鬱ゲーの全滅イベントで年上ヒロイン達を庇ったら【暴食の魔人】になって生き残った。――「理性が消える前に殺して」と頼んでも、曇った彼女たちが許してくれない。   作:菊池 快晴

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第20話 聖なる揺り籠

「手紙、届いたんですね」

 

 レズリィたちが手紙を受け取り、三人とも硬直していた。

 俺はその様子を遠目で見ていたので、屋敷の外に出て声をかける。

 すると、何でもないように師匠たちが表情を柔らかくした。

 

「ああ、届いた。見てくれ。エレノアの友人が、【魔人化】の研究をしているらしいんだ。レイ、これで望みが出てきた。明日、いや今日にでも――」

「もう一枚ありましたよね。――リュック・ドロップからの、出頭命令が」

「……レイくん、何の話をしているのかしら?」

 

 一枚目ではなく、二枚目があることも知っていた。

 それに俺は【魔人化】の研究者のことも知っている。

 原作【DWS】の後半に出てくるマッドサイエンティストだ。

 といっても、彼女が俺の腕を治せるとは思えない。原作でも、そんな救済ルートは存在しなかった。

 

 俺の言葉を誤魔化そうとするレズリィとエレノアだったが、俺はソフィアに視線を向ける。

 ずんずんと近づき、そのまま彼女のポケットに手を入れて、隠されていた手紙を奪い取った。

 

 『本日夕刻まで、迷い猫(ロストキャッツ)、並びに、レズリィ・エレノア・ソフィア・レイの出頭を命じる』

 

 やっぱり、思っていた通りだ。

 リュック・ドロップは非常に優秀なキャラクターだ。

 頭が良く、恐ろしいほど善人で、凄まじいほど残酷でもある。

 だからこそ、一度姿を見せたことで確信していた。

 

 彼女は間違いなく俺へたどり着く、と。

 

 こればかりは仕方ない。そもそも、俺は生き残ることを想定していなかったこともあり、隠蔽工作も何もしていなかった。

 痕跡から手がかりを突き止め、【魔人】を討伐しうるパーティーを絞ったのだろう。

 そして、ついにたどり着いた。

 

 俺は聖女教会に担ぎ込まれたと聞いた。

 外に漏れないよう、エレノアがめちゃくちゃ脅したらしい。

 それでも、自白を強要させるようなことをリュックなら上手くやるだろう。

 正義の為なら嘘にも抵抗なんてないはずだ。

 

 英雄的な行為のため、俺の身柄を確保しなければならない、などと言えば、真面目な聖女はホッとして口を割る。

 

 そもそも、この手紙が来た以上、答えはもう決めていた。

 

「レズリィ師匠、エレノアさん、ソフィアさん。――今まで本当にありがとうございました。俺、行ってきます」

 

 これ以上、師匠たちに迷惑はかけられない。

 

 自己犠牲バンザイとまでは言わないが、【魔人】を倒せた上に、一緒に食事して思い出話までできたんだぜ? これ以上の最高はない。

 エンディングのあとに外伝まできっちり楽しめた感じだ。

 なので、後腐れは一切なし。むしろ、十分すぎるご褒美をもらった。

 

「レイ、私はお前を行かせない。絶対にだ。――二度も、お前を殺させはしない。たとえ国を相手にしてでも、お前を一人にはしない」

 

 が、師匠たちがそう簡単にいくわけがないことも知っている。

 レズリィは既に臨戦態勢だった。いやはや、同じ手は二度食わねえだろうな。

 その横、エレノアは静かに微笑んでいたが、ふつふつと魔力を漲らせていた。

 静かなときは大体ヤバイんだよな。魔法使いは詠唱に気を遣うから、マジ本気のときはこうやって魔力を整えている。

 

 自分のことであれだが、【魔人】のときのような状態になっているのも、師匠たちにとっては最悪なのかもしれない。

 いやほんと、申し訳ない。どの口が言うんだって話だが。

 

「みなさん、落ち着いてください。手紙には迷い猫(ロストキャッツ)の出頭、と書かれています。つまりまだ何もわかっていないということですよ。もし、レイ君が【魔人化】していると断定しているのならば、手紙よりも先に包囲網が敷かれているはずです。まだ私たちには、これからどうすればいいのかの選択肢があります」

 

