2015年、8月下旬。夏休みの終わりを告げるツクツクボウシの鳴き声が、日本海側の港町・境港市に響き渡っていた。
JR境線、通称「鬼太郎列車」。その車内に、死んだ魚のような目をした金髪の男が揺られていた。霊幻新隆(れいげん あらたか)。自称「霊能力者」であり、「霊とか相談所」の所長を務める男である。
「(……帰りたい。今すぐ回れ右して、調布の事務所に帰りたい)」
霊幻は心の中で、何度目かの絶叫を繰り返していた。彼はただの詐欺師ではない。前世の記憶を持つ「転生者」だ。だからこそ知っている。この世界が、複数の漫画やアニメの設定がごちゃ混ぜになった「クロスオーバーの坩堝(るつぼ)」であり、その中でも特に、この「鳥取県境港市」が特級の危険地帯であることを。
「師匠、顔色が悪いですよ。酔いましたか?」
向かいの席に座る、おかっぱ頭の中学生――影山茂夫、通称「モブ」が心配そうに声をかける。彼こそが本物の超能力者であり、霊幻の飯のタネ……もとい、愛弟子である。
「いや、大丈夫だモブ。……ただの『霊気あたり』だ。この土地、磁場が狂ってやがる」
霊幻はもっともらしい嘘をつきながら、胃薬をペットボトルの水で流し込んだ。
(磁場どころの話じゃねぇぞ! ここは『呪術廻戦』の五条悟のナワバリだ! あいつはヤバい。現代最強の呪術師だ。関わったら最後、俺のインチキなんて六眼(りくがん)で一発バレして、社会的に抹殺されるか、最悪の場合『おもちゃ』にされる! それに、以前テレビのロケでここに来た時、俺は見ちまったんだよ……)
霊幻の脳裏に、数ヶ月前の記憶が蘇る。境港の商店街。そこで買い物をしていた、紅白の巫女服……ではなく、私服姿の少女。博麗霊夢。『東方Project』の主人公。幻想郷の守護者。彼女が歩いているのを目撃した瞬間、霊幻はガタガタ震えていた。
(幻想郷と現世が繋がってるのか!? それとも転生者か!? どっちにしろ、関わっちゃいけない奴だ!)
さらに言えば、以前、鳥取の山奥で「蟲(むし)」の大量発生に巻き込まれた際、銀髪で片目を隠した白衣の男――ギンコとかいう蟲師と協力して解決したこともある。あの時も死ぬかと思った(冬山の気候で)。鳥取県は、オカルトのバーゲンセール会場なのだ。
「……師匠。でも、依頼料と交通費、全額前払いですし。断れないんじゃないですか?」
モブが淡々と言う。そう、今回の依頼は好条件すぎた。「旅館での怪奇現象の調査」。報酬は破格の三十万円。交通費・宿泊費別。金欠の霊とか相談所にとって、喉から手が出るほど欲しい案件だったのだ。
「ああ、分かってるよモブ! だから来たんだ! いいか、今回の作戦は『迅速かつ静密(スマート)』だ! ちゃちゃっと除霊して、誰にも――特に白髪の目隠し男とか、紅白の巫女とか、やたら強そうな小学生とかには会わずに帰るぞ!」
「はい、師匠」
電車が境港駅に到着した。ホームに降り立つと、ムッとした湿気と、濃密な妖気が肌にまとわりつく。駅のベンチには、アイス(パピコ)を食べている銀髪の美少女と、その横で参考書を読んでいる少年の姿があった。少女の方は、小学生とは思えない整った顔立ちをしているが、その瞳はどこか冷めていて、虚空を見つめているようだった。
「(……うわ、あの子。なんか『視えてる』目をしてるな)」
霊幻は直感的に目を逸らした。関わってはいけない。あれは「そっち側」の住人だ。モブもまた、少女の方を一瞥したが、すぐに興味を失ったように視線を戻した。彼らにとって、それはただの「境港の日常風景」でしかなかった。
駅からタクシーで数分。港に近い一角に、古風な佇まいの旅館があった。「境界楼(きょうかいろう)」。創業百年を超える老舗だが、最近、不穏な噂が立っているという。
「お待ちしておりました、霊幻先生」
着物姿の女将が出迎えてくれた。彼女の顔色は悪く、心労が重なっているようだ。
「ええ、遠路はるばる参りました。……この『世紀の霊能力者』霊幻新隆に任せれば、どんな悪霊もイチコロですよ」
霊幻は名刺を渡し、自信満々に笑ってみせた。内心では(早く帰りたい)と唱えながら。
「それで、具体的な現象というのは?」
