仮称:やる夫スレ的世界でオカルトやってくー   作:水野芽生

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034-1 世界の廃棄場と、躁転する捕食者たち

 

 2015年、8月中旬。お盆。日本海から湿った風が吹き付ける、鳥取県境港市。街外れにある「黒山(くろやま)」の麓には、物々しいフェンスと有刺鉄線が張り巡らされていた。看板には『防衛省・管理区域 立入禁止』の文字。セミの声がうるさいほどに響く真昼の山道で、二人の人影がフェンスを見上げていた。

 

「よ、夜宵ちゃん……やっぱりやめようよぉ。ここ、絶対に入っちゃダメな場所だって……!」

 

 涙目で訴えるのは、大学生の幻燈河螢多朗(げんとうが けいたろう)。彼は生まれつき強力な霊媒体質を持ち、幽霊を引き寄せてしまう因果な星の下にいる青年だ。そんな彼の手を引くのは、ランドセルを背負った小学生の少女、寶月夜宵(ほうづき やよい)。その瞳は特徴的で、二つの瞳孔が重なった髑髏(ドクロ)のような形をしている。

 

「……大丈夫。螢多朗の『引き寄せ』があれば、センサーや警備の目を逸らして、奥の霊脈まで行ける」

 

「僕を囮にする気満々じゃないか!」

 

 夜宵は淡々とリュックの紐を締め直した。彼女の目的は、悪霊収集(ゴーストハント)。以前、大山(だいせん)を訪れた際に感じ取った、「この世ならざる強大な呪いの残滓」を回収するために、再びこの地へやってきたのだ。

 

「……行くよ。ここには、Sランク……いや、卒業生クラスの『素材』が捨てられてる」

 

 夜宵がフェンスの綻び(老朽化して穴が開いている場所)に手を掛けた、その時だった。

 

「――やめた方がいいよ、螢多朗くん、夜宵ちゃん」

 

 頭上から、涼やかな声が降ってきた。二人が驚いて見上げると、フェンスの支柱の上に、一人の少女が座っていた。銀色の髪。片目を覆う前髪。以前、大山で一度だけ遭遇した、不思議な雰囲気の少女――小鳥遊六花だ。

 

「あ、君は……あの大山の時の!」

 

 螢多朗が声を上げる。今日の六花は、どこか気怠げだ。目は半開きで、口調も平坦。テンションが低い。彼女はフェンスから音もなく飛び降りると、ポケットに手を突っ込んだまま二人を見つめた。

 

「久しぶり。……ここ、今は入らない方がいい。中が『バグってる』から」

 

「バグってる……?」

 

 螢多朗が首を傾げる。

 

「うん。数週間前にちょっとドンパチがあってね。世界のテクスチャがおかしくなってるんだ。自衛隊やJ-GOCも手が出せなくて、今はパパ……五条悟が結界で蓋をしてる状態。一般人が入ったら、物理的に裏返って戻れなくなるかもよ」

 

 六花は淡々と事実を告げた。今の彼女は「フラット」な状態だ。彼女が持つ軽度の双極性障害における、平常時。理性的だが、少し冷めたダウナーな雰囲気を纏っている。だからこそ、危険な場所には蓮を連れてこなかったし、目の前の二人にも警告を発しているのだ。

 

「……関係ない」

 

 しかし、夜宵は引かなかった。彼女のドクロのような瞳が、黒山の奥――鬱蒼とした森の深淵を見据える。

 

「……バグってるなら、尚更いい。そういう場所には、常識外れの『呪い』が溜まる。私はそれを捕りに来た」

 

「夜宵ちゃん!?」

 

 夜宵は躊躇なくフェンスの穴をくぐり抜けた。螢多朗は「ひぃぃ!」と悲鳴を上げながらも、彼女一人を行かせるわけにはいかず、泣く泣く後に続く。

 六花は深くため息をついた。面倒くさい。帰ってエアコンの効いた部屋でアイスを食べたい。だが、この小学生(夜宵)と保護者(螢多朗)が死ぬのを放置するのは、目覚めが悪い。それに、夜宵のリュックから漏れ出る「複数の悪霊の気配」にも興味があった。

 

「……仕方ない。案内するよ」

 

