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泥の中へ沈んでいく
体にまとわりつく気持ち悪い感触
もがいても抜け出すことができない
このままだと顔まで浸かってしまう
泥の中では呼吸ができなくて死んでしまうだろう
でもオレは泥に顔が浸かっていなくても息苦しくてうまく呼吸ができない
なら泥の中と外で何が違うんだろう
そう思うと体から力が抜けていく
なんだか泥の中の居心地がよくなったように思える
泥の中へ沈んでいく
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目が覚める。サイアクの気分だ。時計を見ると昼の12時。閉め切った部屋のカーテンの隙間から太陽の光が漏れ出ている。
またこんな時間に起きちまったと1人自己嫌悪に陥る。
机の上に置いてあるタバコとライターを持って、カーテンを勢いよく開けベランダに出る。
この賃貸はなんか煙を感知するヤツがあって家の中で吸えない。聞くところによると、ベランダで吸えないトコもあるらしい。ここがどうかは知りたくもない。
タバコを箱から一本取り出し、口に咥えて、右手の人差し指と中指で支える。左手に持ったライターでタバコに火をつけ吸うと、タバコの先端がチリチリと赤く燃える。フィルターを通って口の中に入ってきた煙を、一旦タバコを口から離し、軽く口で空気を吸い込むと肺に入ってくる。
クソまずい、サイアクの気分だ。タバコを吸っていて、おいしいと思ったことが一度もない。臭いはクサイし、口の中は気持ち悪いし、健康にも悪い。良いことなんて1つもない。けれど、これのおかげでサイアクの気分である後付けの理由になる。そういう意味では役に立っている。
吸い終わったタバコを地面に置いてあるガラス瓶にねじ込む。元はシャケフレークの瓶だったが、今ではシャケの代わりに吸い殻がぎゅうぎゅうに詰まっている。ベランダから部屋の中に戻り、椅子に座ってテーブルの上に横向きに置いてあるタブレットに手を伸ばす。youtubeを開いて何か面白いモノはないか探すが見つからず、画面を下にフリックする。それでも見つからなかった。ふとyoutubeで動画を観る時間よりも探す時間の方が長いんじゃないかと気付く。探すのに飽きるとアプリを閉じて、何となしに左右にフリックしていると、また無意識にyoutubeのアイコンをタッチしていた。こりゃ、病気だなと自嘲する。それでも、今の現実をひとときでも忘れさせてくれるモノがあるんじゃないかと期待してしまう。そんな愚かな自分にまた……
グーとお腹が鳴って、自分が起きてからまだ何も食べてないことに気づく。嫌な予感を感じながらも、キッチンの横にある2ドア冷蔵庫を物色する。嫌な予感は的中し、冷蔵庫の中には何も食べ物がないことが判明した。ここの賃貸は辺鄙なところに建っており、買い出しするにも外食するにも少し歩かなければならない。そんなほんの少しの労力も今のオレには億劫で、外出は早々に諦めた。こうなると宅配フードアプリに頼らざるを得なくなり、スマホのアプリを起動する。こういったフードデリバリーは当然ながら普通に買うより高い。サービス料、送料、定価より割増の値段といった追加料金だ。自分の怠惰により労力を誰かに肩代わりしてもらうというのに、その追加料金が許せない。どうにかキャンペーンやクーポンを使って、定価で(むしろ定価より安く)注文できないか血眼になって探す。そんなキャンペーンやクーポンの配布は今実施されていないとわかっても諦めきれない。そうしてまた時間を無駄に過ごしている。
どうにか定価に近い割引を行なっている店を見つけ、多く注文した方が送料が安くなるために、2、3人前の料理を頼んだ。支払いを完了すると、後は家でゴロゴロするだけだった。注文が届き、料理が玄関の前に置かれ、配達員が去っていくのを確認すると、玄関の扉を少し開け、隙間から商品を持ち去る。お腹がぺこぺこで、意気揚々とテーブルに料理を並べると、タブレットでyoutubeを観ながらご飯を食べる。この時は楽しいと思える。でも、こんなことを繰り返している。
やはり1人では食べきれない量で、残りを晩御飯用に冷蔵庫に入れておく。時刻は午後3時を指していた。何をしようかと思っても、結局やることはタブレットでSNSやブラウザを見るばかりだった。このままではダメだと何度も思う。次こそは、明日こそはと何度も言う。けれど、結果は同じでオレでオレを裏切って、自分で自信をなくしてる。そんな日々を過ごしている。
特に楽しいこともなく、砂糖を大量の水で溶かしたような時間を過ごしているとあっという間に夜になる。そんな時間を過ごしていると、その日の満足感が低く、まだこの日を終わらせたくないという思考に囚われる。その先にあるのは現実からの逃避だった。満足感を得ようと即座に幸福感が得られるようなことに飛びつく。例えば、SNSをずっと眺めたり、栄養の乏しいスナックをたくさん食べたり。けれども、こういったモノは幸福感が得られても、持続性が短く、すぐに次へ次へと欲してしまう。この負の連鎖で、どれだけ時間が過ぎようともこの日を終わらせたくないという思いは残り続ける。時計を見ると深夜4時。明日もまた同じ1日を繰り返す。
目が覚める。サイアクの気分だ。時計を見なくてもわかる。カーテンの下の隙間からほのかに光が漏れている。きっとまた朝の6時だろう。この時間はその日の総決算かのようにひどい自己嫌悪に陥る。2時間ほどしか寝ていないのに、再び眠ることができない。頭の中では死にたい死にたいと言葉が浮かんでくる。けれども、臆病で卑怯なオレは自分で死ぬのが怖く、次第に誰かに殺して欲しいと心の中で叫び始める。しまいには、普段は信じてもいない神様に祈りはじめる。助けて下さい、と。そんなサイアクの思考の渦に彷徨い、彷徨い疲れると再び眠りにつく。そうして昨日と同じ今日が始まる。
いつこれは終わるんだろう。そういえばいつからこんな風になったんだろうか。遠い記憶のような、それでいてすぐ近くにあった気もする。それが分かれば、これ以上苦しまなくて済むのか。きっとそれを分かることが一番苦しいことなんだろう。だから、オレはわからないまま
泥の中へ沈んでいく