鬱ゲーの全滅イベントで年上ヒロイン達を庇ったら【暴食の魔人】になって生き残った。――「理性が消える前に殺して」と頼んでも、曇った彼女たちが許してくれない。   作:菊池 快晴

9 / 27
第9話 天使エレノアの葛藤 2

「……手の施しようがありません。彼の右腕は【魔人化】の影響を受けています。生きているのはソフィアの回復のおかげではなく、呪印が、魔素を身体に行き渡らせているからです」

 

 ソフィアさんが、レイくんを瀕死の状態から救った後、私とレズリィさんは急いで二人を教会に連れていった。

 

 しかし、彼の右腕がどうにもおかしいことに後から気づいた。

 いつもならわかるはずなのに、私たちも、それだけ困惑していたのだろう。

 それが、【魔人化】の影響によるものなんて考えもしなかった。

 

 私たちが滞在していたラグーニ国は、世界有数の大国だ。

 その中心には、至高神殿(セフィリア)の大聖堂がそびえ立っており、私たちは迷いなくそこへ駆け込んだ。

 本来であれば治療院を頼るべきだろう。だが、彼には目立った外傷がなかった。

 何より、ソフィアさんも信仰する神の御膝元であればという思いから、私たちはここを選んだのだ。

 

 しかし、これが大きな間違いだとすぐに気づいた。

 

 聖女は、魔素を媒体とした魔物を祓うことを目的としている。

 よって、レイくんの症状を鑑みると、この現状は非常に危険だとわかった。

 

 治療に当たってくれたのは、聖女アンジュ。

 教会内でも二番手の権力を持つ有名人だ。補佐のエリザベスも、見習いの中では非常に有望だと聞いたことがある。

 部外者の私でも、彼女たちの評判や、教会の在り方はよく知っている。

 誰もが認める善人であり、悪を許さず、魔の根絶を至上命題とする、あまりにも純粋な集団だ。

 

 レズリィさんも気づいたらしく、彼女は静かに扉を閉め、背中で出入りを禁じた。 補佐のエリザベスは、意識のないソフィアさんに懸命に声をかけている。

 

 しかし、私はアンジュさんの泳いだ目を見逃さなかった。

 

このこと(・・・・)は、内密にお願いします」

 

 私の言葉に、アンジュさんは誤魔化そうとした。

 別の治療術者であれば右腕の邪気を払えるかもしれない、と。

 

 その言葉に騙されるほど、私は未熟ではなかった。

 ソフィアさんの隣でここまでやってきたのだ。聖女が、この症状の治療方法を知っているわけがない。

 

「いいか――」

「レズリィさん、私に任せていただけますでしょうか」

 

 私は、レズリィさんの声を遮った。

 こういったときの対処方法は、私は熟知している。

 

 まずは、想像させること。

 

「聖女アンジュ。遅れましたが、私のことはご存知でしょうか」

「……エレノアさん、もちろんです。私たち聖女は、あなたの書いた魔法の論文を教科書にしています」

「知りませんでした。それは光栄ですね。――しかし、あの論文は『多くの人が扱える魔法』しか載せていないんです」

 

 私は一歩、聖女に歩み寄る。

 

「私は、それこそ百種類を超える魔法を研究してきました。今は攻撃魔法に特化していますが、その過程で、とっても素晴らしい魔法を編み出したこともあります。例えば、遅効性の猛毒(・・・・・・)のような魔法とか」

「……ッ」

「無臭で、痛みもなく、魔力の痕跡も残らない。ただ心臓だけが、ある日突然止まる魔法も。――あまりにも過激すぎて、私はその魔法の存在は論文には書きませんでしたが……理論上は完成しています」

 

 アンジュさんの顔が、段々と青ざめていく。

 並々ならぬ雰囲気に、さすがのエリザベスさんも気づいたらしい。

 

「……私を、脅すつもりですか」

「脅す? まさか。私はただ、魔法の先生として、論文の補足をお伝えしただけです」

 

 私は、自分でも驚くほど冷え切った声で続けた。

 ああ、これが、本性だったんだ。

 

 静かに、声を落とす。

 

「……レイくんは命をかけて【魔人】を倒しました。私利私欲のためではなく、多くの人の命を救うためです。その彼を、これ以上苦しめたくありません」

「……気持ちはわかります。私も、同じです。あの【魔人】を倒しただなんて、今でも信じられません。ですがふたたび【魔人化】してしまえば、多くの人が犠牲になるかもしれません。聖女として、見過ごすわけには……」 「そのときは、責任を持って私が――レイくんを殺します」

 

 間髪入れずに言い切った私に、聖女が息を飲む。

 

「もし【魔人化】するならば必ず前兆があるはずです。私はもちろん、レズリィさん、目を覚ましたソフィアさんが見逃すわけありません。――私たちは悪党ではありません。そのことを理解しているのは、あなたではありませんか」

 

 私は、にっこりと微笑んだ。

 私のあだ名は天使。天使のエレノア。

 その理由は、一度も怒ったことがないからだ。

 

「どうか、お願いします。レイくんは、それほど私にとって、いや私たちにとって大切な存在なんです」

 

 この言葉を最後に、アンジュさんは私を信じてくれた。

 他言はしない。しかし、数日に一度、レイくんの経過を伝えにきてほしいと。 また、監視のためラグーニ国からは出ないことを約束させられた。

 

 当然、了承した。

 

 教会には置いていけない。宿に連れていくこともできない。

 それもあって、売りに出ていた屋敷を買い取った。

 すぐにレイくんをベッドに寝かせるも、右腕が痛いのか酷くかきむしる。

 目を覚ましたものの、叫び声がすさまじく、地下室で鎖でつなぐことになった。

 

 ソフィアさんは(じき)に目を覚ますだろう。

 しかし、そのことを悠長に待っている暇はない。

 レズリィさんは、昔のツテで裏の治癒魔法使いを探すと言って出ていった。

 口の堅さは折り紙つきで、腕もいい。

 ただ、結果はわかっていたけれど。

 

 彼女は深く自分を責めていた。自分が、悪いと。

 

 ……違う。本当に悪いのは、私なんだ。

 

 私が心の底から笑っていられたのは、レイくんのおかげ。

 なのに、私が彼の未来を奪ってしまった。

 

 【魔人】を一人で倒すなんて選択をしたのは、間違いなく、私のせい。

 

 私はレイくんの傍に座り、ただただ、彼の苦しむ姿を見つめることしかできなかった。

 レズリィさんが少し外に出るとなったとき、私に質問をしてきた。

 

「あのとき、アンジュたちが了承しなかったらどうしてたんだ? レイのことは秘密裏にできないと、突っぱねてきたら」

 

 私は振り返り、いつものように微笑む。

 なぜならこの表情は、私の決意表明のようなものだ。  

 

 

 ――これからの、私の在り方の。

 

 

 

「もちろん、()()()()()()()()()()()よ」

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。