エ〇ゲ世界で或る上位存在曰く「叫べ、太陽ォォォ!」 作:糸をなんとかしろ!
血呑み沼地が血呑み沼地たる所以を思い知ることになるのは間も無くしてからのことだった。
歩を進めると沼地特有の腐敗臭が酷くなっていく。そして──ぐちゃり、ぐちゃりと沼の粘ついた泥を掻き分けるような音が二人の耳朶を打った。
沼から這い出るようにして出てきたその沼地の住人に太陽仔とリーリアは足を止めた。
「こいつが……?」
あまりにも大きなそれに太陽仔はひどく困惑した。
ヒルという生物は本来手乗りサイズのはずだ。だが今目の前にいるヒルはなんだ。
蛇と言うにも大き過ぎるそれは人間の身長の半分ほどある長く、人の腕より仄かに太い体躯をうねらせながら──リーリアに飛びついた。
「チッ!」
太陽仔には目もくれないあたりよほど彼女の血が旨そうに見えたか、それとも太陽仔の血がとんでもなく不味いのか。はたまた──
今の太陽仔の太陽銃フレームは単発発射並びに放射系のドラグーンだ。目の前にいるヒルとの食い合わせはひどく悪い。
動き回る長細い的を当てるのは難易度が高い。
リーリアの前に立ち、銃身で勢いよく飛びかかるヒルを殴りつけようと腕を振るうがヒルの動きは思ったより早かった。そのうねる体躯でそれを避け、着地。再びリーリアめがけて飛びかかる。
「野郎……!」
ドラグーンを外しサムライへと切り替える。
そのタイムラグをヒルは逃しはしなかった。迎撃するリーリアを掻い潜りそのまま彼女のたゆんとした豊満な胸に噛みつき、吸い付き始める。
魔力を喰らうつもりか。みるみるうちにそのヒルは大きくなっていく。そんなに彼女の血が旨いのか。
ハーニャが教えてくれた魔力の話がリフレインする。体液に魔力が走っていると。そう言っていた。
つまり今のヒルは魔力を食って──強化されている。
「ひゃあっ! くぅっ……あっ! ん! 魔力が……吸われて……る!」
噛みついたヒルを引き剥がそうと必死に抵抗する彼女だがヒルは離さない。どくん、どくんと音を立てて肥大化していくそれを放置すればいずれリーリアは干からびて死ぬ。
サムライへの換装を済ませた太陽仔はそのまま銃口から光の刃を形成し、ヒルの長い体躯目掛けて振り下ろした。
斬。
縦に振るわれた一撃はヒルの身体を真っ二つに裂く。更にもう一撃と銃口を残った半分──つまりリーリアの乳房にかぶりついたヒルの頭に突きつけると、その銃口に帯びた熱で完全にヒルが離れた。
さて、トドメにとその頭を太陽仔は光の刃を突き立てるとヒルは完全に沈黙した。
「ご、ごめんなさい」
完全に不覚を取ったとリーリアが謝るものの、太陽仔は構わず地面に転がったヒルだったものが黒い霧になって消えていくのを見届けていた。
──まだいる。
音がする。
先ほどと同じ音だ。ヒルが沼を這い泳ぐ音。あんなものが複数匹いるという事実に少しばかりうんざりしそうだが、ここでへこたれては忌み子も吸血鬼も狩れはしない。
「構えろ、来る!」
「っ……!」
太陽仔は銃口から再び、山吹色に輝く光の刃をを放つ。リーリアも杖の先端から蒼白い光の刃を放つ。
互いが互いの死角に立ち、飛びかかるヒルの跳躍を最低限の動きで避けながらヒルを斬る。
太陽仔は山吹色の残光を残しながらヒルを叩き斬り、リーリアは蒼白い光の粒を残しながらヒルを両断する。
ヒルたちは体液を撒き散らしながら黒い霧となって消えていく。しかし──
真横から何か黒い塊が飛来した。
「チィッ!」
反射で光の刃を振るうも間に合わない。銃身にぶつかったその黒い塊は四方八方に飛び散った。
これは──子ヒルで出来た玉だ!
飛んできた方向にはこれまでの個体とは比較にならないほど、太った人間並にその身を肥大化させた子抱えヒルがいた。
次々と子ヒル玉を吐き出すそれに、太陽仔はジグザグに動く。そして真正面にまで近付くと太陽仔にのし掛かろうとその身で覆い被さろうとする。
しかしその動きは鈍重だ。光の刃が子抱えヒルの胴体を一閃する方が速かった。
どばぁ、と子抱えヒルの傷口からドス黒く腐った卵のような臭いのする体液と共に小さなヒルと卵が溢れ出した。
「うげぇっ!」
反射的に出たこの悲鳴に近い声が全てだ。
あまりにもグロテスクな光景に出てしまった声と共に太陽仔はその亡き骸から飛び退いた。
──きっしょ! いや、きっしょ!
