地底へ降りる縦穴は、熱を帯びていた。
硫黄の匂い。
湿った岩肌。
赤く脈打つ地底の光。
足場は不安定だが、霊夢は迷いなく降りる。
魔理沙はその少し上、箒で高度を保ちながら追う。
「……静かだな」
旧都が近い。
本来なら、鬼の豪快な笑い声と、杯のぶつかる乾いた音が地底全体に反響しているはずだ。
だが今は。
何もない。
霊夢が足を止めた瞬間、視界の端で火の粉が舞う。
次の瞬間、足元の影が膨らむ。
怨霊。
十、二十、三十。
数は多い。だが、どれも輪郭が曖昧だ。
「来るわよ」
霊夢が跳ぶ。
怨霊が一斉に円形展開。
低速の青弾を、層のように重ねて放つ。
いわゆる固定拡散弾幕。密度重視。
霊夢は最小移動で抜ける。
左右に小刻み、半歩ずつ。
弾の隙間は狭いが、規則的。
――規則的な、はずだった。
一体の怨霊が急に濃くなる。
青が深くなる。
同時に、弾速が跳ね上がる。
「っ、来る!」
魔理沙が急旋回。
星弾を連射。高速直線弾で怨霊を削る。
だが怨霊は隊列を崩し、放射状へ移行。
青弾と赤弾が混ざる。
霊夢は札を三枚、扇状に投げる。
直線誘導。三体を貫通。
だが、消え方が妙だ。
貫かれた胴体だけが消え、頭部が半拍遅れて崩れる。
「……?」
そのわずかな視線の揺れ。
横合いから高速赤弾。
霊夢は即座に上昇。髪をかすめる。
魔理沙が叫ぶ。
「集中しろ!」
「してるわよ」
怨霊が再編成。
今度は縦列。
波状弾。いわゆる段差撃ち。
美しい。
だが弾の間隔が、わずかに揺らぐ。
霊夢は結界を展開。
半透明の円が広がり、接触した弾を弾く。
砕ける。
だが、音が遅れる。
ぱん、と弾けるはずが、
……ぱ、ん、と二拍に分かれる。
魔理沙がスペルカードを掲げる。
「星符『ドラゴンメテオ』!」
巨大な星弾が上空に生成される。
数瞬停止。
次の瞬間、垂直落下。
爆風が地底を揺らす。
衝撃波が怨霊群を吹き飛ばす。
だが爆炎の中、数体が“揺らいだまま”残る。
消えきらない。
霊夢は追撃。
「夢符『封魔陣』」
地面に赤い陣が広がる。
陣から立ち上る光柱が、残存する怨霊を包む。
今度は確実に、霧散。
静寂。
霊夢が着地する。
呼吸は乱れていない。
「弱いわね」
魔理沙が降り立つ。
「いや、妙だ」
「妙?」
「強くなったり、弱くなったりしてる。統一感がねぇ」
霊夢は否定しない。
旧都の入り口が見える。
灯りはついている。
だが人影がない。
石畳には、こぼれた酒の匂いだけが残る。
そのとき。
炎が走る。
横一文字。
二人の間を切り裂くように。
「止まりな!」
現れたのは
火焔猫燐 。
背後で火車が回転する。
車輪に絡む青白い炎。
燐が地面を蹴る。
高速接近。
炎弾を円環状にばらまく。
弾は外周で加速する、いわゆる外周加速型。
霊夢は低空滑空で内側に潜り込む。
魔理沙が上空から星弾連射。
燐は火車を盾に回転防御。
星弾が炎に飲まれ、散る。
「地霊殿に何の用だい!」
「異変よ」
霊夢は踏み込み、札を連打。
燐は後退しながら火炎波を直線放射。
魔理沙が側面から撃ち抜く。
その瞬間。
炎の色が、一瞬だけ薄れる。
燐の尻尾が、わずかに透ける。
燐自身が気づき、動きが止まる。
「……今の」
霊夢は見ている。
だが何も言わない。
燐が歯を食いしばる。
「最近、こうなんだ」
炎を再点火。
今度は安定。
「怨霊も言うこと聞かない。旧都も騒がしくない」
魔理沙が低く言う。
「さとりは?」
燐は一瞬迷い、そして背を向ける。
「来な。直接話したほうがいい」
火車の炎が消える。
旧都は静まり返ったまま。
杯も、笑い声もない。
霊夢は地底の天井を見上げる。
赤い岩盤。
いつも通り。
ただ。
空気が、重い。
何が、と問われても答えられない程度に。
二人は地霊殿へ向かった。