ゴールデンウィークの真夜中。本来なら静寂に包まれているはずの鳥取県境港市・水木しげるロードに、とんでもない罵声と爆音が響き渡っていた。
「オラァァァァ! どけどけどけぇぇぇ!! 誰に向かって道塞いでんだコラァ! 年上に対する"リスペクト"が無えんだよ、この銅像共がァァ!!」
時速100キロ。一般道を走る車すら置き去りにする速度で疾走していたのは、一匹の「招き猫」だった。いや、正確には招き猫の置物に憑依した強力な妖怪――ターボババアである。彼女(?)は、聖地・境港の霊気に当てられて完全にハイになっていた。沿道に並ぶ妖怪ブロンズ像の間を、まるでスラローム競技のように右へ左へと縫うように駆け抜けていく。
「待ってや! ババア! 速すぎんだろ!……チャー萎えるぜ」
その背後を、必死の形相で追う影があった。高倉健(オカルン)。現在は変身状態にあり、白髪に赤いマスクのような模様が顔に浮かんでいる。彼は猫背のまま、両腕をだらりと下げた独特のフォームで、それでも招き猫に食らいついていた。
「自分、もう息が切れそうです……! 萎えるぜ……」
オカルンはゼーゼーと息を切らしながらも、その瞳は鋭く標的を捉えている。普段は丁寧で気弱なオタク少年だが、変身時はダウナーでクールな性格へと変貌する。一人称は「自分」。
「ちょっとオカルン! もっと気合い入れなさいよ!」
さらに後方から、宙に浮いたベンチに乗って飛んでくる少女がいた。綾瀬桃。赤茶色髪をポニーテールにしたギャル女子高生だ。彼女は自身の持つ超能力(念動力)で、周囲の障害物を避けながら二人を追跡していた。
「クソだらあがああ!! ワシが脚で負けるわけねえだろうが!」
ターボババアはさらに加速する。彼女は関東のオカルトスポットに飽き飽きし、「妖怪の聖地でレジェンド達と酒を飲む」という身勝手な理由で家出をしてきたのだ。
「誰のシマで暴走してんだ、あいつら……」
深夜の商店街に、サイレンのような猫の叫び声が木霊した。
その頃。商店街の入り口にあるコンビニから、一人の少女が出てきた。小鳥遊六花。彼女の手には、レジ袋がぶら下がっている。中身は、「喜久水庵」の喜久福(ずんだ生クリーム味)と、大量のエナジードリンクだ。これはパトロールではない。深夜に小腹を空かせた父・五条悟に、「六花~、ジャンケン負けたよね~?」とパシリに使われただけである。まともな親ではない。
「……はぁ。なんで私がこんな時間に……」
六花は気怠げにあくびをし、サングラスの位置を直した。早く帰って寝たい。そう思った矢先、彼女の「六眼」が異様な気配を感知した。
「……ん?」
視線の先。商店街の奥から、凄まじい速度で迫ってくる三つのエネルギー反応。一つは、禍々しいほどに圧縮された負の呪力。一つは、それに似ているが制御された呪力。そしてもう一つは、呪力とは異なる波長の……超能力(サイコキネシス)?
