鬱ゲーの全滅イベントで年上ヒロイン達を庇ったら【暴食の魔人】になって生き残った。――「理性が消える前に殺して」と頼んでも、曇った彼女たちが許してくれない。 作:菊池 快晴
力こそがすべてだと思っていた。
他者を蹂躙し、力を誇示することだけしか知らなかった。
ただ、剣を振って居場所を求め続けた。
それがどんな結果になるのかも知らずに、浅はかに。
未来に絶望し、何もかも失う瞬間。
レイは、私を地獄から救ってくれた。
才能に驕った剣ではなく、血と涙が滲むような、泥臭い一太刀で。
――――――――――――――――
「お前、レズリィっていうんだろ? 強いって聞いたぜ。――俺たちの仲間に入れよ」
物心つくころから両親はいなかった。
路地裏で過ごし、観光客に花を売って日銭を稼いでいた。
一日の稼ぎは200ギール。大きな堅いパンを買って食べていた。
ある日、男の子が私に声をかけてきた。
彼は子供たちを集めて、冒険者向けに薬草を作ろうと持ちかけてきたのだ。
その過程で、私の噂を聞いて仲間にしたいといってきた。
暴力が好きだったわけじゃない。ただ、お金を奪われかけたので、大人を撃退したことがあるだけだった。
男の子は強かった。でも、私は彼に勝ち、半年ほどでそこのリーダーとなった。
仕事は順調だった。薬草を摘みにいく、薬草を作る、薬草を売るといった分担わけのおかげで、まとまったお金が入るようになった。
もちろん贅沢をしないことが前提だが、飢え死にする子供はいなくなった。
しかし、塵も積もれば山となる。
生きる為とはいえ、街の悪党がそれを見逃すはずはなかった。
私がいない日だった。
薬草採集から帰ってきたとき、男の子はもう息絶えていた。
おそらくほんの暇つぶしだったのだろう。
私を誘ってくれた男の子の右腕を落とし、その商売のアガリの10%を上納しろと言ってきた。
男の子は、嫌だと断って殺された。
今までコツコツとお金をためていたのも奪われていた。
私たちの希望。みんなで、雨風をしのげる家を買うための未来だったのに。
殺してやる。
でも、そんなことできるわけがなかった。相手は本物の悪だ。
仲間は散り散りとなり、私もその町から逃げるしかなかった。
幸い、私には剣の才能があったらしい。
街では棒切れを振り回していただけだったけれど、自分が、他者よりも生物として優れていることは本能で理解していた。
剣を拾い、私は剣士の真似事を始めた。
次の街ではまともな生活をしようと決めていた。
しかし冒険者になるには年齢制限があり、資格を得ることができなかった。
身分もない私が定職につくこともできない。薬草を売る仕事は、もうしたくなかった。
、私は無資格で魔物を狩り始めた。
正規の冒険者たちはシノギを削って働いている。モグリだとバレれば、その場で殺されても文句は言えない。
だけど私は学んでいた。どの街にも、法をかいくぐる相応の悪党がいることに。
「魔物の素材を買い取ってほしい。お金は少なくてもいい」
子供が集めてくる素材なんて大したことはない。しかし、この土地ではごくまれに高価な魔石が落ちることがある。
男にしてみれば、安く買い叩ける上に善行を積むようなもの。おかげで、食いっぱぐれることはなかった。
「お前、うちで働いてみないか?」
やがて魔物を狩る速度が異常に速いことに気づいた悪党が、私に護衛の仕事を頼むようになった。
大人と違って警戒されることもなければ、兵士に目をつけられることもない。
私はすぐ、悪党のお気に入りとなった。
簡単な仕事だった。
ほとんどはただ横で立っているか、姪っ子のように付き添うだけ。
ごくまれに武力を酷使することはあるが、私にとって天職のようなものだった。
この仕事のおかげで、私は初めてのことが沢山できるようになった。
熱い湯を浴びたり、服を買ったり、そして、甘い物を食べたり。
「……美味しい」
私にとって食とは、生きる為だけの燃料だった。
いつも腹が膨れればいいだけの、硬い米やパンばかり食べていた。
しかし、何事も経験だと言われて食べた砂糖菓子。人生にはこんなに美味しいものがあるんだと気づいてしまった。
私の人生に、ささやかな楽しみが増えた。
「
あるときから、私はこう呼ばれるようになった。
鬼のように強いと評判になり、組織の中での地位も上がっていく。
しかしやっぱりどうしてか、上には上がいる。
突然現れた対立組織の奴らに簡単につぶされ、私はまた、一人になった。
気づいたことがある。
結局、世界は強者がすべてなのだ。
冒険者ギルドも、悪党も、貴族社会も、国も、魔物も、人間も。
強ければすべてが許される。
そして私は、ただただ強さを求め続けた。
ドゥアーナにたどり着いたのは、悪党が仕切っている街だと知っていたからだ。面倒な仲間意識など必要なく、強ければ重宝される世界。
