仮称:やる夫スレ的世界でオカルトやってくー   作:水野芽生

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私にはこれが精一杯


027 名探偵と虚構の理、あるいは超能力密室

 

 2015年、5月上旬。ゴールデンウィーク。鳥取県境港市。水木しげるロードは、妖怪ブロンズ像を愛でる観光客で溢れかえっていた。その喧騒の中を、一組の家族連れが歩いていた。

 

「わぁ……! すごい人だね、新一……じゃなくて、コナン君!」

 

「うん! そうだね、蘭姉ちゃん!(驚かすなよ) 妖怪がいっぱいだ!」

 

 はしゃぐ女子高生・毛利蘭と、半袖短パンに蝶ネクタイの少年・江戸川コナン。そして、その後ろを歩く、ちょび髭の男。天下の名探偵、「眠りの小五郎」こと毛利小五郎である。

 

 彼は眉間に深い皺を刻み、サングラス越しに周囲を警戒していた。それはボディーガードのような鋭さではない。怯える小動物のような、挙動不審さだった。

 

(……おいおい、マジかよ。なんで俺がよりにもよって『境港』に来ちまったんだ)

 

 毛利小五郎には秘密がある。彼の魂は、この世界の住人ではない。いわゆる「転生者」だ。前世の記憶を持つ彼は、自分が『名探偵コナン』の世界に転生したことを知り、原作知識を駆使して(あるいはコナンに麻酔針で撃たれることを甘んじて受け入れ)、「眠りの小五郎」としての地位を確立してきた。

 

 だが、この世界は彼の知る『コナン』の世界とは違っていた。ノイズが混ざっている。それも、致命的なノイズが。

 

(『呪術廻戦』の五条悟がいる。『ブルーアーカイブ』の生徒たちがいる。『虚構推理』の怪異がいる……。なんだこの闇鍋クロスオーバーは! 俺の世界観(ジャンル)を守らせろ!)

 

 小五郎は内心で絶叫した。特にこの「境港」は危険だ。ここは現代最強の呪術師・五条悟のナワバリであり、あまつさえ「黒山」という特級呪物クラスの霊脈が存在する魔都だ。米花町の死神(コナン)と、魔都の王(五条悟)が接触すれば、一体何が起きるか。想像するだけで胃に穴が空きそうだった。

 

「お父さん? どうしたの、顔色が悪いよ?」

 

 蘭が心配そうに顔を覗き込む。

 

「あ、いや……なんでもない。ちょっと飲みすぎただけだ、ハハハ……」

 

 小五郎は乾いた笑い声を上げた。今回の旅行は、商店街の福引きで蘭が当てた「ミステリーツアー」だ。断るわけにもいかず、ここまで来てしまったが……。

 

(頼むから、何も起きないでくれ。殺人事件も、呪霊騒ぎも、異能力バトルもごめんだ。俺はただ、カニ食って酒飲んで寝たいだけなんだ……!)

 

 そんな彼の切実な願いを嘲笑うように、運命の歯車は回り始めていた。

 

2.魔都の支配者と知恵の神

 

「ちょっと休憩しようか。あそこの茶屋さん、空いてるみたいだし」

 

 蘭の提案で、一行は古民家を改装した甘味処へと入った。店内は満席に近かったが、奥の座敷席だけが空いていた。いや、正確には「相席なら座れる」状態だった。

 

「すみませーん、相席いいですか?」

 

 蘭が明るく声をかける。そのテーブルに座っていた先客を見て、小五郎の心臓は早鐘を打った。

 

 白髪の男。目隠し(アイマスク)をした、長身の不審者。その隣には、銀色の髪の毛先をピンクに染めた、美しい小学生の少女。そして向かいには、白のワンピースにベレー帽、左足に義足をつけた、人形のように整った顔立ちの女子大生。

 

(……詰んだ)

 

 小五郎の脳内データベースが警報を鳴らす。五条悟。その娘(小鳥遊ホシノとの娘だと後で聞いた)、小鳥遊六花。そして、『虚構推理』の岩永琴子。役満だった。世界観の異なる三つの作品の主要キャラが、一つのテーブルで団子を食べている。

 

「ん? どうぞー。ここ、広いですし」

 

 五条悟が気さくに手招きした。蘭は「ありがとうございます!」と笑顔で座るが、小五郎は生まれたての子鹿のように足を震わせながら着席した。

 

「おや……。もしや貴方は、『眠りの小五郎』さんでは?」

 

 不意に、岩永琴子が口を開いた。彼女は片目(義眼)ではない方の瞳で、小五郎をじっと見つめる。

 

「えっ、あ、はい。毛利ですが……」

 

「やはり! 初めまして、岩永琴子と申します。以前からあなたの推理には興味があったのです。まるで『何かに憑依されたかのような』鮮やかな解決劇……ふふ、興味深いですね」

 

(ヒィィ! 怪異の知恵の神に目をつけられた!? バレる! 中身が凡人だってバレる!)

