鬱ゲーの全滅イベントで年上ヒロイン達を庇ったら【暴食の魔人】になって生き残った。――「理性が消える前に殺して」と頼んでも、曇った彼女たちが許してくれない。   作:菊池 快晴

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第15話 レイの本音 2

「……死にたくねえな」

 

 レイが初めて見せた、か細い、希望と悲しみの声。

 一度も折れたことのない彼が膝をつき、子供のように涙を流す。

 

 そんな姿を偶然にも、三人は見てしまっていた。

 

 リュック・ドロップが姿を現したあの日以降、夜の警戒は怠っていない。

 門の影、レイから見えない庭園の暗がりで、三人は呼吸すら忘れて凍りついていた。

 

 彼が屋敷へ戻るまで、決して気づかれないように。

 けれど、その配慮こそが残酷な真実を暴いてしまった。

 

 ――共に戦っていると勘違いしていた。

 

 ――命を懸けることの本当の意味を、誰一人として理解していなかった。

 

 ――レイだけが、たった一人で、すべてを背負っていたのだ。

 

 

 

 レズリィの胸を支配したのは、身を焼き尽くすほどの自責の念だった。

 

「……私が、剣を教えた……あいつに、強さとは何かを説いた……なのに、なにが師匠だ……何が、偉そうに……」

 

 喉の奥から、鉄の味がするほどの嗚咽がこみ上げる。

 

 【魔人】を倒す覚悟をしていたレイを止めることのできた、唯一の好機。あの一騎打ちで、自分は弟子の覚悟を見抜けなかった。

 自らを師と仰ぎ、尊敬のまなざしを向けてくれるレイの笑顔に、目が眩んでいたのだ。

 

 レイは気づいていたのだ。私たちの甘さに。

 【魔人】を倒せるとは、心の底からは思っていなかった私たちの弱さに。

 ただ、信念を強く持ち、四人なら奇跡が起きるかもしれないと――そんな不確定な未来に縋っていた自分たちとは違い、レイは殺すための算段を、己の命を代償にして組み上げていた。

 

 誰よりも長い時間を過ごし、誰よりも言葉を交わし、レイのすべてを知った気になっていた。

 それがどれほど、滑稽な驕りだったことか。

 

 化け物に囲まれて両腕を折られたときですら、レイは弱音一つ吐かなかった。

 どれだけ理不尽な特訓を課しても、常に前だけを見続けていた。

 

 あれは強さではない。

 立ち止まれば死ぬとわかっていたから、走るしかなかったのだ。

 

 目を覚ましたレイは、驚くほどいつも通りだった。

 悲しみに浸ることもなく、明日を見据えていた。

 違う。あいつが悲しまなかったのは、私たちが悲しまないように配慮していただけだ。

 あいつは、どこまでも……私たちの心を守ろうとして……。

 

(何も気づかず、何が師だ……ッ!!)

 

 レイの右腕の呪印は、日に日に濃く、心臓へと根を伸ばしている。

 やがて【魔人化】してしまう弟子を、どう救えばいいのか答えすら見いだせない。

 邪気を払う治癒術者すら見つからない。

 ただただ、無為に時間だけが過ぎていく。

 

 レイの孤独な戦いは、終わってなどいなかった。今もなお続いているのだ。

 そんなことに未だ気づけなかった自分が、憎い。

 子供のように泣きじゃくる弟子を抱きしめることもできず、ただ闇に隠れて震えている自分が、どうしようもなく憎い。

 

 もはや自分は師ではない。

 しかし、諦めることはしない。

 

 レズリィは、爪が食い込むほど強く拳を握りしめた。

 血が滲む。だが、胸の痛みに比べればこんなものは痛みですらない。

 

 必ず、何か、手段があるはずだ。

 レイが生きられるなら、私はなんだってする。

 

 ――――◇――◇――◇――◇――

 

 エレノアは立っていられなくなり、スカートの裾を握りしめてその場に崩れ落ちた。

 

「……はぁっ、はぁっ……レイくん……ごめんなさい……本当に……ごめんなさい……ッ」

 

 これほどまでに時間を巻き戻してほしいと願ったことはない。

 レイくんの決意を、笑顔の裏に隠した悲鳴を、気づかずに過ごしていた日々を呪いたい。

 この四人でいられることが幸せで、【魔人】の脅威から目を逸らし、穏やかな日々を享受していた自分が許せない。

 

