鬱ゲーの全滅イベントで年上ヒロイン達を庇ったら【暴食の魔人】になって生き残った。――「理性が消える前に殺して」と頼んでも、曇った彼女たちが許してくれない。   作:菊池 快晴

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第18話 レズリィの業

「しょうがねえな。いいか? 誰にも言うなよ? 実はな……【魔人】倒したのは、俺なんだ」

 

 男からしてみれば仲間内の軽い冗談、あるいは酒の席での余興のつもりだったのだろう。

 【魔人】を倒した英雄は現れない。だからこその嘘、めくれることのない嘘。

 

 男にとって最悪だったのは、その最たる証拠である俺がこの店にいたこと。

 そして何より、師匠たちが久しぶりの平穏な時間を噛み締めている最中だったことだ。

 

 師匠たちから溢れる濃密な殺気が、男の死臭を幻視させる。

 空気がピリリと張り詰めたのが、肌でわかった。

 俺は知っている。普段は明るくて冗談もかわせる師匠たちが、敵と認定した相手には慈悲のかけらも与えない修羅であることを。

 

 現状を鑑みた素直な感想は――オイオイオイ、あいつ死んだわ。である。

 

「かーっ、マジっすか!? なんで言わないんすか!? 英雄じゃないっすか!?」

 

 さらに男への追い打ちをかけるかのように、いかにも舎弟のお手本ですという男が甲高い声を上げる。

 あまりにも気まずくなり、茶ではないが、茶のように水をすする。

 

 当事者である俺はあまり気にしていないのだが、それはそれとして、師匠たちの立場になって考えてみる。こういうの、一番大事。

 

 命を賭して【魔人】を倒し、その代償として弟子の右腕が【魔人化】した。

 残り少ない命、時間を噛みしめるように過ごしている。

 そんな背後で、その手柄を軽く奪い、酒の肴にする男が現れる。

 

 うーん、ギルティかも。逆の立場なら、俺でも我慢できる気がしない。

 

「出ますか」

 

 なので、俺は短く切り出した。

 師匠たちに言わせるのは申し訳ない。俺が今の会話を聞いていなかった可能性がある以上、師匠たちがこの場をぶち壊すなんて一番したくない行為だろうから。

 

 が、

 

「お料理、お待たせ致しましたー!」

 

 明るい声で給仕が現れる。

 急いでくれたのか凄まじい速さでの提供。だが今日ばかりは遅くても良かった。

 

 とんとんとんっと手際よくテーブルに料理を並べてくれる。

 飯を粗末にするのは迷い猫(ロストキャッツ)ではご法度だ。

 

「やっぱ食べますか!」

 

 と、あえて明るく声を上げる。

 

「……すまないなレイ、私より先に言わせてしまって」

「レイくんは本当に優しいわ。もう少しで、あの男の首をはねるところだった」

「西のアラル村では、生贄という風習がまだ残っています。命を与え、見返りをもらう。その儀式の詳細な手順が、ふと頭をよぎってしまいました」

 

 目がうつろになった師匠ズが自分を責めはじめたので、気にしないでくださいと笑顔を向ける。

 この落ち込みも殺意も、全部俺のためだ。ほんと、優しいよな。

 

「いいか、お前ら【魔人】を倒す方法はな――」

 

 後ろからの声。

 

 おま、やめ。

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終えて、外に出る。

 背後からは一つも合ってない【魔人】への攻略方法が垂れ流されていた。

 店内でうおおおおお! と歓声が上がるたび、俺の心臓もバックバクバク。

 とはいえ、飯は美味かったし、思い出話にも花を咲かせた。

 久しぶりの外出としては90点くらいはある。-10点はあの男だ。だいぶ甘く見積もって。

 

 あのまま放置していればリュック・ドロップが目をつけないかな? と思ったけれども、彼女がそんなことで騙されるわけがないだろう。

 

「――――――っ」

 

 夜になると右腕が疼く。

 【魔人】は暗闇で動く生き物だった。【DWS】では、というか、この世界では夜のほうが魔力が濃くなる。

 よって、同個体でも夜のほうが魔物が強い。当然【魔人】の呪いも活性化する。

 古代遺跡で戦いを挑んだのは、月明かりの美しい日だった。あの日だけは年に一度の大満月であり、魔力が著しく低下する日でもあったからだ。

 まあ、それにしては吐き気がするほど強かったけれども。

 

 痛みが顔に出たのは、時間にすればほんの一瞬だったと思う。

 心配かけたくないし、うめき声も漏らしていない。

 

 にもかかわらず、エレノアがすぐに声を上げた。ソフィアが続いて、俺の右腕を自分の方へ抱き寄せる。これは回復魔法を付与している行為であり、決してイチャつきにきたわけではない。

 

「もう帰りましょうか。夜も冷えてきましたし」

「ソフィアの言う通りです。久しぶりのお出かけで疲れました。でも、楽しかったですね」

 

 完璧すぎる配慮に、やっぱあんたら最高だよと心の中で賛美を送る。

 すると、レズリィだけが冒険者ギルドへ寄ってから帰ると答えた。

 

「リュック・ドロップの動向が気になる。一時間ほどで帰る予定だから、心配しなくていい」

 

 確かに気になる。

 夜にトランプしましょうねーとエレノアが楽し気に伝え、レズリィが軽く手を振る。

 

 俺は三人の中で、レズリィとの付き合いが一番長い。

 剣のことも一から教わったし、俺の未来のためにすげえ時間を使ってもらった。

 だからといってはあれだが、一番申し訳なく感じている。

 随分、迷惑かけてしまったしな。

 

