主人公の六花ちゃんはハイになると厨二病が出ます。それも〇〇〇〇〇と共鳴したような。
中国山地の冬は、静寂という名の暴力だ。日本海から吹き付ける湿った風が山脈にぶつかり、重く、分厚い雪となって世界を白く塗りつぶす。鳥取県と岡山県の県境付近。地図にさえ細い線でしか描かれていない山あいの豪雪地帯を、二つの影が進んでいた。
「フッ……。視える、視えるぞ蓮。この白き虚無の向こうに、封印されし『古の都』の波動が……!」
腰まで埋まりそうな新雪の上を、まるでアメンボのように軽やかに跳ねていく少女がいる。小鳥遊六花。黒のゴスロリコートに眼帯、そして不可視の境界線(という設定のカラーコンタクト)を宿した彼女は、この極寒の雪山において、異常なほどの機動力を発揮していた。彼女はいわゆるフィジカルギフテッドだ。常人離れした身体能力に加え、本人は無意識に近いが、体内に巡る魔力(オド)を身体強化に転用している。そのため、雪を踏みしめる瞬間に足裏へ魔力を集中させ、沈む前に次の一歩を踏み出すという芸当を無意識に行っていた。
「……六花ちゃん、待ってくれ。頼むから、少しペースを落としてくれ……」
その後方、数十メートル。必死の形相で雪をかき分けているのが、僕――佐藤蓮だ。僕はただの一般人である。前世の記憶があるといっても、肉体は現代日本の男子小学生(平均よりやや虚弱)に過ぎない。真田さんにもらったJ-GOC支給の耐寒装備を着込んでいても、肺が凍りそうな寒さと、終わりの見えない雪中行軍に、意識が飛びかけていた。
「軟弱だな、蓮。契約者(パートナー)たるもの、この程度のエントロピー低下に屈してどうする」
「精神論で雪は溶けないんだよ……。というか、なんで僕たち、こんな山奥の秘湯を目指してるんだっけ……?」
「そこに『秘湯』があるからではない。そこに『魔力溜まり』があるからよ!」
六花がビシッと指差す先。谷底に、数軒の茅葺き屋根が身を寄せ合うようにして建つ、小さな集落が見えてきた。目的地の温泉宿がある集落だ。だが、僕の「転生者としての勘」と、六花の「邪王真眼(六元とウジャドの目)」は、同時にある違和感を察知していた。
「……静かすぎる」
僕が呟くと、六花も頷き、眼帯の下の瞳を細めた。
「ああ。鳥の声も、風の音も、雪が落ちる音さえしない。……まるで、世界そのものが『ミュート』されたようだな」
その時だった。完全なる静寂を破るように、雪を踏みしめる音が聞こえたのは。
「――よお。少年たち、精が出るねぇ」
不意に背後から声をかけられ、僕は心臓が止まるかと思った。振り返ると、そこには見知った顔があった。登山用の重装備に、巨大なケースを背負い、サングラスをかけた精悍な男。彼は右手を軽く上げ、「シュッ」と独特の敬礼をして見せた。
「ヒビキさん……!?」
「ヒビキ! なぜこのような極点に!」
そこにいたのは、以前僕たちが関わったことのある「猛士(たけし)」の音撃戦士、ヒビキさんだった。という六花、恥ずかしいからいい加減いつもの君に戻ってくれ。
「やあ、久しぶり。ちょっとね、この辺で『変な音』がするって予報が出ててさ。調査に来たんだけど……」
ヒビキさんはサングラスをずらし、集落の方を見下ろした。その優しげな瞳が、今は剣呑な光を帯びている。
「……逆に『音がしない』ねぇ。こいつは、ちょっと厄介かもしれない」
◇
集落は、死んでいるわけではなかった。煙突からは煙が上がり、除雪された道を行き交う村人の姿もある。だが、誰も口を聞かない。挨拶もなければ、雪かきのスコップが当たる音すら、どこか遠くの出来事のように曇って聞こえる。空気そのものが、重たい綿で包まれているような閉塞感。
「……妙な気配だ」
ヒビキさんが背負った荷物――音撃鼓やキャンプ道具――を下ろしながら呟く。
「魔化魍(まかもう)の気配とも少し違う。もっとこう、ジメッとした……人の心に近い何かを感じるよ」
