ぼくのかんがえたさいきょうのラインアーク襲撃HARD

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クロムヘッド・ダークスティール

 

――――ミッションを連絡します。

 

 柔らかくも事務的な女の声が作戦を説明した。ブリーフィングとは名ばかりの一方的な攻撃命令。

 

 "ストレイド"の記念すべきファーストミッションは、海上都市ラインアークへの威力行使となった。

 

 民主主義の建前の下、クレイドル体制( 企業支配)を脅かす危険分子の巣窟との平和的な対話に向けた示威行為、ということになっている。

 

 後ろ盾が乏しい独立傭兵であれば、たとえ最強最悪の機動兵器(アーマードコア・ネクスト)を操るリンクスであっても、ケチな脅し屋めいた仕事しか選べないご時世だ。

 

 老朽化し、破綻していく国家群の解体。

 経済による平和(パックス・エコノミカ)という名の革命の前衛であったリンクスの名誉は、十数年前の戦争に置き去りにされていた。

 

(名誉など最初からありはしなかったのかもしれないが)

 

 不意に湧いた自嘲をセレン・ヘイズは振り払った。仕事に集中する。

 

 容姿にしても、服装にしてもセレンは軍人としてはラフ過ぎた。

 紺色の髪は丁寧に纏め上げられている。慣例として管制官に認められている、自由な規定に基づいた軽やかな服装。

 

 ノースリーブの白いブラウス、ぴっちりとした黒いパンツ。成熟した女の肢体に、しなやかな獣の剣呑さを残している。身長は女性としては高いほうだ。

 

 前線から退いて久しい。セレンが搭乗しているのは、グローバル・アーマメンツ(GA)製ステルス爆撃機"GAC6-GALAXY"を改修した輸送機だ。

 偵察UAVや強力なレーダーを装備し、空中管制機としての能力も有する。

 

 輸送機はラインアークの実効支配圏ギリギリに侵入。

 平面的な機体を水平飛行で安定させ、搭載機の投下態勢を取っている。

 

 セレンは、格納庫で息を潜めるマシンのドライバーに呼びかけた。

 

「聞こえているな? カウントダウンを始める。"ストレイド"準備しておけ」

 

 極低温冷凍された格納庫。

 アーマードコア・ネクストの隔絶した戦闘力の根幹であり、致命的な汚染源となるコジマ粒子の拡散を可能な限り抑えるための措置がそこには施されている。

 

 凍てついたネクストACのコクピットで、セレンのリンクスは解き放たれるときを待っている。

 

 "ストレイド"から了解の返答。

 セレンはリンクスのバイタルを素早くチェック。

 アレゴリー・マニピュレイト・システム――脳神経と制御系を直結させるネクストにおいて、搭乗者の精神状態は極めて重要だ。

 

「訓練も実戦も変わらずか。少しは可愛げを見せても良いんだぞ?」

 

 ぞっとするほどの平常値だった。

 鋼のように不変。それは、機械同然/ヒトデナシ(クロームヘッド)と俗に呼ばれる理想的な兵士のコンディションであった。

 

――――――――

 

 煌めく海面より上に生命の気配はない。鳥が飛ぶこともなくなった青空がそこにある。

 

 もはや、戦い傷ついた戦士を優しく迎えてくれる海鳥は望めない。

 

 だが、リンクスはそれを嘆かない。山猫は鳥を好まないからだ。

 

 重々しくハッチが開き、ロックが解除された。

 

 無情なほどに眩しい太陽に照らされながら、"ストレイド"は格納庫から自由な空に解き放たれる。

 

 白鋼色の人型機動兵器(アーマード・コア・ネクスト)。ローゼルタールの新標準機TYPE-LANCEL。それが、セレン・ヘイズのリンクスが選んだ機体だった。

 TYPE-LANCELは戦闘力を突き詰めた末に、異形の相を帯びた数多のネクストACの中にあって、基本的なアーマード・コアの姿形を踏襲していた。

 

