仮称:やる夫スレ的世界でオカルトやってくー   作:水野芽生

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029 開幕:偽りの黄金、あるいは境界を侵す者

 

 世界は、残酷なほどに物理法則(ルール)によって閉ざされている。神秘は薄れ、エーテルは枯渇し、人は火を灯すのに呪文ではなくライターを使うようになった。だが、それでも「穴」は存在する。星の裏側、世界の理(コトワリ)を縫い止めるテクスチャの綻び。

 

 極東の島国、鳥取県境港市。通称「魔都」。そこは、現代においてなお、神代の濃度に近いマナが大気に満ちる特異点である。

 

「……素晴らしい。実に素晴らしい土地だ」

 

 境港を一望できる高台、黒山(くろやま)の頂にて、一人の男が夜風にコートを靡かせていた。ベルンハルト・フォン・アインズワース。魔術協会・時計塔において「異端」と囁かれ、北欧の古き魔術刻印を受け継ぐ魔術師(メイガス)。彼は眼下に広がる街の灯りを見下ろし、恍惚とした表情で指を指揮者のように振るった。

 

「冬木の汚染された土地など比較にならん。ここには、純粋で強大な『死』と『生』の奔流がある。アラヤもガイアも、この世界には干渉しない。あるのはただ、物理的な自浄作用のみ。*1ならば――私の『理論』で捻じ伏せられる」

 

 彼は懐から、歪な形をした水晶体を取り出した。内部には、ドロドロとした赤黒い泥が渦巻いている。彼が独自に精製した「小聖杯」の雛形。英霊召喚システムなどという借り物の奇跡ではない。この土地に眠る強力な霊脈そのものをリソースとし、強制的に「孔(あな)」を穿つための爆弾だ。

 

「宣告する(ザッツ)。我が身は礎、我が血は契約。北の果てより来たりし銀の理、今こそ極東の地にて開花せよ」

 

 ベルンハルトが詠唱を紡ぐと共に、彼の周囲に展開された魔術礼装――七つの黒い宝石が共鳴し、光の柱を立ち昇らせる。それは結界の杭(アンカー)だ。境港市全域を覆う、巨大な「認識阻害」と「外部干渉遮断」の大魔術。

 

「J-GOC? 魔術協会? 下らぬ組織の介入など許さん。この一夜こそが、私が『根源』へと至るための祭壇となるのだからな」

 

 ズズズズズ……。夜空に薄い膜が張られていく。一般人には感知できない、しかし魔を持つ者にとっては窒息しそうなほどの重圧。偽りの聖杯戦争の幕が、静かに、しかし最悪の形で切って落とされた。

 

          ◇

 

 2015年、7月下旬。湿った海風が肌にまとわりつく、夏の夜。

 

「……暑い」

 

 佐藤蓮は、コンビニ袋を提げてため息をついた。袋の中には、溶けかけのアイスキャンディーと、明日の朝食用のパンが入っている。彼は小学六年生だが、その魂は成熟した転生者である。この世界の歪さと危険性を誰よりも理解し、そして誰よりも「平穏」を愛する一般市民だ。

 

「仕方ないだろう。日本の夏は高温多湿だ。エントロピーが増大している証拠だよ」

 

 隣を歩く銀髪の少女――小鳥遊六花が、袋から取り出したアイス(パピコ)を割りながら言った。彼女もまた、この春から六年生になったばかりだ。彼女の今日の服装は、動きやすい黒のショートパンツに、オーバーサイズのTシャツ。そのあどけない容姿からは想像もつかないが、彼女はこの世界でもトップクラスの「戦闘種族」の血を引いている。

 

「六花ちゃん、それ溶けるよ」

 

「問題ない。私の体温調整機能は完璧だ」

 

 六花は片方のアイスを蓮に差し出した。

 

「ほら、やるよ。蓮は糖分が足りてない顔をしてる」

 

「……どうも」

 

 二人は、夜の水木しげるロードを歩く。妖怪ブロンズ像が並ぶこの道は、夜になると独特の「気配」を帯びる。だが、今夜のそれは、いつもの妖怪たちの悪戯めいた気配とは違っていた。

 

 ピリリ……。蓮の肌が粟立つ。空気が重い。街灯の明かりが、いつもより赤みを帯びて見える。遠くで聞こえていた波の音が、不自然に遮断されているような静寂。

 

「……ねえ、六花」

 

 蓮が足を止める。

 

「なんか、変じゃないか? 人がいない」

 

 まだ夜の九時だ。観光客や、地元の若者がいてもおかしくない時間帯。なのに、通りには人っ子一人いない。まるで、世界から人間だけが間引かれたような。

 

「……ああ」

 

 六花の瞳孔が収縮する。彼女の「眼」――父・五条悟から受け継いだ六眼の因子と、母・ホシノから受け継いだ神秘の直感が、異常を感知していた。

 

「結界(バリア)だ。それも、すごく質の悪いやつ」

 

 六花がアイスを食べる手を止め、油断なく周囲を見回す。

 

「街全体が『異界化』してる。……パパの術式じゃない。もっと古臭くて、カビ臭い魔術の匂いだ」

 

「魔術……?」

 

 蓮の脳裏に、嫌な単語が過る。魔術師。結界。人払い。それは、彼の知る『Fate』の世界における、聖杯戦争の常套手段だ。

 

(まさか……この世界で? 英霊なんていないのに?)