「エーテルが停滞しているな。……この領域、何者かによって『結界』が張られているぞ」
六花が掌を空にかざす。彼女の感覚は鋭い。この村全体が、巨大な胃袋の中にあるような圧迫感がある。僕たちは、予約していた古い湯治宿に荷物を置いた。宿の主人もまた、筆談で『いらっしゃいませ』と書くだけで、一言も発さなかった。どうやら、この村では「音を出すこと」自体が禁忌となっているらしい。
「……徹底してるな」
僕が小声で呟くと、老人は人差し指を口元に当て、悲しげな瞳で僕を見た。その目は「マナーを守れ」と言っているのではない。「死にたくなければ黙れ」と訴えていた。
「フッ……。承知した。この『極北の沈黙結界』の中では、私の詠唱も封印せざるを得まい」
六花は真剣な顔で頷き、抜き足差し足で階段を登り始めた。こういう時、彼女の「設定への没入能力」は逆に頼もしい。恐怖を感じるよりも先に、そういうルールのアトラクションだと解釈してくれるからだ。
◇
部屋に荷物を置いた僕たちは、まずは冷え切った体を温めるべく、楽しみにしていた温泉へと向かった。脱衣所も、浴室も、貸切状態だった。湯船には、白濁した源泉がなみなみと注がれている。だが、ここでも違和感が僕を襲った。お湯が注がれる「チョロチョロ」という音が、極端に小さいのだ。いや、湯気そのものが音を吸着しているような、鼓膜が詰まったような感覚。
「……はぁ」
湯に浸かり、息を吐く。リラックスできるはずの時間なのに、背筋が寒い。壁の向こうの女湯にいる六花に、「大丈夫か?」と声をかけることすら躊躇われる空気だ。ブブッ。脱衣所に置いていたスマホが震えた。六花からのLIMEだ。
『六花:蓮、気をつけて。お湯の中に魔力が溶け込んでいる。……これは「重水」よ』
『蓮:ただの硫黄泉だよ。……でも、確かに重いな』
文字だけの会話。静寂の中でスマホの画面だけが光る。僕は早々に上がり、服を着て外へ出ることにした。
その夜。村の中央にある神社で、年に一度の「神楽(かぐら)」が行われるという情報を、ヒビキさんが仕入れてきた。ただし、それは神に捧げる舞ではなく、この異常な静寂を鎮めるための「人身御供」に近い儀式だという噂だった。
「行くぞ、少年たち。鍛えてるか?」
「え、あ、はい。一応……」
「フッ、私の闇の力は常に全開よ!」
僕たちは闇に沈む雪道を歩き、神社へと向かった。篝火だけが揺れる境内には、村人たちが無言で集まっていた。彼らの視線の先、能舞台のような拝殿に、一人の男が座っている。手にはバチ。目の前には、年代物の大きな和太鼓。
「……始めるつもりか?」
ヒビキさんが低く唸る。
「この空気の中で音を出せば、何が起きるか……」
男がバチを振り上げた。村人たちが息を呑む。そして――。
ドンッ!!
太鼓が打ち鳴らされた。その音は、確かに響いた。だが、それは一瞬だった。音が空気に波紋を広げた直後、空間そのものが「裂けた」のだ。ズズズズズ……。太鼓の音が、まるでブラックホールに吸い込まれるように消えていく。いや、違う。空中に生じた「透明な何か」が、音波を物理的に捕食したのだ。
「う、あ……あぁぁぁぁ!!」
奏者の男が悲鳴を上げる。音を喰らった「何か」は、音の発生源――つまり、男と太鼓に向かって逆流した。空間が歪む。次の瞬間、男の体と太鼓が、まるで雑巾を絞るようにねじ切れ、音もなく雪の中へと消滅した。後には、深々と降り積もる雪だけが残された。
六花が息を呑み、戦闘態勢をとる。ヒビキさんが瞬時に前に飛び出し、懐から変身音叉を取り出した。
「そこか!」
キィィィィィン!!清冽な音波が広がり、紫の炎がヒビキさんを包む。一瞬にして、その姿はマジョーラカラーに輝く鬼の戦士――仮面ライダー響鬼へと変わった。彼は背中の「音撃棒・烈火」を引き抜き、炎を纏わせて空間を殴打する。
ドォォォォン!!烈火の先端が、見えない何かに命中し、火花が散る。だが、手応えはなかった。炎は空中で拡散し、雪に吸われて消えていく。