 

 小五郎が脂汗を流していると、コナンが探るような目で五条を見ていた。

 

「ねえ、お兄さん。その目隠し、見えてるの?」

 

「こらコナン君! 失礼でしょ!」

 

 蘭がたしなめるが、五条はニカッと笑った。

 

「見えてるよー。君の蝶ネクタイの裏のスイッチとか、靴の電気仕掛けとかね」

 

「――ッ!」

 

 コナンの表情が凍りついた。一瞬で変声機とキック力増強シューズを見抜かれた。

 

「パパ、子供をいじめちゃだめだよ」

 

 隣の六花が、静かに五条の袖を引く。

 

「ごめんね、僕。パパは目が良すぎるから、つい余計なものまで見ちゃうんだ」

 

「あ、うん……お姉ちゃん、綺麗な髪だね」

 

 コナンは愛想笑いで誤魔化したが、内心では警戒レベルを最大に引き上げていた。

 

(……こいつ、何者だ? ただの観光客じゃない。この街の空気、こいつを中心に回ってるような気がする)

 

 奇妙なティータイム。小五郎が胃薬を飲み込みながら、一刻も早くこの場を去りたいと願っていたその時。

 

 ――キャァァァァァァァァ!!

 

 茶屋の外、通りを挟んだ向かいのホテルから、女性の悲鳴が轟いた。

 

「!」

 

 コナンと小五郎の表情が、一瞬で「探偵」のものに変わる。五条と琴子は、顔を見合わせてニヤリと笑った。

 

「おやおや。どうやら事件のようですね」

 

「だね。……行ってみようか、六花」

 

「うん、パパ」

 

(やめてくれぇぇ! なんでこのメンツで事件現場に行かなきゃなんねーんだ!)

 

 小五郎の心の叫びは届かず、彼らは悲鳴のあったホテルへと駆け出した。

 

3.真空の密室

 

 現場は、ホテルの最上階にあるスイートルームだった。部屋の前には、腰を抜かしたメイドと、ホテルの支配人が集まっている。

 

「どいてくれ! 探偵だ!」

 

 小五郎が警察手帳(元刑事の威光)のような顔パスで最前列へ出る。コナンもその脇をすり抜ける。五条たちは、一般人のフリをして後ろから覗き込んだ。

 

 部屋の中央。高級そうなソファに、恰幅のいい中年男性が座っていた。ITベンチャー企業の社長、金田(かねだ)氏だ。彼は目を見開き、喉を掻きむしるようなポーズで絶命していた。

 

「……死んでるな」

 

 小五郎が脈を確認する。

 

「外傷はなし。死斑の状況から見て、死後数十分ってところか。……窒息死?」

 

 コナンは部屋の中を見回す。そして、ある違和感に気づいた。

 

「あれ? おじさん、これ見て」

 

 コナンが指差したのは、テーブルの上に置かれたスナック菓子の袋と、飲みかけのペットボトルだった。スナック菓子の袋は、パンパンに膨れ上がり、破裂寸前になっている。ペットボトルの容器は、内側からの圧力に耐えきれず、底が丸く変形し、キャップの隙間から中身が噴き出した痕跡があった。

 

「……膨張してる?」

 

 小五郎が首をかしげる。

 

「気圧が低い場所ならともかく、ここは地上だぞ?」

 

「それに、第一発見者のメイドさん」

 

 コナンは廊下で震えているメイドに声をかける。

 

「お姉さん、ドアを開けた時、どうなった?」

 

「は、はい……。マスターキーで鍵を開けた瞬間、すごい風が吹き込んできて……。それで、中に入ろうとしたら、急に息ができなくなって……目の前が真っ暗に……」

 

 彼女は酸欠で一時的に気を失ったらしい。

 

(ドアを開けたら風が吹き込んだ? スナック菓子が膨張? 酸欠?)

