鬱ゲーの全滅イベントで年上ヒロイン達を庇ったら【暴食の魔人】になって生き残った。――「理性が消える前に殺して」と頼んでも、曇った彼女たちが許してくれない。   作:菊池 快晴

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第24話 結界内の死神

 聖女ソフィアは、迷い猫(ロストキャッツ)で最も過小評価されている存在である。

 

 しかしこれは、迷い猫(ロストキャッツ)に限った話ではない。

 回復、支援職は前衛に守られる立場であり、後衛の魔法使いよりもさらに後ろ、安全地帯で待機するのが常道である。

 そのため、戦場において戦闘能力を軽んじられることは少なくない。

 前衛の戦士は戦場の花形、魔法使いは戦場の女神と称されるほどの火力を誇るからである。

 

 事実、リュック・ドロップですら聖女ソフィアのことを回復役(・・・)だと割り切っていた。

 その為、剣鬼のレズリィ、天使のエレノアへの対策に時間を費やし、想定しうる行動パターンをすべて仲間に叩き込んでいた。

 

 しかしこれは致命的な誤認であり、最も警戒すべきは聖女ソフィアだったのだと、銀の天秤(シルバースプーン)のリーダー、ルノは右腕から流れ出る己の血によって思い知らされていた。

 

「ルノ!!!!!」

「行くな! これ以上……彼女(ソフィア)に近づくな!」

 

 仲間が前に出ようとするのを、ルノは絞り出すような声で止めた。

 彼の右腕は肘から先が血に塗れ、骨が見えるほどの裂傷を負っている。

 王家の秘伝魔法聖なる揺り籠(スランバー)

 この中で受けるダメージは魔力が肩代わりしてくれるはずだった(・・・)

 

 結界魔法は確かに屋敷全体を覆っている。だがしかし、ソフィアの攻撃を受けたルノは、現実の苦痛に顔を歪ませていた。

 

 ソフィアは、聖女の洋服を身に纏い。高貴な立ち振る舞いとは裏腹にルノの返り血で染まっていた。

 目の前で、地下室へ続く階段の前で立ちふさがっている。

 後ろが【レイ】へと続く道であることは明白だが、そこを通ることができないと、ルノは痛みをもって理解した。

 幸いだったのは、ソフィアから動く気配がないということ。

 

 ルノは魔法念話(テレパシー)を通してリュックに声を飛ばす。

 

『リュックさん! ソフィアの攻撃が生身にダメージを通しました。これは、どういうことですか……!』

『そうよ! 危うくルノが死ぬところだったじゃない!』

 

 銀の天秤(シルバースプーン)の副リーダーであるミリカが激情のままに叫ぶも、ルノはそれを目で制した。

 

『……事前の情報では、そういった現象は聞いていない。幻覚、精神魔法の類は考えられないか?』

 

 リュックの返答に対し、ルノは右腕に再び視線を向ける。

 感じる。何度も味わったことのある、強者の攻撃によって確かに肉を抉り取られた痛覚。これは、現実のことであると。

 

『いえ、これは間違いなく物理的な負傷です。それから――俺たち全員がかかっても、ソフィアさんは……倒せません』

 

 リーダーの資質とは、最強であることではなく、想定外の事態に際して最善の選択ができるかどうかである。

 誰も想定していなかった出来事に驚きを隠せなかったものの、ルノの撤退判断はおおむね正しい

 

 ただ一つ誤算だったのは、信頼する仲間たちが、ルノの流血を見てどう感じるかを読み違えていたことである。

 

「ルノ、あたしたちが行くから。――あなたは、そこで待ってて!」

「――ダメだ、行くな!!!!!」

 

 銀の天秤(シルバースプーン)

 A級冒険者の五人で結成された、世界的にも名高いパーティーである。

 戦士であるルノ、同じく前衛のミリカとボル、魔法使いと回復で構成されたバランスの取れたチーム。

 その力は凄まじく、難攻不落とされたダンジョンを完全踏破し、不死とされたS級魔物を討伐した実績もある。

 何よりも仲間の絆が固く、名実、信頼ともに冒険者ギルドでも最強の一角だと言われている。

 

「ボル、あんたは左! あたしは――右からいく!」

「おうよ!」

 

 ミリカはパーティーで最も素早く、身体能力を速度に特化している。

 人間が相手であれば迷わず頸動脈や腱を狙う。

 対してボルは大柄な巨漢であり、巨大な武器を使った一点特化の破壊力が売りだ。

 そこに支援役が強化魔法を付与し、二人の力は倍増する。

 

「――恨みはない。でも――やらなきゃいけないのよ!」

 