ロビーのソファに座り、霊幻は切り出した。
「はい……。ここ数日、館内の空間がおかしくなるんです。廊下が無限に続いたり、二階に上がったはずが一階に戻っていたり……。お客様が迷子になって、パニックになることが相次ぎまして。警察にも相談したんですが、『建物の老朽化による錯覚』と相手にしてもらえず……」
「(空間異常……ポルターガイストの上位版か? モブなら祓えるか?)」
霊幻がチラリとモブを見る。モブは出されたお茶をズズズと啜りながら、コクリと頷いた。頼もしい。さすが時給850円(当時の最低賃金ギリギリ)の最強超能力者だ。
「分かりました。おそらく、地縛霊の仕業でしょう。私が『ソルトスプラッシュ』で浄化します」
「ありがとうございます……! あ、それと、もう一人お客様がいらしてまして」
「客?」
「はい。今日は貸切にする予定だったんですが、どうしてもとおっしゃる常連様でして……。不思議な方で、『私がいる間は何も起きないから安心なさい』と……」
その時だった。ロビーの奥、日本庭園を望む縁側の方から、優雅な声が響いた。
「あら、女将さん。新しいお客様?」
霊幻の心臓が、早鐘を打った。その声には、独特の「圧」があった。人間のものではない、もっと上位の存在が放つ、絶対的な自信と余裕。縁側に座っていたのは、一人の女性だった。年齢不詳。艶やかな紫色の浴衣を緩く着崩し、手には扇子を持っている。長い金髪。妖艶な笑み。そして何より、彼女の周囲の空間が、陽炎のように揺らめいている。
「(……ッ!?)」
霊幻の「転生者知識(オタク・データベース)」が、瞬時に検索結果を弾き出した。紫(ゆかり)。スキマ妖怪。幻想郷の賢者。八雲紫(やくも ゆかり)。
(ウ、ウソだろオイィィィィ!! なんでラスボス級がいんだよ!! いや待て、落ち着け霊幻新隆。ここは現実だ。幻想郷じゃない。確かこの世界の八雲は、妖怪じゃなくて『人間』で、J-GOC(日本政府オカルト連合)の支部長って設定だったはず……!)
そうだ。以前、ネットのオカルト掲示板(裏サイト)で見た情報だ。この世界の「八雲」は、境界を操る程度の能力を持つ、特異体質の人間。……だとしても、ヤバいことには変わりない。国家権力側の人間で、しかも能力はチート級だ。
「初めまして。……同業者かしら?」
八雲が立ち上がり、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。その一歩ごとに、距離感が狂うような感覚に襲われる。
「あ、いや、その! 私は霊能力者といいますか、心霊コンサルタントといいますか!」
霊幻は必死に笑顔を作った。背中を冷や汗が伝う。
「ふうん。……霊力は皆無ね」
八雲が扇子で口元を隠し、クスクスと笑った。見抜かれている。だが、彼女の目は笑っていなかった。
「でも、貴方。……随分と『視えて』いる顔ね。私のことが、妖怪に見えたかしら?」
「ヒッ! い、いえ滅相もございません! ただ、あまりにお美しいので、この世の方とは思えず……アハハ!」
霊幻は全力で胡麻を擂った。八雲は「あら、お上手」と微笑んだが、その視線は霊幻の後ろにいるモブに向けられた。
「……そっちの子は、本物ね。面白いわ。空っぽの師匠と、器いっぱいの弟子。……いいわ。貴方たち、この旅館の異変、解決できるのかしら?」
「も、もちろんですとも! そのために来ましたから!」
「なら、お手並み拝見といきましょうか。……ちょうど、始まったみたいだし」
ガガガガガ……! 八雲の言葉と同時に、旅館全体が激しく振動した。地震ではない。ロビーの景色が、ぐにゃりと歪んだ。壁が床になり、天井が遠ざかり、出口のドアが消滅する。
「ひぃっ! またです! また始まりました!」
女将が悲鳴を上げる。
「(始まったじゃねぇよ! なんだこれ、結界か!? 領域展開か!?)」
霊幻はパニック寸前だったが、弟子の手前、平静を装った。
「落ち着いてください女将さん! これは……そう、ポルターガイストの一種、空間的振動現象です! モブ、出番だ! 俺が指示を出すから、お前がやれ!」
「はい、師匠」