「……なんだあれ」
六花は目を凝らした。先頭を走るのは、口汚く罵りながら走る招き猫。それを追う、赤いマスクの白髪少年と、浮遊するギャル。その光景を見た瞬間、六花の脳内に前世の記憶(データベース)が閃いた。
「(……嘘でしょ。あれ、『ダンダダン』じゃん)」
漫画・アニメで見た特徴的なビジュアル。間違いない。オカルンとモモ、そしてターボババアだ。どうやらこの世界線は、宇宙人やUMAも実在するクロスオーバー世界らしい。
「(……関わりたくない。絶対面倒くさい)」
六花は即座に回れ右をした。今はスイーツを無事に持ち帰るのが最優先任務だ。だが、現実はそれを許さなかった。
「どけェェェ! そこのグラサン小娘ェ!!」
ターボババアが、六花の方へ一直線に突っ込んできたのだ。その進路上には、境港が誇る「水木しげる先生の執筆中ブロンズ像」がある。
「あ」
六花が足を止める。あの速度で衝突すれば、先生の像が粉々になる。それはまずい。この街の観光資源的にも、八雲さんの機嫌的にも非常にまずい。
「……チッ」
六花は舌打ちをし、レジ袋をそっと地面に置いた。
「止まれェェェェ!!」
ターボババアが、六花の真横をすり抜け、銅像へ激突しようとした瞬間。――ピタッ。招き猫の体が、空中で静止した。物理法則を無視した急停止。慣性すら殺されたその空間には、見えない「壁」が存在していた。
「……あァ? なんだこりゃ! 動けねえぞ!?」
ターボババアが空中で手足をバタつかせる。
「……夜中にうるさいよ、猫」
六花が冷ややかな声で言った。彼女の人差し指が、招き猫の方へ向けられている。無下限呪術による「停止」の力だ。そこへ、オカルンと桃が追いついてきた。
「ハァ……ハァ……! 追いつい……え?」
オカルンが急ブレーキをかける。桃もベンチから飛び降り、目を丸くした。
「な、何? あの猫、空中で止まってる……?」
桃が六花を見る。黒いセーラー服に、サングラス。手にはコンビニ袋。どう見てもただの女子中学生だが、その指先からは異質なオーラが立ち昇っている。
「アンタ、何者? もしかして地元の妖怪?」
桃が警戒して身構えた。
「ただの市民。……貴方たちこそ、公道で運動会はやめてくれる? 器物損壊でJ-GOCに怒られるの君たちなんだから」
六花は淡々と答え、指を弾いた。停止していたターボババアが、見えないデコピンを食らったように弾き飛ばされ、オカルンの胸の中にスポッと収まった。
「うおっ!?」
オカルンは慌てて招き猫を抱きとめる。
「テメエ! 何しやがる! このワシに指図するとはいい度胸じゃねえか!」
ターボババアが六花に向かってシャーッと威嚇する。
「……自分、驚きました。綾瀬さん、この子……ただ者じゃないですよ」
オカルンが眼鏡の位置を直し(変身中なのでマスクの上からだが)、冷や汗を流した。彼の動体視力でも、今の「停止」の理屈が見えなかったのだ。
その時だった。ゴゴゴゴゴ……。地面が低く唸りを上げた。ターボババアが撒き散らした高密度の霊力と、オカルンの疾走による運動エネルギー。それらが、水木しげるロードの地下に眠っていた「古い霊脈の澱み」を刺激してしまったのだ。バキバキバキッ!! アスファルトが割れ、地面から巨大な「骨」の手が突き出した。続いて現れたのは、無数の妖怪の怨念が集合して形作った、巨大な「がしゃどくろ」のような怪異。高さは5メートルを超えている。
「グルルルゥゥ……!!」
怪異が咆哮する。その殺気は、明確に「騒がしい余所者」たちに向けられていた。
「げっ! なんかデカいの出た!」
桃が悲鳴を上げる。
「自分たちのせいで起きたみたいですね……。萎えるわ」
オカルンが構えを取る。六花は頭を抱えた。
「……あーあ。八雲さんに絶対怒られるやつだ、これ」
怪異が巨大な腕を振り上げた。狙いは、六花たちがいる路上。このままでは、喜久福(ずんだ生クリーム味)が潰されてしまう。
「……仕方ない」
六花はサングラスをずらし、蒼い六眼を露わにした。転生者としての知識が、瞬時に最適解を弾き出す。
「そこの眼鏡!」
六花が叫んだ。
