東方幻忘霧   作:居酒屋の枝豆

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「どくばり」じゃなくて「どくしん」って読むよ


10「毒針」ー地底のさとりー

地霊殿は、音を吸い込む建物だった。

 

赤い絨毯は足音を沈め、

高い天井は気配を溶かす。

 

燐に案内され、霊夢と魔理沙は応接間へ入る。

 

中央の椅子に座るのは

古明地さとり 。

 

第三の目が、静かに揺れている。

 

「いらっしゃい、博麗の巫女。霧雨魔理沙」

 

霊夢は前に立つ。

 

魔理沙は壁にもたれかかる。

 

「旧都が静かね」

 

霊夢が言う。

 

「ええ」

 

さとりは穏やかに答える。

 

「鬼の宴が三日続かないのは、珍しいことです」

 

燐が腕を組む。

 

「怨霊も妙だ。命令の通りに動かない」

 

「鈍いのよ」

 

霊夢が言う。

 

魔理沙が首を振る。

 

「いや、鈍いってより……薄い」

 

さとりの第三の目が、わずかに脈打つ。

 

「その表現は、正しいかもしれません」

 

沈黙。

 

部屋の奥の時計が、かちり、と鳴る。

 

次の音が来ない。

 

燐が振り返る。

 

「……また止まった」

 

「最近多いの」

 

さとりは淡々と言う。

 

「時間の流れそのものが乱れているわけではありません。ただ――」

 

「ただ?」

 

「数が、合わないのです」

 

霊夢が視線を向ける。

 

「数?」

 

「地底の怨霊の総数は、おおよそ把握しています」

 

「管理してるのか」

 

魔理沙が半ば感心したように言う。

 

「ええ。放っておくと地上へ溢れますから」

 

さとりは机の上に手を置く。

 

「ですが、ここ数日で、数が減っています」

 

霊夢が眉を寄せる。

 

「退治された?」

 

「いいえ」

 

燐が即座に否定する。

 

「あたいはやってない。勝手に消えてる」

 

その言葉に、部屋の空気がわずかに冷える。

 

「消えてる?」

 

霊夢が低く問う。

 

燐は言葉を探す。

 

「いなくなる、って言うか……」

 

「さっきまでいたはずのやつが、いない」

 

魔理沙が鼻を鳴らす。

 

「地底から逃げたんじゃないのか?」

 

さとりが静かに首を振る。

 

「地上へ向かった形跡はありません」

 

「跡が、残らないのです」

 

霊夢は黙る。

 

里の夜を思い出す。

 

“静かだ”と言っていた人間たち。

 

何が静かか、思い出せなかった顔。

 

さとりが続ける。

 

「鬼も同じことを言っています」

 

『何かが足りない』

 

「ですが、何が足りないのか分からない」

 

魔理沙が視線を逸らす。

 

「……地上でも似たようなことがあった」

 

霊夢はちらりと見る。

 

魔理沙は曖昧に言葉を濁す。

 

「夜が静かだってさ」

 

「でも、何が静かなのか分かってなかった」

 

さとりの目が揺れる。

 

「思い出せない、のですね」

 

霊夢が即座に言う。

 

「違うわ」

 

だがその否定は、わずかに速い。

 

さとりはそれを追及しない。

 

「地底でも、似た現象が起きています」

 

「怨霊だけではありません」

 

「妖怪も、です」

 

燐が小さく呟く。

 

「この前、旧都で顔なじみを見かけなくてさ」

 

「名前は出てくるのに、姿が思い出せない」

 

魔理沙が苦笑する。

 

「地底にもボケが回ったか?」

 

だが誰も笑わない。

 

さとりが静かに言う。

 

「存在は、他者の認識と無関係ではありません」

 

霊夢の目が細くなる。

 

「どういう意味?」

 

「地底は閉じた場所です」

 

「外からの影響を受けにくい」

 

「ですが同時に、内部の均衡が崩れれば、逃げ場がない」

 

魔理沙が腕を組む。

 

「均衡が崩れてるって?」

 

さとりは少し考え、

 

「……“固定されていたもの”が、揺らいでいます」

 

とだけ言った。

 

霊夢の胸に、かすかな引っかかり。

 

だが、掴めない。

 

燐が不安げに尻尾を揺らす。

 

「さとり様、炉心も少し変なんだ」

 

「温度が、ほんの少しだけ安定しない」

 

魔理沙が顔を上げる。

 

「核が?」

 

「暴走じゃない。でも、波がある」

 

さとりは立ち上がる。

 

椅子が静かに鳴る。

 

「地底の基盤は、炉心です」

 

「そこが揺れれば、上も揺れる」

 

霊夢は頷く。

 

「行きましょう」

 

魔理沙が帽子を被り直す。

 

燐が先導する。

 

扉の前で、霊夢が一瞬だけ振り返る。

 

応接間は整然としている。

 

何も変わらない。

 

だが。

 

そこに“あるはずの何か”が、

少しだけ欠けている気がした。

 

何が、と問われても答えられない。

 

ただ、数が合わない。

 

四人は炉心へ向かう。

 

地霊殿の廊下は、どこまでも静かだった。

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