仮称:やる夫スレ的世界でオカルトやってくー   作:水野芽生

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038.1 努力の天才と、奇妙な男爵の課外授業

 

 放課後の境港。水木しげるロードから少し外れた、港の倉庫街近くに、ツタの絡まる古びたレンガ造りの洋館があった。かつて貿易商が使っていたとされる廃屋だ。

 速水冴(はやみさえ)は、地図を片手にその鉄扉の前に立っていた。

 

「……ここ? 本当に入るの?」

 

 常識的に考えれば、不審者についていくなど言語道断だ。だが、今の冴には藁にもすがる思いがあった。脳裏に焼き付いているのは、小鳥遊六花の涼しい顔と、あの圧倒的な背中。『努力』が『才能』に踏み潰された瞬間の屈辱。

(……強くなれるなら、悪魔に魂を売ってでも!)

 ギギーッ……。重い扉を押し開け、中に入る。薄暗いホールには、なぜかクラシック音楽(オペラ)が流れていた。そして、中央には一本のろうそくが立てられたテーブルがあり、例の男が優雅にワイングラスを傾けていた。

 

「Bon giorno(ボンジョルノ)。ようこそ、迷える子羊よ。いや、飢えた若き獅子と言うべきかな?」

 

 男はシルクハットを取り、大仰なポーズで挨拶した。ジュリアス・ツェペリ(自称)。この世界におけるツェペリ家の末裔に転生し、「波紋の呼吸」と「師匠ムーブ」をこよなく愛する、愛すべき変人である。

 

「……本当に強くなれるんでしょうね? あの怪物(六花)に勝てる方法があるのよね?」

 

 冴は単刀直入に尋ねた。

 

「Oui(ウィ)。……おっと、イタリア語だった。Sì(スィ)。君には才能がある。筋肉の質、骨格、そして何よりその『負けん気』。だが、君のエンジンは酸素不足だ」

 

 ジュリアスは指をパチンと鳴らした。

 

「いいですか。人間が一生のうちに使う潜在能力は、わずか30%と言われています。ですが、ある特別な呼吸法を行うことで、血液中の酸素濃度を極限まで高め、細胞のエネルギーを爆発させることができる。それが仙道……すなわち『波紋法』!」

 

「波紋……?」

 

 冴は眉をひそめた。オカルトだろうか? 

 

「論より証拠。これを見ていただきましょう」

 

 ジュリアスは懐から、一匹のカエル(ゴム製の水風船)を取り出した。そして、そのカエルをテーブルの大理石の上に置いた。

 

「メメタァ!」

 

 ジュリアスが奇声を上げて、カエルに拳を叩き込んだ。カエルは無傷。だが、その下にある大理石が、バゴォォン! と音を立てて粉砕された。

 

「……ッ!?」

 

 冴は絶句した。カエル(水風船)は凹んですらいない。なのに、下の石だけが割れた? 

 

「これが波紋の衝撃伝導。呼吸によって練り上げた生命エネルギーを、対象を通して叩き込む技術です。これを応用すれば……君の肉体は、鋼鉄をも砕く武器になる!」

 

 ジュリアスはニヤリと笑った。

 

「さあ、始めましょうか。地獄の特訓……名付けて『地獄昇柱(ヘルクライム・ピラー)』ならぬ、『港湾倉庫ランニング・ウィズ・マスク』を!」

 

 ◇

 

 特訓は、想像を絶するほど地味で、過酷だった。

 冴は、工事現場用の防塵マスクをつけさせられ、倉庫の中を走り回らされていた。ただし、ただ走るだけではない。

 

「コォォォォォ……!!」

 

 ジュリアスが奇妙な呼吸音を立てながら、竹刀を持って追いかけてくる。

 

「呼吸を乱すな! リズムを刻め! 吸う時は横隔膜を下げ、吐く時は腹筋を収縮させる! 肺胞の一つ一つまで意識を行き渡らせるのです!」

 

「ぐっ……うぅ……っ!」

 

 冴は酸欠で目の前がチカチカしていた。マスクのせいで空気が薄い。肺が焼けそうだ。

 

「小鳥遊六花は、この呼吸を24時間行っています! 寝ている時も、食べている時も! 君は凡人だ。ならば、彼女が寝ている間に3倍の密度で呼吸しなさい!」

 

 その言葉が、冴の心に火をつけた。(あいつがやってるなら……私にできないわけがない!)

