鬱ゲーの全滅イベントで年上ヒロイン達を庇ったら【暴食の魔人】になって生き残った。――「理性が消える前に殺して」と頼んでも、曇った彼女たちが許してくれない。   作:菊池 快晴

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第21話 約束を破ったら、私が殺す

 ――数時間前。

 

 「――リュックさん、屋敷への襲撃の準備が整いました」

 

 冒険者ギルドの一室。

 『銀の天秤』のリーダー、ルノが報告した。

 リュックはテーブルの上にある迷い猫(ロストキャッツ)の書類を眺めたまま動かない。

 その横顔には生気がなく、まるで身内を失ったような絶望が張り付いていた。

 しかしそれはリュックだけでなく、ルノも同じだった。

 

「損な役回りをさせて申し訳ないわ、ルノ」

「いえ……俺たちより辛いのはリュックさんでしょう。でも、他に手はないんですか? 違う可能性もまだあるんじゃないんですか?」

 

 ルノが絞り出すように声を上げる。その手は、何かにすがるように力が込められていた。

 リュックは静かに首を振る。

 

「【魔人】が討伐された日、迷い猫(ロストキャッツ)のメンバーの一人、レズリィが古代神殿に向かう姿が目撃されているわ。さらに現場の残留魔力から、聖女しか扱えない回復魔法が検出された。同日、教会には聖女アンジュと補佐のエリザベスがいた。二人も最後まで口を割らなかったけれど、催眠魔法を使って、強制的に『レイ』という言葉の手がかりを発見した。また、エレノアの名を出したときに、ほんの少しだけど震えもあった。ほかにも、様々な証拠を総合すると、レイ(・・)くんが【魔人】を討伐した可能性が高く、また【魔人化】による影響下にあると推測できるのよ」

「……でも、レイは普通に喋ってたじゃないですか――」

「そう、”普通”すぎたの。【魔人】を倒した直後だというのに、彼は恐ろしいほど普通だった。まるで、ふらっと友人が訪ねてきたような平常心でね。――だからこそ、際立ってしまったのよ。後ろに控える三人の、張り詰めた緊張感が」

 

 リュックは自嘲気味に笑う。

 

「皮肉な話ね。彼がいつも通りだったからこそ、仲間の違和感が浮き彫りになってしまった。他に該当しそうなパーティーにはすべて聞き取り調査も終えているわ。これは、ほぼ間違いないことよ」

 

 あの日、屋敷を訪れたあと、リュックは水面下で動いていた。

 熟練した魔法使いを20人ほど神殿に派遣し、ごく微かな残留魔力を検出させた。

 その日、自由に動けた聖女は3人。

 2人にはアリバイがあったため、ソフィアに絞られてしまった。

 

 異常なほどの回復魔法を放った形跡があり、通常ではありえない魔力数値を叩き出していた。その数値から、当人は魔力を全損したと考えられる。

 よって、レズリィ、エレノア、レイの誰かが瀕死の重傷を負ったと判断。

 その後、レズリィは街で何度か目撃されていた。聖女がエレノアの名前に怯えたことから、口止めされた可能性が高いと推測。

 

 残ったのは、レイただ一人だった。

 

 屋敷への訪問は最終確認だった。

 

 リュックが行こうと声をかけるも、ルノは動かない。

 

「……レイは……【魔人】を倒したんですよね」

「おそらく。いえ……間違いなくそうでしょうね。以前見た彼の動きは、明らかに異常だった。だからこそ、より確信しているわ」

「……はは、すげえな。なんで、そんなことができるんだ……でも、なのに……なんで……俺らはそのレイを拘束しなきゃいけないんですか……いや、違う。――俺たちは、レイを、殺す……んですよね」

「……かつて呪いの炎を受け、【魔人化】になった者は国を一つ破壊した。さらにレイくんは【魔人を倒す】ほどの力を持っている。もし彼が制御を失い【魔人化】したらどうなると思う? 被害は、国一つじゃ済まないわ。もしかすると、新たな【魔人】になる可能性もある」