 先手をかけたのはミリカ。

 聖女の法衣を纏い、武器も持たずに佇むソフィア。その顔に生気はなく、まるで亡霊のように立ち尽くしている。

 だがその目が、確実にミリカを捕らえた。

 底知れぬ瞳に身体が震えるも、ミリカはソフィアの右腕を狙う。

 

「――――!」

 

 短剣が、確かにソフィアの右腕を捕らえた。

 だが、目を疑う光景が飛び込んでくる。

 聖なる揺り籠(スランバー)の結界内ではありえない光景。短剣がずぶりと皮膚にめり込み、鮮血が噴き出る。

 肉を断つ感触が、ミリカの手に不快なほど鮮明に伝わる。

 

 ありえない(・・・・・)

 

 ミリカは恐怖に震えた。

 なぜなら、斬った瞬間のソフィアの体に、魔力が一切流れていないとわかったからだ。

 

 まるで柔らかいバターの塊を切るような、防御の手応えのなさ。

 そのまま、ソフィアの右腕を切り落とす。

 

「――――っ!?」

 

 その直後、ミリカの右頬が弾け飛んだ。

 顔面が吹き飛ぶほどの衝撃と共に、後方へ吹き飛ばされる。

 身体を受け止めてくれたのはルノだったが、頬から垂れる血によって、ミリカは己のダメージを認識した。

 

 そして、ミリカは見る。

 

「……ありえない」

 

 幾度となく死線を潜った歴戦の戦士から出る言葉とは思えないほどの、恐れと戦慄の混じった声。

 

 目の前で、ボルの大刀がソフィアの左腕を確実に切り落とした。

 だが瞬時に、千切れた腕から血肉が巻き戻るように再生していく。

 

 やがて大振りになったボルの腹部に、ソフィアが隠し持っているナニカで一撃を与える。

 そのインパクトの瞬間だけ、彼女の魔力がゼロになっていることにミリカは気づいた。

 聖なる揺り籠(スランバー)は、保有する魔力をダメージに換算する。

 しかしソフィアは、未だかつて誰も想像すら成し得なかった、聖なる揺り籠(スランバー)の唯一の攻略法を見つけていた。

 

 ルノが、補足するかのように呟く。

 

彼女(ソフィア)は……ダメージを受ける際に魔力を、防御を捨てている。回復魔法自体は結界の影響を受けない。さらに僕たちに攻撃を仕掛ける際、魔力を完全になくすことで魔法の変換効果を受けていない。――つまり、彼女の攻撃を受ければ、僕たちは……物理的に死ぬ」

 

 ルノはたったの一瞬でそれを見抜いた。

 だが何よりも勝てないと悟ったのは、ソフィアの精神性である。

 戦場において魔力とは鎧と同じようなものだ。彼女は防具もつけず、裸で刃の前に立っているに等しい。

 

 聖なる揺り籠(スランバー)が最後に使用されたのは、四十年前だとリュック・ドロップから聞いている。

 

 つまりソフィアは、初見の魔法にもかかわらず、自らの判断に命を委ねてルノの攻撃を受けた。

 

 結界内で回復魔法が使えなかった場合、ソフィアは出血多量で死んでいたにもかかわらず。

 

 死をも恐れず、手足が切り落とされることを厭わない相手。

 そんな怪物を前に、ルノは勝てる術がないと悟る。

 

 さらに何より、魔力を完全に消去してから回復するまでの速度が、この二度目の攻防で著しく向上していた。

 

 次に待っているのは、確実な死。

 

 

 ソフィアは今、屋敷内で唯一、死神の鎌を持つ存在である。

 

 

 彼女がこの域に達したのは――達せたのは、レイを助ける際に回復魔法を全放出したにほかならない。

 

 よって、こんな無謀な戦い方はレズリィ、エレノアも予想していない。

 

 だが、知っていることがある。

 

 

 それは、ソフィアという人間が、どれだけ善を重んじ、悪を憎んでいるのか。

 雨の日も風の日も、魔物で襲われて血だらけになった日でも、泥まみれで女神に祈り続けた彼女の信心深さを。

 

 

 だからこそ、この善意に抗う決意の覚悟が、どれほどのものか。

 

 

 

 

 聖女ソフィアを怒らせることが、何よりも恐ろしいことを。

 

 

 

 

 ソフィアは銀の天秤(シルバースプーン)に向かって冷徹な視線を向けた。

 

「あなた達が善意でこの作戦を決行したことはわかっています。そのことの覚悟、聖女である私には……痛いほどよくわかる。――だけど私は、過去の人生をすべて否定してもいい。次の私は、あなた達を殺せる」

 

 

 そんなソフィアの言葉のあと、リュック・ドロップが新たな作戦を実行した(・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 




すげえ苦しい戦いが続いて申し訳ありません。
レイが掻っ攫うので、しばらくお待ちくださいませ……!
ご評価いただけると励みになります。
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