鬱ゲーの全滅イベントで年上ヒロイン達を庇ったら【暴食の魔人】になって生き残った。――「理性が消える前に殺して」と頼んでも、曇った彼女たちが許してくれない。   作:菊池 快晴

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第22話 英雄への鎮魂歌

 剣鬼(けんき)のレズリィ。

 剣を嗜む者ならば、一度はこの名を耳にしたことがある。

 冒険者ランクはB級とそう高くはないが、名だたる剣豪たちがこぞって彼女の名前を口にするからだ。

 

 ――息をするように、斬る。

 

 剣でも魔法でも、たとえどんな強者であろうとも、攻撃を仕掛ける前には予備動作が存在する。

 呼吸、筋肉の収縮、視線の動き。達人と呼ばれる剣豪ですら、その起を完全に消すことはできない。

 だが、レズリィにはそれがない。

 歩くように斬り、瞬きするように殺す。

 その動きは、一目見ただけで武人が惚れ惚れするほどだった。

 

「……まさか、レズリィ殿と戦うことになるとはな」

 

 屋敷の裏門。

 暗がりの廊下の先に赤髪を確認し、ラグーニ国騎士団長ドゥイルはぽつりと呟いた。

 

 齢四十にして剣技を極めたと自負していたが、数年前、たった一度だけ彼女の剣を見る機会があり、その自信は覆された。

 あまりにも綺麗な太刀筋に、声を失ったのだ。

 以来、ドゥイルは彼女のことを忘れたことはなかった。

 今回の作戦参加に手を挙げたのも、過去の想いからくる歪んだ称賛だった。

 卑劣な作戦だとわかっていたとしても、心からの尊敬の念を込めて戦えるものがいくべきだと。

 

 つまりは、己が行くべきだと。

 

 作戦開始時、リュック・ドロップが不敬な冒険者に拳を見舞ったとき、数コンマ遅れてドゥイルは剣に手を触れていた。

 それは誰よりもレズリィに対して尊敬の念を抱いていたからであり、また【魔人】を倒したものに向ける笑みや言葉ではないことを知っていたからだ。

 

 

「総員、抜刀せよ……まずは私が行く」

 

 ドゥイルの声に、背後に控えた十名の精鋭騎士たちが息を呑む。

 リュック・ドロップが指揮官ではあるが、現場の判断は各班長に任せられていた。

 また、【魔人化】の影響がどれほどのものかわからない以上、過度な攻撃で刺激することも禁じられている。

 よって、屋敷ごと破壊する行為は却下され、各個撃破が主な作戦となっていた。

 

 また、大きな懸念点があった。

 

 ――聖なる揺り籠(セイクリッド・スランバー)は、【魔人化】の攻撃にも適用されるのか否か?

 

 事前に知る術はなかった。

 

 今回展開されている魔法は、ダメージを魔力へと置換するというもの。 だが、もし【魔人化】した相手の攻撃が適用外だった場合、肉体的な損傷を受けるのは襲撃側、つまりドゥイル側だけとなる。

 

 また、リュック・ドロップの見解が間違っていた場合。

 レズリィが【魔人化】の影響下にあり、懸念が正しかった場合。

 

 死ぬのは己だということになる。

 

 ドゥイルはそのことを理解しており、まずは一人で命を懸けた。

 ゆっくりと歩みを進めてレズリィの前に立ちはだかる。

 

「……レズリィ殿。騎士団長ドゥイルと申す」

 

 ドゥイルは剣を正眼に構え、最大限の敬意をを込めて静かに名を名乗った。

 返答はなかったが、突然、レズリィの殺気が廊下を覆う。

 

 全身が、震えそうになる。

 

 忘れたはずの、忘れようと努力し、過去に排除したはずの根源的な恐怖が蘇る。

 ただの一言でも声を漏らせば、たちまち恐怖が全身を襲う。

 瞬きほどの刹那でも、レズリィは見逃さないだろう。

 ドゥイルはただ静かに彼女を見つめた。

 

 数秒、あるいは数十秒が経過するも、二人は動かなかった。

 

 勝負は一瞬。刹那で決まる。

 剣技を極めた者同士の戦いにおいて、そのことは確定的明らかだった。

 

 ――ドゴオオォン。

 

 開幕の火蓋を切ったのは、上空から放たれたであろう魔力による轟音だった。

 

「――ハァッ!!」

 

 ドゥイルは動いた。

 今までの人生の全てを乗せた、上段からの唐竹割り。

 生涯で最高の、会心の一撃。

 対するレズリィは、予備動作もなく、ただスッと身体を沈めただけだった。

 

 ――勝負は、一瞬。

 

 交差する剣閃。

 ドゥイルの剣は、確かにレズリィの右肩を捉えた。

 しかしレズリィの剣は、既にドゥイルの胴を薙いでいた。

 

 ――横薙ぎ一閃。

 

「……がっ、あ……」

 

 ドゥイルはその場に膝をついた。

 腹部から、血の代わりに膨大な魔力が噴出していくのを感じる。

 激しい痛みとともに、全身が虚脱感を襲う。

 己の敗北が、こんな魔法によって誤魔化されることが何よりも恥だった。

 さらに言えば、ドゥイルを含む精鋭たちは聖女たちから身体能力の強化を受けている。それも一人からではなく、五人以上から。

 

 あってはいけない敗北。

 

 しかしその恥よりも、レズリィの剣技をこの身体に受けられたことを誇り高く感じていた。

 あまりにも美しい一太刀。先ほどまでの殺気は完全に姿を消し、ただただ、相手を殺すための一撃。

 

 己の今後の人生を懸けても到達できないと剣技。

 これは技術の差ではない。

 

 瞬間、この一撃にすべてを込められたのかどうか、その差が勝負を分けた。

 しかし、ドゥイルの攻撃も、僅かながらレズリィの右肩をかすめていた。

 手に残る感触、レズリィから削ぎ落とした肉体的なダメージ、魔力の残滓に、ドゥイル自身が驚いていた。

 己が与えたダメージだけでなく、断続的な攻撃が今もなお与えられ続けていることに。

 

 ……クソが。

 

 気づく。剣に、魔力による毒が付与されていたことを。

 

 事前に伝えられていれば、決して許さなかった。

 しかし、この戦いは決して負けられない。

 

 リュック・ドロップを恨むのではなく、ただただ己を恥じた。

 しかし、勝利を確信する。

 

 後ろに控えた騎士は精鋭たちである。

 この僅かな有利を広げられない者たちではない。

 時間差でリュック・ドロップたちも押し寄せてくるだろう。

 本来ならば姿を消し、敵をかく乱し、死角から攻撃する。

 それをわからないレズリィであない。

 にもかかわらず、彼女はこの場から動くことなく、敵を見据えている。

 

 その答えはたった一つ。この先に【レイ】がいるからだ。

 それが弱みとなることは、ドゥイルもわかっている。

 

 リュック・ドロップの言葉がふたたび蘇る。

 

 この戦いは、卑劣で、残虐で、最低な戦いだと。

 

「……すまない。レズリィ殿」

「…………」

 

 ドゥイルは意識を失う直前まで、己を恥じ続け、そして何があってもレズリィを罪に問わせないことを己の剣に誓った。

 

 




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