なんか、変。
最初にそう思ったのは、旧都の笑い声が薄くなったとき。
鬼が笑っても、音が遠い。
お燐の炎が揺れても、色が安定しない。
怨霊が飛ぶと、途中でほどける。
地底はいつも騒がしいのに。
今日は、静かすぎる。
でもね。
わたしは、変わらない。
手を見る。
ちゃんとある。
指も、爪も、影も。
透けてない。
揺れてない。
お姉ちゃんは、少し薄い。
第三の目が、かすんでいる。
「困ったわね」
そう言う声も、ほんの少しだけ遠い。
忘れられると、薄くなるんだって。
地上の人間が、妖怪を思い出せなくなってるらしい。
でも。
わたしは、もともと見られてない。
忘れられる前に、意識されてない。
誰の記憶にも、ちゃんと残らない。
だから。
何も変わらない。
……はずなのに。
歩いていると、ふと足が止まる。
視線。
ある。
旧都の鬼じゃない。
怨霊でもない。
お姉ちゃんでもない。
もっと遠く。
もっと外。
“見られてる”。
おかしいな。
わたしは見えないのに。
意識の外にいるのに。
なのに。
背中が、ちょっとだけ熱い。
振り向く。
誰もいない。
でも、ある。
確かに、ある。
視線。
道端のこいしに、目を向ける何かが。
手を伸ばしてみる。
空気が、少し重い。
その瞬間、壁の模様が歪む。
怨霊が一体、形を失う。
まるで――
わたしが“見られた”せいで、世界が固定されたみたい。
……あれ?
胸の奥が、ちくっとする。
わたしは、見られないから平気だった。
見られないから、壊れない。
見られないから、揺らがない。
それなのに。
今、わたしは“誰かの視界にいる”。
それが何かは分からない。
人間じゃない。
妖怪でもない。
もっと、遠い。
境界の外。
地底全体が、波打つ。
お姉ちゃんが怨霊を押さえつけている。
ぎゅう、と。
押さえれば押さえるほど、歪みが増す。
「観測が強すぎる……」
お姉ちゃんの声。
観測。
見ること。
意識すること。
形を決めること。
じゃあ。
わたしが見られたら、どうなるの?
少しだけ、怖い。
でも。
ちょっとだけ、うれしい。
見られてる。
存在を、捉えられてる。
忘れられない。
消えない。
それは、ずっと遠かった感覚。
胸の奥が、ふわっとする。
でも同時に。
足元の影が、わずかに揺れる。
……あ。
ほんの一瞬。
輪郭が、ぶれた。
初めて。
わたしの存在が、揺らいだ。
「そっか」
小さく笑う。
見られると、壊れる。
見られないと、残る。
でも今は。
見られてる。
強く。
地底全体を巻き込むくらい、強い視線。
上から。
近づいてくる。
巫女。
魔法使い。
あの二人は、よく見る。
しっかり見る。
きっと、わたしも見る。
そのとき。
どうなるのかな。
怖い?
うん、ちょっと。
でも。
面白いかも。
世界は揺らいでる。
みんな、ほどけていく。
でも。
わたしだけは、ほどけない。
……はずだった。
足音が近づく。
地底が軋む。
わたしは目を閉じる。
見られないように。
でも、もう遅いかもしれない。
誰も見ていないはずの場所で、
わたしは初めて、
“見られている自分”を感じていた。