案内されるまま辿りついたのは、平原からそう遠くないところにある、彼女が暮らす小屋だった。
レンガと木で作られた簡素な小屋の中は暖かく、昔、家族と訪れたコテージにどこか似ていた。
椅子に座った僕に彼女は白湯を差し出し、僕は一心不乱にそれを飲んだ。
「ゆっくりお飲みください。たくさんあります」
それから、パンをミルクで柔らかく煮たパン粥を出してくれて、僕はようやく、そこで落ち着きを取り戻した。
少女は自らをリシアと名乗った。
彼女はこの聖域である「静謐《せいひつ》の森」で、勇者――つまりは僕が転生されるのを待っていたらしい。
いや、正確には彼女自身が僕を召喚したとのことだった。
「リシアさんは、ずっとここに一人で?」
僕の問いに、「リシアで結構です」と小さく返してから、彼女は静かに頷いた。
彼女は古い魔女の系譜に名を連ねる者で、
勇者を召喚するためにこの地を訪れ、
長い年月をかけてようやくそれに成功したという。
「召喚とは、魂と魂の強い繋がりを必要とします。
なんども失敗し……ようやく、あなたを呼び出すことができました」
召喚というものがどれほど難しいのか僕には分からない。
けれど、彼女が並大抵の努力ではなく、苦心に苦心を重ねて僕を呼び出したことだけは、なんとなく分かる。
どうして、そこまでして勇者を呼び出したかったのかは分からない。
なんとなく想像はつくけれど。
あえて考えないでおこう。
色々と分からないことはいっぱいあるが、一つだけ分かっていることがある。
僕は勇者じゃない。
リシアは僕をじっと見つめていた。
銀色の瞳はどこまでも澄んでいて、まっすぐで、嘘がない……ように見えた。
だから、僕は言わなきゃいけない。
「あの……リシアさん」
「リシアで結構です」
「じゃあ……リシア。僕、その……」
言葉が喉でつかえる。
言うべきことは分かっているのに、この少女があまりにも真剣な顔をしているから、どう切り出せばいいのか分からなかった。
「……僕は、その……なんていうか、それじゃないというか、えっと……つまりは」
煮え切らない僕の言葉に、リシアの純真な眼差しが突き刺さる。
僕は意を決して。
「リシア! 僕は勇者じゃない!」
ようやく言えた。
「戦う力なんてないし。
体力だって、人並み以下だし。剣も握ったこともない!
魔法なんて……そんなの、想像もつかない」
言いながら、自分の手を見つめる。
細くて、力もなくて、震えている。
三日間の飢えと渇きで指先は痩せていて、とても世界を救う人間の手には見えなかった。
「きっと……何かの間違いだよ」
リシアは少しだけ瞬きをした。
そして、彼女はふっと表情を緩める。
「間違いではありません。
あなたは勇者さまです。
間違いなく――リシアが呼んだ方です」
その言い方が妙に、確信に満ちていた。
僕はなぜか胸の奥がざわついた。
「でも、僕は……」
否定しようとしたけれど、リシアはゆっくり首を振った。
彼女の目は、とても静かで、
どこか祈るようで、
でもほんの一瞬だけ、深い影を落とした。
その影を、僕はまだ知らない。
僕は勇者じゃない。
でも彼女は、僕を勇者だと言う。
いまの僕はただ、
乾いた体に白湯とパン粥を流し込んで、
やっと生きているだけの、どこにでもいる弱い人間だ。
それでも――彼女は、僕を見つけてしまった。