そこで私は用心棒の仕事を始めた。
金をもらって雇い主を守る。雇用関係なので、組織と深く関わることもない。
剣は何度も振ったが、他者の人生を終わらせることは少なかった。
慈悲の心ではない。ただ、自分に他人を裁く資格があるとは思えなかったからだ。
だが何事にも終わりがある。
チョコレートを放置していたら、溶けてなくなってしまうように。
「レズリィ、お前は目立ちすぎた。――強すぎたんだよ」
私を恐れた悪党たちが手を組み、計画的に襲いかかってきた。
やがて致命傷となる一撃を食らい、地面に身体を押し付けられる。
「安心しな。殺しはしねえよ。――両腕をもらうだけだ。二本の足さえあれば、またこんなことがあったら走って逃げれるだろうよ」
私の人生のすべてを、ガハハと笑って奪う。
結局のところ、私はなぜこの世界に生まれてきたのだろうか。
奪われたから奪う。その繰り返しの中で意味を見いだせなかった。
「――じゃあな、レズリィちゃん」
両腕に容赦なく振り下ろされた剣。
しかしその刃が私の腕に届くことは、突然現れた少年によって阻まれた。
「だ、誰だお前!」
「俺は――レイだ!」
「……誰だ?」
「知ってるか?」
「いや、知らねえ」
私も……まったく知らなかった。
しかし、彼はとても強かった。
太刀筋がとても綺麗だった、というわけではない。
ただ、死ぬことを恐れていなかったのだ。
剣を振るには踏み込みが大事だ。腰が引けてしまうと、相手を倒すことはできない。
私たち剣士は、ある種意図的に恐怖の線を切っている。
だからこそ一歩、二歩と死地へたどり着ける。
少年の太刀筋はあまりにも未熟だった。
にもかかわらず、心ははるか先にあったのだ。
恐怖などないかのように、彼は自分よりも強い相手に向かっていく。
その一振り一振りに、私は目を奪われてしまっていた。
才能に驕った剣ではなく、血と涙が滲むような背景に。
私は急いで落ちていた剣を拾って加勢する。
「――君は、なぜ私を助けてくれたんだ」
「え? いやなんでっつーか……その、美人のお姉さんがヤバかったら助けるって、普通じゃないですか?」
「……時と場合によるだろう。二十人以上に囲まれていたんだぞ、私は」
「確かに……まあでも、助けたかったから助けた。それだけですよ」
レイは、私への感謝や対価を一切望まなかった。
それどころか、私が次の安全な街に移動するまでの護衛までしてくれた。
「じゃあ、俺はこれで……あ、レズリィさん。ここでアルラって貴族の人が、息子の剣術の師匠を探してましたよ。確か、ギルドにいけば強ければ不問、があったはずです!」
そんな謎の言葉を吐いて、私から去ろうとする。
しかし、私は首根っこを掴む。
「ひぃ、なんですか」
「待て。私はまだお前に何も返せていない。何か望め」
「え、えええ……じゃあ健康的に暮らしてください」
「ふざけてるのか?」
「いや結構ガチなんですけど」
「お前は何してるんだ?」
「えーと、旅です。旅」
「目的は?」
「……世界を見て回る、みたいな?」
「はあ……冗談か本気かわかんないことばかりだな」
レイは気さくなやつだったが、少し要領を得ない返答が多かった。
それでも可愛げがあり、私の命の恩人だった。
私は彼の剣を見て気づいたことがある。
――レイは、いつか死ぬかもしれない。
仕事をしていて多くの強者と出会った。
私より強い者もいたが、私は負けなかった。
奴らには覚悟が足りなかったのだ。
しかしレイは、私をもゆうに超えた心の強さがある。
だからこそ、怖かった。
彼が、この世界からいなくなってしまうことが。
「レイ、避けてみろ」
「え? ――な、何するんですかあ!?」
「ふむ、今のは防げるのか」
私はレイにだけは死んでほしくなかった。
少なくとも、彼のような善人が死ぬことは許されない。
ほんの少しだけでも、その可能性を下げたくて剣を教えるようになった。
半ば強引だったが、レイはその日々が楽しかったようで、毎日ともに剣を振った。
行動までともにするようになったのは半年が経過したころだった。
次に行きたいところがあると言って、私が無理やりについていったのだ。
そしてエレノア、ソフィアと出会い、私たちは仲間になった。
魔法を扱うには幼い頃からの鍛錬が必要だった。
そのため、レイは剣術を好んで使っていた。
私とレイは多くの時間を過ごし、レイが上達していく姿を見るのが人生の楽しみになっていた。
私の人生は自分のためではない。レイを強くするためだけにある。
それが、私にとって最良の時間だった。
しかし勘違いしていたのだ。
レイはとっくに私よりも強く、気高く、未来を見据えていた。
――お前はいつから、レイを守っていると勘違いしていた?
