仮称:やる夫スレ的世界でオカルトやってくー   作:水野芽生

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021 詐欺師と蟲師、そして暁の眠り姫

 

 2014年11月上旬。

 鳥取県・大山の山中は、すでに冬の気配を帯びていた。紅葉はあらかた散り、冷たい北風が枯れ木を揺らしている。

 

「……寒い。死ぬ。マジで死ぬ」

 

 グレーのスーツに身を包んだ男――霊幻新隆《れいげん あらたか》は、ガチガチと歯を鳴らしながら山道を彷徨っていた。

 彼は「霊とか相談所」の所長であり、自称・霊能力者だ。

 だが、その正体は霊能力ゼロの詐欺師であり、さらに言えば、前世の記憶を持つ「転生者」でもある。

 

(くそっ……! ケチってバスを使わずにショートカットしようとしたのが間違いだった……! 地図アプリも圏外だし、このままだと『霊能力者、山中で凍死』という笑えないニュースになっちまう!)

 

 弟子の影山茂夫《モブ》とは、麓のバス停で待ち合わせている。

 だが、約束の時間を過ぎても師匠が現れないことに、モブはどう思っているだろうか。いや、それ以前に命が危ない。

 

「……ソルトスプラッシュで……暖は……取れない……」

 

 霊幻が懐の食卓塩を握りしめ、意識が朦朧としてきたその時だった。

 

 ふと、タバコの匂いがした。安っぽい紙巻きタバコの煙ではない。もっと独特な、薬草を燻したような、鼻の奥をくすぐる香り。

 

「……あんた、そこで何してんだ?」

 

 低い、落ち着いた声が降ってきた。

 霊幻が顔を上げると、少し先の切り株に、一人の男が腰掛けていた。

 白に近い淡い色の髪。カーキ色のコートに、古風な木箱を背負っている。そして、片目だけが前髪の間から覗き、緑色の瞳がこちらを見据えていた。

 

「……!」

 

 霊幻の眠気が一瞬で吹き飛んだ。

 転生者としての知識が、目の前の男の正体を告げる。

 

(……嘘だろ。『蟲師』のギンコだ! 本物だ! 渋っ!!)

 

 アニメや漫画で見たそのまんまの姿。

 蟲《むし》と呼ばれる原生生物を調査し、人との共生を探る旅人。

 間違いなく、この世界でも指折りの「本職《プロ》」だ。

 

(やべえ、感動してる場合じゃない。あいつがいるってことは、この山に『蟲』がいるのか? 俺には見えんぞ! ……いや待て、今は遭難からの生還が優先だ)

 

 霊幻は瞬時に「営業モード」に切り替えた。

 スーツの襟を正し、努めて冷静な口調で話しかける。

 

「やあ。私は霊幻新隆。しがない霊能力者だが……少々、磁場の乱れに当てられて道を誤ってしまってね」

 

「……霊能力者?」

 

 ギンコは、携帯用灰皿にタバコを押し付けながら、怪訝そうな顔をした。その緑色の瞳が、霊幻を頭のてっぺんから爪先まで観察する。

 

「……あんたからは、霊気どころか、蟲の気配すら感じねェけどな」

 

「ッ……! (バレてる! さすが本職!)」

 

 ギンコはふっと息を吐き、立ち上がった。

 

「ま、いいさ。この辺は『音喰い』が出る。長居は無用だ。……麓の村まで降りるつもりだが、ついてくるか?」

 

「ご、ご同行願おう! 恩に着る!」

 

 霊幻はプライドをかなぐり捨てて、ギンコの後ろをついて行った。

 

 

 ギンコの足取りは迷いがなかった。

 道なき道を進むこと数十分。山間に小さな集落が見えてきた。藁葺き屋根の古民家が点在する、昭和初期で時が止まったような村だ。

 

「……静かだな」

 霊幻が呟いた。

 

 静かすぎる。

 風の音も、鳥のさえずりも聞こえない。

 村の中に入ると、その異様さはさらに際立った。畑仕事をしている老婆がいる。遊んでいる子供たちがいる。彼らは口を動かし、何かを叫んでいるようだが、「音」が全く聞こえないのだ。

 

