鬱ゲーの全滅イベントで年上ヒロイン達を庇ったら【暴食の魔人】になって生き残った。――「理性が消える前に殺して」と頼んでも、曇った彼女たちが許してくれない。   作:菊池 快晴

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第26話 俺の師匠たちを悲しませてんじゃねー

 リュック・ドロップが結界の従者と魔力を同調させたコンマ数秒後、上空のエレノアが極大魔法を放った。四代元素をすべて含んだ魔法は、凄まじい勢いで一点に集中していく。

 しかし、その魔法攻撃は異端執行官(エグゼキューター)の防壁によって防がれてしまう。

 それにより、エレノアは魔力を大幅に損失。機を逃さず、宮廷魔法団がエレノアへ総攻撃を仕掛ける。

 

『騎士団より。剣鬼のレズリィが逃走した。だが全身に魔法毒が回っている。もう彼女は満足に動けない。おそらく、ソフィアの元へ走っただろう』

 

 そのとき、上空で閃光が走る。眩い光に包まれ、宮廷魔法使いが目をそらした直後、エレノアの姿はそこにはなかった。

 

『宮廷魔法団より。天使のエレノアが逃走した。魔力の9割を消費しているため、もう魔法は使えない。おそらく、ソフィアの元へ逃げたと思われる』

 

 魔法念話(テレパシー)を確認しながら、リュック・ドロップは満月を背に屋敷を駆ける。

 この大規模な作戦は、もうすぐ終わりを告げる。

 今のところ犠牲者はいない。すべてが順調であり、それでいて恐ろしいほど悲しみに包まれていた。

 

 屋敷内に潜入し、地下室のソフィアの元へ急ぐ。

 リュック・ドロップの目に飛び込んできたのは、大勢がその場で足を止めている異様な光景だった。

 人をかき分けて前に出る。レズリィ、エレノア、ソフィアの三人が、手足を震わせながら地下室への扉の前で武器を構えていた。顔は蒼白で疲労困憊にもかかわらず、その目には明らかな炎が宿っている。

 

 驚くべきことに、魔力は既に底をついていた。聖なる揺り籠(スランバー)の強制睡眠の影響を受けていないのは、疑似的な簡易結界魔法に覆われていたからである。

 おそらくこの短時間で、ソフィアが残った魔力で仲間の体を覆ったのだと判断した。

 だが、簡易結界魔法は外からの攻撃も肉体的なダメージとして受けてしまう。

 つまり、己の命を盾に、彼女たちは最後の砦を築いている。

 

 なぜ精鋭たちが足を止めているのか。

 理由はただ一つ。彼女たちが心の底から仲間の為に命を賭していることが、痛いほど共感できるからだ。

 ここにいる者たちは皆、善を重んじ、悪を憎んでいる。

 愛する者を守ろうとする彼女たちを傷つける行為は、己の人生の正義を否定することと同義だった。

 

 しかし、リュック・ドロップに躊躇はなかった。

 一人、前に出ると両手剣を構える。

 

「――申し訳ないけど、通らせていただくわ」

 

 彼女は肉弾戦を好むが、必殺の作戦時には二刀を使用する。

 回復を専門とする従者も控えている。手加減をする必要はない。

 泥をかぶるのは、トップである己がすることだ。

 それに対し、レズリィたちが口を開く。

 

「――この命が尽きるまで、決してここを動くことはない。生涯のすべてを剣に捧げてきた。強さを追い求めたのは、今この時の為だと確信している。一人残らず、斬り伏せる」

 

「魔法を使えなくても、私はいつも戦士の背中を見てきたわ。見様見真似だと侮らないで。私の魂には、命の使い方が刻まれている」

 

「私は今まで多くの悪を断罪してきました。そして私は今、自分の立場を理解しました。――私は、私の前に立ちふさがる全てを『悪』と認定します」

 

 リュック・ドロップは覚悟を決めた。命を奪わなければ、彼女たちの戦意は喪失しない。

 誰にも罪を負わせない。自分が、すべての罪を背負う。

 

 しかしそのことに気づいたルノが、左手で剣を構えた。

 続いて副リーダーのミリカ、ボル。

 宮廷魔法団、騎士団、異端執行官(エグゼキューター)と続く。

 

 誰も望んでいない結末だった。それでも最後までしっかりと見届けるつもりで、全員が覚悟を決めた。

 

 ――そのとき、地下室から足音が聞こえてきた。

 

 極限の緊張が走り、全員が魔力を漲らせる。

 

「レイ!」

「すいません。寝坊しました。クライマックスは……まだですよね」

 

 レズリィの悲痛な声に、彼は平然と答えた。

 その姿は驚くほど平常(・・)だった。まるで宿から出てきたような、朝の散歩のような優雅さすらある。

 

 しかし、その異質な魔力に誰もが気づいた。

 右腕が紫色に変色している。

 恐ろしいほどの黒い魔力が、レイの体を覆い始めていた。

 