 

「フゥ──ッ! フゥ──ッ!」

 

 冴の呼吸が変わった。苦し紛れの喘ぎから、深く、力強いリズムへ。血液が沸騰するような感覚。指先がジンジンと熱くなり、視界がクリアになっていく。

 

「Bene(良し)! その感覚です! 血液に波紋のビートを刻みなさい!」

 

 ジュリアスは満足げに頷いた。(……素晴らしい。この子は『覚悟』が決まっている。あの六花という少女がジョナサン級の天才なら、この子は努力で運命を切り開くシーザー、あるいはジョセフの器だ!)

 

 ◇

 

 1週間後。冴は、水の入ったコップを片手に、平均台の上を走っていた。一滴もこぼさずに。

 

「コォォォォォ……」

 

 冴の口元から、白い蒸気が漏れる。彼女の身体は、以前とは別人のように引き締まっていた。無駄な脂肪が落ち、筋肉がしなやかなバネのように躍動している。

 

「ラスト1周!」

 

 ジュリアスの声に合わせて、冴が加速する。平均台の端で跳躍。空中で一回転し、見事な着地を決める。コップの水は、表面張力で盛り上がったまま、一滴もこぼれていない。

 

「……できた」

 

 冴はマスクを外し、荒い息を吐いた。だが、その息はすぐに整い、静かなリズムを取り戻す。

 

「ブラボー! おお、ブラボー!!」

 

 ジュリアスが拍手喝采した。

 

「見事です、ミス・ハヤミ! 君は波紋の呼吸(の基礎)を習得しました! 今の君なら、握力計くらい軽く振り切れるでしょう」

 

 冴は自分の手を見た。微かに、指先から金色の光(プラズマのような火花)が出ている気がする。これが、波紋。生命のエネルギー。

 

「……勝てる? これで、あいつに」

 

「勝てますとも。……いずれはね」

 

 ジュリアスは含みを持たせて笑った。

 

「小鳥遊六花は、才能の怪物です。ですが、波紋は『人間讃歌』。勇気の力です。君が努力を止めず、その呼吸を磨き続ければ……いつか彼女の横に並び、そして追い抜く日が来るでしょう」

 

 ジュリアスは、ツェペリ家の魂(と転生者としての知識)を込めて告げた。

 

「君の運命は、君自身が切り開くのです。……さあ、明日の朝練からは『水上歩行』をやりますよ!」

 

「はぁ!? 水の上!?」

 

 冴が叫ぶ。

 

「当然です! 波紋使いなら水の上くらい歩けなくてどうします! ついでに、壁を油で濡らして登る『地獄昇柱(ヘルクライム・ピラー)』簡易版も用意しました!」

 

「……あんた、やっぱり頭おかしいわよ!」

 

 冴は悪態をつきながらも、その表情は明るかった。絶望は消えていた。あるのは、明確な目標と、それを掴み取るための「道(手段)」を手に入れた自信。

 

(待ってなさい、小鳥遊六花。次は……絶対に、あんたの背中を捕まえてみせる!)

 

 こうして、白浜中学校には、「呪術と天賦の才を持つ怪物・六花」と、「波紋と努力の戦士・冴」という、二人の超人が並び立つことになったのである。

 ……まあ、六花本人は「なんか速水さん、最近キラキラ光ってない? 静電気?」くらいにしか思っていないのだが。

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