「……おいおい、鼓膜がおかしくなったか?」

 

 霊幻が自分の耳を叩く。

 だが、自分の叩く音や、ギンコの足音は聞こえる。村人たちが発する音だけが、空気に吸い込まれるように消滅しているのだ。

 

「……やっぱりな。『阿吽《あうん》の音喰い』だ」

 

 ギンコが呟き、再び蟲タバコに火をつけた。

 その煙が漂うと、空間がわずかに揺らいだように見えた。

 

「音を常食にする蟲だ。この村の周囲に巣食ってやがる。……放っておけば、いずれ聴覚そのものを奪われるぞ」

 

「む、蟲……? (俺には何も見えん!)」

 

 村人たちが、余所者の二人に気づいて駆け寄ってきた。

 彼らは必死の形相で何かを訴えているが、声は出ない。

 パニック状態だ。

 一人の老人が、地面に木の枝で文字を書き始めた。

 

『山の神の祟りじゃ』

『生贄が必要だ』

『お前たちは神の使いか?』

 

「……やれやれ。田舎の因習ってやつか」

 

 ギンコが頭をかいた。

 

「祟りじゃねえよ。ただの自然現象だ。……だが、こりゃあ説明が骨だな。パニックを起こしてる人間に、見えない蟲の話をしても通じねェ」

 

 蟲師は「蟲」の専門家だが、「人間」の扱いはそこまで得意ではない。特に、集団ヒステリーを起こした村人を鎮めるのは専門外だ。

 

 ここで、霊幻新隆が前に出た。

 

「……ふっ。任せたまえ、蟲師殿」

 

「あ?」

 

 霊幻は、スーツの埃を払い、ビシッとポーズを決めた。

 

「こういう『手合い』の扱いは、私の専門分野だ」

 

 

 

 霊幻は、村人たちの中心に進み出ると、大きく手を広げた。

 

「静まりたまえ! 私は霊能力者、霊幻新隆! ……この現象は神の祟りなどではない!」

 

 彼の自信満々な態度は、不安に駆られた人々の心に強烈なフックとなった。声が聞こえなくても、そのオーバーアクションと「何かやってくれそう感」は伝わる。

 

「これは、星の巡りと地脈のズレが引き起こした『音響障害』だ! ……安心したまえ、私が『気』の流れを整えれば、すぐに治る!」

 

 霊幻は地面に書かれた文字を指差し、身振り手振りで「大丈夫だ」「任せろ」と伝えた。

 そして、老人や子供たちの肩に手を置き、得意のマッサージ(除霊コース)を施し始めた。

 

「はい、肩の力を抜いてー。恐怖で体が強張ると、悪い『気』が溜まりますよー」

 

 硬直していた村人たちの表情が、次第に和らいでいく。

 マッサージの心地よさと、霊幻の「根拠のない自信」が、集団パニックを解きほぐしていく。

 

「……ほう」

 ギンコは、少し離れた場所でその様子を見ていた。

 

「(何も見えてねぇくせに、ハッタリだけで場の空気を支配しやがった。……大したもんだ。蟲は人の不安に入り込む。あいつの話術は、ある意味最強の『蟲除け』かもな)」

 

 ギンコは感心しつつ、蟲を追い払う薬の調合を始めた。

 村人が落ち着いてくれれば、仕事はやりやすい。

 

 その時。

 村の奥にある、小さな社の縁側で。

 

「……んあ〜? なんだか騒がしいねぇ〜」

 

 のんびりとした、間の抜けた声が響いた。

 いや、「聞こえた」。音を喰らう蟲の領域内で、その声だけはハッキリと、鼓膜に届いたのだ。

 

「……!?」

 

 ギンコと霊幻が同時に振り返る。

 そこには、日向ぼっこをしていたらしい一人の少女が、あくびをしながら起き上がるところだった。

 

 ピンク色の長い髪。左右で色の違う瞳(オッドアイ)。だらしない格好に、首から下げたゴーグル。そして、頭上には――光の輪《ヘイロー》が浮かんでいるように見えたが、霊幻が瞬きすると見えなくなった。

 

「うへ〜、おじさんたち、誰〜? 旅行客〜?」

 

