鬱ゲーの全滅イベントで年上ヒロイン達を庇ったら【暴食の魔人】になって生き残った。――「理性が消える前に殺して」と頼んでも、曇った彼女たちが許してくれない。 作:菊池 快晴
「……手の施しようがありません。彼の右腕は【魔人化】の影響を受けています。生きているのはソフィアの回復のおかげではなく、呪印が、魔素を身体に行き渡らせているからです」
ソフィアさんが、レイくんを瀕死の状態から救った後、私とレズリィさんは急いで二人を教会に連れていった。
しかし、彼の右腕がどうにもおかしいことに後から気づいた。
いつもならわかるはずなのに、私たちも、それだけ困惑していたのだろう。
それが、【魔人化】の影響によるものなんて考えもしなかった。
私たちが滞在していたラグーニ国は、世界有数の大国だ。
その中心には、
本来であれば治療院を頼るべきだろう。だが、彼には目立った外傷がなかった。
何より、ソフィアさんも信仰する神の御膝元であればという思いから、私たちはここを選んだのだ。
しかし、これが大きな間違いだとすぐに気づいた。
聖女は、魔素を媒体とした魔物を祓うことを目的としている。
よって、レイくんの症状を鑑みると、この現状は非常に危険だとわかった。
治療に当たってくれたのは、聖女アンジュ。
教会内でも二番手の権力を持つ有名人だ。補佐のエリザベスも、見習いの中では非常に有望だと聞いたことがある。
部外者の私でも、彼女たちの評判や、教会の在り方はよく知っている。
誰もが認める善人であり、悪を許さず、魔の根絶を至上命題とする、あまりにも純粋な集団だ。
レズリィさんも気づいたらしく、彼女は静かに扉を閉め、背中で出入りを禁じた。 補佐のエリザベスは、意識のないソフィアさんに懸命に声をかけている。
しかし、私はアンジュさんの泳いだ目を見逃さなかった。
「
私の言葉に、アンジュさんは誤魔化そうとした。
別の治療術者であれば右腕の邪気を払えるかもしれない、と。
その言葉に騙されるほど、私は未熟ではなかった。
ソフィアさんの隣でここまでやってきたのだ。聖女が、この症状の治療方法を知っているわけがない。
「いいか――」
「レズリィさん、私に任せていただけますでしょうか」
私は、レズリィさんの声を遮った。
こういったときの対処方法は、私は熟知している。
まずは、想像させること。
「聖女アンジュ。遅れましたが、私のことはご存知でしょうか」
「……エレノアさん、もちろんです。私たち聖女は、あなたの書いた魔法の論文を教科書にしています」
「知りませんでした。それは光栄ですね。――しかし、あの論文は『多くの人が扱える魔法』しか載せていないんです」
私は一歩、聖女に歩み寄る。
「私は、それこそ百種類を超える魔法を研究してきました。今は攻撃魔法に特化していますが、その過程で、とっても素晴らしい魔法を編み出したこともあります。例えば、
「……ッ」
「無臭で、痛みもなく、魔力の痕跡も残らない。ただ心臓だけが、ある日突然止まる魔法も。――あまりにも過激すぎて、私はその魔法の存在は論文には書きませんでしたが……理論上は完成しています」
アンジュさんの顔が、段々と青ざめていく。
並々ならぬ雰囲気に、さすがのエリザベスさんも気づいたらしい。
「……私を、脅すつもりですか」
「脅す? まさか。私はただ、魔法の先生として、論文の補足をお伝えしただけです」
私は、自分でも驚くほど冷え切った声で続けた。
ああ、これが、本性だったんだ。
静かに、声を落とす。
「……レイくんは命をかけて【魔人】を倒しました。私利私欲のためではなく、多くの人の命を救うためです。その彼を、これ以上苦しめたくありません」
「……気持ちはわかります。私も、同じです。あの【魔人】を倒しただなんて、今でも信じられません。ですがふたたび【魔人化】してしまえば、多くの人が犠牲になるかもしれません。聖女として、見過ごすわけには……」 「そのときは、責任を持って私が――レイくんを殺します」
間髪入れずに言い切った私に、聖女が息を飲む。
「もし【魔人化】するならば必ず前兆があるはずです。私はもちろん、レズリィさん、目を覚ましたソフィアさんが見逃すわけありません。――私たちは悪党ではありません。そのことを理解しているのは、あなたではありませんか」
私は、にっこりと微笑んだ。
私のあだ名は天使。天使のエレノア。
その理由は、一度も怒ったことがないからだ。
「どうか、お願いします。レイくんは、それほど私にとって、いや私たちにとって大切な存在なんです」
この言葉を最後に、アンジュさんは私を信じてくれた。
他言はしない。しかし、数日に一度、レイくんの経過を伝えにきてほしいと。 また、監視のためラグーニ国からは出ないことを約束させられた。
当然、了承した。
教会には置いていけない。宿に連れていくこともできない。
それもあって、売りに出ていた屋敷を買い取った。
すぐにレイくんをベッドに寝かせるも、右腕が痛いのか酷くかきむしる。
目を覚ましたものの、叫び声がすさまじく、地下室で鎖でつなぐことになった。
ソフィアさんは
しかし、そのことを悠長に待っている暇はない。
レズリィさんは、昔のツテで裏の治癒魔法使いを探すと言って出ていった。
口の堅さは折り紙つきで、腕もいい。
ただ、結果はわかっていたけれど。
彼女は深く自分を責めていた。自分が、悪いと。
……違う。本当に悪いのは、私なんだ。
私が心の底から笑っていられたのは、レイくんのおかげ。
なのに、私が彼の未来を奪ってしまった。
【魔人】を一人で倒すなんて選択をしたのは、間違いなく、私のせい。
私はレイくんの傍に座り、ただただ、彼の苦しむ姿を見つめることしかできなかった。
レズリィさんが少し外に出るとなったとき、私に質問をしてきた。
「あのとき、アンジュたちが了承しなかったらどうしてたんだ? レイのことは秘密裏にできないと、突っぱねてきたら」
私は振り返り、いつものように微笑む。
なぜならこの表情は、私の決意表明のようなものだ。
――これからの、私の在り方の。
「もちろん、