 

 コナンの脳内で、ピースが組み合わさる。

 

(まさか……この部屋、空気が抜かれていた?)

 

 真空状態。あるいは、それに近い極度の減圧状態。被害者は、部屋の空気が一瞬にして消失したことによる、急性酸素欠乏症、あるいは減圧症で死亡したのだ。

 

「でも、どうやって?」

 

 コナンは窓を確認する。完全に施錠されている。ドアもオートロックとチェーンがかかっていた(メイドが特殊工具で切断した)。換気口やエアコンのダクトも調べたが、人間が通れるサイズではないし、強力な真空ポンプを接続した痕跡もない。完全なる密室。そして、完全なる空気の消失。

 

「科学的に……不可能だ」

 

 コナンが呟いた時、廊下から騒がしい声が聞こえてきた。

 

「はいはいどいてくださーい! 妖怪ハンター、山村警部の到着ですよ~!」

 

 群馬県警から鳥取県警へ(なぜか)出向中の、あのへっぽこ警部・山村ミサオが現れた。彼は現場を見るなり、目を輝かせた。

 

「おぉっ! これはまさに! 妖怪・カマイタチの仕業に違いありません! カマイタチは真空を作って人を切ると言いますからね~!」

 

「おい山村! 適当なこと言うんじゃねぇ!」

 

 小五郎が怒鳴るが、山村は聞かない。

 

「いえいえ毛利さん! ここは境港ですよ? 妖怪の聖地です! 科学捜査より妖怪捜査が優先されるのです!」

 

(……頭が痛い)

 

 小五郎は頭を抱えた。

 

4.三つの視点

 

 警察による現場検証が始まった。その様子を、三つの異なる視点が観察していた。

 

 【視点1:江戸川コナン(科学)】

 

 コナンは、妖怪説など鼻で笑っていた。

 

(バーロ。カマイタチなんて非科学的なもんがいるかよ。必ずトリックがある)

 

 彼は部屋の隅に転がっていた、一本の高級ボールペンに目をつけた。被害者のものではない。ネームが入っている。『Secretary: T.S』。秘書のものだ。しかし、秘書は犯行時刻、ホテルのロビーでチェックインの手続きをしていたという完璧なアリバイがある。

 

(秘書のボールペンがなぜここに? それに、このコップの位置……微妙に不自然だ。まるで空間そのものがズレたような……)

 

 【視点2:岩永琴子(虚構)】

 

 琴子は、義足の音を響かせながら、誰もいない空間に話しかけていた。

 

「……ふむ。なるほど。痛かったでしょうね」

 

 彼女には見えている。この部屋に漂う、被害者の残留思念や、浮遊霊たちの姿が。

 

(あやかしの仕業ではありませんね。カマイタチなら、もっと綺麗に切ります。これは……もっと無機質で、乱暴な力の痕跡)

 

 彼女は確信する。これは人間による犯行だ。ただし、普通の人間ではない。

 

(このままでは『妖怪の仕業』にされてしまう。秩序(オーダー)を守る知恵の神として、真犯人を炙り出さなくては)

 

 【視点3:五条悟 & 六花(最強)】

 

 五条は、壁にもたれて欠伸をしていた。彼の六眼には、犯行のプロセスが既に「視えて」いた。部屋に残る、微弱なマナの残滓。呪力ではない。魔術でもない。脳の変異によって引き起こされる、物理法則への干渉波。いわゆる「超能力(ESP)」。

 

「パパ。これ、テレポートだね」

 

 六花が小声で囁く。

 

「うん。それも『空気』だけを選択的に転移させたっぽいね。器用なことするなぁ」

 

「……あの子(コナン)、気づくかな?」

 

「さあね。科学で解けないパズルを、どう解くか。見物だよね」

 

 五条は楽しそうに、小さな名探偵を見つめていた。

 

5.容疑者と超能力

 

 山村警部の捜査(という名の迷走)により、三人の容疑者が浮上した。

 

秘書(男): 金属製のボールペンの持ち主。犯行時刻はロビーにいた(防犯カメラに映像あり)。動機は、社長によるパワハラと横領の罪を着せられそうになっていたこと。

 

副社長(女): 次期社長の座を狙っていた。犯行時刻は自室でシャワーを浴びていた(証言のみ)。

 

ライバル企業のスパイ(男): 同じホテルに宿泊していた。動機は産業スパイ。

 

 状況証拠は、秘書が圧倒的に怪しい。だが、彼には「密室の外にいた」という鉄壁のアリバイがある。

 