「は、はい!?」
オカルンが反応する。
「アンタの速さなら、あの骨の関節の隙間を狙えるでしょ! 右膝を砕いて!」
「えっ、なんで自分の能力を……!?」
「いいから走れ!」
「……了解! 自分、行きます!」
オカルンが地面を蹴った。赤い残像となり、怪異の足元へ肉薄する。
「そっちのポニーテール!」
六花が桃を指差す。
「瓦礫を浮かせて! あの骨の動きを制限するバリケードを作って!」
「なんで私の能力まで知ってんのよ!? ……でも、やるしかないわね!」
桃が手を掲げると、周囲の看板や砕けたアスファルトが宙に浮き上がり、怪異の腕にまとわりついた。
「よし。……トドメは私がやる」
六花は呪力を掌に収束させた。面倒くさいけれど、今は即席のチームプレイで乗り切るしかない。
ズズズズン!! 巨大な骸骨の怪異が、アスファルトを砕きながら進撃する。桃が両手を突き出す。彼女の念動力(サイコキネシス)によって浮遊していた瓦礫、看板、そして自動販売機が一斉に怪異の足元へ殺到した。ガシャガシャガシャ! 即席のバリケードが骸骨の動きを阻害する。
「グルァァァァ……!?」
怪異が体勢を崩した、その一瞬の隙。
「眼鏡! 右膝!」
六花の声に、赤い残像が応える。
「了解! 自分、行きます!」
オカルンが地を蹴った。変身状態の彼は、人間離れした加速でバリケードを駆け上がり、怪異の膝関節へと肉薄する。ターボババアの呪力が乗った超高速の回し蹴り。バギィィィン!! 硬質な音が響き、巨大な右膝が粉砕された。
「グオォォォォォ!!」
巨体が傾く。その落下地点には、小鳥遊六花が待ち構えていた。彼女はサングラスを放り投げ、蒼い六眼を怪異の核(コア)に定めた。
「悪いけど、ここは観光地なの。これ以上暴れるなら……強制退去してもらう」
六花の掌に、圧縮された呪力が渦を巻く。まだ未完成だが、威力は十分だ。
「――術式順転・『蒼(あお)』!!」
引力の塊が、怪異の胸部に直撃した。空間がねじれ、骨の身体が内側へと吸い込まれるようにひしゃげる。核となっていた古い霊脈の澱みが、強烈な呪力によって霧散した。ドォォォォォン……! 砂煙を上げて、巨大な骸骨が崩れ落ち、やがて夜の闇へと溶けていった。
「……ふぅ。片付いた」
六花は息を吐き、足元のレジ袋(喜久福入り)が無事であることを確認した。オカルンと桃も、肩で息をしながら集まってくる。
「す、すっげぇ……。あんなデカいの、一撃かよ」
桃が目を丸くする。
「自分、驚きました。君、本当にただの市民ですか? 萎えるわ……(褒めてる)」
オカルンが変身を解き、いつもの眼鏡少年に戻ってへたり込んだ。
「ケッ! 生意気なガキ共だぜ! ワシの本気なら、あんな骨クズ1秒で粉砕してたがな!」
招き猫(ターボババア)が捨て台詞を吐いた、その時だった。
「――あら。随分と威勢がいい猫ちゃんね」
背筋が凍るような声が響いた。空間が「めくれる」ように開き、そこから一人の女性が現れた。優雅な着物姿。手には扇子。だが、その背後に漂うオーラは、先ほどの巨大骸骨よりも遥かに恐ろしい。J-GOC支部長、八雲。この魔都・境港の管理者代理である。
「ッ……!?」
ターボババアが全身の毛を逆立てて硬直した。異能者としての破格の格。本能が「逆らったら消されかねない」と警鐘を鳴らしているのだ。
「私の庭で、随分と賑やかな運動会をしてくれたわね。……深夜の騒音、器物損壊未遂、そして未確認怪異の顕現。説明してくれるかしら? 六花?」
「あ、八雲さん。お疲れ様です」
六花は素早く直立不動の姿勢を取った。
「私は被害者です。パパのパシリでコンビニに行ったら、この人たちが暴走族ごっこをしていて……」
「売ったァ!? この女、即座に自分だけ助かろうとしやがった!」
桃が叫ぶ。
「問答無用」
八雲が扇子を一閃させた。重力が倍になったかのようなプレッシャーが、全員(猫含む)を地面に縫い留める。
「全員、正座」
数分後。水木しげるロードの路上で、女子小学生、女子高生、眼鏡男子、招き猫が一列に並んで正座させられていた。
