仮称:やる夫スレ的世界でオカルトやってくー   作:水野芽生

5 / 59

 今回はちょっと短めです。


004 最強夫婦との謁見、または胃痛のティータイム

 

 心臓が、早鐘を打っているなんてもんじゃない。口から飛び出して、そのまま逃走しようとしている。

 

 骨董店『界』のリビング。薄暗い室内に漂う甘い線香の香り。

 その奥のソファに、その男はいた。

 

 雪のような白髪。黒い目隠し(アイマスク)。長い脚を組み、スマホを片手にニヤリと笑う、不遜な態度。

 

 五条悟(ごじょう さとる)。

 

 間違いない。見間違えるはずがない。前世で読み漁った週刊少年ジャンプの看板キャラクター。現代最強の呪術師。

 

 ……でも、待ってくれ。

 

 今は2013年だ。

 

 『呪術廻戦』の連載が始まるのは2018年だぞ?

 なんで「未来の漫画のキャラ」が、鳥取の古民家に実在してるんだ!?混乱で脳味噌がショート寸前になっている僕に、彼は面白そうに声をかけた。

 

「へえ。六花が『男』連れ込むなんてね。……度胸あるじゃん、少年」

 

 その声。その威圧感。

 

 冗談じゃない。コスプレとかそっくりさんとか、そんなレベルじゃない。

 

 「本物」だ。

 

 生物としての格が違う。

 

 アイマスクの下にあるはずの「六眼」に見つめられている気がして、全身の毛穴が収縮する。

 

「な、なに固まってんの? 僕に見惚れた?」

 

 五条……いや、六花のお父さんが、首を傾げた。

 

「それとも……僕の周りに『何か』見えちゃった?」

 

 試されている。

 

 僕が「ただの子供」か、それとも「視える側」か。

 

「パパ、いじめないでよ! 蓮くん、人見知りなんだから!」

 

 バンッ、と背中を叩かれた。六花だ。その物理的な衝撃で、僕はなんとか呼吸を再開した。

 

「あ、えと……は、初めまして。さ、佐藤蓮です……」

「ん、よろしくー」

 

 彼は興味なさげに手を振った。

 

 助かった。六花のおかげで、なんとか「極度の人見知り」という体裁は保てた……はずだ。

 

 だが、絶望はこれだけじゃなかった。

 

「んあ〜……うるさいなぁ……」

 

 リビングの真ん中に置かれたコタツが、モゾモゾと動いた。布団の隙間から、ピンク色のボサボサ髪が這い出してくる。オッドアイの瞳を眠そうに擦りながら、その少女のような女性は大きなあくびをした。

 

「うへぇ……パパ、お客さんの前で脅すのはよくないよぉ……おじさん、怖くて泣いちゃう……」

 

 小鳥遊(たかなし)ホシノ。

 

 嘘だろ。

 

 『ブルーアーカイブ』のアビドス高校生徒会、小鳥遊ホシノじゃないか。

 

 こっちもリリースは2021年だぞ。未来のソシャゲキャラだぞ。

 

 ジャンプの最強と、Yostarの最強(タンク)。

 

 なんでこの二人が夫婦やってるんだよ。どういう世界線だここは。ハーメルンのクロスオーバー作品か?

 

「あら〜、お客さん? 小学生の男の子なんて珍しいねぇ」

 

 ホシノさんは、僕を見てのほほんと笑った。

 

 その笑顔は無害そうに見える。

 

 でも、僕は知っている。この人が本気を出した時の「盾」としての硬さと、ショットガンの火力を。

 

「六花ちゃん、誘拐してきたわけじゃないよね?」

 

「違うってば。お茶しに来ただけ!」

 

「そっかそっか。じゃあ、おじさんがお茶淹れようかねぇ……よいしょ……」

 

 彼女はコタツから這い出し、よろよろとキッチンへ向かった。その背中に、奇妙なほど巨大な存在感を感じて、僕は再び硬直した。

 

 そして始まったのは、地獄のティータイムだった。

 

 テーブルの上には、東京の有名店の高級ロールケーキ。飲み物は、ホシノさんが淹れてくれた温かい日本茶。美味しいはずだ。絶対に美味しいはずなのに、味なんて分からない。

 

 目の前には五条悟。斜め前には小鳥遊ホシノ。隣には、涼しい顔でケーキを突っついている小鳥遊六花。

 

 四面楚歌とはこのことだ。

 

「で、蓮くん?」

 

 五条さんが、フォークを咥えながら切り出した。

 

「君さ、『今日、学校で何見た?』」

 

 心臓が跳ねる。

 

 唐突な核心。さっきの避難訓練のことだ。

 

 六花から聞いたのか? いや、違う。この人は、僕の「匂い」か何かで、僕が怪異と接触したことを嗅ぎつけているんだ。

 

 嘘をつくべきか?