「私が社長を殺すなんてとんでもない!」

 

 秘書は汗を拭きながら抗弁する。

 

「私はずっとロビーにいました! フロントの方とも話していましたよ!」

 

「ふむ……。確かに映像には映っていますね~」

 

 山村警部が唸る。

 

「ということは、やはり妖怪・ぬらりひょんのように壁をすり抜けたか、あるいはカマイタチを召喚したか……」

 

(違う……)

 

 コナンは秘書を観察する。彼は極度に緊張しているが、それは「バレるかもしれない」という恐怖と同時に、「自分は選ばれた人間だ」という奇妙な万能感を漂わせている。コナンは、秘書がふと手を動かした瞬間を目撃した。彼が胸ポケットに入れようとしたハンカチが、一瞬だけ消えて、次の瞬間にはポケットの中に収まっていたのだ。

 

(……え?)

 

 コナンは目をこする。見間違いか? いや、確かに消えた。手品? いや、あんな自然な動作で?

 

 その時、五条悟がコナンの後ろに立ち、ポツリと呟いた。

 

「ねえコナン君。君は信じる? 超能力」

 

「……!」

 

 コナンが振り返る。

 

「バーロ。そんな非科学的なもん、あるわけねーだろ」

 

「そうかな? この世界には、科学じゃ説明できないことも沢山あるよ。例えば……『ここにある物体』を『あそこ』に書き換える数式とかさ」

 

 五条の言葉が、コナンの脳内で稲妻のように閃いた。量子テレポーテーション。座標の書き換え。もし、そんなSFのような現象を、生身の人間が引き起こせるとしたら? 密室も、アリバイも、ボールペンの移動も、すべて説明がつく。ボールペンは、転移先の「座標」を指定するためのマーカーだったのだ。彼はロビーにいながら、上の階の部屋にボールペンを(あるいは事前に置いておいたボールペンを目印に)感知し、その周囲の「空気」だけを、どこか別の場所(例えばホテルの外)へ転移させた。

 

(……馬鹿な。そんなのアリかよ)

 

 コナンは戦慄する。だが、ホームズは言った。「不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる」。この世界において、「超能力者」は「不可能」ではないのだ。

 

(……証明してやる。そのふざけたトリックを)

 

 コナンは腕時計型麻酔銃を構えた。ターゲットは、今にも「もう帰らせてくれ」と逃げ出しそうな、毛利小五郎。

 

「おじさん、ちょっと眠っててね……」

 

 プシュッ。銀色の針が、小五郎の首筋に突き刺さる。

 

「ふにゃ?」

 

 小五郎は白目を剥き、その場によろめいた。その際、彼は薄れゆく意識の中で、五条悟と目が合ってしまった。五条は、ニヤリと笑って親指を立てていた。

 

(……終わった……五条に見られた……Zzz)

 

 ドサッ。小五郎は椅子に座り込み、ぐったりと項垂れた。天下の名探偵、「眠りの小五郎」の推理ショーが幕を開ける。

 

6.

 

「――犯人は、あなたしかいないんですよ。秘書の、軽井沢(かるいざわ)さん」

 

 静まり返ったスイートルームに、渋いバリトンボイスが響いた。椅子の背もたれにぐったりと寄りかかり、うつむいたままの毛利小五郎。その影で、江戸川コナンは蝶ネクタイ型変声機を握りしめ、鋭い視線を容疑者に向けていた。

 

「な、何を馬鹿な……!」

 

 指名された秘書の軽井沢は、顔を真っ赤にして反論した。

 

「私はずっとロビーにいました! 防犯カメラにも映っているはずです! 私がどうやって社長を殺せるんですか!?」

 

「ええ。確かにあなたはロビーにいた。肉体(からだ)はね」

 

 眠りの小五郎が、静かに語り続ける。

 

「だが、この密室殺人において、犯人が現場にいる必要はない。……もっと言えば、この殺人に『凶器』すら必要なかった」

 

「毛利さん、どういうことですか?」

 

 山村警部が目を白黒させる。

 

「凶器がいらないなんて……じゃあ、社長さんはどうやって死んだんです?」

 

「死因は窒息死。それも、極めて短時間の、急激な酸素欠乏によるものです」

 

 小五郎(コナン)は、テーブルの上のスナック菓子とペットボトルを示した。

 