「こんなときに何を言ってるの! 早く下に――」

「エレノアさん、もう大丈夫です。ソフィアさんも、師匠も、ありがとうございました」

「ダメです。レイ君、行かないで――」

 

 【レイ】から【魔人化】の兆候は明らかに見て取れた。

 感情が高ぶったり、暴走している様子はないものの、既に見過ごせない領域に入っている。

 

 リュックは駆けた。いや、飛んだ。

 狙うは心臓。次に首。完全に命を断ち切る為の、神速の二撃。

 その動きは恐ろしいほど洗練されていた。

 疲労した三人では誰も追うことのできない速度。

 

 ただ、一人を除いては。

 

「すいません。まだ(・・)死ねないんすよ」

「――ッッッ!?」

 

 不可避の必殺攻撃を、レイは白羽取りで受け止めた。

 そのまま、リュック・ドロップを体ごと持ち上げる。しかし彼女は空中で反転し、もう一刀で首を狙う。

 しかし次の瞬間、彼女は体ごと後方へ投げ飛ばされる。

 

 それを受け止めたのはルノ。

 視線を戻すと、間髪入れずに異端執行官(エグゼキューター)たちがレイへ攻撃を仕掛けていた。

 

 しかし、その攻撃はただの一撃も当たらない。

 まるで教官が訓練兵をあしらうかのような手さばきで攻撃を回避し、レズリィから借り受けた剣で、エリートたちの刃をすべて叩き折る。

 

 【魔人化】の影響下にあることは間違いなかった。

 しかしリュックの計算違いだったのは、その桁違いの戦闘力だった。

 

 次に宮廷魔法使いの一人が勢いよく魔法を放った。

 しかしその魔法は、レイが右腕をかざした瞬間、離散――いや、吸収された。

 

 防御魔法を使用した形跡はない。

 

 ただ、魔法が食われた(・・・・)

 

「――時間がないんですよ」

 

 次の瞬間、レイは地面に右手を置いた。

 その不可解な行動に誰もが身を構える。

 

 だが次の瞬間、その場の空間が、魔力が大きく揺らいだ。

 

 聖なる揺り籠(スランバー)は王家秘伝の大結界であり、歴史上、誰一人として解除できた者はいなかった。エレノア、ソフィアほどの天才ですら、魔法を解除することはできなかったのだ。

 

 にもかかわらず、レイは――王家に伝わる秘伝の結界を、右腕で直接吸収()った。

 

 結界が消滅し、外界との魔力探知が繋がった瞬間、全員が察知した。

 王家の結界は、その強力な魔法ゆえに外界の魔力を遮断する。

 そして遠く離れた場所から、身震いするほどの魔力が、この国に向かってきていることに気がついた。

 

 誰もが目を見開き、そして作戦中にもかかわらず、まるで何かに引き寄せられるように、一人、また一人と屋敷の外へ向かう。

 

 リュック・ドロップと銀の天秤(シルバースプーン)、そして迷い猫たちだけがその場に残った。

 

 リュックは、静かにレイを見つめる。

 

「レイくん、あなたはいつから気づいてたの」

「――ついさっきですよ。つうか、その魔力で起こされました。リュックさんが俺を殺したいのはわかってます。俺も……死んだ方がいいと思ってますよ。師匠たちには申し訳ねーっすけど。ただ、その前にこれだけは」

 

 迷い猫(ロストキャッツ)の三人は、結界魔法が解除されたことで極度の緊張が解け、その場で片膝をついていた。体力の限界と、無茶な魔力運用の反動で。

 

「レイ、何を言っている……!」

「これが俺の役目みたいです。全部、わかりました。なんで俺が中途半端に生き残っちまったのか。――きっと、この時の為です」

「ダメよ。ダメ、私を……置いていかないで、レイくん」

「レイ君、今なら逃げられます。混乱に乗じて……だから!」

「……師匠たちにはマジで感謝してますよ。あと、俺の為に命賭けすぎですよ。感謝してます。ほんと、マジ最高っす。なんで、次は……また俺の番ですよ」

 

 リュックは、二刀を両手に下げたままその場から動けなかった。

 冷静な判断ができない。思考が、定まらない。

 

 レイが、屋敷の出口へと向かう。

 レズリィたちは、痛む体を引きずり、そのあとに続く。

 

 正門から外に出る。

 国中から甲高い警報が鳴り響きはじめる。

 同時に、遥か北の空から巨大な【魔人】が迫ってきているのが視認できた。

 

 今まで確認されていた【魔人】よりも遥かに強大で、恐ろしいほどの魔力、凄まじいほどの悪意に満ちていた。

 【魔人】は、その力を周囲の魔物に分け与えることが確認されている。

 大型の飛行魔物が、巨大な魔人の周辺にコバンザメのように無数に蠢いていた。

 

「……この国は終わりだ」

「嘘だろ……なんで、こんなところに」

「ああ家族が……もう、間に合わねえ……」

 

 屋敷内に存在する強者たちですら、絶望に近い表情を浮かべていた。

 圧倒的な力の前に、声すら上げられない。

 