モブが前に出る。彼の表情は変わらない。だが、その学ランが、見えない力の風でふわりと浮き上がった。
空間が迷宮化していく。廊下がメビウスの輪のように繋がり、重力がデタラメになる。これは、先日の「聖杯戦争」の余波だ。ベルンハルトが黒山で儀式を行った際、境港全体の霊脈を強引に吸い上げた影響で、地下深くに眠っていた古い「境界線(断層)」がズレてしまったのだ。そこから溢れ出した「澱(おり)」が、この旅館を侵食している。
「あらあら。思ったより根が深いわね」
八雲は、歪んだ空間の中でも平然とお茶を飲んでいた。彼女なら指先一つで修復できるだろう。だが、彼女は「非番」を理由に、あくまで観客に徹している。これはテストだ。この怪しい霊能力者たちが、魔都・境港で生き残る資格があるかどうかの。
「(くそっ、あの人、完全に楽しんでやがる!)」
霊幻は歯噛みする。目の前の空間から、黒い不定形の影――「境界の怪異」が滲み出てくる。物理攻撃無効。こちらの認識を狂わせる精神汚染攻撃持ち。
「モブ! あれは『悪意の塊』だ! 物理じゃ効かないぞ!」
「分かりました」
モブが右手をかざす。カッ! 虹色のオーラが、モブの全身を包み込んだ。超能力。呪力でも魔術でもない、純粋な精神エネルギーの具現化。
「消えろ」
ドォォォォン!! モブの念動力が、怪異を「空間ごと」ねじ切った。術式も理屈もない。圧倒的な出力による、ゴリ押し。歪んでいた廊下が、強引に元の形に叩き直される。怪異は断末魔を上げる暇もなく、光の粒子となって霧散した。
「……ほう」
八雲が扇子を閉じた。彼女の目に、驚きの色が浮かぶ。
「術式による解呪じゃなくて、力技で『境界』を上書きした? ……あの子、リミッターを外せば私とも戦えるかもしれないわね」
八雲の呟きを聞いて、霊幻の胃がキリキリと痛んだ。(やめてくれ! モブをそんな物騒な奴らのスカウトリストに入れないでくれ!)
「師匠、終わりました」
モブが振り返る。汗一つかいていない。
「うむ! よくやったモブ! 俺の『ソルトスプラッシュ』で弱らせておいたおかげだな!」
「はい、師匠のおかげです」
よし、これで解決だ。さっさと報酬をもらって、このヤバい街からおさらばしよう。霊幻がそう思った、次の瞬間だった。
「おーい、八雲さーん。いるー?」
間延びした、しかし絶対的な存在感を持つ声が、玄関の方から聞こえてきた。
「(……ッ!?)」
霊幻の動きが凍りついた。この声。前世のテレビやネットで何度も聞いたことがある。そして、この街の「顔役」として君臨する男の声。自動ドアが開き、長身の男が入ってきた。黒い服。目元を覆うアイマスク。白髪。
五条悟。
現代最強の呪術師が、コンビニ袋(スイーツ入り)を提げて、ひょっこりと現れたのだ。
「(終わった……。人生詰んだ……)」
霊幻新隆、28歳。今、人生最大のピンチを迎えていた。
旅館のロビーに、軽い足音が響く。自動ドアをくぐり、ひょっこりと現れた長身の男。黒い服に、目元を覆うアイマスク。そして、重力を無視して逆立った白髪。五条悟。現代最強の呪術師であり、御三家・五条家の当主。この魔都・境港においては、超常界隈の改革派の筆頭であり、京(東京・京都)からやってきた「裏の地元の名士」として畏れられる存在だ。
「やっほー八雲さん。非番なのに仕事? 真面目だねー」
五条はコンビニ袋(高級スイーツ入り)を提げたまま、まるで近所のコンビニに来たかのような気安さで手を振った。一方、霊幻新隆は凍りついていた。心臓が早鐘を打ち、冷や汗が滝のように背中を流れる。
「(……出た。出やがった)」
霊幻の脳内データベースが、けたたましい警報を鳴らす。『呪術廻戦』におけるパワーバランスの天井。性格は最悪だが、実力は神の領域。以前、ダークウェブの裏掲示板(あるいは削除される前のオカルトスレ)で見た情報によれば、この世界の五条悟は原作以上に自由奔放で、気に入らない上層部を物理的に黙らせているという噂もある。
(マズい。非常にマズい。俺みたいなインチキ霊能力者が、本物の最強の目の前にいる。しかも、モブの力を『俺の手柄』にしようとした直後だ。バレたら……社会的に抹殺されるか、呪術的な実験台にされるか……!)