 そんな俺たちを諭すように、ソフィアが冷静に言った。

 レズリィが、少し力を抜く。

 

「……ソフィアの言う通りだ。服を着こみ、魔法で隠蔽するという手段もある。身体検査を誤魔化す方法だって考えれば出てくるだろう」

「そうね。それに夕刻までまだ時間がある。――今日、みんなで出国してもいいかも。少し強引になるかもしれないけれど、もし追っ手が来ても、レイくんだけを逃がせばいい。それなら、大した罪にもならないはずよ」

 

 レズリィとエレノアが優しく諭してくれるも、俺は首を振る。

 

「残念ですが、既に確信していると思います。【魔人化】の可能性を視野にいれているからこそ、この前、全員揃って屋敷に来たはずです。おそらく国門は凄まじい警備になっているはずですよ」

 

 俺は、こうなる可能性が一番高いと思っていた。

 だが、事前に伝えていたら、彼女たちは食事なんて後回しで、すぐに出国しようと言ってきただろう。

 その際、門兵に【魔人化】がバレたら師匠たちは実力行使に出る。

 ……死ぬまで逃亡生活にさせるわけにはいかなかったしな。

 

 だからこれでいいんだ。

 まあ、数パーセントくらいは生存ルートもあるかと思っていたが【DWS】はそんな甘かねーな。

 最後までしっかりしてんなあ? 負けを認めよう。俺の完敗だ。

 

「夕刻までと書かれてますが、もう行きますよ。ほんと、今まで――」

 

 ――ヒュンッ!

 風を切る音と共に、レズリィが俺の後頭部を狙って、鞘ごと剣を振り下ろしてきた。

 気絶させてでも止めるつもりだ。

 

 しかし、俺は振り返りもせず、それを右手で受け止めた。

 バシィッ! という乾いた音が響く。

 

「な、んだと……」

 

 死角、不意打ち、何よりも恐ろしいほど静かな一撃だった。

 以前(・・)の俺なら絶対に気づかないほどに。

 

 受け止めたのは【魔人化】の影響下にある右腕だ。

 服がほどけ、呪印がどす黒く脈打っている。

 

 感覚が鋭利に研ぎ澄まされていく。

 戦闘状態に入ろうと思うだけで、スッと魔力が整う。

 自分でもわからなかったが、【魔人化】による影響が出ているのか。

 

 マジでこれまでの人生……すげえ、楽しかった。

 

 レズリィ師匠との剣の日々。

 エレノアに様々なことを教えてもらう日々。

 ソフィアのような聖人と話せたことは、俺にとっても最高の出来事だった。

 

 だが、別れを告げようとしたその時、俺の右腕が灼熱の炎に包まれたように熱くなった。

 いや、右腕だけじゃない。身体全体だ。頭痛だ。頭が割れるように熱い。

 目の奥がドリルでえぐられてるように痛い。

 手のひらが熱い。熱した鉄板に押し付けられているみたいだ。

 

 俺は、これを知っている。これを――覚えている。

 まだ呪印は心臓に達していない。どういうことだ。

 

 強制力だというのか? クソが、【DWS】に負けるわけにはいかねえんだよ!!!!!!!

 ぁぁあっっくそ、やらせえねぞ。

 

 絶対に、師匠たちを殺させねえ。

 

 ――引っ込んでろ、【魔人】が!!!!!!

 

「レイ、大丈夫か、レイ!」

「……俺を……」

「なんだ、どうした!?」

「俺を、殺してもらえませんか……」

 

 【DWS】そのものが抗おうとしているのか。

 シナリオを壊した異分子を、俺を排除しようと、内側から攻撃を仕掛けている。

 

 早く俺を――。

 

「できるわけ……ないだろうが! レイ、私はお前の師匠だ。頼りないかもしれないが、お前を二度も死地に行かせるわけがない。【魔人化】になったとしても、私に任せておけ。安心しろ」

「――レズリィさん、外が!」

 

 そのとき、空が突然黒く染まった。

 まだ夕暮れ時だ。にもかかわらず、まるで深夜のように。

 

 なんだ、これ。どういう――いやこれは、俺は、知っている……。

 ちきしょう。ダメだくそ、ダメだ。

 

 ――【ザマァねえな】

 

 そのとき、脳内で声が聞こえた。

 俺の声だ。しかし、俺ではない。

 

 ――【身体をよこせ。俺が、全部壊してやる】

 

 黙れ、黙れ、黙れ、黙れ。

 お前は、引っ込んでろ!

