地球の重力圏へと降下する、淡い光の球体。
その中で、俺(キョン)はハルヒを抱きしめていた。
もうすぐ、壊れ果てた西宮の地面が見えてくるはずだ。そこから、俺たちの地獄のような「復興」という名の日常が始まる。……そう信じていた。
変身が解け、ただの制服姿に戻った彼女の目に映ったのは、漆黒の宇宙に浮かぶ、美しくも無残に傷ついた地球の姿だった。
「……見て、キョン。……あそこに、私の家があって、学校があって……。たくさんの、知らない人たちの『明日』があったはずなのに」
ハルヒの声には、もはや傲慢さも、自分を特別視する熱もなかった。あるのは、一人の少女には到底支えきれないほどの、圧倒的な「罪の自覚」だけだ。
「……ハルヒ、それは……」
「言わないで、キョン。……わかってる。あれは私がやったことよ。私が望んで、私が壊したの。……数千、数万……それ以上の人たちの命を、私は自分のワガママのために踏み潰した」
地球への降下軌道。摩擦熱で周囲がオレンジ色に輝き始める中、ハルヒは俺の腕をそっと、しかし拒絶するように解いた。
「ハルヒ?」
「……戻れないわ。……戻っちゃいけないの。……あんなに綺麗な星に、こんな怪物が足を踏み入れていいはずがない」
ハルヒの瞳は、真っ直ぐに俺を見ていた。そこにあったのは、自分の存在を許せないという、あまりにも純粋で、逃げ道のない「責任感」だった。
彼女は、自分が地球に帰り、裁判を受け、糾弾されることすら、自分に許された「生」という名の贅沢だと感じていた。
「何言ってるんだ! 償うなら、生きて償え! 俺が一緒に……」
「無理よ、キョン。……私の命一つで、あの壊れた街が元に戻る? 死んだ人たちが生き返る? ……そんな魔法、私にはもう使えない」
ハルヒの身体から、コスモスの残り火とは違う、青白い光が漏れ出した。彼女は、自らの内に残る「カオスヘッダーの力」の残滓を暴走させ、自分という存在そのものを消去しようとしていた。
「私は、涼宮ハルヒという過ちを、ここで終わらせなきゃいけないの。……それが、私が唯一取れる……最低限の責任よ」
「やめろ……! ハルヒ、やめろ!!」
俺は必死に手を伸ばした。だが、ハルヒの周囲に展開された斥力フィールドが、俺を冷酷に弾き飛ばす。
「キョン。……あんただけは、日常を守りなさい。……私の犯した罪なんて、全部宇宙に捨てて……あんたは、誰かを愛して、誰かに愛される、当たり前の人間でいなさい」
「ふざけるな! お前がいない世界で、どうやって当たり前にいろって言うんだ!」
「……これが、最後の団長命令よ」
ハルヒは、最後の一瞬、いつものように不敵に、そしてこの世の誰よりも悲しげに微笑んだ。
「――SOS団、本日をもって、永久に活動休止!」
「ハルヒィィィィィッ!!!」
ハルヒの掌から放たれた衝撃波が、俺の身体を地球へと叩きつけた。
俺は、猛烈な勢いで遠ざかっていく彼女の姿を、涙で霞む視界に焼き付けた。
爆発も、咆哮もなかった。
ただ、一人の少女が、自分の犯した罪の重さに殉じるように、宇宙の虚空へと自らを還しただけだった。
そこには、ただ「生きていてはいけない」という、痛ましいまでの誠実さだけが残されていた。
数分後。
俺は、瓦礫の山となった北高の跡地に、一人で横たわっていた。
空を見上げれば、大気圏で燃え尽きたハルヒの欠片が、一筋の、あまりにも細く脆い流れ星となって消えていくところだった。
「……っ、あ……あああああああ!!」
俺は泥に顔を伏せ、獣のような声を上げて泣いた。
助かったはずの世界。取り戻したはずの平和。
だが、その代償として支払われたのは、世界で一番傲慢で、一番身勝手で、そして誰よりも責任感の強かった、俺の愛した少女の命だった。
傍らには、長門が、みくるさんが、古泉が、俺と同じように空を見上げて絶望に沈んでいた。
彼らもまた、自分たちが守りたかった「日常」の正体が、一人の少女の死によって買い取られた偽物であることを、悟っていた。
西宮の焦土に、冷たい雨が降り始めた。