仮称:やる夫スレ的世界でオカルトやってくー   作:水野芽生

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佐藤蓮に遅れていた夏(厨二病)が来た!


044 概念封鎖された夏と、銀色のスプリンター

 

 6月。日本海から湿った温風が吹き込み、境港白浜中学校の生徒たちの制服が、濃紺のブレザーから爽やかな白シャツへと一斉に切り替わる季節。教室の窓から差し込む初夏の日差しは、僕──佐藤蓮(さとう・れん)にとって、ある種の「毒」のように眩しかった。

 

「んーっ! 暑いねー!」

 

 隣の席で大きく伸びをした少女──六花(りっか)ちゃんを見て、僕は思わず視線を泳がせた。夏服への衣替え。それは、彼女の「異常性」をより際立たせるイベントでもあった。

 彼女の身長は、中学一年生にして百六十センチ後半。クラスの女子の中では頭一つ抜けており、男子である僕と並んでも変わらない。だが、真に目を引くのはその高さではない。その「造形」だ。無防備に上げられた両腕。短めの袖口から覗く二の腕は、白く滑らかでありながら、内部に鋼のような筋肉の躍動を秘めている。そして、薄手の白いシャツが背伸びの動作で引っ張られ、露わになる腹部のライン。──割れている。可憐な少女の腹部に、彫刻のような美しい陰影が浮き上がっているのだ。それはボディビルダーのような威圧感ではなく、豹やチーターのような、しなやかで機能的な美しさだった。

 銀色のセミロングヘア。その毛先だけが、まるで桜の花弁に浸したように淡いピンク色に染まっている。汗ばんだ首筋に張り付く銀糸のような髪が、彼女が動くたびにキラキラと光を弾く。

 

「……蓮くん? どうしたの、顔赤いよ? 熱中症?」

 

 六花ちゃんが、キョトンとした顔で覗き込んでくる。その瞳は澄んでいて、底抜けに明るい。四月の入学当初、彼女が異常なハイテンションで学校中を駆け回っていたのは、彼女が抱える精神的な波──軽度の躁状態への移行期だったからだ。今は少し落ち着いているとはいえ、その内側に秘めたエネルギーは、いつ爆発してもおかしくない臨界点にある。

 

「……なんでもない。ただ、太陽フレアの影響で『魔力(マナ)』の濃度が上がっているな、と感じていただけだ」

 

 僕は咳払いをし、少し顎を上げて答えた。最近、僕は気づいてしまった。この世界の裏側を知る者として、相応の振る舞いが必要だと。

 

「まな? ああ、紫外線ね。日焼け止め塗らなきゃ」

 

 六花ちゃんはケロリと言い、シャツのボタンを一つ外して首元を仰いだ。

 

 その時、前の席の男子生徒たちが話し始めた。

 

「なぁ、昨日の夜、また図書室で『虎』が出たらしいぜ」

 

「マジ? またかよ。四月の時よりデカかったって噂だぞ」

 

 僕は耳をそばだてた。第二次・山月記タイガー事件。昨夜、再び図書室の結界が緩み、具現化した概念猛獣が暴れた件だ。もちろん、処理したのは僕たち郷土史研究部(実質的な対怪異処理班)である。

 

「でもさ、親にLINEで教えようとしたら、変換がおかしくなるんだよな」

 

「わかる! 『虎が出た』って打つと、勝手に『配管が破裂した』って送信されんの。バグか?」

 

「動画撮ってもモザイクかかるしなー」

 

 彼らは「バグ」として処理しているが、その実態は違う。

 

「……『概念封鎖(コンセプチュアル・ロック)』か」

 

 僕は小声で呟き、眼鏡の位置を直した。

 

「この学園都市は、外部への情報流出を徹底的に遮断している。内部の人間同士では認識を共有できても、一歩外へ情報を持ち出そうとすれば、認識阻害プロトコルが作動し、事象が『常識的なトラブル』へと書き換えられる……」

 