 小鳥遊ホシノ。

 キヴォトス最強(この世界にキヴォトスは無いが)の神秘の一角が、なぜか鳥取の山奥で昼寝をしていた。

 

「(……なんだ、あのガキ? 家出少女か?)」

 

 霊幻は思った。

 

 だが、ギンコの反応は違った。

 彼は調合の手を止め、タバコを落としそうになるほど目を見開いて、ホシノを凝視していた。

 

「(……おい。なんだ、アレは)」

 

 ギンコの「常闇《とこやみ》」を見通す目には、少女の姿が全く別のモノとして映っていた。

 

 

 ギンコには見えていた。

 少女の背後に、太陽のような、あるいはそれ以上の純度を持つ「光の奔流」が渦巻いているのが。

 

(蟲じゃねぇ。アヤカシでもねぇ。……これは『生命』か? いや、もっと根源的な……)

 

 ギンコは戦慄した。

 蟲は、生命の源流に近い存在だ。だが、目の前の少女が纏っているモノは、その源流すらも焼き尽くすような、圧倒的で、人工的で、それでいて神聖な「概念の光」だった。

 

 ホシノが、ぽりぽりと頭をかきながら、ギンコの方を見た。

 左目の青い瞳が、一瞬だけ鋭く光った気がした。

 

「……おじさん、タバコ臭いよ〜。山火事には気をつけてね〜」

 

「……ああ。気をつけるさ」

 

 ギンコは慎重に答えた。野生動物が、天敵に出会った時のような緊張感が背筋を走る。

 

(……この山にいた『音喰い』どもが、怯えてやがる。……香なんて焚くまでもねェ。コイツが『起きる』だけで、闇に潜むモノは全部逃げ出すぞ)

 

「暁《あかつき》」。

 夜を終わらせる光。蟲という、幽玄の闇に生きる者たちにとって、彼女は最も相性の悪い「最強の捕食者(あるいは天災)」だったのだ。

 

「おーい、そこの君!」

 

 何も知らない霊幻が、ホシノに駆け寄った。

 

「こんなところで寝てると風邪引くぞ! 親御さんはどうした! 家出か!?」

「うへ〜。おじさんこそ、スーツで登山なんて酔狂だねぇ〜」

 

 ホシノはへらりと笑った。

 霊幻の「相談所スキル」をもってしても、この少女の底知れないマイペースさは崩せそうになかった。

 

 

 「……で、君だ。こんな山奥で何をしてるんだ? 学校はどうした?」

 

 霊幻新隆は、腰に手を当てて説教モードに入っていた。

 相手は、社の縁側でゴロゴロしているピンク髪の少女、小鳥遊ホシノだ。だらしない格好、昼間からの昼寝。どう見ても不登校か家出少女にしか見えない。

 

「うへ〜、おじさん、教育熱心だねぇ〜。今日は休日だし、ちょっと散歩に来ただけだよ〜」

 

「散歩にしては軽装すぎるだろ! 防寒対策は? 熊除けの鈴は? 親御さんが心配してるぞ!」

 

 霊幻の正論(もっともな指摘)に、ホシノはぽりぽりと頬を掻いた。

 

「ん〜、親御さんというか……私、これでも一児の母なんだけどなぁ〜」

「……は?」

 

 霊幻の動きが止まった。

 まじまじとホシノを見る。身長145センチ前後。童顔。華奢な体つき。どう見ても中学生、下手をすれば小学生高学年に見える。

 

「嘘をつくな嘘を! 最近の子供は設定が細かいな! ドール遊びか何かか?」

 

「いやいや〜、本当だって。娘《リッカ》ももう11歳だし、反抗期で大変なんだよねぇ〜」

 

「11歳!? 計算が合わんぞ! 君、いくつだ!」

 

「乙女に年齢を聞くなんて、おじさんデリカシーないよ〜」

 

 ホシノはのらりくらりと躱《かわ》す。

 霊幻は頭を抱えた。この少女、只者ではない。嘘をついているようには見えないが、真実だとしたら生物学的なミステリーだ。

 

(……待てよ。この世界には『不老』の術とかあるのか? あるいは、俺と同じ転生者か? いや、それにしては緊張感がなさすぎる……)

 

 

