仮称:やる夫スレ的世界でオカルトやってくー   作:水野芽生

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20+.2.2 胡散臭い占い師と、留守番の街の成り代わり

 

 午後二時半。境港市立第三中学校の屋上。日本海から吹き付ける寒風に、御堂幻道《みどう げんどう》のアロハシャツが寒々しくバタついている。

 

「……で、どうすんだ? 鵺野先生よ」

 

 御堂は、屋上のフェンス越しにグラウンドを見下ろしながら言った。彼の隣には、黒いスーツに身を包み、左手に黒革の手袋をはめた霊能力教師――鵺野鳴介《ぬえの めいすけ》が、腕組みをして立っている。

 

「俺が校舎全体に『防魔の結界』を張った。これで新たな悪霊の侵入は防げる」

 

 鵺野の声は低く、そして重い。

 

「だが、問題はすでに校内に入り込み、生徒や教師の肉体を乗っ取っている奴らだ。俺の『鬼の手』が感知しただけでも、校内に七体……いや、八体はいる」

 

 鵺野の太い眉が険しく寄る。彼の左手に封印された最強の鬼『覇鬼』が、校内に蔓延る邪悪な気配に共鳴し、暴れ出そうと疼いているのだ。

 

「八体か。……厄介だな」

 

 御堂は懐から、霊夢に売りつけられた一万円の『魂魄分離符』を取り出し、枚数を数えた。

 

「俺の手持ちの札は五枚。鵺野先生の霊力でゴリ押ししてもいいが、相手は生きた人間の肉体を人質に取ってるようなもんだ。下手に暴れれば、生徒の精神が崩壊するか、肉体が損傷する」

 

「ああ。だからこそ、慎重にならざるを得ない」

 

 鵺野は悔しげに拳を握りしめた。

 

「奴らは狡猾だ。普段は生徒として振る舞い、授業を受け、休み時間には談笑している。だが、その中身は人間じゃない。……俺が授業中に無理やり除霊を始めれば、学校中がパニックになる」

 

 成り代わりの悪霊たちは、集団で連携している。一人が攻撃されれば、他の個体が人質(乗っ取った肉体)を盾にして脅しをかけてくるだろう。必要なのは、奴らを一箇所に集め、一網打尽にするための「策」だ。

 

「そこでだ、先生。俺の提案に乗らねえか?」

 

 御堂はニヤリと笑い、丸眼鏡の奥で詐欺師の瞳を光らせた。

 

「提案?」

 

「奴らの目的は『質の高い肉体』の収集だ。五条悟がいねえ今、この街を自分たちの牧場にしようとしてる。……なら、とびきり極上の『餌』をぶら下げてやればいい」

 

 御堂は、海の方角を指差した。

 

「この街にはな、五条の旦那ほど有名じゃねえが、裏社会じゃ『歩く戦略兵器』って呼ばれてる化け物がもう一人いるんだよ。……今日はちょうど非番で、その辺をブラついてるはずだ」

 

「……まさか、一般人を囮にする気か!?」

 

 鵺野が色めき立つ。

 

「一般人? ハッ、冗談言うなよ」

 

 御堂はパイプ椅子に座り直し、ふてぶてしく言い放った。

 

「アレはな、『人間』の皮を被った『神話』だ。……悪霊どもが手を出したらどうなるか、見ものだぜ」

 

 

 同時刻。境港の上空および、街の影。そこには、人間の目には見えない異形の影たちが蠢いていた。

 

『ククク……素晴らしい。この街は宝の山だ』

 

『霊的な磁場が強い。ここに住む人間たちの魂も、都会のそれとは質が違う』

 

 彼らは「成り代わり」の悪霊集団だ。特定の指導者に供物を捧げるため、あるいは自分たちが現世で享楽を貪るために、優れた肉体を求めて彷徨う寄生虫たち。彼らは歓喜していた。日本の霊的防衛の要である五条悟が不在。対怪異特殊部隊J-GOCも不在。そして、五条の血縁者である小鳥遊六花も不在。今の境港は、彼らにとって無防備なビュッフェ会場に等しかった。