「……効かない? 実体がないのか?」
響鬼が構え直す。その時だった。チリーン……。張り詰めた静寂の中に、場違いなほど澄んだ鈴の音が響いたのは。
◇
鈴の音は、一つではなかった。チリリン、チリリンと、空間の歪みを測るように連続して鳴り響く。雪を踏みしめ、鳥居の下から現れたのは、奇妙な男だった。派手な着物に、独特の化粧。背中には大きな薬箱。時代錯誤も甚だしい行商人の姿だが、その身から放たれる気配は、この場の誰よりも鋭利だった。
「……おやおや。これはまた、随分と深く積もりましたねぇ」
男――薬売りは、手に持った天秤を掲げながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。天秤の皿が、何もない空間に向かって大きく傾いた。
「誰だ?」
響鬼が問う。薬売りは妖艶に微笑んだ。
「ただの薬売りですハイ。……もっとも、私が扱うのは風邪薬ではなく、心の毒を散らす薬ですが」
薬売りは、先ほど奏者が消滅した空間を見据える。
「……そこには何もいない。いいえ、いるけれど、いない。これは魔化魍にあらず。人の念が音を憎み、音を喰らうモノノ怪と成り果てましたか」
「モノノ怪……?」
僕が呟くと、薬売りはこちらを一瞥した。
「ええ。形(カタチ)、真(マコト)、理(コトワリ)。……三つ揃わねば、私の剣は抜けず、貴殿の音も届きますまい」
薬売りは懐から、退魔の剣を取り出す。その柄は固く閉じられ、抜ける気配はない。
「形なきものに、音撃は響かない。……鬼殿、一度引きましょう。このままでは、貴殿の清めの音さえも、あの雪に喰われてしまいますよ」
響鬼は一瞬迷ったようだが、すぐに烈火を収め、頷いた。
「……分かった。少年たち、退がるぞ!」
◇
僕たちは村外れの廃寺に身を寄せた。外では吹雪が強まり、世界を完全に閉ざそうとしている。焚き火を囲みながら、僕たちは情報の整理を始めた。
「……なるほど。この村、昔は『たたら製鉄』で栄えていたのか」
僕はJ-GOCのデータベース(権限ギリギリでアクセスした)と、廃寺にあった古文書を照らし合わせていた。たたら製鉄。それは三日三晩、火を絶やさず、鞴(ふいご)を踏み続ける過酷な労働だ。そして何より、凄まじい「音」が出る。
「かつてこの村は、鉄を打つ音と、鞴の音で満ちていた。……でも、それが原因で、隣村との争いが起きた記録がある」
僕は読み上げる。
「『騒音に狂いし者ども、雪崩を引き起こし、村を埋め尽くせり』……。百年前、大雪の日に、騒音を憎んだ隣村の人々が、太鼓や鐘の音を合図に雪崩を誘発させ、製鉄場ごと村人を虐殺したんだ」
「……酷い話だな」
変身を解いたヒビキさんが、静かに呟く。
「音は人の心を豊かにもするが、時には狂気にもなる。……その悲劇が、この土地に染み付いているわけか」
薬売りが、天秤を見つめながら口を開く。
「それが『真(マコト)』と『理(コトワリ)』でしょう」
彼は指を一本ずつ立てる。
「真は、争いの騒音への憎悪。理は、全てを白く塗りつぶす静寂への渇望。……そして、形(カタチ)は」
「雪、だな」
六花が断言する。彼女は窓の外、吹き荒れる吹雪を睨みつけていた。
「ただの雪ではない。この山域全体を覆う、巨大なマナの流動体。……奴の本体は、この吹雪そのものだ!」
「正解です」
薬売りが頷く。
「雪入道……いえ、もっと始末の悪い、音喰いの雪嵐。実体を持たぬがゆえに、物理的な干渉を受け付けず、音を出した者を感知して飲み込む」
ヒビキさんが腕を組む。
「実体がないんじゃ、俺の音撃も叩き込めない。……どうする? 太鼓をセットする『身体』がないんじゃ、お手上げだぞ」
「ご安心を」
薬売りは、退魔の剣の柄に手をかけた。ガチャリ。鍔が鳴り、剣の口がわずかに開く。
「形、真、理。……三つは揃いました。ならば、私が奴の『形』を暴き、縛り付けましょう。鬼殿。貴殿の音が必要になるのは、その時です」
