鬱ゲーの全滅イベントで年上ヒロイン達を庇ったら【暴食の魔人】になって生き残った。――「理性が消える前に殺して」と頼んでも、曇った彼女たちが許してくれない。 作:菊池 快晴
彼の美しい魔力の流れに、私の心は一目で奪われた。
研鑽を積んだ魔法使いの魔力は、身体にまんべんなく流れている。
たとえるならば静かな小川のようで、私もそれこそが素晴らしい魔力だと思っていた。
しかし、レイくんの魔力を初めてみたときに気づいたのだ。
努力の結晶から漲る荒々しい魔力が、どんな磨かれた才能よりも綺麗だということに。
――――――――――
「素晴らしい魔力値です。エレノアは間違いなく最高の魔法使いになります」
十歳になった私は、将来の資質を図る儀礼式を受けていた。
どうやら私は、子供たちの中でも魔法使いの才能があるらしい。
周りの貴族たちは嬉しそうに声を上げ、私の両親も誇らしげに手を振ってきた。
私も、笑顔で答えた。
――吐き気がした。
「エレノア、明日から家庭教師を増やすことになりました。朝は六時ではなく五時おきです。寝不足は厳禁ですからね」
「はい、お母さま」
「魔力数値がいくら高くても驕ることは許しません。無駄な時間の使い方には気を付けなさい。ただでさえ入学まで時間がありません」
私は子爵家の長女として生まれた。
父は馬車産業で成り上がった経営者で、母は魔法使い。
二人は政略結婚で私を産んだ。
残念ながら男性ではなかったので、叔父や叔母はいたく悲しんだという。
さらに最悪だったのは、母の身体が弱く、二人目の子を産むことができなかったということ。
私がその事実を知ったのは随分と後だった。
父がなぜ私に冷たかったのか、納得ができてむしろほっとしたことを覚えている。
母は私のことを愛していたとは思うが、私を
魔力を伸ばす行為は十歳を超えてからが良いとされている。
身体的な問題と同じで、体内の魔力器官が未熟なうちに研鑽を積んでしまうと、成長に問題が起きるからだ。
しかし私は、物心つくころから母に魔力数値を伸ばす教育を受けさせられていた。
つまりあの儀礼式は捏造されたもので、まだ未来が明るくないことは私自身が一番理解していた。
「エレノア、あなたは素晴らしいわ」
幸か不幸か、努力をすれば魔力数値が上がる才能はあったらしい。
これが母のおかげなのかどうかは定かではないものの、周りからは天才と呼ばれながら順調に成長していった。
取り分け厳しかったのは勉学だった。
魔法はいわゆる運動と同じ扱いなので、魔法だけ扱えたとしても、頭が悪ければ貴族社会で馬鹿にされてしまう。
そのため、私は寝る時間以外のほどんどを勉学に費やしていた。
十三歳になり、貴族の名門校に入学することができた。
魔法も勉学もトップになり、母はとても嬉しそうだった。
父からしてもこの出来事にはとても鼻が高かったらしい。
これからも頑張ってくれよと、応援されるようになった。
貴族校は入学こそ難しいものの、卒業は簡単だと言われている。
多くの生徒たちがホッとする中、私にとっては、更なる地獄の始まりでしかなかった。
常に一位であり続けなさい。二位になったとき、エレノア、あなたの価値は底まで落ちるのよ。
当時の私は、母の言葉を信じようと踏ん張っていた。
どれだけ辛くても未来が明るいのだろうと、今、今だけだと。
学校の授業は家庭教師で終えたものばかりだった。
私にとっては退屈で、なおかつ時間の無駄だった。
なぜなら、自宅へ戻ってからも座学が始まるからだ。
さらに大変だったのは友人関係との付き合いだ。
「ゴルダー家の子とは絶対に仲良くしなさい」
母は、政界で力のある子供たちをリストアップし、私に学校内でのやるべきことリストを作った。
幸い、私は笑顔が得意だった。
人は見た一様に挨拶をする人間が好きだ。笑顔に心を許し、敵意のない子をいい人と思う。
ただし、下手に出過ぎないことも必要である。
嫌味に取られない程度に謙遜し、軽い冗談を言い合う。
これもすべて、心理学の座学で教わったことだった。
唯一安息の時間は睡眠だけだった。