「わーお。何これ、新しい大道芸?」
そこへ、場違いに明るい声が降ってきた。五条悟である。両手には、発泡スチロールの箱(「紋別産・ズワイガニ」と書いてある)を抱えている。
「パパ……! 遅い!」
六花が正座したまま抗議する。
「ごめんごめん。カニ選んでたら遅くなっちゃってさー。で、何? 八雲お姉さんに怒られてるの?」
「悟。貴方の教育はどうなっているの? 六花が深夜に、他県の能力者と抗争(?)を起こしていたのだけれど」
八雲がジロリと五条を睨む。
「えー? 違うよ八雲さん。これ、抗争じゃなくて『交流会』でしょ?」
五条はサングラス越しに、オカルンと桃、そしてターボババアを観察した。六眼が、彼らの本質を一瞬で見抜く。
「ふーん。呪いに、超能力に……妖怪? 面白い組み合わせだね。君たち、どこから来たの?」
「え、あ、関東から……。この猫が……家出して、ここまで追いかけてきて……」
オカルンが恐縮して答える。
「へぇ! 猫追いかけて鳥取まで? 青春だねぇ!」
五条はケラケラと笑い、八雲にカニの箱を差し出した。
「まあまあ、八雲さん。これで手打ちにしようよ。子供たちが元気なのはいいことだし、街も壊れてないし(六花が守ったし)。せっかくだから、みんなでカニ鍋でもどう?」
八雲はため息をつき、扇子を閉じた。
「……貴方ねぇ。まあいいわ。ちょうど小腹も空いていたし、J-GOCの保養所(八雲邸)を開放しましょう」
場所は移って、境港市内の日本庭園を有する広大な屋敷――八雲邸。その大広間で、カニ鍋を囲む宴会が始まっていた。
「うめぇぇぇ! なんじゃこのカニ! 身がパンパンじゃねえか!」
ターボババアが、器用にカニの身をほじくって食べている。五条が「猫にカニって大丈夫なの?」と言いつつ、日本酒(マタタビ入り特製ブレンド)を注いであげている。
「……で、あなたたちは宇宙人と戦ってるわけ?」
六花がカニ雑炊をよそいながら尋ねた。
「そうよ! セルポ星人とか、フラットウッズモンスターとか、変なのばっかり来るの!」
桃が愚痴をこぼす。
「こっちは幽霊とか呪霊ばかりだけど……似たようなもんだね」
「本当ですね……。自分、普通の青春が送りたいだけなのに、なんでこんな目に……」
オカルンが遠い目をする。非日常に巻き込まれがちな若者たちは、「苦労人あるある」で意気投合していた。
「あ、そうだ。LINE交換しとかない?」
桃がスマホを取り出す。
「また変なのが出たら情報共有しようよ。アンタのその目(六眼)、便利そうだし」
「……まあ、いいけど。でも、宇宙人は管轄外だから、あんまり巻き込まないでよ」
六花はぶっきらぼうに言いつつも、QRコードを読み取った。これが、後の連携に繋がるホットラインとなる。
翌朝。境港駅の前で、別れの時が来た。
「いやー、楽しかったよ! はいこれ、お土産と交通費」
五条がオカルンと桃に手渡したのは、大量のカニ缶と、帰りの新幹線のチケット(グリーン車)だった。さらに、ポチ袋に入ったお小遣い(諭吉数枚)まである。
「えっ!? いいんですか!? こんなに!」
オカルンが驚愕する。
「いいのいいの。僕、お金だけはあるから。それに、六花と遊んでくれたお礼だしね」
「パパ、言い方」
六花がジト目で突っ込む。
「ケッ! 世話になったな、目隠し野郎! この街も悪くなかったぜ。また走りに来てやるからな!」
オカルンのリュックから顔を出したターボババアが憎まれ口を叩く。
「もう来なくていいわよ、猫。次は剥製にして床の間に飾るから」
八雲が見送りに現れ、クギを刺す。
「……ケッ」
「じゃあね六花ちゃん! また会おうね!」
桃が大きく手を振る。オカルンも深々と頭を下げた。
「はい。……まあ、金玉探し以外でなら」
六花は小さく手を振り返した。電車が走り出す。遠ざかっていく二人を見ながら、六花は思った。
「(……絶対、また変なトラブル持ってくる)」
その予感は的中する。数ヶ月後、彼らは「金玉泥棒の宇宙人」を追って、再びこの街へ舞い戻ってくることになるのだから。
解像度が低いのは仕様です。ちゃんと最新刊まで読んでいます。