「見てください。このスナック菓子の袋。パンパンに膨れ上がって、一部が破裂していますね。そして、こちらのペットボトル。中身の水が少し凍りつき、容器が不自然に歪んでいる」

 

「は、はぁ……」

 

「これは、部屋の中の気圧が急激に下がった証拠です。スナック菓子は、外気圧が下がったことで内側から膨張して破裂した。水が凍っているのは、断熱膨張――急激な気圧低下によって空気が膨張し、熱を奪ったためです」

 

 コナンは一呼吸置く。

 

「つまり、この部屋は一瞬にして『真空状態』になったんですよ」

 

「し、真空!?」

 

 山村警部が叫ぶ。

 

「やっぱりカマイタチじゃないですか~!」

 

「違います警部。カマイタチは風を切る現象ですが、これは『空間そのものの空気を抜き取った』現象です。通常、部屋を真空にするには巨大なポンプと長い時間が必要です。しかし、現場にはそんな装置はないし、換気ダクトも塞がれている。ならば、答えは一つしかない」

 

 小五郎の声が、冷徹に響く。

 

「犯人は、部屋の中にある『空気』という物体を、一瞬にして『別の場所』へ移動させたのです」

 

7.科学と異能の境界線

 

 室内がざわめく。空気を移動させる? そんな馬鹿な。魔法じゃあるまいし。常識的な刑事たちは困惑しているが、後ろで見ている五条悟と六花、そして岩永琴子だけは、ニヤリと笑っていた。

 

(いい線いってるね、名探偵くん)

 

 五条は心の中で拍手を送る。超能力(テレポーテーション)という概念を使わずに、あくまで物理現象の結果として推理を組み立てている。

 

「そ、そんなこと……できるわけがないでしょう!」

 

 軽井沢が声を荒らげる。

 

「空気を移動? SF映画じゃあるまいし!」

 

「ええ、現代の科学技術では不可能です。……普通の人間にはね」

 

 小五郎は、軽井沢の胸ポケットを指差した(ような仕草をした)。

 

「軽井沢さん。あなたの胸ポケットに入っているボールペン。それを見せていただけますか?」

 

「ボ、ボールペン?」

 

 軽井沢は訝しげに胸ポケットを探る。しかし、そこには何もなかった。

 

「あれ? ない……。さっきまであったのに……」

 

「探しても無駄ですよ。あなたのボールペンは、ここにあるんですから」

 

 小五郎の声と共に、鑑識官が証拠品袋を掲げた。そこには、高級な金属製のボールペンが入っている。現場の床、ソファの下に落ちていたものだ。『Secretary: T.S』の刻印入り。

 

「なっ……!?」

 

 軽井沢の顔色が蒼白になる。

 

「あなたは犯行前、何らかの方法でこのボールペンを社長の部屋に残しておいた。おそらく、先日の打ち合わせの時にわざと落としたのでしょう」

 

 コナンは推理を展開する。

 

「なぜか? それは、このボールペンが『標的(マーカー)』だったからです。あなたは、自分が触れたもの、あるいは『自分の所有物』を起点にして、その周囲の空間に干渉できる能力を持っている」

 

「能力……だと……?」

 

「そう。座標指定です。あなたはロビーにいながら、上の階にある自分のボールペンの位置を正確に把握し、その周囲――つまり社長室の空間にある『空気分子』を、一瞬でホテルの外、あるいは上空へと転移させた。部屋は真空になり、社長は意識を喪失。その後、空気が戻る際の衝撃波でスナック菓子は破裂し、室内は荒らされたようになった。……これが、完全密室の真相です」

 

 静寂。あまりにも荒唐無稽な推理。だが、現場に残された物理的痕跡(破裂した袋、凍った水、落ちていたボールペン)が、その「不可能」を「事実」として補強していた。

 

「ふ、ふふ……」

 

 軽井沢が乾いた笑いを漏らす。

 

「馬鹿馬鹿しい! 探偵さん、推理小説の読みすぎじゃないですか? 超能力? テレポーテーション? そんなものが法廷で証拠になりますか! 私がやったというなら、証拠を見せてください! 私が『超能力者』だという証拠を!」

 

 彼は勝ったと思った。たとえ推理が合っていても、超能力など証明できるはずがない。この世界は法治国家だ。オカルトは証拠にならない。だが、コナンには切り札があった。

 

「証拠ならありますよ。……岩永さん、お願いします」

 

8.虚構の証明

 

「はい、お任せを」

 

