仮称:やる夫スレ的世界でオカルトやってくー   作:水野芽生

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024 境界識の殺し屋と、魔都の迷い子 Manic state

 

 2014年、11月下旬。

 日本海側特有の、鉛色の空が垂れ込める季節がやってきた。

 ここ鳥取県境港市――裏の通称「魔都」にも、冬将軍は平等に訪れる。ただし、この街の場合は雪と共に「得体の知れないナニカ」も降ってくるのが常だが。

 

「フッ……視える。視えるぞ蓮! 大気中のマナが凍結し、白き絶望の結晶となって降り注ごうとしている!」

 

「うん、それを世間では『初雪』って言うんだよ、六花ちゃん」

 

 放課後の通学路。

 北風が吹きすさぶ中、僕――佐藤蓮は、隣を歩く小鳥遊六花ちゃんのマフラーを直してやっていた。

 今日の六花ちゃんは、いわゆる「躁状態」だ。瞳(カラーコンタクト)を爛々と輝かせ、見えない敵と戦い、電柱の影に潜む組織のエージェント(ただの野良猫)を警戒している。

 

「甘いわね、蓮。これはただの雪ではない。極北の『黒山』から漏れ出した、ニブルヘイムの吐息よ。……くっ、私の邪王真眼が共鳴して熱い……!」

 

「はいはい、カイロ貼っときな。……実際、今年は冷えるな」

 

 僕は身震いして、コートの襟を立てた。

 六花ちゃんの妄想は、この街ではあながち妄想で済まないから質が悪い。

 最近、J-GOC(超常現象対策局)の公表(超常界隈に)しないレベルで「微小特異点」が多発している。空間の歪み、神隠し、認識災害。街全体が、冬眠前の熊のように神経質になっている気がした。

 

「おい、蓮。あそこを見ろ」

 

 不意に、六花ちゃんが足を止めた。

 彼女が指差したのは、再開発地区の外れにある、取り壊し予定の古いマンションだった。4階建ての、コンクリートが剥き出しになった廃墟同然の建物。

 だが、今の僕には、それがただの廃墟には見えなかった。

 

「……うわ」

 僕は思わず、サングラス(蒼崎橙子・作の特注品)の位置を直した。視界補正を通して見ても、そのマンションは「歪んで」いた。空間がねじれ、窓の配置がおかしい。4階の上に2階があり、入り口がどこにもないような、エッシャーの騙し絵じみた違和感。

 

「すごい……! あそこよ蓮! あれこそ『不可視の境界線』への入り口! 選ばれし者だけが辿り着ける、幽玄の塔!」

 

「いや、あれはただの『事故物件』でしょ。絶対に行くなよ? フリじゃないからな?」

 

「フフッ、何を恐れることがあるの。私には最強の従者(キミ)と、この眼があるというのに!」

 

 六花ちゃんは聞く耳を持たず、スカートを翻してマンションの方へ駆け出してしまった。

 

「ちょっ、待て六花ちゃん!」

 

 僕は舌打ちをして、その後を追う。

 この街で「変な場所」に行くのは死亡フラグだ。

 だが、僕が角を曲がろうとしたその時――。

 

 ドンッ。

 

 出会い頭に、誰かと衝突した。

 

          ◇

 

「――っと、悪い」

 

 低い、中性的な声。ぶつかった衝撃は軽かったが、僕はその人物を見た瞬間、心臓が早鐘を打つのを感じた。

 本能的な恐怖。いや、「生物としての格の違い」を突きつけられたような感覚。

 

 そこに立っていたのは、着物の上に赤い革ジャンを羽織った、奇妙な出で立ちの女性だった。

 長さの揃っていないショートカット。整っているが、鋭利な刃物のような美貌。そして何より――その瞳。底知れない虚無を湛えた黒い瞳が、僕を(あるいは僕の中身を)射抜いていた。

 

「……アンタ」

 

 彼女は僕を見て、怪訝そうに眉をひそめた。

 

「……チッ。なんだ、今の感触。中身がズレてんのか?」

 

「え……?」

 

 僕は冷や汗を流しながら、一歩後ずさる。

 ズレている。それは僕が「転生者」であることを指しているのか?

