仮称:やる夫スレ的世界でオカルトやってくー   作:水野芽生

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030 遊撃:境界の管理者、あるいは最強の家

 

 境港市、五条邸。結界によって外部と遮断されたこの街において、唯一「聖域」としての機能を維持している場所である。リビングでは、大型テレビに「緊急特番:境港市全域での通信障害」というニュースが流れていたが、すぐに砂嵐となって消えた。電波すら、ベルンハルトの結界(テクスチャ)に食い荒らされているのだ。

 

「……うへぇ。インターネットが繋がらないよ~」

 

 ソファの上で、ピンク色の髪をした女性──小鳥遊ホシノが、けだるげにスマホを振っていた。彼女はこの家の主婦であり、五条悟の妻。そしてかつて西日本において「最強」と呼ばれた神秘の体現者である。

 

「ごめんねホシノ。悪い魔術師が電波ジャックしてるみたい」

 

 帰宅した五条が、コンビニ袋(溶けたアイス入り)をテーブルに置く。蓮と六花も、重い足取りでリビングに入った。

 

 その時。空間に、まるで紙を裂いたような「スキマ」が開いた。そこから、一匹の式神(管狐)が飛び出し、優雅な女性の声で喋り出した。

 

『──聞こえるかしら、五条さん』

 

「お、八雲さん? 繋がるんだ」

 

 五条が手を振る。声の主は、八雲(やくも)。J-GOC境港支部の支部長であり、この街の「裏の管理者」の一人。

 

『私のスキマなら、多少の結界は無視できるわ。……それにしても、やってくれたわね、あのアインズワースの末裔。境港を丸ごと人質に取って聖杯戦争ごっこ? 魔術協会もカンカンよ。「神秘の隠匿」をここまで派手に破り捨てて、タダで済むと思ってるのかしら』

 

「で、どうするの? 外から壊せる?」

 

『無理ね。この結界、内部の霊脈をアンカーにしてるわ。無理に剥がせば、街の住人の魂ごと消し飛ぶ構造になってる。……悔しいけど、今は手が出せない。中の掃除は、貴方たちに一任するわ』

 

「りょーかい。報酬、弾んでよね」

 

 五条は軽くウインクし、通信を切った。式神はふわりと消滅し、部屋には再び重苦しい静寂が戻る。

 

 ◇

 

「さて」

 

 五条はパンと手を叩いた。

 

「状況を整理しようか。敵はベルンハルト。目的は『聖杯の完成』による根源への到達。手段は、街に放たれた七体の『偽サーヴァント』を僕らに倒させて、その魂を聖杯に回収すること」

 

 五条はホワイトボード(なぜか家にある)に図を描く。

 

「つまり、僕らが敵を倒せば倒すほど、敵の計画は進むってわけ」

 

「じゃあ、倒しちゃダメなんじゃないか?」

 

 蓮が手を挙げる。彼は転生者として、『Fate』の知識を持っている。聖杯戦争のシステム上、サーヴァントの魂が小聖杯に満ちれば、孔(あな)が開く。

 

「いや、倒すしかない」

 

 五条は冷徹に言い放った。

 

「あの偽サーヴァントたちは、放っておけば街の人を襲って魔力を補給する。被害を最小限にするには、即座に殲滅するしかない。その上で、満ちた聖杯ごとベルンハルトをぶっ飛ばす。……力技(パワープレイ)だね」

 

(……脳筋だ。でも、それしかないのか)

 

 蓮はため息をつく。彼は心の中で、現状を分析していた。

 

(この世界の聖杯戦争は、フィクションのそれとは違う。英霊(ヒーロー)はいない。クラスの中身は、この土地に縛られた怨霊や妖怪だ。さっきの沖田総司も、美少女じゃなかった。……当たり前だ、史実の沖田は男だ。しかも結核で死んだ、無念の塊。つまりこれは、聖杯戦争という名の『百鬼夜行』だ)

 

 蓮は震えた。ゲーム画面の向こうの華やかな戦いではない。生々しい死と、無念が渦巻く、本物の呪術戦。

 

