東方幻忘霧   作:居酒屋の枝豆

9 / 23
8「小石」ー地の底の小石ー

なんか、変。

 

最初にそう思ったのは、旧都の笑い声が薄くなったとき。

 

鬼が笑っても、音が遠い。

お燐の炎が揺れても、色が安定しない。

怨霊が飛ぶと、途中でほどける。

 

地底はいつも騒がしいのに。

 

今日は、静かすぎる。

 

でもね。

 

わたしは、変わらない。

 

手を見る。

 

ちゃんとある。

 

指も、爪も、影も。

 

透けてない。

 

揺れてない。

 

お姉ちゃんは、少し薄い。

 

第三の目が、かすんでいる。

 

「困ったわね」

 

そう言う声も、ほんの少しだけ遠い。

 

忘れられると、薄くなるんだって。

 

地上の人間が、妖怪を思い出せなくなってるらしい。

 

でも。

 

わたしは、もともと見られてない。

 

忘れられる前に、意識されてない。

 

誰の記憶にも、ちゃんと残らない。

 

だから。

 

何も変わらない。

 

……はずなのに。

 

歩いていると、ふと足が止まる。

 

視線。

 

ある。

 

旧都の鬼じゃない。

怨霊でもない。

お姉ちゃんでもない。

 

もっと遠く。

 

もっと外。

 

“見られてる”。

 

おかしいな。

 

わたしは見えないのに。

 

意識の外にいるのに。

 

なのに。

 

背中が、ちょっとだけ熱い。

 

振り向く。

 

誰もいない。

 

でも、ある。

 

確かに、ある。

 

視線。

 

道端のこいしに、目を向ける何かが。

 

手を伸ばしてみる。

 

空気が、少し重い。

 

その瞬間、壁の模様が歪む。

 

怨霊が一体、形を失う。

 

まるで――

 

わたしが“見られた”せいで、世界が固定されたみたい。

 

……あれ?

 

胸の奥が、ちくっとする。

 

わたしは、見られないから平気だった。

 

見られないから、壊れない。

 

見られないから、揺らがない。

 

それなのに。

 

今、わたしは“誰かの視界にいる”。

 

それが何かは分からない。

 

人間じゃない。

 

妖怪でもない。

 

もっと、遠い。

 

境界の外。

 

地底全体が、波打つ。

 

お姉ちゃんが怨霊を押さえつけている。

 

ぎゅう、と。

 

押さえれば押さえるほど、歪みが増す。

 

「観測が強すぎる……」

 

お姉ちゃんの声。

 

観測。

 

見ること。

 

意識すること。

 

形を決めること。

 

じゃあ。

 

わたしが見られたら、どうなるの?

 

少しだけ、怖い。

 

でも。

 

ちょっとだけ、うれしい。

 

見られてる。

 

存在を、捉えられてる。

 

忘れられない。

 

消えない。

 

それは、ずっと遠かった感覚。

 

胸の奥が、ふわっとする。

 

でも同時に。

 

足元の影が、わずかに揺れる。

 

……あ。

 

ほんの一瞬。

 

輪郭が、ぶれた。

 

初めて。

 

わたしの存在が、揺らいだ。

 

「そっか」

 

小さく笑う。

 

見られると、壊れる。

 

見られないと、残る。

 

でも今は。

 

見られてる。

 

強く。

 

地底全体を巻き込むくらい、強い視線。

 

上から。

 

近づいてくる。

 

巫女。

 

魔法使い。

 

あの二人は、よく見る。

 

しっかり見る。

 

きっと、わたしも見る。

 

そのとき。

 

どうなるのかな。

 

怖い?

 

うん、ちょっと。

 

でも。

 

面白いかも。

 

世界は揺らいでる。

 

みんな、ほどけていく。

 

でも。

 

わたしだけは、ほどけない。

 

……はずだった。

 

足音が近づく。

 

地底が軋む。

 

わたしは目を閉じる。

 

見られないように。

 

でも、もう遅いかもしれない。

 

誰も見ていないはずの場所で、

 

わたしは初めて、

 

“見られている自分”を感じていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。