「……なるほど。あんたが固めて、俺が砕く。そういうことか」
ヒビキさんはニヤリと笑い、僕と六花を見た。
「やるぞ、少年たち。……六花ちゃん、ちょっと手伝ってくれるか?」
「フッ、愚問ね。最強の音撃戦士のサポート、この邪王真眼の使い手が務め上げましょう!」
六花が立ち上がる。彼女の体からは、視えないはずのオーラ――呪力・神秘・霊力・魔力による身体強化の波動が立ち上っていた。盛り込みすぎだろ。まあとにかく、最近の彼女はイタい言動が目立つが、今の彼女は正真正銘、戦士の顔をしていた。……でもイタい言動はやめてほしいヒビキさんと薬売りさんの見る目がすごく生暖かい。
「蓮、君はここで待っていろ。……と言いたいところだが、君の『観測眼』も必要だ。死なない程度についてきなさい」
「……へいへい。もうヤケクソだよ」
僕は腹を括る。外は猛吹雪。だが、この夜を越えなければ、僕たちは永遠に静寂の中に閉じ込められることになる。
◇
神社の境内。そこは今や、雪の巨大な渦の中心となっていた。渦巻く雪は、無数の人の顔を模し、怨嗟の声を上げることなく、ただ無言で襲いかかってくる。
「――変身!」
ヒビキさんが音角を弾く。紫の炎が雪を溶かし、響鬼の姿が現れる。彼は音撃棒を振るい、迫りくる雪の腕を打ち払うが、やはり手応えはない。切っても殴っても、霧のようにすり抜けるだけだ。
「ここです……!」
薬売りが前に出る。彼は雪の渦の中心、最も濃密な怨念が渦巻く一点を見据えた。
「形は雪。真は騒音への憎悪。理は静寂の強制……!――解き放つ!」
カッッッ!!薬売りの姿が金色の光に包まれる。肌は褐色に、髪は白銀に。背後の薬箱が展開し、神々しい意匠を纏った「ハイパー薬売り」へと変貌を遂げる。彼が退魔の剣を抜く。その刀身には、この世の理を断つ輝きが宿っていた。
「モノノ怪よ。その在り方、私が斬り捨てる!」
ズバァァァン!!薬売りが一閃する。物理的な斬撃ではない。概念的な「定義」の強制執行。不定形だった雪の渦に、黄金の亀裂が走る。「形なきもの」であるという特権が剥奪され、怪異は強制的に実体化させられた。ゴゴゴゴゴ……!雪が凝縮し、巨大な氷と泥の塊――醜悪な巨人の姿へと固定される。もはや霧ではない。叩けば響く、固形物質だ。
「鬼殿! 今です!」
「おう! 待ってました!」
響鬼が背中の音撃鼓を取り外す。しかし、敵は巨大すぎる。しかも、薬売りの結界の中でもがき苦しみ、空高く浮遊しながら暴れている。音撃鼓をセットすべき「核(コア)」は、地上から十メートル以上の高さ、激しく動く胸の中央にあった。
「高いな……! 足場が崩れてて、跳躍の踏ん張りが効かねぇ!」
響鬼が舌打ちする。地面は度重なる雪崩で液状化しており、彼ほどの脚力でも、あそこまで跳び、かつ空中で太鼓を固定して連打するのは困難だった。
「――任せて、ヒビキさん!」
その時、黒い影が走った。小鳥遊六花だ。彼女は液状化した雪の上を、魔力で拡張させた足裏で駆け抜ける。
「詠唱(コード)・身体強化(ブースト)。――爆ぜろリアル! 弾けろシナプス!」
彼女の全身から、青白い燐光が噴き出す。六花は瓦礫の一つを蹴り砕くほどの踏み込みで跳躍した。その手には、響鬼さんが投げ渡した巨大な音撃鼓。数十キロはある鉄塊を、彼女は片手で軽々と掴んでいる。
「うおおおおぉぉぉ!!」
六花は空中で回転し、その遠心力と各種超常の力で強化された筋力で、怪異の胸元に肉薄する。そして、音撃鼓を怪異の核に、杭を打つように叩きつけた。ガギィィン!!音撃鼓が、氷の巨人の胸に食い込む。だが、ただ置いただけでは落ちてしまう。六花は空中に留まり、なんと自らの体で太鼓を押さえ込んだ。左手で怪異の突起を掴み、右手で太鼓を支える。重力と怪異の暴れに逆らう、人間離れした保持力。
「ヒビキさん! 私の『固定(ロック)』は完璧よ! 思う存分、叩きなさい!」
「ハハッ、最高だぜ少女! いい根性だ!」
響鬼が跳ぶ。六花という、空中の確固たる「足場」を目掛けて。