 六花もまた、フェンスをくぐった。

 

 

 山に入った瞬間、空気が変わった。湿度が異常に高い。そして何より、視覚情報がおかしい。遠近感が狂い、真っ直ぐ歩いているはずなのに景色がループする。木々の表面には、ノイズのような横線が走り、時折点滅している。

 

「うっ……気持ち悪い……」

 

 螢多朗が口元を押さえる。彼の強力な霊媒体質が、この場の異常性をダイレクトに受信してしまっているのだ。

 

「……ここ、霊場じゃない。もっと異質な……『ゴミ捨て場』」

 

 夜宵が呟く。彼女はリュックから、身代わり用のぬいぐるみを取り出し、警戒態勢に入った。

 

「正解」

 

 六花が先頭を歩きながら答える。

 

「ここは世界の『穴』なんだ。歴史の修正力とか、聖杯戦争の泥とか、処理しきれなかったエラーデータが吹き溜まる場所。パパは『掃除が面倒くさい』って放置してるけど」

 

 六花の「六眼(りくがん)」の因子を持つ瞳が、周囲をスキャンする。彼女の視界には、空間の裂け目や、情報の欠落が黒いモヤとして映っていた。

 

「……来るよ。右前方」

 

 六花の声と同時に、地面のアスファルトが泥のように融解した。ズズズズズ……。黒い粘液が噴き出し、不定形の怪物を形成する。目も鼻もない、ただ殺意と呪いだけで構成された「泥の怪異」。

 

「ひぃっ!? 出たぁぁぁ!!」

 

 螢多朗が腰を抜かす。泥の怪異は、最も霊媒体質の高い螢多朗に狙いを定め、触手を伸ばした。

 

「させない」

 

 夜宵がぬいぐるみを投げる。触手がぬいぐるみを貫くが、同時に夜宵が印を結ぶと、ぬいぐるみが身代わりとなって弾け飛び、衝撃波で触手を逸らした。

 

「……硬い。物理攻撃が吸われる」

 

 夜宵が眉をひそめる。バールで殴っても、泥をすり抜けるだけで手応えがない。

 その時。六花が、一歩前に出た。

 

「……ふうん」

 

 六花が泥を見つめる。その強烈な「死」のプレッシャー。生物としての構造を無視した、歪な存在。それを見た瞬間、彼女の脳内でスイッチが入った。

 カチリ。

 ドーパミンとアドレナリンが過剰分泌される。気怠げだった瞳孔が一気に開き、鮮やかな光が宿る。心拍数が上昇し、全身の筋肉が戦闘態勢へと移行する。躁転(マニア)。彼女の精神状態が、フラットから「ハイ」へと切り替わった。

 

「――ハッ! 面白いね、その構造!」

 

 六花の声色が、弾むような高音に変わった。彼女は地面を蹴り、泥の怪異へと突っ込んだ。

 

 

「ちょ、六花ちゃん!? 危ないよ!」

 

 螢多朗が叫ぶが、六花は聞く耳を持たない。彼女は笑っていた。恐怖ではなく、純粋な好奇心と万能感に満ちた笑みだ。

 

「見せてみなよ、君の中身(ソースコード)を!」

 

 六花は呪力で強化した右脚で、泥の胴体を蹴り抜いた。バヂィン!! 衝撃波が泥を霧散させる。物理無効? 関係ない。彼女の打撃には、微弱ながらも「空間への干渉力(無下限の応用)」が含まれている。

 

「すごい……」

 

 夜宵が目を見張る。さっきまでのダウナーな少女とは別人の動きだ。

 

「オラオラオラァ! 再生が追いつかないくらい微粒子にしてやるよ!」

 

 六花は空中で回転し、踵落とし、正拳突き、手刀を連続で叩き込む。泥が飛び散り、六花の頬や服を汚すが、彼女は気にするどころか、それさえも楽しんでいるようだ。

 

「コォォォォォ……!」

 

 六花の呼吸が変わる。波紋の呼吸。血液中のエネルギーを爆発させ、拳に太陽の熱を宿す。

 

「燃え尽きろォ!!」

 

