それでも良い場合のみお読みください。
〇関連作品
ある魔法学者の手記
https://syosetu.org/novel/402172/
それでも良い場合のみお読みください。
---
## 悪魔族概論 ―
「――さて、生徒諸君」
石造りの講義室に、低くよく通る声が響いた。
「悪魔族について、君たちはどれだけ知っているかな?」
ざわめきが止む。
教授はゆっくりと教卓を離れ、教室中央へ歩み出た。年齢不詳のその男は、温和な微笑みを浮かべながらも、どこか底知れぬ冷たさをまとっている。
「人の心につけ込み、契約を迫る存在?」
「湿った地下墓地に巣くう?」
「光に弱い?」
「ゴーストの亜種?」
「神聖な精神攻撃魔法で滅することができる?」
黒板に、白墨で単語が並ぶ。
「――どれも間違いではない」
教授は振り返らずに言った。
「だが、本質でもない」
教室の空気が、わずかに張り詰める。
「悪魔族とは、我々とは“次元が異なる場所”に住む者たちだ」
ざわり、と小さな波が起きる。
「とはいえ、“次元”などと言われても想像は難しいだろう。では、分かりやすい例えを出そうじゃないか」
教授は軽く袖をまくり、黒板の中央に丸を描いた。
二頭身の、どこか愛嬌のある人物像。
さらに、その隣に同じ調子で次々と描き足していく。学生らしき姿、眼鏡をかけた者、髪を跳ねさせた者。
最後に、やや誇張された自画像を描き添えた。
「では、Aくん。この絵は誰に見える?」
突然指名された学生が、慌てて立ち上がる。
「え、えーと……Cくん、でしょうか」
「おい、俺はもっとイイ男だぞ」
Cの抗議に、教室に笑いが広がる。
教授も肩をすくめた。
「なかなか達者な絵だろう? ここに私を含め、この教室にいる者たちを描いた」
一拍置く。
「――悪魔族から見た我々が、このような“絵に描かれた存在”だと言えば、次元の違いが少しは分かるかね?」
笑いは止まり、静寂が落ちる。
教授は教卓へ戻り、卓上の魔導灯に手をかざした。
淡い光が灯る。
そして黒板の前に立ち、光を背に受ける。
二頭身の絵の前に、歪んだ影が落ちた。
輪郭の定まらぬ、幽霊のような影。
「この影が、我々が認識している“悪魔族”だ」
教室は息を呑む。
「物理攻撃が一切効かない理由が分かるだろう?」
影はただ揺らめく。そこに実体はない。
「……」
誰も口を開かない。
やがて、Cが恐る恐る手を挙げた。
「先生。それだと……我々は悪魔族に干渉できないのでは?」
教授は満足そうに微笑んだ。
「良い疑問だ。まったくもってその通りだ」
影を指先でなぞる。
「少なくとも、光属性魔法や精神攻撃魔法に“次元を超越する効果”はない」
学生たちの顔に緊張が走る。
「だが――」
教授の指が、影の首元をなぞった瞬間、影が微かに歪んだ。
「向こうからは、こちらが見えている」
空気が冷える。
「悪魔族は、自分の“影絵”が特定の方法で破壊されると、回復不能な精神的ダメージを受ける」
教授は魔導灯の角度を変えた。
影が乱れ、歪み、形を失う。
「なかなかピュアな種族だと思わないか?」
誰も笑わない。
「悪魔族に光属性魔法や精神攻撃魔法が効くのは、この“影”がゴーストやアストラル体――精神体に近いからだ」
教授はゆっくりと教室を見回した。
「もちろん、ただ破壊するだけでは奴らは痛くも痒くもない」
黒板に新たな文字が刻まれる。
《悪魔祓い》
「俗に言う“悪魔祓い”の術は、奴らに精神的ダメージを与えつつ影を破壊するよう進化した魔法系だ」
さらに一行。
《結界》
「悪魔祓いの結界というものがあるだろう?」
教授は微笑む。
「分かりやすく言えば――」
灯りを消す。
影が消える。
「“悪魔が見たくもない絵”というわけだ」
静まり返った講義室に、遠く鐘の音が鳴った。
教授は白墨を置き、最後に言う。
「覚えておきたまえ。悪魔とは、闇に住む怪物ではない」
黒板の二頭身の絵を、指でなぞる。
「――“我々を絵だと思っている隣人”だ」
講義は、そこで終わった。