 レズリィは最高の師匠だ。

 

 【DWS】の原作ゲームでも師匠が一番のパートナーだった。

 剣術が凄い所もあるが、何よりかっけえんだ。

 仲間想いで、決して退くことのない信念。

 

 数々のエピソード、思い出すだけで泣ける。

 

 俺がいなくなったら、せめて幸せな時間を過ごしてほしいもんだ。

 

 ――――――――――――

 

 仲間に微笑みながら手を振って別れた直後、レズリィの表情から感情が消え失せた。

 自分がどれだけ浅ましくて、小さな人間か思い知らされる。

 

 先ほどの嘲笑とも取れる男たちの声が、一瞬たりとも頭から離れない。

 無理やりに矯正したはずの凶暴な人格が、まったくもって抑えきれない。心臓の鼓動が著しく早くなる。

 

 エレノアやソフィアと違って、自分だけがレイの傍にいることは相応しくないと常々考えていた。

 

 貴族生まれであり、豊富な知識を持つエレノアは、レイにとってもパーティーにとっても欠かせない。

 ソフィアは、それこそ幾多のパーティーからも誘われる類まれな回復魔法を扱える。何よりも罪を憎み、善を重んじる人格者だ。

 

 

 けれど、自分(・・)は違う。

 

 

 薄汚れた、血にまみれた手で、レイに師匠だと言わせている自分が情けなくてたまらない。

 

 何より、レイと最も多くの時間を過ごしていた自分が何も気づかなかったこと。

 あいつに孤独な決断をさせたことが許せなかった。

 それはすべて、自分があまりにも弱かったからだ。

 剣術のことだけではない、人としても、すべてにおいて。

 

 過去を悔やみ、未来を憂いても仕方がないとはわかっている。

 だからこそ今の時間を大切にしていた。

 それを汚され、あまつさえレイの手柄を嘲笑されることは、レズリィにとって万死に値する行為だった。

 

 普段ならば、仲間とともに男を見下し、その場から去ることができたかもしれない。

 しかし、ほんの少しでもレイの価値を下げている行為が、たまらなく我慢できなかった。

 

 誰も、レズリィの深い底にある闇には気づかない。

 

 くわえて、男たちの素性を唯一知っていたのがレズリィだけだったことも災いした。

 

 男はかつて、無抵抗な初心者パーティーに魔物を擦り付けて逃げ出し、間接的な殺人を犯して投獄された過去がある。

 だがしかし、賄賂を使ってそれをなかったこと(・・・・・・)にし、無事に外に出てきたクズ。

 そのことをレズリィが知ったのは、あまりにも偶然だった。

 レイの右腕をどうにかして治そうと、裏社会に詳しい人物と何度も接触していた際、耳に入ってきたのだ。

 

 男たちがよく根城にしているのは、人がまったく通らない裏路地の廃屋付近だった。

 

 ガハハと陽気に笑い、【魔人】討伐の嘘話に花を咲かせている。

 男たちもたらふく酒を飲んでいた。そこへ、スタイルの良い赤髪の目立つ女がふらりと現れたのだ。

 ナンパな一言でもかけてやるのが、むしろ男たちにとっては賛辞に近いと考えていたのだろう。

 

「よう姉ちゃん、俺たちの英雄譚を聞きに来たのか?」

 

 男たちにとっては、軽い挨拶のようなものだった。

 しかしレズリィは、つまらない嘘をつくなと諭し、己を最後まで自制しようとした。

 男は、仲間と舎弟が見ている手前、そんな忠告を素直に聞くわけもない。

 

「ああん? 誰に向かって口きいてんだ?」

 

 半ば強引に仕掛けてきた喧嘩のようなものに、男たちは激昂して手を出す。

 

 はらわたが煮えくりかえりそうな心とは裏腹に、レズリィの思考は氷のように冴えていた。

 どこか怪我の一つでもしてしまえば、レイたちに心配をかけてしまうことになる。

 返り血一つ、浴びてはならない。

 

 たとえ相手が30人以上(・・・・)いようとも、ただの一撃も食らってはならない。

 

 完膚なきまでに叩きのめすまで、レズリィは狂人の如く舞った。

 誰一人殺すことなく、だがしかし心を折ることに成功したレズリィは、その場を後にする。

 

 

 翌日、この男たちは出国の手続きの際、【魔人】を倒したことを言及され、過去の罪とともに清算させられることになる。

 

 

 

 

 レズリィの心は晴れるどころか、むしろ深く深く、沈んでいた。

 自分への嫌悪感、どうしても抗えなかった破壊衝動。ちっぽけな心。

 

 相手が悪党だったからという理由で、あえてタガを外したことも理解している。

 

 こんな奴らを叩きのめしたところで、何かが変わるわけでもない。

 そもそも、自分は、こんな悪党たちと仲間だったことすらあるのだから。

 

「……私は最低だ。レイのために、何もしてやれていない」

 

 奪われるはずだった両腕。

 これは、レイに助けられたものだ。あいつは、私の汚れた手ごと、未来を拾い上げてくれた。

 

 なのに自分は、レイに何も与えることできなかった。

 

 いやむしろ、自分のせいだ。

 

 中途半端な腕でいい気になり、レイに剣術を教えた。

 

 それが、レイの未来を奪った。

 

 ほどなくして、夜空を裂くように豪雨が降り注ぐ。

 雨音だけが響く路地裏でただ立ちつくし、レズリィは、レイと初めて出会ったあの日のことを思い出していた。




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