 

 ――【あ? お前、抗おうってのか?】

 

「――がぁぁつはあぁあぁっあああ」

「なんだ、この空は!? エレノア、何を、驚いている!?」

「レズリィさん、これは……――ひとまず、レイ君を中へ!!!!」

 

 俺は、そのまま屋敷の中へ連れていかれた。

 頭が痛い。声が出ない。くそ、なんで、こんなことに……まだ、はええだろうが。

 

「レズリィさん、ソフィアさん、今のは結界魔法です。王家秘伝の、門外不出と呼ばれる聖なる揺り籠(スランバー)。最後に使用されたのは随分前と聞いていましたが」

 

 ……ああ、そうだ。その通りだ。

 この魔法は……やべえ意識が、飛びそうだ……。

 ああ、くそ……だめだ……。

 

「教典で読んだことがあります。確か……この結界が展開されると、物理的衝撃や魔法攻撃がすべて、魔力と疲労に変換されると。――つまり、私たちを捕らえるための魔法攻撃で間違いありません」

 

          ◇

 

「――つまりこれは、リュック・ドロップによる攻撃ということか」

 

 レイが意識を失い、ソフィアがレイの無事を確認したところで、レズリィが言った。

 

「この結界内ならばどれだけ攻撃を受けても死なないし、怪我もしない。ただ、致死量を超えたダメージを受けると強制的に気絶してしまう。つまり、私たちを無傷で捕らえるつもりよ」

「……最低でも宮廷魔法使い四人が全魔力を放出させなければこの結界は維持できないはずです。ほかに戦闘部隊も間違いなくいるでしょうね。手紙をもらった時点で、既に屋敷を囲んでいたとみてもいいでしょう」

 

 エレノアとソフィアが答える。そして、眠るレイを見た。

 

「……だが、誰かまでは特定できていない。そのため無傷でとらえるための結界ということか」

「ここまでするということは、後戻りは考えていないでしょうね」

「姿を現せば問答無用で拘束してくるはずです。しかし……なぜ攻撃を仕掛けてこないのが不思議ですが」

 

 三人は冷静に分析し、覚悟を決めたかのように顔を見合わせる。

 

「エレノア、ソフィア。今まで本当にありがとう。私が時間を稼ぐ。どこか綻びを見つけ、レイを連れて突破してくれないか」

 

 レズリィが右手に剣を構えた状態で提案するも、二人は静かに首を振った。

 

「綻びなんてあるわけがないわ。いえ、正しくは一人では作れない」

「……その通りです。きっとレイ君は怒るでしょうね。でも、私は……いえ、違いますね。私たち(・・・)にはレイ君のいない世界なんて考えられない。どれだけ細い糸でも、私たちは――通して見せます」

 

 三人は武器を構えた。そして顔を合わせる。

 

「リュック・ドロップが動いているということは、冒険者ギルドの手練れが来ているはずだ。いや、それどころじゃない。騎士団、宮廷魔法使いまでもが揃っていてもおかしくはない。その面子相手に勝てる可能性は著しく低い。にもかかわらず、抵抗したら大罪人になるだろう。悪くて死刑。良くて、生涯牢獄までありえる。私は……構わない。どうせ、レイに拾ってもらった命だ。しかし、エレノア、ソフィア君たちは私と違って優秀で地位も名誉もある。だから――」

 

 レズリィは二人を説得しようとした。

 しかし、エレノアとソフィアはただ微笑んでいた。

 その覚悟に気づいたレズリィは、それ以上言葉を紡がなかった。

 

「……レイは本当に凄いな。これ以上の恐怖に打ち勝ち【魔人】と戦ったのか」

「そうね。でも、ほんの少しだけレイくんの気持ちがわかって嬉しいわ」

「この四人の誰が欠けても私は嫌です。気づけばそんなところまで、来てしまいましたね」

 

 三人は、右手を眠っているレイを見ながら右拳に合わせた。

 迷い猫(ロストキャッツ)が命をかけるのおまじないである。

 

「レイのために」

「レイくんのために」

「レイ君のために」

 

 それから三人は、それぞれ死地へと足を運んだ。

 

 

 

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