 ドゴォォォン!! 黄金色の波紋疾走が、泥の一部を蒸発させた。

 だが、泥の怪異は「廃棄物」の集合体だ。周囲のノイズやエラーデータを吸収し、瞬く間に再生していく。核(コア)を潰さなければ、無限に蘇る。

 

「……チッ。しつこいね、君!」

 

 六花はバックステップで距離を取った。息は上がっていない。むしろ、テンションは上がる一方だ。

 

「夜宵ちゃん! 聞こえる!?」

 

 六花が叫ぶ。

 

「あいつの核、胸のあたりにある! 私が外側を剥がすから、中身を引っこ抜いて!」

 

「……了解」

 

 夜宵は即答した。彼女はリュックから、厳重に封印された「壺」を取り出した。その中には、彼女が使役する最強の悪霊たち――「卒業生」の一部(呪物)が入っている。

 

「螢多朗、囮になって」

 

「えええ!? また!?」

 

「……頼む」

 

「ううぅ……分かったよぉ!」

 

 螢多朗が涙目で前に出る。彼の濃厚な霊気に釣られ、泥の怪異が襲いかかる。

 

「今だッ!!」

 

 六花が跳んだ。彼女は泥の攻撃を紙一重でかわし、その懐に潜り込む。全身の呪力を右手に集中させる。黒い火花が散る。

 

「消し飛べ!!」

 

 六花の掌底が、泥の胸部を貫いた。波紋と呪力の複合攻撃が、泥の外殻を消滅させ、内部にあった赤黒い球体――核(コア)を露出させる。

 

「捕った」

 

 夜宵が動いた。彼女は露出した核に、壺から取り出した「黒い指(呪物)」を押し当てた。ジュワァァァ……! 異質な呪い同士が干渉し、泥の核が強制的に活動を停止する。夜宵はすかさず、核をぬいぐるみに押し込み、呪符で封印した。

 ズズズ……。核を失った泥の巨体は、ただの汚水となって崩れ落ちた。

 

 

「……ふぅ。一丁上がり!」

 

 六花は泥だらけの顔で、ニカッと笑った。その瞳はまだギラギラと輝いている。

 

「ナイス連携、夜宵ちゃん! 君、小学生にしてはやるね!」

 

「……お姉さんこそ。人間やめてる動きだった」

 

 夜宵はぬいぐるみをリュックにしまいながら、六花を見上げた。(この人、スイッチが入ると人格が変わる。……でも、戦力としては頼りになる)

 

「さあ、次は山頂だ! もっとデカいのがいる気配がする!」

 

 六花は止まらない。螢多朗が「もう帰ろうよぉ……」と泣き言を言うが、彼女はスキップするような足取りで山道を登っていく。

 そして、辿り着いた山頂。そこには、異様な光景が広がっていた。

 かつてクレーターがあった場所。そこは、不自然に「修復」されていた。だが、それは物理的に埋められたのではない。解像度の低いテクスチャ画像が、空中に無理やり貼り付けられているような、歪な空間。空に岩が浮き、地面が空のように青い。世界のバグ。

 

「アハハハ! 何これ! 凄ーい!」

 

 六花(躁状態)は、その狂った光景を見て手を叩いて喜んだ。

 

「世界の裏側が見えそうじゃん! ねえ螢多朗くん、あそこに飛び込んだらどうなると思う!?」

 

「絶対に死ぬと思います!!」

 

 螢多朗が必死に止める。

 

「……すごい。あれ、全部『呪い』のデータ?」

 

 夜宵もまた、その光景に魅入られていた。彼女の目には、そのバグった空間の奥に、神クラスの怨念が渦巻いているのが見えていた。彼女はゴクリと喉を鳴らす。(あれを捕まえれば……お母さんの魂を取り戻せるかも)

 バグった空間が脈動する。中から、山よりも巨大な「何か」が這い出そうとしていた。それは形を持たない。認識した瞬間に脳が焼き切れるような、情報の奔流。

 

「来るよ! 大物だ!」

 

 六花が構える。彼女の本能が警鐘を鳴らしているが、脳内麻薬が恐怖を凌駕している。挑みたい。壊したい。解析したい。

 夜宵もまた、リュックの中の卒業生たちを全展開しようと準備する。螢多朗は泡を吹いて気絶寸前だ。

 その時。

 ――ピタリ。

 世界が静止した。風が止み、バグった空間の脈動が凍りついた。圧倒的な「上位の力」が、場を支配したのだ。

 