 

「何も見てません」と。

 

 いや、六眼の前で嘘は通じない気がする。かといって、詳しく説明すれば「あっち側」だと認定されてしまう。

 

 僕は、冷や汗を隠しながら、あくまで「一般人の子供」として答えた。

 

「……し、白い、人形みたいなのが……廊下を、通って……」

 

「ふーん。どう思った?」

 

「……こ、怖かったです。夢に出そうで……」

 

 正直な感想だ。あれはトラウマレベルに気持ち悪かった。

 

 五条さんは「そっか」と短く言い、ニヤリと笑った。

 

「ま、素直でよろしい。怖がれるのは才能だよ」

 

「そうだよ〜。この街じゃ、変に勇気がある子や、鈍感な子から海に行っちゃうからねぇ」

 

 ホシノさんが、お茶を啜りながら同意する。

 

 二人の空気感が少し緩んだ。どうやら、「ちょっと勘のいい一般人の子供」として、一旦スルーしてもらえたらしい。てか「海に行っちゃう」て何!?

 

「はい、お茶会終了! 蓮くん、私の部屋でゲームしよ!」

 

 六花が立ち上がり、僕の手を強引に引いた。ナイスだ、六花。これ以上ここにいたら、胃に穴が開くどころか蒸発するところだった。

 

「お邪魔しました!」

 

 僕は逃げるように席を立ち、六花に連れられて二階への階段を駆け上がった。

 

 背後で、五条さんがボソリと呟くのが聞こえた気がした。

 

「……ま、『魂の形』は悪くないね。六花の友達にしちゃ上出来か」

 

 バンッ、とドアが閉まる。

 

 そこは、パステルカラーのインテリアと、少しばかりマニアックな本が混在する、六花の部屋だった。

 

 僕はドアにもたれかかり、へなへなと座り込んだ。

 

「……し、死ぬかと思った……」

 

「お疲れ様。うちの『ボスキャラ』たち、濃かったでしょ」

 

 六花はベッドに腰掛け、悪びれもせずに笑っている。

 

「濃いとか、そういう次元じゃないよ……」

 

 僕は顔を上げ、彼女を見た。

 

 もう、隠す必要はないだろう。さっきのリビングでの僕の反応を見れば、バレているはずだ。

 

 六花が、ニヤリと笑った。

 

「で、君。『知ってる』んでしょ? パパとママのこと」

 

 やっぱり。

 

 僕は観念して、大きくため息をついた。

 

「……知ってるも何も。あのご両親、漫画とゲームのキャラクターだよね? なんで実在してるの? ここ、2013年だよね?」

 

「あはは、やっぱそっち(転生者)かー! よかった、話が早くて!」

 

 六花は嬉しそうに手を叩いた。

 

「私は転生者。君もだよね。でもパパとママは違う。あれは『本物(オリジナル)』だけど、原作の記憶はないみたい」

 

「……つまり、この世界の住人ってこと?」

 

「そう。スペックは原作並みたいだけど、未来のシナリオは知らない。……だから、『攻略本(wiki)』を持ってるのは、この世界で私たちだけってこと」

 

 六花は身を乗り出し、僕の顔を覗き込んだ。

 

「ね、蓮くん。この世界、結構バグだらけで危険でしょ? パパたちは強いけど、原作の知識がないと思わぬ『初見殺し』に引っかかるかもしれない」

 

「……まあ、そうかもね」

 

「だからさ、協力してよ。私一人じゃ抱えきれないし、君も『一般人』のフリして生きるのは限界があると思うんだよね」

 

 彼女は右手を差し出した。

 

 握手を求める手。それは、この狂った境港市で生き残るための、同盟の誘いだった。拒否権なんて、あるわけがない。

 

 あんな両親を見てしまった後で、「関係ない」なんて言えるはずがない。

 それに……彼女の言う通り、僕一人でこの情報の洪水を抱え込むのも、限界だった。

 

「……わかったよ。僕でよければ」

 

 僕は彼女の手を握り返した。六花の手は、思ったよりも柔らかくて、少し温かかった。

 

「契約成立! よろしくね、相棒」

 

 彼女は満面の笑みを浮かべた。

 

 こうして僕は、モブとしての平穏な人生を完全に諦め、主人公(仮)のサポート役兼、胃痛係としての人生を歩み始めることになったのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。