ヴァンパイアハンター人生において、気持ち悪い化け物の相手をすることなど珍しくもない。とはいえ気持ち悪いものは気持ち悪いのだ。
グレネードを投げて焼却してやりたいのは山々だが生憎残弾ゼロ。さっさと距離を取るのが一番だった。
「まったく……」
気付けばダスターコートの上にヒルが数匹這っていた。子ヒル玉を弾き飛ばした際にどさくさに紛れてこびりついたのだろう。
噛みつこうにも生地が阻んでいる。……どうやらこのコートにかけられた加護はこのヒルにも有効らしい。軽く払うだけで取れてしまった。
同じく、別の方向にいたらしい子抱えヒルを始末していたリーリアと合流した。
「予想は出来ていたとはいえこんなのが沢山いるなんて」
少しうんざりしたようにリーリアはぼやく。数年前から呪われていると噂のこの沼地、このまま忌み子を放置しておけば際限なく増えていくのは明白だった。
「この沼一帯にまだ残ってると思うとゾッとするな……うぇっ」
今は黒々としただけの沼だが中にはきっと殺してないヒルが這っている。太陽仔はまるでナメクジのように這い蠢くそれを想像した瞬間、鳥肌が立ちそうになる感覚を覚えた。
さて、このまま進もうかと太陽仔はふとリーリアの方を見る。
太陽仔と比較してリーリアの衣装は動きやすさでも重視したのか、それともそういう教義なのかはわからないものの少し露出が多い。
そして案の定──その剥き出しの白い肌に黒く細長いそれがこびりついていた。
「リーリア」
「はい?」
突然呼ばれてきょとんとする彼女に太陽仔は指をさす。胸元だ。
それを見るや否や、リーリアの眉間に皺が寄った。小さなヒルに血を吸われている。
慌ててそのヒルを払い除けようとしたその時、太陽仔は手で制した。
「力づくはやめとけ。歯が刺さったままになる」
「じゃあどうすれば」
こんな話を太陽仔は聞いた事があった。
下手にヒルを取り除こうとはせずにタバコの火を押し当てるも自ずと居なくなると。
残念なことに太陽仔は喫煙者ではない。その為タバコなどど言う都合のいいものは持ち合わせてなど居ない。だが──
懐から小瓶を取り出す。
中身が見える透明の小瓶だ。中には白い粉のようなものが入っていた。
「……それは」
「塩」
「しっ、塩?」
塩と言えばナメクジ。ナメクジと言えばあの妊婦の件。ナメクジに犯される姿を見られた事を思い出したリーリアの顔がサッと赤く染まる。
あの事件の後酔っ払ってたから覚えていないと言っていたが、本当は覚えているんじゃないのかという疑いの目が太陽仔に向けられる。
実際問題太陽仔は覚えていた。
けれども覚えていないふりをする。そうし続ける事にする。彼女の尊厳を守るために。
「塩だ。塩があれば飯は旨くなる」
「こんな酷い所でご飯を食べようと?」
真っ赤になった顔がサッと引き、今度は可哀想な人を見る目になったリーリアに太陽仔は滔々と話を続けながら塩をヒルに塗りつけた。
「いつ飯の時間になるか分からないし、備えはしておきたかったんだ」
……というのは建前で現実はこうだ。
ヒルが大量にいると言う情報を耳にした太陽仔はあらかじめ備える事にした。ヒルに噛まれた場合、魔力を際限なく吸われる事となる。となれば引き剥がす手段が必要となる。
大型のヒルなら太陽銃で作った光の刃で斬り殺してしまえば終わりだ。とはいえ今のリーリアのように従来通りの小さなそれにとりつかれようなら太陽銃は役に立たなくなる。
そこで考えたのが煙草だった。ヒルに煙草を押し当てれば剥がれるようになっている。
とはいえ今の時点で全財産ゼロの太陽仔に煙草を買う事などできなかった。となれば代替え品が必要だ。
そこで真っ先に考えついたのは──塩。
塩なら修道院にも少しばかりはあった。
ナメクジ同様、ヒルも塩に弱い。
軽く塩を塗りつけるとぽとりと子ヒルがリーリアから落ちた。どさくさで胸に近い場所に触られている事に気付いたものの太陽仔当人は完全に気付いていなかった。化け物をぱらぱらぺたぺたと塩で始末する事に執着している。
内心複雑な顔になるリーリアだが、今の太陽仔はそれどころではなかった。彼女を噛んでいるヒルはまだいるのだ。