誰に邪魔されることもなく、頭を空っぽにできる。
私の頭は、常に何かがぐるぐる回り続けていた。
自分ではない誰かに動かされている気分で、たまに叫び出しそうになる。
なのに、出会う人全員に褒められるのだ。
私は、私が、大嫌いだった。
やがて誰かが言い始めた。
絶対に怒らない。いつも笑顔。癒しの、
――天使のエレノア。
醜くて汚い、ドロドロとした私の感情との対比にある言葉だ。
私は多くの人と仲良くしていたけれど、それもすべて母から言われたことを律儀に守っていただけだった。
何より申し訳なかった。私を信頼してくれている人たちに。
こんなにも醜い私を、天使だといってくれる無垢な心に。
貴族学園を無事に卒業した私は、飛び級制度を使って宮廷魔法使いの見習いになった。ようやく独り立ちできるのだと喜んだ。
母の念願も叶った。
けれどもこれも、新たな始まりにしか過ぎなかった。
「あなたがエレノア? 確か魔法は凄いけど、母親がねえ」
私の母は、私よりも立ち回りが上手ではなかった。
宮廷魔法使いになったことで貴族会に顔を出すようになった母は、あまりにも私を売り込みすぎて失敗してしまった。
親の愚痴は子へも伝染する。
私の立場もあやうくなり、誰も私と話してはくれなくなった。
このことをきっかけ母は心の病にかかり、私に対して何も言わなくなっていった。
しかし私は、すでに元には戻らないところまできていた。
「お母さま、次はどうしたらいいのでしょうか」
自分で考えるということができなくなっていたのだ。
誰と仲良くして、誰とどんな話題をして、どこを目指せばいいのか。
父は母を労わり、私は一人、孤立して何もしない日々が続いた。
成績はどんどん落ちていった。
私は落ちこぼれとなり、宮廷魔法使いになることすら叶わなかった。
しかし幼い頃から知識だけは蓄えていたおかげで、宮廷教員と呼ばれる職務につくことができた。
魔法の知識や歴史や、幅広いことを将来有望な子供たちに教える職業だ。
教員の免許と同じだが、貴族学園で教えるのではなく、家庭教師のようなもの。
個別で指導し、それぞれの特技を伸ばしていく。
しかし私はこの仕事が性に合っていたようで、多くの人に好かれた。
それはもちろん、誰よりも私が子供の立場になれるからだった。
教育熱心な両親のことを、誰よりも熟知している。
そんなある日、母は自ら命を絶った。
病状が回復していくにつれ、私が宮廷教員となっていることを認識してしまい、教育に失敗したのは自分のせいだと。
「エレノア、お前のせいだ」
父の怒りの矛先は私に向けられた。
母は、私が落ちこぼれだったからこの世を去ったのだと。
皮肉にも、私の宮廷教員としての地位はどんどん上がっていった。
教えた子供たちは軒並み名門貴族校に進学し、その頃には、私の知名度のほうが父よりも上回った。
しかし私はわかっていた。
なぜ子供たちが優秀になれるのか。
「お母さまもきっと喜ぶと思います」
「お父様を見返してやりましょう」
「私も、鼻が高いですよ」
それは、私が巧みな話術で鼓舞させていたからだ。
まるで私は、幼い頃の母のようになっていた。
数年の時が経過した。
私は教員を辞めた。子供たちの眩しい笑顔を見ていると、自分が嫌になるからだ。
父とも疎遠となり、将来に希望が持てなかった。
やがて一つの結論に達した。
この世から私という存在を消し去りたい。
穏やかな空を見ながらふと決意した。
私は感情が薄いと自覚していた。喜怒哀楽をうまく操作することが大事だと教わっていたので、もはやよくわからなくなっていたのだ。
近くに湖があった。そこで静かに、人生を終わらせよう。
立ち上がり、私が湖に到着したときだ。
足元に水がひんやりと浸かったとき、声がした。
「この時期で水浴びなんて、もしかして人魚?」
十代後半くらいの男の子。無垢な顔をしながら、私に声をかけてきた。
「よくわかりましたね。今から、自分の世界に戻ろうと思うんですよ」
「へえ、俺も付いていっていい?」
「泳ぎが上手ならば」