 彼女は僕の魂の形を視ている?

 

(ま、まさか……この人……!)

 

 脳内の知識データベースが、ある人物の情報を弾き出す。

 『空の境界』。直死の魔眼。両儀式。

 なぜ、そんな原作主人公クラスの怪物が、こんな片田舎に?

 

「……まあいい。今は忙しいんだ」

 

 彼女――両儀式は、僕への興味をすぐに失ったようだった。

 彼女の視線は、僕の背後にある廃マンションに向けられている。

 

「おい、ボウズ。あっちに女の子が走っていかなかったか?」

 

「え、あ、はい。僕の連れが……」

 

「なら急げ。あそこは今、『生きてる』ぞ」

 

「生きてる……?」

 

「ああ。胃袋を開けて待ってるのさ。……消化される前にな」

 

 式は短く言い捨てると、音もなく駆け出した。

 その速さは人間離れしていた。僕は慌てて正気を取り戻し、彼女の後を追った。

 

          ◇

 

 マンションの前には、古びたバリケードテープが張られていた。

 だが、その一部が破られ、小さな靴跡が中へと続いている。六花ちゃんだ。

 

「六花ちゃん! 返事をしろ!」

 

 僕は声を張り上げるが、返答はない。

 入り口の自動ドアは壊れて開いたままだ。その奥に広がるエントランスは、昼間だというのに深夜のように暗い。

 

「……騒ぐな。舌を噛むぞ」

 

 先に踏み込んでいた式が、暗闇の中で立ち止まっていた。

 彼女は懐からナイフを取り出すと、何もない空間に向かって構える。

 

「結界か。いや、固有結界に近いな。……橙子のヤツ、また面倒な仕事を押し付けやがって」

「あの……あなたは?」

「しがない便利屋だ。……来るなら離れるなよ。迷子になっても知らんぞ」

 

 式が足を踏み出す。

 その瞬間、世界が反転した。

 グニャリ、と視界が歪む。

 エントランスの床が天井になり、階段が無限に続き、壁からは無数の「ドア」が生えてくる。

 典型的な「異界化」現象。

 SCP財団で言うところの、非ユークリッド幾何学的空間。

 

「うわぁ……」

 

 僕は必死に吐き気を堪える。サングラスのフィルタリング機能がなければ、即座にSAN値チェックが入っていただろう。

 そんな異常空間の中で、式だけは平然としていた。

 

「六花ちゃんは!?」

 

「気配はある。……上だ」

 

 式が上を見る。

 そこには、螺旋状にねじれた階段が、遥か彼方の闇へと伸びていた。

 そして、その中腹あたりに――。

 

「フハハハハ! 見よ蓮! ここが魔界の入り口だ!」

 

 六花ちゃんがいた。

 彼女は階段の手すりに危なっかしく立ち、眼下の僕たちに向かってポーズを決めていた。

 無事だ。

 ピンピンしている。

 むしろ、この異常事態を「自分の設定が現実になった」と解釈し、最高にハイになっている。

 

「六花ちゃん! 降りてこい! そこは危ない!」

 

「断る! 私は今、この塔の主と交信しているの! ……聞こえる、聞こえるわ。深淵からの呼び声が!」

 

 六花ちゃんの言葉に呼応するように、マンション全体が「ゴゴゴゴ……」と低い唸り声を上げた。

 壁のシミが人の顔のように歪み、無数のドアが一斉に開閉する。

 バタン! バタン! バタン!

 まるで、巨大な生物が咀嚼を始めたかのように。

 

          ◇

 

「チッ。ガキの妄想に共鳴して活性化したか」

 

 式が舌打ちをする。

 この空間は、「黒山」の影響で曖昧になった境界線に、六花ちゃんの強力な(無自覚の)魔力と思考が流れ込み、具現化したものかもしれない。

 つまり、今の六花ちゃんは「生贄」であると同時に、この怪異の「燃料(バッテリー)」だ。

 

「来るぞ」

 式が警告した直後。

 壁や床から、ドロドロとした黒い影が溢れ出した。

 それは不定形の怪物となり、僕たちに襲いかかる。

 物理攻撃が効きそうにない、純粋な呪いと残留思念の集合体。

 

「ひっ……!」

 僕は腰のホルスター(真田さんにもらった非殺傷護身具)に手を伸ばすが、震えて抜けない。

 しかし、式は笑っていた。

 獰猛で、美しい、殺し屋の笑み。

 

「……生きているなら、神様だって殺してみせる」

 

 彼女の瞳が、青く輝いた。

 直死の魔眼。

 万物の死を視る、虹の瞳。

 

 ザシュッ!