 投下時の姿勢のまま、白鋼色のACは高度を下げていく。

 

 海面スレスレでストレイドは覚醒した。

 ジェネレーターから放出されたコジマ粒子が各部の整波装置に誘引され、安定還流。

 

 ネクストACを球形に包むプライマルアーマーの形成が完了した瞬間、稲妻が奔った。見る者に神話的な畏敬さえ抱かせる光景。

 

 それを合図にストレイドは、獣が身震いするかのように動き始める。

 

 全身のアクチュエーター複雑系(ACS)にリンクスの思惟が駆け巡り、生物的とさえ感じる滑らかな動作で戦闘態勢を取った。

 コア背面の装甲が開き、大型ブースターが姿を見せる。吸気音。オーバード・ブーストを点火。

 

 ストレイドは音を置き去りにする。発生したソニックブームが波を蹴立てた。

 

 教本通りの超低空侵入だ。レーダー警戒網をやり過ごし、戦闘エリアに接近する。

 ラインアークの脆弱な防衛体制に対しては大げさなほどの用心だった。

 

『ミッション開始、抜かるなよ』

 

 ストレイドに続いて射出した三機の偵察UAVのセンサーから送られてくる情報。それにストレイド自体のセンサ情報を統合し、セレンは戦場を視ている。

 

 作戦エリアはライクアークが占有する海上輸送路デルタラインーー流通の要となる長大な構造体を警備する部隊の殲滅が作戦目標となる。

 

 モノレール、道路、エネルギーインフラを複合した連絡橋とその周囲の足場に敵は布陣している。

 

 GA製逆関節MT"GARQ8-DEBRISMAKER"を支援機に従えたノーマルAC"GA03-SOLARWIND"の二個小隊だ。

 

 ネクストを除けば最高の戦力であるノーマルACが配備されているため、警備部隊としてはまずまず。だが、ストレイドを相手にするにはまるで足りない。

 

 企業連の圧力に対抗できる唯一の戦力であるライクアークのネクスト、"ホワイトグリント"の不在の裏は取れている。

 

 疑いようもなく最強のネクストである、かの白い閃光はBFFの旗艦級アームズフォート"スピリット・オブ・マザーウィル"に対する強襲作戦を遂行中だ。

 

『ラインアーク守備部隊をすべて排除する』

 

 リンクスにターゲットを思い出させるように、セレンは告げた。

 

 点在する海上ビルを通り抜け、ストレイドは攻撃を開始。

 

 リンクスは視界に表示された兵装ウィンドウから右腕のライフルを選択する。RDY、RF-R100――まずMTに狙いを定め、発砲した。

 

 アーサー王伝説のランスロットの名を冠するネクストACは、騎士甲冑の壮麗さを兵器然とした装甲に兼ね備えていた。勇姿と形容できよう。ラインアーク側の不格好で武骨な機動兵器群とは残酷なほど対照的だった。

 

 ストレイドはライフルを射掛けてMTを破壊するか、あるいは転倒させて海に叩き落す。

 

 微量のコジマ粒子と推進剤の爆発的な反応――瞬間的に亜音速まで加速するクイックブーストで距離を詰め、レーザーブレードでノーマルACを両断する。

 

 一撃離脱で遠ざかるストレイド。白鋼色のネクストの背中を狙った攻撃は、サイドブースターのクイックブーストで難なく躱される。

 

 連絡橋から舞い上がり、急旋回。

 

 ストレイドは反転する。トンネルに避退しようとする鈍重なノーマルACを見下ろす。

 

 幽かな電子音が頭の中に響く。ロックオン。

 

 背部ミサイルポッドから散布型ミサイルを発射――高速のアクティブホーミングミサイルの群れが、ただ一機のノーマルACに貪欲に食らいつき、炸裂、粉砕した。

 

『目標、残り半数』

 