その事実に太陽仔は半ギレになっていた。
もう軟体生物なんて嫌いだ。なんて。
「はい腕あげてー。次、はい、次、足開い…………………………………………あ」
「ゃ……ひゃっ……」
自らの行いがいかに破廉恥極まりない所業か。
リーリアの小さな悲鳴で、太陽仔はやっとのことで自覚した。内股に這うそれを除去しようとした時スッと顔から血の気が引くような感覚を覚えた。
──やらかしたぁぁぁぁぁぁ……
軟体生物への憎しみと塩への執着が今の結果を招いたとは言っても過言ではない。
先日のナメクジに這いずり回られたあのリーリアの凄惨な姿は秘薬と花粉による酩酊状態で記憶から飛んだ事にしたことで手打ちにしたものの今回はどうにも誤魔化しようがない。
眼前で身を震わせながら体を預けているリーリアを見て一瞬太陽仔は己のこめかみに太陽銃を突き付けようかと思ったもののここで自害して一体何になるのかという話でもあった。
そんなこんなで──
「すんませんしたァァァァァ!」
誠心誠意、土下座をする事にした。
誹りはいくらでも受けるつもりだ。そんな態度を唐突にとった太陽仔に、その時全ての身を預けようとしていたリーリアはひどく驚いたのはまた別のお話……
◆◆◆◆◆
「ん?」
こんな魑魅魍魎というかヒルが溢れるこんな地に人なんて通る事は無いのだろうと思っていたがそんな事も無かったらしい。
前方から太陽仔とリーリアに向かってゆく人影が2つ。前のめりに転ぶ事も厭わない勢いで、ぬかるんだ地面を抉り蹴りそのまま2人を突き飛ばしながらそのまま通り過ぎていった。
「ちょ、オイ!」
一方的に突き飛ばされてとんずらされて不運だったねとヘラヘラ笑って終わらせられるほど太陽仔も呑気な性格はしてなどいない。
一目散に去っていく連中を呼び止めようとしたが、止まる気配は無い。
僅かに聞こえる彼らの嘆く声だけが聞こえた。
「来るんじゃなかった、こんなところ!」
「あの沼地に
月光魔法による亜高速移動で男たちをふん捕まえる事は容易だったがアレ以上何かを得られる気がしなかった。
それよりも男たちがやってきた方向に自分たちが求めるものがあると言う確信が太陽仔とリーリアにはあった。
「……行きましょう」
リーリアのその一言に太陽仔は無言で頷いた。
そこからだ。
男たちがやってきた方向へと走ると間もなくして彼らの言っていた『あんな化け物』の正体が見えた。
その正体は人だった。
いや、人というにはあまりにも異形が過ぎた。近づいてちゃんと見れば人の影ではなく、無数のヒルとヒルが絡み合い人の形を真似ているだけの化け物だった。
差し詰めヒル人間と言ったところか。こいつも人間の体液を啜って養分を蓄えるのだろう。その矛先は台車のそばにいる人間だった。
金髪をオールバックにしたグラサン男。カーキ色の衣服を纏っているのはアルセゾンの住民とは到底思えないものだった。
ややへっぴり腰で剣を構えているが多少鍛えてはいるのか、ヒルが発するワンツーパンチじみた触手を避けながらぺしっ、と横から伸びた触手に刃を当ててはいる。とはいえどなまくら故かまともに通用していないのは悲しいかな「オイオイ冗談だろオイィ……」と小声で絶望しているのを太陽仔は聞き逃しはしなかった。
流石にこのまま放置すればあのグラサン男が完全に餌にされるであろう事は目に見えていた。太陽仔とリーリアがグラサン男とヒル人間の間に飛び出した瞬間、グラサン男の表情が晴れた。
「お前たち、戻ってきてくれたのか! 遅かったじゃないか!」
「そいつらなら逃げてたよ」
「なにっ。あのゴロツキ共、金は払ったと言うのに逃げたのか……! 赤字スレスレのところを譲歩してやったというのに……!」
一人毒づいているが彼には何かしら銭にまつわる闘争がきっとあったのだろう。台車にはこれでもかと言うほどの木箱やら何やらが乗せられている。
商人か、それとも
なんであれ人間を守るのは太陽仔の役割でもあり、修道女の役割でもある。
グラサン男の恨み言を背に太陽仔とリーリアは無言で武器をヒル人間の群れへと向けた。
主要人物リストと頻出用語の解説とか要りますかね……?
-
いる。
-
無くても大丈夫やない?