 

 リュックが冷静に諭すも、ルノが右手を振りながら叫ぶ。

 その目には涙がこぼれていた。

 

「妹は!!!! 妹は【魔人】に殺されたんです! まだ……十二歳だった。学校に行くことを楽しみにしてたんだ……だから俺は……レイは……仇をとってくれたんですよ。妹の無念を、俺の……思いを叶えてくれた恩人なんです!」

「……ルノ、気持ちは痛いほどわかるわ」

「何がわかるんですか。妹が――」

「私も、両親を【魔人】に殺されてるの」

 

 ルノの動きが止まる。

 リュックは遠くを見るように目を細めた。

 

「だから私は冒険者になった。【魔人】を殺すため。誰よりも強く、偉くなろうとここまできた。でも皮肉にも気づいてしまったのよ。【魔人】と戦って、私は――ただ逃げることしかできなかった。両親の仇だなんて言って、私は自分の命が惜しくなったのよ。だからこそわかる。誰にもできないことよ。――【魔人】に立ち向かうことが、どれほどの偉業なのか。でも、誰かが泥を被らなきゃいけないこともある」

 

 リュックの華奢な肩が震えていることに、ルノが気づく。

 ルノは頭を振り、か細い声をひねり出す。

 

「……ほかの人たちには、絶対に怪我はさせないんですよね」

「……もちろんよ。王家に直訴して、秘伝魔法を扱える宮廷魔法使いを借りてきたわ。――英雄は【魔人】を倒したレイくん。それはどんなことがあっても変わらない。今から私たちは、最低な戦いを仕掛ける。これは、反逆行為に等しいわ。ルノ、あなたが誰よりも優しくて強いことを知っている。だから……力を、貸してほしいの」

「……俺も知ってますよ。リュックさんが、どれほど上層部に頭を下げて、この不殺の作戦を通したのかってことも」

「……レイくんを発見次第、【魔人化】を確認した瞬間、私たちは速やかにレイくんの命を奪う。……本当にこの作戦が嫌なら、無理強いはしないわ。最後は、あなたが決めて」

 

 リュックは、その場で立ち尽くすルノを残して部屋を出ようとした。

 しかし、ルノが顔を上げる。

 

「行きます。この罪は、一生をかけて背負います」

 

          ◇

 

 迷い猫(ロストキャッツ)に手紙が届いた同時刻、屋敷から離れた場所でリュック・ドロップが魔法使いから報告を受けていた。

 

「……やはり、出頭はしないのね」

 

 手紙には録音魔法が付与されていた。

 しかしノイズがひどく、最初だけしか聞こえなかったという。

 おそらく、強力な結界か魔力の影響だろう。

 

 リュック・ドロップは空を見上げた。

 憎いほどの青い空。どこまでも澄み渡る雲。

 これもすべて、レイが守った世界だと。

 

 それからふたたび、前を向いた。

 総勢三十人以上の手練れが集まっている。

 王家からは宮廷魔法使い。冒険者ギルドからは『銀の天秤』を含むA級パーティーが三組。聖女教会からは優秀な聖女が五名。ラグーニ騎士団からは、騎士団長クラスが三名。

 一人一人が、一騎当千の実力者たちである。

 

「これより私たちは、迷い猫(ロストキャッツ)ならびに【レイ】の身柄を拘束します。彼は【魔人化】の影響を受けている可能性が高く、その兆候が確認され次第、速やかに命を奪ってください。二次被害を食い止めるためには、仕方のないことです。――いや、言葉を飾るのはやめましょう」

 

 リュックは全員を見渡し、告げる。

 

「私たちは我が身可愛さに。【レイ】くんを殺します。国の安寧という大義名分を盾にして。これは正義ではありません。私たちは英雄を陥れる反逆者です。そのことを胸に刻み、共に地獄へ落ちる覚悟がある者だけ残ってください」

 