 そんな漫才をしている二人の横で、ギンコは静かに地面を調べていた。彼は懐から出した拡大鏡のような器具で、土の表面や草の根元を観察している。

 

「……やっぱりな。この辺一帯、蝸牛《かたつむり》みたいな粘液の跡がある」

 

 ギンコが立ち上がり、タバコの煙を吹きかけた。

 煙が特定の形――渦巻き状の流れを作る。

 

「『吽《うん》』だ。音を喰らって成長する蟲。……この村の静寂は、大量発生した『吽』が音波を吸収しちまってるからだ」

 

 ギンコは村人たちの方を見た。彼らはまだ不安そうに、しかし霊幻のマッサージのおかげで少し落ち着いて、こちらの様子を伺っている。

 

「……放っておけば、耳の中に巣食われて聴力を失う。早めに追い出さなきゃならねェ」

 

「お、追い出す? どうやってだ? 殺虫剤でも撒くか?」

 

 霊幻が尋ねる。

 

「いや。こいつらは『塩』に弱い。特に、濃い塩水だ」

 

 ギンコの説明によると、対処法はこうだ。

 人肌に温めた濃い塩水を耳の中に注ぎ込む。そうすると、『吽』は溶けるか、驚いて逃げ出すという。

 非常にシンプルだが、確実な民間療法(蟲師療法)だ。

 

「塩水か……。おい、村の人たち! 塩はあるか!?」

 

 霊幻が身振り手振りで伝える。

 しかし、村人の代表者らしき老人が首を横に振った。

 ジェスチャーで『備蓄の塩は、山の神への供物として社の中に納めてしまった』『今は手元にない』と訴えている。

 社の中にはホシノがいるが、鍵がかかっている倉庫の中らしい。

 

「参ったな。……俺も携帯用の塩は切らしてる。岩塩なら探せばあるかもしれんが、時間がかかる」

 

 ギンコが眉をひそめた。

 

「……塩、か」

 

 霊幻は、自分のスーツのポケットに手を入れた。

 そこには、常に常備している「商売道具」があった。

 

「……ふっ。天は我を見放さなかったようだな」

 

 

「任せたまえ、蟲師殿。塩ならここにある!」

 

 霊幻は、ポケットから真紅のキャップがついた小瓶を取り出した。

 スーパーでよく見る、「食卓塩」だ。

 

「……あんた、なんで塩なんて持ち歩いてんだ?」

 

 ギンコが呆れたように聞いた。

 

「除霊用だ! ……私の必殺技、『ソルトスプラッシュ』の弾丸さ!」

 

 霊幻は自信満々に答えた。

 本来は、客へのパフォーマンス(と目潰し)に使うための、ただの精製塩。

 だが、塩化ナトリウムであることに変わりはない。

 

「……精製塩か。まあ、成分的には問題ねェな。よし、湯を沸かせ!」

 

 作業が始まった。

 村人が焚き火をおこし、やかんで湯を沸かす。

 霊幻が食卓塩をドバドバと投入し、食塩水を作る。

 それを人肌に冷まし、準備完了だ。

 

「よし、治療開始だ! 並んで並んで!」

 

 霊幻は、柄杓《ひしゃく》とスポイト代わりの竹筒を持ち、村人たちを整列させた。

 

「いいですかー、耳に水を入れますよー。ちょっと気持ち悪いけど我慢してくださいねー」

 

 最初の一人、怯える子供の耳に、霊幻が塩水を注ぐ。ジュワッ、という微かな音がした気がした。

 

「……うわっ、何か出た!」

 

 子供が耳を押さえて跳ね起きる。

 耳から溢れた塩水と共に、半透明のドロリとした粘体状のものが流れ出し、地面に落ちて霧散した。

 

「……ママ! 聞こえる! ママの声が聞こえるよ!」

 

「おお、喋った!」

 

 音が戻った。

 歓声が上がる。

 それは連鎖し、次々と村人たちが治療を受けていく。

 

「はい次! ソルトスプラッシュ注入!」

「うひゃあ、しょっぱい!」

「はい治った! 次!」

 

 霊幻の手際は鮮やかだった。

 元々マッサージ師としての指先の器用さと、客を安心させる話術がある。ギンコはその横で、逃げ出した蟲が再び戻らないよう、結界代わりの薬草を燻していた。

 