 それまで沈黙していた義足の少女、岩永琴子が前に出た。彼女はステッキをつきながら、軽井沢の前に立つ。

 

「な、なんだ君は……」

 

「私はただの通りすがりですが……少々、目が良くてですね」

 

 琴子は、軽井沢の背後にある「空間」を見つめた。

 

「あなたの能力、あやかし達には大不評ですよ。突然、空間に穴を開けてゴミを捨てたり、空気を入れ替えたりするものですから、彼らの通り道が滅茶苦茶です」

 

「な……何を……」

 

「証言があります」

 

 琴子はスマホを取り出し、画面を見せた。そこには、ホテルのロビーの防犯カメラ映像が映し出されていた。犯行時刻の映像だ。

 

「ここを見てください。あなたがソファでコーヒーを飲んでいるシーン。一瞬、あなたの持つカップの位置が『ズレて』いますね?」

 

 映像の中で、軽井沢がカップを口に運ぼうとした瞬間、カップが数センチほど瞬間移動し、コーヒーが少しこぼれている。極めて微細なノイズのような現象。

 

「これは映像の乱れではありません。あなたが能力を行使した際、無意識に周囲の座標も歪めてしまった『余波』です。そして、この時刻……ホテルの外にいた駐車場の警備員(と、そこにいた浮遊霊)が、上空で『突然、何もない空間から突風が吹き出した』のを目撃しています」

 

 琴子は畳み掛ける。

 

「社長室から消えた空気の体積と、駐車場の上空に出現した突風の規模。計算すれば一致しますよ? 物理的な証拠(ボールペン)、映像の証拠(座標ズレ)、そして状況証拠。これだけ揃えば、たとえ『超能力』という言葉を使わずとも、『未知の科学トリック』として立件するには十分です」

 

 琴子の言葉は、「虚構(霊的な証言)」を「真実(物理的な証拠)」に翻訳する作業だった。逃げ場はない。論理の檻と、神秘の監視網。その両方に挟まれ、軽井沢の精神が軋む。

 

「あ、あぁ……」

 

 軽井沢が後ずさる。その視線が泳ぎ、やがて憎悪に染まる。

 

「……なんでだ」

 

 彼は低く唸った。

 

「なんでバレるんだ……完全犯罪だったはずだ……。物理的な接触は一切なかった! 指紋も、硝煙反応も、DNAもない! 私は選ばれた人間なんだ! 神に愛された、新人類なんだぞ!!」

 

 自白。それは、彼が「あちら側」の人間であることを認める絶叫だった。

 

9.物理法則の逆襲

 

「認めたな! 確保ーっ!」

 

 山村警部が手錠を取り出して駆け寄る。だが、軽井沢の目が異様に充血し、血走った。

 

「触るなァァァァ!!」

 

 ドォォォォン!!見えない衝撃波が炸裂した。山村警部や他の刑事たちが、紙屑のように吹き飛ばされる。念動力(サイコキネシス)。追い詰められた脳がリミッターを解除し、暴走を始めたのだ。

 

「フハハハハ! そうだ、私には力がある! 警察ごときが私を裁けるものか! ここにいる全員、真空パックにしてやる!」

 

 軽井沢が両手を広げる。部屋中の家具、花瓶、テーブルが浮き上がり、高速で回転を始める。ポルターガイスト現象。質量を持った暴風が、小五郎たちに襲いかかる。

 

「お父さん! コナン君!」

 

 蘭が叫ぶ。小五郎は眠ったまま椅子ごと倒れ、コナンはソファの陰に飛び込む。

 

(くそっ、やっぱりこうなるか! 麻酔針はもうないし、キック力増強シューズじゃ瓦礫を防ぎきれない!)

 

 コナンが歯噛みする。五条悟たちがいるが、彼らが動けば「世界観」が崩壊する。ここは、あくまで「探偵モノ」の範疇で解決しなくてはならない。

 

 その時。一人の少女が、暴風の中に飛び出した。

 

「もう! いい加減にしてください!」

 

 毛利蘭だ。彼女は飛んでくる重厚な木の椅子を、正面から見据えた。腰を落とし、正拳を構える。

 

「ハァッ!!」

 

 バゴォォォォン!!轟音。蘭の突きが、椅子を粉々に粉砕した。木片が散る中、彼女は止まらない。次々と飛来する花瓶、灰皿、テーブルを、回し蹴り、裏拳、掌底で叩き落としていく。

 

