鬱ゲーの全滅イベントで年上ヒロイン達を庇ったら【暴食の魔人】になって生き残った。――「理性が消える前に殺して」と頼んでも、曇った彼女たちが許してくれない。 作:菊池 快晴
この世界が【DWS】だと気づいたときのことは、今でもよく覚えている。
「は、はは……マジかよ」
辺境村の生まれだった俺は、十歳近くまでただの
小柄で身体も弱い、虐められっ子。
だけどある日、頭を打ったことをきっかけに、目が覚めたかのように記憶があふれ出してきた。
前世の俺が愛してやまなかった【DWS】。
鬱ゲーでクソゲー。だが最高のゲーム。
そして
バカみたいに強い魔物を融合させて出来たようなクソキャラ【魔人】。
俺の好きだった年上のキャラクターたちの抗えない運命。
魅力的なストーリー、世界観、サブエピソード。
――全部、知りたい。
結論も決意もすこぶる早かった。俺は、旅に出ることに決めた。
幸い両親はいなくて、村に未練なんてなかった。
ちなみに俺は、どんぶらこどんぶらこと川から流れてきたそうだ。
育ての親は村長、そんな爺さんも寿命で死んじまった。
ちなみに105歳の大往生なのであんま悲しくない。むしろ、すげえよ爺さんって感じで送り出した。
ただ問題は、俺が落ちこぼれで才能もなかったってコト。
なんで主人公じゃねえんだよ! と百回ぐらい悪態ついた。いや、二百回ぐらいかも。
愚痴をいっても始まらない。適当な棒っ切れで自主練を初めて、半年かけてようやく積年の虐めっ子たちを撃退した。
しかし魔物は簡単じゃなかった。
めちゃくちゃ弱いはずのゴブリンもどきに半殺しにされた。原作を知っているからこそ絶望しそうになり、泣いた。
右腕を折られ、あばら骨が三本も折れた。高熱で死にそうになった。0勝1敗(対魔物)。
一年かかってようやく一勝を物にし、10勝連続できるように二年。
村を出るのに三年もかかった。
正直、何度も心が折れそうになった。
なんでこんな苦しい思いをしているんだろうと。
でもそんな俺を奮い立たせてくれたのも【DWS】だった。
苦しくて悲しくて辛いことしかなかった俺の前世。
それが楽しくなったのは【DWS】のおかげ。
クソみたいなエピソードばかりだが、それだけ感情を揺さぶられるということでもあった。
行きたい場所、食べてみたい果実、見てみたい魔物もいたが、何より一番会いたかったのはキャラクターだ。
――レズリィ、エレノア、ソフィア。
比較的ヒロインの年齢層が十代に偏る【DWS】でも、めずらしい二十代ヒロイン(俺の中では)
原作主人公とのエピソードも結構熱くて、それぞれ人生の転換期に出会い、仲間になる。
やがて……ここからが問題。大問題。割愛。
彼女たちが【魔人化】になるなんてありえねェ。
俺はその一心で、無我夢中で、とにかく突っ走った。
半歩違えば死んでいたであろう戦いをくぐりぬけ、ようやくレズリィを見つけた。
原作主人公がいなかったことに驚き、悪態をついたものの、彼女と出会えた瞬間、この世界が本当に【DWS】だと確信した。
考えてみてほしい。
人生を変えてくれるほどの世界に転生した。
んでもって、人生を変えてくれるほどのキャラクターに会えたらどんな気持ちになるのか。
で、そんな人とともに旅するようになる。
感謝してくれたり、怒ってくれたり、微笑んでくれたり、笑ってくれたりしてくれるんだ。そりゃ、サイコーでしかねえ。
だからこそ、守りたい気持ちはより一層強くなった。
これはただの自己満足。善意でもなんでもない。俺が、そうしたかった。
「レイ、お前は本当に努力家だな」
今までの苦しかったことも、レズリィ師匠のおかげで意味のあるものに変わっていく。
ただ、原作よりもバカみたいに厳しいし、アホみたいに強いし、鬼のように怖かった。
「もっと、俺はもっと強くなりたいんです」
「……なぜだ? お前には素質がある。急ぐ必要はない。そのまま、前に進んでいけばいい」
「このままじゃ――【魔人】には勝てないんですよ」
「……大層な夢だな。だが、気に入った。そこまで言うなら、私が
「はい!」