 

『もっとだ……もっと強い器はないか』

 

『学生や教師程度では満足できん。もっと、一発でこの街を支配できるような、強大な霊力を持った器は……』

 

 悪霊たちは、街中を飛び回り、獲物を物色していた。そして、海浜公園の上空を通りかかった時。彼らは「それ」を見つけた。

 

『……おい、見ろ』

 

『なんだ、あの輝きは……!』

 

 眼下の公園。ベンチの上で、一人の小柄な女性が横になっていた。ピンク色の長い髪。だらしないパーカー姿。一見すると、ただの無防備な少女にしか見えない。だが、悪霊たちの視界には、彼女から立ち上る異常なまでの『オーラ』が、黄金の光柱となって天を衝くように見えていた。

 

『凄まじい……! なんだあの霊力密度は!』

 

『神格レベルだ! 人間の器に、神の魂が宿っているのか!?』

 

『しかも、完全に無防備だ! 結界も張らず、昼寝をしているぞ!』

 

 悪霊たちは色めき立った。五条悟のような「触れたら死ぬ」という殺気はない。ただただ、無垢で、強大で、温かいエネルギーの塊。彼らにとって、それは極上の「空き家」に見えたのだ。

 

『あれを奪え! あれに乗っ取れば、我々は最強になれる!』

 

『早い者勝ちだ!』

 

 ヒュン、ヒュン、ヒュン! 十数体の悪霊たちが、我先にと急降下を開始した。空の器に群がるハエのように。彼らは知らなかったのだ。その器が、空っぽなどではなく、最初から『神秘(ミステリー)』という名の絶対的な理で満たされていることを。

 

 

 小春日和の海浜公園。ベンチの上で、小鳥遊ホシノは幸せな夢を見ていた。大好きなクジラのぬいぐるみに埋もれて、ふかふかの布団で二度寝をする夢だ。

 

「うへぇ……もう食べられないよぉ……」

 

 現実の彼女は、自身のパーカーを布団代わりに被り、丸まっていた。彼女は、この世界の「西日本最強の神秘」であり、J-GOCの特別顧問、『暁のホルス』の異名を持つ実力者だ。だが、オフの日はただの怠惰なおじさん少女である。

 (ん〜、なんか今日はポカポカするねぇ……)

 ホシノは微睡みの中で、周囲の気温が少し上がったような気配を感じた。いや、気温ではない。何か、ベトベトした不快な湿気のようなものが、空から降ってくる。

 

『もらったぁぁぁぁッ!!』

 

『俺の体だぁぁぁッ!!』

 

 悪霊たちの絶叫が響く。だが、ホシノの耳には届かない。彼女の聴覚は、安眠のために自動的にノイズキャンセリング(物理)されていた。

 ズズズッ……! 先頭を切った悪霊が、ホシノの無防備な額に向かって、魂の侵入を試みた。通常なら、これで精神を乗っ取り、肉体を支配することができる。

 しかし。

 バチィィィィィィィィンッ!!!

 接触した瞬間。ホシノの体の表面を覆う『神秘(キヴォトスの加護)』が、自動防御システムのように作動した。それは攻撃ですらない。あまりにも高密度な「存在の格」が、不純物を弾いただけだ。一千度の鉄板に水滴を落としたかのように。

 

『ギャァァァァァァァッ!?』

 

 先頭の悪霊が、悲鳴を上げる間もなく蒸発した。魂が焼き切れ、粒子となって霧散する。

 

『な、なんだ!?』

 

『バカな、結界はないはず……!』

 

 後続の悪霊たちが急ブレーキをかけようとするが、勢いは止まらない。次々とホシノのオーラに触れ、ジュッ、ジュッ、という音と共に消滅していく。それはまるで、誘蛾灯に群がる虫のようだった。

 

『ひぃぃぃッ! 熱い! 魂が溶ける!』

 

『こいつ、人間じゃない! 「神秘」そのものだ!』

 

『逃げろ! 喰われるぞ!』

 