 リュック・ドロップの言葉に、全員が息をのんだ。

 それぞれが、ルノのような苦渋の表情を浮かべていた。

 しかし誰も声を上げず、リュック・ドロップは静かに作戦の開始を伝えた。

 

 

 

 

 宮廷魔法使いが四方へ移動し、屋敷を包囲する。

 さらに魔力を底上げする宝玉をも使用した。

 作戦中は、魔法念話(テレパシー)を使い、すべての報告をリュック・ドロップへ行う。

 

 四人の魔法使いが位置についたことがわかり、リュック・ドロップが声を上げる。

 

刹那。

 四方の森から、黄金色の幾何学模様が、龍のように空へ昇った。

 それは空中で複雑に絡み合い、巨大なドーム状の結界となって屋敷を覆い尽くしていく。

 

 空の色が変わる。

 夕暮れの赤が吸い取られ、セピア色の、古い写真のような静止した世界へと変貌する。

 重力が変わり、空気が鉛のように重くなる。

 鳥の声も、風の音も消え、ただ「キィィィン」という魔力の共鳴音だけが鼓膜を震わせた。

 

 屋敷の周りには、ソフィアとエレノアが何重にも結界魔法を付与していた。

 長年、王家の結界魔法を操って来た手練れが、一目見ただけで解除に一週間はかかると答えたほどの堅牢さだ。

 しかし聖なる微睡みの揺り籠(セイクリッド・スランバー)は、それを破壊するのではない。

 まるで水に落としたインクのように浸食し、結界の概念そのものを書き換えていく。

 

 今は、結界に干渉するすべての魔力が吸収され、術者の体力を奪う枷へと変わっていた。

 

 攻撃は聖なる微睡みの揺り籠(セイクリッド・スランバー)の展開直後、リュック・ドロップの指示を持って速やかに実行される。

 

 ――はずだった。

 

「よし、俺が全部倒してやる」

 

 しかしそのとき、一人のA級冒険者が、笑みを浮かべてそんなことを言い放った。

 

 ――空気が、凍りついた。

 

 次の瞬間、リュック・ドロップは、ルノが一度も見せたこともない形相――夜叉のような殺気を漲らせた。

 

 刹那、リュック・ドロップの姿が消えた。

 

 ドゴォッ!!

 

 鈍く、重い音が響く。

 次に現れたとき、名のあるA級冒険者はリュック・ドロップの右拳によって地面に叩きつけられていた。

 顔面が地面にめり込み、一切の悲鳴を上げることもなく、白目を剥いて意識を失っている。

 聖なる微睡みの揺り籠(セイクリッド・スランバー)によって致死以上の攻撃を受けた場合、魔力が全損し、強制的に気絶してしまうのだ。

 衝撃波が結界に波紋を広げ、霧散していく。

 

 作戦前に同士討ち、さらにはリーダーが行ったというありえない光景に、その場にいた全員が目を見開いた。

 しかし、声が一つも上がることはなかった。

 誰もが、小柄な彼女から溢れ出る、凍えるような殺気に圧倒されたからだ。

 

「……俺が全部倒す? いいかしら。この行為は、決して、英雄的な行為でもなければ、ネームド討伐でもない」

 

 リュックは気絶した男を見下ろし、吐き捨てるように言った。

 

「最低で、卑劣で、最悪な、心の底から反吐が出る作戦よ。たとえ冗談でも、無自覚でも、無意識でも、こんな発言をしたら誰であろうと私が許さない。戦いの最中、ほんの少しでも迷い猫(ロストキャッツ)を――【レイ】を侮辱することも許さない。それだけは、全員に再度伝えておく。もし約束を破ったら、私が殺す」

 

 リュックの武力行為は、指揮官として決して許されるものではなかった。

 しかし、誰も彼女を責める者はいなかった。

 

 リュックは静かに呼吸を整える。ふたたび、指揮官の顔へと戻る。

 そして、黄金に閉ざされた屋敷に目線を向けた。

 

 ――【作戦、開始】。

 

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