仮称:やる夫スレ的世界でオカルトやってくー   作:水野芽生

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H.R.2 博麗の巫女、黒山に漂着す

 

 鳥取県境港市、黒山(くろやま)。

 

 地図上には存在しない、あるいは意図的に消去されているこの山岳地帯は、昼なお暗い原生林に覆われている。

 

 湿った苔の匂いと、どこか鉄錆のような臭気が漂うこの魔境の中腹に、「それ」は鎮座していた。

 

 朱色の鳥居。綺麗に掃き清められた石畳の参道。そして、古風だが手入れの行き届いた拝殿。

 

 博麗神社(はくれいじんじゃ)。

 

 本来この場所には存在しないはずの、境界の神社である。

 

「……はぁ。また湿気が上がってきたわね」

 

 長い黒髪に大きな赤いリボンを結んだ少女――博麗霊夢は、竹箒を動かしながら深いため息をついた。

 彼女の視線の先、木々の切れ間からは、弓ヶ浜の美しい曲線と日本海が見下ろせる。

 

(景色だけはいいんだけどね。……前いた島根半島の方が、まだ空気がカラッとしてた気がするわ)

 

 彼女は前世の記憶を反芻する。

 

 かつて(前世で)島根県の由緒ある神社で宮司を務め、神職階位「明階(めいかい)」まで上り詰めた彼女にとって、神社の「立地」は死活問題だ。

 

 この「博麗神社」は、まるで漂流船のように空間を移動する性質を持っていた。

 

 長野の山奥で目覚め、数ヶ月前に島根半島の美保関へ転移し(そこで配送業者の男を一人助けた)、そして今度は、この境港市の「黒山」へと流れ着いたのだ。

 

「土地神への挨拶回りは済ませたし、結界の杭も打ち直した。……あとは」

 

 霊夢は賽銭箱を覗き込んだ。

 

 空っぽだ。

 

 島根時代に須藤という男が入れた数千円は、すでに神社の修繕費(と通販の送料)に消えた。

 

「……客、来ないわよねぇ。こんな自衛隊の封鎖エリア内じゃ」

 

 そう。ここは一般人立ち入り禁止区域。

 

 来るのは夜な夜な結界を叩く「泥の怪異」か、迷い込んだ野生動物くらいだ。

 

 ザッ、ザッ、ザッ。

 

 不意に、参道の入り口から、規則正しい足音が聞こえてきた。

 

 動物ではない。軍靴の音だ。

 

「……あら、招かれざる客ね」

 

 霊夢は箒を止め、スッと背筋を伸ばした。その佇まいは、怠惰な少女から、一級神職のそれへと瞬時に切り替わった。

 

 現れたのは、迷彩服に身を包み、小銃を携行した四名の男たちだった。陸上自衛隊・対アノマリー特殊作戦群(J-GOC管轄下)の斥候部隊。

 

 彼らは鳥居の前に立ち、信じられないものを見る目で神社を見上げていた。

 

「……おい、なんだこれ。地図にないぞ」

「昭和の古地図にも載っていませんでした。……未確認構造物(アンノウン)です」

 

 隊長らしき年配の男が無線で報告を入れる中、先頭に立っていた若い隊員が、緊張した面持ちで一歩踏み出した。

 

 まだ二十歳そこそこだろうか。正義感と使命感に燃えている目だ。

 

「そこの民間人! 直ちに手を上げてこちらへ来なさい!」

 

 若い隊員が霊夢に銃口を向け……かけ、すぐに下ろした。相手が非武装の少女だと気づいたからだ。自衛隊としての理性が働いている。

 

「ここは指定特別警戒区域です! 一般人の立ち入りは禁止されています。即刻退去してください!」

「退去って言われてもねぇ」

 

 霊夢は困ったように肩をすくめた。

 

「見ての通り、私はここの管理者よ。神社ごと引っ越せって言うなら、トラックの手配でもしてくれるの?」

「ふざけないでください! この山は危険なんです! 貴方の安全のためにも……」

 

 若い隊員は、霊夢を保護しようと焦っていた。

 

 この山がどれほど危険かを知っているからこそ、少女が一人でいることが信じられないのだ。

 

 彼は説得のために、鳥居をくぐり、境内へ入ろうとした。

 

「あ、待ちなさい。そこは――」

 

 霊夢の警告は、一瞬遅かった。

 

 隊員のブーツが、鳥居の下の結界ラインを踏み越えた瞬間。

 

 バヂィッ!!

 

「うわぁっ!?」

 

 見えない壁に弾かれたように、若い隊員が後方へすっ飛ばされた。

 

 怪我はない。柔道の受け身のように、ふわりと地面に転がされる。

 

 それは攻撃ではなく、神域への不浄な侵入を拒む「正規の拒絶」だった。

 

「なっ……!?」

「だ・か・ら、言ったでしょ。ウチの神様、無作法な人は嫌いなのよ」

 

 霊夢は箒を構え、呆れたように言った。

 

 他の隊員たちが一斉に銃を構える。空気が張り詰めた。

 

「撃つな!」

 

 鋭い声が響いた。

 

 無線で交信していた隊長が、血相を変えて制止したのだ。

 

「銃を下ろせ! 敵対行動をとるな!」

 

「しかし隊長! 未確認の霊的障壁を展開されました!」

 

「馬鹿野郎、上からの命令だ! よく見ろ、その扁額(へんがく)を!」

 

 隊長が指差したのは、鳥居に掲げられた看板だ。

 

 そこには、力強い筆文字で『博麗神社』と刻まれている。

 

「博麗……神社……?」

 

 若い隊員が呟く。

 

 隊長は冷や汗を拭いながら、霊夢に向かって居住まいを正した。

 

 そして、驚くべきことに、深々と頭を下げたのだ。

 

「……失礼いたしました。貴殿が、噂の『博麗の巫女』殿でありますか」

 

「あら? 話が早そうね」

 

 霊夢は少し驚いた。

 

 どうやら、自分(あるいは神社)の名前は、一部の界隈ではすでに知れ渡っているらしい。

 

 隊長は部下たちを手で制し、申し訳なさそうに言った。

 

「司令部より通達がありました。『黒山に出現した神社については、友好的な第三勢力と認定する。干渉せず、丁重に扱え』と」

「へえ。物分かりがいい上司がいるのね」

「なんでも、上層部の分析官が……『まさか、あの幻想の社が実在したとは』と、ひどく興奮しておりまして。(そりゃ実在しているからこうなるのに、何を言ってるんだか)」

 

(……あ、これ上層部にオタクがいるパターンだわ)

 

 霊夢は内心でガッツポーズをした。

 

 2013年。ネットの裏社会にはこの世界には存在しないはずの「東方」の知識を持つ人間が潜んでいる。それが吉と出た。

 

「そういうことなら、話は簡単ね」

 

 霊夢はニコリと笑い、箒で賽銭箱をポンと叩いた。

 

「ここは博麗神社。来る者は拒まないけど、タダではないわ。……特に、国を守る立派な方々なら、神様への敬意(カンパ)も弾んでくれるわよね?」

 

 隊長は一瞬きょとんとしたが、すぐに苦笑して頷いた。

 

「……承知いたしました。本日の巡回における『安全祈願料』として、処理させていただきます」

 

 こうして、博麗神社と自衛隊の間に、奇妙な不可侵条約が結ばれた。

 

 それは同時に、霊夢がこの「境港の魔境」において、公的な立場(?)を得た瞬間でもあった。

 

(よし。これでライフラインは確保できそうね)

 

 賽銭箱に投入される千円札の束を見ながら、元・一級神職の少女は、したたかな笑みを浮かべるのだった。

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