海面下三百メートル。
そこは、太陽の光も届かない、冷たく静寂に包まれた世界だった。
最新鋭の海上自衛隊・そうりゅう型潜水艦の艦内では、全乗員が息を殺し、自身の心臓の音すら呪うような極限の静寂の中にいた。
「目標……依然として海面上空に停滞中。……微かな生体反応を感知。……ありえん、ソナーが、悲鳴を上げているようなノイズを拾っています……」
ソナー員の震える声が、艦橋に響く。
彼らは見た。水上部隊が、あの一人の少女が変貌した巨人の手によって、わずか数分で鉄屑へと変えられる光景を。
今の彼らに残されたのは、海の底で岩に擬装し、死を待つことだけだった。
だが。
『……見ーつけた』
艦内のスピーカーから、ノイズ混じりの、しかし聞き間違えようのないハルヒの声が響き渡った。
電子機器を介した通信ではない。それは、カオスヘッダーの放つ精神波が、潜水艦の鋼鉄の船体を震わせ、直接空気を、そして乗員たちの脳を揺さぶって発せられたものだった。
「な……ッ!? 遮断されているはずだぞ!?」
艦長が叫んだ瞬間、上空の海面が爆発したかのように跳ね上がった。
カオスウルトラマンが、弾丸のような速度で海中へと突入してきたのだ。
水深三百メートルの高水圧など、彼女にとっては存在しないも同然だった。虹色のバリアが周囲の海水を瞬時に蒸発させ、彼女の周りには巨大な空気の泡(スーパーキャビテーション)が形成される。
「目標、急速接近! 距離、五百……三百……早い! 迎撃間に合いません!!」
「……全魚雷、発射! 射線上に自爆設定、敵を巻き込めッ!!」
艦長の断末魔のような命令が下された。
艦首のハッチが開き、数本の魚雷が放たれる。だが、カオスウルトラマンはその巨大な手で、向かってくる魚雷を一つずつ掴み取った。
『こんなオモチャで、私を追い返せると思ったの? ――お返しよ!』
ハルヒは掴んだ魚雷を、自らの漆黒のエネルギーで包み込むと、そのまま潜水艦の艦体に向けて投げ返した。
ズドォォォォォン……ッ!!
深海で、巨大な火球が膨れ上がった。
本来なら自分たちを守るはずの鋼鉄の壁が、ハルヒの力で強化された魚雷の直撃を受け、内側に向かってひしゃげる。海水が、一億キロパスカルもの圧力を持って艦内へと押し寄せた。
潜水艦は、深海の暗闇の中でバラバラに引き裂かれ、鉄の破片が砂のように海底へと降り積もっていった。
生き残った人類の最後の希望は、冷たい水の底で静かに息絶えた。
海面が爆ぜた。勢いよく海中から飛び出したカオスウルトラマン(ハルヒ)は、全身から滴る海水を払いながら、月明かりの下で艶やかに微笑んだ。
「……さて。これで、邪魔な連中はいなくなったわね」
彼女の視線は、再び西宮の街、そして崩壊した校舎の瓦礫の下でうずくまる、かつての仲間たちの元へと向けられた。
海を殺し、空を支配した彼女にとって、最後の仕上げは、自分を「普通」の世界に繋ぎ止めていた唯一の絆――SOS団を、その手で完全に断ち切ることだった。