「浅瀬ならなんとか」
初めて会ったとは思えないほど、彼は私と自然に会話をしてくれた。
このまま湖に入ることもできず、お話をする。
彼は冒険者らしく、たまたま、この場所に来たという。
そして私が死んだ顔をしているので、声をかけにきてくれたと。
何もかも、気づいていたらしい。
「生きてればいいことあるよ」
「あなたは遠慮のない言い方をするのね」
「そうかな? 美味しいもの食べて、身体を動かそう」
「ふふふ、美味しいもなんて、随分食べてないかも」
「じゃあ、これは?」
スッと取り出してきたのは、私が幼い頃に好きだったフルーツサンドだった。
……ずっと忘れていた。
何だか無性に食べたくなり、口に運ぶ。
「……美味しい」
「だよね。俺も“これが”食べられるとは思ってもなかったから、めちゃくちゃ嬉しい」
「……思ってもなかった? フルーツサンドで?」
「あ、いや、田舎生まれだから」
「ふうん?」
彼の名前はレイくん。
時折、変なことを言うけれど、悪い子ではないとわかった。
その日から、公園で話すのが日課になった。
そんなある日、待ち合わせの時間より早く着いた私は、レイくんが魔力の鍛錬をしているのを見つけた。
汗だくで、泥だらけで、凄く不安定な魔力だった。
私が教える子供たちは、皆一様に才能に溢れていた。
幼い頃から魔力数値が高く、底知れない力を持つと断言された子供たち。
でもレイくんの魔力は、才能ではなく、血のにじむような努力によって磨かれたものだと一目見てわかった。
「……綺麗だ」
彼の美しい魔力の流れに、私の心は一目で奪われたのだ。
「魔力は心臓から四肢に行き渡らせるのが一番効率が良いとされています。けれども、実は部分的にしたほうが無駄がないんです。これは、私の持論ですけど」
「そうなのか……攻略本とは違うんだな」
「……攻略本?」
「何も」
私は、レイくんに持てる知識を授けようと思った。
初めは得意気に褒められたかっただったけれど、レイくんは凄く楽しそうだった。
今思えば、彼はこのときから決意していたのだろう。
これからの先の、未来のことを。
私は知らずうちに彼の未来を奪う手助けをしていた。
頼まれもしないのにペラペラペラペラペラと喋り、レイくんが努力する姿を見て喜んでしまっていた。
「【魔人】の目は一つ一つに意思があると思うの。だからこそ、その虚を突けば近づくことはできるじゃないかしら。といっても、倒すなんてできっこないけどね」
【魔人】の出現により、ドルガ国が一夜にして壊滅した。
死傷者は10万人を超え、逃げ出せたものはほとんどいなかった。
突然現れ、突然奪う。
世界の共通の敵。
彼がその【魔人】と戦おうとしているのは、並々ならぬ努力で気づいた。
本気、なんだと。
私には今まで人生の目的なんてなかった。
でも、見つけたのだ。
レイくんについていこう。
そして、彼の手助けをしたい。
それがどんなに困難なことでも、私は一緒にいるだけで幸せ。
だから私は、こっそり旅だとうとしているレイくんを待ち構えた。
「え、エレノアさん!? なんでここに」
「どこへ行くんですか? 今日の勉強はまだ終えていませんよ」
「……え、ええと」
「実は私、旅がしたかったんです。レイくんは冒険者なんですよね。一緒についていきます。これは決定事項です。その間、私が魔法について教えて差し上げますよ。ほら、便利な相棒でしょう?」
レイくんは凄く嫌そうだった。
それでも、私の強い希望で折れてくれた。
「わかりました。じゃあ、
「はい。レイくん」
私は彼に命を救われて、人生の楽しさを教えてもらったのだ。
この世には幸せが溢れていると。
そして、レズリィさんとソフィアさんとも一緒に旅をすることになった。
強くて、頼りになる、頼もしい人たち。
驚いたのは、二人とも、私とまったく同じ気持ちを抱いていたということだった。
「私は今まで、才能こそがすべてだと思っていた。しかし、レイに気づかされた。必要なのは信念だ。あいつは前を見続けられる無垢な努力ができる。それが、どれだけ凄いことかわかっていない。――いずれレイは私の剣術を超える」