 僕は横目で六花ちゃんを見た。彼女の方が、家庭の知識や直感でこの辺りの術式には詳しいはずだ。僕のこの解説も、彼女からすれば「釈迦に説法」だろう。だが、六花ちゃんはニッコリと笑って聞いてくれた。

 

「へぇー! 蓮くん、物知りだね! やっぱり『こんせぷとろっく』ってすごいんだ!」

 

「ふっ……まあな。この程度の知識、エージェントとしては初歩の初歩だ」

 

 彼女は優しい。あるいは、今は細かいことを気にしない「良い波」の状態なのかもしれない。このロックのおかげで、僕たちは学校内でどれだけ派手に暴れても、世間的には「やんちゃな中学生」あるいは「設備の故障」で済まされている。だが、それは同時に、僕たちがこの閉鎖空間の中に閉じ込められていることも意味していた。

 

 ◇

 

 午後二時。スピーカーから、鼓膜を劈くようなサイレンが鳴り響いた。

 

『緊急放送。校舎裏手の旧焼却炉付近にて、「大規模なガス漏れ」が発生しました。全校生徒は直ちにグラウンドへ避難してください』

 

 クラス中が「またかよー」「ガス漏れ多すぎだろこの学校」とダラダラ立ち上がる。だが、僕と六花ちゃんだけは、その放送の真意を読み取っていた。

 

「……ガス漏れ、という名の『瘴気汚染』だな」

 

 僕は立ち上がり、窓の外を睨んだ。空の一角が、紫色のドロドロとした靄に覆われている。

 

「封印指定区域の結界深度が低下している。……行くぞ、六花ちゃん。一般生徒を装いつつ、有事の際は即応対処だ」

 

「りょーかい! 避難訓練、全力で行くよ!」

 

 六花ちゃんが椅子を蹴って立ち上がる。彼女のテンションが高い。四月の時ほどではないが、瞳孔が少し開き気味で、戦闘意欲が過剰分泌されているのが分かる。

 グラウンドへの移動中、生徒たちはハンカチを口に当てて歩いているが、僕たちの目には、校舎の壁を這い回る無数の「黒い影」が見えていた。低級霊の群れだ。外部への通信はロックされているが、内部での視認は制限されていない。生徒たちも「なんか影が見える」「目の錯覚か?」とざわついている。

 その時だった。一匹の影が、避難列の最後尾を歩いていた女子生徒に向かって落下した。

 

「──ッ!」

 

 僕が警告を発するより速く、銀色の閃光が走った。

 

「どいてっ!」

 

 六花ちゃんだ。彼女は廊下を滑るように疾走し、女子生徒を抱きかかえて回転(ロール)。そのままの勢いで立ち上がると、迫りくる黒い影に対し、美しいハイキックを見舞った。

 バシュッ!! 空気を切り裂く音。夏服のスカートが限界まで広がり、鍛え上げられた脚線美が描く孤。彼女のローファーは、実体のないはずの霊体に物理的な衝撃を与え、壁際へと吹き飛ばした。

 

「ギャッ!?」

 

 影は悲鳴を上げて霧散する。

 

「……ふぅ、セーフ」

 

 六花ちゃんは、乱れた銀髪をかき上げ、汗ばんだ額を拭った。助けられた女子生徒は、ポカンとしていた。

 

「あ、ありがとう……六花ちゃん。今、何か蹴った?」

 

 概念ロックが仕事をする。女子生徒の目には、六花ちゃんが「転びそうになった自分を助けるために、落ちてきた看板か何かを蹴り飛ばした」ように映ったはずだ。

 

「うん! 虫が飛んできたから!」

 

 六花ちゃんは満面の笑みで答えた。無理がある言い訳だが、ロック補正でなんとかなるだろう。

 

「……六花ちゃん」

 

 僕は駆け寄り、小声で囁いた。

 

「ナイス判断だ。だが、その脚……『強化(ブースト)』かけてなかったか? 廊下の床、少し焦げてるぞ」

 

「えへへ、ちょっと力入っちゃったかも。最近、調子良すぎて身体がウズウズするんだよね!」

 