 パニック。阿鼻叫喚。十数体いた悪霊のうち、半数が瞬く間に浄化(物理)され、残った者たちは恐怖にかられて散り散りに逃げ惑った。

 

「……んゆ?」

 

 ホシノが、むくりと起き上がった。彼女は眠そうな目をこすり、パーカーのフードを直した。

 

「……なんか今、すっごい静電気が走ったような……」

 

 彼女は自分の手を見つめ、パチパチと瞬きをした。周囲には、悪霊たちが消滅した後のキラキラした光の粒子が舞っているが、ホシノには「あー、今日は埃っぽいなぁ」程度にしか見えていない。

 

「うへ〜、乾燥してるのかなぁ。おじさん、お肌のケアとかしないとダメかもねぇ……」

 

 ホシノは大きなあくびをすると、「場所変えよっと」と呟いて、よろよろと立ち去っていった。後に残されたのは、圧倒的な理不尽によって仲間を失い、恐怖で震え上がる残存悪霊たちだけだった。

 

 

「……わーお」

 

 その光景を、遠く離れた建物の屋上から双眼鏡で見ていた御堂幻道は、口笛を吹いた。隣にいる鵺野鳴介は、呆然と口を開けている。

 

「な、なんだアレは……。俺の『鬼の手』ですら、あんな芸当はできんぞ。寝ているだけで悪霊を消滅させたのか?」

 

「だから言ったろ、先生。アレは『神話』だって」

 

 御堂は双眼鏡を下ろし、ニヤリと笑った。

 

「小鳥遊ホシノ。普段はあんな感じだが、その身に宿す『神秘』の出力は五条悟に匹敵する。……悪霊どもにとっちゃ、極上の餌だと思って飛びついたら、太陽の表面だったってオチだな」

 

「……恐ろしい人だな、六花の母親は」

 

 鵺野は冷や汗を拭った。

 

「だが、これで奴らの統率は崩れたな」

 

「ああ。パニックになってる今がチャンスだ」

 

 御堂は立ち上がり、アロハシャツの襟を正した。

 

「奴らは今、『この街で一番安全な場所』を探して逃げ回ってるはずだ。……そこを、俺たちが『誘導』してやるのさ」

 

「誘導?」

 

「『あそこならホシノの感知範囲外だ』『あそこなら安全な肉体が手に入る』……そんな情報を、風の噂(霊的なハッタリ)として流してやるんだよ」

 

 御堂は懐から、数枚の形代(紙人形)を取り出した。それは、ただの紙ではない。御堂が詐欺師としての話術と、陰陽師としての術式を組み込んで作った『偽情報の拡散装置』だ。

 

「行き先は、港の廃工場だ。……あそこには、俺がなけなしの金で依頼した、とびきりの『掃除屋(霊夢)』の仕掛けがある」

 

 鵺野は御堂を見て、少しだけ笑った。

 

「……お前、インチキ占い師だと言っていたが、なかなかの策士じゃないか」

 

「生き汚いだけさ。……さあ、先生。学校の生徒たちを守るために、ひと仕事しようぜ」

 

 二人の男は、夕暮れの街へと飛び出した。ホシノという「最強の盾(無自覚)」によって壊滅的打撃を受けた悪霊たちを、今度は「最悪の罠」へと追い込むために。

 一方、何も知らないホシノは、商店街のベンチでソフトクリームを舐めながら、「あー、頭がキーンとするぅ」と平和な午後を過ごしていた。彼女の周囲半径50メートル以内には、いかなる悪霊も近寄ることすらできない絶対安全圏が形成されていることを、本人は意識もしていない。

 

 

 夕闇が迫る境港の路地裏。そこかしこで、異様な気配が漂っていた。普段は人間に紛れて潜伏しているはずの「成り代わり」たちが、統率を失い、恐怖に駆られて逃げ惑っているのだ。

 

『ヒィィッ! 来るな! ピンク色の悪魔が来る!』

 

『熱い! 魂が焼ける! 安全な場所はどこだ!』

 