「…………」

 

 リュックは、レイの右腕の呪印が首にまで広がっていくのを見た。

 呼応するかのように、目が赤く充血していくのがわかる。

 

 【魔人化】が今まさに、レイの体を激しく蝕んでいる。

 にもかかわらず、レイは【魔人】から一切目を離さない。

 自分のすべきことが、完全にわかっているかのように。

 

「ねえレイくん、あなたが前の【魔人】を倒したのよね」

「……そうです。すいません、黙ってて」

「いいのよ。――あなたは英雄だわ。それこそ、歴史上で一番じゃないかしら」

「はは、リュックさんにそう言ってもらえるとは光栄っすね。でも……師匠たちにやったことは許せないっす。だから、あなたのことは嫌いです」

「……そうね。そう言ってもらえると助かるわ」

「リュックさん、俺は【魔人】を倒しました。――今回も、絶対にやれる」

 

 レイは、真剣な瞳でリュックを見つめた。

 彼女の心臓が強く痛む。右腕に力が入らなくなる。

 どうして自分を殺そうとした相手に、そんな目で見られるのかと。

 

「……私たちは、あなたを殺そうとしたのよ。それは、わかってるんでしょ」

「はい。でも、逆の立場なら俺もしてます。――国を守る、弱きものを守る。それがリュック・ドロップですもんね」

 

 レイは、屈託のない笑みを浮かべた。

 しかし、レズリィに頭を叩かれる。

 

「いたっ!?」

「寝坊していたくせに、今度は一人で特攻か? レイ、ふざけてるのか?」

「いや、俺も頑張ってたんですよ!? 一応! ただ……ありがとうございました。ほんで、すいません」

「怒ってるんじゃないわ。ただ、あなたがどこまでも優しすぎるから悲しいのよ。レイ君、あなたは……バカよね」

「私もこの言葉はあまり使いたくありませんが、レイくんはバカです。大馬鹿です。ですが、あなたはとても素敵です」

 

 三人は呆れた表情を浮かべた。しかし、ほんの少し笑みを浮かべて「戦おう」と言った。

 

 リュックは、強く拳を握り込んだ。

 そして、【レイ】から目を離し、迫り来る【魔人】へと鋭い視線を定める。

 

 彼女は、魔力を込めて声を発した。

 

『全隊に通達します。【レイ】の討伐作戦は、ただいまをもって中止とします。皆さんも目にしている通り、新たな【魔人】が現れ、この国を襲おうとしています。既に国は防衛体制を敷いていると思われます。各自、持ち場に戻っても構いません。友人や家族、愛する人を守るために行動することも許可します』

 

 リュックの『魔法念話』が空気を震わせる。

 

『ですが……聞いてください。【レイ】は【魔人】を討伐できると答えました。彼は既に【魔人化】の影響を受け、今もなお戦っています。それでも、私たちの為に命を賭けると言ってくれました。迷い猫(ロストキャッツ)のレズリィ、エレノア、ソフィアも戦うと言ってくれました。討伐には、彼の規格外の力が必要だと私は断定します。――よって、私は彼が【魔人】にたどり着くまでの護衛をすることに決めました。もし……そのお力添えをしてくださる方がいれば、どうか【レイ】を守ってください』

 

 リュックは、自分を信頼していたはずの仲間を裏切り、誰よりも【魔人化】の危険性を説いてきた張本人である。

 都合のいい返事が返ってくるわけがない。そうわかっていた。

 それでもいい。自分だけでも、必ず【レイ】を魔人の元へ届けてみせる。

 

 だが長い沈黙のあと、魔法念話(テレパシー)から力強い声が次々と返ってきた。

 

『――騎士団、全員が合意した。レイが【魔人】にたどり着けるように全力で護衛する。彼と迷い猫(ロストキャッツ)に心からの敬意を』

 

『――宮廷魔法団、全員が合意しました。レイへの護衛、及び騎士団への支援を行います。同じく、レイと迷い猫(ロストキャッツ)に心からの敬意を示します』 

 

異端執行官(エグゼキューター)は作戦に準ずる。我々は剣となり盾となる』

 

 そして、いつのまにかリュックの隣に立っていたルノが、リュックの肩を軽く叩いた。

 

「――当然、俺たちもやりますよ。それが、冒険者ってもんでしょ」

 

 その場にいる全員が同意し、空を揺るがすほどの魔力を漲らせた。

 結界魔法を解いた従者たちが、前衛たちへ向けて、できる限り魔力回復魔法を降り注ぐ。

 

 

 レイが、絶望的な暗雲を見据え、一歩前に出た。

 その体には視認できるほどの黒い魔力が立ち上っている。

 全身が激痛に襲われながらも、不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「――【DWS】め、何度でも抗ってやるよ」

 

 

 そして誰もが驚くほどの身体能力で、その場を飛んだ。

 その背中に全員が続き、彼らは第二の【魔人】へと向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 




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