海を焼き尽くし、空を支配した災厄が、再び西宮へと舞い戻ってきた。
ズズズォォォォン……ッ!!
北高の旧館があった場所――今はただのコンクリートと鉄屑の山となったその場所に、カオスウルトラマンが着陸した。地響きだけで、残っていた壁が次々と崩れ落ちていく。
瓦礫の隙間、埃と血の匂いが充満する狭い空間で、俺(キョン)は意識を繋ぎ止めていた。
「……あ、あぁ……」
隣では長門が、虚ろな目で宙を見つめたまま動かない。朝比奈さんは俺の腕の中で、恐怖のあまり失神している。古泉は壁際で、壊れた人形のように笑みを浮かべたまま動悸を繰り返していた。
俺は、震える手で地面を探った。
指先に触れたのは、埃まみれになった布の感触。
――『団長』。
ハルヒが無理やり俺に作らせた、あの忌々しくも懐かしい腕章だった。
俺は確信していた。
ミサイルも、魚雷も、コスモスの慈愛も、ハルヒには届かない。なぜなら、今の彼女は「自分を否定する世界」に対して、その全能の力で「否定し返している」だけだからだ。
彼女をこの狂気から引きずり戻せるのは、彼女を「ただの迷惑な女子高生」として扱える、この世界で唯一の凡人である俺の、あまりにも日常的で、くだらない拒絶だけだ。
「……やるしかないんだな、これは」
俺は腕章を握りしめ、立ち上がろうとした。足の骨が軋み、激痛が走る。
どうやってあいつに言葉を届けるか。あの巨大な耳に、俺の声が届くはずもない。だが、カオスヘッダーは感情を読み取る。俺が全身全霊で「ハルヒ」を呼べば、そのノイズは届くはずだ。
俺が、瓦礫の隙間から這い出そうとした、その時だった。
メキメキッ……バキィィィィンッ!!
頭上を覆っていた巨大なコンクリートの塊が、まるで空き缶の蓋を開けるように、無造作に剥ぎ取られた。
眩しい月光と共に、冷たい夜気が流れ込んでくる。
「……ッ!」
俺は見上げた。
そこには、星空を背負った巨大な「死神」が、こちらを覗き込んでいた。
カオスウルトラマンの、血管のように蒼色のラインが走る禍々しい顔。その中心に鎮座する、冷酷な光を放つ紅い眼。
巨人は、その巨大な三本の指で瓦礫をどかし、ゴミ溜めの中に這い回る虫を観察するかのように、俺たちを見下ろしていた。
その距離、わずか数十メートル。
『……見つけた。まだ生きてたのね、キョン』
声は、空気を震わせる轟音となって降り注いだ。
だが、その奥底には、紛れもなく涼宮ハルヒの、残酷なまでに無邪気な響きが混じっていた。
『どう? 私の創った「非日常」は。あんなに欲しがってた宇宙人も、超能力も、未来の技術も……全部、私の足元で壊れちゃったわよ』
カオスウルトラマンは、巨大な顔をさらに近づけてきた。
巨大な眼の中に、俺の惨めな姿が映っている。彼女にとって、俺はもう同じ地平を歩く仲間ではなく、自分の偉大さを証明するための、ただの「観客」に過ぎなかった。
「ハルヒ……!」
俺は、喉が裂けんばかりの声を張り上げた。
掌の中の腕章が、汗と血で滲んでいく。
これから俺がしようとしていることは、神への反逆ですらない。
ただの、度を越した「痴話喧嘩」だ。