 戦闘開始から二十秒での戦果だ。セレンは淡々と残った敵の数を告げた。助言は不要だった。

 ローゼンタール・グループの幹部が目にすれば、大いに歓心するだろう。ストレイドは、洗練された戦い振りを見せている。

 

 対してラインアーク側はネクストの襲撃に慄くあまり、半狂乱で火器をぶっ放すばかりだった。

 

 大口径機関砲やバズーカ、ミサイルといった強力な兵装は、護るべき海上構造物や周囲のビル群に被害をもたらしている。

 

 戦場に出たことのない、若いオペレーターならばストレイドの絶対的な戦闘力に陶酔し、管制任務を忘れてしまうだろう。

 だが、セレンは違う。戦況を冷静に見つめている。

 

『目標、残り一。指揮官機だ』

 

 連絡橋に伴う足場から、単調な攻撃を続けていたMT部隊をライフルで仕留め、ストレイドは最後に残ったSOLARWINDの小隊長機に襲い掛かる。

 

 爆発。視界が炎で塞がる。ノーマルACが放った苦し紛れのミサイルをプライマルアーマーで防いだ。

 

 クイックブーストの衝撃波で爆炎を散らし、跳躍と着地を連続する小ジャンプ機動で距離を取るノーマルを中央に捉える。

 

 ストレイドは背中にマウントした砲を敵機に向けていた。

 

 装飾性や象徴性に並々ならぬ拘りを持つローゼンタールらしく、大鎌をモチーフにしたフォルムのチェインガンを掃射。

 

 せめて一太刀浴びせようと、ノーマルACが手にしたバズーカを放つより一瞬早く着弾した。

 

 位置エネルギーが乗った大口径・高初速の機関砲を浴びては、堅牢なSOLARWINDの装甲とて持たない。

 

 ブーストジャンプしていたノーマルACは全身に被弾した。

 コクピットも含め、あらゆる致命的な部位に無数の弾痕が刻まれていく。

 鋼鉄の亡骸は虚しく転がり、橋から転落し、爆散した。

 

 敵を殲滅すると、ストレイドは連絡橋に降り立つ。

 

 セレンのリンクスは、散らばる残骸を眺めて蹂躙の余韻に浸るような人間性を持ち合わせてはいない。

 ただ、戦闘機動を終えたジェネレーターが数瞬の休息を必要としているだけだ。

 

 作戦完了を宣言し、セレンはストレイドに帰還指示を出す。

 

『よくやった。ほぼ完璧だ』

 

 とはいえ、あまり調子付くなよ――労いから続くセレンの言葉がリンクスに届くことはなかった。

 

 突如発生したノイズが輸送機とストレイドのデータリンクを断ち切った。UAVからのセンサ、カメラ情報もすべてブラックアウトする。

 

 ヘッドセットから鳴り響く不愉快なノイズに、セレン・ヘイズは貌を歪めた。

 安全な空域を回遊する輸送機からの後方支援は電子的な観測に依存する。

 それを断ち切られれば状況把握は不可能になる。

 

「どういうつもりだ? ラインアークか、あるいはインテリオルか」

 

 小細工とは侮れない、不吉な予感がセレンの背筋を駆け巡った。

 

――――――――

 

 仕掛けの正体は、海中から発射されたECMポッドだった。

 

 ストレイドが反応したのはポッドが空中に飛び出した瞬間。四基のうち一基をライフルの狙撃で破壊できただけだった。

 

 広帯域に対する電子的攪乱に乗じて、潜伏者は狙撃してきた。

 

 蒼く眩い閃光が、一直線に白鋼色のネクストACを貫かんと迫る。

 

 咄嗟のサイド・クイックブーストさえ見越した偏差射撃でもってコアへの直撃を狙ってきた。

 ストレイドの神業的な回避が、辛うじて致命打を右肩部の損傷に抑える。

 

 エネルギーの消耗と引き換えのクイックブースト連続使用で追撃を躱す。

 

 際どく避けた第二射に白鋼色の装甲を照らされる。ストレイドは空中でバランスを立て直した。

 