「な、なんだあの女!? 人間か!?」

 

 軽井沢が驚愕する。彼の念動力は強力だが、投擲される物体はあくまで物理法則に従う。そして、毛利蘭という空手家は、しばしば物理法則を凌駕する(関東大会優勝レベル)。

 

「くそっ、これならどうだ!」

 

 軽井沢は、蘭の足元のカーペットを念動力で引き剥がし、転倒させようとする。だが、蘭はその動きすら読んでいた。彼女はカーペットが動く瞬間、高く跳躍した。

 

「――てやぁぁぁぁっ!!」

 

 空中での二段蹴り。浮遊していた瓦礫を足場にして、さらに加速する。まるで重力がないかのような、華麗なる空中機動。

 

「ひぃっ!?」

 

 軽井沢が恐怖に顔を歪める。目の前に、鬼の形相をした女子高生が迫る。蘭は空中で体を捻り、右足に全身全霊の力を込めた。必殺、シャイニング・ウィザード(の形をした飛び膝蹴り)。

 

「成敗!!」

 

 ズドォォォォォォン!!!!!

 

 蘭の膝が、軽井沢の顔面にクリーンヒットした。超能力バリアを展開する暇もなかった。軽井沢はきりもみ回転しながら吹き飛び、壁に激突してめり込んだ。

 

「ぐ、ふ……」

 

 白目を剥き、崩れ落ちる超能力者。完全なるKO。

 

 静寂が戻った部屋で、蘭はふぅ、と息を吐き、乱れた髪を直した。

 

「もう。お父さんを起こさないでくださいね」

 

 後ろで見ていた五条悟が、パチパチと拍手をした。

 

「……強いねー。呪力なしでアレかぁ。ミゲルより強いんじゃない?」

 

「だね。フィジカルギフテッド級の打撃だったよ」

 

 六花も感心して頷いた。

 

10.真実はいつも……

 

 事件は解決した。軽井沢は殺人未遂と公務執行妨害、器物損壊で逮捕された。警察の調書には、「犯人は極度の興奮状態で暴れたが、毛利蘭氏の護身術により取り押さえられた。密室トリックについては、未知の科学的手段(詳細不明)が用いられた可能性がある」と記載され、超能力の存在はうやむやにされた。これが、この世界の「修正力」なのだろう。

 

 ホテルの外。夕暮れの水木しげるロード。目を覚ました小五郎は、事の顛末を聞いて震え上がっていた。

 

(超能力者とバトル!? 蘭が瓦礫を粉砕!? ……もう嫌だ。早く米花町に帰りたい。あそこなら、せめて犯人は人間だ……)

 

「お父さん、大丈夫? まだ顔色が悪いよ?」

 

「あ、ああ……。もう帰ろう。すぐに帰ろう」

 

 小五郎がそそくさとバス停へ向かう中、コナンは一人、五条悟のもとへ歩み寄った。

 

「……ねえ、お兄さん」

 

「ん? 何かな、名探偵くん」

 

 コナンは、五条の目隠しを見上げる。

 

「あんたも、ああいう『力』、使えるの?」

 

 五条は少し驚いた顔をして、それから優しく微笑んだ。

 

「さあね。……でも、君の推理、面白かったよ。見えないものを、理屈だけで暴く。その『眼』は、僕の六眼よりもある意味で正確かもしれないね」

 

「……買いかぶりだよ」

 

 コナンはふんと鼻を鳴らす。

 

「俺はただの探偵さ。……バーロ」

 

 コナンは背を向け、蘭たちのもとへ走っていった。五条悟という底知れない存在への疑念は残ったが、ひとまず敵ではないと判断したようだ。

 

「……行っちゃったね」

 

 六花が呟く。

 

「うん。面白い子たちだったなー」

 

 そこへ、岩永琴子が近づいてくる。

 

「お疲れ様です、五条殿。……街の均衡、なんとか守れましたね」

 

「琴子ちゃんもお疲れ。ナイスアシストだったよ」

 

 五条は伸びをした。

 

「さて、僕らも帰ろうか。ホシノが夕飯作って待ってるし」

 

「今日のメニューは何?」

 

「カニ鍋の残り」

 

「またカニか……」

 

 三人は夕暮れの街へと消えていく。魔都・境港での、ほんの少し騒がしいゴールデンウィークの一幕。名探偵と、呪術師と、知恵の神が交差した奇跡の夜は、こうして幕を閉じた。

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