「レズリィさんの意見に同意します。私は、彼に回復魔法を教えています。本来は、持って生まれた才能でしか使えません。でも彼は、毎日のように努力し、小さな光ですが、傷を治せるようになっています。誰にも言ってませんが、これは、常識を覆す歴史的な出来事です。きっと、彼は世界を変えるでしょうね。――エレノアさんも、そう思うでしょう?」
もちろん。レイくんは、きっと素晴らしい人物になる。
性格だけでなく、剣術も、魔法も凄い。
なのに、 なのに、 なのに、 なのに、 なのに、 なのに、 なのに、 なのに、 なのに、 なのに、 なのに、 なのに、 なのに、 なのに、 なのに、 なのに、 なのに、 なのに、
私が、奪った。
「レイくん、お身体拭きますね」
「あ、ありがとうございます」
彼は自分の命を顧みず【魔人】を倒した。
私はただ、彼の隣にいることが幸せで、それ以外のことを考えていなかったから気づかなかった。
知識を語り、彼を危険な目に遭わせた。
私が、彼をこんな目に遭わせた。
でも、安心してください。
これからは、私があなたの未来を守りますから。
「レイくん、これからは何でもしますからね。困ったことがあったら、私に言ってくださいね」
安心してほしい。何も心配はいらないからね。
◇ ◇ ◇ ◇
「それじゃあ、着替え持ってくるね。レイくん」
エレノアが、満面の笑みで扉を閉める。
ひぎいいいいいいいいいい。
は、恥ずかしい。
俺は今、エレノアに”息子”を丁寧に丁寧にフキフキされたところだ。
【魔人化】の苦しみより上はないと思っていたが、まさかこんな辱めを受けるとは思わなかった。
くそ【DWS】め。マジで様々な方向で俺を苦しめやがる。
しかし、エレノアは本当に優しいな……。
初めて会ったときは、なぜか追加コンテンツのDLエピソード、エレノア入水エンドまっしぐらで心臓が飛び出そうだった。
あと数分遅れたら多分そうなっていた。
はあ……なんで追加コンテンツがエンドなんだよ。
あの時はマジでコミュニティサイトが荒れに荒れた。反省はしている、と運営もコメントして、エピソードは排除された。でもなんでなんだよ!
きっとやっぱあれだな。原作主人公がいないからだな。
はあ……だがみんなの献身的な介護のおかげで、段々と痛みが減ってきている。でも逆に怖い。
おそらく【魔人化】が進んでいるという証拠でもあるだろう。
……断つか? 命を。
どうせ捨てるつもりだったものだ。
レズリィは裏のツテで治癒術者を探しているが、俺の知っている限り、ソフィア以上の腕利きはいない。
エレノアは俺を無人島に輸送しそうだし。そうなったら【魔人化】して永遠に彷徨うんじゃないの? で、三人は守り人と化す。バットエンドすぎだろ!
はあ……と頭を掻く。
どうするかなと思っていたら、ハッと恐ろしいことに気づいた。
今俺は、右腕で頭を掻いた。自然に動いたのだ。
今までは呪印によって痛みが凄まじく、動かすだけで叫び出すレベルだった。
なのに突然、何もかも消え去ったかのようにふっと痛みがない。
右腕の包帯を無造作に引きはがす。
「……おい、どういうことだよ」
蛇がうねっているように呪印が動いている。。
突然の出来事に不安になった俺は、振り払うかのように右手を振った。
軌道上に、エレノアが座っていた椅子があった。
軽く当たった。本当に、軽く。 倒れるかな、と思った次の瞬間。
――ドォォォォンッ!!!
爆音が響いた。
椅子はひしゃげるどころではない。まるで爆薬でも仕込まれていたかのように木っ端微塵に弾け飛び、壁に突き刺さった。
……嘘だろ。
そして、その一部始終を目撃したのは、着替えを抱えて扉を開けたエレノアだった。
彼女は、壁に突き刺さった椅子の破片と、俺の右腕を交互に見つめた。
「大丈夫ですよ。安心してくださいね。レイくんは、何も心配しなくてもいいです。風邪ひかないように、厚着しましょうね。酔い止めのお薬も持っていきましょうか」
……無人島にフルーツあるかなぁ。