 式がナイフを一閃させる。ただ空気を切っただけに見えた。

 だが、襲いかかってきた黒い影は、まるでガラス細工のように粉々に砕け散り、霧散した。

 影だけではない。彼女のナイフが触れた「空間」そのものに亀裂が走り、異界の法則が崩壊していく。

 

「す、すげぇ……」

 

 僕は呆然と呟く。これが、本物。

 五条さんのような「規格外の出力」とは違う、研ぎ澄まされた「概念の殺害」。

 

「蓮! 見たか!?」

 

 上から六花ちゃんが叫ぶ。彼女の目はキラキラと輝いていた。

 

「あの女、やるわね! 私の眷属(サーヴァント)にスカウトしましまう!」

 

「馬鹿野郎、殺されるぞ!」

 

「次は本丸だ」

 

 式は雑魚を一掃すると、六花ちゃんがいる上層階――異界の核(コア)へと視線を向けた。

 そこには、マンションそのものが形成した、巨大な「捕食口」が開こうとしていた。

 

          ◇

 

 マンションの最上階付近。

 そこは、現実と異界の境界が最も薄くなっている場所だった。六花ちゃんの背後の空間が裂け、巨大な目玉のような何かがギョロリと覗く。

 あれが本体だ。この廃墟を巣食う、伝承科レベルの遺物(あるいはその残滓)。

 

「六花ちゃん、後ろ!」

 

 僕が叫ぶと同時に、式が跳んだ。

 重力を無視したような跳躍。廃墟の瓦礫を足場に、一瞬で六花ちゃんのもとへ肉薄する。

 

「邪魔だ!」

 

 式は六花ちゃんの襟首を掴み、乱暴に僕の方へ放り投げた。

 

「うわぁっ!?」

 

 六花ちゃんが空を舞う。僕は慌てて彼女を受け止める。

 

「ぐっ……! 無事か、六花ちゃん!」

 

「ふ、不敬な! 邪王真眼の使い手を投げるとは……でも、ナイスキャッチよ蓮!」

 

 六花ちゃんを安全圏へ逃がした式は、そのまま空中で体を捻り、巨大な目玉と対峙した。

 怪物は、侵入者を排除しようと、空間ごと式を圧縮しようとする。

 壁が迫り、天井が落ちてくる。逃げ場のない圧殺攻撃。

 

 だが、式には「線」が見えていた。

 この怪物が、空間を維持するために繋ぎ止めている、死の線が。

 

「――お前の死(カタチ)、視えた」

 

 式の手の中で、ナイフが煌めく。

 それは物理的な切断ではない。

 この異界を成立させている「因果」そのものを断ち切る一撃。

 

 キィン。

 硬質な音が響いた。

 

 直後。

 巨大な目玉に、一本の亀裂が走る。

 断末魔の悲鳴すらなく。怪物は、自らの存在を維持できなくなり、ガラガラと音を立てて崩れ去った。

 同時に、歪んでいた空間が元の廃マンションへと戻っていく。

 

「……ふぅ」

 

 着地した式は、ナイフを畳み、ふぅと息を吐いた。

 その背中には、圧倒的な「死」の気配と、仕事を終えた職人の気怠さが漂っていた。

 

          ◇

 

 異界が晴れたマンションの外。

 僕たちは、まだ少し足元がふらつきながらも、現実世界(夕暮れの境港)に戻ってきていた。

 

「いやー、凄かったわね蓮! まさか私の魔力があんな大怪獣を召喚してしまうなんて!」

 

 六花ちゃんは興奮冷めやらぬ様子で、式の周りをチョロチョロしている。

 

「ねえ、あなた名前は? コードネームは? 私の組織(※存在しません)に入らない?」

 

「……うっとうしいガキだ」

 