 

 カツ、カツ、カツ……。思考を遮るように、足音が響いた。ブロンズ像の影から、一人の男が姿を現す。

 

 時代錯誤な羽織。腰に差した二振りの刀。そして、病的なまでに白い肌と、口元を覆う血の手ぬぐい。

 

「……すまぬ」

 

 男が呟いた。その声は、肺腑を患った者のように掠れていた。

 

「辻斬りではないが……斬らねばならぬ。それが、我が主に課された『契約(ゲッシュ)』故に」

 

 男がゆらりと、抜刀の構えを取る。その殺気は、妖怪のそれではない。もっと研ぎ澄まされた、人を殺すためだけに練り上げられた「武」の結晶。

 

「……蓮、下がって」

 

 六花が前に出る。彼女は食べかけのアイスを蓮に放り投げると、深く腰を落とした。魔力強化(ブースト)。全身の回路に青白い光が走り、筋肉が軋むほどの出力を生み出す。

 

「来るよ!」

 

          ◇

 

 刹那。男の姿が消えた。否、速すぎるのだ。初動の予備動作が一切ない、完全なる「縮地」。

 

「ッ!」

 

 六花の六眼(偽)が、かろうじてその軌跡を捉える。左下からの逆袈裟。回避は間に合わない。

 

 ガギィン!!

 

 硬質な音が響く。六花は左腕を盾のように掲げ、刃を受け止めていた。斬れていない。彼女の皮膚の表面には、不可視の「神秘(ミステリー)」の膜が張られている。キヴォトスの住人が持つ、銃弾さえ弾く「ヘイローの加護」に近い防御特性を、能動的に一点集中させたのだ。

 

「ほう……。某(それがし)の刃を、素肌で受けるか」

 

 男――セイバーのクラスを与えられた亡霊は、感情の読めない瞳で六花を見据える。

 

「だが、重いであろう?」

 

 ズンッ!セイバーが手首を返しただけで、六花の体が後方へ吹き飛ばされた。体重差ではない。剣に乗せられた「技量」と「魔力放出」の質量が違う。

 

「くっ……!」

 

 六花は空中で身を捻り、アスファルトに着地する。左腕が痺れている。神秘の防御がなければ、骨ごと断たれていただろう。

 

(……強い。パパみたいなデタラメな出力じゃない。技術(スキル)だけで私のフィジカルを圧倒してる)

 

 六花は瞬時に思考を切り替える。呪力による身体強化だけでは足りない。神秘による防御だけでは押し負ける。ならば――呼吸だ。

 

 スゥゥゥゥ……。

 

 六花は深く、鋭く息を吸い込んだ。肺の細胞を活性化させ、血液中のエネルギー循環を加速させる。波紋の呼吸。先日の大山地下壕で掴んだ、太陽の波動。

 

「コォォォォォ……!」

 

 六花の体から、微かに黄金色の蒸気が立ち上る。身体能力のリミッターが外れ、感覚が研ぎ澄まされる。

 

「行くよ、おサムライさん!」

 

 ダンッ!六花が踏み込む。今度は彼女の番だ。呪力で強化した脚力と、波紋で活性化した反射神経のハイブリッド機動。左右にフェイントをかけながら、ジグザグに肉薄する。

 

「……速いな。だが、直線的だ」

 

 セイバーは動かない。彼は静かに刀を正眼に構え、咳き込んだ。ゴホッ、と血を吐きながらも、その剣先は微動だにしない。

 

 六花が間合いに入った瞬間。セイバーの剣が、ありえない軌道を描いた。

 

 無明三段突き(むみょうさんだんづき)。

 

 壱の突き。弐の突き。参の突き。それらは「ほぼ同時」に放たれた。時空の因果すら歪めるほどの、神速の連撃。喉元、心臓、みぞおち。三つの急所が同時に穿たれる絶技。

 

(!? かわせない……!)