霊幻は必死に表情筋を固定した。詐欺師の鉄則。窮地に陥った時ほど、堂々としろ。
「あら、五条さん。お久しぶり」
八雲が優雅に扇子を振る。
「貴方が来ないから、私がお客様をもてなしていたのよ。……素敵な『プロ』の方たちをね」
「へぇ?」
五条がアイマスク越しに、霊幻とモブを見た。その視線が、物理的な熱量を持って肌を刺す。六眼(りくがん)。呪力、術式、情報のすべてを視認する神の眼。五条の視線が、まず霊幻に向けられる。一瞬で通り過ぎる。興味なし、といった風に。そして、その視線は隣のモブ(影山茂夫)に固定された。
「……面白いね、君」
五条がモブに近づく。その距離、わずか数センチ。
「呪力ゼロ。術式なし。魔力とも違う……なのに、身体の中にとんでもないエネルギーが渦巻いてる。脳のリミッターを外してるのかな? それとも、そういう『変異』?」
「あ、えっと……」
モブが困惑して霊幻を見る。五条はニヤリと笑った。
「君さ、僕のところに来ない? 呪術高専っていうんだけど(※この世界の五条は呪術高専の名誉講師で授業を受け持つ事は少ない)。君みたいな『規格外』の子、大歓迎だよ。制服もタダだし、美味しいお菓子も食べ放題。どう?」
スカウトだ。最強による、直接の引き抜き。
「(やめろォォォォ!! モブを取られたら俺の商売あがったりだ!!)」
霊幻の生活防衛本能が、恐怖を凌駕した。彼は震える足を踏ん張り、五条とモブの間に割って入った。
「ちょっと待ったァァァ!!」
霊幻が大声を張り上げる。ロビーの空気が凍りついた。女将が「ひぃッ」と口を押さえる。八雲が「あら」と目を細める。そして五条悟が、心底不思議そうに霊幻を見下ろした。
「……何? おじさん」
「お、おじさんじゃない! まだ二十代だ!」
霊幻は虚勢を張る。
「彼は! 私の弟子であり! 大切な『従業員』です! いきなり横から出てきて、引き抜きとは感心しませんな!」
「従業員?」
五条がキョトンとする。
「君、ただの一般人じゃん。呪力も霊力もスッカラカン。……詐欺師でしょ?」
ズバリと言われた。隠しようもない事実。六眼の前では、どんな変装も無意味だ。だが、霊幻は引かない。彼は「転生者」として、この世界の理不尽さを知っている。だからこそ、「こちらの土俵(一般社会の常識)」に引きずり込むしかない。
「さ、詐欺師とは失礼な! 私は『霊とか相談所』の経営者です!」
霊幻はスーツの襟を正した。
「いいですか、五条さん。……貴方は確かに強い。最強でしょう。ですがね! この子はまだ中学生なんです! 思春期の多感な時期に、呪術だの妖怪だの、血生臭い世界に放り込んでどうするんですか!?」
「……は?」
五条の動きが止まる。
「彼は力を持っている。だからこそ、力を特別視せず、あくまで『個性の一つ』として扱い、普通に悩み、普通に恋をし、普通に青春を送る権利がある! 貴方のところに行けば、彼は『兵器』として扱われるでしょう。ですが、私のところなら! 彼は『社会人としてのマナー』や『対人スキル』を学びながら、健全にアルバイトができるんです!」
霊幻は一気にまくし立てた。半分は自己保身だが、もう半分は本心だ。彼はモブを、ただの便利な道具だとは思っていない。師匠として、彼が道を踏み外さないように見守る義務があると思っている。