 そうして、リンクスは黒衣の敵機と相対した。

 

 

―――――――――

 

「レイヴンだというのか?」

 

 瞬間的な高出力ジャミングが止み、データリンクが回復すると、輸送機からオペレートするセレンも潜んでいた敵の正体を知ることになった。

 

 黒い装甲に覆われた軽量級のACだった。直線的だが精悍なシルエット。細身の機体に弱弱しさや脆弱さは感じられない。

 

 深紅に輝くアイカメラがストレイドを、セレン・ヘイズを無機質に見つめている。

 

 つい先ほどストレイドが蹴散らしたSOLARWINDのような不格好な量産型ではなかった。

 

 元より優れた戦闘力を持つACのうち、さらに少数での作戦能力を追求した高級機。ACの誕生と共に現れた専業傭兵、レイヴンや企業の特殊部隊が用いるハイエンドモデルだ。

 

 しかし、ネクストとの性能差は依然として大きい。

 

 国家解体戦争で狩り出されて以来、レイヴンは戦場の趨勢を左右する立場から不遇な立場に追いやられている。

 黒いACは、そうした現実から切り離された存在であるかのような魔術的な気配を発している。

 

 とはいえ、本当に魔法のように現れたわけではない。

 

 単純で効果的な戦場のトリックを使ったに過ぎなかった。

 海上ビルの一つの外壁を崩し、そこに偽装シートをかけ、ジェネレーターを止めて身を潜めていたのだ。

 

 友軍さえ囮にする冷酷な狩人の感覚で隙を窺い、狙撃して天敵たるネクストを損傷させた。

 

 崩れたビルの一角から黒衣のACは飛び立つ。鴉の大翼が力強く羽ばたくように。

 

 背部兵装の代わりに背負った追加ブースターの大推力が、本来は陸戦兵器であるACを飛翔させている。

 

 一方、白鋼色のストレイドは連絡橋に着地し、身を屈めて力を蓄える態勢。

 天と地を自在に駆けるはずのネクストが追いやられる。まるで、彼我の性能差が逆転したかのような光景だった。

 

 ストレイドが拾っている敵機の熱源反応はハイエンド・ノーマルとしては、非常に高いジェネレーター出力を持っていることを示している。

 

 流通していない高性能パーツでアセンブルされていた。

 

 セレンのリンクスに手傷を負わせたのは、右手で把持した長大な荷電粒子レールガンだ。それは旧レオーネ・メカニカで試作され、不安定な性能から廃棄されたはずの武装であった。

 

 黒衣のACは砲身寿命を犠牲にする高収束モードでの砲撃で、ストレイドにダメージを与えていた。その威力はネクスト用に開発されたハイレーザーライフルに匹敵――天敵を殺す武器を手にしているということだ。

 

 ラインアークは幾つかの企業と取引することで、独自のネクストフレームさえ調達している。

 

 最新型のハイエンド・ノーマルや試作兵器を都合できない道理はない。

 ホワイトグリント不在のラインアークを護る、もう一枚の切り札というところか。

 

 企業連の狸どもはあえて黙っていたのか。あるいは単に見落としたか。イレギュラーの出現にある背景は知る術はない。

 

 ただ―――

 

『守備隊の殲滅が作戦目標だ。撃破する他にない。まあ、お前もそのつもりのようだがな』

 

 ストレイドはこのとき、はじめて交戦(エンゲージ)を自ら宣言していた。

 

 ジェネレーター・タービンの回転数(REV)が一気に増す。

 相対した黒衣の機体との出会いに歓喜するように。凍える鋼に火を点けたかのように。

 

 白鋼色のネクストは地を蹴り、暴力的な速度で飛翔する。蒼いアイカメラが漆黒の獲物を睨んだ。

 黒いACが放つ左腕のマシンガンをプライマルアーマーで受け止めながら突き進む。

 

 頂点捕食者(エイペックス・プレデター)とは誰のことか、教えてやろう。


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