 彼らは見てしまったのだ。仲間の悪霊たちが、ただ「昼寝をしている女性(ホシノ)」に触れただけで蒸発する瞬間を。この街には、五条悟がいなくても、もっとタチの悪い「何か」がいる。その恐怖が、彼らの理性を焼き切っていた。

 

「……掛かったな。パニック状態の集団心理ってのは、生者も死者も変わらねェ」

 

 ビルの屋上で、御堂幻道はニヤリと笑った。彼は懐から、人の形に切り抜いた紙人形――式神を数枚取り出し、フッと息を吹きかけた。

 

「行け。偽情報をバラ撒いてこい。『港の廃工場は、あのピンク髪の感知範囲外だ』ってな」

 

 ヒラヒラと舞い散る式神たちは、風に乗って街中へ散らばっていく。それらは悪霊たちの耳元で、甘い囁きを繰り返す。『あそこなら安全だ』『あそこには結界のほころびがある』『あそこに集まって、体制を立て直せ』。それは、御堂が得意とする詐欺師のテクニック――コールドリーディングと暗示誘導の応用だった。恐怖に溺れる者は、藁にもすがる。その藁が、油の染み込んだ導火線だとも知らずに。

 

「鵺野先生、そっちはどうだ?」

 

 御堂がトランシーバー(というより、霊的な糸電話のような術具)で呼びかける。

 

『こちら鵺野だ。……上手くいっている。奴ら、蜘蛛の子を散らすように俺の結界から逃げ出して、港の方角へ向かっているぞ』

 

 ノイズ混じりの声が返ってくる。鵺野鳴介は、学校や市街地に潜伏していた悪霊たちを、左手の『鬼の手』から発する強烈な妖気で威圧し、あえて「逃げ道」を一箇所だけ残して追い立てていた。

 

「よし。羊飼いと牧羊犬の連携プレーだな。……最高の屠殺場へ案内してやる」

 

 

 境港の港湾地区。かつて水産加工場として使われていた、赤錆びた廃工場。夕日に照らされ、不気味なシルエットを浮かび上がらせるその建物の中に、数十体の「人影」が集まっていた。制服姿の学生、スーツを着たサラリーマン、割烹着姿の主婦。彼らは皆、虚ろな目をし、ブツブツと何かを呟いている。その中身はすべて、この街を乗っ取ろうとした「成り代わり」の悪霊たちだ。

 

『ここは安全か?』

 

『ああ、あの化け物(ホシノ)の気配はしない』

 

『クソッ、五条悟がいないからと油断した……! なんだあの街は!』

 

 彼らは安堵し、そして同時に、再び邪悪な欲望を燃やし始めていた。

 

『だが、我々はまだ「人質」を持っている』

 

『そうだ。この肉体がある限り、人間どもは手出しできない』

 

『ここに籠城して、少しずつ力を蓄えれば……』

 

 ガチャン。重厚な鉄扉が閉まる音が、工場内に響き渡った。

 

 悪霊たちが一斉に振り返る。入り口に立っていたのは、アロハシャツの男――御堂幻道だった。

 

「よォ、諸君。良い物件だろ? 湿気も多いし、霊的力場も淀んでる。お前らみたいなジメジメした連中にはお似合いだ」

 

 御堂はへらへらと笑いながら、パイプ椅子を広げて座り込んだ。

 

『貴様……何者だ?』

 

 リーダー格と思われる男(乗っ取られたサラリーマン)が、低い声で問う。

 

「俺か? 俺はただの親切な不動産屋さ。……お前らに『終の住処』を紹介しに来たんだよ」

 

 御堂が指を鳴らす。その瞬間。工場の窓、通気口、そして壁の至る所から、バチバチッ!という音と共に、青白い光の檻が出現した。

 

『なっ、結界だと!?』

 

『いつの間に……!』

 

 工場の天井の梁に、一人の少女が座っていた。紅白の巫女装束。大きなリボン。博麗霊夢である。

 

「遅いわよ、インチキ占い師。待ちくたびれて肩が凝ったわ」

 

 霊夢は手に持ったお祓い棒を軽く振った。彼女が事前に展開していた『二重結界』が、工場を完全に外部から遮断していたのだ。

 