 

 六花の眼が、三つの死の未来を捉える。防御も間に合わない。薄い無限が中和される。波紋ガードも貫通する鋭さ。

 

 死ぬ。そう直感した瞬間、空間が「ズレ」た。

 

 ピタリ。セイバーの剣先が、六花の皮膚の寸前で静止していた。まるで、透明な壁に阻まれたかのように。いや、そこには「無限の距離」が存在していた。

 

「――おっと。子供相手に本気出すのは感心しないな、おサムライさん」

 

 軽薄な、しかし絶対的な強者の声が降ってきた。

 

          ◇

 

 六花の背後に、長身の男が立っていた。目隠し(アイマスク)をした白髪の男。現代最強の呪術師にして、時計塔の階位「祭位(フェス)」を持つ魔術師。五条悟である。

 

「パパ!」

 

「遅れてごめんね、六花。……蓮くんも、アイス溶けちゃって災難だったね」

 

 五条はニカッと笑い、それからセイバーへと向き直った。アイマスク越しの「六眼」が、目の前の亡霊を解析する。

 

「……なるほど。英霊召喚(サーヴァント・システム)の模倣か。でも、霊基(なかみ)がスカスカだね。英霊の座には繋がってない。君、ただの『強力な地縛霊』を魔術的に改造して、クラスのガワを被せただけの人形だ」

 

「……化け物か」

 

 セイバーは、自身の絶技を「指一本動かさずに」無効化した男を見て、低く唸った。本能が告げている。勝てない。少なくとも、今の自分では、この男の「無限」には届かない。

 

「沖田総司……だね? その羽織と、病的な剣技」

 

 五条が首を傾げる。

 

「実在の沖田くんは、随分と男臭いんだね。もっと美少女かと思ってたよ」

 

「……某の名を知るか」

 

 セイバー――沖田総司の亡霊は、皮肉げに笑った。

 

「美少女などと……買いかぶりだ。某はただの、人斬りよ」

 

 セイバーは刀を納めた。戦意を失ったわけではない。勝機のない戦いを避け、主の命令を優先するための戦略的撤退だ。

 

「……興が削がれた。退かせてもらう」

 

 セイバーの体が、青い粒子となって霧散していく。霊体化。

 

「あ、逃げるの? 待ちなよ」

 

 五条が指を弾こうとするが、セイバーの消滅速度の方が速かった。あるいは、この街に張られた結界が、彼の逃走を支援したのかもしれない。

 

「……チッ。逃げ足は速いね」

 

 五条は舌打ちし、結界の天井を見上げた。

 

「それにしても……ムカつくねぇ。僕のナワバリで、勝手に『聖杯戦争ごっこ』なんて始めやがって」

 

          ◇

 

 その時だった。夜空に、巨大な魔法陣のような紋様が浮かび上がった。そして、街全体に響き渡るような、魔術的な放送(テレパシー)が脳内に直接語りかけてきた。

 

『喜べ、極東の民よ。そして魔を志す者たちよ』

 

 朗々とした、傲慢な男の声。ベルンハルトの声だ。

 

『これより、聖杯戦争の儀を行う。ルールは単純。街に放たれた七騎のサーヴァントを屠り、その魂を聖杯に捧げよ。最後の一騎となった者には、万能の願望機を与えよう』

 

「聖杯戦争……やっぱりか」

 

 蓮が頭を抱える。

 

「勘弁してくれよ……。俺はただの小学生だぞ……」

 

『なお、この領域は既に外界から隔絶されている。魔術協会も、J-GOCも、助けには来ない。逃げ場はないと思え。生き残りたくば、恐怖と魂を捧げよ』

 

 放送が途切れると同時に、遠くの方角――港や黒山の方から、爆発音や異様な魔力の光が上がり始めた。他の「偽サーヴァント」たちも、行動を開始したのだ。

 

「……やれやれ」

 

 五条は首をポキポキと鳴らした。

 

「聞いた? 『外界から隔絶』だってさ」

 

「つまり、J-GOCの支援はなし?」

 

 六花が問う。

 

「そゆこと。……まあ、あそこの支部にいる八雲さんあたりは、今頃カンカンになって結界破ろうとしてるだろうけど。外から壊すには時間がかかりそうだ」

 

 五条の周囲の空気が、ピリリと張り詰める。彼の顔から柔和さが消え、魔術師としての冷徹さが浮かび上がっていた。

 

「僕はね、時計塔の『祭位(フェス)』なんだよ。一応ね。こういう、流儀(マナー)のなってない三流魔術師が、僕の庭を荒らすのが一番許せない」

 

 彼は蓮と六花を見た。

 

「帰ろう、二人とも。ホシノが待ってる。作戦会議だ。……今夜中に、このふざけたお祭りを終わらせるよ」

 

 魔都・境港の夜が、赤く染まっていく。英霊なき聖杯戦争。抑止力なき殺し合い。それは、Fateの物語よりも遥かに生々しく、泥臭い戦いの始まりだった。

*1
この世界に存在する御伽話に出てくる土地と概念の事を言っている。

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