「最低賃金ですが、ちゃんと給料も払ってます! 労働基準法も遵守してます! 貴方のその……呪術高専? でしたっけ。そこは、ちゃんと『有給休暇』や『福利厚生』はあるんですか!?」
シン……と静まり返るロビー。八雲が扇子で顔を隠し、肩を震わせて笑っている。五条は、ポカンと口を開けていた。最強の呪術師に対して、「福利厚生」と「労働基準法」で殴りかかった男。そんな人間は、五条の人生で初めてだった。
「……あはははは!」
五条が爆笑した。腹を抱えて、涙が出るほど笑う。
「面白い! 君、最高だね! 呪力ゼロのくせに、僕に説教するなんてさ!」
「わ、私は事実を言ったまでです!」
「うん、そうだね。正論だ。確かに、うちはブラック寄りかもね。未成年を働かせてるし、死人も出るし」
五条はモブに向き直った。
「どうする? 君の師匠、ああ言ってるけど」
モブは、まっすぐな瞳で五条を見た。それから、霊幻を見て、小さく頷いた。
「……僕は、師匠のもとで働きます。師匠は、僕に『力の使い道』じゃなくて、『人としての生き方』を教えてくれるので」
「……だってさ」
五条は肩をすくめた。
「振られちゃったなー。残念」
五条は霊幻の肩をバンと叩いた。呪力強化された掌打。霊幻の骨がきしむ音がした。
「痛ってぇ!!」
「あはは、ごめんごめん。まあいいや。君が彼を『こちらの世界』に染めすぎないように守ってるってこと、認めてあげるよ」
五条の瞳が、スッと細められる。
「ただし。……その子がもし暴走して、君の手に負えなくなったら。その時は僕が『処理』するから。……責任持って、飼い慣らしなよ? 師匠さん」
強烈なプレッシャー。霊幻は膝が笑うのを必死に堪え、「……善処します」と答えるのが精一杯だった。
「……というわけで! 今回の件は無事解決です!」
霊幻は女将から報酬の封筒を受け取ると、逃げるように旅館を飛び出した。
「師匠、そんなに急がなくても……」
「馬鹿野郎! 長居は無用だ! あの五条って男、気まぐれでいつ『やっぱモブちょうだい』って言い出すか分からんぞ! それに、あの八雲って女も……二度と会いたくねぇ!」
霊幻とモブは、タクシーに飛び乗り、境港駅へと急いだ。駅のホーム。電車を待つ間、霊幻はベンチに座り込んで大きく息を吐いた。
「……はぁ。寿命が十年縮んだ」
「お疲れ様です、師匠」
モブが自販機で買った缶ジュースを渡してくれる。ふと、向かいのホームを見ると、見覚えのある二人組がいた。銀髪の少女と、荷物持ちの少年。少女は気怠げにスマホをいじり、少年は疲れ切った顔で遠くを見ていた。小鳥遊六花と、佐藤蓮。彼らもまた、この魔都で「日常」を送る住人たちだ。
「(……あの子たちも、苦労してそうだな)」
霊幻は、何故か彼らに親近感を覚えた。だが、関わるつもりはない。目が合わないように祈りながら、霊幻は到着した電車に駆け込んだ。
ガタンゴトン……。電車が動き出す。窓の外、遠ざかる境港の景色を見ながら、霊幻は心に誓った。
「二度と来るか、こんな魔境! 次はもっと、平和な……そうだな、調布あたりの『人面犬』の噂でも調査しよう」
最強の詐欺師は、最強の呪術師から逃げ切った。彼が守ったのは、弟子の日常と、自らの平凡な(?)生活。それはある意味、五条悟ですら成し得ない「偉業」なのかもしれなかった。