鬱ゲーの全滅イベントで年上ヒロイン達を庇ったら【暴食の魔人】になって生き残った。――「理性が消える前に殺して」と頼んでも、曇った彼女たちが許してくれない。 作:菊池 快晴
――数時間前。
「――リュックさん、屋敷への襲撃の準備が整いました」
冒険者ギルドの一室。
『銀の天秤』のリーダー、ルノが報告した。
リュックはテーブルの上にある
その横顔には生気がなく、まるで身内を失ったような絶望が張り付いていた。
しかしそれはリュックだけでなく、ルノも同じだった。
「損な役回りをさせて申し訳ないわ、ルノ」
「いえ……俺たちより辛いのはリュックさんでしょう。でも、他に手はないんですか? 違う可能性もまだあるんじゃないんですか?」
ルノが絞り出すように声を上げる。その手は、何かにすがるように力が込められていた。
リュックは静かに首を振る。
「【魔人】が討伐された日、
「……でも、レイは普通に喋ってたじゃないですか――」
「そう、”普通”すぎたの。【魔人】を倒した直後だというのに、彼は恐ろしいほど普通だった。まるで、ふらっと友人が訪ねてきたような平常心でね。――だからこそ、際立ってしまったのよ。後ろに控える三人の、張り詰めた緊張感が」
リュックは自嘲気味に笑う。
「皮肉な話ね。彼がいつも通りだったからこそ、仲間の違和感が浮き彫りになってしまった。他に該当しそうなパーティーにはすべて聞き取り調査も終えているわ。これは、ほぼ間違いないことよ」
あの日、屋敷を訪れたあと、リュックは水面下で動いていた。
熟練した魔法使いを20人ほど神殿に派遣し、ごく微かな残留魔力を検出させた。
その日、自由に動けた聖女は3人。
2人にはアリバイがあったため、ソフィアに絞られてしまった。
異常なほどの回復魔法を放った形跡があり、通常ではありえない魔力数値を叩き出していた。その数値から、当人は魔力を全損したと考えられる。
よって、レズリィ、エレノア、レイの誰かが瀕死の重傷を負ったと判断。
その後、レズリィは街で何度か目撃されていた。聖女がエレノアの名前に怯えたことから、口止めされた可能性が高いと推測。
残ったのは、レイただ一人だった。
屋敷への訪問は最終確認だった。
リュックが行こうと声をかけるも、ルノは動かない。
「……レイは……【魔人】を倒したんですよね」
「おそらく。いえ……間違いなくそうでしょうね。以前見た彼の動きは、明らかに異常だった。だからこそ、より確信しているわ」
「……はは、すげえな。なんで、そんなことができるんだ……でも、なのに……なんで……俺らはそのレイを拘束しなきゃいけないんですか……いや、違う。――俺たちは、レイを、殺す……んですよね」
「……かつて呪いの炎を受け、【魔人化】になった者は国を一つ破壊した。さらにレイくんは【魔人を倒す】ほどの力を持っている。もし彼が制御を失い【魔人化】したらどうなると思う? 被害は、国一つじゃ済まないわ。もしかすると、新たな【魔人】になる可能性もある」
リュックが冷静に諭すも、ルノが右手を振りながら叫ぶ。
その目には涙がこぼれていた。
「妹は!!!! 妹は【魔人】に殺されたんです! まだ……十二歳だった。学校に行くことを楽しみにしてたんだ……だから俺は……レイは……仇をとってくれたんですよ。妹の無念を、俺の……思いを叶えてくれた恩人なんです!」
「……ルノ、気持ちは痛いほどわかるわ」
「何がわかるんですか。妹が――」
「私も、両親を【魔人】に殺されてるの」
ルノの動きが止まる。
リュックは遠くを見るように目を細めた。
「だから私は冒険者になった。【魔人】を殺すため。誰よりも強く、偉くなろうとここまできた。でも皮肉にも気づいてしまったのよ。【魔人】と戦って、私は――ただ逃げることしかできなかった。両親の仇だなんて言って、私は自分の命が惜しくなったのよ。だからこそわかる。誰にもできないことよ。――【魔人】に立ち向かうことが、どれほどの偉業なのか。でも、誰かが泥を被らなきゃいけないこともある」
リュックの華奢な肩が震えていることに、ルノが気づく。
ルノは頭を振り、か細い声をひねり出す。
「……ほかの人たちには、絶対に怪我はさせないんですよね」
「……もちろんよ。王家に直訴して、秘伝魔法を扱える宮廷魔法使いを借りてきたわ。――英雄は【魔人】を倒したレイくん。それはどんなことがあっても変わらない。今から私たちは、最低な戦いを仕掛ける。これは、反逆行為に等しいわ。ルノ、あなたが誰よりも優しくて強いことを知っている。だから……力を、貸してほしいの」