「行くぞ!!」
響鬼の両手に握られた烈火が、紅蓮の炎を吹き上げる。彼は六花の横に着地――いや、滞空し、眼前の太鼓目掛けて、怒涛の連打を開始した。
「音撃打・爆裂強打の型!!」
ドンドコドンドコドンドコドン!!!!凄まじい音が炸裂する。それは単なる打撃音ではない。清めの波動が、怪異の体内を駆け巡り、怨念の結合を細胞レベルで破壊していく音だ。薬売りの剣が「形」を縛り、六花が「的」を固定し、響鬼の「音」が中身を浄化する。
「グオオオォォォォ……!!」
怪異が断末魔を上げる。その悲鳴すらも、清めの太鼓の音にかき消され、やがて心地よい和太音へと変わっていく。
「――ハッ!!」
響鬼が最後の一撃を叩き込む。カッッッ!!紅蓮の爆発。巨大な氷の巨人は、内側から弾け飛び、無数の美しい紅葉のような光となって四散した。六花と響鬼は、舞い散る光の中を着地する。衝撃波で吹き飛ばされた雪雲の切れ間から、眩しい朝日が差し込んでいた。
◇
静寂は、終わりを告げた。遠くで小鳥のさえずりが聞こえる。風が木々を揺らす音がする。そして何より、僕たちの荒い呼吸音が、はっきりと耳に届く。
「……終わった、のか」
僕は雪の上に座り込む。目の前では、響鬼さんが変身を解き、六花とハイタッチを交わしていた。
「いやー、助かったよ六花ちゃん。あの支えがなきゃ、仕留め損なってた」
「フッ……。ヒビキさんのビート、私の魂(ソウル)に共鳴しました。……まさに、最強のセッションでした」
六花はクールに振る舞っているが、その足は少し震えていた。あれだけの無茶をしたのだ。魔力切れと筋肉痛で、明日は動けないだろう。そうだと思いたい。ふと見ると、薬売りが朝日の中に立っていた。彼は元の姿に戻り、天秤をしまっている。
「……人の世ある限り、騒音もまた人の業。モノノ怪の種は尽きませぬが」
薬売りは、僕たちの方を向いて、ふわりと微笑んだ。
「……良き音でした。貴殿らの魂の形、しかと見届けましたよ」
朝霧が濃くなる。その霧に溶けるように、薬売りの姿は蜃気楼のように消えていった。
「……行っちゃったな」
ヒビキさんが荷物をまとめながら言う。
「不思議な人だったねぇ。でも、いい剣だった」
ヒビキさんはバイク(どこに置いてあったのか不明だが、近くの道から持ってきた)に跨る。
「じゃあな、少年たち。俺は次の任務があるから行くよ。……蓮。君も、今回は頭を使ってよく頑張った。それが君の強さだ。自信持ちなよ」
「……はい! ありがとうございます!」
僕は深々と頭を下げる。
「シュッ!」
ヒビキさんは敬礼を残し、エンジンの爆音と共に雪道を走り去っていった。その音は、もはや誰も咎めることのない、力強い生命の音だった。
◇
数日後。境港。無事に帰還した僕たちは、いつもの公園で五条さんとホシノさんに遭遇した。
「へぇ。雪山でヒビキさんとセッションしてきたんだ」
五条さんは、僕の話を聞いて楽しそうに笑う。
「音で清める戦士と、理屈で斬る剣客かぁ。……どっちも僕より繊細でいいね。僕はどうしても『消し飛ばす』になっちゃうからさ」
「うへぇ、悟くんは大雑把だもんね~」
ホシノさんが横で欠伸をする。
「でもさ」
五条さんは、少しだけ真面目な顔になって僕を見た。
「蓮くんも六花ちゃんも、ちゃんと自分たちの『形』を見つけつつあるんじゃない?力があるとかないとかじゃなくてさ。……どう在りたいか、っていう形」
「……そう、かもしれませんね」
僕は自分のサングラスに触れる。転生者としての知識、六花の保護者としての立場。僕にできることは少ないけれど、あの雪山で必死に考えた経験は、確かに僕の中で何らかの「形」になった気がした。
「よし! じゃあお祝いに焼肉行こうか! 僕の奢りで!」
「やったー! 肉だ肉ー!」
「フッ……エネルギーの補充は急務ね」
騒がしい日常が戻ってくる。魔都・境港の冬はまだ続くが、今の僕には、その騒がしさが少しだけ愛おしく思えた。