 式はあからさまに嫌そうな顔をしているが、本気で怒ってはいないようだ。

 彼女は僕の方を向き、ジロリと睨んだ。

 

「おい、ボウズ。アンタ、蒼崎(アイツ)の眼鏡かけてるな」

 

「えっ、あ、はい。……わかりますか?」

 

「分かるさ。その悪趣味な術式構成、見間違えるわけがない」

 

 式はため息をつく。

 

「……ったく。あいつも、こんな子供にまで商売してるのか。それとも、アンタがそれだけ『視えちまう』ってことか?」

 

 彼女の言葉に、僕はドキリとする。転生者であること。そして、この街の異常性が見えてしまうこと。彼女は、全てを見抜いているようだった。

 

「まあいい。依頼は達成した。私は帰る」

 

 式は踵を返す。

 その時だった。

 

「あれー? もう終わっちゃったの?」

 

 場違いに間延びした声が、背後から聞こえた。

 振り返ると、コンビニの袋を提げた長身の男が立っていた。目隠し(アイマスク)をした、怪しい男。

 五条悟だ。

 

「げっ、五条さん……」

 

 僕が呻くと、五条さんは「やっほー」と手を振った。

 

「コンビニでおでん買ってたらさ、なんか面白そうな気配がしたから来てみたんだけど。……へぇ」

 

 先生の視線が、式に向けられる。アイマスクの下で、六眼が彼女を捉えたのだろう。

 

「初めまして、だよね? 噂の『直死』のお姉さん」

 

 式が足を止めた。

 彼女はゆっくりと振り返り、五条を見上げる。その黒い瞳が、五条の周囲にある「無限」を、そして彼という存在のデタラメさを映し出す。

 

「……アンタか。橙子が言ってた『規格外』は」

 

 式の声に、僅かな緊張が走る。

 彼女はナイフに手をかけなかった。

 いや、かけたところで「意味がない」と悟ったのか。

 

「すごいねぇ。僕の術式まで殺せそうな目だ」

 

 五条は楽しそうに笑う。

 

「でも、届くかな? 僕と君の間には、無限の距離があるんだけど」

 

「……フン」

 

 式は鼻で笑った。

 

「モノには限度ってモンがある。アンタのそれは、生きてるとか死んでるとか、そういう次元じゃないな」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 式は五条から視線を外し、再び歩き出した。

 

「……橙子に伝えておけ。これ以上の残業代は請求するぞ、とな」

 

「了解。また遊びにおいでよ、境港に」

 

 式は振り返らず、手をひらりと振って去っていった。

 その背中が見えなくなるまで、僕たちは動けなかった。

 

          ◇

 

「……行っちゃったわね」

 

 六花ちゃんがポツリと言う。

 

「強敵(とも)だったわ……。いつか決着をつけねばなるまい」

 

「君は、助けてもらっただけだろ」

 

 僕は六花ちゃんの頭を軽く小突く。

 五条さんが、コンビニ袋から大根を取り出して齧りながら近づいてきた。

 

「蓮くん、無事でよかったねー。あのお姉さん、怒らせると怖いからさ」

 

「五条さん知ってたんですか? 彼女のこと」

 

「ん? まあね。僕のサングラス作ってくれた人の知り合いだから」

 

 五条さんは、僕のサングラスを指差す。

 

「その眼鏡、大事にしなよ。それがあれば、大抵の『死』からは目を逸らせるからさ」

 

 僕は自分のサングラスに触れる。

 蒼崎橙子の作品。そして、両儀式との遭遇。

 この街には、僕の知らない(あるいは前世の知識で知っている)怪物が、まだまだ潜んでいるらしい。

 

「さ、帰ろっか。今日はホシノがお鍋作って待ってるんだ」

 

 五条さんは嬉しそうに歩き出す。

 

「六花ちゃんも送ってくよ。……あ、ついでに補習のプリント(半ズル休みした時のもの)もあるけど」

 

「うげっ、現実に引き戻さないでよ!」

 

 冬の風が吹く。

 鉛色の空からは、またチラチラと雪が舞い始めていた。

 魔都・境港の日常は、今日も異常で、そしてどこか騒がしい。

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