東方幻忘霧   作:居酒屋の枝豆

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2「半人」ー魂魄の消滅ー

翌朝。霧は、神社の石段までは来なかった。

 

 

 

境内はいつも通りで、

 

風も、匂いも、現実感がある。

 

 

 

「……やっぱり、ここは平気だな」

 

 

 

魔理沙がそう言った直後だった。

 

 

 

石段の下から、足音がした。

 

 

 

重く、急いでいる音。

 

 

 

「……霊夢」

 

 

 

その声に、霊夢は即座に立ち上がった。

 

 

 

「今の、聞こえた?」

 

 

 

「聞こえた。しかも――」

 

 

 

魔理沙は目を細める。

 

 

 

「“普通に”聞こえた」

 

 

 

霧の中から現れたのは、魂魄妖夢だった。

 

 

 

息が荒い。

 

額には汗。

 

だが、体の輪郭がどこか不安定だ。

 

 

 

「博麗の巫女……!」

 

 

 

駆け寄ろうとして、妖夢は足を止めた。

 

 

 

境内に入った瞬間、

 

彼女の半霊が、大きく揺れた。

 

 

 

「……っ」

 

 

 

霊夢は、それを見逃さなかった。

 

 

 

「妖夢。何があったの?」

 

 

 

妖夢は一歩、前に出ようとして――

 

その足が、石段を踏み外すように止まる。

 

 

 

「里で……霧が……」

 

 

 

言葉が、途中で引っかかった。

 

 

 

「人間に、声が……届かなくなって……」

 

 

 

魔理沙が叫ぶ。

 

 

 

「落ち着け! ここなら――」

 

 

 

「違うんです!」

 

 

 

妖夢の声は、確かに聞こえている。

 

だが、薄い。

 

 

 

「私は……まだ、見えてる……

 

 でも、幽々子様が……」

 

 

 

そこで、言葉が途切れた。

 

 

 

半霊が、遅れて境内に入った。

 

 

 

その瞬間、

 

ふっと、形が崩れる。

 

 

 

「……え?」

 

 

 

妖夢は、自分の背後を振り返った。

 

 

 

そこにあるはずの半霊が、

 

霧に溶けるように、ほどけていく。

 

 

 

「ま、待って……!」

 

 

 

霊夢が手を伸ばす。

 

 

 

だが、触れた感触はない。

 

 

 

半霊は消えた。

 

音も、光も、痕跡も残さず。

 

 

 

妖夢は、その場に立ち尽くした。

 

 

 

「……あれ?」

 

 

 

自分の胸元を、確かめるように触る。

 

 

 

「……軽い」

 

 

 

魔理沙の背筋が、冷たくなった。

 

 

 

「霊夢……これ……」

 

 

 

「ええ」

 

 

 

霊夢の声は、低かった。

 

 

 

妖夢の姿が、揺らぎ始める。

 

 

 

完全に消えているわけじゃない。

 

だが、輪郭が定まらない。

 

 

 

「……私……まだ、ここにいますよね?」

 

 

 

霊夢は即答した。

 

 

 

「いるわ」

 

 

 

「見えてますよね?」

 

 

 

「見えてる」

 

 

 

その答えに、妖夢は少しだけ安堵した顔をした。

 

 

 

「……よかった」

 

 

 

だが次の瞬間、

 

妖夢の左腕が、ふっと欠けた。

 

 

 

切断ではない。

 

最初から、無かったように。

 

 

 

「……え?」

 

 

 

妖夢自身が、一番驚いていた。

 

 

 

痛みはない。

 

出血もない。

 

 

 

ただ、存在の一部が抜け落ちた。

 

 

 

「……なるほど」

 

 

 

霊夢は、はっきり理解した。

 

 

 

「妖夢。あなたは“半分だけ”人間」

 

 

 

妖夢が震える声で聞く。

 

 

 

「それが……関係あるんですか?」

 

 

 

「ええ」

 

 

 

霊夢は拳を握った。

 

 

 

「人の側に近いほど、

 

 忘れられるのが遅い」

 

 

 

魔理沙が歯を食いしばる。

 

 

 

「じゃあ、妖怪は……」

 

 

 

「もっと、早い」

 

 

 

妖夢の姿は、まだ残っている。

 

 

 

だが、確実に薄くなっている。

 

 

 

「……助けを……」

 

 

 

最後まで言い切る前に、

 

妖夢の意識は、霧のように崩れた。

 

 

 

神社には、静寂だけが残った。

 

 

 

霊夢は、地面を見つめたまま言った。

 

 

 

「これは異変よ」

 

 

 

魔理沙は震える声で笑った。

 

 

 

「……だな。

 

 しかも、最悪のやつだ」

 

 

 

霊夢は、里の方を見た。

 

 

 

霧は、まだそこにある。

 

 

 

「人間が忘れることで、

 

 妖怪が消える」

 

 

 

霊夢は、初めて口にした。

 

 

 

「……“忘却”の異変」

 

 

 

幻想郷は、まだ壊れていない。

 

 

 

だが今、

 

助けを求めた者は、確かに消えた。

 

 

 

霊夢は賽銭箱に手を置く。

 

 

 

「間に合うわ」

 

 

 

静かに、だが確信を持って言った。

 

 

 

「必ず、止める」

 

 

 

霊夢は妖夢を神社の奥に寝かせ、結界を張った。

 

 

 

強いものじゃない。

 

外敵を防ぐためのものじゃない。

 

 

 

“ここにいる”と主張するための結界。

 

 

 

「……消えるなよ」

 

 

 

それが、今できる唯一の対処だった。

 

 

 

「じゃ、私は外回ってくるぜ」

 

 

 

魔理沙は箒にまたがり、軽く言った。

 

 

 

「異変ってのはな、

 

 派手じゃない時ほど、

 

 広く見ねえと分かんねえ」

 

 

 

霊夢は頷いた。

 

 

 

「里は、私が見る」

 

 

 

一瞬、間が空いた。

 

 

 

「……気をつけろよ」

 

 

 

魔理沙の声は、珍しく軽くなかった。

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