『博麗の巫女……!? なぜ貴様がここに!』

 

 悪霊たちが動揺する。霊夢はこの地域では五条悟に次ぐ実力者として知られている。

 

「なぜって? そりゃあ、ビジネスよ」

 

 霊夢は冷たく言い放った。

 

「あんたたちみたいな不法入国者がウロウロしてると、私の神社の地価が下がるの。……それに、こいつ(御堂)から前金もらっちゃったしね」

 

「へぇ、やっぱりアンタも一枚噛んでたか。博麗霊夢」

 

 工場の裏口から、もう一人の男が現れた。黒い手袋をはめた教師、鵺野鳴介だ。

 

「あら、鵺野先生じゃない。相変わらず貧乏くじ引いてるわね」

 

 霊夢は鵺野を見て、少しだけ表情を緩めた。二人はこの地域の「裏の守り手」として、過去に何度か顔を合わせたことがあり、互いの実力を認め合う仲だ(金銭感覚の相違はあるが)。

 

「生徒を守るためなら、貧乏くじでも何でも引くさ。……それに、今回はこいつ(御堂)の策に乗ってみることにしたんだ」

 

 鵺野は左手の封印を解き始める。どす黒い鬼の妖気が溢れ出す。前門に鵺野。後門に御堂。天井に霊夢。完全な包囲網だ。

 

 

『ククク……バカめ!』

 

 リーダー格の悪霊が、乗っ取っているサラリーマンの首を自らの手で締め上げながら叫んだ。

 

『我々を追い詰めたつもりか? だが忘れるな! 我々はこの「人間」の中にいる!』

 

『貴様らが攻撃すれば、この肉体は死ぬぞ!』

 

『我々を逃がせ! さもなくば、こいつらの魂ごと自爆してやる!』

 

 悪霊たちは、それぞれの人質(肉体)を盾にして脅しをかけた。卑劣だが、効果的な手だ。正義感の強い鵺野や、依頼を受けている御堂にとって、人質の死は敗北を意味する。

 

「……チッ。やっぱりそう来るか」

 

 鵺野が苦渋の表情で動きを止める。霊夢も、物理的な攻撃(夢想封印など)は封じられた形だ。

 圧倒的優位に立った悪霊たちが、勝ち誇ったように笑う。

 

『ハハハ! 手出しできまい! さあ、結界を解け!』

 

 その時。クスクス、という乾いた笑い声が響いた。御堂だ。彼は腹を抱えて笑っていた。

 

「……おいおい、傑作だな。お前ら、何か勘違いしてねェか?」

 

『何がおかしい!』

 

「お前らが盾にしてるソレ……本当に『人質』として機能すると思ってんのか?」

 

 御堂は丸眼鏡の奥の瞳を、冷酷に細めた。彼は懐から、あの一万円の『魂魄分離符』の束を取り出し、扇子のように広げた。

 

「俺はな、詐欺師なんだよ。……ハッタリと、イカサマと、そして『仕込み』が商売道具だ」

 

 御堂が指をパチンと鳴らす。

 

「――起動(セット)!」

 

 カッッッ!!! まばゆい光が工場内を満たした。光源は、御堂の手元の札ではない。悪霊たちが乗っ取っている『肉体の背中』だ。

 

『な、なんだ!? 熱い! 背中が焼ける!』

 

『いつの間に……!?』

 

「いつって? そりゃあ、お前らが逃げ回ってる最中さ」

 

 御堂はニヤリと笑った。

 

「俺の式神(偽情報の紙人形)が、お前らに張り付いた時に、こっそり『マーキング』しておいたんだよ。……霊夢さん特製の『遠隔起爆式・強制分離術式』をな!」

 

 そう。街中にばら撒いた紙人形は、ただの誘導装置ではなかった。悪霊たちが「安全な場所の情報」に聞き耳を立て、接触したその瞬間に、微細な術式を憑依者の背中に転写していたのだ。

 

「鵺野先生! 今だ! 引っこ抜けェッ!!」

 

