東方幻忘霧   作:居酒屋の枝豆

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9「遅停」ー地底の恨みと火車の猫ー

地底へ降りる縦穴は、熱を帯びていた。

 

硫黄の匂い。

湿った岩肌。

赤く脈打つ地底の光。

 

足場は不安定だが、霊夢は迷いなく降りる。

魔理沙はその少し上、箒で高度を保ちながら追う。

 

「……静かだな」

 

旧都が近い。

 

本来なら、鬼の豪快な笑い声と、杯のぶつかる乾いた音が地底全体に反響しているはずだ。

 

だが今は。

 

何もない。

 

霊夢が足を止めた瞬間、視界の端で火の粉が舞う。

 

次の瞬間、足元の影が膨らむ。

 

怨霊。

 

十、二十、三十。

 

数は多い。だが、どれも輪郭が曖昧だ。

 

「来るわよ」

 

霊夢が跳ぶ。

 

怨霊が一斉に円形展開。

低速の青弾を、層のように重ねて放つ。

 

いわゆる固定拡散弾幕。密度重視。

 

霊夢は最小移動で抜ける。

左右に小刻み、半歩ずつ。

 

弾の隙間は狭いが、規則的。

 

――規則的な、はずだった。

 

一体の怨霊が急に濃くなる。

 

青が深くなる。

 

同時に、弾速が跳ね上がる。

 

「っ、来る!」

 

魔理沙が急旋回。

星弾を連射。高速直線弾で怨霊を削る。

 

だが怨霊は隊列を崩し、放射状へ移行。

青弾と赤弾が混ざる。

 

霊夢は札を三枚、扇状に投げる。

直線誘導。三体を貫通。

 

だが、消え方が妙だ。

 

貫かれた胴体だけが消え、頭部が半拍遅れて崩れる。

 

「……?」

 

そのわずかな視線の揺れ。

 

横合いから高速赤弾。

 

霊夢は即座に上昇。髪をかすめる。

 

魔理沙が叫ぶ。

 

「集中しろ!」

 

「してるわよ」

 

怨霊が再編成。

 

今度は縦列。

波状弾。いわゆる段差撃ち。

 

美しい。

 

だが弾の間隔が、わずかに揺らぐ。

 

霊夢は結界を展開。

半透明の円が広がり、接触した弾を弾く。

 

砕ける。

 

だが、音が遅れる。

 

ぱん、と弾けるはずが、

……ぱ、ん、と二拍に分かれる。

 

魔理沙がスペルカードを掲げる。

 

「星符『ドラゴンメテオ』!」

 

巨大な星弾が上空に生成される。

数瞬停止。

 

次の瞬間、垂直落下。

 

爆風が地底を揺らす。

衝撃波が怨霊群を吹き飛ばす。

 

だが爆炎の中、数体が“揺らいだまま”残る。

 

消えきらない。

 

霊夢は追撃。

 

「夢符『封魔陣』」

 

地面に赤い陣が広がる。

陣から立ち上る光柱が、残存する怨霊を包む。

 

今度は確実に、霧散。

 

静寂。

 

霊夢が着地する。

呼吸は乱れていない。

 

「弱いわね」

 

魔理沙が降り立つ。

 

「いや、妙だ」

 

「妙?」

 

「強くなったり、弱くなったりしてる。統一感がねぇ」

 

霊夢は否定しない。

 

旧都の入り口が見える。

 

灯りはついている。

 

だが人影がない。

 

石畳には、こぼれた酒の匂いだけが残る。

 

そのとき。

 

炎が走る。

 

横一文字。

 

二人の間を切り裂くように。

 

「止まりな!」

 

現れたのは

火焔猫燐 。

 

背後で火車が回転する。

車輪に絡む青白い炎。

 

燐が地面を蹴る。

 

高速接近。

 

炎弾を円環状にばらまく。

弾は外周で加速する、いわゆる外周加速型。

 

霊夢は低空滑空で内側に潜り込む。

魔理沙が上空から星弾連射。

 

燐は火車を盾に回転防御。

星弾が炎に飲まれ、散る。

 

「地霊殿に何の用だい!」

 

「異変よ」

 

霊夢は踏み込み、札を連打。

燐は後退しながら火炎波を直線放射。

 

魔理沙が側面から撃ち抜く。

 

その瞬間。

 

炎の色が、一瞬だけ薄れる。

 

燐の尻尾が、わずかに透ける。

 

燐自身が気づき、動きが止まる。

 

「……今の」

 

霊夢は見ている。

 

だが何も言わない。

 

燐が歯を食いしばる。

 

「最近、こうなんだ」

 

炎を再点火。

今度は安定。

 

「怨霊も言うこと聞かない。旧都も騒がしくない」

 

魔理沙が低く言う。

 

「さとりは?」

 

燐は一瞬迷い、そして背を向ける。

 

「来な。直接話したほうがいい」

 

火車の炎が消える。

 

旧都は静まり返ったまま。

 

杯も、笑い声もない。

 

霊夢は地底の天井を見上げる。

 

赤い岩盤。

 

いつも通り。

 

ただ。

 

空気が、重い。

 

何が、と問われても答えられない程度に。

 

二人は地霊殿へ向かった。

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