 

「はい、そこまで」

 

 上空から、男が降りてきた。目隠しをした白髪の男。五条悟。

 

「……まったく。人の家のゴミ捨て場で遊ばないでくれるかなぁ」

 

 五条はため息をつきながら、六花と夜宵の間に着地した。

 

「パパ!」

 

 六花が声を上げる。まだテンションは高い。

 

「見て見て! ここのバグ、面白いよ! 殴ったら変な音がするの!」

 

「こら六花。あまり興奮しないの。……後で反動が来るよ」

 

 五条は娘の額を指で軽く弾いた。デコピン。その軽い衝撃で、六花の脳内に過剰分泌されていた物質が、術式的な干渉によって鎮静化される。

 

「……あ」

 

 六花の目から、ギラギラした光が消える。急速に熱が引いていく。躁状態の終了。賢者タイムの到来。

 

「……パパ。……なんか、疲れた」

 

 六花はその場にへたり込んだ。一気にダルさが押し寄せてくる。

 

「うん、お疲れ様。……で、そっちの君たちは?」

 

 五条は夜宵と螢多朗を見た。アイマスク越しの視線が、夜宵のリュックの中身――危険極まりない悪霊たちを射抜く。

 

「……君、この前大山にいた小学生だよね? 物騒なもの持ち歩いてるなぁ」

 

 夜宵は五条を睨み返した。彼女の本能が告げている。(この人は、勝てない。私の手持ち(卒業生)を全部ぶつけても、指一本触れられない)

 

「……散歩してただけ」

 

 夜宵は短く答えた。

 

「ふーん。まあいいや」

 

 五条は背後のバグった空間に振り返る。そこから這い出そうとしていた「何か」に向けて、指を構えた。

 

「ここは立入禁止だよ。お帰り」

 

 術式反転・「赫」。赤い閃光が放たれた。それはバグった空間ごと「何か」を吹き飛ばし、強制的に穴の奥へと押し戻した。さらに、五条は空間そのものを「無下限」で上書きし、蓋をしてしまった。

 

「……よし。これで当分は出てこられないでしょ」

 

 

 黒山の麓。フェンスの外。五条によって強制退去させられた一行は、夕暮れの中で解散することになった。

 そこには、コンビニ袋を提げて待っていた佐藤蓮の姿があった。彼は六花が心配で、安全圏で待機していたのだ。

 

「六花ちゃん! 大丈夫か!? 怪我は……うわ、泥だらけ」

 

「……ん。蓮くん、おんぶ」

 

 完全に電池切れの六花(フラット以下)が、蓮の背中に倒れ込む。

 

「……重いよ」

 

「うるさい。……アイス買って」

 

 蓮は苦笑いしながら六花を背負い、それから螢多朗を見た。彼もまた、憔悴しきって地面に座り込んでいた。

 

「……お疲れ様です。大変でしたね」

 

 蓮が声をかけると、螢多朗は涙目で頷いた。

 

「本当に……死ぬかと思いました。君も、苦労してるんですね」

 

「ええ、まあ。……お互いに」

 

 二人の間に、言葉不要の友情(被害者の会)が芽生えた瞬間だった。

 一方、夜宵は六花を見つめていた。

 

「……六花ちゃん」

 

「……なに、夜宵ちゃん」

 

 背負われたままの六花が答える。

 

「……泥人形、ゲットした。ありがとう」

 

 夜宵はリュックをポンと叩いた。

 

「……また、変なのがいたら教えて」

 

「……気が向いたらね」

 

 夜宵と螢多朗は、駅の方へと歩いていった。六花は蓮の背中で、小さく欠伸をした。

 

「……ねえ、蓮くん」

 

「ん?」

 

「あの小学生、ヤバいね。……私と似てて、私と違う」

 

「どういう意味?」

 

「……彼女は、常にスイッチが入ってる。……壊れないか、ちょっと心配」

 

 六花は目を閉じた。今日の冒険は終わりだ。明日はきっと、家でゴロゴロしながらゲームをするだけの、平和な一日になるだろう。そう願いながら、魔都・境港の夜は更けていくのだった。

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