 御堂が叫ぶと同時に、悪霊たちの背中に転写された術式が発動した。それは、肉体と魂の結合部を、電気ショックのように一瞬だけ麻痺させる霊撃。

 

『ギャァァァァァッ!!』

 

 悪霊たちの魂が、肉体から数センチだけ「浮いた」。

 

「鬼の手・全開!!」

 

 鵺野が吼える。彼の左手が巨大化し、赤黒い異形の腕となって伸びる。その鋭い爪は、肉体を傷つけることなく、浮き上がった「悪霊の魂だけ」を正確に貫き、鷲掴みにした。

 

『バ、バカな……! 貴様ら、最初からこれを……!』

 

『離せ! 俺の体だぁぁぁッ!』

 

「他人の体を『俺の』とか言ってんじゃねェよ、不法侵入者!」

 

 御堂は残りの札をばら撒いた。

 

「ほらよ! 追加サービスだ! 二度と戻ってこれないように、塩漬けにしてやる!」

 

 霊夢の作った札が、鵺野に掴まれた悪霊たちの額に次々と貼り付く。絶対的な封印術。悪霊たちは断末魔を上げる間もなく、小さな光の球へと圧縮され、御堂の用意した瓢箪(ひょうたん)の中へと吸い込まれていった。

 ドサッ、ドサッ。魂を抜かれた肉体――本来の持ち主たちが、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。だが、その顔色は悪くない。ただ気絶しているだけだ。

 

「……ふぅ。一丁上がり、ってとこか」

 

 御堂は瓢箪の栓を閉め、大きく息を吐いた。

 

 

 数時間後。事件は解決した。廃工場で倒れていた人々は、救急車や警察(J-GOCの末端組織が事後処理を担当)によって保護され、「集団催眠事件」として処理された。追い出されていた本来の魂たちも、霊夢と鵺野の誘導により、無事に元の肉体へと戻ることができた。

 夜の博麗神社。御堂は、依頼人の女子中学生(今は生身の体に戻っている)から、約束の報酬五万円を受け取っていた。

 

「ありがとう、おじさん! 本当に助かったよ!」

 

 少女は涙ながらに感謝し、ペコリと頭を下げて帰っていった。

 

「へへッ、ちょろいもんだぜ。これで今月の家賃も安泰……」

 

 御堂がホクホク顔で封筒の中身を確認しようとした、その時。

 

「あら。それが報酬ね?」

 

 背後から、般若のような笑顔を浮かべた霊夢が手を差し出していた。

 

「今回の作戦で使った『式神』と『追加の札』、それから『場所代(廃工場の結界維持費)』……締めて四万五千円よ」

 

「……はァ!? ほとんど残らねェじゃねえか!」

 

「人件費と技術料よ。五条がいない分の割増料金も入ってるわ。文句ある?」

 

 さらに、横から鵺野が腹を鳴らしながら現れた。

 

「御堂、助かったぞ。だが、鬼の手をフル稼働させたせいで、猛烈に腹が減ってな……。協力した礼に、焼き肉くらい奢ってくれるんだろうな?」

 

 鵺野の後ろには、彼の生徒たち(なぜか聞きつけて集まってきた)も目を輝かせて待機している。

 

「……お、お前ら……!」

 

 御堂はワナワナと震えた。霊夢への支払い、鵺野たちへの飯代。計算するまでもなく、五万円では足りない。完全に赤字だ。

 

「……クソッ! これだから正義の味方ごっこは割に合わねェんだよ!」

 

 御堂は涙目で叫びながら、なけなしの財布の中身をぶちまけた。

 夜の境港に、大人たちの笑い声と、御堂の悲痛な叫びが響き渡る。五条悟も、小鳥遊六花もいない留守番の街。けれど、そこには確かに、この街を泥臭く守り続ける「裏の住人たち」の矜持があった。

 

「あーあ、ホシノの旦那にツケとけばよかった……」

 

 空になった財布を見つめ、御堂は深くため息をついた。遠くの空で、一番星(もしかしたらホシノかもしれない)がキラリと光った気がした。

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