「……俺も知ってますよ。リュックさんが、どれほど上層部に頭を下げて、この不殺の作戦を通したのかってことも」
「……レイくんを発見次第、【魔人化】を確認した瞬間、私たちは速やかにレイくんの命を奪う。……本当にこの作戦が嫌なら、無理強いはしないわ。最後は、あなたが決めて」
リュックは、その場で立ち尽くすルノを残して部屋を出ようとした。
しかし、ルノが顔を上げる。
「行きます。この罪は、一生をかけて背負います」
◇
「……やはり、出頭はしないのね」
手紙には録音魔法が付与されていた。
しかしノイズがひどく、最初だけしか聞こえなかったという。
おそらく、強力な結界か魔力の影響だろう。
リュック・ドロップは空を見上げた。
憎いほどの青い空。どこまでも澄み渡る雲。
これもすべて、レイが守った世界だと。
それからふたたび、前を向いた。
総勢三十人以上の手練れが集まっている。
王家からは宮廷魔法使い。冒険者ギルドからは『銀の天秤』を含むA級パーティーが三組。聖女教会からは優秀な聖女が五名。ラグーニ騎士団からは、騎士団長クラスが三名。
一人一人が、一騎当千の実力者たちである。
「これより私たちは、
リュックは全員を見渡し、告げる。
「私たちは我が身可愛さに。【レイ】くんを殺します。国の安寧という大義名分を盾にして。これは正義ではありません。私たちは英雄を陥れる反逆者です。そのことを胸に刻み、共に地獄へ落ちる覚悟がある者だけ残ってください」
リュック・ドロップの言葉に、全員が息をのんだ。
それぞれが、ルノのような苦渋の表情を浮かべていた。
しかし誰も声を上げず、リュック・ドロップは静かに作戦の開始を伝えた。
宮廷魔法使いが四方へ移動し、屋敷を包囲する。
さらに魔力を底上げする宝玉をも使用した。
作戦中は、
四人の魔法使いが位置についたことがわかり、リュック・ドロップが声を上げる。
刹那。
四方の森から、黄金色の幾何学模様が、龍のように空へ昇った。
それは空中で複雑に絡み合い、巨大なドーム状の結界となって屋敷を覆い尽くしていく。
空の色が変わる。
夕暮れの赤が吸い取られ、セピア色の、古い写真のような静止した世界へと変貌する。
重力が変わり、空気が鉛のように重くなる。
鳥の声も、風の音も消え、ただ「キィィィン」という魔力の共鳴音だけが鼓膜を震わせた。
屋敷の周りには、ソフィアとエレノアが何重にも結界魔法を付与していた。
長年、王家の結界魔法を操って来た手練れが、一目見ただけで解除に一週間はかかると答えたほどの堅牢さだ。
しかし
まるで水に落としたインクのように浸食し、結界の概念そのものを書き換えていく。
今は、結界に干渉するすべての魔力が吸収され、術者の体力を奪う枷へと変わっていた。
攻撃は
――はずだった。
「よし、俺が全部倒してやる」
しかしそのとき、一人のA級冒険者が、笑みを浮かべてそんなことを言い放った。
――空気が、凍りついた。
次の瞬間、リュック・ドロップは、ルノが一度も見せたこともない形相――夜叉のような殺気を漲らせた。
刹那、リュック・ドロップの姿が消えた。
ドゴォッ!!
鈍く、重い音が響く。
次に現れたとき、名のあるA級冒険者はリュック・ドロップの右拳によって地面に叩きつけられていた。
顔面が地面にめり込み、一切の悲鳴を上げることもなく、白目を剥いて意識を失っている。
衝撃波が結界に波紋を広げ、霧散していく。
作戦前に同士討ち、さらにはリーダーが行ったというありえない光景に、その場にいた全員が目を見開いた。
しかし、声が一つも上がることはなかった。
誰もが、小柄な彼女から溢れ出る、凍えるような殺気に圧倒されたからだ。
「……俺が全部倒す? いいかしら。この行為は、決して、英雄的な行為でもなければ、ネームド討伐でもない」
リュックは気絶した男を見下ろし、吐き捨てるように言った。
「最低で、卑劣で、最悪な、心の底から反吐が出る作戦よ。たとえ冗談でも、無自覚でも、無意識でも、こんな発言をしたら誰であろうと私が許さない。戦いの最中、ほんの少しでも
リュックの武力行為は、指揮官として決して許されるものではなかった。
しかし、誰も彼女を責める者はいなかった。
リュックは静かに呼吸を整える。ふたたび、指揮官の顔へと戻る。
そして、黄金に閉ざされた屋敷に目線を向けた。
――【作戦、開始】。