「蓮くん、顔色が悪いよ?」

 

 六花が心配そうに覗き込む。

 

「……大丈夫。ただ、相手が『本物』じゃないってことが、逆に怖いんだ」

 

「ふふ。大丈夫だよ」

 

 ホシノがソファから立ち上がる。彼女が動くと、空気が変わった。けだるげな「おじさん」の雰囲気が消え、歴戦の「戦術家」の覇気が漂う。

 

「偽物でも本物でも、生徒(みんな)の日常を壊すなら、先生(わたし)が許さないよ」

 

 彼女の手には、いつの間にか愛用のショットガン(神秘礼装)が握られていた。

 

 ◇

 

「じゃ、手分けしようか」

 

 五条が指示を出す。

 

「ホシノは港の方をお願い。反応がデカいのが一匹いる。多分『バーサーカー』クラスだ」

 

「うへぇ、一番うるさそうなやつだね~。了解~」

 

「僕は黒山方面の霊脈を抑える。『キャスター』と『ランサー』の反応がある。……術師タイプは僕が相手するよ」

 

「六花は?」

 

 銀髪の少女が目を輝かせる。

 

「六花は、さっきの『セイバー』を追って。あいつ、まだ街を彷徨ってる。……ただし、無理はしないこと。やばそうならすぐ僕を呼ぶか、蓮くんを盾にして逃げるんだよ」

 

「おい!」

 

 蓮がツッコミを入れるが、五条は真顔だった。

 

「冗談だよ。……蓮くん、君には『観測手』としての役割がある。六花のサポートと、戦況の分析を頼む」

 

「……分かりました。死なない程度に頑張ります」

 

 深夜零時。結界に閉ざされた魔都・境港にて、最強の一家による迎撃戦が始まった。

 

 ◇

 

 境港、海岸通り。普段は漁船が停泊する静かな港町が、今夜は破壊の宴と化していた。

 

 ズドォォォォン!! 

 

 コンテナが紙屑のように吹き飛ぶ。暴れているのは、身長三メートルを超える異形の巨人だった。全身が黒い泥と、様々な生物のパーツ(牛の角、蜘蛛の足、人間の腕)で構成された合成獣(キメラ)。ベルンハルトが黒山の呪霊をかき集め、「狂化」の術式で縫い合わせたバーサーカーである。

 

「■■■■■──ッ!!」

 

 言葉にならない咆哮。理性のない暴力の塊が、アスファルトを粉砕しながら進撃する。

 

 その行く手に、小柄な人影が立っていた。ピンク髪の女性、小鳥遊ホシノ。彼女は巨大な盾(ライオットシールド)を地面に突き立て、欠伸を噛み殺していた。

 

「あーあ。港の設備壊しちゃって。漁協の人に怒られるよ~」

 

 バーサーカーが彼女に気づく。圧倒的な質量差。トラックですらひしゃげる豪腕が、ホシノ目掛けて振り下ろされた。

 

 ガギィィィン!! 

 

 激突音。しかし、砕けたのはホシノではなく、バーサーカーの拳の方だった。彼女の盾は微動だにしない。神秘(ミステリー)。彼女の頭上に輝く光輪(ヘイロー)が、物理的・魔術的な干渉を拒絶しているのだ。

 

「うへぇ、硬いね~。でも、私の盾はもっと硬いよ」

 

 ホシノは盾の隙間から、ショットガンの銃口を突き出した。装填されているのは、対神秘用の魔力弾。

 

「お昼寝の邪魔しないでよね」

 

 ドンッ!! 至近距離からの発砲。バーサーカーの巨体が、砲弾を受けたかのように吹き飛び、海へと叩き落とされた。

 

「……さて。タフそうだし、あと何発耐えられるかな~?」

 

 ホシノはポンプアクションで排莢し、次弾を装填した。その目は、獲物を狩る捕食者のように冷たく輝いていた。

 

 ◇

 

 一方、黒山の麓にある神社。ここは境港の霊的要所の一つであり、強力な結界が張られていた。

 