『レイくんは、いつかもっと強くなるわ』

 

 あの日、彼にかけた言葉が、呪いのように蘇る。

 レイくんはいつかなんて考えていなかった。

 彼は今しか見ていなかった。明日が来る保証なんてどこにもないと知っていたから。そんな彼の前で、私は呑気に未来の話をしていたのだ。

 

 どれほど残酷なことを強いていただろう。

 彼はどんな思いで、私の言葉に頷いていたのだろう。

 

 過去を否定していたくせに、過去にすがって膨大な知識を持つと自負していた。

 けれど、一番大切な人の命が削れていることすら気づけなかった。

 

(代われるものなら、代わってあげたい……)

 

 そんな浅はかな願いすら、レイくんに対する冒涜に思える。

 彼は、私たちが傷つかないように、たった一人で地獄を歩いてきたのだから。

 

 エレノアの瞳から、涙がとめどなく溢れる。

 けれど、その瞳の奥には、冷たく暗い炎が宿り始めていた。

 

 最後の最後まであきらめない。レイくんのためならなんだってする。

 

 ――――◇――◇――◇――◇――

 

「……何が、女神よ……」

 

 ソフィアは、唇を強く噛みしめ、己のすべてを否定する。

 神の存在を信じる一方で、神が都合よく弱者に手を差し伸べてくれないことは、誰よりも承知していたはずだった。

 なのに、心のどこかで期待していた。

 レイ君ほどの善行を積んだ人間には、神が救いを与えてくれるはずだと。

 私たちが祈れば、きっと道は開けると。

 

 違った。

 レイ君は、神になど頼っていなかった。

 祈っている暇があるなら剣を振り、奇跡を待つ時間があるなら血を流して道を作っていた。

 

 聖女? 癒やしの手? 回復魔法?

 目の前で泣いているたった一人の男の子すら救えない私が、何を偉そうに。

 右腕の呪い一つ解けない。痛みを取り除くことすらできない。

 私の魔法は、レイ君が必死に隠していた恐怖すら癒やせていなかった。

 

「…………」

 

 ソフィアは、夜空を見上げる。

 そこには美しい星空があった。レイ君が涙を流して見上げた、無慈悲なほど美しい空が。

 

(もし、彼を救うつもりがないのなら――私は、あなたを否定する。――あなたを、拒絶する)

 

 信仰を捨てるのではない。

 神に縋るのをやめるのだ。

 

 レイ君を救うのは、神ではない。私たちだ。

 たとえそれが禁忌に触れる術であろうと、悪魔の所業であろうと構わない。

 彼が生きて笑ってくれるなら、私は喜んで修羅にでも堕ちる。

 

 ――私が、レイ君を助ける。

 

          ◇

 

 三人は、涙を押し殺すと、静かな声を上げた。

 

「……リュック・ドロップのことは、よく知っている。あいつは、己の疑念に妥協がない女だ。どこかで必ず、私たちの身柄を拘束しようとする」

「……宮廷魔法使いの連中は優秀だわ。それは、誰よりも私が知っている。だけど、扱う魔術の知識なら、私の頭の中に全部入ってる。もう、二度と間違えない」

「【魔人】死骸の調査にあたったのは、宮廷魔法団、聖女教会、王立騎士団合同捜索隊だと調べがつきました。リュックさんの言っていた通り、ゲルマン王が【英雄】を探しております。それを受けて、ラグーニ国への入国、または出国が第五レベルの警戒となりました。よって、任務受注以外での通常出国、入国はほぼ不可能となっております。――いずれ、いや、間違いなく。私たち迷い猫(ロストキャッツ)を含む数十人以上のパーティーが王城に出頭を命じられるはずです。そのときは……どうされますか」

 

 ソフィアは、静かに尋ねた。自分の答えは決まっているかのように。

 

「レイを守るためなら、私は大罪人になろうとも構わない。――あいつの平穏が一日でも守れるならば――誰であろうと容赦はしない」

「私も同じだわ。旧知であろうとも、レイくんを守るためなら何だってする」

「……私もです。レイ君の為なら、教会を敵に回しても構わないです」

 

 

 三人の想いは、夜の闇に静かに溶けていった。

 幸か不幸か、レイの耳には届かないまま。

 

 

 

 

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