ちなみに文字通り本気になってからは思い出したくもないことばかり。
短剣一本で魔物だらけの山に放り込まれたり、濁流に投げられたり、クソ強い賞金首と戦わせられたり。
あのー、異世界って法律とかないんですかー? あります? あ、特訓なら何でも許される? わかりましたー。
って感じで何とか耐えた。
「レイくん、あなた本当に何でも知りたがるのね。――でも、それがいいと思うわ」
次に出会ったのはエレノアだった。
天使のような笑顔ってのはまさに誇張偽りなし。
声もおしとやかで立ち振る舞いもGOOOD。
ただし、魔法がマジで火力特化すぎて、耳が何度焦げたかわからない。
あの、もう少しだけ手加減しませんか? しませんか、そうですか。
「レイ君……あなたは、優しいですね」
ソフィア。
生で見たときはマジで女神かと思った。本当にこの世に存在してたんだ。
マジですっげえ優しくて、世界に必要な存在だと再認識。聖女。
回復魔法は奇跡の技だとよく言われるが、その例えは完璧だと思った。
すげえよ、マジ。ぶっとぶ。
俺が好きだったキャラクターは想像以上だった。
外見だけのことだけじゃない。芯の強さや、誇り高いところ、考え方まで。
旅は……本当に楽しかった。
【DWS】が、この世界が、楽しくてしょうがなかった。
永遠に続いてほしい。本気でそう願った。
だからこそ、【魔人】を倒すと決意も固かった。
死んでもいいと思えたのは、師匠たちに幸せになってほしかったからだ。
【魔人】のせいで人生が終わるなら、俺みたいな異分子が命をかけたほうが得。成功すればお釣りどころの話じゃない。
だから、頑張れた。突っ走れた。
――――――――なのになんで中途半端に、生き延びちまったんだよ。
「……あー……」
目を覚ますと、日課の筋トレか、と頭がよぎる。もうする必要はない。
ふと視線を落とすと、右腕の紫色の痣が一日ごとに心臓に近づいていっている。
【魔人】を倒すまでの俺は狂気に身を任せていた。
自分であって、自分ではない感覚。
ある種の英雄的な感覚を降臨させて、ハイになっていた。
俺しかできない、俺だからこそできると。
窓から見える外で夜中だとわかった。
俺の睡眠の邪魔をしたくないからか、部屋に師匠たちはいない。
扉を開け、玄関を通って外に出た。
【DWS】の星空は声を失うほど綺麗だ。
高層ビルも車もない。空気が死ぬほど美味い。
幸せに浸りそうになり、過去を思い出しそうになり、顔を強く振る。
俺の【魔人化】は抗いようのない事実だ。
師匠たちが俺に何も言ってこないのが、よりその認識を改める。
いや、何を言っているんだ俺は。
【魔人化】に抗いようないことは、誰よりも俺が
……なぜ俺がこんなことになったのか。それも、わかっている。
――これは罰なのだ。【DWS】をぶっ壊した、俺への呪い。
【DWS】は言っている。
お前は苦しんで、絶望して、むせび泣き、後悔して、そして死ねと。
……あー。
ダメだ、考えるな。蓋をしろ。
しかしそのとき、庭園の花が見えてしまった。
あまりにも綺麗な、赤い薔薇。
気づけばその場で膝をついてしまう。
右腕を押さえると、涙が溢れてしまった。
……生きたい。できることなら、もっとこの世界を見て回りたい。
レズリィと、エレノアと、ソフィアと、笑いながら、怒られながら、旅をしたい。
まだ、やりたいことがある。
「……死にたくねえな」
ひときしり泣いたあと、乱暴に顔を拭って立ち上がった。
いつまでもメソメソしてはいられない。
これはただのガス抜きだ。溜め込んでいた毒を吐き出して、また明日から師匠たちの前で笑うための、必要な儀式のようなもの。
誰にも見られていないし、誰にも聞かれていない。
だから、これは俺の中だけで完結する。
――――――――――――――――
しかし、闇に溶け込むように三人がその姿を見てしまっていた。
月明かりの下、一度も折れたことのない少年が膝をつき、子供のように涙を流し、声を漏らす。
初めて見るその姿に何を想い、何を感じたのか。
その絶望の深さは、彼女たちだけにしかわからない。