「フフフ……。素晴らしい。この地の霊脈は、我が術式の炉心に相応しい」

 

 境内に陣取っていたのは、狩衣(かりぎぬ)を纏った幽霊──キャスターだった。平安時代の陰陽師の霊をベースにしたサーヴァント。彼は周囲に無数の式神を侍らせ、即席の「陣地作成」を行っていた。

 

「ここを我が神殿とする。近づく者は、我が呪詛で骨まで溶かして……」

 

「ねえ、君さぁ」

 

 不意に、鳥居の上に男が座っていた。五条悟だ。

 

「人の家の庭で、勝手にリフォームしないでくれる? 景観条例違反だよ」

 

「……何奴!」

 

 キャスターが扇を振るう。「急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!」数十体の式神が、五条に向かって殺到する。炎、氷、雷。様々な属性の魔術攻撃が五条を包み込む。

 

 だが。全ての攻撃は、五条の皮膚の寸前で「停止」していた。

 

「な、なんだと……!? 我が術式が、届かぬ!?」

 

「呪術? 古いね」

 

 五条がふわりと地面に降りる。彼はポケットに手を突っ込んだまま、キャスターへと歩み寄る。

 

「現代の呪術師(ぼくら)は、もっとスマートにやるんだよ」

 

 キャスターは焦った。とっておきの大魔術、固有結界に近い「百鬼夜行の宴」を展開しようと詠唱を始める。

 

「我は語る、万象の理、星の巡りを……!」

 

「詠唱が長い」

 

 五条が指を弾く。術式順転・「蒼」。吸い込む反応。キャスターの詠唱ごとかき消すような重力の奔流が、神殿(神社)の一部ごとキャスターを吸引し、圧縮した。

 

「ぐ、ギャァァァァ!!」

 

 キャスターは抵抗する間もなく、自身の陣地ごと圧殺され、金色の粒子となって消滅した。

 

「……はい、一丁上がり」

 

 五条は埃を払い、夜空を見上げた。

 

「あとはランサーと……六花の方か」

 

 ◇

 

 水木しげるロード、路地裏。六花と蓮は、屋根の上を跳躍しながら移動していた。

 

「六花ちゃん、反応があった! 港の倉庫街だ!」

 

 蓮がスマホの地図(五条が共有した魔力探知アプリ)を見て叫ぶ。

 

「了解。……やっぱり、あいつは海の方へ行ったか」

 

 六花は確信していた。セイバー(沖田総司)は、病に侵された肉体(霊基)を引きずっている。湿気の多い山側よりも、海風の吹く港を選んだのだ。

 

「蓮くんは今度は下がってて。……あいつとは、一対一(サシ)でやりたい」

 

「ちょっとちょっと相手は英霊(仮)だぞ? 小学生がサシで勝てる相手じゃ……」

 

「勝つよ」

 

 六花は振り返り、ニッと笑った。

 

「私はパパの娘で、ママの娘だもん。……それに」

 

 彼女は自分の拳を握りしめた。そこには、微かだが確かな「太陽の熱」が宿っていた。

 

「あの侍の剣。……あれを超えなきゃ、私は次のステージに行けない気がするんだ」

 

 倉庫街の広場。月明かりの下、一人の剣士が待っていた。セイバー。彼は血のこびりついた手ぬぐいを外し、青白い素顔を晒していた。それは、歴史の教科書にある写真よりもずっと若く、そして死相に満ちた青年の顔だった。

 

「……来たか。童(わらべ)」

 

 セイバーが刀を抜く。

 

「某の剣に魅入られたか。……よいだろう。今一度、修羅の巷へ誘おうぞ」

 

 六花もまた、静かに構えた。呪力・魔力強化。波紋の呼吸。そして、神秘の守り。持てる全てのカードを切って、最強の剣豪霊に挑む。

 

「行くよ、沖田総司!」

 

 偽りの聖杯戦争。その中盤戦、それぞれの戦場で、決着の時が迫っていた。

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