。これを使えば、どんなに肉体に癒着した悪霊でも、一時的にガワから引き剥がすことができるわ」

 

 霊夢は懐から、禍々しいほどの霊力が込められた御札を数枚取り出した。

 

「ただし」

 

 霊夢は御堂の顔の前に、スッと手を差し出した。

 

「一枚、一万円よ」

 

「……はァ!? ぼったくりだろ! 足元見やがって!」

 

「嫌ならいいわよ? 結界の外の連中に肉体を好き勝手使われて、そのうち『神の器』としてどこかへ出荷されるのを指をくわえて見てなさい。五条がいない今、このレベルの呪具を作れるのは私だけよ」

 

 完全な売り手市場だ。御堂はギリッと歯を食いしばりながら、なけなしの財布からしわくちゃの一万円札を五枚取り出し、霊夢に押し付けた。

 

「……クソッ、依頼料の前借りみたいなもんだ。絶対に五万以上回収してやるからな!」

 

「毎度あり〜。せいぜい死なないようにね」

 

 ホクホク顔で札束をしまう霊夢を背に、御堂は女子中学生の霊と共に山を下りた。

 

 

 午後二時。境港の海沿いにあるごく普通の中学校。授業中の静寂に包まれた校舎の裏手に、御堂は忍び込んでいた。

 

「さて……お嬢ちゃん。お前の体を乗っ取った『偽物』は、何年何組だ?」

 

「二年B組。三階の角の教室だよ」

 

 半透明の少女が指差す。

 御堂は霊眼で校舎全体を見上げた。本来なら活気に満ちているはずの学校から、ドス黒い、どろりとした悪意の波長が何本も立ち上っているのが見える。(一つや二つじゃねえな。教師か生徒か知らねえが、すでに何人か『成り代わり』が潜伏してやがる。まるで寄生虫だな)

 御堂は霊夢から買った一万円の御札を懐に忍ばせ、校舎の裏口の鍵をピッキングで手際よく開けようとした。その時だった。

 

「――そこまでだ。何をしている、不審者」

 

 背後から、低く響く男の声がした。御堂がビクッと肩を震わせて振り返ると、そこには黒いスーツを着た、いかにも真面目そうな青年が立っていた。特徴的なのは、彼の左手だ。黒い革手袋で厳重に覆われており、そこから微かに、しかし圧倒的な『鬼の妖気』が漏れ出している。

 

「……あァ? なんだあんた。教師か?」

 

 御堂は舌打ちをしてごまかそうとした。

 

「俺はただの迷子の保護者でね。ちょっと娘に忘れ物を届けに……」

 

「嘘をつけ。貴様の目、霊が見えているな」

 

 青年は革手袋をはめた左手をスッと前に突き出した。

 

「俺は鵺野鳴介《ぬえの めいすけ》。境第2小学校の教師だが……この中学校の校長から、『最近、生徒や教師の様子がおかしい。いじめや非行ではなく、何か根本的な人間性が変わってしまったようだ』と内密に相談を受けて、調査に来ていたところだ」

 

 鵺野鳴介、通称ぬ〜べ〜。日本最強の鬼『覇鬼』の力を左手に封印している、正義感の塊のような霊能力教師。彼もまた、五条悟やJ-GOCとは別ベクトルで、この地域の子供たちを霊的な脅威から守り続けている実力者だった。

 

「……へぇ。アンタが噂の『鬼の手』の先生か」

 

 御堂は警戒を解き、両手を上げた。

 

「俺は御堂幻道。しがない占い師だ。あんたと同じく、ここの生徒に取り憑いた『空き巣泥棒』を追い出しに来たんだよ」

 

 御堂が傍らにいる半透明の少女の霊を示すと、鵺野もハッとして彼女を見た。

 

「生霊……いや、肉体を追い出された魂か。やはり、俺の『鬼の手』が感じ取っていた違和感の正体はそれだったか」

 

 鵺野は顔をしかめた。

 

「最近、全国規模で暗躍しているという『成り代わり』の悪霊どもだな。……厄介だぞ、御堂。奴らは生きている人間の肉体に入り込んでいる。俺の『鬼の手』で悪霊だけを斬り裂くことも可能だが、少しでも手元が狂えば、生徒の肉体ごと魂を破壊してしまうリスクがある」

 

「だから、俺がこの『札』を持ってきたのさ」

 

 御堂は霊夢から買った一万円の御札をヒラヒラと振って見せた。

 

「博麗の巫女特製の分離符だ。これを使って悪霊を肉体から引っぺがし、空っぽになったところに本来の魂を押し戻す。……だが、俺一人じゃ相手が多すぎる。あんた、手伝ってくれるか?」

 

 鵺野は迷うことなく頷いた。

 

「もちろんだ。生徒を護るのが教師の務めだからな。だが、校舎内で暴れるわけにはいかない。他の生徒に被害が及ぶ」

 

「分かってる。だから『罠』を張るんだよ」

 

 御堂の丸眼鏡の奥で、詐欺師特有の狡猾な光が瞬いた。

 

「奴ら成り代わりは、より強い『器』を求めてる。五条悟がいねえ今、この街で一番強い『霊力』の匂いを撒き餌にすれば、奴らの方からノコノコ釣れるはずだ」

 

「撒き餌? そんな都合のいいオトリがいるのか?」

 

 御堂はニヤリと笑った。

 

「いるさ。俺たちじゃねえ、別の『バケモン』がな」

 

 

 同じ頃。境港のメインストリートから少し外れた、のどかな海浜公園。小春日和のぽかぽかとした陽気の中、一人の小柄な女性がベンチで気持ちよさそうに昼寝をしていた。ピンク色の髪に、アホ毛が一本。だらしないパーカー姿で、口から微かに寝息を立てている。

 小鳥遊ホシノ。異形の存在たちが「西日本最強の神秘」と評し、裏社会の人間からは『暁のホルス』と恐れられる、規格外の存在だ。今日は非番で、平和な休日を満喫しているだけだった。

 しかし、成り代わりの悪霊たちは、その『神格レベル』のオーラを遠くから嗅ぎつけ、彼女を「絶好の器(依り代)」だと勘違いして、静かに、そして確実に、公園へと包囲網を狭めつつあった――。

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