 彼女は自分の腹部をポンと叩いた。シャツ越しに響く、硬質な音。そのエネルギーの過剰供給こそが、彼女の危うさであり、最強の武器だ。

 僕はグラウンドの司令台を見上げた。ジャージ姿の鵺野先生が、腕を組んでこちらを見ている。その左手が微かに光った気がしたが、僕は気づかないふりをした。

 

 ◇

 

 放課後。生徒たちが「ガス漏れ騒ぎ」をSNSに投稿しようとして、「また配管かよw」と自動変換されたテキストに首を傾げながら帰宅した後。僕たちは、いつもの旧校舎『郷土史研究部』の部室にいた。

 窓全開の部室には、蚊取り線香の匂いが漂っている。部長の九条先輩(中学三年生)が、冷えた麦茶を出しながら、深刻な顔で切り出した。

 

「さて、二人とも。来週は何の日か知っているわね?」

 

「はい。夏至祭……じゃなくて、『プール開き』ですよね」

 

 僕が答えると、先輩は頷いた。

 

「そう。でも、今のままだとプール開きは中止になるわ。……水質調査で『異常』が出たの」

 

「大腸菌ですか?」

 

「『霊質(エクトプラズム)』よ」

 

 先輩は一枚の写真を取り出した。誰もいない夜の屋上プール。そのドス黒く濁った水面に、無数の青白い手と、黒い糸くずのようなものが浮かんでいる心霊写真だ。

 

「うわぁ、気持ち悪っ」

 

 六花ちゃんが素直な感想を漏らす。

 

「地下水脈から、厄介なモノが入り込んだみたいね。このまま授業を始めたら、生徒たちが次々と足を掴まれて底に引きずり込まれるわ」

 

「……なるほど」

 

 僕は眼鏡を押し上げ、ここぞとばかりに知識を披露した。

 

「この黒い糸状の物体……ただの藻じゃないですね。海流の淀みに集まる水死体の頭髪と、ヘドロが怨念で結びついた群体怪異、『髪縛の水屑(かみしばりのみくず)』と推測されます。水を吸って膨張し、物理攻撃に対して極めて高い耐性を持つ『流体装甲』を纏う。通常のエクソシズムでは祓えない、厄介な相手です」

 

 僕がペラペラと喋ると、六花ちゃんが目を輝かせた。

 

「すごーい! 蓮くん、妖怪博士だね!」

 

「ふっ……敵を知り己を知れば百戦危うからず。基本だよ」

 

 実際は、六花ちゃんの『六眼』の方が、どうやって殴れば一番効くかを感覚的に、かつ完璧に理解しているはずだ。彼女は優しいから、僕に花を持たせてくれているだけだ。九条先輩も、微かに笑って話を続けた。

 

「というわけで、これからの放課後。プール掃除と称して『駆除』を行うわ。六花ちゃんには、前衛をお願いできる?」

 

「もちろんです! 水着に着替えればいいですか?」

 

「ええ。あと、武器はこれを使って」

 

 先輩がロッカーから取り出したのは、柄の部分に呪符がびっしりと貼られた、柄の長い『対魔デッキブラシ』だった。

 

「わぁ! 魔法の杖みたい!」

 

 六花ちゃんがブラシを構え、ブンと振る。その風切り音だけで、部室の空気がビリビリと震えた。

 

「蓮くんは、結界の維持と、六花ちゃんのサポートをお願いね」

 

「……善処します」

 

 僕は溜息交じりに答えた。窓の外では、入道雲が湧き上がっている。この学校は要塞であり、鳥籠であり、そして僕たちの戦場だ。外部への助けは呼べない。概念ロックされた世界の中で、僕たちは誰にも知られずに、この日常を守り抜くしかない。

 

「楽しみだね、蓮くん! プール!」

 

 六花ちゃんが、屈託のない笑顔で僕の背中を叩いた。バシンッ! ……痛い。背骨が軋んだ。彼女の「軽度の躁状態」はまだ続いているらしい。この夏、僕の胃薬と背骨が持つかどうか。それが今の最大の懸念事項だった。

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