「昔の友人を頼ってみるわ。宮廷魔術師だから、何かわかるかも」
「私も聖女教会の本部で書庫を漁ってみます。また、教会の動きも調べておきますね」
エレノアは素晴らしい経歴を持っている。私と違って気高く、世界にとって必要な存在だ。
ソフィアは私と違って薄汚れた心を持っていない。聖女としての地位も高く、唯一無二の才能を持っている。
――お前は、いったい何ができるんだ?
――お前は、いったい何をしたんだ?
――お前は、役立たずのクズだ。
「……レイ、私は……すまない……」
悲しみに打ちひしがれながらも、私は頭を振って思いを断ち切った。
一時間ほど経過している。すぐに戻らなければならないと、足早に屋敷への帰路をつく。
屋敷の入口で、私はレイの姿を見つけた。
傘をさして、私を待ってくれている。
なぜ彼はここまで優しいのだろうか。
気遣うべきは自分のはずなのに、どうしてそこまでできるのだろうか。
「師匠!? めっちゃくちゃ濡れてますって!? 風邪引きますよ!?」
「……ああ」
「エレノアさんが湯をためてくれてるんで、風呂入ってください。あの、特別なときの入浴剤使っていいですから」
「……なあ、レイ」
「なんですか? 雨、濡れるんで中に入って――」
「レイ」
私は、レイの髪をくしゃりと撫でた。
この目が、鼻が、声が、すべてが愛おしい。
私の薄汚れた手が、レイに触れることはおこがましい。
わかっている。それでも、感情が抑えきれなかった。
笑え。笑って、心配をかけるな。
そして、何かあったときに、死地を超えて、踏み込め。
「ありがとう。本当に君は気が利くな」
「そうですか? 美人のお姉さんが濡れてたら、誰だってこれぐらいしますよ」
「……ふっ、そうだレイ。一緒に入らないか?」
「……はい!? どこに!?」
「話の流れでわかるだろう。風呂だ」
「いやいやいやいや、冗談言うの珍しいですね」
「私は本気だ。裸の付き合いも大事と聞いたことがある」
「それ男同士ですよ」
「師匠と弟子は、それ以上の関係だ。――ほら行くぞ」
「え、ええ!? 冗談すよね!?」
――すべてを失ってでも、レイを、守れ。
◇
翌日、二通の手紙が屋敷に届いた。
一通目は、エレノアの古い友人からだった。
呪いの炎を受けることで、【魔人化】という化け物になることが稀にある。
殺戮を繰り返す。そして、数時間程度で人間の姿へ戻る。当然だが、その時点で心肺は停止している。
しかし、その【魔人化】の死体を研究した学者がいるらしい。
何か手がかりが掴めるかもしれない。私たちは希望をついに見つけたのだ。
エレノアが、嬉しそうに私に尋ねてくる。
「レズリィさん、出国の手配はどうなっていますか?」
「レイの【魔人化】を確認してから偽造書類の手配をすませている。だが、早くても明日までかかるだろう。今日、無理やり出ることも視野に入れてもいいと思うが、ソフィア、どう思う」
「警戒レベル5となると結界魔法がすでに使用されています。魔法刻印のされていない私たちが強引に出国することは不可能だと思います」
「わかった。なら明日だな。――これから大変なこともあるかもしれない。だが、レイのためにできることは頑張ろう」
「もちろんだわ。私たちなら、きっとレイくんを元気にさせられる」
「私もそう思います。みんなで力を合わせれば、きっと未来は明るいです」
私たちは、久しぶりに笑顔になった。
レイはまだ眠っていたので、このことは伝えていない。
私たちの未来に、レイの未来にほんの少しだけ糸が見える気がした。
しかし遅れて届いた手紙が、その希望を打ち砕いた。
「速達だと? ……これは」
差出人はリュック・ドロップ。国王の署名も記載されていた。
その内容は、残酷なまでに簡潔だった。
『本日夕刻まで、