「(……大したもんだ。ただの詐欺師かと思ったが、腹が据わってる。……こりゃあ『先生』と呼ばれるわけだ)」

 

 ギンコは、汗だくで塩水を注ぎ続ける霊幻を見て、口元を緩めた。

 

 

 その光景を、社の縁側からホシノが眺めていた。

 

「うへ〜、おじさんたち、やるねぇ〜」

 

 彼女は欠伸を噛み殺しながら、特に手伝う様子もない。

 だが、ギンコには分かっていた。彼女がそこに「いる」だけで、治療が劇的にスムーズに進んでいることを。

 

(……蟲どもが、あのガキを恐れて逃げ惑っている。塩水に追われる前から、すでに弱体化してやがる)

 

 ホシノが纏う「神秘」は、自然界の摂理に生きる蟲にとって、あまりにも異質で強大すぎるのだ。

 彼女は無自覚なまま、最強の「蟲除け」として機能していた。

 

「……ねえ、白髪のおじさん(ギンコ)」

 

 ホシノが、ふとギンコに話しかけた。

 その瞳は、先ほどまでの眠たげなものではなく、古強者のような静けさを湛えていた。

 

「その箱の中身……面白いね。この世界の『理《ことわり》』とはちょっと違う、古いルールで動いてる感じがするよ」

 

「……分かるのか?」

 

 ギンコが警戒する。

 

「ん〜、なんとなくね。……私も、似たような『古いもの』を知ってるから」

 

 ホシノは空を見上げた。そこには湿った日本の雲が流れている。

 

「ま、平和が一番だよ。……おじさんたちの旅に、幸あれってね」

 

 ホシノはニッと笑い、再び縁側でゴロンと横になった。

 ギンコは、しばらくその姿を見つめていたが、やがて短く息を吐いた。

 

「……変わったガキだ。いや、ババアか?」

 

「聞こえてるよ〜」

 

 

 夕暮れ時。

 村人全員の治療が完了した。村には活気が戻り、感謝の宴が開かれようとしていたが、ギンコは「長居は無用だ」と出発の準備をしていた。

 

「待ってくれ蟲師殿! せめて飯くらい食っていこうじゃないか!」

 

 霊幻が引き止める。

 彼は村長から「感謝の印」として、大量の野菜と、いくばくかの謝礼金(古銭や現物支給だが)を受け取っていた。

 

「いや。俺がいると、また別の蟲を呼び寄せるかもしれねェ。……それにあんた、迎えが来てるぜ」

 

 ギンコが顎で指した先。山道の入り口に、学ラン姿の少年が立っていた。

 

「……師匠」

 

 影山茂夫《モブ》だ。彼は心配そうな顔で、霊幻を見つめていた。

 

「モブ! お前、迎えに来てくれたのか!」

 

「連絡がつかないから……心配しましたよ。無事でよかったです」

 

 モブの背後から、ひょっこりと別の影も現れた。

 小鳥遊六花だ。彼女もまた、ホシノを迎えに来ていたらしい。

 

「あ、ママだ! ここにいたんだ!」

 

「うへ〜、見つかっちゃった〜」

 

 ホシノが縁側から飛び降り、六花の元へ歩いていく。

 

「……やれやれ。役者が揃ったな」

 

 ギンコは木箱を背負い直した。

 

「じゃあな、霊能力者先生。……あんたの『ソルトスプラッシュ』、悪くなかったぜ」

 

 ギンコは片手を上げ、霊幻に背を向けた。その背中は、どこまでも続く旅人のそれだった。

 

「……ふん。当然だ! 私にかかれば蟲の一匹や二匹!」

 

 霊幻は強がって見せたが、その表情は少し晴れやかだった。本物のプロフェッショナルと肩を並べて仕事をした。その事実は、彼の詐欺師としてのコンプレックスを少しだけ癒やしてくれたようだった。

 

「さて、帰るかモブ! ……あ、そうだ。あいつに治療費請求するの忘れた!」

 

「……師匠、またですか」

 

 賑やかな声が、夕闇の山に響いていく。

 音のある世界は、やはり素晴らしい。

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